本社ヶ丸( 本社ヶ丸:1,630m ) 2002.02.09 登山


 &nbsp本社ヶ丸山頂と奥秩父の山々 ( 2002.02.09 )
【本社ヶ丸登山記録】

【本社ヶ丸登山データ】

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本社ヶ丸登山記録

2月の 3連休、初日の 土曜日が一番天気が良さそうだったので、 週日の不摂生で少々疲れ気味だったにも拘わらず、無理をして 9日の土曜日に山に登ってきた。
行き先は、先日の 黒岳 ・ 釈迦ヶ岳 に引き続き、 同じ御坂山系にある本社ヶ丸 (ホンジャガマル) である。
ルートは 河口湖側から登って御坂峠経由でアプローチすることにする。本来なら中央本線の笹子駅側から登るのがポピュラーなのであろうが、 そのコースはかつて 三ツ峠山 からの下山ルートとして使ったことがあり、 どうも辿る気がしなかったのである。

中央高速道河口湖ICで車を降りた後は、いつもと違って河口湖駅方面へと向かう。 道は最初だけ少しややこしいが、標識に注意して辿れば迷うことはない。
そして河口湖畔のホテル街の前に出れば、後はそのまま道なりである。
御坂トンネル手前のところで道を右に曲がる。曲がってすぐの所に空き地があるので車を止め、出発したのが 7時4分であった。
周囲には雪が多く残っていたので、山の上もかなりの雪であることが想像されたが、人の踏み跡さえあれば何とかなると思い、 あまり深く考えずに出発したのであった (後で自分の甘さを思い知った次第である)

車を止めた空き地の向かい側からトンネルと並行するように林道がつけられており、 その入口には御坂峠を指す標識もある。ところが少し進んだ所に地図が描かれた看板があり、 その前から左側の斜面に登っている足跡があるではないか。目の前の地図ではもう少し林道を先に進むようになっているので、 左の斜面に登ってしまうのは間違いとは思ったのだが、どうも気になる。
どうしようかと迷いつつ、つけ忘れていたスパッツを装着していると、下から私より年配の方が登ってきた。これ幸いと道を聞くと、 このまま林道を進むのが正しいとのこと、こういう時に人に会うのは大変助かる。
スパッツをつけ終えて林道を少し登ると、壊れた標識が足下に置かれていて、そこから杉の林に入るようになっていた。 しかし、その道を辿ってみると、雪の上にあるはずの年配の方の足跡がないのである。これはおかしいと思いながらもさらに先に進むと、 何と先程分かれた林道と再びクロスすることになったのであった。年配の方はそのまま林道を辿ってきたのである。

林道を横切って再び樹林の中を進む。まだ暗い林の中を登っていくと、すぐに道は広がりを見せ始め、 緩やかな傾斜をもったジグザグの道が続くようになった。
目指す御坂峠にはかつて御坂城があったことから、この道も昔はかなりの人が行き来したことであろう。その証拠なのか、 登山道脇の斜面には石仏も見える。
雪の量は登るにつれて多くなり、数人が往復した足跡が溝のようにつけられているのみである。
道は緩やかなため、それほど息があがらぬまま高度を上げていくことができる。やがて、明るい日差しが丸裸の木々の間から差し始め、 見上げれば空も青く気持ちが良い。

高度を上げるに連れ、落葉した木々の間から 富士山 も見えるようになってくる。 ただ、朝のやや白っぽい空の中にその白い頂が溶け込んでしまい、あまりハッキリ姿が見えない。
しかも、写真を写そうにも多くの枝が邪魔をしてなかなかその全容を捉えることができず少しイライラする。
真っ白な雪の道を、朝日を浴びながら黙々と歩く。やがて観音岩という手書きの標識が置かれた大岩の横を通過すると、 富士山 の頂も木々の上に見えるようになってくる。 雪の量も少し増えたかなと思いながら道を急ぐと、目の前が開け、そこは御坂峠であった。

御坂峠は明るい日差しで雪が煌めき、振り返れば黒い木々の上に 富士山 が顔を覗かせて気持ちが良い。 しかし、ここから左に道をとれば黒岳、右に道をとれば 御坂山 を越えて旧御坂峠に至ることになるのだが、 どちらにも雪の上に足跡がほとんどないのである。
ここは主稜線なのでもっとしっかりした足跡があると思っていたところ、左の黒岳方面へは何日か前につけられた足跡をその後の雪が覆った形となっており、 かろうじて右手の方に続く足跡が 1つばかりつけられているだけなのである。
これは意外と思いながら、右に足を進め、すぐの高みを登っていくと、その唯一の足跡も何と途中でなくなってしまったのであった。 どうやら峠を越えて私と同じく御坂山を目指したものの、あまりの雪の多さに途中で引き返すことにしたらしい。

