これまでの話題(2000年10月後半)

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2000年10月30日(月)〜31日(火)

「今日の言葉(39):“和田元西武百貨店社長”の言葉 」


和田繁明氏は今話題の人です。そごうの次期社長として再建の担い手であるとともに、セゾングループの再建の道筋をつけたからです。同氏は、大卒2期生として西武百貨店に入社し、堤清二氏の薫陶を受けました。その後レストラン西武(現・西武フードシステムズ)に転じて経営を立て直し、その後西武百貨店に復帰したことはよく知られています。今日は和田氏の次の言葉を紹介したいと思います(「プレジデント」11月13日号より)。

「この会社には、経営のリーダーシップがない。論評と批判はすれど、実行力、行動力がない」

この言葉は和田氏が堤清二氏から代表権を受け継いだ92年10月に、『西武百貨店白書』の中で述べたものだそうです。当時西武百貨店では医療機器の架空取引事件で元社員が逮捕されるなど、乱脈経営のきわみでした。和田氏は白書で上記のように宣言して、西武の改革に着手したのです。

ところで、asktakaには、この言葉は決して西武の内部向けの言葉だけではなく、多くの日本企業にも当てはまるものだと思います。今こそ実行のときです 。トップマネジメントのリーダーシップがない、などと飲み屋でくだを巻いていてもことは進みません。

今、貴方が出来ることは何か、この点を考えて早速行動してみませんか。え、では退職願を出すですって。ちょっと待ってくださいね。最後にもう一度、貴方の力を今の会社で発揮する道を模索してはいかがでしょうか?その気になれば、きっとよい結果が出ると思いますよ。



お知らせ:昨日の話題は「米国有力大学のマーケティング」 でした。



2000年10月27日(金)〜29日(日)

「米国有力大学のマーケティング」

欧米の有力ビジネススクールのマーケティングの巧みさは、ある意味では当然です。日本の大学とは違って、ビジネスを分かったファカルティ、専門家がついていますからね。だが、学部、つまり、アンダーグラヂュエートでも積極的なマーケティングを行っているのには驚かされます。

10月27日付の日経朝刊「教育を問う」で紹介されていたMIT(Massachusetts Institute of Technology) の入試担当者の話が印象的でした。何でも女子の進学校として昔から有名な桜陰高校を今春卒業した一人が、現役でMITに合格したそうです。帰国子女でもなく、アメリカンスクール出身でもない日本の高校生の合格は初めてのケースなので、わざわざ学校を視察にきたそうです。そして「世界中から優秀な学生を集め、国境を超えて送り出すのがMITの願い」なので、日本訪問後香港やシンガポールの高校を訪れる予定とのことです。

もちろんMITのみならず、ハーバードやスタンフォードをはじめ一流校は、優秀な学生を集めて世に出すことが更に評価を高め、最良のマーケティングであることを知っているのです。だから、黙っていても学生が集まるにもかかわらず、優秀な学生を集めようと躍起になっているのです。

これに比べて日本の大学はどうでしょう。東大、京大などの国立はともかく、 一流校といわれる私立大学はこのようなマーケティングをやっているとは思えません。新設大学や新興大学の一部に、少しマーケティングらしきことを実施しているケースが散見するぐらいです。

この原因は、まだまだ日本の大学の教師をはじめ学校経営者はビジネスに疎い点にあると思われます。有力大学といえども、ポジショニングを明確にして、必要な手立てを講じなければ生き残りは難しくなる時代がくるのです。この点ではまだまだ日本の大学は、かっての象牙の塔といわれた浮世離れをした世界から抜けていないというのが、傍から見ているasktakaの実感です。

ここは愚直にセオリー通り、企業戦略ならぬ大学の戦略を明確にして、積極的にマーケティングを行う大学の出現に期待しています。スポーツ選手や芸能人を集めることは出来るのですから、優秀な学生を集めることも出来ますよね。 こうして各大学がしのぎを削れば、自ずと学生も勉強するようになるのではないでしょうか(この点は少し甘いかな)。

ところで、大学の話を書いたつもりですが、この話は産業界でも当てはまりますね。日本企業は、かのポーター先生が指摘されたように“戦略不在”である点は否めません。以前米国のビジネススクールのプログラムなどで、筆者がいくら日本企業に“戦略的意図”“企業戦略”があると思うのは“幻想”だ、と言っても反論されて孤立無援でした。だが、HBS(Harvard Business School)の機関誌HBR(Harvard Business Review)にポーター先生が戦略不在論を書いて以来、asktakaが幻想論を唱えてもすんなり納得していただけるようになりました。

