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更新日:2018.8.28

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 山での 1枚 :  御小屋尾根中腹より阿弥陀岳を見上げる

御小屋尾根中腹より阿弥陀岳を見上げる 2018/7/20

 WHAT'S NEW    《 2018年8月28日 記 かなりの長文ご容赦 

6月22日に芋木ノドッケ (芋ノ木ドッケ) と雲取山に登ったが、 体調不良で散々な登山となったものの、それでも梅雨の合間に登山ができたことを喜んでいたところ、何のことは無い、 それから少しして関東地方は観測史上初の 6月中の梅雨明けに至ったのであった。
こうなると分かっていれば、登る山をジックリと選べば良かったと悔やむが、先のことはなかなか予測できないので致し方ない。

さて、梅雨が明けたとなると、『 梅雨明け十日 』 の言葉があるとおり暫くは天候が安定するかと思われたのだが、 戻り梅雨というか、意外に天候が安定しない。
さらに、7月初旬はかなり予定が入っており、また混雑を敬遠して海の日の連休を避けたところ、ふと気付けば 7月は山に行ける日がかなり限られてしまったことに気がつく。
というのは、7月25日から 31日までは自治会の関係でラジオ体操を主催せねばならないからで、従って山にいけそうな日は 7月20日のみということが分かったのである。
こうなると慌ててしまうが、一方で、暑い日が続いている上に、サッカーワールドカップによる夜更かしがすっかり定着してしまい、 体調はあまり良いとは言えない状態であるため、アルプス方面に行くのは少し荷が重い気がする。

とは言え、ここのところ 2,000m以下の山が続いているので、 この辺でアルペンムードも味わいたいと思い、散々考えたあげく八ヶ岳に登ることにする。
八ヶ岳については最近も硫黄岳や横岳、権現岳といった山に登ってはいるものの、主峰の赤岳には 5年ほど登っていないため久々に登りたいと思っていたところであり、 この夏にアルプスの山々に登るための良い試金石になろうと考えてのことである。
辿るコースだが、人が少ない方が良いと考え、5年前に登った御小屋尾根を辿って阿弥陀岳に至り、さらに赤岳に登ることにする。
このコースは間違いなく人が少ないはずである。

7月20日(金)、3時20分過ぎに自宅を出発する。
しかし、体調は最悪。いつもは夜中の 2時近くに眠りについているため早く床についても眠れるはずも無く、結局 睡眠時間は 1時間程。
本日も暑くなるとのことなので、前回の芋木ノドッケ、雲取山の二の舞になりそうである。
しかも、天候の方はあまりスッキリせず、中央道では完全に曇り空、そして途中にわか雨にも降られる始末。 そんな状態のため、中央道からは八ヶ岳を全く見ることができず、テンションがドンドン下がる。

小淵沢ICで高速を下り、県道11号線を北に進む段になっても、 本来ならば前方に見えるはずの権現岳、編笠山は全く見ることができない。
大平の信号にて左折し、八ヶ岳鉢巻道路 (県道11号線のまま) に入っても状況は全く変わらず、 時々うっすらと霧が流れる状況に体調の悪さも加わってため息が出る。
よっぽど引き返そうかと思ったのだが、サラリーマン時代と違って贅沢もできない身では、ある程度 登山の体裁を整えることが必要と、 さらに先へと進む。

長野県に入り、道路が県道484号線へと変わり、富士見高原リゾートを過ぎて暫く進んで行くと、 嬉しいことに乙事 (おこと)、富士見市街地への道を左に分ける頃から雲が切れて青空が見え始める。
そして原村に入り、八ヶ岳自然文化園への道を左に分ける頃には、フロントガラスの前に青空が広がるようになったのであった。

6時3分に美濃戸口の八ヶ岳山荘前の駐車場に車を駐める。 平日にも拘わらず、既に十数台の車が駐まっている。
山荘にて駐車料金 (500円也) を支払うとともに、トイレをお借りした後、身支度をして 6時13分に出発する。
美濃戸への道を左に分けて山荘の横を通る車道を進み、別荘地へと入っていく。
要所には 『 御小屋尾根登山口 』 を示す標識が置かれているので迷う心配は無い。

