samisen of 倉橋島のお宝

室尾の三味線

室尾は呉市倉橋町の東部に位置し、南北に湾を抱く漁港です。三味線の伝承については明らかではないが、一説によると、平家の落人であった盲人の法師が室尾に住みつき、生活の糧として女性や子供を集めて三味線を教えたとつたえる。藩政時代から瀬戸内海を往来する船乗りや商人などの寄港や逗留によって伝えられ、元来、芸事を好む当地の気質と相俟って新しい文化として育ったものであろう。江戸末期に地元の人で、三味線を教える御匠さんがあり、良家の子女や粋人たちは、嗜みとして身に着けたらしい。全盛期は、大正から昭和十年代までです。三味線が盛んになつた原因のひとつに、若衆宿があった。また、昭和九年夏、呉出身の作曲家藤井清水先生の来島を得て、新民謡(室尾大漁節)が作られた。これに三味線の譜を付け、踊りの振り付けも加わり、老若男女が熱心に習った。詩には、当時の風景・行事・産物が織りこまれ、親しみやすい曲と踊りのため、祭や行事など事毎に演じられ集落中湧き返ったもので、現在も盛んに継承されている。