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 山での 1枚 :  白沢峠の廃トラック

白沢峠の廃トラック 2016/12/29

 WHAT'S NEW    《 2017年 1月9日 記 かなりの長文ご容赦 

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願い致します。

さて、12月7日に金峰山、21日に北横岳に登ってはいるものの、 できれば 2016年中にもう 1つ山に登っておきたいところである。
そこで、天気も比較的良さそうな 28日に登ることにしたのだが、前日に身体の怠さを覚えたため、1日延ばして 29日に登ることにする。
登る山は 18年ぶりとなる奥秩父の笠取山。というよりも、今回の山行の目的は白沢峠の方で、その白沢峠に絡ませる山を笠取山にしたという次第である。
ただ、1日ずらしたのが失敗で、どうもその山域の天候は少々怪しく、当初は 1日中晴れとの予報であったものが時間を追うごとに状況が悪くなって、 結局 午前中は曇りで午後は晴れとの見込みになる。
しかし年末はこの日しかないため、少々不安ながらも 29日(木)、5時10分に横浜の自宅を出発する。

横浜ICから東名高速道下り線に乗り、海老名JCTからは圏央道へと進んで、 さらに八王子JCTにて中央自動車道に入る。
仕事納めの翌日とあって帰省する車も多いのであろう、普段よりも車の量は多く、乗用車が目立つ。
それでも順調に進み、勝沼ICで高速道を下りてからはいつものルートを進み、やがて国道140号線に入る。 後は本日の駐車場である 道の駅みとみまで一直線である。
途中、登山口となる白沢橋を通過したのだが、測定すると、そこから 道の駅みとみまでは 4km強、しかも登り勾配であることを知る。
実はもう 1つの案として、道の駅みとみから雁坂峠に登り、水晶山、古礼山を経て雁峠に下った後は、笠取山をオプションとして位置づけ、 白沢峠を経て白沢橋に下山、その後 歩いて道の駅みとみまで戻るということも考えていたのである。
しかし、この距離、今の体力、日没時間を考えるとこれはとても無理と諦める。

道の駅みとみには 6時50分に到着。広い駐車場の一角には山梨市営バスが待機している。
本日の計画は、道の駅みとみ 7時21分発のバスに乗り、芹沢入口にて下車。そこから先程の白沢橋まで歩いて白沢峠を目差し、 笠取山、雁峠を経由して戻ってくるというものである。
車内で朝食をとり、道の駅のトイレを拝借した後、待機中のバスの運転手さんと少し話をする。その結果、自由乗降が可能と分かったので白沢橋で下ろしてもらうことにする。
件のバスは、ここで時間調整した後、始発場所の西沢渓谷を 7時20分に出発し、 この道の駅みとみには 7時21分に停車するのである。
定刻にバスに乗り、白沢橋手前で下りる。まるでタクシーのような使い方であるが、これで 200円とはありがたい (客は当然小生のみ)。

ここから東へと白沢沿いに林道が延びており、白沢峠に至るにはこの林道を進むことになる。
林道の入口には 『 (旧) 三富村総合案内図 』 が掲げられており、図の横に 『 白沢峠 → 』 と書かれた手書きの標識が付けられている。
7時28分に出発、右下の白沢の流れに沿ってコンクリート舗装の道を進む。
道は緩やかな登り勾配で、暫く進むと、堰堤の下を横切って左岸に渡ることになる。その際に渡渉するが、水量は少なく全く問題はない。
その後も相変わらずコンクリート道が続く。しかし、人があまり入っていないのであろう、実際はその上に落ち葉が敷き詰められている。

