和歌入門附録 和歌のための文語文法

活用表 動詞についての留意点 助動詞の種類と機能 助詞の種類と機能 仮名遣

助動詞の種類と機能 1

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助動詞一覧表

過去・完了 推量 打消 自発・可能・受身・尊敬
使役・尊敬 その他(指定・比況・希求)

過去・完了    たり  けり

 完了

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
つる つれ てよ 連用形
【接続】
【機能】
  1. 動作が確かに成り立った(完了した)との判断をあらわす。
    「ぬ」とほぼ同じ意味になるが、「ぬ」は非作為的・自然推移的な意味の動詞に用いられたのに対し、「つ」は作為的・人為的な意味の動詞に用いられる傾向があった。
    鳴神の音のみ聞きし巻向の檜原の山を今日見つるかも(万葉集、人麻呂歌集歌
    折りつれば袖こそにほへ梅の花ありとやここに鶯の鳴く(古今集、読人不知
  2. すでに終ってしまったことを過失と見なし、そのことで後悔したり、自分を――あるいはそれを行なった他者を――責める気持を含めて言うこともある。
    今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな(古今集、素性法師
    枕よりまた知る人もなき恋を涙せきあへずもらしつるかな(古今集、平貞文
  3. 将来の事柄、あるいは仮定の事柄について、その動作を既定の事実であるかのように見なして言う場合にも用いられる。
    信濃なる千曲の川のさざれ石も君し踏みば玉と拾はむ(万葉集、信濃国歌
    梅が香を袖にうつしてとどめば春はすぐとも形見ならまし(古今集、読人不知
【来歴】

語源については、動詞「棄(う)つ」から転成したと推定されている。
口語文では用いられなくなり、動詞に完了の意を添えるためには、ふつう補助動詞「しまう」を用いるようになった。「つ」「ぬ」「り」「たり」などを使い分けた文語の豊かなニュアンスが失われたことは言うまでもない。

【助動詞との結合例】
【特殊な用法】

 完了

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
ぬる ぬれ 連用形
【接続】
【機能】
  1. 動作が自然と完了する(した)との判断をあらわす。「つ」と似た意味であるが、「つ」が主として作為的な動作について用いられたのに対し、「ぬ」は非作為的・自然推移的な意味の動詞に用いられる傾向があった。
    ひむがしの野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶき(万葉集、柿本人麻呂
    春の野に若菜つまむと来しものを散りかふ花に道はまどひ(古今集、紀貫之
  2. 「つ」と同様、将来(仮定)の事柄について、その動作を既定の事実であるかのように見なして言う場合にも用いられる。
    いづくにか我は宿らむ高島の勝野の原にこの日暮れ(万葉集、高市黒人
    いつまでか野辺に心のあくがれむ花し散らずは千世も経べし(古今集、素性法師
【来歴】

語源については、動詞「去(い)ぬ」から転成したものと推定されている。「つ」同様、口語文では用いられなくなり、補助動詞「しまう」または助動詞「た」に取って代わられた。

【助動詞との結合例】
【助詞との結合例】
【特殊な用法】

 完了・存続

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
命令形(四段・サ変)
【接続】
【機能】
  1. 動作が継続しているとの判断をあらわす。
    恋ひ死なむ後は何せむ生け日のためこそ妹を見まく欲りすれ(万葉集、大伴百代
    白妙の我が下衣失はず持て我が背子ただに逢ふまでに(万葉集、狭野茅上娘子
  2. 動作が完了し、なおその状態が続いているとの判断をあらわす。
    我が里に大雪降れ大原の古りにし里に降らまくは後(万葉集、天武天皇
    奧山の岩がき沼に木の葉落ちて沈め心人しるらめや(金槐和歌集、源実朝
  3. 天武天皇詠の「大雪降れ」は、既に大量の降雪が成立し、大雪の降り積もった状態がなお継続していることを示す。「降りぬ」「降りき」などではこうした意味を明示できない。源実朝詠の「沈め」は、木の葉が(そして心が)沈んで最低辺に至るという動きは既に終わって、現在もその状態を保っていることを示している。

