
『ボサノバ』
夏はやっぱりボサノバでしょ。
本当は季節を問わずに好きなんだけど、酷暑の時期になると他の音楽を聴く回数が減ってくる。
実は、去年までは自分の打ち込み録音(最初のアレンジの練習は楽譜からボサノバの曲を。アドリブの部分は実際にキーボードで演奏していた)とエアチェック(死語ですな)したテープを聴くのが中心で、アナログ版は数えるほどしか持っていなかった。
それと下手なギターの弾き語りも少々。(笑)
でもって、CD元年である。気がついたらボサノバのアルバムが増えていた。今頃になって定番のアルバムを新鮮に聴けるのは幸いで、どっぷりと浸っているから「夏はやっぱり」と言いたくなる。
巨匠アントニオ・カルロス・ジョビンについては説明不要。
1枚だけ挙げるとしたら、やはり大傑作『wave』だろう。これが1967年のアルバムというだけで、そのすごさがわかる。音楽としてまったく色あせていない。同時代のビートルズ以上にエバーグリーンの音楽なのである。とにかく『tide』にしても『Stone Flower』にしても、この人のアルバムにハズレはない。シンプルで甘美なメロディでも複雑なコード進行。トン・ジョビンの評価はまだまだ低すぎる。
最近買ったボサノバCD。上段中央が『amoroso』下段右が『Wave』
この夏一番のお気に入りはジョアン・ジルベルトの『amoroso』(邦題・イマージュの部屋)で、これから秋にかけて何回聴くかわからない。
このアルバム内の数曲もテープで聴いていた。いつか欲しいと思いつつ、入手するまで30年。「おかげで、アルバムの本当の良さがわかる」と負け惜しみを言いたくなるほど、これは素晴らしい。
アナログ版のジョアン・ジルベルトは最初期のアルバム中心で、万人向けというよりボサノバ好きのマニア向けといった渋い内容。しかし、このアルバムは安心して人に勧められるのがいい。
1曲目の「'S Wonderful」は確かフレッド・アステアが映画の中で歌ったアメリカン・スタンダード。それをジョアン・ジルベルトが歌うと(他のどの曲もそうだが)完全に彼の歌になってしまうところがすごい。英語すらポルトガル語に聞こえて……むしろ訛りを全然気にしていないような。
でも、この曲をはじめて聴いた時に「ラジオ局が回転数を間違えている」と思ったことを覚えている。これこそ「ジョアンらしさに溢れた」という感じで、やる気がなさそうな(笑)、つぶやくような、歌の牛歩戦術と呼びたくなるようなボーカルがいい。33回転のLPを45回転で再生しても違和感なく聴けるかも。
1曲目で思い切りリラックスモードに入ったら、2曲目の「Estate」がさらに……1曲目が軽快な曲だなと思えるほどの…… 今度はイタリアの歌なのだが、このイタリア語もポルトガル語のように……。(笑)
だけど、この緩さがたまらなく心地よい。そして、こんなに切ない夏の歌を他に知らない。ジョアン・ジルベルトらしいと言うより、他の歌手の誰にもこんな歌は歌えないだろう。夏の夜に聴くには最高の1曲。
ジョアンのアルバムはどれもアレンジがシンプルで、基本的には歌とギターにオマケが一人つくぐらい。このアルバムではアレンジャーに前記『wave』やマイケル・フランクスの『Sleeping Gypsy』も手がけたクラウス・オガーマンが参加しているが、これが本当にいい。主役はあくまでもジョアンのボーカルとギターで、それを引き立てるストリングスとフルート。シンプル故にこのアレンジは参考になるし、夏の夜に静かに聴くのに適している。
で、アルバムを通して聴くと、曲が緩急の順番で並んでいるとわかる。ま、この緩急はあくまでも「当社比」であるのだが……。
というわけで、英語、イタリア語の後にポルトガル語による(本当の)軽快なボサノバ登場。これまたジョアンらしさ満開で言うことなし。
LPで言えばA面ラストを飾るのがスペイン語で歌われる「Besame Mucho」。説明の必要がないほどのラテンの名曲だけど、感情をめいっぱい込めたありがちな歌に比べ、ジョアンのぼそぼそボーカルの方が遥かに切なく、胸に迫ってくる。そして泣ける。
ここまでの4曲で完全にノックアウト。ものすごい力作だとわかる。