歩きやすかった道も、やがてコンクリートから土の道に変わるとともに、 所々で荒れ果てた状態となって、倒木、落石、そしてかなり穿れた穴が現れる。 なお、途中 何回か渡渉箇所も出てくるが、皆 問題ないレベルである。川の流れる音だけが聞こえる道を黙々と歩く。
林道が明確なためか、途中に標識はほとんどない。従って、たまに現れる青地に白く書かれた 『 白沢峠 』 の文字を見るとホッとする。
展望の無い道が続く中、所々で滝を見ることができる。2番目 (と思う) の大きな滝を見た後、その滝の上部に登り着いて振り返ると、 山間 (やまあい) の先に乾徳山が見える。
しかし、乾徳山の頂上はハッキリしているものの、その上空、そして右側は雲に覆われていて、いかにも重苦しい雰囲気である。

長い林道歩きに倦んできた頃、前方に滝が見えてきたかと思うと、 左手に打ち捨てられた大きな土管があり、その傍らに 『 ← 白沢峠 』 の標識が現れる。 漸く林道歩きも終わりである。時刻は 8時7分。
標識に従って左手の斜面に取り付く。聞いていたとおり、ここからは急登が始まる。
落ち葉が敷き詰められた斜面を横切るように登っていく。
道には赤テープなどほとんどないものの、踏み跡は意外と明瞭で迷うことはない。しかし、積雪の場合は少々難しかろう。

登り始めてすぐに少々朽ちかけた桟橋 (さんきょう) を渡る。 さらに少し進むと、今度は朽ちた桟橋の上に架け直された桟橋が取り付けられ、それが 2つ、3つ繋がっている場所を通過する。 右下は谷になっているため、かなり注意が必要であるが、小生としてはそこを進む緊張感よりも、 このようなあまり人が歩かないルートでも桟橋が架け直されていることへの驚きの方が大きい。
その桟橋を過ぎると周囲は杉林に変り、足下もかなりしっかりしてくる。右下を見れば、なかなか見事な滝が見えており、 水が落ち込む場所の周囲には飛沫が凍って張り付いている。やはり山中は寒いのであろうが、本日はそれ程寒さを感じない。
もう一度桟橋を渡り、堰堤横を過ぎていくと、足下には苔むした岩がゴロゴロするようになる。木々も再び自然林に変わり、 イヌブナやアブラチャンといった木が見られるようになる。

やがて道は小さな振幅の九十九折りの急登となって高度を上げていく。
樹林越しに再び乾徳山方面が見えるようになるが、相変わらず周辺に雲が多く、右手の黒金山方面は完全に雲の中である。
かなり高度も上がって来ると、前方に稜線が見えるようになり、その一番低い部分が白沢峠ではないかと思いつつ進む (実際はもっと左)。
急登が続いた道も徐々に勾配が緩やかになり、やがて落ち葉の敷き詰められたほぼ平らな道が続くようになる。もうすぐ白沢峠かと期待するが、 前方に見える稜線まではまだまだ距離がある。相変わらず上空は雲が多く、どんよりとした感じでテンションが上がらない。

ほぼ平らであった道はやがて再び登りに変わり、 谷を詰めていくような感じで稜線へと向かっていく。途中、道の上を水が流れている場所もあるが、凍ってはいないので、 問題なく登っていくことができる。
やがて、周囲はカラマツ林に変わり、足下にササが見られるようになると、徐々に傾斜も緩み始め、稜線がすぐ目の前に近づいてくる。
そして、周囲に苔が多く見られるようになると、やがて落ち葉が敷き詰められている大きく開けた場所に飛び出したのであった。白沢峠に到着である。 時刻は 9時5分。

ここは防火帯の一部となっているらしく、まるで木々に囲まれた広場のようである。
そして、この白沢峠には楽しみにしていたものがある。廃トラックである。かつては切り出した木を運んでいたと思われるトラックが、 この峠の真ん中に朽ちて残っており、しかもそのトラックが外車とのことなのである。
それではと、峠を見回すと、右手の方にお目当ての廃トラックが、シャーシーより下を土に埋もれさせた状態でポツネンと置かれている。
この場所が防火帯であったからであろう、長い年月を経てもトラックは草木に飲み込まれることなく、しっかりと全体が見えている。
そして、その姿は、ここまで何とか辿り着いたものの、息が切れてへたり込んでしまったように見えてなかなか惹き付けるものがある。
さらには荷台部分から木が生えており、それが錆びたボディとともに年月を感じさせて、これまた魅力的である。

