物理地学の基礎:演習問題と解説

6-4 古地磁気学の原理

ある種の岩石が現在の地磁気方向に帯磁していることは 19 世紀後半には知られていました. 20 世紀初頭には,フランスのブリュンヌ(Brunhes)が現在の地磁気と逆方向に帯磁している岩石を発見し,地磁気が逆転していた可能性を初めて示しました.その 20 年後には,日本の松山は日本や朝鮮などの第四紀火山岩の帯磁を数多く測定し,若い岩石は現在の地磁気と同じ向きに,古い岩石は逆向きに帯磁していることを示しました.この松山の研究により,地磁気が時代とともに逆転したことが初めて明らかにされました.しかし,当時は地磁気逆転を疑う研究者が多かったそうです.

1950 年代以降は,アイスランドの溶岩層序で,地磁気が過去に何回か逆転したことが示され,地磁気逆転はほぼ確実視されるようになりました. 1960 年代になると古地磁気測定と K-Ar 年代決定を組み合わせた研究が世界中の火山岩で行われました.過去約4百万年の地磁気極性タイムスケールが作成され,年に何回か改定されるなど,地磁気逆転史の研究が大きく進歩しました.地磁気極性タイムスケールは,同じ極性が卓越する 80~200 万年続く4つの時代と,その時代に含まれる逆極性の 1~20 万年の短い時代とからなります.前者を期(epoch),後者をイベント(event)と称し,4つの期を地磁気研究に貢献した学者にちなんで, Brunhes, Matuyama, Gauss, Gilbert としました.なお,現在は前者をクロン(chron),後者をサブクロン(subchron)と呼んでいます.

また, 1960 年代にはヴァイン-マシューズ仮説が提出され,地磁気逆転と海洋底拡大を仮定すれば,海上地磁気縞状異常が説明できることとなり,プレートテクトニクスが確固たる理論となりました.海上地磁気縞状異常は全ての大洋で研究され,地磁気は過去に何百回と逆転したことが判明しました.そのため,1億6千万年前まで延長された地磁気極性タイムスケールでは,極性のクロンやサブクロンは番号で表示することとなりました.下図は Gee & Kent (2007) によるタイムスケールから,最も若い6百万年について示します.黒塗りは古地磁気が現在と同じ向き(正極性,またはノーマル),白抜きは逆向き(逆極性,またはリバース)の時代を示します.

過去6百万年の地磁気極性タイムスケール

同じ極性が続く時間は上図の6百万年間では, 1~78 万年と幅がありますが,平均の継続時間は 25 万年となります.それに対して,地磁気逆転の開始から終了までの時間は千年~5千年程度と短かいため,逆転途中の古地磁気研究は困難でした. 1970 年代には日本の新妻により,房総半島の堆積物から Matuyama-Brunhes(M-B)地磁気逆転の詳細が明らかにされました.この記録はカリフォルニアの乾燥湖 Lake Tecopa の堆積物による結果と比較され,地磁気逆転は単に双極子磁場が反転するのではなく,逆転途中は非双極子磁場が卓越することが示されました.房総半島での古地磁気研究は岡田ほかにより精力的に継続され,現在世界で 60 以上報告されている M-B 地磁気逆転の古地磁気記録の中でも最も詳細で信頼性の高いデータとなっています.また, M-B 地磁気逆転は広く地層の編年に M-B 境界として時間の基準面となりますが,房総半島の千葉セクションが「国際標準模式層断面とポイント」に選定され,地質時代を表わす期(stage)として 0.774~0.129 Ma がチバニアン(Chibanian)と命名されました.

古地磁気方向と仮想的地磁気極 VGP

仮想的地磁気極 VGP: 古地磁気の方向を表わすには,伏角 \(I\) と偏角 \(D\) を用いますが,偏角は通常東回りに 0°~360° で表わします.また,古地磁気学では過去の地磁気に双極子磁場を仮定して,古地磁気方向から過去の地磁気極を求めます.この磁極を仮想的地磁気極 VGP (virtual geomagnetic pole) といいます.図のように,緯度と経度が (\(\lambda_S\), \(\phi_S\)) の地点 S における古地磁気方向が (\(I\), \(D\)) のとき, VGP は S から偏角 \(D\) の方向に描いた大円に沿ってある角度 \(p\) だけ離れた点 P となります. VGP の位置 P (\(\lambda_P\), \(\phi_P\)) を求める手順は次の通りです.

