K134.気候・環境変化と森林蒸発散・湧水温度(講演)


著者:近藤純正
湧水または井戸水の水温を測れば地域の環境変化がわかる。環境変化には、地球温暖化と 都市乾燥化および土地被覆状態の変化の3つが含まれる。通常の方法によって、これら 環境変化を高精度で観測することは非常に難しいが、水温観測は年に数回でよく、桁違いに 楽である。そのため、環境問題に関心をもつ方々に湧水温度の観測を勧めたい。
本論は湧水温度の観測を行うために必要な基礎として、地球温暖化・都市乾燥化の実態、 その正しい評価の方法などについて説明したものである。さらに東京都内を例として、 湧水温度の観測資料から求めた「都市化率と地表面の蒸発効率の関係」を示した。 (完成:2016年7月14日)。

* これは2016年9月16日午後、福島市で行われる水文・水資源学会の特別講演「気候・ 環境変化と森林蒸発散・湧水温度-熱収支解析」(質疑応答を含めて60分間)の内容である。
また、7月13日17時から筑波大学アイソトープ環境動態研究センター(陸域環境研究 センター)にて同じ題名で行われるセミナー(90分間)の内容でもある。

* 本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。


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更新の記録
2016年6月30日:素案の作成
2016年7月5日:ミスプリントなど訂正
2016年7月9日:「まとめ」の最後に高精度水温計のことを加筆
2016年7月11日:ミスプリントなど訂正
2016年7月14日:「注意」「備考」としてボーエン比や、湧水温度の位相差の説明を追記

  目次
      134.1 はしがき
      134.2 日本の地球温暖化と都市乾燥化の実態
   134.3 気候変化評価上の問題点とその解決
   134.4 樹木・森林の気温観測に及ぼす影響
   134.5 森林蒸発散と温暖化・都市乾燥化
   134.6 湧水(地中水)の水温・気温差と環境変化
   まとめ
   参考文献



134.1 はしがき

話題は「気候・環境変化と森林蒸発散・湧水温度」ですが、皆さんに、湧水あるいは井戸水 の水温を測ってみませんか、という内容です。

水温観測は年に数回でよく、湧水地点までハイキングすれば健康にもよいことです。

私は、54歳のとき心臓の手術をして障害を持っていますが、定年後は四国遍路を1日平均 30km歩き、あるいは時々数kmから50kmのハイキングをして、現在82歳まで生きて きました。

将来の皆さんは百歳まで長生きするでしょうから、現在20歳なら80年間、60歳なら40年間 にわたり湧水観測を行うことができます。数十年間も続けると、面白い結果が発見できます。 半年間測っただけでも面白い発見がありました。その意味で、全国各地の皆さんに湧水温度 の観測をお勧めしたいです。場合によっては、新しい温泉が発見できるかもしれません。

地球温暖化で気温が今後1℃上昇し、都市乾燥化で相対湿度が5%減少すると、水温と気温の 差の年平均値は約0.5℃下降します。しかし、ビルが建ち道路が舗装され人工的影響が加われ ば、水温・気温差は逆に1℃ほど上昇します。このように水温を測れば、環境変化が分かる ことになります。水温の観測精度は0.1℃が必要です。

較正表付きの0.1℃の精度の金属ケース入りの水銀水温計は8千円ほどで入手できます。 1万円以下のサーミスタ-温度計では、精度は1℃で、検定しても不安定のようで精度が 出ないことがあるようで、お勧めできません。

通常、地球温暖化量を評価するには、毎日・毎時、年間を通して気温を測りますが、 精度0.1℃で行うことは、とても難しいです。これに比べれば、湧水温度あるいは井戸水の 温度測定は、桁違いに楽です。

私は現在、東京都内や、埼玉県熊谷市と神奈川県秦野市の10か所以上で湧水温度を測ってい ます。精度の高い水銀温度計と、白金1000オームの高精度水温計を用いています。また、 気象庁型気温計よりも精度が1桁も高い通風気温計もたくさん持っています。

今後、湧水温度をまじめに観測したい方には、貸してあげることも、譲ることも可能です。

やってみたい方は名乗り出て欲しいです。

以上は「まえおき」です。これから、湧水温度の研究に必要な基礎として、地球温暖化や森林 気象、正確な気温の観測方法などについてお話しします。内容は、集中講義で2日~3日 間かかりますが、ここでは30分~1時間で要点のみ説明します。


134.2 日本の地球温暖化と都市乾燥化の実態

図134.1は日本の地球温暖化を表しています。気象観測では、測器・観測方法、および統計 方法が時代によって変化してきたので、観測資料を並べただけでは、大きな誤差を含みます。

地球温暖化量は公表されていますが、かなり不正確だと考え、私は定年後 10年間かけて、日本各地の気象観測所の観測環境を見てまわりました。観測所の環境が悪化 した観測所について、住民を説得して桜21本の伐採(津山)や桜など33本の伐採(深浦) など環境改善の活動もしてきました。

参考:「気候観測応援会」の「A01.気候観測応援会 情報(1)」(2010年11月11日)と「A08.気象庁長官と 面談、2011年7月22日」、および「所感」の 「17.“観測精神”生かす工夫を―アメダスの管理」(2010年11月11日)と 「33.話せば分かる―地球温暖化の観測所」 (2010年12月)。


