bungei of 倉橋島のお宝

万葉集 巻第十五

遣新羅使の一行が下向、長門の浦に仮泊、その時に読まれた歌八首

安芸国の長門の島にして磯辺に舟泊まりして作る歌五首

石走る 瀧もとどろに 鳴く蝉の声をし聞けば 都し思ほゆ
   (訳)岩の上をほとばしり流れる 瀧にもまして響き 鳴く蝉の 声を聞いていると都が思い出される。
                    上の一首は、大石蓑麻呂  
山川の 清き川瀬に 遊べども 奈良の都は 忘れかねつも
   (訳)山川の清い川瀬で 遊んでいてさえも 奈良の都は 忘れられない
磯の間ゆ 激つ山川 絶えずあらば またも相見む 秋かたまけて
   (訳)磯の間から 激しく流れるこの山川が 絶えずにあったらまたも来て見よう 秋ともなって

恋繁み 慰めかねて ひぐらしの 鳴く島陰に いほりするかも
   (訳)恋しさに 耐えかねつつも ひぐらしの 鳴く島陰の仮庵で一休みすることよ

我が命を 長門の島の 小松原 幾代を経てか 神さび渡る
   (訳)我が命を 長門の島の小松原は 幾年を径て こうも神々しいのだろうか

磯辺に舟泊まりして作る歌五首(要旨)

蝉の声に都への心をかき立てられ、川の美しさにどんなに心惹かれても、都は忘れられない。もし山川が絶えずにあったら、その山川の美しさを、秋にはまた来て見よう。都への思いは耐えがたく、しきりに鳴くひぐらしの声に都への恋しさはますばかり、旅行く果てに(秋の約)があるのだから、幾年も変わらない長門の島の小松原に我が命を長く保って帰りたいと願った。

秋の約・・秋に都に帰れるという約束事


長門の浦より船出する夜に、月の光を仰ぎ観て作る歌三首

月読みの 光を清み 夕なぎに水手の声呼び 浦廻漕ぐかも
   (訳)月の光が清らかなので 夕なぎに 水手のが声を合わせて沿岸沿いに漕いで行くよ

山の端に 月傾けば いざりする 海人の灯火 沖になづさふ
   (訳)山の端に 月が傾いてくると 魚を捕る 海人のいさり火が沖にちらちらし始める

我のみや 夜船は漕ぐと 思へれば 沖辺に方に 梶の音するなり
   (訳)われわれだけが 夜船を漕いでいると 思っていたら沖辺のほうでも梶の音が聞こえる。