'99年10月


「ヒトラーの防具」上 ☆
帚木蓬生 新潮文庫

 「閉鎖病棟」「臓器農場」の帚木蓬生だけど医学ミステリーでは無く、歴史サスペンス。
 日本経済新聞社刊「総統の防具」の改題。
 1938年ベルリン、日独混血の駐在武官補佐官幸田光彦が主人公、ナチス・ドイツが舞台。父の祖国ドイツの現実に直面し、幸田は幻滅を覚えていく。そして、ユダヤ人女性ヒルデとの恋や、ヒトラとの関係など…。ナチス・ドイツの台頭、「水晶の夜(kristallnachat)」やそして敗戦までをリアリティに描いていて面白い。


「ヒトラーの防具」下 ☆
帚木蓬生 新潮文庫


「ブラック・マライア」☆
- The Black Mariah - Jay R. Bonansinga
ジェイ・R・ボナンジンガ 福武文庫

 モダン・ホラー。導入部から抜群の面白さ。
 黒人のルーカス、相棒の女性ソフィーが運転する巨大トラック「ブラック・マライア」。二人は「呪いで車が停められない」という男メルヴィルからの無線をキャッチする事から始まるホラー。メルヴィルを救うべく行動する二人にも呪いが待ち受けている。
 米国の州間道路、巨大トラック、無線を使った交信など、特異な場と小道具を使いながらスピード感と緊迫感のあるドラマ展開になっている。ルーカスとソフィーの関係や、メキシコ人の少年のエンジェルの描き方など、弱者に対する愛情に溢れていていい。


「秘密」
東野圭吾 文藝春秋

 「週間文春」ミステリーベスト第3位、「本の雑誌」日本のミステリーベストテン第1位。
 映画「秘密」の原作。どちらかというと、映画と比較しながら読んでしまった。原作が映画と大きく違うのは、事故の時の年が小学校6年という事、ラストの秘密のバレ方が映画ほど明確でない事、バス運転手の遺族の関りがもうちょっと複雑な事ぐらいか。残りはほぼ、原作をそのまま取っている感じ。

 原作はずっと父親の視点に立っているから判りやすい。映画では娘の視点で感情移入してしまうと、感覚的にふらついてしまうので判りにくくなるかも。この辺、映画化において工夫が足りなかったなあと思う。

映画「秘密」感想


「フェデリコ・カルパッチョの優雅な倦怠」
 フェデリコ・カルパッチョ 訳と註 小暮修 幻冬舎

 「エル・ジャポン」、「クレア」などに載せたものの書き下ろし。イタリア人のカルパッチョの旅行、という体裁だけど、これはほんとにイタリア人?多分、訳者の小暮修が書いていると思う。
 文章はちょっと面白いけど、内容は大した事ない。何しろラテン的な能天気さと、快楽主義が出てないからイタリア的な楽しさは無い。


「ランゴリアーズ」
Four Past Midnight (I) - Stephen King -
スティーブン・キング 文春文庫

 「ランゴリアーズ」、「秘密の窓、秘密の庭」の中編のニ作。しかし、キングの中編は普通の長編分はたっぷりある。
 「ランゴリアーズ」はTVドラマで映像化されているのを先に観ているので、それの追体験という意識が強かった。飛行中のジャンボジェット機から残された11人以外の全員が突然消えてしまう。残された11人は元の世界へ戻ろうとするが…。設定も面白いが、キングらしくストーリでぐいぐいと引っ張っていくパワーを楽しめる。最後まで読んでも、事件については説明不足な気がするが、まあ、そこを気にさせないで読ませてしまうのがいかにもキングか。
 もう一作「秘密の窓、秘密の庭」は盗作疑惑の話だけど、個人的にはイマイチだった。


