物理地学の基礎:演習問題と解説

6-6 海上地磁気縞状異常と海洋底拡大

大陸の古地磁気研究が盛んになった 1950 年代には海洋底の地球物理学的観測も始まりました.海洋底研究が進むと,長大な海底山脈である海嶺の発見とともに,海底地形・地震・重力・地殻熱流量・地磁気などの分布について多くのデータが蓄積されました.これらの観測結果を説明するために,海洋底は海嶺で生成され両側に拡大していくという,新しい概念の海洋底拡大説が登場しました.しかし,海上地磁気縞状異常とよばれる,海嶺に平行に縞状に現れる地磁気の強弱の繰り返しについては,その成因が不明でした. 1960 年代になると,この縞状の磁気異常は地磁気逆転の繰り返しが海洋底の磁化として記録されて発生するというヴァイン-マシューズ仮説が提出されました.この学説により,海上地磁気縞状異常はその謎が解けただけでなく,海洋底拡大の強力な証拠となりました.

以下,海上地磁気縞状異常の発生とは多少異なりますが,地下の棒磁石により発生する地磁気異常の基礎原理を説明し,海洋底の年代についても考察します.

海嶺で生成される海洋地殻が地磁気逆転に従い正逆の極性を交互に獲得する模式図

磁気双極子による地磁気異常: 海洋底拡大説では,海洋地殻は海嶺で生成され,リソスフェアとともに海嶺の両側へ移動していきます.海洋地殻は生成時に地磁気方向に残留磁化を獲得します.そのため,海洋地殻は地磁気逆転に従い,正極性と逆極性の磁化を交互に獲得して海嶺から離れていきます.右の模式図では,正極性と逆極性をそれぞれ黒と白で示しています.また,そのパターンは海嶺の両側で対称となります.このように交互に逆方向に磁化した海洋地殻の上方の海面には,磁化のパターンに応じた海嶺に平行な縞状の正負の地磁気異常が発生します.この縞状の地磁気異常は海洋底が実際に拡大している証拠となりました.地磁気縞状異常にはクロン番号として若い順に番号付けされ,前々ページで記したように,1億6千万年前までの地磁気極性タイムスケールが作成されました.クロン番号は年代に対応しますので,地磁気縞状異常は海洋底の等年代線(アイソクロン)を示すことになります.

海洋地殻の正極性と逆極性の領域の海面では,それぞれ正と負の地磁気異常が発生することは感覚的には理解できると思われます.しかし,地磁気異常のパターンは緯度で異なり,赤道では正極性の上方では負の異常となるなど,単純ではありません.そのため,海嶺の両側で対称な地磁気縞状異常は,観測結果を北極で観測した場合のパターンに変換するなど,複雑な計算を行って初めて得られます.

ある極性に帯磁した海洋地殻は一様に磁化した細長い平板と見なすことが出来ます.この平板による海上の磁場を求めるには,平板の微小部分による磁場を平板全体に積分するという高度な計算が必要です.ここでは,1次元モデルとして,海底に位置する1つの磁気双極子(棒磁石)が海上に発生する地磁気異常について考察します.実際の発生過程とは多少異なりますが,地磁気異常の傾向は実際のものと似ていると考えて構いません.下図は左から北極,北半球中緯度,赤道について,下段に磁気双極子と地磁気のそれぞれの磁力線の断面図を,上段に全磁力異常を表わします.磁気双極子の方向は正極性を想定して地磁気と同じ方向とし,伏角は左から90°, 45°, 0° です.また,太い横線は海面を表わします.全磁力異常は海面での値を,北極における最大値を1として規格化してあります.下段の図から,海面での磁気双極子と地磁気の2つの磁場は磁気双極子の真上を中心として北極では強め合い,中緯度では中心の南で強め合うが北で弱め合い,赤道では中心付近で弱め合うことが分かります.

地下の磁気双極子による地磁気異常
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下図(右)は NCEI (National Centers for Environmental Information) で公開されているデータベース,EMAG2 (Earth Magnetic Anomaly Grid, 地球磁気異常グリッド),を用いて北大西洋の全磁力異常を表わしています.下図(左)は Wessel et al. (2019) による GMT (Generic Mapping Tools) のデータベースを用いて表わした同じ地域の海底地形です.左右の図を比較すると,大西洋を縦断する海嶺地形と対応する縞状の地磁気異常がよく表わされていることが分かります.