しかし、車道に傾斜があるのが辛く、こんなに車道歩きが長かったか と思いながら進む。
前回の芋木ノドッケ、雲取山と同様にふくらはぎに怠さを感じ、身体が重い。登り勾配に息が上がるとともに、汗が流れ落ちる。
後で考えると、暑い中、朝起きてから食べ物は口にしているものの、水分は一切補給しておらず、これでは熱中症を起こしても不思議ではないし、 年を考えれば脳梗塞の危険もあった訳で、今後気をつけようと反省した次第。
しかし、この時はそのようなことは全く念頭に無く、汗が流れるままに進み続ける。

長い車道歩きも漸く終わりとなり、足下は未舗装の道路へと変わる。
流水などで抉れたその未舗装道路を暫く登っていくと、やがて道は突然に終わりとなり、そこから登山道が始まる。
傍らには 『 ← 美濃戸口 阿弥陀岳 → 』 と書かれた標識が立っている。時刻は 6時38分。
あまりの体調の悪さに少し休憩をしてノドを潤す。身体が相当水分を欲していたようで、1Lのペットボトル (ビタミンウォーター) のほぼ 1/3を一気飲みしてしまう。
2分程休んで先へと進む。ここからは樹林帯に入ることとなり、足下にササが繁茂した道が続く。傾斜は緩やか、しかし身体の方は重い。

ササ原の中につけられた道を登る。
ほぼ直線の道が続く中、時折 傾斜がなくなって歩きやすい道が現れるようになるのだが、この辺になると今度は眠くてたまらなくなる。
暫く続いたササ原はいつの間にかなくなり、日当たりの良さそうな場所では雑草が、そして樹林の密度が濃い場所では土が剥き出しか、 苔むした倒木や岩が目立つようになる。
余談だが、この登山道上には財産区境界明認の札が多く見られる。財産区というのは、市区町村の財産として市区町村の一部の山林を所有している、 法人格を有する特別地方公共団体なのだそうで、町村合併の際、旧市区町村の利益をそのまま残すため、この財産区が作られることが多いとのことである。
財産の管理として毎年境界の明認を行っているらしく、6月頃に行われたことを示す年度毎の木札が立っている。

道の方は少し傾斜が増してくるが、普通なら全く問題ないところであるものの、 本日はかなりキツク感じられる。
眠気はますます強くなり、身体は怠く、本日は阿弥陀岳までとして下山しようという気持ちが強くなる。
喘ぎつつ小さな幅のジグザグ (基本的には道はまっすぐ) を繰り返しながら高度を上げていく。
時々平らな道に変わることに救われながら何とか歩き続けていくと、やがて周囲の木々にシラビソが多くなってくる。
また、展望の無い道が続く中、時折、右手の樹林が切れて立場岳へと続く尾根が見えるようになる。

7時31分に 『 ← 美濃戸口 阿弥陀岳 → 』 と書かれた標識を通過した頃から、 傾斜がかなりキツクなり始める。
周囲にコケが多く見られるようになった斜面を喘ぎつつ登る。楽しみは斜面の先、樹林の間に空間がチラチラと見えることで、 御小屋山 (御柱山) も近いようである。
もう少しと思いながら登り続けるが、身体の方が全くついてこない。眠気も増す一方で、このまま引き返してベッドに潜りたいとの思いが強くなる。 それでも、ここで戻ってしまったのではメンツが立たない (?) との思いもあって何とか登り続ける。