前輪の片方は外れてしまってはいるがタイヤも残っており、 ドアには日本語で 『 自家用 』 と左から書かれている。
左ハンドルで、フロントバンパー、ラジエータグリルもかなりごつく、やはり外車である。
事前にネットで調べたところ、ダッヂ WC−54という第二次大戦中の米軍の主力救急車輌とのことであるが、戦後、 進駐軍から民間に払い下げられたものなのであろう (WC−54は救急車輌のため、後部は屋根付きの箱型となっているが、 それを荷物積載用に平ボディに改良したと思われる)。
かつて軍用車両だったという目で見るためか、ドアにあるいくつかの穴はまるで機銃掃射を受けたかのようである。

暫し、トラックの姿を眺めた後、標識に従って笠取山へと向かう。
1つの標識に多くの方向指示が付けられているのだが、笠取山を示す方向と、雁峠を示す方向が若干違っていて少々戸惑う。 ここは素直に笠取山を示す方向指示に従って林道のような道に入る。時刻は 9時8分。
かつて林道として使用されていたのであろうと思われる幅広い道が続く。足下には落ち葉が敷き詰められており、少々フカフカしている。
一旦少し登った後、白沢峠に至る迄に稼いできた高度を少しずつ吐き出すように緩やかな下り勾配が続く。
冬枯れの道のため、足下には落ち葉、そして周囲には葉をスッカリと落とした木々が立ち並ぶ。空には相変わらず雲が多いが、 時折 雲の切れ間から陽が差す状態が続く。
ほとんど周囲の山々が見えない中、やがて右手樹林越しに大菩薩嶺や倉掛山が見えるようになる。しかし、ほぼ逆光気味であること、 そしてその後方に雲が多いこともあって、心が浮き立つことはない。

道は、その後も小さなアップダウンを繰り返していく。
最初は物珍しかった道も、あまりにも長く、そして変化に乏しい状態が続くため、徐々に嫌気が差し始める。イライラがかなり募り始めた頃、 周囲にササが多く見られる緩やかな勾配の道を左にカーブしていくと、道の右手にまたもや廃トラックが現れる。時刻は 10時7分。
こちらの廃トラックは道の脇にどけられた状態で、その車体は林道横のササヤブに埋もれている。
こちらは白沢峠のものよりも明らかに大きく、フロントガラスにはセンターピラーがあり (無論 ガラスは残っていない)、 また後輪は左右に 2つずつ、つまり 6輪のトラックである。GMC社の CCKW−353という米軍が使用していたカーゴトラックらしい。
因みに、白沢峠の廃トラックの方は 3/4トン、こちらは 2.5トンとのことである。

白沢峠に続いて珍しい廃トラックを見たことで少し元気をもらう。
小さな水の流れを渡り、暫く緩やかに登っていくと、道は再び平らになるが、周囲にシラビソなどが見られるようになり、 何となくこの林道のような道も終わりに近づいたのではないかとの期待が高まる。
そして、その通り、さらに 5分ほど歩くと、前方にゲートが見えてきたのであった。鳥小屋分岐に到着である。時刻は 10時22分。
しかし何ということか、ゲートを越えると道は本格的な林道に合流することになり、林道歩きがさらに続くことが分かってガッカリする。
林道には車の轍もあるので、今も現役で使われている道のようである。ゲートの傍らには 『 鳥小屋 海抜 1,636米 』 と書かれた標柱が立っている。