そうして、でき上がった図134.1は、諸々の補正をほどこして得た正しい温暖化量です。

日本のバックグラウンド温暖化量
図134.1 日本の地球温暖化量(近藤、2012:気象研究ノート224号、25-56の図3)。

気温は単調に上昇しているのではなく、数十年ごとに気温ジャンプがあり、約11年の太陽 黒点周期と強い相関関係を見ることもできます。気温ジャンプは、1946年を例外とすれば、 世界的な火山大噴火の後で起きています。

この図は全国の平均値であり、気温ジャンプや約11年周期の変動幅は、高緯度ほど大きい です。

図134.2は東京の気温の経年変化です。赤丸印が実際の気温、黒印は地球温暖化量であり、 赤印と黒印の差が都市化による気温上昇です。この差を「熱汚染量」と呼ぶことにします。 大都市では、地球温暖化よりも熱汚染量が深刻となり、毎年、熱中症による死亡者、 病院へ運ばれる人が多数になってきました。

東京の気温長期変化
図134.2 東京大手町の気温の経年変化、3年間の移動平均値(近藤・松山、2016、 「K130.東京の都市化と湧水温度―熱収支解析」 の図130.2に同じ)。
東京大手町の観測露場は2014年12月2日から北の丸公園に移転したが、気温は大手町露場の 値(気象庁提供)を用いてある。
 赤印:東京大手町の気温
 黒印:周辺4観測所(石廊崎、勝浦、飯田、奥日光)によるバックグラウンド温暖化量


都市では乾燥化が進んでいます。
図134.3は東京における相対湿度の経年変化です。相対湿度の観測は、昔は非通風乾湿計で 行われていましたが、1950年頃から通風乾湿計に変更されました。昔の観測値の補正は非常に 複雑であるため(Kondo, 1967;近藤純正、1982、p.81-p.82)、この図では補正していない 生データをプロットしてあります。

湿度の長期変化
図134.3 東京大手町における相対湿度の経年変化(近藤・菅原、 「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析」の付図1に同じ)。 東京の観測露場は2014年12月2日に大手町から北の丸公園に移転し、相対湿度は高くなったが、 この図では2015年は大手町の相対湿度をプロットしてある。


明治時代の東京では、年平均の相対湿度は80%程度でしたが、最近は60%ほどに乾燥して きました。戦前は霧日数が年に50日前後(東京や横浜)、あるいは100日以上(大阪や京都) もありましたが、近年の大都市では霧はほとんど見ることができません(「研究の指針」の 「K21.都市と田舎の霧日数長期変化」)。

注意
1960年ころ相対湿度は大きく低下しています。これは経済高度成長によって都市化が急激に進んだ 時代であります。図134.2では熱汚染量の急上昇がわかり難いですが、 「研究の指針」の「日本の都市における熱汚染量の経年変化」 の図9を参照すると、東京の熱汚染量の増加は1960年頃に最大となっています。

図134.4の縦軸に熱汚染量、すなわち、地球温暖化を除く都市化による気温上昇量をとり、 横軸は相対湿度の変化を表してあります。

田舎では相対湿度は昔のままですが、都市化による熱汚染量に比例して乾燥化が進んで います。

相対湿度と熱汚染の関係
図134.4 都市における相対湿度の低下と熱汚染量(=都市化による気温上昇量)との関係 (近藤、2012:気象研究ノート224号、25-56の図13)。

以上が、地球温暖化と都市乾燥化の実態であります。

134.3 気候変化評価上の問題点とその解決

前節で示した地球温暖化量の正しい評価を行うには、さまざまな問題がありました。

この節では、次の3項目について説明します。
(1)地球温暖化量評価上の問題点
(2)観測所の環境変化を記録する方法
(3)気温観測の誤差と高精度通風気温計の開発

日だまり効果の発見
伊豆半島の石廊崎観測所は周辺環境が自然に近く、気候変動の監視に適した所だと思って いました。しかし、石廊崎では、時代による測器や観測方法の変更による補正を行っても、 風速の弱化にともない年平均気温が上昇しています。

その原因を探るために、石廊崎へ何度も行くことになります。
昔の航空写真を見ると、測候所の東西方向(卓越風向)には高木が無く開けていました (小林ほか:2003、「写真の記録」の「62.石廊崎測候所」 の写真7)。

ところが1960年代、いわゆる燃料革命により薪・木炭の時代から灯油の時代に入ると、 周辺の樹木は伐採されなくなり、その結果、樹木が成長し観測所の風速はしだいに減少し、 日中の観測露場には「日だまり」ができて、気温が高めに観測されるようになりました。

各地のデータを調べ、「日だまり効果」による気温上昇と風速弱化の関係を図134.5に示し ました。例えば、ある期間に年平均風速が40%減少すると(横軸=-0.4)、年平均気温は 約0.3℃上昇します。

風速と日だまり効果
図134.5 年平均風速の変化と日だまり効果による年平均気温の上昇の関係 (近藤、2009;2010;2012)。

備考1:森林観測所
日本各地にある森林試験地の気温データの利用に注意すること。森林の水文試験地では、 気温観測は樹木に囲まれた狭い所で行われており、樹木の成長・伐採によって気温が局所的 に変化する。