という訳で、突然目の前には真っ白な雪しかない状況になってしまい、少々戸惑い気味である。
足を踏み出すと雪が 2、30センチほどズボッと潜ってしまうという状態の歩行が延々と続くことになり、しかもどこが本来の登山道か全く分からない。
周囲の地形や木の状態などから検討をつけて進むのだが、これが雪の中を進むという肉体的な労働とともに結構精神的疲れをもたらすのである。
それでも何とか高みのピークに出たのだが、そこからの下りがひどい有様であった。雪が吹きだまりのようになって波打っており、 そこを通過するためには股の付け根までもある雪をかき分けなくてはならなかったからである。これは一大事とは思ったものの、 引き返すのもまた大変な状況で、それなら前へと進むしかない。
1歩1歩に多くの時間を要しながら、ようやく鞍部にある送電線の鉄塔のところに辿り着いたのであった。

一息ついて周囲を見回すと、景色はなかなかのものである。 河口湖の広がりとそこに覆い被さるような 富士山 が見事で、 振り返れば、先日登った釈迦ヶ岳の金字塔が白く輝いている。
この鉄塔辺りは風の通り道らしく、雪の表面はカチカチに凍っている。それならと安心して踏みつけると、 時折 足がズボッと入ってしまうといった状況で大変であった。
鉄塔から先、雪の岩場を何とかよじ登り、再び ツボ足歩行が始まる。道しるべは全くないが、何とか周囲の状況からルートは判別できる。 これも明るい日差しの下だからで、視界が利かなかったら恐らく立ち往生してしまったであろう。

雪の中をツボ足状態で黙々と進むしかなく、雪が全ての音を消すのか、本当に静かである。 自分の息づかいと雪を踏む音しかしない。
助かったのは、鉄塔から御坂山まではそれほど急な登りが無かったことで、雪の緩斜面を登っていくと、見覚えのある御坂山頂上であった。
御坂山もやはり無人。まっさらな雪の上に足跡は私のものだけである。そして時計を見てビックリである。
御坂峠からこの御坂山まで 1時間16分もかかってしまったのである。
無論、途中の鉄塔下などで休みをとったとは言え、地図上で 35分のところを 倍以上かかってしまったことになる訳で、 雪の恐ろしさを垣間見た感じがしたのであった。

御坂山で食事をした後、旧御坂峠へと下山を始める。
旧御坂峠から先もこれまでのようにラッセルを強いられるのであれば、本社ヶ丸は断念し、旧御坂峠から天下茶屋へ下山しようと思っていたところ、 何と下から親子 4人連れが登ってくるではないか。
父親、母親は足にワカンをつけていたが、中学生くらいの女の子と下の子は長靴といういでたちで、急な斜面をラッセルしてきたのである。
こんな大変な状況を親子連れが登ってきたこと自体驚きであったが、もっと驚いたのは、私にこれより先の雪の状況を聞いた上で、 御坂山以降もラッセルを強いられると分かった途端、目と鼻の先にある御坂山頂上にも登らずして下山を開始したことであった。
御坂山頂上も樹林に囲まれて展望は得られないということを私に確認した上での下山であったが、 あまりの潔さにビックリである。
女の子たちのこれまでの苦労を考えると、もう少し頑張って御坂山頂上だけでも踏んでくれば良いのにと思う訳であるが、 やはりここまでのラッセルが相当堪えたのであろう。
しかし、この親子連れのお陰で少なくとも旧御坂峠までの道は踏まれた訳である。これは嬉しい限りで、 4人 + 2人 (後から 2人ほど登ってきた) で作られた道の威力は抜群であり、 スピードも上がる。

快調に天下茶屋への分岐である旧御坂峠まで下り着いたのが 10時35分、ここから先に進むか、 下山するかは思案のしどころであるが、何と嬉しいことに旧峠から先にも雪の上に踏み跡が作られていたのであった。
旧峠から先はラッセルを覚悟しており、状況によってはそのまま天下茶屋へと下ってしまおうと思っていただけに、 清八峠、本社ヶ丸方面へ行く先達がいたということに大変勇気づけられ、迷いが吹っ切れた次第である。
ヨシッと気合いを入れてそのまままっすぐ進み、2人分の足跡を辿っていったのだったが、何事もそうそううまくは運ばないもので、 途中から再び ミニラッセルをしなければならない状況に陥ってしまったのである。
というのは、快調にトレースを辿っていくと、途中の尾根筋の見晴らしの良いところで 2人が食事をしており、聞けばこの先まで進んだものの、 70センチくらいの積雪があって途中で断念し、戻ってきたとのことだったのである。
「きっと戻ることになりますよ」 という言葉を 2人にもらって先に進むと、確かに途中で足跡が消えている。 先の方を見ると、緩やかに登る尾根には雪が相当積もっていて、確かに厳しいラッセルを強いられそうである。
しかし、先の御坂山への登りを考えたら、このくらいなら何とか行けるのではないかという気がする。明るい太陽の後押しもあり、 何よりも簡単に旧御坂峠まで戻れるのが有り難い。

