スイスの中堅指揮者、ヴェンツァーゴ

 先般、MGBというスイスのミグロというスーパー・マーケットのチェーン店が作ったレーベルから出ているシューマンの劇音楽「マンフレッド」のCDを聞いて、大変素晴らしい演奏であることに驚き、そこで指揮をしていたマリオ・ヴェンツァーゴという指揮者に関心を持っていたのですが、バーゼル放送交響楽団の25周年記念アルバムの一枚(瑞西TUDER/7042)の彼の演奏を聞いて、改めてその素晴らしい指揮ぶりに、心を奪われた次第です。
 長々と前置きを述べましたが、このチューリッヒで生まれた中堅指揮者(生年月日は未だ資料がそろわずわかりませんが)が、五才からピアノをはじめ、チューリッヒで学んだ後、ウィーンのハンス・スワロフスキー教授について指揮法を学んだとCDの解説にあります。
 なるほど、同じピアノ出身のショルティやセルといった指揮者たちと同様、アンサンブルが精密でかつテンポ感のとてもいいところが、よく似ています。ピアノ出身だからかどうかはわかりませんがね。でも彼の指揮したモーツァルトの歌劇「イドメネオ」序曲やイドメネオの中のバレエ音楽などのはち切れんばかりの弾むようなリズム、テンポ感は本当に素晴らしいものであると思います。

 このバーゼル放送交響楽団のCDには、スイスにちなんだ作品が入っているのが、単なる名曲を集めたオムニバス盤と違う点であると思われます。
 ロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」は言わずと知れたスイスが舞台。シラーの有名な戯曲を原作としたロッシーニの代表作です。この歌劇の第一幕で演奏されるバレエ音楽がヴェンツァーゴの指揮では独特のアゴーギク(テンポの表情に合わせた動き)を自在な指揮にテクニックで堪能させてくれます。
 更に、スイスの作曲家オネゲルの、タイトルが無いために、あまり人気のない「交響的運動第三番」も、作曲者自身の指揮による演奏と比べても更に素晴らしい出来と言ってよい演奏となっています。私はまだ聞いたことがないのですが、この曲を捧げられたというフルトヴェングラーによるおそらくは素晴らしかっただろう(と思われる)演奏を除けば、最高の一枚と言えるのではないでしょうか。
 スイスの作曲家として、大変重要な一人ロルフ・リーバーマンの「フリオーソ」(1947年作)の演奏が聞けるのも、またうれしいことです。十分足らずの短い作品ですが、静と動の強いコントラストが、実によく表現されていて強い印象を私の心に残したのでした。
 ラヴェルやヨハン・シュトラウスといった作品も入っていて、それらの演奏も良いのですが、十九世紀末から二十世紀初頭にかけてスイスで活躍したヘルマン・ズッターの愉しい愉しい行進曲(おそらくは機会音楽として書かれたものだと思いますが)の演奏がアンコールで演奏されているのも大きな魅力です。

 もう一枚、シューマンの劇音楽「マンフレッド」全曲盤〔瑞西MGB/CD 6122)は、題材が以前述べたようにスイスを舞台としたバイロンの詩劇に音楽をつけたものです。チャイコフスキーにもこのタイトルをもった番号のついていない交響曲がありますが、更にシューマンの音楽は傑作の名に恥じないものです。
 とは言え、日本では全く人気のない作品で、国内盤は皆無。海外ではビーチャムの演奏をはじめシェルヘンの引き締まった名演などなど出ているのですがね。最近買ったCDの中にゲルト・アルブレヒトの素晴らしい演奏もありました。
 そして、それらを聞いた上で、このヴェンツァーゴの指揮によるMGB盤は、バーゼル・マドリガリーステンの美しい合唱やシュヴィーツ・ヴェルクシュタット・フィルハーモニーの管弦楽(このオーケストラはどういう団体なのか寡聞にして存じませんが)のアンサンブルの良さから、この作品を楽しむには充分の名演であると思います。
 MGB盤の解説にはヴェンツァーゴ自身によるこの曲の解説も載っていて、興味深い一枚となっています。
 ドイツ語によるバイロンの詩の朗読は、私には良いものなのかどうなのかさっぱりわかりませんが・・・。

 ヴェンツァーゴは最初ピアニストとして活動を始めています。しかし、1978年からフルタイム指揮者として活動を開始し、ヴィンタートゥーア市立管弦楽団で1986年まで指揮をし、更にスイス・ロマンド管を指揮したりした後、ドイツのハイデルベルクの音楽監督として迎えられています。
 1989年にはベルリン・フィルに客演していることも付け加えておきましょう。
 そしてその後ドイツ・カンマー・オーケストラ(ドイツ室内管弦楽団)の指揮者として活躍。更に、オーストリアのグラーツ歌劇場の首席指揮者を1994年まで務めています。
 1994年にはNHK交響楽団に客演。おそらくこの時が初来日ではなかったでしょうか?

 ヴェンツァーゴは、ルツェルン音楽祭やギドン・クレーメル室内楽音楽祭などに招かれ、ベルリン・コミーシュ・オーパーなどで活躍しているようです。
 あまり知られることはありませんが、大変優秀な指揮者であると確信します。機会があればぜひどうぞ。