林道を左に進む。先にも述べたように、林道上には轍があり、 その部分だけ圧雪された雪が薄く残っている。
この林道歩きも長い。時折 陽が差すものの、全体的にはどんよりとした曇り空の下、展望の無い道を進む。
道は緩やかながらも登り勾配になっており、モラールが上がらない状態のためこの登りが結構辛い。
時折、樹林越しに霧氷で真っ白になった山が見える。先程見たように、乾徳山より北側の山々はその山頂部が雲に覆われていたので、 恐らく霧氷なり雪の状態なのかも知れない。ということは、笠取山も霧氷に囲まれている可能性が高いことになる。
単調な林道歩きが長く続く。またまたイライラが募り始めた頃、先の方に標柱が見えてきたので、状況打開を期待して少し足が速まる。
その標柱には 『 ヤブ沢峠 』 とあり、ここから右に一ノ瀬集落へと下る道が出ている。さらに標柱には 『 笠取小屋を経て水干 (みずひ) まで 2.3km 』 と書かれていたので、 笠取小屋はもうすぐのようである。

漸くこの先の目処が付いたのでホッとする。 このまま小屋まで進もうとも思ったのだが、ここにはベンチもあり、朝食を食べてから 4時間ほど経過しているので、休憩を取ることにする。時刻は 10時53分。
それ程寒くないとは言え、テルモスに入れてきた熱い紅茶が五臓六腑にしみ渡る。
ユックリ休んで 11時3分に出発、ここから道は緩やかに登っていく。
やがて、その道が平らになると、先の方に建物が見えてくる。笠取小屋のようだ。
そして、林道が横木を敷き詰めた木道に変わり、立派なバイオトイレの手前を右に曲がれば笠取小屋であった。時刻は 11時19分。
閉まっている小屋の前を通り、ベンチにザックを置いて周囲を歩き回る。小屋の南面は大きく開けており、周囲に雲が多いものの大菩薩嶺がよく見える。 また、大菩薩嶺の手前には黒川山、鶏冠山が見え、大菩薩嶺の左後方には雁ヶ腹摺山も見えている。
富士山も見えるのではないかと思ったが、開けている角度が狭いためなのか、それとも雲の中なのか、全くその姿は見えない。

11時26分、笠取小屋を出発。トイレの前を通って、先程の木道をさらにまっすぐ進む。
ここまで雪はほとんど無く、周囲にチラホラ見える程度であったが、暫く登って樹林帯を抜けると、木道の上は真っ白になる。
しかし、雪は 1センチにも満たず、凍ってもいないため滑ることはない。
雪の上には足跡が残っており、本日のものと思われる。先行者がいるようである。
左手を見ると、西へと延びる山々が見えるが、その上部は雲に覆われており、さらにその山腹は霧氷でかなり白くなっている。 調子が良ければ、笠取山に立ち寄らずに、雁峠から燕山、古礼山、水晶山と登って雁坂峠へと下り、そこから 道の駅みとみへと下山することもありかなと考えていたのだが、 この状況を見てその気持ちが一遍に萎える (尤も、そのコースをとった場合、かなり下山が遅くなるが・・・)。

左に雁峠への分岐を見て、目の前にある 『 小さな分水嶺 』 に登る。時刻は 11時40分。
ここは小高い丘になっており、そこにある解説によれば、この峰の東側に降った水は荒川となり、西側に降った水は富士川となり、 南側に降った水は多摩川になるとのことである。
そして、振り返ると、何と雲が流れる中に富士山が見えているではないか。全く期待していなかっただけにこれには思わず声を上げる。
流れる雲に時々その山頂部分は飲み込まれるものの、その美しい円錐形はしっかりと見えている。
今度は東側を見れば、その斜面の真ん中が防火帯になっていることにより逆モヒカンの様になった笠取山の姿が見えている。 しかも想像のとおり、防火帯の左右の樹林は霧氷で真っ白である。そして嬉しいことに、その後方には青空が広がり始めている。
一方、北西を見れば、燕山は霧氷で真っ白である上、古礼山の頂上部分には雲が掛かっている。この状況を見て、当初の予定通り笠取山に向かうことにする。