周囲に美しいコケの絨毯が広がり始めると、傾斜もやや緩み始め、 さらには前方の樹林越しに見える空間も広がり始める。
そして、7時55分に舟山十字路からの道と合流し、その少し先で三等三角点を見た後、御小屋山に到着。時刻は 7時56分。
立派な標識の傍らにあった岩に思わず座り込む。本当に身体がキツイ。
この先に待っている阿弥陀岳への急斜面を考えると、今の状態ではとても登る気力が湧いてこない。ここから戻ろうかといった考えが頭に浮かぶが、 何とか登山としての形を整えたいとの思いとの葛藤の末、最終的には先に進むことにする。
また、あまりにも眠いので少し目をつむってみたのだが、前回の芋木ノドッケと同じくアブが煩いため、眠ることができない。

8時4分に出発、少しフラフラしながら先へと進む。
暫くは平らな道が続くため大変助かるが、この先、一旦下った後、急斜面が待っていることが分かっているので、気が滅入る。
そんな中、右手の樹林が切れて、少し展望が広がるようになる。立場岳から右に下っていく急斜面の後方に西岳がよく見え、 西岳の後方には編笠山がその頂上を少しだけ見せている。さらには、立場岳の後方にはギボシが大きく、さらに権現岳もその頂上部分を少し見せている。
この光景にテンションが上がり、体調があまり良くない中ではあるものの、前に進もうという気力が少し湧いてくる。

再び樹林帯に入るが、すぐにまた展望が開ける。
よく目を凝らすと、西岳から右に下る斜面の後方にうっすらと山が見える。どうやら南アルプスのようであるが、残念ながら雲が下から湧いてきており、 ほとんど同定ができない状態である。
しかし、何とか甲斐駒ヶ岳だけは確認できたのであった。

道は再び樹林帯に入る。長く続いたほぼ平らな道もやがて下りに入り、 その後すぐに登りが始まる。
大きく下って行かねばならないと思い込んでいたのでこれはありがたい。
しかし、緩やかな登りではあるものの、登りに入った途端にまた身体の怠さを覚え、さらにまた眠気が襲ってくる。
参ったなと思いながら何とか登っていくと、また右手にギボシ、権現岳方面が見える開けた場所に飛び出たので、 そこにあった岩に腰掛けてまた目をつぶってみる。
本の一瞬であったかと思うが、周囲を飛び交うアブにも気を取られることなく、意識が遠のく。
そして、ハッと気が付いてみると、正味 5分くらいは眠っていたようである。

少しスッキリしたのでまた登山道を進む。
なお、この頃になると、西岳方面はガスに包まれ始めており、権現岳も時々ガスに隠れるようになる。
少し眠ったのが良かったのか、足が少し進むようになると、やがて前方に標識が見えてくる。不動清水への分岐である。時刻は 9時4分。
前回は不動清水に立ち寄らずにそのまま通過したのだったが、今回はあまりにも不調なので冷たい水で顔を洗ってシャキッとすべく、 不動清水に立ち寄ることにする。加えて、阿弥陀岳のみで下山するのなら、何かお土産が欲しいという気持ちも若干ある。

標識には 『 約 5分 』 とあり、加えてかなり下らねばならないことを覚悟していたところ、 嬉しいことに斜面を横切るほぼ平らな道が続く。
そして、すぐに 『 生力不動 』 と彫られた石碑と、不動明王の姿が彫られた石像が現れる。時刻は 9時7分。
そこから少し進めば、草地の斜面を細いながらも水が幾筋も流れている水場で、斜面下方に取り付けられた塩ビパイプからは水がしっかり流れ出している。
どうやら、この塩ビパイプの水は斜面を流れる水を集めたものではなく、実際に湧き出ている場所に取り付けられているようである。
冷たい水でノドを潤し、ここまでの休憩で空にしたビタミンウォーターのペットボトル (1L) に水を汲む。 そして、塩が吹き出た顔を洗ってサッパリするとともに気合いを入れる。その後、先程の石仏まで戻り、岩に腰掛けて少し休憩した後、9時15分に出発する。