備考2:「日だまり効果」の定義
観測所周辺に樹木が成長する、あるいは建物ができると、風通しが悪化し地表面近くの 熱拡散が弱くなる。その結果、日中の気温はより上昇、夜間は放射冷却で気温はより下降 する。夜間の気温下降よりも日中の気温上昇が大きいので、年平均気温は高くなる。

図134.5を定量的に説明するために、各地の公園で気温を観測しました。また、観測環境を どのようなパラメータで表せばよいか研究することになります。

まず、観測点の空間広さを表すパラメータとして、風速の弱化と気温変化がよく表現でき、 しかも簡単に測量できる<X/h>を用います(図134.6)。

 X:観測点から周辺の障害物までの水平距離
 h:建物や樹木など障害物の高さ
 X/h=1/tanα:各方位の空間広さ(無次元)
 α:周辺を見たときの地表面から見上げた仰角(方位2°範囲の平均値)
 <X/h>:方位5°間隔で測量して求めた全方位360°についての平均値

空間広さの模式図
図134.6 空間広さの説明図(「K121.空間広さと気温―日だまり 効果のまとめ」の図121.2に同じ)。


図134.7は、防風林や植木畑の風下における風速の減少率と風下距離の関係です。横軸を対数 目盛で表せば、風速の減少率と空間広さの関係は、X/h>3の範囲で直線となります。

風速比と空間広さ
図134.7 風速比(風下風速 / 風上風速)と空間広さ X/h(無次元風下距離)の関係。
プロットと実線は「K121.空間広さと気温―“日だまり効果”のまとめ」 の図121.3に同じ。
破線は風が通り抜けるような並木や疎な林の風下での関係、
赤破線の楕円形は参考のために描いたもので、山脈の風下の数km~20km範囲における関係 (Yamazawa&Kondo, 1989)による。


これと同様な関係が気象観測所でも成り立つことを、全国各地の気象観測所など14カ所で 確かめました。

備考3:観測環境の維持管理についての指針
気象観測所は地域を代表する気象を観測する目的で設置されている。観測所では、樹木の 成長速度などを考慮して、5年に1回の頻度で各方位についてX/hと全方位の平均値 <X/h>、その他の周辺環境の事項を記録していく。観測環境が悪化した場合、風みち をつくるような改善が望ましい。気象庁ではこの指針に沿って観測所環境を記録していく ことになる。

図127.5と図127.7から、日だまり効果による日中の気温上昇は空間広さの対数差にほぼ 比例するということが推論されます。

この推論を確かめた結果が図134.8です。縦軸の気温差は、広い空間と狭い空間の気温差 です。図の左ほど気温差が大きいのは、狭い空間ほど風が弱く、「日だまり効果」による 気温上昇が大きいことを意味しています。

キッズファーム
図134.8 気温差と空間広さの対数差との関係(日中)。
「K121. 空間広さと気温―“日だまり効果”のまとめ」 の図121.14に同じ)
赤印は生垣内と森林内開空間(北の丸露場)での観測。
首都大のプロットは和田ほか(2016)による観測。


プロットのばらつきは、主に風速依存性によるものです( 「K121.空間広さと気温―「日だまり効果」のまとめ」の図121.16)。

プロットは大別して2つに分類されます。
(a)赤印・・・・・・周辺がおもに樹木からなる観測点
(b)黒と緑印・・・周辺がおもに建物からなる観測点

周辺に樹木があるほうが、建物の場合の約2倍の気温上昇となっています。
樹木の葉面群は熱交換効率がよく、葉面で放射エネルギーが吸収されると、すぐに顕熱に 変換されて大気を直接加熱する。その結果、気温上昇が大きくなるわけです。

夜間についての図は省略しますが、樹木があると葉面は放射冷却で低温になり、その冷気に よって気温低下は2倍ほど大きくなります。

日中の気温上昇が夜間の気温下降より絶対値が大きいので、狭い空間ほど差し引き日平均 気温は高温になります。晴天日、曇天日などを含む1年間を平均すると、前記の図134.5の 関係が定量的に説明できることになります。

次に、「気温観測の誤差と高精度通風気温計の開発」について説明します。
昔は百葉箱の中で気温が観測されていましたが、1971年から逐次整備されて、百葉箱を使わ ない通風筒に入れられた隔測温度計(白金抵抗線)で測るようになりました。百葉箱時代は、 晴天微風時には1℃ほど放射影響の誤差がありました。通風筒時代の現在では、晴天日中は 0.3~0.4℃ほど高めに観測されます。

私が作った高精度通風気温計と比較した試験結果を図134.9に示してあります。

放射影響の誤差
図134.9 放射影響による気温観測の誤差(「K99.通風筒の放射誤差 (気象庁95型、農環研09S型」の図99.1に同じ)。


縦軸=0は誤差ゼロです。晴天日中は0.3~0.4℃ほど高めに観測されます。また、風が弱い 夜間には排気の再循環によって0.1℃ほど高めになります。いろいろな通風筒について 調べましたが、排気の再循環によって、0.4℃も気温が高く観測されるものもあります。