「ダーティホワイトボーイズ」☆
スティーヴン・ハンター 公手成幸訳 扶桑社ミステリー
- Dirty White Boys - Stephen Hunter -

 「ブラック・ライト」「極大射程」の正統的なヒーロー物語とはまるで違う路線で驚いた。
 終身囚ラマー・パイ、その従弟のオデールと、元美術教師の三人がマカレスター重犯罪刑務所から脱走する。殺し、盗み、人質を取り逃げまくる。ラマー・パイは徹底的な悪人でありながら、そのカリスマ性を上手く出しているのが面白い。
 それを追うパトロール巡査のバド・ピューティも、単なるヒーロ像では無く同僚を失い、不倫に悩みという等身大の人間味がいい。面白かった。


「汚染 イェローストーン完全封鎖」
レス・スタンディフォード 創元ノヴェルズ
- Spill - Les Standiford

 イェローストーン国立公園でタンクローリが横転事故を起し、そこから軍事用に開発されたエボラ・ウィルス並の凶悪な病原菌が広がる。
 著者はフォレスト・サービス、パーク・サービスに従事していただけあって、公園には詳しいかもしれないが、病原菌についてはリアリティが無い。「ブレイクアウト」「ホットゾーン」などのバイオ・パニックものと比較するとてあまりに貧弱。自然公園を舞台としたサバイバルものという面でもイマイチかも。


「アナスタシア・シンドローム」
ミアリ・H・クラーク 新潮文庫
- The Anastasia Syndrome and Other Stories - Mary H.Clark

 五編の中編集。
 「アナスタシア・シンドローム」のアナスタシアは帝政ロシア最後の皇帝ニコライ二世の第四皇女。最近でも、アニメ「アナスタシア」が作られているているぐらい有名。しかし、このアナスタシア・シンドロームは、架空の薬物による人格転位、多重人格の意味。クラークには珍しく超自然的な雰囲気が強い。この作品が全体に半分ぐらいで、短い長篇分はある。
 「同窓会の恐怖」はタイトル通り、同窓会を舞台にしたストーカーもの。
 「ラッキー・デー」は、解説にもあるようにオー・ヘンリーを連想させる皮肉なストーリ。
 「二重の鏡像」は双児を扱った、これまた超自然的な設定。
 「迷子の天使」は迷子の子供の、ほのぼのとした物語。
 
 全体にはイマイチ。他の長篇の方が好き。


「屍の聲」☆
坂東眞砂子 集英社文庫

 「屍の聲」「猿祈願」「残り火」「盛夏の毒」「雪布団」「正月女」の六編のホラー短編集。
 因習、風土、情念、呪縛といったテーマを扱う、「死国」「狗神」などの他の坂東眞砂子と同じ様な作風。
 どれも完成度が高いが、特に「猿祈願」「正月女」の精神にカリカリとひっかかってくる感じが上手いと思う。


「家族シネマ」
柳美里 講談社文庫

 三本の短編集。
 表題作は、第116回芥川賞受賞作であり、映画「家族シネマ」の原作。映画の追体験という感じで読んでしまったが、文章もいい感じ。映画が結構、原作に忠実だったのが意外。
 他に、同棲中の女の心情を描く「真夏」、転校生のいじめをテーマにする「潮合い」。
 いじめとか登校拒否との生々しさが上手くてヤな感じ。それが柳美里の味なんだけど。

映画「家族シネマ」感想


「地獄からのメッセージ」
A.J.クィネル 新潮文庫
- Message from Hell - A.J.Quinnell

 クリーシィ・シリーズ第五弾。クメール・ルージュの美しく残虐な女戦士コニー・ロン・クラムがクリーシィにかけた罠。まあ、平凡な展開ではあるけどではあるけど、最後の戦いなどは結構読ませる。
 「極大射程」などのスティーブン・ハンターと比較したくなって クィネルを久しぶりに読んでみる。


「肝臓先生」
坂口安吾 角川文庫

 「魔の退屈」「私は海をだきしめていたい」「ジロリの女」「行雲流水」「肝臓先生」の五編。
 「肝臓先生」は映画「カンゾー先生」の原作で、確認のために読んでみる。まあ、映画化は随分と話を膨らませてあって、イメージも随分と違う。基本設定は同じだけど。


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