辿ってきた道を戻るつもりでいたところ、石仏の横から斜面を登っていく道があることに気付く。
恐らく、登山道へと合流する道と踏んで、急斜面を少し登ると、すぐに登山道に飛び出したのだった。時刻は 9時18分。
この合流点には先程のような立派な標識はないものの、財産区境界明認の札が立っており、その傍らにあるシラビソの木には赤ペンキで 『 ↓ 不 』 と書かれている。
この合流点からは、岩がゴロゴロした急斜面の登りが続く。喘ぎつつ暫く急斜面を登っていくと、一旦傾斜が緩んだ所に岩があり、 そこには赤ペンキで 『 四区 』 と書かれている。この四区というのは財産区の区域を示していると思われ、 その後も何回かこの四区の文字を見ることになる。

その岩からさらに少し登って振り返ると、木々に囲まれて狭い範囲の中に、 まだ山襞に雪が残っている山の連なりが見える。
すぐ近くの南アルプスがほとんど見えない状態の中、一瞬、どこの山域か分からなかったのだが、良く見ると、 奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳であると分かる。これには少々ビックリ、怠い身体には嬉しいカンフル剤である。
道は再び樹林帯の登りとなるが、周囲の木々は大分細くなってきている。急斜面に喘ぎつつもひたすら登り続ける。
先程の不動清水の休憩で少し気合いが入ったのか、身体が楽になってきてはいるものの、やはりこの登りは辛い。
今年は正月からほとんど奥多摩の山に集中して登っており、このような長い登りはあまりなかったので、身体が鈍ってしまったようである。

それでも何とか登り続けていくと、やがて展望がグッと開けた場所に飛び出す。
先程までは西岳の後方にその頂上を少しだけ見せていた編笠山がかなり迫り上がってきており、また、その右後方にはうっすらと北岳が見えている。
また、北西の方向には先程見えた北アルプスが今度は木々に遮られることなく広い範囲にて見えており、奥穂高岳から北穂高岳、そして大キレット、 南岳までを見ることができる。しかし、周囲に雲が多いため、南岳から右側、つまり槍ヶ岳周辺は雲の中である。

道は再び樹林帯に入るが、それ程 木々の密度は高くないため、 今度は左手の樹林の間に西天狗、東天狗を確認する。
そして、再び樹林を抜けると、目の前に阿弥陀岳の姿が見えるようになる。しかし、まだまだ遠く、そして高い。
特に、これから登る斜面がかなり急に見え、思わずため息が出る。
右側が大きくザレた場所を過ぎると、さらに展望は開け、権現岳、編笠山がよく見えるようになるが、そのさらに右側の西岳方面はガスに覆われてしまっている。

周囲は灌木帯に変わり、小さな岩場を巻いて越えていく。
この辺は傾斜も緩み歩き易い。ただ、ガスがかなり出始めており、権現岳方面や、正面の阿弥陀岳も時々ガスに囲まれる。
また、左手には硫黄岳、横岳も見えるようになるが、やはりこちらもガスに時々覆われてしまう。
ハイマツの中を登り続け、途中の小さな広場で休憩する。時刻は 10時56分。
やはり身体に応えているのであろう、小休止のつもりがかなり長い休憩となり、11時7分に出発する。
ここからも急斜面が待っている。

ガスが時々周囲に流れる中、黙々と登り続ける。 ガスのせいで、あまり暑さは感じられないのがありがたい。
足下がザレた、ハイマツの斜面を登り続ける。時々立ち止まっては上を見上げるという、苦しい時のパターンを繰り返しながら登る。
高度を上げて振り返れば、先程休憩した小広場、そしてその後方の高み、さらにその後方に御小屋山が見えている。
何とかハイマツ帯を抜けると、足下は岩がゴロゴロした、草付きの斜面に変わり、道にお助けロープが現れるようになる。
元気であれば、ロープは不要かと思うが、少々フラフラした状態であることを考えると、やはり安全を考えてロープを握らざるを得ない。