気象庁が使っている通風筒は、センサーなど除く通風部のみで80万円もします。高価なのに 誤差が大きいので、安価に手製できる高精度通風筒の作り方をホームページに示しました。

私の通風筒は、放射、伝導、空気の滑らかな流れを考え、時間をかけてテストを重ねて作って あります。

私のホームページを見て、これまで4名が通風筒を作りました。ところが、皆さん私の設計を 勝手に変えるので、高精度がでません。これまでの歴史をみると、1桁の精度向上に100年間 かかっていることを皆さん知らないのです。

それゆえ皆さんには、今後、手製は勧めません。私の基本設計を守ってくれる プリード社に定型の通風筒を作ってもらうことにしました。安価な外国製品と競争できる 高精度の通風筒によって、皆さんによい研究をしていただけるようにしました。開発・試験 は私がボランティアで行なったので安価になりました。

通常、通風筒はポールに固定して長期観測をします。図134.10は、数時間観測の場合の 写真です。2千円のパラソルスタンドに取り付け、重心が中心軸上になるよう、コンロで 熱して曲げた塩ビパイプに通風筒を付けてあります。

短時間観測
図134.10 短時間観測時の設置方法の例。
パラソル三脚にアルミ伸縮棒を差し込み、その先端に通風筒を設置。電源は単三乾電池のみで 観測、 重心をアルミ伸縮棒の中心軸上にするため、熱して曲げた塩ビ管に通風筒を固定した。 風で転倒しないように三脚の端は鉄杭で固定してある。この通風筒は放射影響の試験用に 作られたものであり、完成品と少しだけ異なる(「K126.高精度通風式 気温計の市販化」の図126.4に同じ)。


134.4 樹木・森林の気温観測に及ぼす影響

前節では、観測点の周辺に樹木がある場合、日だまり効果は約2倍になることを示しました。 それゆえ、気温観測に及ぼす樹木の影響を詳しく調べることにしました。

世界を代表する大都市・東京の観測露場が、2014年12月2日に大手町から森林内の北の丸露場 に移転しました。

図134.11に示すように北の丸露場では、晴天日の最高気温は大手町より1℃前後高く、 夜の最低気温は逆に1.5~2℃ほど低くなり、日変化のパターンが都心のビル街と違って森林 気象の特徴を示すようになりました。詳しくは「K122.北の丸露場の 気温-降雨・日照との関係まとめ」を参照してください。

北の丸の最高最低気温
図134.11 晴天日(日照率>90%)における気温差(北の丸-大手町)の季節変化 (2011年8月からの1年間)。(近藤ほか、2015、自然教育園報告、第46号の図3)。

一般に都市化されると、植生面積が減少し舗装道路やコンクリート建築物が増えることで
(1)蒸発量が減少し、
(2)地表層の熱的パラメータ(熱容量と熱伝導率)が大きくなる。

(1)の効果は地表面温度・気温の平均値を高くし、(2)の効果は日変化の振幅を小さく する。特に、夜の最低気温が下がりにくくなります(近藤、1994、「水環境の気象学」の 敏感度を示す表6.12)。

北の丸公園の植生状態は時代とともに変化してきました、今後も変わっていきます。
それゆえ、森林環境の違いと気温の関係を調べるために、つくば市内や平塚市内の森林、 東京都心部の森林公園において観測することにしました。

以下では、林内環境を表すパラメータとして、次の2つを用います。
林内の「見通し」
林床の「木漏れ日率」

見通しの定義: 目の高さ≒気温観測用の通風筒吸気口の地上高=1.5mで林内を水平に見たと き、「見通し不良」か「見通し良好」かに大別します。

林床の木漏れ日率の定義: 林床の日射量が林外の何%であるかの測定は非常に難しい。 木漏れ日率として、「強い直射光」が当たっている面積の割合(%)を「木漏れ日率」と 定義します。

これらパラメータは、雲量と同様に、多少の訓練をすれば、目測できるようになります。

次の「林床の木漏れ日率と林内の見通し(詳細)」 をクリックして参照してください。その後、プラウザの「戻る」を押してもどってください。

林床の木漏れ日率と林内の見通し(詳細)


晴天日における新宿御苑の気温水平分布を図134.12に示しました。気温分布はまだら模様で あり、各観測点の「木漏れ日率」と「見通し」、つまり樹木の疎密、風通しによって気温差 が決まります。

新宿御苑の気温分布
図134.12 新宿御苑の気温差の分布。
「K115.新宿御苑の気温水平分布(2)」の図115.2に同じ)
プラス:基準点より高温(℃)、マイナス:基準点より低温(℃)
上:気温の水平分布、赤丸印は木漏れ日率>80%の芝地、青四角印:木漏れ日率<20%の林内 (方位の北は地図の右下に、1000mのスケールは地図の下に記入してある)
下:気温と風下距離の関係


林内の見通しの良否について、写真によって示します。
明治神宮境内は自然に近い森林であり(図134.13)、ほとんどが見通し不良です。それに対 して、隣の代々木公園は(図134.14)、見通し良好の林が多いです。