B面に入るとジョビン作品のオンパレード。「Wave」や「Triste」では古巣に戻ったような感じで、ジョアンのボーカルもリラックスしているように聞こえる。だけど、しっとりした「Caminhos Cruzados」と「Zingaro」を挟んで、やはり緩急の順番は守られている。何とも贅沢なフルコース。
アルバムを通して聴くなら、やはり夏から秋にかけての夜だろう。奇数曲だけを編集すれば、ドライブのBGMにもいいかもしれない。
ジョアン・ジルベルト。生きているボサノバの伝説。音楽に対しては徹底した完璧主義者。エピソードに事欠かない奇人、変人。ボサノバの代名詞とも言えるギターによる独特の奏法は彼が居候先の風呂場にこもって生み出したもの。小野リサあるいはアストラッド・ジルベルトで有名な、これまたボサノバの代名詞にもなっている「ささやくような・つぶやくような」ボーカルも彼が始めたもの。確かにボサノバの名曲の大多数はアントニオ・カルロス・ジョビンによるもの(二十世紀最大の作曲家の一人に数えられてもおかしくない)だけど、ジョアンがいなかったらボサノバという音楽が今日のスタイルになっていたか、またこれほど有名になっていたか……。
ということがなくても、ジョアンのボサノバ、とりわけこのアルバムはお気に入りなのである。
[070828]

『マグダラのマリアによる福音書』
カレン・L・キング 河出書房新社 .
『ダ・ヴィンチ・コード』は下世話な好奇心を満たすだけでなく、忘れかけていた(どうでもよくなっていたとも言う)キリスト教に対する疑問に再び向き合うきっかけになった。ナショナル・ジオグラフィックの『ユダの福音書を追え』は内容そのものより、古文書を巡る人間臭いドラマにおもしろさの中心があった。そして本書はタイトルからして、そして巷間漏れ聞こえるセンセーショナルな内容から、前書に勝る真打ち登場という感じだったのだが……。どうしてどうして、これが本格的で骨太な学術研究書。読み終えるまでけっこう時間を食ったし、そのおもしろさも別種のもの。
はっきり言って、読んでいる時はお勉強という感じ。内容に引き込まれるといった類いのおもしろさではない。しかし、読後の充実感と世界の広がりはかなりのもの。大雑把に言えば3つのフェーズで楽しむことができた。
ひとつはエジプトで見つかった古文書の内容に対する(ミーハー的な)おもしろさ。マグダラのマリアだけがイエスの教えを真に理解し、特別な教えを授かっていた。ペトロは嫉妬から反論し、マリアを泣かし、弟子たちの間に混乱を引き起こす。これだけでも十分スキャンダラスだ。しかも善玉=マリアと悪役=ペトロの公式が性差に対する姿勢の違いであるのは現代にも通じる。保守的で男尊女卑で感情的なペトロのイヤな奴ぶりは『ムー』ネタを通り越して、井戸端会議のサカナになる。
ただし、翻訳されたテキストは正味数ページ分しかない。他は脚注だらけの学術論文である。
映画『アラビアのロレンス』は前半の感情移入が激しいほど後半でその実態を突きつけられる鏡の構造になっていた。本書もミーハー部分で舞い上がると、手痛いしっぺ返しを食らう。
緻密な検証が進んでいくと、スキャンダラスに思えた箇所の真の姿が浮かび上がってくる。2つ目のフェーズは「古文書の読み解き方」で、本書では(著者が皮肉を込めたかどうかはわからないが)「物語」や「名作」などの単語が効果的に使われている。個人的には本書では使われていない「物語の構造」が内容理解のキーワードになった。
件の福音書はイエスの没後100年から300年後に成立したと見なされている。つまり、マグダラのマリアが記したものでないことは確かだ。伝承を忠実に文字にした保証もない。つまり、イエスの教えを伝えるための「物語」であって、登場人物は著者によって動かされているとも言えるのだ。もちろん、この「物語」が現代の物語と同じ意味を持っていたのか……むしろ同じポジションを占めていたのかは定かでない。もちろん4大福音書も冠名のついた使徒が書いた保証はないし、聖書の内容を記録や歴史書として読むのは読者の側なのである。
「物語の構造」とは何か。
たとえば映画における人物の描き方を考えても、わずか数十年で大きく変わっている。確固たる正義の象徴だったジョン・ウェインだって、今日の視点からすれば粗暴で何も考えずにネイティブを殺しまくるトンデモナイ奴になる。スーパーマンの全盛時に今のスパイダーマンが公開されても、ただのヘタレにしか見えなかっただろう。時代によって物語の構造は変化しているのだ。