という訳で、無謀にもまっさらな雪の斜面に足を踏み入れてしまったのだったが、 ここからの道はあまり普段でも人が歩いていないのだろうか、道にテープなどの印は全くなく、周囲の木々も枝がかなり張りだしてうるさい。
それだけに、雪の積もり具合だけを頼りの道探しとなったのだったが、唯一の頼りは明るい日差しと、先に進むにつれて見えてきた送電線の鉄塔であった。 この日の暖かく明るい日差しにはどれほど勇気づけられたことか・・・。

雪との格闘の末、辿り着いた鉄塔下が八丁峠であった。地図を見ると、ここからは八丁山越えのルートと、 一旦 清八林道へと下るルートに分かれることになる。
ここで私は大きな勘違いをしてしまい、鉄塔に沿ってつけられた道 (送電線鉄塔の巡回路と思う) を北に下ってしまったのである。
快調に下って、峠から 2本目の鉄塔を過ぎたところで下を見ると、どうもこのまま藤ノ木方面へ下山しそうな感じである。
右を見れば 三ツ峠山から北へと続く山並みが見え、明らかに自分のいる位置が間違いであることを知ったのであった。

つい谷沿いの明るい日だまり道に誘われ、この道が八丁山越えと思って進んできてしまったのだが、 八丁山越えは八丁峠から直登せねばならないようで、これを避けるのであれば今下ってきた道とは逆の方向に巡回路を下らねばならないのである。
八丁峠に戻るまで自分の迂闊さを罵りながら、ようやくの思いで登り返したのだが、かなりのエネルギー消費であった。
戻り着いた八丁峠からは、先程の巡回路と逆の方向へ足を踏み出そうとしたところ、いきなりの急斜面に少々ビビッてしまった。
本来、急な斜面を横切る道が作られているのであろうが、雪で全く隠れてしまっており、そこに足を踏み出すのは少々勇気がいるのである。 エイヤと思い、思い切って飛び出したのだが、雪の斜面で滑ってしまえば右下の谷へと滑り落ちてしまうという状況で、 この日一番神経を使ったところであった。

この斜面を抜けてからは、雪に覆われていても道は分かりやすく、 快調に雪をかき分けて足を進めていったところ、途中の丸木橋を渡ったところで道が分からなくなってしまったのである。
沢筋を横切るようになっているのだが、その先は斜面となって登れず、沢筋をウロウロしてようやく道の続きを見い出すまで 5分ほど時間をロスしてしまったのであった。
周囲が真っ白であり、しかも日が当たらず暗い場所だったことから、迷ってしまった次第なのだが、こういうのが一番疲れる。

それからは快調で、ドンドン足を進めていくと、やがて左下に林道が見えるようになり、これ幸いと、 樹林の斜面をショートカットして林道に飛び出したのであった。
目指す本社ヶ丸はこの清八林道を左に進まねばならない。林道は車両通行止めになってはいるものの、ショベルローダーで雪かきがなされており、 先程までのラッセルに比べると天国である。
清八山の電波塔を見ながら林道を進んでいくと、やがてラッセルされた道も途中で終わりとなり、再び積もった雪の上をツボ足状態で進まねばならなくなる。 雪の上には 2人ほどの足跡がつけられている。
やがて、林道は行き止まりとなったが、ここが三ツ峠 − 清八峠の縦走路との合流点である大幡八丁峠である。
この大幡八丁峠では、雪上に三ツ峠方面からの (への) 踏み跡は全くなかったものの、先程の林道上につけられていた足跡が清八峠、 本社ヶ丸方面へと続いている。ホッと一安心である。
もうラッセルしないで済むのは本当にありがたい。こんなに人の足跡が嬉しいと思ったことはないと言っても過言ではないという気持ちであった。

この先達の足跡に勇気を得、清八山への登りについたのだが、 これまでの行程でエネルギーを使い果たしつつあった私にとってこの登りはかなりつらいものがあった。
先程林道から見えた電波塔の横を過ぎ、一登りしたところが清八山頂上で、ここもなかなかの展望である。 目指す本社ヶ丸方面は 3つ瘤の山となって見える。
また、富士山 と三ツ峠山が並んで見えるが、やはり三ツ峠山山頂の電波塔は興ざめである。