【来歴】

元来は、四段動詞・サ変動詞の連用形に、存在を意味する動詞「あり」が付いて「咲き-あり」「行き-あり」「為(し)-あり」のようになったもの(複合動詞)であったが、それが縮まって「咲けり」「行けり」「せり」のように変化し、語尾の「り」を助動詞として用いるようになった。

【助動詞との結合例】

たり 完了・存続

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
たり たら たり たり たる たれ たれ 連用形
【接続】
【機能】
  1. 動作が既に完了したとの判断をあらわす。「〜した」。
    吾はもや安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり(万葉集、中臣鎌足
    別れては昨日今日こそへだてつれ千世しも経たる心ちのみする(新古今集、藤原伊尹
  2. 動作が完了し、なお継続しているとの判断をあらわす。「〜している」、「〜してある」。
    春過ぎて夏来るらし白たへの衣乾したり天の香具山(万葉集、持統天皇
    山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり(古今集、春道列樹
  3. 「つ」「ぬ」と同じく、将来の事態につき、既定の事実であるかのように仮想して言う場合にも用いられる。
    あしひきの山桜花日並べてかく咲きたらばいと恋ひめやも(万葉集、山部赤人
【助動詞との結合例】
【来歴】

元来は、接続助詞「て」と存在をあらわす動詞「あり」との結合したもの。「咲きたり」はすなわち「咲き-て-あり」であり、「咲いている」の意味。のち、「たり」は現代口語の過去の助動詞「た」となった。

 記憶想起

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
しか 連用形(カ変・サ変動詞は例外)
【接続】
【機能】
  1. 記憶にあること、回想されたことであるとの判断をあらわす。実際に経験した身近な過去を言う場合が多いが、例歌に引いた天智御製のように遠い過去についても言う。
    香具山は 畝傍ををしと 耳成と 相争ひ(万葉集、天智天皇
    あしひきの山行きしかば山人の我に得しめ山苞ぞこれ(万葉集、元正天皇
    天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出で月かも(古今集、安倍仲麿
    みかの原わきて流るる泉川いつ見とてか恋しかるらむ(新古今集、藤原兼輔
  2. 三首目、話し手が月を見ているのは唐においてであるが、その月によって、昔奈良で見た月を回想している。それゆえ「出で月かも」と言っているのである。

  3. 室町時代頃から、複合助動詞「にき」あるいは助動詞「たり」と同じような意味でも用いられた。
    志賀の浦や荒れ都の月ひとりすむとは知るや唐崎の松(草根集、正徹)
    ひと夜来て旅寝うれしき故郷の荒れ垣根にもゆる若草(藤簍冊子、上田秋成)

    上の例の「荒れし」は古典文法に則れば「荒れにし」あるいは「荒れたる」と言うべきところ。なぜなら、話し手が眼前にしている状景と取らないと、これらの歌の情趣は成り立たないからである。このように「き」を「にき」や「たり」あるいは「た」の代りに用いるのは、近現代の短歌でもごく普通に見られる用法である。

【助動詞との結合例】
【来歴】

語源は不明。

【特殊な用法】

けり 反省的認識

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
けり けら けり ける けれ 連用形
【接続】
【機能】
【来歴】

語源については、過去の助動詞「き」と存在をしめす動詞「あり」が結合したとする説、動詞「来(き)」と「あり」が結合したとする説がある。
口語では用いられなくなったが、「そんなこともあったっ」などと言う時の「け」は「けり」の転であり、現在の話し言葉にもわずかに命脈を保っている。

【助動詞との結合例】
【助詞との結合例】
【特殊な用法】

過去・完了 推量 打消 自発・可能・受身・尊敬
使役・尊敬 その他(指定・比況・希求)


公開日:平成19年2月25日
最終更新日:平成23年5月31日