英国コッツウォルズ地方、ゆるやかな丘陵に生垣で区切られた農地が続く

個人旅行のすすめ

なぜ個人旅行か? いくつかのポイントをご紹介しましょう。

自分の足で歩く

国内でも、海外でも、その地を知る最も良い方法は「自分の足で歩く」ことです。

時刻表を調べて、切符を買って、ホームで列車を見つけ、座席を探して、目的地で降りる。タクシーを拾って行先を告げ、到着したら料金を払って下りる。ホテルに着いたらフロントデスクで名前を告げてチェックインし、部屋に案内してもらう。翌朝、ダイニングルームで簡単なバイキング形式の朝食を食べて町に出る。地図を見て通りの名前と地番を確かめながら目的地まで歩く。美術館の入り口でチケットを買って目的の名画を見つける。昼食は近くのカフェでサンドイッチとビール(妻はコーヒー)を頼む。ホテルに戻って女将に近くで評判のレストランを聞く。ソムリエに地元のリーズナブルなワインを紹介してもらう。カードで部屋代を払ってチェックアウトする。ついでに駅までタクシーを呼んでもらう。

国内旅行ならこういったことを通して、自然にその地の香りを嗅ぎ、その地の人々に触れ、そうしてその地を理解します。海外旅行でも、これらを自分で行って、初めて、その地を肌で知るのです。私はこれを「自分の足で歩く」と言います。団体ツアーでは、その地を通過はしますが、その地を知ったことにはならないのです。

海外でも、個人旅行では、当然ながら自分の足で歩くことになります。それをスムーズに行うには調査と計画と準備が必要です。

しばらく前ですが、定年退職したばかりの元高校教諭と奥さまにオスロ国立美術館でお会いしました。社会科の先生だったが、退職を機にヨーロッパの歴史を勉強し直すため、ノルウェーからイタリアまで鉄道で旅行するとのこと。宿はその日その日に観光案内所で探すこと、英語は全く話せないことなども知りました。ビックリしたのは細かい字でびっしり書かれたノートを抱えていたことです。奥様曰く、ここに来るにあたって各地の美術館/博物館への道筋、歴史、主な展示品とその背景など全てご主人が10年かけて調べ済みなので後についていけばよい、とのことでした。トイレの場所がわからずにうろうろしていたところで知り合ったのですが。これが個人旅行なのです。

自分の価値観と趣好で優先順位をつける

私は美術館巡りが好きですが、欧米の主要都市でその地のすべての美術館を巡ろうなど無理な話というのも承知しています。ルーブルで一日過ごすか、それともオルセーとオランジェリーにするか、それとも2日をこの3つの美術館にかけるか、すべてあなた次第です。私の場合は後者ですが。そしてポンピドー美術館とパリ市立美術館に次の日をあてます。こういった選択は個人旅行では次から次に起こります。フィレンツで何処と何処に寄るか、優先順位を付けておいても、昼飯抜きなど珍しくもなくなります。私たちの絶対的な優先順位第一位は食事です。旅行中に身体を壊したら元も子もありません。日帰り登山では、正午までに目的地に着かなかったら、問答無用で昼食を食べて帰途につきます。

トレッキング旅行では、雨なら近くの街歩きを楽しむ、といった臨機応変の計画変更が必要です。5日間の滞在なら、一日トレッキングコースを5つ、街歩き先を3つ用意し、それぞれに優先順位をつけ、どれを選択するかはその日の天気で決定します。

訪問先決定は自分の価値観と趣好に従うべきです。旅行案内書に★いくつといった評価が乗っています。これは旅行会社的な偏見で、あなたの価値観でも趣好でもありません。これに従うと多くの場合は失望します。レストランでは高いだけで年寄りの私の口に合わないことが多々あります。あなたの価値観がしっかりしていれば、どこへ行くべきかはあなたが一番知っています。例えばナポリで、ポンベイの遺跡を訪れるか、カプリ島で青の洞窟を見るかの選択を迫られたらどうしますか。しかし、ここに来たら昼食にピザ・マルガリータを食べることに大方は異論がないでしょうが、ピザで★5つは無理でしょう。

こういった選択を楽しめるのも個人旅行だからです。

小さな冒険を楽しむ

個人旅行は危険と隣り合わせの、しかし小さな、冒険の連続です。予定通りに物事が進むとは限りません。航空便は遅れて次の便に間に合わないかもしれません。交通事故に巻き込まれるかもしれませんし、体調を崩すかもしれません。もともと個人で海外に行くなど非日常的イベントの極みです。ガイド付きツアーなら、ガイドが安全まで面倒を見てくれます。個人旅行は緊張の連続です。この心地よい緊張が精神を高揚させ、あなたを若返らせ、あなたの思考を前向きにします。

進歩の源泉は好奇心だと言います。個人旅行はあなたの好奇心をかき立てます。鉄道のシステム、バスの切符の買い方/乗り方、ホテルの朝食システム、ピザの形と味、歩行者の衣服、道路の名前と番号のつけ方、お釣りの数え方、目の前にある総てに、些細だが、日本との違いを感じ、その違いを楽しむ。そうしてあなたに変化を恐れない余裕が生まれ、あなたは少しずつ国際人になります。一方、団体ツアーでは日本人のままで帰国します。

小さな宿に泊まる

個人旅行では、ビジネス用の大ホテルや、旅行会社が団体ツアー用に勝手にクラス付けしているスーペリアクラスとかのホテルに泊まるのは止めましょう。これでは日本の大ホテルに泊まるのとちっとも変りません。最近は、この手で一寸格が落ちたホテルに中国系の団体客が集中し、万一遭遇したらその喧噪さに閉口することになります。一般にホテルの格付けには、どのくらいの規模の会議がいくつ並行に開けるかや、レストランの種類と格付けなども重要な要素として含まれます。個人旅行では、会議には参加しませんし、ホテルのレストランは朝食をたまに食べるくらいです。こんな格付けより、女将の親切さや部屋の快適さのほうがずっと大切です。

一般にモーテルと呼ばれるファミリー用の中小のホテル(日本でモーテルというと特殊なホテルを意味しますが、海外では個人旅行客用の小規模なホテルを意味します)やB&B(自宅のいくつかの部屋を貸す方式の朝食付きホテル、日本のペンションに近い)は個人旅行用に特化しています。大ホテルに比べて部屋も広く(二人の旅ならさほどの広さは不要ですが)、ちょっとした炊事ができる設備がついたり、簡単な朝食が宿泊費に含まれたりします。こってりした外食に飽きた時に部屋で料理して軽く食べるのに便利です。

こういう小さなホテルは、大きなホテルよりずっとリラックスでき、ずっと安く済む上に、より冒険的でスリリング、旅先でずっと密度の濃い時間を楽しめるからです。団体ツアーではこういう贅沢はできません。

あなただけの旅

個人旅行では、その旅はあなたが計画した、あなただけのものです。あなたが行先を決め、その地の訪問先と時間配分を決めます。時間が足りなければ、自分の好きなように時間を延長し、そこから先の計画を変更できます。さあ、個人旅行に出発しましょう。