今や大学と同様に、日本企業も、戦略不在やマーケティング不在では生きていけないと思うのは、asktakaだけではないでしょう。MITのような“顧客密着”の実践を見ていると、改めて米国企業の行動を想像して不気味に思えてきます。自己流、我流という名の多くの古色蒼然たるマネジメントから脱して、ここは日本企業は教科書通りにマネジメントを実践すべきではないでしょうか。

asktakaは、理論とその応用を学ぶことや議論することを、“青臭い”“書生臭い”などといって敬遠する時代ではないと思うのです。何せ“知の時代”といわれる世の中ですからね。大学が企業経営から学ぶと同様に、企業は大学からもっと“実学”を学ぶべきです。そういえば、日本の大学ではそれを教えていましたっけ。道理で優秀な学生やビジネスパースンが欧米の大学やビジネススクールへ逃げるはずですね。



お知らせ:昨日の話題は「今日の言葉(38):『Eコマースで勝者になる55の法則』より」 でした。



2000年10月25日(水)〜26日(木)

「今日の言葉(38):『Eコマースで勝者になる55の法則』より 」

asktakaが毎日チェックしているMLでもお馴染みの永江一石さんが、『Eコマースで勝者になる55の法則』(PHP)という本を出しました。MLの中でも盛んに議論されていたテーマも含めて、実際にB2C(消費者向けEコマース)を立ち上げた経験談が面白く、一気に読みました。そこで、今日は同書の中の次の言葉に注目したいと思います。

「“ワン・トゥ・ワン・マーケティング”はEコマースでこそ生きる」

“ワン・トゥ・ワン・マーケティング”については、皆さんもよく見聞きされることでしょう。このエッセンスは、提唱者のドン・ペパーズ氏によると次の7つのキーワードで表せます。

1.顧客シェア
2.顧客差別化
3.カスタマイゼーション
4.学習関係(Learning Relationship)
5.顧客マネージャ
6.限界効用逓増の法則
7.生涯価値(Life-Time Value)

この7つについては説明は割愛しますが、一言で言えば、ワン.トゥ・ワン・マーケティングとは、少数の顧客が大半の売上を占めるというメーケティング法則を意味します。

永石氏は自らの経験から、ネットの世界でこそ、この法則が一層支配すると述べている点が興味深いのです。同氏によると、担当者が変われば顧客の来店頻度が分からなくなるリアルな世界でのショップと違って、ネットでは来店頻度、購入頻度が全て分かる点が特徴だと言っています。

そして、同氏の会社のサイトでは、ポイント制や限定品の優先販売などを導入し、買い物をすればそれだけメリットがある仕組みをつくっています。もしリアルな店舗で、上客にこうした優遇をすれば他のお客は不愉快に思うでしょうが、顔の見えないネットの世界ではこうしたサービスが堂々とできるというわけです。

こうして、ネットでの取引による上得意客向けの徹底的なサービスが、10%の顧客から90%の売上を上げることを可能にするのです。有名な、20%の顧客から80%の売上(あるいは利益)をあげるとする“20:80の法則”を超えるわけですね。

永石氏の本には、この他にもたくさんのヒントが隠されています。この本を参考にして、皆さんもEコマースをはじめてみませんか?



お知らせ:昨日の話題は「市場とは何か?」 でした。



2000年10月23日(月)〜24日(火)

「市場とは何か? 」

昨日は「市場主義は終焉したか?」をテーマにしました。だが、この“市場”という概念は、一般にはやっかいかもしれません。先ず、経済学をはじめて習う人は、“いちば”と呼ぶか“しじょう”と呼ぶかといった入り口の話から戸惑いますね。

もちろん、経済学では後者の“しじょう”と呼ぶわけですが、別に実際に取引される場をいっているわけではないのです。モノやお金が取引される架空の“場”なのです。経済学で市場が均衡するというのは、モノや債券など金融商品等の需要と供給が等しくなることをいっています。健全な競争環境の下では、需要が供給を上回れば価格が上昇し、逆に、供給が需要を超過すれば価格は下落し、需要と供給が一致する“均衡”価格に落ち着くのです。

このような需給の均衡プロセスを市場メカニズムと読んでいます。この意味するところは、健全な競争が行われれば“市場”を通じて効率的な資源配分が可能になるということです。この点は、市場メカニズムと対極をなす中央集権的な計画経済が破綻に至ったことを考えれば、理解できる思います。大砲からバーターまで国家が供給量を決めた旧ソ連や北朝鮮、中国の経済的破綻が、市場経済の優位性を実証したのです。