11時46分、小さな分水嶺から東に下って、小さなアップダウンを繰り返しながら笠取山へと進む。
この辺は雪がうっすらと積もっているため、登りの際は良いが、下り斜面では滑りやすく、歩くのに少々気を遣う。
一方、笠取山の後方は、青空の割合がドンドン増えており、天気予報通り午後は晴れとなるようである。
やがて笠取山手前の鞍部に至り、いよいよ目の前の急斜面に取りかかる。こちらは日当たりが良いのであろう、防火帯となっている斜面に雪はほとんど無い。 但し、抉れた登山道には雪が残っており、またぬかるんだ箇所もあるため、それを避けるようにして斜面を登る。
振り返れば、古礼山の雲は無くなって稜線がハッキリ見えるようになっているが、その後方に見えてきた水晶山には雲が掛かっている。
やはり、笠取山に登って正解である。
一方、所々で見える富士山の方は、相変わらず流れる雲にその頂上が覆われることが多いものの、左右の斜面はしっかり見えている。

息を切らせつつ急斜面を登る。時々立ち止まっては上を見上げるという動作を繰り返しながら何とか登り続けていくと、 やがて霧氷で真っ白になった木々が間近となり、最後に岩場を登れば、新しくなった 『 山梨百名山 』 の標識が目の前に現れる。時刻は 12時14分。
無論、ここは笠取山の頂上ではないことは十分承知。細い岩場を辿ってさらに先に見える少々高い場所へと進む。
しかし、その場所は頂上に非ず。標柱など無く、さらに先に道が続いている。
シャクナゲのトンネルを抜け、細いササ原の尾根を進み、さらには岩場を越えて行く。足下には雪がうっすらと積もっているため、 下りの際には少々気を遣う。
そして、今度こそと思って岩場を登れば、そこは環境庁 (今は環境省) の建てた標識のある笠取山頂上であった。時刻は 12時25分。
先程の 『 山梨百名山 』 の標識の所から結構時間が掛かったが、頂上を見逃してしまったのではないかと思って少し戻ったりしたことと、 途中見えた富士山に気を取られたりしたためである。

狭い山頂には標識の他、三角点のような柱石があるが、 これは三角点ではないようである。
ここはほぼ樹林に囲まれているため、展望は先程の 『 山梨百名山 』 の標柱の所よりは劣るものの、それでも南面が開けており、 岩の上に登れば結構展望を得ることができる。
加えて、天候は回復基調であるため、『 山梨百名山 』 の標柱の所では見えなかった山々も見えるようになっている。
まず目につくのが大菩薩嶺と富士山で、笠取小屋の時と同様、大菩薩嶺の手前には鶏冠山と黒川山、そして左奥には雁ヶ腹摺山が見えており、 さらにその左には大室山や蛭ヶ岳などの丹沢山塊も見ることができる。
また、大菩薩嶺の右、富士山の左斜面の下方には三ツ峠山が確認でき、その右側、富士山の手前下方には御坂山、黒岳が見え、 そのさらに右に節刀ヶ岳と少し間を空けて毛無山が続いている。
毛無山の右には恐らく七面山、大無間山などの山々があるのであろうが、分かりにくい。

しかし、そのさらに右には布引山、そして双耳峰の笊ヶ岳が見え、 さらに右に偃松尾山が続く。
偃松尾山の右後方には上河内岳も確認でき、さらにその右に聖岳、そして赤石岳も見えている。ただ、赤石岳には少し雲が掛かっており、 その右の悪沢岳 (荒川東岳) の頂上部分は雲の中である。また、悪沢岳の右下手前には小楢山も見えている。
富士山に目を戻せば、先程述べたように手前下方を御坂山塊が横切り、そのさらに手前には柳沢ノ頭、ハンゼノ頭、倉掛山などが続く。
見える範囲は狭いが、天候が回復しつつあるからこその景色であり、このタイミングの良さを喜ぶ。

