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舞踏会が終わり、アスカルとカミラは、正式に婚約者となった。
結婚はまだ先のことだろう。
アスカルは8歳。カミラは13歳だ。
普通に言えばアスカルが成人するのを待つことになる。
そうすると7年後だ。
ただ、そうなった場合、カミラは20歳になってしまう。
それは子供をもうけることを考えると時間がもったいない話だった。
見た目で言えば、アスカルは11、2歳、カミラは15、6歳に見える。
アスカルの成長次第だが、2、3年後に結婚をさせて、
子作りをさせても恐らく問題ないだろうと、周りの大人は思っていた。
いずれにせよ婚約したのだ。あとは時期だけの問題だった。
舞踏会や晩餐会、お茶会の誘いなどがたくさん舞い込んでいる。
貴族のたしなみで言えば、これのどれに出て、どれを断って、
どの優先順位で行くか、は、社交界での立ち位置を決める重要ごとだ。
カミラはウェルスガルドの後妻のサラと早々に仲良くなったので、
今後も上手いことリスモアの貴族の間でも溶け込んでいくだろう。
そもそも王族なのだ。そういう手ほどきは元々受けている。
活用する場所をやっと得たと言っていい。
おそらくカミラなら上手くやっていくだろう。
ただ、生活の拠点は、当面はブラスにすることにした。
結婚して子供が出来たら、リスモアに移ることも考えることになろう。
それはその時までに考えれば済むことだった。
アスカルは激務になったが、週に1度、2日間ブラスに逗留する生活は変わっていない。
正直なところ、ブラスでの仕事の方が儲かる。
比率で言えば4、5日間くらいは逗留していたいくらいだった。
リスモアに戻るのは、単に社交とか、貴族的な仕事のためだけのことだった。
商業的実利を重要視するアスカルとしては、実はリスモアでの貴族的活動は
地位や名誉のためだけで、儲からないなと思っていた。
とはいえ、その地位や名誉がないと、軍事的な発言力などにも影響するので、
やむを得ず戻っているだけだった。
得にならないことが嫌いなアスカルとしては、得にもならず、
カミラとも会えない日が増えるので、だいぶイライラはしていたのだった。
なので、カミラにお願いして、カミラも週に2日ほど、
リスモアに逗留するようにしてもらった。
カミラとしても、リスモアのファリス神殿との繋がりも得られるし、
社交の場にも出られるし、その程度の日にちなら気疲れも少ないので、すぐに受け入れた。
ライトネス自身は貴族では無くなったが、ブラスの聖女兼代表者として、
社交の場をブラスに持つようにしたので、リスモアの貴族もブラスに来るのに慣れてきていた。
そもそもリスモアよりもブラスの方が刺激的な街になってきているので、
むしろブラスでの晩餐会なり舞踏会を増やして欲しいと言われているくらいだった。
そんな事情もあって、カミラとアスカルは、上手くすれば週に5日は
一緒に会えるような生活になっていた。
当然のことながら、結婚している訳では無いので、一緒に寝たりはしていない。
ウェルスガルドの前ではカミラの体は傷物ということになっているが、
実際にはなっていないし、対外的には婚約者ということになっているだけなので、
一緒に暮らすという選択はまだ取れないのだった。
そういう意味ではいつ結婚するか。本当にそれだけの問題だった。
会っている間は、一緒に仕事をしたり、食事をしたり、
ちょっとした休憩をとったりなど、なるべくともに過ごす時間を作る様にしていた。
結婚したとしても、互いに仕事やら社交やらで、別々の時間を過ごすことになる。
四六時中いつもべったり一緒、というわけにはいかないのが貴族の生活だ。
そこはお互いよく理解していたので、一緒にいる時間をどう作るかを
よくよく相談しながら決めていた。
二人の決め事の中で、どうしても外せないことがあった。
それは週に1回、二人が出会ったあずまやで、必ずデートすることだった。
前はあずまやで待ち合わせて数時間一緒にいるだけだったが、
今はそこに向かう時から家に帰る時まで、仲良く手を繋いで歩いていく。
不思議なもので、このあずまやに来ると、カミラがだいぶ大胆になるのだ。
カミラはだいぶ前にセラフィムに命令して、男を誘惑する方法から、
夢の見させ方、気持ち良くする手管まで、あらゆる技の全てを、
洗いざらい全部教えてもらっていた。