余談ですが、経済学は完全競争を仮定した、物理学でいう“真空”状態の理論なので現実には役に立たない、といった暴論も散見します。だが、市場メカニズムは資本主義の根幹で、政策論議もここからスタートするわけです。現実には役に立たないどころか、経済の動きを見る基本なのです。

それから、実は皆さんもイメージされているように、同じ市場経済でも経済体制や組織によって異なります。つまり、経路依存性なるものがあって、それぞれの国の歴史的背景と独立ではないからです。従って、全ての国が米国型の経済システムになるとは考えられず、日本や欧州のパターンがあってよいのです。どうも昨今の感情的で、反米思想が背景にあるのではないかと勘ぐりたくなる反市場主義は、この点の誤解があるのではないかと愚考するのです。

ところで、今日本経済にとって重要なのは、市場の力を借りて一度スリムになることではないでしょうか。モノづくりを営むメーカーそして内需を中心としてきた物販、飲食、サービスに携わる企業が、直ちに自らの手でなすべきことは、市場での競争に備えて筋肉質な体質に再生することだとasktakaは考えます。そうすることによって、強い企業はより強く、よい企業はよりよくなり、更に、弱い企業やよくない企業は改善されることでしょう。

いうまでもなくネット社会においては、いい情報も悪い情報もリアルタイムで駆け巡ることになります。つまり、情報が不完全であるという完全競争を阻害する要因が失われるわけですから、今後一層競争環境が強まることは必至です。

「大きな政府」、「小さな政府」はそれぞれにメリット、デメリットがあるので国民的議論が必要です。軽々にことを決めたり、足して二で割る式の安易な折衷案は、御免こうむりたいものです。こうした議論に目を奪われずに、企業は自力で市場での生き残りを徹底的に考えるべきだとは思いませんか?asktakaは、このような意味から、日本ではもっと“市場主義”を徹底すべきだと思うのです。



お知らせ:昨日の話題は「市場主義は終焉したか?」 でした。



2000年10月21日(土)〜22日(日)

「市場主義は終焉したか?」

何時の時代でも、正統派とその反対派はいるものです。最近、岩波新書から『市場主義の終焉』を出版した、京都大学の佐和隆光教授も、こうした見方をするとすんなり理解できそうです。

70年代前半の経済学の世界は、ラジカルな一派が登場したり新古典派あるいは一般均衡理論に代表される正統派経済学にとって試練の時でありました。asktakaの恩師が日本を代表する正統派の一人でしたから、当時批判者であった佐和氏に対してかなり手厳しいことを言っていた記憶があります。同じ既存の理論に批判的な立場でも、青木昌彦氏に対する評価が高かったのは、理論的に精緻な経済学を理解した上での批判だったからだと思います。

一方、佐和氏の場合は計量経済学を専攻したこともあり、恩師は理論的背景にやや欠けると思っていたのではないかと推測されます。asktakaが佐和氏の理論経済学の力量を評価するなどということは、とても僭越過ぎて出来ません。 しかし、機を見るに敏で、流れに乗って批判者の立場に立つというスタンスは30年を経過しても変わらないな、と何故か懐かしい思いがします。

前置きが長きなりましたが、佐和氏が指摘するまでもなく、市場主義という概念は別に新しいものではありません。18世紀の末から19世紀の中頃にかけて、欧州ではレッセフェール(自由放任)と呼ばれた市場主義が支配していました。

しかし、こうした古典的市場主義は、20世紀になってケインズの出現によって影を薄め、混合経済下の財政金融政策を取り入れた新古典派経済学が70年代半ば頃まで主流を占めていました。ところが、79年に誕生した英国のサッチャー政権、81年の米国のレーガン政権による規制緩和などによる積極的な市場主義的政策が功を奏しました。更に、89年の東西ドイツの統合、91年のソ連邦のの解体によって、欧米では自由競争を是とする市場主義が支配するようになりました。

こうした背景を踏まえて、佐和氏は、今後の日本経済を再生させるには、市場主義は終焉した、これに立脚した改革では駄目だというのです。つまり、次のように言っています。

「私が断言したいのは、次の点である。市場主義改革の積み重ねにより、この国の構造をアメリカ型につくりかえてみても、二十一世紀のファースト・ディケード(筆者注:最初の十年)の時代文脈にふさわしくはない。私たちのなすべきことは、時代文脈の“変化”を先取りして、“変化”への“適応”を首尾よくなしとげることより、二十一世紀のファースト・ディケードの時代文脈に適合する、革新的な社会経済システムを創造することなのである」(p.9)