十分に休憩した後、12時38分に出発。最早辿ってきた道を戻る気は無く、 さらに進んで笠取山の反対側から下山することにする。
シャクナゲのトンネルを進む。足下にはうっすらと雪が積もっているため、ここでも下り斜面になると滑らぬよう気を遣う。
なお、雪の上には足跡があるが、人影は全く見えない。
細い尾根道を進む。この笠取山は小さな分水嶺側 (西側) から見ると富士山に近い形をしているが、実際は円錐形ではなくその山容は東西に長い。 従って東へと延びる尾根道が長く続くのである。
道は徐々に下り、一旦小さな鞍部を通過して再び登りに入る。

途中、樹林が切れて富士山、そして南アルプス方面が良く見えるようになる。
今や赤石岳もその形をハッキリと確認できるようになり、その右に続く悪沢岳もその頂上に掛かる雲が少なくなっている。
悪沢岳の右には蝙蝠岳も確認でき、さらに右に白河内岳、そして広河内岳、農鳥岳、西農鳥岳も見えている。
また、広河内岳の左後方には塩見岳もその頂上部を見せてくれている。残念ながら西農鳥岳の右の間ノ岳はその頂上部分が雲に覆われており、 さらに右の北岳は辛うじてその頂上部分を確認できる程度であるが、午前中には考えられなかった光景にテンションが上がる。
また、西農鳥岳の右下手前には乾徳山が見えており、その右に続く尾根も今はハッキリ見ることができる。

道の方はピンクテープに従って右側斜面を下ることになる。 樹林の中、ササ原の道が続くが、登山道上に雪が積もっている上に急勾配の場所もあるため、滑らないように木に掴まりながら下る。
下り着いた所が水干尾根で、左に進めば黒槐ノ頭 (くろえんじゅのあたま) 方面、右に進めば水干、そして真っ直ぐに下れば一ノ瀬高原である。 時刻は 12時54分。
ここは右に曲がって水干、そして先程の小さな分水嶺を目差す。ここからは笠取山南側の山腹を巻く、ほぼ平らな道が続く。
山襞に沿ってクネクネとしている道を暫く進んでいくと、やがて水干に到着。斜面に沿って張り出している岩の上には 『 水神社 』 の額が掛かっている。 時刻は 13時2分。
ここは多摩川の最初のひとしずくが始まる場所であり、今は氷柱 (つらら) からしずくがしたたり落ちている。
また、振り返れば、富士山や大菩薩嶺がよく見える。

この水干の少し先にあるベンチで暫し休憩。 この頃になると陽は間断無く当たるようになり、かなり暖かく、気持ちが良い。
13時12分に出発。なお、ベンチの所から 『 水場道 』 が下っているが、その先には、水干から一旦土に染み込んだ水が今度は最初の流れとなって湧き出る所があるらしい。
ほぼ平らな道を進んだ後、再び小さな分水嶺への道を登る。左側の樹林帯を進めば、小さな分水嶺を巻いて雁峠分岐に行けるのだが、 天候が回復してきているため、ここは小さな分水嶺経由にて雁峠へと進む。
確かに天候は回復してきており、途中、乾徳山から黒金山へと続く稜線がよく見え、さらに黒金山の右には大きく羽を広げているかの如き北奥千丈岳、 国師ヶ岳が見えるようになる。
そしてその右には古礼山、燕山が青空をバックに綺麗な稜線を見せてくれており、先程までの暗く重苦しい雰囲気は全く無い。