神宮の森の写真
図134.13 神宮の森、見通し不良。
「K103.林内気温-新宿御苑、神宮の森、北の丸公園」 の図103.8に同じ)
左:社務所の北、右:神宮御苑(2015年4月18日撮影)。

中央広場東の落葉樹林
図134.14 代々木公園中央広場の東側、落葉樹林、見通し良好(2015年4月19日撮影)
「K103.林内気温-新宿御苑、神宮の森、北の丸公園」 の図103.7に同じ)


林床の日射量の分布は、強弱のまだら模様であり高精度の測定は非常に難しいです。 その強弱は、強い直射光から葉面の重なりによるピンホールで拡大された微弱光の木漏れ日 まで、その放射強度は1000W/m2から10W/m2の広い範囲に分布しています。 そのため、 受感部の面積が数平方cmしかない通常の日射計で測る場合、 サンプル数は数1000個 以上が必要で、正確な測定は非常に難しいです。

今回、受光面積が日射計の100倍ほどの面積131mm×131mmの太陽光パネルを利用した 林内観測用の日射計を手製して、林内の日射量と木漏れ日率の関係を求めました (「K112.太陽光パネルを 利用した林内日射計」を参照)。

図134.15は林外と林内の日射量を測っている写真です。 林内の30m×30m範囲を4回繰り返し歩いて測定し、これを1観測とします。

測定方法
図134.15 林内日射計の持ち方の2例。パネル面は目の高さにして遠方を見ながら水平に保つ。 (近藤・内藤、2015:「K113.林内の日射量と木漏れ日率の測定」 の図113.2に同じ)


図134.16は木漏れ日率と林内日射量の関係です。

日射比と木漏れ日率の関係
図134.16 木漏れ日率 x(%) と日射量比 y(%) の関係( 「K113.林内の日射量と木漏れ日率の測定」の図113.5に同じ)。


各地の森林公園で観測した、林床の木漏れ日率と「日だまり効果」による気温上昇の関係を 図134.17に示しました。

木漏れ日率と気温差(快晴)
図134.17 木漏れ日率と気温差の関係(快晴または日射の強い薄曇り日)。
「K115.新宿御苑の気温水平分布(2)」の図115.3に同じ)
黒丸:見通し良好林、赤四角:見通し不良林
上図:4~5月、赤と黒の塗つぶし印は前日が雨
下図:6~9月、赤塗つぶし印は大雨後の晴天日(7/19)、緑と黒塗つぶし印は雨後の晴天日 (6/20)


気温差は見通し良好林では木漏れ日率>20%ではゼロに近い。しかし、見通し不良林では プラスであり、その度合いは季節によって大きく違ってきます。比較的低温の4~5月には 気温差は +0.8℃前後で大きいが、高温期の6~9月には+0.4℃前後で小さい。

見通し不良林について4~5月と6~9月で異なるのは次の2つの理由によります。

(1)6~9月の高温時はボーエン比(=顕熱 / 潜熱)が小さい
放射エネルギーの顕熱と潜熱への配分比(ボーエン比=顕熱/潜熱)は気温に大きく依存 します。これをボーエン比の気温依存性という。高温時(夏)は、たとえ同じ放射量の条件 でも、森林が大気を加熱する顕熱輸送量は相対的に小さくなります。

(2)6~9月は着葉が多く、観測点周辺一帯は林床の日射量が少なく相対的に低温である
その他、詳しくは「K127.気温と周辺環境―観測所の環境管理と高精度 気温計」を参照。


134.5 森林蒸発散と温暖化・都市乾燥化

前節では、顕熱と潜熱に分配される割合、つまりボーエン比が気温によって変わることを 述べました。この節では、具体的に熱輸送量を観測で示します。

東京白金台(JR山手線目黒駅東500m)の国立科学博物館附属自然教育園において、 菅原広史・防衛大准教授が公園内のほぼ中央に建てられた高さ20mの 観測塔で乱流フラックスと放射量を観測しています。その6年間のデータを解析してみました。

よほどの実力者でない限り、私は若い初心者には、乱流観測の研究を勧め ません。なぜかと言うと、出力には誤信号が含まれており、本物かニセモノかを 見分ける作業、つまり品質管理が十分にできないからです。

図134.18は月平均の潜熱輸送量(上図)と顕熱輸送量(下図)の季節変化です。大気を 直接加熱する顕熱輸送量が3~5月に多いことがわかります。

潜熱の季節変化
図134.18 森林における潜熱輸送量(上)と顕熱輸送量(下)の季節変化(近藤・菅原、 2016:「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析」 の図123.1に同じ)。
黒実線(東京地域)と黒破線(甲府地域)はモデル森林に対する熱収支計算値、 1986年~1990年の平均(近藤ほか、1992)。
プロットは自然教育園の樹冠上における乱流変動の観測による直接測定値 (2009年7月~2015年12月)。 1か月間の観測日数<15日はプロットせず、 観測日数<20日は小印のプロット、20日以上は大印のプロットで示す。
黒丸印はボーエン比法による潜熱輸送量(渡辺、2001;近藤の「地表面に近い大気の科学」の図7.6)。
上図(潜熱輸送量)
 緑四角印:観測値
 黒実線:計算値(東京地域)
 黒破線:計算値(甲府地域)
 緑実線:観測値の平均値
 黒丸印:観測値(川越、1996年)
下図(顕熱輸送量)
 赤丸印:観測値
 黒実線:計算値(東京地域)
 黒破線:計算値(甲府地域)
 赤実線:観測値の平均値