そして、この“革新的な社会経済システム”とは、著者によると次のようです。

「市場主義改革の推進は“必要”ではあるが“十分”ではない。必要にして十分な改革とはなんなのか。この設問に対する私自身の答えは、市場主義改革と“第三の道”(筆者注:佐和氏はこれを“ポジティブな福祉国家”と呼ぶ)改革を同時に遂行することにほかならない」(p.229)

asktakaは佐和氏の変節をとやかく言っているのではありません。誰しも円熟して(?)考え方が変わることはありえますからね。ただ、同氏の主張は、どうも足して二で割る式の話になると危惧しているのです。

というのは、今日本経済にとって必要なのは、閉ざされた市場を競争原理の下に体質改善すべきだと思うからです。競争のない世界に進歩はない、談合の世界には裏取引があるのみと考えるからです。企業にとってもネット取引が更に普及して、製品や価格などの情報がリアルタイムに流れる社会に備えるには、競争市場の波の中で泳ぐ準備が必要ではないでしょうか。

それと、asktakaには、“第三の道”はどうも大きな政府を志向するように思えます。バラマキ行政がもたらした現状を更に悪化させる結果となると思いますね。もちろん、asktakaは改革に伴うセーフティ・ネットまで否定するつもりはありませんが。

asktakaは現在は、もっと市場主義を徹底させるべきだと思っています。金融の世界における市場主義の弊害ばかりに目を奪われると、実物経済での“競争市場”の重要性が看過されることを恐れています。ここは声を大にして、“市場主義は終焉しない”といいたいですね。皆さんはいかがお考えでしょうか?



お知らせ:昨日の話題は「今日の言葉(37):『パーミッション・マーケティング』より」 でした。



2000年10月19日(木)〜20日(金)

「今日の言葉(37):『パーミッション・マーケティング』より」

インターネットの時代になり顧客との関係がインタラクティブ(双方向性)なものになると、自ずとマーケティング手法が変化してきます。Permission Marketing(パーミッション・マーケティング、以下PM)は、こうしたインターネット時代のマーケティングの考え方を示すものとして注目されています。今日は同名の書籍の著者、YAHOO!副社長のセス・ゴーディン氏の言葉を紹介しましょう。

「インタラクティブな世界におけるマーケティングは、顧客とマーティング担当者の相互のコラボレーション活動ということができる。すなわち、マーケティング担当者は生活者の買い物を手助けするし、生活者は逆に担当者の販売を手助けするのだ」

「未来のマーケティング担当者は、まずは“よろしかったら、販売プロセスに参加されますか?いかがですか?”と“パーミッション(許容)”を求める。生活者は、ひょっとしたら、商品やその品揃えについて知りたいと思い、“パーミッション”をくれるかもしれない」

上記の言葉はPMのエッセンスを示しています。従来の“ぶしつけな勧誘電話やダイレクトメールで日常生活に割り込んでくる”やり方と大違いですね。 では、具体的に“パーミッション”を得るにはどうすればよいのでしょうか?

「“商品を売ること”と“伝えたいメッセージに耳を傾けてくれること”の両方に対する顧客の“パーミッション”を得ることは可能である。企業は生活者(筆者注:そして企業も)にもっと情報を送ってよいかどうか、ダイレクトに尋ねることができるのだ」

「(パーミッションをえる)方法は無数にある。クーポン、現金によるインセンティブがそうだ。ゲームをしてみるのもよい。ポイント・プログラム制度も結構。コンテストなどのスポンサーになるという手もある」

ほんのさわりだけをご紹介しましたが、更に詳しくPMについて知りたい方は、セス・ゴーディン著『パーミッション・マーケティング』(翔泳社)をご覧ください。

asktakaはこの本を一読して、コンセプトだけではなく意外と実践的だと思いました。本書を熟読して更に創造力を発揮すれば、貴方も当代一流のマーケッタ―になれるかもしれませんよ。(笑)



お知らせ:昨日の話題は「危機管理と“名門社長”の時代錯誤」 でした。



2000年10月17日(火)〜18日(水)

「危機管理と“名門社長”の時代錯誤 」

一概にコンサルタントといっても様々ですが、世の中には危機管理コンサルタントを名乗る方もいます。その一人が、文藝春秋の11月号に『三菱自工・雪印「名門社長」の時代錯誤』と題して、日本企業のトップの危機管理の拙さについて述べています。

著者はこの拙さの原因は、社内の秘密が隠せると思う“時代錯誤”にあると述べています。つまり、現在は、社員のロイヤリティが低下して社内の押さえが効かない上に、国民、消費者の「知りたい」「知らせたい」という意識が変わって、隠せなくなっているというのです。