ミヤマダイコンソウであろうか、周囲には黄色い花が目立つようになるものの、 ユックリと観賞する余裕は無い。
小さな脚立を 180度に開いて梯子として使っている場所を過ぎると、稜線がかなり近くなってくる。
道はその稜線に向かって最後の登りに入る。そして、お助けロープのある岩場を一登りすれば、稜線上に飛び出す。時刻は 11時41分。
目の前には、右下の谷へと下って行く斜面を間に挟んでドーム型をした阿弥陀岳が見えている。その阿弥陀岳に至るには、 稜線を左に辿ってすぐ先に見えている摩利支天 (西ノ肩) と言われる岩場まで進み、岩場の手前で右に折れて摩利支天の基部を進んで行くことになる。
なお、今いる稜線を右に進めば中央稜へと至ることになるが、近くの標識には 『 立入危険 (中央稜)』 と書かれている。

細い尾根道を左に進み、摩利支天の基部に差し掛かったところで、 登山道から外れて摩利支天の岩場に取り付く。
というのは、前回登った時にはそのまま摩利支天の基部を巻いてしまい、岩の上部に置かれている鉄剣や石碑を見損なってしまったため、 今回は是非とも立ち寄っておきたいと思っていたからである。
岩場の登りは意外と簡単で、少し登ればすぐに岩の上に飛び出す。奥の方には鉄剣、そしていくつかの石碑が見えている。
石碑には 『 摩利支天 』、『 大山祇大神 』 と彫られている他、手前の岩にも 『 摩利支天 』 と彫られている。時刻は 11時45分。

ここからの展望も良いはずであるが、この時はガスが多く、 鉄剣の後方に硫黄岳、横岳が見えてはいるもののガスが絡み気味であり、東西の天狗岳などは全く見えない状態である。
また、阿弥陀岳方面を見れば、ドーム型をした阿弥陀岳の左手後方に本日初の対面となる八ヶ岳の主峰、赤岳が見えている。 こちらもガスが絡んでスッキリしない。
そして、阿弥陀岳の手前、縦走路の先には大きな岩が見えており、その斜めになった岩肌にロープが張られている。 阿弥陀岳に至るにはこの障害物を乗り越えていかねばならない。

登山道に戻り、摩利支天の基部を巻いて今度はその岩へと進む。
ハイマツの間を抜けた後、ロープを使って傾斜のある岩を登る。この岩は 『 犬返りの岩 』 とも言われているようで、 確かに犬が自力でこの岩を越えるのは難しいかもしれない。
しかし距離は短く、一登りで岩の上に立つことができる。道の方は、ここから鎖を使って岩の反対側へと下ることになる。
ここからの展望は抜群で、暫し岩の上に立ち周囲を眺める。阿弥陀岳の左後方にはガスが絡んではいるものの赤岳が見えており、 その左手には横岳も見えている。しかし、硫黄岳は最早ガスの中である。

また、この岩の右端には 『 行場 』 と彫られた石のプレートが埋め込まれている。
確かに、高度感のあるこの岩は、かつては大峰山の山上ヶ岳にある 『 西の覗き 』 と同じような行場だったであろうことが窺い知れる。
鎖にて岩場を下り、最後は鉄梯子にて岩場を下り終える。
後は、ハイマツの中を緩やかに登っていけば阿弥陀岳頂上である。そして、5、6人が憩っている阿弥陀岳頂上には 12時3分に到着。
頂上にはその山名の通り阿弥陀如来坐像 (石像) が鎮座している他、多くの石碑が置かれており、石碑には 『 諏訪神社 』、 『 羽黒神社 』、『 金毘羅神社 』、『 武尊山神社 』 といった文字が刻まれている。
阿弥陀如来を祀る山に何故神道 ? と思うが、これは神仏混淆時代の名残ではないかと思われる。