角度 \(p\) は S の P に対する磁気的緯度 \(\lambda\) の余角です(\(\lambda\) は図には描かれてなく, S や P の地理的緯度と混同しないように). \(\lambda\) や \(p\) は「6-1 現在の地磁気分布」の → 式 (3) により伏角 \(I\) を用いて, \begin{eqnarray} \tan\lambda & = & {\scriptsize \frac{1}{2}}\tan I, \label{eq01} \\ p & = & 90° - \lambda, \label{eq02} \end{eqnarray} となります.古地磁気学ではこの磁気的緯度 \(\lambda\) を特に古緯度といいます.角度 \(p\) が求まれば,三角形 NSP に対して球面三角形の公式(説明は → ここにあります)を適用して VGP の緯度と経度 (\(\lambda_P\), \(\phi_P\)) は次式で与えられます. \begin{eqnarray} & & \sin\lambda_P = \sin\lambda_S\cos p + \cos\lambda_S\sin p\cos D, \label{eq03} \\ & & \sin(\phi_P-\phi_S) = \sin p\sin D/\cos\lambda_P. \label{eq04} \end{eqnarray} 但し,式 (4) の \(\phi_P - \phi_S\) の解を \(\beta\) (-90° ≤ \(\beta\) ≤ 90°) とすると, \(\phi_P\) は次の2式のいづれかとなります. \begin{eqnarray} \phi_P & = & \phi_S + \beta \quad (\mathrm{when}, \ \cos p ≥ \sin\lambda_S\sin\lambda_P), \label{eq05} \\ \phi_P & = & \phi_S + 180° - \beta \quad (\mathrm{when}, \ \cos p < \sin\lambda_S\sin\lambda_P). \label{eq06} \end{eqnarray}

地心軸双極子仮説: 下図はハワイとアイスランドの溶岩による過去5百万年の古地磁気方向と VGP の等面積投影図で,赤と青はそれぞれ正極性と逆極性を表わします.方向の図の見方は,外周が伏角がゼロの水平で,内側ほど伏角が深くなり,中心が伏角 90° を表わします.また,伏角が負の上向き方向は白抜きの点で表わします.逆転途中のデータは除いてますが,データ点のばらつきは大きいです.これは測定誤差ではなく,古地磁気の時間変動の大きさを表わしています.これを古地磁気永年変化といいます.方向の分布図にはハワイとアイスランドの緯度の違いが現れていますが, VGP の分布は両者とも自転軸の回りに分布しています.これは古地磁気が逆転時を除いて双極子磁場に近かったことを示し, VGP を使用すれば世界各地の古地磁気データの比較が可能となります.

ハワイとアイスランドの溶岩による過去5百万年の古地磁気方向とVGPの分布.
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上図で, VGP の分布をハワイとアイスランドで比較すると,そのばらつきは後者のほうが大きいことに気付きます.古地磁気が 100% 双極子磁場だった場合は VGP のばらつきはどの緯度でも同じ大きさとなるはずです.一般に VGP のばらつきは高緯度の古地磁気データほど大きくなります.これについては,古地磁気の統計的性質として,そのメカニズムが以前から研究されています.この VGP のばらつきの違いを別にすれば,古地磁気永年変化による変動をある程度長い時間にわたって平均すれば,地磁気は地球中心の自転軸に平行な棒磁石で表せると仮定できます.古地磁気学をプレートテクトニクスに応用するときに導入するこの仮説を地心軸双極子仮説といいます.

フィッシャー統計: 岩石は火山岩であれ堆積岩であれ,形成時にその時の地磁気方向に残留磁化を獲得します.岩石を定方位で採取し,磁力計で残留磁化を測定することで古地磁気の方向を求めます.残留磁化には一般にノイズ成分が付着しているので,交流消磁や熱消磁という磁気クリーニングを施します.これらの方法については古地磁気学の教科書(小玉 (1999)など)に詳細が載っているのでここでは省略しますが,測定した残留磁化方向から古地磁気方向を求める際の統計的手法について簡単に説明します.