小さな分水嶺には 13時26分に到着。富士山は、先程までその頂上付近を流れていた分厚い雲がなくなり、 優美な姿を見せてくれている。
ただ、乾徳山の後方に見えるはずの白根三山は雲に覆われてしまっており、全く見えなくなっている。
すぐに小さな分水嶺を後にして、雁峠へと向かう。広い草原の中の道を進み、左手の雁峠分岐からの道と合流して右へと進む。
すると、雁峠方面から若者がやって来た。本日初めて山中で人と会った訳であるが、大きな荷物を背負って少々苦しそうだったので挨拶だけ交わす。
樹林に入って少し進むと、目の前に大きな燕山が見えてくる。その斜面の登りはかなりキツそうであり、それを見て、無理はせずに素直に雁峠から下ることにする。
老朽化して立入禁止となっている雁峠避難小屋を右手の樹林の中に見れば、すぐに明るく開けた雁峠に到着である。時刻は 13時35分。
ここから見上げる燕山の登り斜面は、やはり疲れた身体にはかなり厳しいものに見える。

この雁峠は西側が大きく開けており、 笊ヶ岳、上河内岳、聖岳、赤石岳、悪沢岳方面を逆光気味の中に見ることができる。
ただ、先と同様、白根三山は雲の中である。また、振り返れば、笠取山が青空をバックに美しいピラミッド型を見せている。
13時38分、雁峠を後にして新地平へと下る。ササ原の斜面を下り、小さな流れを横切った後、樹林帯に入る。
樹林帯に入ると道は水の流れに沿って下るようになる。この辺は水が豊富なようで、左側の斜面からも水が幾筋か流れてきており、それを越えて行く。
前回ここを下った時は曇り空の下であったが、本日は急回復した天候の下、陽を浴びながらの明るい下りであり、かなり気持ちよく足を進めて行くことができる。
先にも述べたように小さな流れを幾度か越えて行くと、今度は本流に絡みながら何回か渡渉することになる。
いずれも問題なく渡ることができるが、最後の渡渉点では少々渡渉場所選びに迷う。 まだ暖かいから良いが、水の上に出ている岩に氷が付着するようになると、渡渉に苦労するかも知れない。

その最後の渡渉点を過ぎると、やがて道の幅は広くなり、林道のようになる。 恐らく亀田林業林道に既に入っていることになるのであろう。
しかし、この林道歩きも長い。この林道に足を踏み入れたのが 14時23分で、国道140号線に合流したのが 15時28分であるから、 1時間超の林道歩きが続くのである。
しかし、2001年の12月29日には、この林道を歩いて雁峠まで登り、笠取山を往復した後、燕山、古礼山、水晶山を経て雁坂峠へと進み、 さらには雁坂嶺を往復してから下山したのだから、その頃は本当に体力・気力が充実していたのであろう。
延々と続く林道を歩き続け、先に述べたように、国道140号線には 15時28分に合流。国道を右に進んで緩やかな勾配の道を歩き、 道の駅みとみには 15時43分に到着したのであった。

お陰でこの日は万歩計が 38,000歩を記録する。 万歩計を持って山登りをしても意外に歩数が伸びないことに驚かされるのだが、今回は林道歩きが多くあったこともあってこの歩数になったのであろう。
因みに、10月の立山は 23,000歩、奥大日岳が 24,000歩、そして 12月の金峰山は 26,000歩、北横岳が 21,500歩である。
無論、ほとんどが今回よりも厳しい山行だったことは間違いなく、歩数とは比例していないことになる。 閑話休題。

本日は念願の白沢峠に行くことができ、また 18年ぶりに笠取山にも登り、 天候もかなり変化してなかなか面白い 1日であった。
しかしつくづく思ったことは、やはり初めての道を登るのはワクワク感があって楽しいということである。できれば 2017年は初めての山、 そしてそれが叶わないのならば初めてのルートを中心に山に登りたいものである。