図中の黒実線と黒破線は、1990年のころ行なったパラメータ化を用いて全国66ヶ所の森林に ついて計算した潜熱と顕熱輸送量です。乱流観測は難しいので、その指針となる結果を出して おきました。この結果は、現代の乱流観測のチェックに使えます。

図134.19は晴天日の日中10~15時平均の顕熱・潜熱輸送量(上図)とボーエン比(下図) の季節変化(2年間)です。おもに森林の葉面から放出される顕熱輸送量は3~5月に多いこと がわかります。

フラックスとボーエン比
図134.19 晴天日中(10時~15時、日照率=100%)における樹冠上の高度20mで観測された 熱フラックス(上)とボーエン比(下).(近藤ほか、2016、の図6に同じ)。


ボーエン比の気温依存性(まとめ)
冬~春は温度が低く、与えられた熱エネルギーの大部分は顕熱として放出され、大気を直接加熱 します。夏~秋は温度が高いので、大部分の熱エネルギーは水蒸気を蒸発させる潜熱になります。 こうしたボーエン比の気温依存性の関係は、樹木に限ったことではなく、海面上でも、人体でも 成り立ちます。夏に汗が多くでるのは、気温が高いからです。
研究者たちに「夏に汗が多く出るのはなぜですか?」と訊くと、まごつく者が多いのですが、 子供に訊ねると「夏は暑いので汗が出る」と、明確な答えがかえってきます。

以上により、ボーエン比の気温依存性が観測からも理解されました。

次に、熱収支の理論的考察を行います。

熱収支の支配要因の1つは、有効入力放射量(R↓-σT)です。ただし、

入力放射量:R↓=(1-ref)S↓+L↓
S↓:日射量
L↓:大気放射量
ref:日射に対する地表面アルベド
ここでは簡単化のために、地表面は長波放射に対して黒体とみなす(ε≒1)
T:日平均気温
σ:ステファン・ボルツマン定数(=5.67×10-8W m-2K-4

ここでは年平均条件を想定し、相対湿度 rh=0.8(つまり80%)、森林の熱交換速度ChU= 0.03m/s、有効入力放射量≒60W/mを用います (
「K125.各種地表面の蒸発量と熱収支特性」の図124.5)。

図134.20は横軸に気温をとったときの顕熱H・潜熱輸送量lEの関係です。パラメータとして 蒸発効率βを用いてあります。顕熱輸送量Hの気温依存性と潜熱輸送量lEの気温依存性は 逆の関係にあります。

森林の夏はβ=0.3、冬はβ=0.1程度ですので年平均は概略β=0.2とみなせばよいです。 β=0は蒸発しない完全な乾燥面、β=1は水面に相当します。

森林の熱収支
図134.20 森林(ChU=0.03m/s)を想定した場合の熱収支量と気温の関係、パラメータは 蒸発効率β。 上:顕熱、 下:潜熱
「K124.各種地表面の蒸発量と熱収支特性」の図124.9に同じ)


地球温暖化や都市化によって気温が上昇すると、森林蒸発散量が増加することになり、 この図を使って敏感度を知ることができます。

図134.21は岡山県にある竜の口山試験地における降水量と流出量の観測から得られた水収支法 による森林蒸発散量の経年変化です。 なお、このデータは谷・細田(2012)に用いられた、森林総合研究所の森林理水試験地データベース (FWDB):
http://www2.ffpri.affrc.go.jp/labs/fwdb/index.html
に基づいています。

塗つぶし印は7年間平均値です。松枯れ病による伐採や山火事があり、さまざまな変化を みることができます。

その1:1940年と2002年のプロットは森林が十分に成長しほぼ同じ状態とみなされ、 蒸発散量の差は地球温暖化による増加分とみなされます。

その2:北谷と比較した場合、南谷では1959年の山火事5年後、蒸発散量は減って いますが、山火事16年後の蒸発散量は却って大きくなっています。森林は成長していく 途中で、熱交換・水蒸気交換がもっとも効率的に行なわれる幾何学的密度が存在し、 その年齢が16年前後ではないかと推論されます。その後の植生は、やや密な構造となる 老年期に入っていきます。

熱・水蒸気交換がもっとも効率的に行なわれる現象は、物理的に考察・計算した結果 です。「水環境の気象学」の図9.8や図9.11に示してあることです。

竜の口山、南北谷
図134.21 岡山県の竜の口山試験地における森林蒸発散量の経年変化 (「K129.地球温暖化・乾燥化と森林蒸発散量」の図129.3に同じ)
 上:北谷
 下:南谷


図134.21を書き直して、図134.22に示しました。
・ 赤四角印から緑四角印までの蒸発散量の増加量(26mm/y)は気温15.0℃から15.6℃への 地球温暖化による分とみなすことができます。