この清八山頂上では、本社ヶ丸から戻ってきたご夫婦と話をする機会があったのだが、 大幡八丁峠からラッセルがつけられていたことが大変嬉しかったことを話すと、何とそのご夫婦が足跡をつけられたとのことであった。
大いに感謝したことは言うまでもない。あの足跡がなければ、本社ヶ丸は断念したかもしれないからである。
清八山から一気に下ると、下り着いた所が清八峠で、ここからは笹子側から登ってきた人たちの足跡も合流し、一気に歩きやすい道となった。
ただ、ここから本社ヶ丸までが本当に辛い。この清八峠から本社ヶ丸までの間には、大小 6つほどのピークがあり、 これで最後かと思うとまた次のピークが目の前に控えているという状態が何回も続いて、本社ヶ丸頂上に着いた時は本当に心身ともクタクタの状態だったのである。
何回か登り着いたピークに裏切られながらまだまだ先かと前を見ると、目の前の高みの頂上に標識らしきものが見える。 どうやらこれが本物の本社ヶ丸らしいということが分かった時は心底嬉しかったのであった。これで終わりである。

最後の斜面は岩場も混じっており、それを雪が覆っているものだから、結構登るのに苦労する。
滑り落ちたらそのまま谷へ落ちてしまうような箇所があって緊張を強いられる。それと疲れもあってなかなかペースが進まないが、 それでも 14時24分、ようやく頂上に立ったのであった。
どうやら私がこの日の最終登頂者らしく、頂上は独り占め状態で、周囲の山々をじっくり眺めることができたのはここまでの苦労、 疲れを吹っ飛ばす何よりの薬であった。
富士山、三ツ峠山は無論のこと、その左手には 御正体山 がその存在を誇示しており、 そのさらに左には 大室山 を初めとする 丹沢の山々 が白い姿を見せてくれている。
また、富士山 の右手には黒岳の姿が大きく、 そのさらに右手にある釈迦ヶ岳の金字塔が印象的である。
また、南アルプス、八ヶ岳 は雲の中に見えなかったものの、 その頂の白さが目立つ 金峰山、 そしてその右に朝日岳、北奥千丈岳、国師ヶ岳 と続き、 そしてさらに右の 甲武信岳 との間には 黒金山 などが見える。
甲武信岳 のさらに右には 破風山、雁坂嶺古礼山 などのお馴染みとなった山々が見え、 奥秩父の好展望を得られたのであった。時間が遅い割には素晴らしい。感謝である。

20分ほど山頂で腹ごしらえなどした後、往路を戻る。
頂上直下の下降は、少々危険なところもあり、登りより下りの難しさを痛感する。本社ヶ丸まで苦しかった 6つほどのピークは、 お腹が満たされたこともあってそれほど苦痛でもなく、清八峠へはあっという間に戻ることができたのであった。
登り返して清八山から本社ヶ丸方面を振り返るが、やはりここからは 3つの峰しか見えず、本社ヶ丸本体は見えないというのが正解なのであろう。
清八山から大幡八丁峠まではわずか 11分。苦しかった登りが嘘のようである。
後は清八林道を下り、三ツ峠登山口に着いたのは 16時24分。そこから現在は通行止めとなっている車道を下り、 天下茶屋からの道と合流した後は 御坂みちを延々と下って御坂トンネルの入口に戻り着いたのは 17時18分であった。

しかしそれにしても、良くもまあ途中で引き返さずに全行程を歩き切ったものである。
自分を少し見直した 1日でもあり、低山とは言え冬の山をなめていたことを反省させられた 1日でもあった。
さらに、人のトレースを辿るのがいかに楽かを知り普段いかに楽をしていたかを思い知った 1日でもあった。


本社ヶ丸登山データ
上記登山のデータ 登山日:2002.02.09 天候:快晴 単独行 日帰り
登山路:御坂トンネル−御坂峠−御坂山−旧御坂峠−八丁峠−清八林道−大幡八丁峠− 清八山−清八峠−本社ヶ丸−清八峠−清八山−大幡八丁峠−清八林道−三ツ峠登山口−(御坂みち)−御坂トンネル
コースタイム
御坂トンネル (7:04)−御坂峠 (8:27)−御坂山 (9:43−10:04)−旧御坂峠 (10:35)−八丁峠 (11:41-11:49)−鉄塔−八丁峠 (12:08)−清八林道 (12:33)−清八山 (13:18-13:24)− 本社ヶ丸 (14:24-14:50)−清八山 (15:38)−大幡林道 (15:49)−三ツ峠登山口 (16:24)−御坂トンネル (17:18)
交通往路:瀬谷−(国道16号線)−八王子IC−(中央自動車道)−河口湖IC−御坂トンネル (車にて)
交通復路:御坂トンネル−一宮御坂IC−大月IC−(甲州街道)−相模湖駅前−橋本−(国道16号線)−瀬谷 (車にて)

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