'99年7月


「アクセプタブル・リスク -許容量-」
- Acceptable Risk - Robin Cook
ロビン・クック ハヤカワ文庫NV

 ロビン・クックの新刊を追っかけてたのは、11作目の「ブラインドサイト」あたりまで。久しぶりの、この「アクセプタブル・リスク」はクックの15作目。
 ロビン・クックは、いつも完成度としては高く安心出来る。面白かった。

 セーラムにおける300年前の魔女裁判の原因が麦角による中毒と考え、そこから新薬を作り出そうとするエドワード。その恋人であるキムは、魔女裁判の犠牲となったエリザベスの子孫で、祖先の汚名をはらそうとする…。
 ストーリに意外性という面は少ないが、新薬を作ろうと躍起になる化学者の拝金主義を批判する目がいい。マッドサイエンティストっぽさが、かなり恐い。脳の基幹と原始化というと「アルダート・ステーツ」を連想させた。
 後半の舞台設定からして、怪奇幻想ゴシック趣味を出そうとしているのかと思ったが、その辺は活かされていない。


「フリッカー、あるいは映画の魔」 ☆
- Flicker - Theodore Roszak
セオドア・ローザック 田中靖訳 文藝春秋

 とてつもなく面白かった…。この数年で読んだ小説の中ではベスト。去年の「このミス」のNo.1だったので楽しみにはしていたが、これほど面白いとは思ってもいなかった。自分にとってはこれほど面白い小説は一生のうち、何度も会えないだろう。
 しかし、人に勧めるとなると躊躇してしまう。特に映画の部分はあまりにマニアック過ぎてイヤになる人が多いかも。

 「薔薇の名前」を連想する人が多い。ウンベルト・エーコも確かに面白いけど、「フリッカー」の博覧強記、トリヴィアで構築された「虚実皮膜の間」の世界にはクラクラくる。エジソン、リュミエールからグリフィス、さらにオーソン・ウェルズは出てくるし(端役だけど)、エド・ウッドの映画まで出てくる。さらに、実は紀元前まで遡る宗教史まで絡んでくる。特に中世の異教オカルトの絡み方は「薔薇の名前」を意識しているのかもしれない。
 面白く、そして恐かった。読む前の自分とは違う人間になってしまったような感覚を抱かせる、そんな小説だった。


「買ってはいけない」☆
週間金曜日 別冊ブックレット(2)

 面白かった。この本で生活が随分と変わってしまった。
 「週間金曜日」の連載企画「買ってはいけない」の96/12〜99/4にとりあげた「おすすめできない商品」。 ジャンルも食べ物、飲み物、洗剤、化粧品、薬、雑貨などなど広い範囲。
 今までも、悪いと思っていても避けて生活する方法が具体的に判らないものが多かった。しかし、「買ってはいけない商品」を買わないでも、立派に生活出来る事を教えてくれたという点が、一番凄い。
 以前からファーストフードには近付かないし、インスタント食品は買わないし、味の素は嫌いだし、殺虫剤類はすべて避けてきた「買ってはいけない」な生活をしていたけど、さらに拍車がかかって、石鹸はシャボン玉石鹸にして、シャンプーも無添加に変えたし、電気ひげそりは止めてジレット・エクセルだし、まるで洗脳されたがごとくのめり込んでいく自分が恐い(^^;)。
 根本にメディアによる消費生活のコントロールという事があるのだが、そこが一番問題。

「週間金曜日」ホームページ


「子供たちはどこにいる」
- Where are the Children - Mary Higgins Clark
メアリ・ヒギンズ・クラーク 新潮文庫

 メアリ・H・クラークを読むのは、多分、初めて。初出は1977年10月に河出書房新書より単行本になったものなので、結構古い。確かに文章や構成のスタイルも、古い印象を受ける。最近の作家なら、もっと膨らまして三倍ぐらいの厚さにしそうな気がする。
 しかし、短い分、非常にあっさりとしたいい印象を受ける。
 7年前の実子殺害事件の容疑者の主人公ナンシーは、有罪を逃れて名前を変え、マサチューセッツのケープ・コッドで新しい生活を始めていた。新しい夫と、二人の子供に恵まれたが、7年前と同じ様に子供が消えた…。サイコ・サスペンスであるが、犯人の心理的サディスティックな性格が恐い。


「誰かが見ている」
- A Stranger is Watching - Mary Higgins Clark
メアリ・ヒギンズ・クラーク 新潮文庫

 「子供たちはどこにいる」に続いて読む。二年半前に妻を殺されたスティーブが主人公。一人息子と恋人を誘拐される…。面白い…けど「子供たちはどこにいる」とパターンが一緒。過去の犯罪にトラウマに持った主人公が、同じような犯罪に巻き込まれ、今度は窮地を脱するというパターン。犯人は前回の事件と関係があるし。
 パターンは読めていても、結構ハラハラするし、細かい描写が上手いので楽しめる。死刑制度の賛否を軸に持ってきているのも上手い。


「アジア道楽紀行」
森枝卓士 ちくま書房

  森枝卓士は「アジアラーメン紀行」(徳間書店),「食の旅アジア」(TBSブリタニカ)を読んだ事があるが、前の貧乏臭い旅行から一転、大人のための道楽なアジアの旅についての旅行案内。しかし、元が貧乏臭いだけに、どうもイマイチ中途半端。オリエントエクスプレスによるマレー半島の旅、「ぱしふぃっくびいなす」によるクルージング、ラッフルズホテルなどなど…だけど、なんか「無理して贅沢してみましたー」ってのが見え見えで、伸び伸びとした感じがしない。貧乏旅行の方が似合っているんじゃないだろうか。
 邱永漢ぐらい金持ちの旅行の本だと、贅沢な感じがうまく伝わるんだけど。