岩石試料を採取する地点をサイトといいますが,通常は1つのサイトから複数の試料を採取し,それらの残留磁化方向の平均値をそのサイトの古地磁気方向とします.また,古地磁気永年変化を平均化する場合には,ある年代幅に分布する多くのサイトからの結果をさらに平均する必要があります.このような場合,古地磁気学で使用する解析法が球面上の点の分布に関するするフィッシャー統計です(フィッシャー統計の詳しい解説は → ここにあります).フィッシャー統計では,単位球面上の観測点を真の方向から角距離 \(\theta\) 離れた微小面積 \(dS\) に見出す確率は確率密度を \(f(\theta)\) として, \begin{equation} f(\theta)dS = \frac{\kappa}{4\pi\sinh\kappa}e^{\kappa\cos\theta}dS, \label{eq07} \end{equation} で与えられます.ここに正の定数 \(\kappa\) は精密度パラメーターで,一様分布を表わすゼロから一点集中となる無限大までの値を取ります.下図は確率密度の曲線の例と分布の様子を示します.

フィッシャー統計の確率密度分布

古地磁気方向の複数の観測値が得られたとき,真の方向の最良推定値はそれらをベクトルとして単純平均した方向となります.フィッシャー統計では,同じことですが,それらの単位ベクトルのベクトル和を合成ベクトル \({\bf R}\) として,この合成ベクトルの方向を真の方向の推定値とします.この合成ベクトルの絶対値 \(R\) から精密度パラメーターや平均方向の誤差を見積もることができます.いま, \(N\) 個の古地磁気方向のデータを \((I_i, D_i)\) \((i=1,\cdots,N)\) とするとき,合成ベクトルは次式で与えられます. \begin{equation} {\bf R} = (R_X, R_Y, R_Z) = \left(\sum_{i=1}^N\cos D_i\cos I_i,\sum_{i=1}^N\sin D_i\cos I_i,\sum_{i=1}^N\sin I_i\right). \label{eq08} \end{equation} 平均方向 \((I_m, D_m)\) は, \begin{equation} \tan D_m = \frac{R_Y}{R_X}, \quad \sin I_m = \frac{R_Z}{R}, \label{eq09} \end{equation} となり, \(\kappa\) の最良推定値 \(k\) は次式で与えられます(但し, \(\kappa\) > 3). \begin{equation} k = \frac{N - 1}{N - R}. \label{eq10} \end{equation} また, 95% 信頼限界円 \(\alpha_{95}\) とよばれる平均方向のまわりの誤差は次式となります. \begin{equation} \cos\alpha_{95} = 1 - \frac{N-R}{R}\left(20^{\frac{1}{N-1}} - 1\right). \label{eq11} \end{equation} 古地磁気の測定結果は平均方向 \((I_m, D_m)\) の他に, \(N\), \(R\), \(k\), \(\alpha_{95}\) も合わせて報告されます.

マツヤマ-ブリュンヌ地磁気逆転: 房総半島の堆積物から M-B 地磁気逆転の詳細な古地磁気記録が得られていることは冒頭で記しました.下図(上)は Haneda et al. (2020) による最新の結果から VGP の記録を示します.下図(下)には M-B 地磁気逆転の世界の記録から,データ数が多く,信頼性が高く,データが入手可能な7つの記録を示します.

房総半島からの VGP で,緑は Matuyama クロンを,赤は逆転途中を,青は逆転後の Brunhes クロンを示します.房総半島では堆積速度が速く,地層の 50 cm 毎の測定値は 130 年毎の記録となり,大変分解能の高い記録です.この記録から明らかになる地磁気逆転の特徴としては, (1) 逆転に要する時間は千年程度と地質学的時間スケールでは大変短い, (2) 逆転の前後では地磁気が不安定な時期が続き,特に逆転後は元の極性に戻ろうとする挙動がみられる, (3) 図にはないですが,逆転途中とその前後に地磁気の強度が通常の 1/10 程度に弱くなる,が挙げられます.結局,逆転そのものは千年程度だが,その前後の地磁気が弱く不安定な時期を含めると地磁気逆転には2万年程度を要したといえます.