こうした背景の下に、著者は雪印乳業と三菱自工の危機管理の失敗の共通項は次の4点だといっています。

1.記者会見の場で社長の言葉を、その場で部下が否定

2.社長が「知らなかった」と責任逃れの発言

3.記者会見の席で両社長とも辞任を否定

4.情報開示が不十分で隠蔽工作を追求される

この4つをみると、危機管理コンサルタント氏の言を待つまでもなく、誰しも何とお粗末なことかと思うことでしょう。

先ず、こうした問題が発生した場合、トップが実態を正しく把握することが不可欠です。両社のトップが、1、2のような発言をしたことは、この基本中の基本が忘れられていたといえましょう。そして、上記の4つは、かって「今日の話題」で述べたasktakaの次の認識と基本的には同様だと思います。

「こうした事故は事後対策が重要です。だが、往々にして日本企業は対応を誤ることが多いですね。その原因は、

1.情報開示意識の低さ

2.組織防衛意識の強さ

3.広報・PRが未熟

4.人本主義の行き過ぎで外部に対する関係の取り方が苦手

5.クレーム、事故などの問題こそ次の飛躍につながるという意識の欠如

等々が考えられます」

更に、株主代表訴訟の問題もあります。9月20日の大阪地裁の判決では、大和銀行の経営陣に830億円の損害賠償を求めています。商法の規定に従う、取締役の注意義務と忠実義務違反がとわれたわけです。こうなると、経営トップも組織の問題と逃げを打ったり、トカゲの尻尾切りで済ますことはできなくなりますね。

ところで、前述した危機管理コンサルタント氏のところには、雪印乳業の事件が起きてからマニュアル作成依頼が殺到したそうです。だが、同氏はマニュアルよりも、経営トップが今回の雪印乳業や三菱自工など他社の事例を疑似体験する方が効果的だと述べています。なるほど、単なる教科書を読むよりもケース・スタディの方が考えさせるし、坐学よりもロール・プレーイングの方が身体で覚えるということでしょうか。

いずれにしても危機管理について、“時代錯誤”とならないように、今一度考えてみてはいかがでしょうか。その切り口は、上述した5点ですが、特に最後のクレームや事故に対するトップの関与が重要だと思います。貴方の会社は、トップが最初に的確な情報を把握する体制になっていますか?何事も最初が肝心だといいますからね。



お知らせ:昨日の話題は「IT革命と極北の田舎町」 でした。



2000年10月16日(月)

「IT革命と極北の田舎町」

IT革命に関して、様々な観点から影響度が議論されています。今日は極北の国アイスランドの田舎町ストーズバルフィヨルズルが、IT革命の恩恵を受けて甦った話を紹介したいと思います。

アイスランドは全人口約28万人の小さな国ですが、90年代後半から経済活性化を狙って、法人税減税や資本市場の自由化などの規制緩和を進めています。この結果過去5年の成長は目覚しく、年率平均5%の伸びを示しています。このおかげで、首都レイキャビークは建築ブームだそうです。

規制緩和と都市部での雇用機会の増大に伴って、この国の都市への人口流出が盛んで、人口集中と過疎化という日本と同じ現象が進んでいるから不思議です。

ところで、この国のストーズバルフィヨルズルという人口278名の過疎の港町に、昨年の5月にコールセンターが開設されました。欧米の銀行では、窓口での対応から、e-mailや電話での顧客対応へと変化し、しかも低コストで24時間対応などサービス向上が求められています。コールセンターは、こうした顧客対応を行う拠点です。

IT技術の発達は、遠隔地での業務を可能にします。賃料が安く有能な労働力が安定的に供給される過疎の町では、このストーズバルフィヨルズルのように“市場経済のロジック”とITによって蘇るのです。

もちろん日本でも、沖縄をはじめ、こうしたコールセンターを誘致するための優遇措置を講じています。しかし、アイスランドでは、優遇措置とは関係なく、町の商工会議所とベンチャー企業とが共同で“市場経済のロジック”に従って事業化した点がポイントです。

これに比べて、日本ではどうでしょうか。政府はITといえば、やたらに予算を付けたがるし、ベンチャーや地方の起業家なども官のお金や優遇措置を当てにし過ぎていないでしょうか。

ここはアイスランドに倣って、過疎地の起業家は、徹底的に市場経済のロジックに基づき起業を考えるべきです。貴方の町で相対的に安くて同質なものは何か、この点を考えて、ITと融合させる起業家精神こそ求められているのです。さぁ、皆さんも何かアイデアを考えてみませんか?


(注)
西村清彦『「やわらかな経済学」で見直せば�ァ戞福嶇請茵ε賤侶从僉廖�2000年11月号)を参考にしました。



お知らせ:昨日の話題は「『iモード事件』の松永さん」 でした。



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