約2000年前の物語を額面どおりに受け止めると誤読の可能性が出てくる。ペトロの描写にしても当時のレトリックとして、意図的に悪役として使われたのではないか。何しろ古代ギリシャ以来の(中庸のない)二元論の世界である。主役に対する対立項が必要になった時、誰が選ばれるか。
真面目なクリスチャンはショックかもしれないが、私なんかは聖人ペテロの素顔が当時はまだ知られていたなんぞと考えてしまう。いわゆる異端書の中では感情的な人間として描かれているし。
いずれにせよ、こういったキャラクター付けや誇張には当時の物語の構造と同じ力学が働いているはずで留意すべしというのは正に目から鱗。聖書研究・古文書研究の奥深さに触れられた気がする。
少し付言すると、本書では触れられていない西洋的な二元論も原始キリスト教を考える上で重要な要素だと思う。本書の後半でも『マグダラのマリアによる福音書』をはじめ死海文書、ナグハマディ文書が成立した時代のキリスト教は想像以上に混沌としていたことが繰り返し強調されている。その後の政治的配慮および(宗教的とはほど遠い)宗教者の覇権争いの中で正統と異端が分けられ、今日に至っていることは説明不要だろう。
新約聖書の編纂も正邪の選別であって、中庸は認められていない。ユダ、マグダラのマリア、あるいはペテロにしても白黒つけられればそれっきり。その後はより白くするために漂白剤がたっぷり使われるか、歴史から抹殺されるかである。
この二元論的な、むしろ二価値判断的な世界の見方は現代まで続いている。平たく言えば○Xテスト的思考だから、日本の社会構造の基礎でもある。故に、本書の提示する問題点・矛盾点に対し多くの人が共感以上のものを抱くのでは。私なんぞ『ダ・ヴィンチ・コード』が注目される背景にもニューエイジ的な臭いを感じてしまうのである。
第3のフェーズは原始キリスト教そのものに対する納得である。
乱暴な言い方をすると、一般的なキリスト教には宗教としての物足りなさを感じ続けてきた。言わば仏教で言う大乗しかなかったようなもので、小乗(あるいは上座部)に相当する記述は聖書に見いだせない。直接啓示というか宇宙や世界の構造には触れず、そこから敷衍した一般人へのお説教ばかりなのである。
世界観は旧約が担当という見方もできるが、イエスは道徳家ではなく宗教者である。その原点に宇宙意識との接触(仏教的には悟り)があってしかるべきで、それが記されていないのは……12人の弟子たちが受け入れる・理解できるだけの霊性を持っていなかったからではと考えてしまう。
イスラム教にはスーフィーがあり、仏教にも修行の体系がある。そしてヒンドゥーは最もシステマチックでヨーガという総合的なマニュアルがある。真理は与えられるものでなく、自らつかみとるもの。その部分が欠落しているから、キリスト教聖職者には大きなブレが生じたとも考えてしまう。余談ながら、正反対なのがオウム。方向を示す師が不在で修行ばかりしていたから変なことになってしまったのである。
しかし、本書によれば混沌とした原始キリスト教の中にもまともな一派がいたようで、それこそ『マグダラのマリアによる福音書』が証拠なのである。具体的な記述はないものの、マリアだけが特別な教えを授かっていたという内容は「他の使徒は役不足」を裏付けるもので、不埒にも「やっぱりなぁ」と納得してしまった。
ここからは独断のさらなる拡大であるが、宇宙意識に触れなかった者・絶対的価値観を手に入れられなかった者の価値観は必然的に「相対的」であって、「何が正しいか」とか「誰が偉いか」などの正に二元論にとらわれるが故に最後は偉い人になっちゃう。だって、世俗の価値観にとらわれない者に教団の理事や会計責任者が務まるわけないじゃん。で、偉くなっちゃったのが12使徒。さらに、その系列で大切な部分を異端として切り捨てたおかげで世界規模の大宗教になれたのが今日のキリスト教。ちゃんちゃん。
返す返すも残念なのは、イエス自身の手による文書が存在しないこと。あるいは本当に大切なことを記した文書がまだ見つかっていないこと。
個人的には本当に奇跡を起こしたかどうかなんて全く関心がない。青年イエスが何を考え、何をし、いかなる修行を重ねたのか。知りたいのは人間的な部分であり、本当のキリストの教えなのだ。何しろその生涯には10年以上の空白期間がある。
『マグダラのマリアによる福音書』は答えを与えてくれたわけではないが、考える手がかりときっかけを与えてくれたように思う。
[070826]
【
GoogleEarthの歩き方】
雑誌の記事風に紹介すると『Google
Earthは衛星航空写真が中心の地球データのブラウザです。マウスで画像を動かし、目標に向かってズームイン。拡大率に応じたデータはインターネットからロードされ、モザイク模様が見る見るうちに鮮明な写真に変わっていきます。スパイ映画などではおなじみの、たとえば『エネミー・オブ・アメリカ』に出てきた監視システムが卓上に展開する感じです。さすがにリアルタイムの動画とはいきませんが、どんどん拡大していくと1軒1軒の住宅の形や車両まで識別できるようになります。直感的な操作はわかりやすく軽快で、地名入力によるジャンプもできます。』
というのが、最近遊びまくっているGoogle
Earthの概要。
一般にはGoogleのオンライン地図検索サービスが知られているようだけど、はまっているのは単独アプリケーションのほう。(Googleホームページに小さく表示されている"more"のメニューから辿って誰でも無料でダウンロードできる)
インターネットを使ってデータをロードする仕組みは同じだからネットサービスで十分と思ってしまうところだが……、アプリ版に追加されている機能がミソなのだ。
表示・非表示を簡単に切り替え可能な各種情報が豊富。見下ろす角度を変えたり、回転させたり、地形などを3D表示させることも可能。画像を保存でき、目印をつけて自分だけのデータベースも作れる。
ここまでできて地図や衛星写真で遊べるようになるのだ。
オンラインサービスでも見られる真上からの俯瞰。
ほぼ中央にあるのがニューデリーのジャンタル・マンタル。位置関係を知るには十分だけど……
俯瞰する角度などを変えるといかにも上空から見下ろしている感じになる。
気をつけなければいけないのは、けっこういい加減な地名表示があること。主な原因は添付された写真データのタイトル。ウィキペディアのように皆の参加でデータを豊かにしようということで、写真などを自由に貼付け、共有できるサービスが災いしている。
スナップに都市名だけのタイトルをつけて撮影場所とは別のところにペタリ。完全な間違いあるいは勘違いもあり、まったく無関係な場所にペタリ。で、そこが正しい場所と勘違いした別のアホが新しい写真をペタリ。要するに、間抜けも世界規模。
残念ながら添付写真の表示を信用するとかなり遠回りさせられる確率が高いことは否めない。有名地ほど頭痛は増し、結局は邪魔なだけで表示を消すことになる。無料だから文句は言えないけどさ、その他にも鉄道路線がずれていたりといった間違いがあることは覚えておいた方がいい。
足跡をたどるのも自分探しかもしれない
エジプトのピラミッドとかナスカの地上絵とか有名所を回るのも楽しいけれど、圧倒的におもしろいのは自分の訪れた場所探し。それもピンポイントに絞って特定していくのはゲームに近い感覚で、記憶だけではクリアできない難易度を持つ。毎回のように地図や現地で撮影した写真などを動員し、記憶に合わせて画面を回転させ、あれやこれややっている。ほとんど脳力トレーニングである。
具体的に記した方が「難易度」の意味がわかりやすいだろう。
[初級]お気に入りの店や遺跡や城塞など
[中級]自分の泊まったホテル
[上級]自分が野宿した場所
もちろん検索機能はある。しかし、初級の「お気に入り」は遺跡や城塞にもかかっていて、私のお気に入りはたいがい「マイナー」なのである。例えば、望遠鏡が発明される前のインドの天文台『ジャンタル・マンタル』と言えばジャイプル。ここには世界最大の日時計があるから検索すればヒットする。ニューデリーにあるものも有名だ。けれども、私が探したいのはヒンドゥーの聖地ヴァラナシにあるジャンタル・マンタル。規模は前二者とは比較にならないほど小さく、ガイドブックにも載っていない(はず)。載っていたって実際の場所を特定するのは大変だ。
宿探しは更に大変。国内で宿泊費を使ったことはほとんどない。よって、自分の泊まったホテル探しは海外が中心になる。まあ、有名な巨大ホテルならそれ自体が目印になるほど一目瞭然だし、検索機能も使える。だけど、ツアーで行ったシンガポール以外でそんな宿を使ったことはないに等しい(ちょっと歯切れが悪いな)。要するに、圧倒的多数が小さな安宿なのである。バンコクの楽宮大旅社なんて間違ってもデータ登録されていないのである。
十代から二十代にかけて野宿したポイントはそれこそ北は北海道から南は九州まで全国に点在している。神社の境内とか駅の待合室とかネ。ただし、昔になるほど場所を特定できないのは記憶が薄れたわけではなくて、野宿に不馴れだった頃は変な場所(それこそ野原だったり河原だったり)を選んでいたからだ。青かった自分に赤面してしまう。
ちなみに最後に野宿したのは(厳密にはテントを張ったから野宿とは呼べないのだけど)鳥取砂丘の海側とか萩の浜辺。
ポイントを絞るのはひとつのきっかけである。ついでの周辺にお宝を期待できるのは地図や辞書を見る楽しみに等しい。オンラインサービスに似て非なるものを感じるのは、それがあくまでも地図検索という機能にすぎないからだろう。周辺はやっぱり角度を変えたりして、あーでもないこーでもないと見ないとライブ感が出てこない。
それにつけても、である。バンコクの中央駅周辺やカルカッタのサダルストリートの全貌を俯瞰できることに興奮してしまう。正に一昔前には考えられなかったことで、インドを取材した時には地図すら入手できない地方都市があったのだ。例えばナースィクでは手書きの地図のポイントを一定の歩幅、一定の速度で歩いて縮尺を記入した。ボパールでは観光局で電話帳の地図をコピーしてもらい、そこにポイントを書き込んでいった。
ほとんどのインドガイドブックで使われているのは観光局の(適当な)地図の写しそのまんまである。サダルストリートの脇道なんて載っているはずもないし、縮尺だってかなりいい加減だ。と、確信を持って言えるのも航空写真のおかげ。
大きな白い建物はインド博物館。その左にわずかに見える緑は広大なマイダン公園。
青いラインがカルカッタの安宿が集中するSadar
Street。悪名は高いが、ロケーションはいい。
マークは定宿とも呼べるHotel
Paragon。
記憶の補助具……むしろ記憶の矯正具
例えば宿探しの場合、目標になる駅やバススタンドなどを見つけてから「ここをしばらく歩いて、交差点を左に曲がって」と記憶をたどっていく。こういう時に画像をぐるりと回せるのはありがたい。方向を右、左、前といったライブな感覚で検証できるのだ。
それでも距離が長くなると地図の助けを借りることになるのだが、今度はライブな感覚が奇妙な戸惑いに変わってくる。
一軒一軒の詳細が載っている一部の住宅地図を除くと、地図の中心になるのは道路。行程をたどるには(常にあるとは限らない公共施設などを補助にしながら)交差点や分岐点を追っていくことになる。つまり、地図とはポイント情報の連続と言える。ところが、航空写真で個々の建造物がはっきり見えてくると、ポイント間にディテールのリアリティが生まれてくる。このリアリティがどうも記憶と違っているのだ。
人に道を教える時にも共通するが「まっすぐ歩いて、3本目の角にある大きな商店の先を曲がって」という感じで行程は記憶されている。その間の建物ひとつひとつを鮮明に覚えている人間なんていないだろう。では、ポイントになる「曲がり角の手前にある商店」の記憶はどうか。実際にその場所を再訪すれば「やっぱりあった」で済むのだろうが、写真の場合は大きな建物と思っていたのが、実際は小さかったり、長い距離と記憶していたのが短かったり……。実際に現物を前にした以上のリアリティ、いわゆる残酷な現実とでも呼びたくなるリアリティを突きつけてくる。
この感覚は記憶をサポートしてくれる優しいものではなく、甘い記憶を力づくで矯正される感じだ。(新美南吉の童話だっけ?)頑固にランプを使っていたのに、無理矢理電球を使わされるような「時代の流れを受け入れざるを得ない感覚」に似ているかもしれないし、あるいは(経験はないのだが)噂に聞く「歯列の矯正」ってこんな感じなんだろうなぁとさえ思ってしまう。
幸い大きな記憶の間違いとのご対面はまだであるが、その時はへこむかもしれない。でも、どう受け止めるかつーか、矯正を補正にしていかに新しく肉付けさせられるか。けっこう面白い体験あるいは試練になると思う。
バンコク中央駅の西側。気に入っていたJuly
Hotelには「元」とつけなくちゃいけないし、
裏口から入れてもらった映画館も今は空き地。残っているのが悪名高い楽宮だけとは……。
[070721]