 ご 注 意

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 更新記録

 2017/1/9 簡易登山記録に 北横岳 を掲載しました。  
 12/24 簡易登山記録に 金峰山 を掲載しました。
 12/13 古新聞ですが、簡易登山記録に 鎌倉散策 を掲載しました。
 11/22 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 奥大日岳 を掲載しました。
 11/3 古新聞ですが、簡易登山記録に 立山 を掲載しました。
 10/22 古新聞ですが、簡易登山記録に 乗鞍岳 を掲載しました。
 10/8 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 甲斐駒ヶ岳 を掲載しました。
 9/20 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 針ノ木岳、蓮華岳 を掲載しました。
 8/21 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 爺ヶ岳 を掲載しました。
 7/30 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 白毛門・朝日岳 を掲載しました。
 6/29 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 木曽駒ヶ岳 (上松Aコース) を掲載しました。
 6/10 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鎌倉アルプス II を掲載しました。
 5/28 古新聞ですが、簡易登山記録に 和名倉山 を掲載しました。
 5/15 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 十石山 を掲載しました。
 4/29 かなりの古新聞ですが、簡易登山記録に 天狗岳 を掲載しました。
 4/14 古新聞ですが、簡易登山記録に 地蔵岳 を掲載しました。
 3/26 古新聞ですが、簡易登山記録に 大山三峰山 を掲載しました。
 3/16 古新聞ですが、簡易登山記録に 鉢伏山 を掲載しました。
 3/5 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 杓子山、鹿留山 を掲載しました。
 2/25 古新聞ですが、簡易登山記録に 三ツ峠山 を掲載しました。
 2/15 古新聞ですが、簡易登山記録に 相州大山 を掲載しました。
 2/9 古新聞ですが、簡易登山記録に 塔ノ岳、丹沢山 を掲載しました。
 1/30 古新聞ですが、簡易登山記録に 塔ノ岳 (尊仏岩跡) を掲載しました。
 1/16 古新聞ですが、簡易登山記録に 竜ヶ岳 毛無山 を掲載しました。
 2016/1/6
かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 竜喰山 を掲載しました。
 12/29 古新聞ですが、簡易登山記録に 硫黄岳 を掲載しました。
 12/20 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鎌倉アルプス を掲載しました。
 12/1 今更ではありますが、簡易登山記録に 天狗岳 硫黄岳 を掲載しました。
 11/7 古新聞ですが、簡易登山記録に 根石岳 (天狗岳敗退) を掲載しました。
 10/27 またまた古新聞ですが、簡易登山記録に 北 岳 を掲載しました。
 10/16 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 水晶岳 を掲載しました。
 10/7 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鷲羽岳 を掲載しました。
 9/27 古新聞ですが、簡易登山記録に 瑞牆山 を掲載しました。
 9/19 相当な古新聞ですが、簡易登山記録に 奥白根山 を掲載しました。
 7/20 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 金峰山 を掲載しました。
 7/1 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 雨飾山 を掲載しました。
 6/17 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 常念岳 を掲載しました。
 6/5 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 太郎山 を掲載しました。
 5/23 古新聞ですが、簡易登山記録に 黒金山 を掲載しました。
 5/13 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 鉢盛山 を掲載しました。
 4/21 かなり古新聞ですが、簡易登山記録に 横岳 (杣添尾根) を掲載しました。
 4/9 古新聞ですが、簡易登山記録に 倉掛山 を掲載しました。
 4/2 古新聞ですが、簡易登山記録に 美ヶ原 を掲載しました。
 3/23 古新聞ですが、簡易登山記録に 御正体山 を掲載しました。
 3/15 古新聞ですが、簡易登山記録に 節刀ヶ岳 を掲載しました。
 3/1 古新聞ですが、簡易登山記録に 武甲山 を掲載しました。
 2/19 2年前の蔵出しですが、簡易登山記録に 雁ヶ腹摺山 を掲載しました。
 2/17 古新聞ですが 簡易登山記録に 大菩薩嶺 を掲載しました。
 2/8 古新聞ですが 簡易登山記録に 雲取山 を掲載しました。
 1/25 古新聞ですが 簡易登山記録に 黒金山 (敗退) を掲載しました。
 2015/1/15 古新聞ですが 簡易登山記録に 北横岳 を掲載しました。    

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