北大西洋の海底地形と海上地磁気縞状異常
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海上地磁気縞状異常による海洋底の等年代線(アイソクロン)
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しかし,この図は磁気異常の値をそのままプロットしただけですので,クロン番号の付いた等年代線としての磁気異常を同定することは不可能です.それは前述の通り,地磁気の測定値に高度な解析をして初めて,正しい地磁気縞状異常が得られるからです.そのようにして得られた地磁気縞状異常に基づく海洋底の等年代線を右図に示します.この図は最近公開された等年代線のデータベース(Seton et al. 2014; GSFML Data Base Project)からデータを取得して描きました.このデータベースは,正極性と逆極性の境界点の緯度・経度・クロン番号・年代から構築されています.図はこれらのデータを年代で色分けした点として,現在から約1億5千万年前までプロットしました.等しい年代のデータ点を繋ぐと海嶺に平行で,海嶺から遠いほど年代は古く,海嶺の両側にほぼ対称に分布していることが分かります.なお,→ 等年代線の世界分布はこのページにあります.

地磁気極性タイムスケール: 説明が前後しますが,ヴァイン-マシューズ仮説の登場以降,海嶺に近い地磁気縞状異常のパターンは地上の火山岩による過去約4百万年の地磁気逆転史のパターンと比較されました.また,海洋掘削コアの堆積物による古地磁気極性パターンとも比較され,いづれにも良い一致が見られ,地磁気が実際に逆転し海洋底も実際に拡大したことが確実となりました.これは地磁気縞状異常が等年代線として使用できることを意味し,磁気異常には海嶺に近い順に番号付けされ,地磁気逆転史を過去4百万年より前に延長する研究が主要な大洋で行われました.海洋底の拡大速度は各大洋で異なる等の問題はありましたが,南大西洋の拡大速度を過去4百万年間と同じ速度で一定と仮定して,8千万年前まで延長された地磁気極性タイムスケールが完成しました.その後,南大西洋の拡大速度一定という仮定は,海底堆積物中の微化石年代からほぼ正しいことが確認されました.現在では海底の年代データも増え,過去1億6千万年前までの地磁気極性タイムスケールとなっています(→ 最新版(Gee & Kent 2007)はここです).この極性タイムスケールでは,1億2千万年前から約3千8百万年も続いた正極性の時代が目立ちますが,白亜紀(正極性)スーパークロン(Cretaceous Normal Superchron)とよばれています.下図は,地磁気縞状異常の等年代線と地磁気極性タイムスケールに基づく海洋底の年代分布です.

海上地磁気縞状異常と地磁気極性タイムスケールに基づく海洋底の年代分布
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トランスフォーム断層でずれた海嶺による海上縞状地磁気異常の模式図

問題6-6-1

(1) 右図は海洋底拡大と地磁気縞状異常の模式図で,海嶺はトランスフォーム断層でずれています.灰色と白色の領域はそれぞれ正磁極期と逆磁極期です.それらの境界は等年代線(アイソクロン)で,数字は Ma(百万年前)単位です.海洋底の拡大速度には2通りの表わし方があり,両側拡大速度は海嶺の両側にあるアイソクロン間の距離を年代で割った値,片側拡大速度は1つのアイソクロンと海嶺との距離から求めた値です.では,両側拡大速度と片側拡大速度はそれぞれ年当たり何センチか計算しなさい.また,海嶺より左側と右側のプレートをそれぞれ A と B とするとき,プレート A に対するプレート B の移動速度 \(_A{\bf V}_B\) を表わすのはどちらか?

海洋底拡大の方向が海嶺から斜め45°の場合の,海嶺,トランスフォーム断層,海上地磁気縞状異常の模式図

(2) 海洋底の拡大方向は多くの場合,海嶺にほぼ垂直です.しかし,そうでない場合もあり,右図は拡大の方向が海嶺から 45° 傾いているときの模式図です.トランスフォーム断層も同じ角度だけ傾いています.この場合のプレート A に対するプレート B の移動速度 \(_A{\bf V}_B\) は年当たり何センチか?

途中で折れ曲がる海嶺からの海洋底拡大

(3) 左図は途中で折れ曲がっている海嶺の模式図です.矢印で示したプレート A とプレート B の拡大方向は,図の上半分では海嶺に垂直ですが,下半分では 45° 傾いています.この場合の地磁気縞状異常がどのようなパターンになるかスケッチしなさい.

参考文献: