御遊戯結社

トップ  ⇒ むーどす島戦記リプレイ  ⇒ 「繋いだ手」

←[ 1話前の話へ] [このページ]  [次の話へ]→


読み切り小説
「繋いだ手」
カミラ&アスカル
(作者:むーむー)

●目次

〇カミラ・マーモの姫君
〇二人の出会い
〇コッツィ
〇あずまやの秘め事
〇セラフィム
〇サキュバスの夢
〇愛の言葉
〇アスカル・責任と決意
〇ライトネス
〇ウェルスガルド
〇舞踏会
〇繋いだ手

〇サキュバスの夢

それからひと月ほど経った。
カミラは大人しく謹慎していた。
一応、寝室で寝ていても誰にも文句を言われなかった。ほっとした。
自分の立場が外向きにどう伝わっているかは分からなかった。
特に大きな騒ぎになってもいないようだ。
元々政治的な仕事は多くは来なかったし、外に出ることも無い仕事ばかりだったが、
書類などは全てセラフィムのところに行っているようだった。
家畜に仕事はさせられない、ということだ。

コッツィは今までと変わらずカミラに接していた。
コッツィの傷を魔法で癒すことはセラフィムが罰として禁じていたそうで、完治するのに数週間かかった。
健康的で美しかったコッツィは傷跡がいっぱい残る体になってしまった。
カミラはそれだけは許せなかった。
セラフィムの顔を思い浮かべるだけでも未だに恐怖してしまうが、本当にこれだけはどうしても許せなかったのだ。
だが何を出来る訳でもない。
コッツィには本当に悪いことをしたと思ってしまう。
コッツィは笑いながら
「夢見せる分にはどうでも良いことだし、こういう体の方が良いっていう男もそこそこいるから、
問題ナッシングだねぇw」
とは言っていたが、いつか治せる機会が訪れるなら治してあげたかった。
他のメイドはセラフィムの言いつけ通りカミラの面倒は見なかったが、
コッツィがやらなくてはならない別の仕事を分担で引き受けていて、
彼女がカミラの世話を焼く時間を増やしてくれていた。
みんな元々カミラ付きのメイドなのだ。
そのくらいはこっそりやってくれていたのだ。

コッツィは毎週、あずまやの様子を見に行ってくれていた。
アスカルは毎週、そこに現れて、ずっと待っているそうだ。
3時間ほど待って、しょんぼり帰っていくそうだった。
時折、アスカルの文がカミラ宛てに届いていた。
カミラはそれを見るのが怖くて、封も開けずにしまっていた。
約束を破る女として嫌われて、そのうちアスカルがあずまやに来なくなることを待つしかなかった。
嫌われたくはない。
でも、どうしようもないのだ。

カミラは自室からバルコニーに出た。
山の上に建っている屋敷の2階部分にあるバルコニーからは、岩山の上に建つライトネスの屋敷や、
ブラスの西にある海などが全て一望でき、見晴らしは最高に良かった。
夕日はとうに落ちて辺りは暗かった。
もうじき眠る人たちもいる頃だろう。
カミラは気分がふさぎ込んだりすると、バルコニーに出て、しばらく風景を眺めることが多くなった。
外に出れなかったが、風景が見れるだけでもありがたかった。
ここからあずまやが見れないかと思って頑張ったこともあるが、
ちょうど山の木々に隠れるような形になってしまっていて、見ることは出来なかった。
逆に言えば、あずまやからも、こちらは見えないだろう。
その方が、未練が立ち切れて良いのだ、と思うことにした。

カミラがしばらくそうして風景を眺めていると、ふと、物音がすることに気が付いた。
屋敷の北側の森の中から、何かがさがさという音が聞こえてくる。
山の上の森の中に建っている家だ。
近くに獣でもいるのだろう。
山の中にはシカやイノシシなどの野生動物も多い。
たまに見かけることもある。
そんなに珍しいことでもないので、何が姿を現すのかと、しばらく眺めていた。

がさがさいう音が続き、近くまで来たようだ。
姿を現したのは、傷つき、血だらけになった、アスカルだった。

「アスカル!?」

アスカルはその声を聞いてカミラを見上げる。
苦しそうではあるが、真剣な目をしていた。

その時、侵入者がいるようだぞ!という兵士たちの声が遠くから聞こえてきた。
カミラ邸の警備は元マーモの兵士に一任されている。
カミラ邸はブラス村にあるとはいえ、自警団でも警備の手出しをさせていない。
カミラ邸への侵入を許したとあっては、マーモの兵士の名誉に関わる。
見つかれば、侵入者は間違いなく殺されてしまう。

アスカルは血だらけだ。
戦った訳ではないようだが、山に侵入するのに無理をし過ぎたようだ。
この山の上の屋敷に見つからないよう入ってくるために、
人が通るのなど不可能なルートを無理して通ってきたに違いない。
多分その過程で大怪我を負ったのだ。
大人ですら昼に歩くのも大変な山の中だ。
ましてや今は夜だ。
まだ8歳のアスカルがここに立っていることすら、驚きを禁じ得ない。

カミラは大急ぎで屋敷の裏口に回り、アスカルを屋敷の中に招き入れる。
心臓をバクバクいわせながら、自分の寝室に急いで匿う。
屋敷の中で誰にも見つかっていないのが奇跡だ。
普通ならあり得ない。
何に感謝して良いのか分からないが、とりあえず感謝の祈りを口にした。

アスカルの様子を見る。
血が止まっていない。
動けば傷が開きそうだったので、床に座っているように言う。
そこにジワリと血が広がる。
このままでは死んでしまうかもしれない。
血を止めるには、布などを用意して縛るしかないかもしれない。
ベッドの布を割こう。
取り急ぎ簡単な応急処置をする。
酷い傷だった。こんな処置で足りるかが全く分からない。
人を呼んで治してもらうか。
いや、無理だ。
見つかれば警備の者を呼ばれ、間違いなく殺されてしまう。

はっと気付いて慌てて廊下に出る。
廊下には点々と血の跡が続いていた。
恐らく屋敷の外にもあるのだろうと思う。
これに気付かれ、家探しをされれば一巻の終わりだ。
普段手に取ったこともない、モップのような掃除道具で見えるところから必死に拭き取ろうとする。

「何をしてるの……?」

声をかけられて心臓が止まりそうになる。
コッツィが心配そうにカミラの様子を見ている。
見つかったのがコッツィで良かった。
これが他の子なら本当に終わりだった。

「コッツィ、一生のお願い! 助けて!」

カミラは小さな声で急いで正直に話した。
侵入者のアスカルを匿っていること。
家の中にも外にも恐らくあの子の血の跡がありそうなこと。
見つかれば殺されてしまうだろうということ。
それだけは何としてでも防ぎたいこと。

コッツィは、青い顔をして話を聞いていた。
だが、カミラのお願いをすぐに聞いてくれた。

「ここはどうにかする。屋敷の外の痕跡から速やかに消してくるよ。
 とにかく、屋敷に兵士は入れさせない。
 もう部屋に戻って……。
 他の子たちを巻き込みたくないから見つからないようにしてて。
 ……あー、……後のことは、ゆっくり考えよ?
 バレたら、今度は一緒に、酷い目に合おうね……w」

コッツィはウィンクしながらそういうと、振り向かず走っていった。
バレたら酷い目どころか、セラフィムに殺されるだろう。
それでもコッツィは頼みを聞いてくれた。
嬉しくて涙が出てきた。
カミラは目に見えるところの血の跡だけを急いでふき取り、言われた通り部屋に戻った。

部屋に入りアスカルの様子を見る。
床の血の跡がさっきより広がっている。
出血が酷い。見ていて痛々しい。

リスモアの次期当主といえるアスカルだ。
マーモの兵士が殺したとあればとんでもない外交問題になる。
戦になるのは免れないだろう。
マーモの兵士が殺さなかったとして、ここで死ぬのなら話はたいして変わらない。
子供といえ、いたずらに心を弄んではいけない存在だったのだ。
カミラは泣きそうになる。

屋敷の周りは侵入者を探す兵士たちの声で騒々しくなってきている。
殺気立った声が辺りから聞こえ始めている。

――コッツィ、お願い、上手くやって!

目を閉じて必死に祈る。
そんなカミラにアスカルは静かに声をかける。

「やっと、会ってくれましたね……。
 あの後、急に来なくなったから嫌われてしまったのだと思いました……」

カミラは手を触れようとしたが、一瞬躊躇する。
こんな状態で触ってしまえばどうなるのか……。

抵抗も出来ず、すぐに夢に落ちるのだろうか?
意識は戻ってくるのだろうか……。不安過ぎる……。
それとも変に欲情を駆り立てて興奮させ、もっと血が出てしまうのではないか……?

なんなのだろう……。
この子にとって、何も良いことにならない……。
自分は、なんて無力で役に立たない、邪魔な存在なのだろう。
癒しを与えてあげることも、優しく抱きとめることも、
こんなにも想ってくれてありがとうと手を取ることも、何もできはしない。

幼い子を惑わせ、ただいたずらに心をかき乱し、命すら危うくさせてしまっている。
セラフィムに謹慎を言い渡されたときの、無力感など比べものにならないほどの虚無感が、カミラを襲った。
苦しくて、言葉が出てこない。
涙が止まらない。

「泣かないで……? ね?」

アスカルの手が、涙を拭ってくれる。
頬を触れられた。
その手をそっと握る。
自分を慰めてくれようとするアスカルの優しさに救われる。
こんな幼い子に、年上の自分が救われてしまっている。
なんて恥ずかしいことなのだろう。
握る手に力がこもってしまう。

「僕はここに来るのが危険なことを承知で、それでもあなたに会いたい一心で、自分の意志で来たんです。
 怪我を負ったのも僕のせいです。あなたが悪い訳じゃない。
 この怪我は僕の誇りですよ……?
 怪我は男の勲章らしいですからね……?w」

この期に及んで、生意気だ……。
だが、無理をして言ってるのが分かる。
流れる血が止まらない。
アスカルの体温が下がってきている気がする。
このままでは、本当に死ぬ。
コッツィはここにいるように言っていた。
匿えば済むと思ってくれている。
だが、どうやら、事態はそんな生易しいことでは無かったようだ。

――アスカルが死んでしまう……。

そう思うだけで、この身が張り裂けそうになる。

まずい、このままここにいさせては、必ず死んでしまう。
匿ってる場合ではない。
だが、外に出せば殺されてしまう。
焦れば焦るほど、頭の中にもやがかかったようになる。
まるで冷静に判断が出来ない。

アスカルを握る手に力がこもってしまっていた。
アスカルは安心させようとしてか、さらに生意気なことを言ってくる。

「大丈夫ですよ……?こんな事じゃ死なないはずです……。
 僕は日ごろの行いが良いですからね……?
 ましてや、ファリスの聖女の弟ですよ?w
 信心深さのおこぼれをいっぱいもらってるはずですよ?w」
「……生意気よ……。心配なんて、そんなにしてないんだからね……」
「大丈夫……大丈夫……で……すよ」

アスカルが不意に力を無くしたようになる。
カミラは慌てて抱きかかえようとして、握っている手を離そうとするが、離れなかった。

「この手は……離しませんよ……?
 やっと捕まえたんですからね……。絶対……離さない……」
「馬鹿っ……そんなこと、言ってる場合じゃない……!」

眠りに落ちようとしてるのか。
それとも、死ぬ寸前なのか。
もうカミラには分らなかった。
だが、このままでは、絶対にいけない。
手を離そうにも離してくれない。
いや、違う。
自分だって離したくないのだ。

――誰か、助けて……。 私はどうなっても構わない……。 だから、アスカルだけは助けてあげて……!

願ったところで二人しかいない。
こんなのは意味が無い。
そんなことを願っている間に、もっと具体的な何かをしなければ、本当にアスカルは死んでしまう。
分かってはいるが、願わずにはいられなかった。

自分がどうなろうとも、他者を救いたいとする願い。
何もかもを投げうってでも、この命だけは守りたいとする、純粋で強い想い。
カミラの中の何かが、目覚め始めていた。

妖魔として、マーモの元王族として、サキュバスの女王として、
高い妖力と魔力と魅力を持ち合わせてはいたものの、眠ったままになっていた、本来の彼女の力。
天狗になっていた鼻をセラフィムに簡単にへし折られ、粉々になったプライドと共に失ったと思っていたサキュバスの力。
女の魅力が必要だと勘違いをし続け、背伸びをして一生懸命得ようとしていた彼女のサキュバスとしての力は、
思わぬところに眠っていたのだ。

彼女の願いとともに、カミラの体は薄っすらと光り始める。
妖魔が持つ禍々しい気配など一切感じさせない、清らかで輝かしいオーラ。
その光はどんどん増していく。
王族であり、サキュバスの女王でもある彼女が持つ、圧倒的なまでの光りと輝き。
それはカミラの持つ、サキュバスとしての愛の力。
カミラが司る愛の力は、アガペー。
献身の心、与える力、癒しと守りの愛。
セラフィムなどが持つエロスの力の対極。
この愛の力はなんぴとたりとも防げない。
神の如く慈しむ愛の前には誰しも無力。
癒され、溶かされ、赦されて、幸せで清らかな眠りを得る。

アスカルの顔から苦しみや痛々しさが消えていく。
だが、この力では、まだ足りない……。
これでは心を癒せても、傷は癒せない。
流れる血を止めることは出来ない……。

――お願い!! アスカルを死なせたくない! もっと力を……!

カミラは声にならない叫びをあげる。
自分の持つ力が分かったことなど、どうでも良い!
そんなのは無限に与えたって構わない!
今はもっと、この子を助ける力が欲しい!

――汝の、願いを、聞き届けよう……。

どこからか、声が聞こえてきた。
カミラはすかさずすがる。

「この子に癒しを! 血を止めて!」

その刹那。
カミラの体が、眩い光に包まれる。
何かが流れ込んでくる。
一瞬、我を忘れるかのような、恍惚感が体を包む。
自分が癒されたかのようだった。
この時、カミラは何かを掴んだ。
この世の理、もしくは、偉大なる力の恩寵、圧倒的な存在への架け橋。
何かを得たのだ。

――汝の欲すること、成したいことを成すが良い……。

その声が聞こえた時、カミラは一つ悟った。
誰に教えられた訳でもない。
だが、絶対的な自信が急に湧いてきた。

アスカルを、助けられる!

そう、今、自分は、何か凄いものから、力を授けられたのだ。
それを、今、使え、と言われている気がした。
私が欲していること。そんなの決まっている。
この子を救いたい!
神でも、悪魔でも、何でも良い。
この子が助かるなら、この身を捧げることになるのだとしても構わない!

純粋な救いの気持ちが、そのまま全て光となって集約され、アスカルに降り注ぐ。
アスカルの傷はみるみるうちに癒えていく。
彼女の行った奇跡は、あっという間にアスカルの傷を癒しきってしまった。

だが、傷を治し終わったというのに、彼女の妖力と魔力は止まらない。
止める術を彼女は知らない。
カミラはサキュバスの中のサキュバス、サキュバスの女王だ。
そのカミラの力が、とどめることを知らない本物の力が、一気に放出される。
放出したあと、カミラは意識を失い、その場に倒れてしまっていた。

この夜、ブラス村を中心として、半径5kmくらいの領域に、巨大な光のオーラが放出された。
その光に包まれた者は、誰一人、何一匹、抵抗することも出来ずに、全員が眠りに落ちてしまったという。

一部、火を使っているところでボヤ騒ぎになっていたり、風呂の中で眠りこけて酷い目に合ったり、
馬に乗っていた者は馬ごと眠りに落ちて落馬し怪我をしたなど、
被害は少々出たものの、大火事になったり死人が出るようなことはなく、大事には至らなかった。
夜も遅いこともあり既に眠りについていた者も多く、被害がその程度で済んだのは、奇跡的だった。

眠りに落ちた者の証言は皆一様に同じで、幸せで満足するようないい夢を見たという。
誰もが幸せな気分に浸り、人によっては死別した愛する妹と抱きしめ合っている夢を見ては涙し、
別の者は亡き母が現れて、やりたいようにしていいと頭を撫でてもらうという夢を見て嬉しくなり、
ある者は死に別れてしまった愛する男との出来事を思い出し、強く生きようと元気をもらったりしたという。

←[ 1話前の話へ]  [このページ]  [次の話へ]→


●本コンテンツについて

・本コンテンツは同好者の間で楽しむために作られた非公式リプレイ内のショートストーリーです。
・個人の趣味で行っておりますので、のんびり製作しております。気長にお待ちいただきながらお楽しみください。

・原作の設定とは無関係の設定が出て来たりしております。あくまでこちらのコンテンツは別次元のお話と思ってください。
・本コンテンツの制作にあたり、原作者様、出版社様とは一切関係がございません。
・TRPGを行うにあたり、皆が一様に分かる世界観、共通認識を生んでくださった原作者様と、
 楽しいゲームシステムを販売してくださった関係者の方々に、深く感謝申し上げます。

●本コンテンツの著作権等について

・本コンテンツのリプレイ・ショートストーリーの著作権はむーむー/むーどす島戦記TRPG会にあります。
・本コンテンツのキャラクターイラスト、一部のモンスターイラスト、サイトイメージイラスト等の著作権は、
 むーむー/マーコットPさん/アールグレイさんにあります。
・その他、原作、世界観、製作用素材については以下の権利者のものとなります。

●使用素材について

・本コンテンツは以下の製作者、原作者、製作素材等の著作物を使用して製作されています。

【プレイヤー】

・トゥナ・P
・マーコットP
・ヤトリシノP
・むーむー(GM)

【挿絵・イラスト】

・マーコットP
・むーむー

【キャラクター(エモーション・表情差分)】

・マーコットP
・むーむー

【使用ルール・世界観】

・ロードス島戦記
 (C)KADOKAWA CORPORATION
 (C)水野良・グループSNE
・ロードス島戦記コンパニオン①~③
 原案:安田均、水野良、著者:高山浩とグループSNE
 出版社:角川書店

【Web製作ツール】

・ホームページデザイナー22
 (ジャストシステム)

【シナリオ・脚本】
【リプレイ製作】

・むーむー

【ショートストーリー・小説製作】

・トゥナ・P
・マーコットP
・ヤトリシノP
・むーむー
 (むーどす島戦記TRPG会)

【製作】

・むーむー/むーどす島戦記TRPG会

←[ 1話前の話へ]  [このページ]  [次の話へ]→