また、本来ならば素晴らしい展望を得られるはずの阿弥陀岳であるが、 残念ながら周囲はガスに囲まれ、ほとんど展望が得られない。唯一、東側だけが時折ガスが消えて中岳、赤岳の姿を見ることができる状態である。
ここから眺める赤岳はその名の通り赤褐色に酸化した荒々しい山肌を見せており、両翼を大きく広げている姿は堂々としていて素晴らしい。 さすが八ヶ岳の盟主である。
岩に腰掛けて暫し休憩。不思議なことに、先程まで体調不良を理由にここから下山するつもりでいたのだが、 目の前の赤岳を見ると登ろうという気力が湧いてくる。但し、本日はかなり時間がかかることを覚悟せねばならない。

12時19分に下山開始。荒れ気味の斜面を下る。 かなり風化した感じの斜面をジグザグに下った後、鎖場に入る。
先の方には数名の登山者が下っているので、足下の岩屑を落とさないように慎重に下る。
また、先行の登山者が鎖場でかなり時間を費やしているため、待ち時間が多くなるが、体調が悪い身にとっては、このユックリが逆にありがたく感じられる。
鎖場を過ぎればまた小さなジグザグの下りに入るが、岩屑で足が滑りやすいので要注意である。
そして、名物の鉄梯子を下った後、さらに少し下れば、やがて行者小屋への分岐に下り立つ。時刻は 12時44分。
もうこの時点では行者小屋経由にて下山しようという気持ちは完全になくなり、迷わずに中岳へと取り付く。

少し登ると、目の前にピラミッド型をした中岳が見えるようになり、 その後方に赤岳が見えている。しかし、まだまだ先が長い。
ハイマツと灌木の斜面を登り、最後は岩場を伝って、いくつかの石碑が置かれている中岳頂上には 12時56分に到着。
そのまま休むことなく下りに入る。
眼下には赤岳との鞍部の他、そこから赤岳に向かって延びているジグザグの登山道が見えている。
まだまだ相当なアルバイトが必要である。

13時3分にその鞍部を通過。周囲の砂礫地には疎らではあるもののコマクサを見ることができる。
さて、ここからは赤岳に向かっての長い登りが待っている。砂礫の斜面をジグザグに登る。
太陽は完全に雲に覆われ、そのため気温が下がってきており、風が涼しく感じられるのがありがたい。
辛い登りであるが、ここは黙々と登っていくしかない。時折、ガスが流れて見える範囲がかなり狭まるものの道は明瞭であるため迷う心配はない。
13時22分に文三郎新道と合流、さらに登りは続く。
ガスが周囲を隠すことが多いものの、時折ガスがサーッと引いて、青空が見えるようになる。太陽が顔を出すとさすがに暑い。

途中、少し休憩してノドを潤し、さらに先へと進む。
やがて、砂礫の道は岩場へと変わり、すぐにキレット分岐を通過する。時刻は 13時34分。
キレットへの道と分かれて左上へと進み、鎖が張られた斜面を登る。この辺は岩が脆く、また岩屑も多いので要注意であるが、 前後に人がいないので少し安心である。
前方上部には稜線が見えるようになってきており、稜線右手には竜頭峰も見えている。鎖を使いながら岩場を登る。
この辺は渋滞することが多いが、本日は平日ということもあって擦れ違った人は 1人だけ、先を行く人はいない。

息を切らせつつも、涼しい状況に助けられ、何とか稜線に登り着く。 時刻は 13時52分。
ここには 『 竜頭峰分岐 』 との名がついており、ここから右に進めば先程の分岐と同じくキレットや権現岳に至り、加えて真教寺尾根にも通じている。 目差す赤岳は左である。
岩に書かれた印に従いながら岩場を登る。途中、斜面が崩れて以前とは道が少し変わったところがあったものの、 鉄梯子を登り、右に進めば、やがて上方に赤岳頂上の標識が見えてくる。

そして、14時丁度に赤岳頂上に到着。 いつものように ? 頂上はガスに囲まれていて展望は得られない。
ただ、少し待っているとガスが流れ、先程までその頂上にいた阿弥陀岳が見えるようになる。
ここから見ると、やはり阿弥陀岳は特異な形をしている。どう形容したらよいのか、小生の表現力では難しいところだが、強いて言えば、 頂上付近は中指を少し突き出した自分の拳骨 (しかも手のひら側をこちらに向けて) といったところであろうか・・・。

14時8分に赤岳頂上を後にする。県界尾根の分岐まで下ってきたところで、 赤岳頂上山荘のトイレをお借りし、ついでにまたまた休憩して合計 9分を費やす。その後、砂礫の斜面を下る。ここは何時通っても苦手感がつきまとう。
滑らないように注意しながら下り、その後、下方に赤岳展望荘を見ながら岩屑の斜面をジグザグに下って、その展望荘には 14時47分に到着。 小屋の西側にあるベンチに腰掛けて暫し休憩。
氷だけ入れてきた保冷水筒にソルティライチを入れ、冷やして一気飲みする。うまい。
なお、嬉しいことにこの頃になるとガスも治まり、赤岳、阿弥陀岳は勿論のこと、蓼科山、西天狗などが見えるようになる。

かなり長い休憩を取り、15時1分に出発。
少し下って小さく登り返し、その後また下っていくと地蔵尊が置かれている地蔵尾根の分岐に到着。時刻は 15時6分。
ここからは地蔵尾根の下りに入る。まずは滑りやすい砂礫の斜面を下るのだが、鎖が設置されているものの、少し油断をすると足がズルズルと滑る。 そこを何とか通過すると、今度は岩を詰めたフトン篭や桟橋、そして梯子などが連続するようになる。
早く抜け出したかったのだが、前にカップルが下っており、また下から登ってくる人も結構いるので、結果、前のカップルに合わせてユックリと下ることになる。

途中、カップルが休憩したので抜かせてもらい、後はひたすら下り続ける。 ただ、足下は滑りやすいのでそれ程スピードは出せない。
樹林帯を抜け、行者小屋には 15時56分に到着。ここでもベンチにて暫し休憩。
周囲を見渡すと、赤岳、阿弥陀岳が見える。ここから見上げる阿弥陀岳は手前の高みが邪魔をして頂上付近しか見えないが、 その形がほぼ台形をしていることに驚かされる。
阿弥陀岳は東西に長く、今までは東西方面からしか見てこなかったため、北側から見た形に少々驚かされた次第である。

16時5分に出発。河原のような場所を進み、やがて柳川南沢の流れを渡った後、 暫く川沿いに進む。但し、途中で伏流水になるのか、流れは見えなくなる。
やがて樹林帯に入っていくが、この辺は傾斜も緩やかで歩き易い。その後、樹林帯、河原といった状況を繰り返した後、再び現れた流れを橋にて渡る。 その後、支流も含めて何回か橋を渡ることになる。
この後の行程であるが、微かな記憶では、以前は川沿いに進み続けた気がしたのだが、今回は途中から山側を登って行くことになる。
もしかしたら、川が荒れて以前の道が通れなくなったのかも知れず、その証拠に水量は豊富でその勢いはかなりのものがあり、 また山側の道にはやや不明瞭なところが見られる。

疲れが出てきて、まだかまだかと思いながら進み続ける。
その長い下りも、堰堤を越えるとやがて樹林帯を抜け、漸く美濃戸山荘前の林道に飛び出したのだった。時刻は 17時44分。
ここからは林道歩きになるが、まだ先は長い。
時折、林の中のショートカットを使いながら黙々と歩き続け、八ヶ岳山荘前の駐車場には 18時25分に戻り着いたのであった。

前回 (2013年) は 8時間ほどで回ったコースであったが、 今回は何と 12時間を越える時間を要してしまった。
体力の衰えがあるとは言え、これはショック。
いつも下山後に普段の体力作りを怠っていることを反省し、下山後の数日間はそれなりに体力作りに励むのだが、結局は三日坊主。
今回は寝不足があったとは言え、サボっていたツケが完全に回ってきたようである。これは大問題。
持久力はまだあるようだが、気力、体力を取り戻さねば、北や南のアルプス縦走は叶わぬところである。

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