バーゼル・マドリガリステンについて

 ドイツ語圏スイスは十九世紀に活躍した音楽教育家のネーゲリに端を発した合唱音楽の伝統を持っています。彼はチューリッヒを中心に活躍し、今日でもネーゲリ・メダルというチューリッヒ州政府が授与する音楽文化功労賞にその名をとどめているのであります。
 チューリッヒ近郊のヴェツィコンという所に一七七三年五月二十六日に生まれたハンス・ゲオルグ・ネーゲリはチューリッヒで音楽教育を受け、音楽書店などを開業し、一八〇三年以降ベートーヴェン、クレメンティ、クラーマー等の楽譜(主にクラヴィーア曲)を出版。昔の作曲家の楽譜を収集し、バッハの音楽にも光を当てるという当時としても画期的な事業を行った人であります。
 自作の合唱音楽を一八〇五年に開設した声楽教室でしばしば演奏し、ここでスイスの教育家ベスタロッチと出会い、ベスタロッチをサポートして声楽教育、合唱音楽の普及に尽くしたのであります。
 彼の形式主義的な考えが後のハンスリックらの考え方の先駆けとなったことなども注目されるべきことでありますが、こうした伝統の上にスイスの合唱音楽の伝統が形作られていることを、まず知っておく必要があります。そうすると、バーゼル・マドリガリステンの活躍が、どういった土壌に育って来たものなのか、とてもよく理解できるのです。

 彼らバーゼル・マドリガリステンの演奏は、スイスのスーパー・チェーン、ミグロの出しているCDによって紹介されています。
 まずはシューマンの劇音楽「マンフレッド」の合唱を担当していますし、更にフランドル楽派の巨匠ジョスカン・デュプレの「ミサ・ダ・パーチェム」やアイスラーのブレヒトの詩につけたア・カベラの合唱音楽他の録音で聞けます。バークシャーで通信販売で手に入ります。(MGB/CD 6124)

 フリッツ・ネフが創設者にして音楽監督を勤めるこのバーゼル・マドリガリステンは一九七八年に創設されました。十一名の女声と同じく十一名の男声によるプロの声楽家たちの集まりであるこの合唱団のクオリティーは大変高いもので、中世の音楽から現代の作品に至るまで、大変幅広いレパートリーを持ち、ヨーロッパ各地で演奏を繰り広げているのです。
 音楽監督のフリッツ・ネフはチューリッヒとフリブールの音楽院で声楽を学び、更にニューヨークでトゥーレル、ミュンヘンでヘフリガー、シュトゥットガルトでエクィルツにも学んでいます。そしてスイスに戻り、バーゼルのスコラカントゥルムで合唱の指揮をはじめ、それを母胎にこのバーゼル・マドリガリステンを創設し、盛んな演奏活動を繰り広げているのです。
 一九八六年以来、ネフはヴィンタートゥーアの音楽院でディレクターとして活躍しています。

 さてこのジョスカン・デュプレの名作をはじめとするCDは、それは素晴らしい出来であります。冒頭のピッチがやや不安定であるのを除いて、全曲にわたって強い集中力によって素晴らしい感動をもたらしてくれます。後半に向かってどんどん調子をあげ、音楽が活き活きと息づいていく様子は、是非一度聞いて頂きたい一枚であると断言できます。(但し中世の音楽が好きな人に限るという条件がつきますが)
 最後にはアイスラーの作品、そしてブラームスのモテットも演奏されます。合唱音楽と中世の古楽が好きな方は一度聞いてみて下さい。