・ 全体のプロットの傾向を表す回帰線は、気温1℃に対する勾配が95mmと114mm、 平均100mmは森林が成長するときの気温変化に対する敏感度と考えられます。

・ 山火事16年後、約50mmの蒸発散量の増加は、そのぶんだけ交換効率がよくなったときの 増加分と考えます。

7年平均の気温依存性
図134.22 蒸発散量と気温の関係、竜の口山試験地(「K129.地球温暖 化・乾燥化と森林蒸発散量」の図129.5に同じ)


詳細は「K129.地球温暖化・乾燥化と森林蒸発散」に示してあり、 要点は次のようになります。

〇森林の再生・成長の62年間(林相変化+気候変化)(北谷、南谷の平均):
 蒸発散量の変化量=41mm/y、 変化率の敏感度=11.7%/℃

〇老壮齢林、1940年と2002年の62年間の差(気候変化)(北谷、南谷の平均):
 蒸発散量の変化=26mm y-1/66y、 変化率の敏感度=7.4%/℃

注意:1940年と2002年を中心とする各7年間の平均降水量は、それぞれ1153mm/y, 1151mm/y でほとんど同じ。

上記2組の差を
〇62年間の森林成長による林相変化によるものとすれば:
  変化率の敏感度=4.3%/℃

つまり、気候変化と林相変化による寄与の比率は7.4対4.3(63%対37%)とみなすことが できて、気候変化の寄与が大きいと言えます。このように、熱収支解析・計算を行なえば、 面白いことがわかってきます。

以上が地球温暖化や、森林の熱収支に関する基礎的なことがらです。


134.6 湧水(地中水)の水温・気温差と環境変化

それでは、最後の話題である湧水温度について説明します。
首都大学東京の松山洋教授は東京都内の湧水を調べています。私はそれに関心をもち、 熱収支的に計算できるのではないかと考え、解析してみました。

湧水は地中の温度になじんでから地表面に湧き出たものですから、水温は水みちの地中温度 の平均値を表します。地中温度は、地表面温度の年平均値にほぼ等しくなります。深さ5mの 温度は地表面温度と約半年の位相の遅れをもち、夏の水温は冬より低温になります。 ただし、地温の振幅は1℃程度、深さ10mなら0.1℃程度またはそれ以下の振幅となります (近藤、2000、「地表面に近い大気の科学」の図4.11)。

備考:地中温度の振幅と位相差
湧水、あるいは井戸水の温度は季節変化が小さいので、水温観測は年に2回程度でよろしいのですが、 1か月ごと、または2カ月ごとに測ると、気温の季節変化との位相差がわかります。水温の季節変化 の振幅と位相差から、水みちの深さが推定できることになります。
詳しくは、地表面温度と地中温度の関係は「地表面に近い大気の科学」のp.122-p.125を、 地表面温度をきめる熱収支式の関係は「水環境の気象学」の6.6節を参照してください。なお、日変化 の式は年変化の式と同形式であり、周期τを1日から365日に変えれば成り立ちます。


さて、湧水温度を決める地表面温度は何によって決まるでしょうか?
気温が高ければ、あるいは地表面に入る放射量が多ければ、あるいは空気が乾燥していれば 蒸発が盛んになるので、地表面温度は下がります。よほどの強風でなければ、地表面温度 の年平均値は気温より少し高く、1℃程度であり最大3℃程度の差です。

つまり、大気環境によって湧水と気温の差(水温・気温差)が変化します。そのほか水温・ 気温差は地表面の状態、すなわち森林・草地や砂漠・都市などの地被状態、つまり地表面の 熱・水蒸気の交換速度ChUと蒸発効率βによって変わってきます。

こうした大気環境と地表面の熱・水蒸気交換のパラメータがわかっていれば、熱収支式から 正確に地表面温度を計算で求めることができます。つまり、湧水温度が計算できます。

逆に、湧水温度がわかっていれば、その地域の熱・水蒸気交換のパラメータ(ChU,β)を 知ることができます。通常の方法で、これらパラメータを求める観測は誤差が大きくて、 難しいです。

図134.23は東京都内の湧水11か所の水温・気温差の経年変化です。水温が気温上昇よりも 大きい速度で上昇しています。水温が地球温暖化や都市乾燥化によって上昇するのは直感的 に理解できるでしょうが、気温よりも大きいのはなぜでしょうか?

水温・気温差の経年変化
図134.23 湧水の水温・気温差の経年変化、気温は府中・大手町平均の3年遅れである (例えば、横軸の2003年のプロットは2000年の気温を用いてある)(近藤・松山、2016、
「K130.東京の都市化と湧水温度-熱収支解析」の図130.3)。


図134.24は、地表面温度と気温の差の気温に対する敏感度です。気温が1970年から2010年まで の期間、15.4℃から16.6℃に上昇すると蒸発散量が増えるので地表面温度は下がる。 さらに相対湿度が63%から60%減少すると、同じように蒸発散量が増えるので地表面温度が 下がり、地表面温度と気温の差(Ts-T)は小さくなります。

β0.2湿度パラメータの気温水温差
図134.24 地表面温度 Ts と気温 T の差の気温依存性。有効入力放射量= 70W/m2、 交換速度ChU=0.02m/s, 蒸発効率β=0.2の場合(近藤・松山、2016、 「K130.東京の都市化と湧水温度-熱収支解析」の図130.11に同じ)。
 実線:相対湿度rh=0.63(63%)のとき
 破線:相対湿度rh=0.60(60%)のとき