それもかなり具体的に教えてもらっている。
元々カミラはいたずらをしたい気持ちや好奇心が強い娘なので、
教えてもらったことを使いたくてしょうがないのだ。
……というか、使っていた。
このあずまやに来たら、問答無用でアスカルに夢を見させて、
あれやこれや、だいぶ試してしまっている。
普段の清らかさなどまるでない。
本物のサキュバスの、それも女王の欲望を、アスカルには堪能させてしまっていた。
もちろん自分も堪能していた……。
夢の中では、二人はとっくに大人になってしまっていた。それも、かなり高度に。
アスカルも逆らわない。というか、逆らえない。逆らうつもりもない。
こんなに良いことは無いのだ……。
そのおかげもあって、アスカルは日に日に成長している。
もう目線はカミラと並ぶところにきた。
カミラと話す口調もだいぶ対等な感じになってきた。敬語では無くなったのだ。
前までのカミラであれば、それが生意気でしょうがなかっただろうが、今は違う。
むしろ背などどんどん抜いて、早く成長して、大人の男になってもらいたかった。
セラフィムに命令して、あれやこれや聞いていた時に、
セラフィムがサキュバスなのに下僕になってしまった話を聞いてしまっていた。
下僕である存在に屈服してしまう喜び……。
アスカルに置き換えて想像してみたら、もう、それを体験してみたくてしょうがないのだ。
残念ながら今のアスカルだと、まだまだ全然耐えられない。
何しろカミラは女王なのだ。
セラフィムなどとは比較にならない強さだ。
相当頑張らないと難しいはずだ。
そのためにも早く、色々耐えられる男になってもらわないと困る。
二人はあずまやに着くと、ちょっと軽く会話をしたら、いそいそと寝る準備をし始める。
その後、2時間ほどかけて、夢の中でいちゃついた。
夢から覚めたら、しばらく余韻を楽しむ。
結婚したらこれが夢ではなくなるんだなぁ、と思いながら、
カミラとアスカルは二人で周りの風景を寄り添いながら見ていた。
こんな幸せな時間があるんだな、と。
舞踏会も幸せな時間だったけども、この瞬間も、愛おしくなるほど幸せな時間だった。
帰り道、夕焼けに照らされながら、二人で田園風景の中を歩く。
二人の手は繋がれたままだ。
カミラは思う。
アスカルがあの時、自らの命の危険など顧みず自分のところに来てくれたからこそ、今の自分がある。
あの時に繋いでくれた手の温もりと力強さは、決して忘れない。
この手が無ければ、私は力に目覚めることも無かった。
サキュバスの女王になることもなく、愚かな勘違いをしたままの家畜として生きていただろう。
無力で何も役に立たない、邪魔な存在でしかなかった自分。
癒しを与えてあげることも、
優しく抱きとめることも、
こんなにも想ってくれてありがとうと手を取ることも、
何も出来はしなかった惨めな自分。
今はあの時とは違う。
癒しを与えてあげることもできる。
優しく抱きとめることもできる。
そして、こんなにも想ってくれてありがとうと、手を握り返すことだって出来るのだ。
アスカルの手を握るカミラの手に力がこもってしまう。
「……どうした?カミラ?」
「うん。アスカルと手を繋いでて、幸せだなぁ、って……」
「当然だよねw」
「……そういうとこ、ほんと変わらないよね……?」
カミラはちょっと握っていた手の力を抜く。
離してみようかななんて思ってみたが、その手は離れなかった。
「何、手を離そうとしてるの……?」
「どうなるかなぁ……と思って……」
「この手は……離さないよ……?」
「どうして……?」
アスカルが優しく微笑みながらカミラに答える。
「僕の幸せごと、手離してしまう気がするから……。だから、絶対……離さない……」
カミラは嬉しくなって、先ほどよりも力強く握り返す。
「ほんと、生意気なんだから……w」
二人は手を繋ぎあって、これからも生きていくだろう。
出会った頃、少年に見上げられるようにして、少女はその手を握っていた。
今、夕日に照らされた二人の影は、見下ろすでも、見上げられるでもなく、
お互いが肩を並べて寄せ合い、手を繋いだ一つの影となる。
影のかたちは男と女に変わっていたが、その繋いだ手の温もりと力強さは、永遠に変わらない。
互いが想いあい、信じあい、愛しあう限り、繋いだ手が離れることは無いのだ。
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