Matuyama-Brunhes 地磁気逆転の古地磁気記録について,房総半島の結果(上)と代表的な世界の7サイトの結果(下)を示す.
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世界の代表的な7サイトからの図では,逆転前後で色分けはしてませんが,サイト毎に異なる色で示しました.青と緑の系統色で示した堆積物の5サイトのデータには,深海掘削プロジェクトによる掘削コアの3サイトを含みます.赤系統で示した溶岩層序からのデータはハワイとタヒチの2サイトです.これらの VGP の解析は複雑ですが,房総半島で示された傾向,逆転時間は短く逆転後に再び戻る傾向がある,などが多くみられます.また,堆積物から測定する古地磁気強度は相対強度ですが,熱残留磁化起源の火山岩からは古地磁気の絶対強度が求まります. Mochizuki et al. (2011) によるタヒチの結果には絶対強度が報告されており,やはり逆転時は通常の 1/10 程度に弱くなります.

球面三角形の角と辺

問題6-4-1

図のように単位球の3つの大円による球面三角形 ABC の角 A, B, C を \(A\), \(B\), \(C\), 辺の長さを \(a\), \(b\), \(c\) とします.また,球の中心を O とすると,各辺の長さは O からその辺を見込む角と同値となります.このとき,球面三角形の正弦定理は, \[ \frac{\sin a}{\sin A} = \frac{\sin b}{\sin B} = \frac{\sin c}{\sin C}, \] となります.また,余弦定理は次の3式となります. \begin{eqnarray*} \cos a & = & \cos b\cos c + \sin b\sin c\cos A, \\ \cos b & = & \cos c\cos a + \sin c\sin a\cos B, \\ \cos c & = & \cos a\cos b + \sin a\sin b\cos C. \\ \end{eqnarray*} では,これらの公式を使用して, VGP の緯度・経度を求める本文の式 (3)〜(6) を導きなさい.

問題6-4-2

緯度と経度が(30°N, 130°E)の地点で同じ地層から次の4つの古地磁気方向を得たとします.

伏角 (°)偏角 (°)
-28.4132.3
-37.1111.5
-33.6116.7
-32.1129.6

(1) 本文の式 (8)〜(11) を用いて,平均の古地磁気方向 \((I_m, D_m)\),合成ベクトルの値 \(R\),精密度パラメータの推定値 \(k\), 95% 信頼限界円 \(\alpha_{95}\) を求めなさい.

(2) 本文の式 (1)〜(6) を用いて,仮想的地磁気極 VGP の緯度と経度を求めなさい.

等面積投影図(シュミットネット)の原理図

問題6-4-3

この演習では,シュミットネットの上にトレーシングペーパーを重ねて作図する方法で VGP を決定します.その原理は,地球上の任意の点から任意の方向に大円を描くのは困難だが,極点ではどの経度線も大円であることです.ランベルト等面積投影図法のシュミットネットは,→ 「4-3 地震のメカニズム」で使用しました.シュミットネットの経線と緯線はそれぞれ大円と小円の投影となります.

作図の例として,地点 S (30°N, 130°E) での古地磁気方向が偏角 \(D\) = 80°,伏角 \(I\) = 19.4° (\(p\) = 80°) の場合を以下に示します.この例は地球を俯瞰した視点からの方法で作業は多少複雑です.より簡単な方法は「解説」のページで紹介します.

  1. 経度線は左端を 90°E,中心を 180°E,右端を 270°E と見なして, S をプロットします.さらに, S を極軸の回りに 50° 右方向へ回転し, S' とします.この作業を回転1(R1)とします.
  2. S' を,赤道面内で 90°E と 270°E を結ぶ軸の回りに下方へ 120° 回転して南極点に移し, S'' とします.この作業を回転2(R2)とします.
  3. 中心の経度線は S'' から見た北方向となるので,東に偏角 80° の経度線に沿って,角度 \(p\) の 80° 離れた点を P'' とします.これにより,観測点と VGP の位置関係が決まりました.
  4. S'' と P'' を (b) と逆に回転し(-R2),それぞれ S' と P' とします.その際,シュミットネットを 90° 回転させ, P'' の回転の軌跡は該当する小円(緯度線)に沿って描きます.
  5. S' と P' を (a) と逆に回転し(-R1) S' を S に戻すと, P の緯度経度は (14°N, 216°E) となります.
シュミットネットを用いて,古地磁気方向からVGPを決定する方法

では,「問題6−4−2(1)」で得た地点 (30°N, 130°E) の古地磁気平均方向から,例に習って作図により VGP の位置を決定しなさい.

(シュミットネット用紙 → 小, → 中, → 大 (極中心), → 大 (赤道中心))

参考文献: