- 三菱炭鉱鉱業鉄道(三菱大夕張鉄道)
- 北海道の鉄道といえば、炭鉱から掘り出された石炭を各地に運ぶために敷設されたと言い切っても言い過ぎではないでしょう。国鉄も含め北海道の各地には炭鉱鉄道が多数存在していました。エネルギーの主役が石油に変わり、炭鉱はあっという間閉山となり、鉄道も80年代にはほとんど廃止されなくなっていました。この三菱大夕張鉄道は最後まで残った旅客営業を行なっていた路線でありましたが、私が訪ねた昭和60年には一日3往復という状態で、ほとんど乗客が乗車しておらず、廃止を予感させるには充分でした。現在は炭鉱も鉄道もすべてなくなってしまっています

国鉄DD13と同タイプのDL55形。後ろに客車を連結しているが前方の車は三軸台車をはいていた珍車スハ二6。
大正12年鉄道省大宮工場製で、美唄鉄道(昭和47年廃止)から昭和42年に譲り受けたものだった。
1985年9月20日 南大夕張駅

線路を渡って階段を少し上ったところに駅舎があった。
出札でファン向けに古い使用済みの乗車券が沢山売られていた。
南大夕張駅舎
- 岩手開発鉄道

1992年3月末をもって旅客営業を廃止した岩手開発鉄道。収益の主力はかつてから岩手石橋から石灰石の輸送であり、旅客輸送の廃止もあまり話題にならなかった。
貨物輸送は依然として活発な状況を呈している。
- 片上鉄道
- 何でこんなところに私鉄があるの?という例は、炭鉱か鉱山の為に開発された鉄道を旅客輸送に転用していた場合が多い。写真の片上鉄道は柵原鉱山で産出される硫化鉄を片上港を輸送する目的で敷設されたが、合理化により輸送形態をトラックに改め平成3年6月30日に廃止となったもの。同和鉱業は秋田でも小坂鉄道を運営していたが、こちらは平成6年に旅客輸送を廃止して貨物輸送のみとなっている。
写真は営業最終日のものであるが、ちょうど日曜日であったため片上駅も沿線もファンでいっぱい。さよならのマークや横断幕も出され賑やかな幕引きであった

走る列車をファンが車で追いかけ良いポイントはファンでいっぱい。人を避けるのに苦労をした。
車体横にはさよならの表示が掲示されていた。平成3年6月30日

国鉄DD13と同形のDD13ディーゼル機関車が牽引する客車列車。
機関車牽引の客車列車があることが鉱山鉄道らしい。
片上駅 平成3年6月30日

元国鉄キハ41000形のキハ302。大きな構内を持つ片上駅。線路は港までつながっていた。
片上駅 平成3年6月30日