現実はこれと逆で、湧水の水温・気温差は時代とともに大きくなっているのは、なぜか?
都市の温暖化と乾燥化の効果以上に、東京では地表面がコンクリートで覆われ、年々蒸発散量 が少なくなっているために、湧水の水温・気温差が大きくなります。

蒸発散量が少なくなっていることは蒸発効率βで表すことができます。
図134.25は、湧水の周辺約1km平方の範囲の都市化率と蒸発効率βの関係です。 都市化されていない広い森林のβは0.2~0.3であるのに対し、都市化率が80%ほどになった 所ではβは0.1前後になっています。

100%都市化されて、アルファルト舗装とビルだけになっても、雨が降った日は蒸発がある ので、βは完全にゼロにはなりません。

都市化率と蒸発効率
図134.25 都市化率(都市的土地利用率)と蒸発効率βの関係。 (近藤・松山、2016、「東京の都市化と湧水温度―熱収支解析(2)」 の図132.8に同じ)。

図134.26は、江戸時代から近未来2050年までの湧水温度の時代変化の推定です。いちばん下の 赤印のグラフは気温変化です。このように気温が2050年まで変化した場合、湧水の水温・気温 差はどのように変化するかを熱収支計算で推定した結果を黒丸印と黒塗り印で表して あります。

上図は森林が今後同じ状態で続く場合、たとえば明治神宮の森の中にある加藤清正の 湧き水を想定した場合です。江戸時代は現在より寒冷な気候でしたが、湧水温度は相対的に 暖かかったです。湿度も高かったので、冬の朝は、湧き水から湯気が立っていた 風景を私は想像できます。加藤清正の下屋敷があり、彼らはそれを体験したのでしょう。

江戸~近未来の水温気温差
図134.26 江戸~近未来における3種類の土地利用における湧水の水温・気温差の経年変化 (近藤・松山、2016、「K130. 東京の都市化と湧水温度-熱収支解析」 の図130.19に同じ)。
 上:水温・気温差(丸印は森林的土地、黒小印は荒野的土地)
 中:水温・気温差(黒小印は荒野的土地、四角印は都市的土地)
 下:東京大手町の気温


中図は、近未来の東京が完全に樹木などを無くしてしまった極端な場合です。2050年に東京の 年平均気温が17℃になる場合、水温はそれより約3℃も高くなると予測されます。

この節では、地表面の熱・水蒸気交換のパラメータ(ChU, β)を求めました。このパラ メータを知って何に役立つのでしょうか?

地表面に入った短波・長波の放射エネルギーは、これらパラメータによって顕熱と潜熱に 分配される割合が違ってきます。βが小さければ地表面温度が大きく上昇し、顕熱と 長波放射の放出量が増えることになり、大気の直接加熱が大きくなります。逆にβが 大きければ、蒸発散量が増え大気全体が湿潤化します。大気環境・水環境が変わってきます。

大気環境・水環境は地表面で起きる熱・水蒸気交換に支配されます。その意味で、 熱・水蒸気交換のパラメータは気候を表す重要パラメータであります。

まとめ

(1)日本の地球温暖化、都市乾燥化、気温観測上の注意点(観測環境の記録、高精度通風筒)
気象庁が公表している日本の地球温暖化量は、生データを並べただけなので誤差が大きく、 40%ほど過大評価です。また、野外で例えば都市のヒートアイランドを観測している研究者 も誤差の大きな気温計を使っていますが、今後は高精度の気温計を使って観測し、良い論文 を書きましょう。

(2)樹木・森林の気温観測に及ぼす影響(季節・気温による違い、木漏れ日率、見通し)
周囲に樹木のある狭い空間では、ビルなどがある場合に比べて、日中の気温はより高めに、 夜間はより低めに観測されます。東京の北の丸公園の気温は森林気象の特性を示すようになり、晴天 日中は市街地より1℃ほど高く、夜間は平均2℃ほど低くなりました。

森林環境は将来も変化していくでしょうから、北の丸公園で観測される気温はそれに影響 されて、都市ビル街の気温と異なる特性を示すことになるでしょう。

(3)森林蒸発散量と温暖化、成長過程における蒸発効率の急変
ボーエン比(=顕熱輸送量/潜熱輸送量)は気温に依存することを森林でも確かめました。 温暖化すると、顕熱は減少するのに対し潜熱は逆に増加します。蒸発散量に 及ぼす地球温暖化の影響を観測から見出すには、数%の観測精度が必要であり、乱流観測 でも水収支法でもデータの品質管理が非常に重要となります。

(4)湧水(地中温)の水温・気温差の観測の勧め
一般に行なわれている気象観測に比べて、湧水温度の観測は桁違いに楽です。湧水温度を 測れば地球温暖化、都市乾燥化、地被状態の変化の3つが分かるので、日本各地で実行 しましょう。ただし、水温の観測精度は0.1℃が必要です。最低8千円の水銀水温計があれば よいです。

水温計についての詳細は「研究の指針」の
「K133.高精度水温計の 検定」を参考にしてください。


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