「アジア笑って一人旅」
長崎快宏 PHP文庫

 内容的には、低予算のアジア旅行術。安い食事や宿探しから、旅行者や現地の人々との交流などにも主眼をおいている。地域的にはマレーシア、シンガポール、タイが主。
 著者は海外で「味の素」というニックネームを自称しているらしいが、味の素みたいにアジアの味覚を侵略している悪害を名乗るというセンスが信じられない。内容も平凡でイマイチ。アジアに対する視点が面白くない。


「東南アジアの屋台がうまい!」
長崎快宏 PHP文庫

 「アジア笑って一人旅」の著者。 
 1992年発刊「食は東南アジアの屋台にあり」の文庫本化。題名から屋台グルメものと思っていたが、内容は単なるアジアの貧乏旅行モノ。それも平凡な中身。P31では「京都麺」を「香港人がイメージした日本料理のひとつ」とか紹介しているけど、「京都」は北京を意味するから北京風麺だと思う。こういうミスをする著者や、それをチェック出来ない出版社は情けない。


「ラ・ヴィタ・イタリアーナ」- La Vita Italiana -
坂東眞砂子 集英社

 「La Vita Italiana」は直訳すれば「イタリアの生活」(ちなみに映画「ライフ・イズ・ビューティフル」は「La Vita e Bella」)。
 坂東眞砂子は「死国」狗神」蛇鏡」とホラーばかり読んでいるが、これはイタリアに関するエッセイ。日本の田舎で過去の因縁に縛られたホラーと、能天気なイタリアのエッセイが同じ著者から生まれるというのはちょっと驚きであり、そこがまた面白い。
 前半は「旅の涯ての地」の執筆のために滞在したパドヴァとヴェネツィアの話。後半はタヒチに移ってからイタリアを再訪した時の話。イタリアの知り合いから、日本人がイタリアで生活する大変さをよく聞いているので、特に前半のイタリアに住む事になった時の騒動が面白く読めた。

ローマ(1997/4/11〜21)の旅行記録
イタリアに行く前に読んだ本
イタリア関連リンク


「閉鎖病棟」 ☆
帚木蓬生 新潮文庫

  面白かった。帚木蓬生と言えば、1993年の吉川英治文学新人受賞作「三たびの海峡」を読んでかなり面白かったという記憶はあるのだが、それ以降は読んだ事なかった。
 舞台は精神病院。現役精神科医の著者だけあって、患者である登場人物を見る目は、好奇心でも同情でも差別でも無く、非常に客観的であり、そこがこの小説をかなり面白くしている点である。
 精神病院に何十年も住む気持ち、そして病院の外へ出るのを恐れる気持ちが、最後には共感出来てしまう。ラストの上手さも見事。


「江戸アルキ帳」
杉浦日向子 新潮文庫

 サンデー毎日に1985年7月28日号〜1988年1月31号までに連載されたもの。タイムマシンで江戸時代に行き、散歩するという設定。特に有名な場所でも無く、また事件がある訳でもない、実に日常的な所がいかにも散歩っぽくてよい。文章半分、半分は杉浦日向子の絵。
 しっかし、杉浦日向子はまるで見てきたようによく書けるもんである。感心。


「日本国の研究」☆
猪瀬直樹 文春文庫

  文藝春秋1996年11月号〜1997年1月号連載、単行本化は1997年、文藝春秋読者賞受賞。
 猪瀬直樹 は信用できるジャーナリストの一人。この本も凄く面白かった。行革を妨げるもの、官僚国家の日本の暗部を暴いている。話は各方面に渡り、すべてを理解するのはなかなか難しいのであるが、税金を払って入る身としては腹立たしい事ばかりである。
 この構造の始まりが田中角栄の日本列島改造論にあり、あの時代に大蔵省が誇りを失いはじめたと、あとがきで著者本人が書いているが。なるほど、「田中角栄研究」も読まねばならないか。


「今日は死ぬにはもってこいの日」
- Many Winters - Nancy Wood
ナンシー・ウッド めるくまーる

 米国での出版は1974年。著者がニューメキシコのタオス・プロブロ・インディアンとの交流から、その言葉をまとめたもの。
 西欧的な価値観から大きな隔たりがあるために米国では新鮮な感じで受けとめたのだろうけど、日本人なら半分ぐらいは共感が先にくるのではないかな??


「第四の母胎」
- The Fourth Procedure - Stanley Pottinger
スタンリー・ポティンジャー 新潮社

 肝臓が抜き取られ、ベビー・ドールを埋め込まれた死体が見つかるという猟奇殺人事件から物語は始まる。犯人は中絶クリニックの爆破犯であり、中絶問題からジェンダーへと問題は広がる。中盤はかなりダレて飽きてしまったが、後半の"驚きの真実"が明らかになる当たりは結構面白い。
 著者は弁護士、公民権関係の仕事などの経験を基に、グリシャムに続いて一発小説で当ててやろうという欲が見える。しかし、小説の修行をしてないのは明らかで、文章や構成が下手。グリシャムだって努力しないで小説書いている訳じゃないんだから。


「姑獲鳥の夏」
京極夏彦 講談社

 京極夏彦は今までなんとなく避けていた作家で、これが始めて読む一冊。
 前半で認知論や、憑き物、量子力学と話が飛ぶ所、蘊蓄をたれるところは結構面白い。肝心のトリックもそれほど面白くないし、探偵の京極堂にも魅力が無いし、なぜにこの人がこれほど売れるのか不思議。
 無意味に長さがあるので、冗長な感じがする。


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