三十一. 欧州の戦雲
叔父さんからの半年以上にわたって続けられた霊界通信もいよいよ一段落をつけるべき時期がおもむろに近付きました。他でもない、それは主として欧州全土にわたりて、かの有史以来類例のない大戦乱が勃発せんとしつつあったからで、それが人間界はもとより遠く霊界の奥までも大影響を及ぼすことになったのであります。

1914年7月27日の夜、ワード氏は例によりて叔父さんの学校を訪れ、とりあえず戦争の事について質問を発しました。

ワード「叔父さん、あなたは最近欧州に起こったあの暗雲がやがて戦争に導くものとお考えでございますか? 何やら頗る険悪の模様が見えますが・・・」

叔父「どうも戦争になりそうじゃ。ワシはあまり地上との密接な関係を持っていないから詳しいことは分からぬが、霊界での風説によると、目下幽界の方は純然たる混沌状態に陥り、あらゆる悪霊共が至る所に殺到して、死力を尽くして戦争熱を煽っているそうじゃ。

霊界の方面は全てそれらの同様の外に超然として鳴りを鎮めているものの、しかし我々は変な予感に満たされている。多分これから数日の内に和戦何れとも決定するであろう。が、ワシは予言は絶対にせぬ。ワシはそんな能力を持っているとは思わない。

兎に角ワシ達の通信事業も急激に中止に近付きつつあるが、又中止した方が宜しい。もしも戦争が始まれば、ワシを助けてこの霊界通信をしてくれている人達も一時解散せねばなるまい。各々皆自分の任務を持っているからな。

それから又お前の健康状態が、どうも面白くない。来週になっても回復せぬようなら、身体がすっかり良くなるまで当分霊界出張を見合わせるがよい。健康の時には霊界旅行は少しも身体を損ねる憂いはないが、病気の時には全霊力を挙げて病気と闘わねばならぬ。何れにしても、お前がケンブリッジで講義をやる一ヶ月前は自動書記を試みるワケにもいくまい。

従って今晩は陸軍士官との会見も取り止めておく。一つはお前の健康が永い滞在を許さぬし、又一つにはあの方が戦争の為に興奮し切っているし、どうも面白くない。あの方は昔所属であった連隊に復帰して出征すると言って手がつけられないので、みんなで色々なだめているところじゃ。無論私達はこの有益な通信事業を永久に放棄しようとは決して思わないが、当分の内あの仕官は役に立ちそうもない。後になれば大変見込みのある人物じゃが、目下のところでは、まるで虎が血潮の香を嗅ぎ付けたような按配じゃ。いずれにしても、あの陸軍士官の異常な挙動なり、又幽界方面の風評なりから総合して、もしかしてとんでもない大事になりはせぬかとワシは大変懸念しておる。

まず今晩はこれで帰るがよい。よく気をつけて、出来るだけ早く達者な身体になることじゃ。お前がビルマに出発するまでには是非ともこの書物を片付けてしまいたい・・・」

で、ワード氏は直ちに地上に戻ったのですが、その時の霊界旅行にはめっきり疲労を覚えたそうであります。

越えて8月3日ワード氏は講義の為にケンブリッジに赴きましたが、叔父からのかねての注意の通りそこで急性の肋膜炎にかかり、八月一杯それに悩まされました。従ってその期間霊夢も自動書記も全く休業で、9月5日に至り、初めてK氏の宅で自動書記を試みたのでした。

三十二. 戦端開始
1914年9月5日に現れた叔父さんからの通信――

「私達は出来るだけ迅速にこの通信事業を完結すべき必要に迫られている。お前の病気の為に時日を空費したことは残念であるが、その間に幽界の方面が多少秩序を回復したのはせめてもの心やりじゃ――と言って幽界は当分まだ混沌状態を脱しない。その反動が霊界の方面までも響いて来ておる。

言うまでもなく戦争の為に倒れた者の大部分は血気盛りの若者であるから、その落ち着く先は皆幽界じゃ。目下幽界に入って来る霊魂の数は雲霞の如く、しかも大抵急死を遂げているので、何れも皆憎悪の念に燃える者ばかり、その物凄い状態は実に想像に余りある。多くの者は自分の死の自覚さえもなく、周囲の状況が変化しているのを見て、負傷の為に一時頭脳が狂っているのだ、位に考えている。

が、霊界がこの戦争の為に受ける影響は直接ではない。新たに死んだ人達を救うべく、力量のある者がそれぞれ召集令を受けて幽界の方面に出動することがこちらの仕事じゃ。既に無数の義勇軍が幽界へ向けて進発した。目下はその大部分が霊界の上の二境からのみ選抜されているが、やがてワシ達の境涯からも出て行くに相違ない。

ワシなどはまだまだこの種の任務を遂行する力量に乏しいが、しかし召集令さえ下ったら無論出かけて行かねばならぬ。しかしこんな平和な生活を送った後で再び幽界の戦禍の中に埋もれるのはあまり感心したこととも思われない。

が、戦争の話はこれきりにしておくとしよう。ワシ達は全力を挙げてこの通信を遂行せねばならぬ。お前の方でも多分出来るだけ迅速にその発表に着手することと思う。無論今直ぐにともいくまいが、しかしその内時期が到来するに相違ない」

叔父さんからの右の通信の内に、召集令さえかかったら無論幽界へ出かけて行くとありますが、その召集令は約二年の後にかかりました。1916年5月初旬、ワード氏の実弟レックス中尉が戦死を遂げると共に、ワード氏は直ちに霊界の叔父さんを訪問して右の事実を物語りました。叔父さんは直ちに奮起して幽界に赴き、爾来百方レックスを助けて更に精神無比の幽界探検を遂行することになるのでありますが、それは別巻に纏められて心ある人士の賛嘆の的となっております。

三十三. 通信部の解散
続いて1914年9月14日の夜にもワード氏は霊界の叔父さんを訪れました。叔父さんはモリイを相手に甚だ寂しげな様子をして居ましたが、やがて叔父さんの方から言葉を切りました――

叔父「この通信事業もいよいよ今日で一先ず中止じゃ。私を助けてくれた通信部隊も解散せられ、私一人だけが元の古巣に取り残されている。お前もその内東洋方面に出掛けることになるが、見聞を広めることが出来て何より結構じゃ。旅行についての心配は一切無用、お前は安全にビルマに到着する。

こんな事情で、私は当分お前に面白い通信をやれないが、しかし月曜毎に必ず霊界へ来てもらいたい。一旦霊界の扉が開かれた以上、それが閉まらぬように気をつけねばならぬ。その内私の方から必ず又新しい通信を送ることにする。その通信の性質はまだちょっと判らぬが・・・。

まぁやるだけの仕事をしっかりやるがよい。霊界から集めた色々の材料を適宜に分類していけばかなり完備した霊界の物語が出来上がるであろう。

地獄、幽界、半信仰の境、信仰ありて実務の伴わざる境、それから実務と信仰との一致せる境――全てにわたりて私の方から一通り通信を送ってある。もっと上の界のことはワシにも分からない。が、その内第五界の生活に関しては私は多少材料を手に入れ得る自信を持っている。

くれぐれも受け合っておくがワシの将来は活動と努力との連続である。最後の大審判のラッパが鳴るまで常世の逸眠に耽るものとワシのことを考えてくれては迷惑である。ワシはあくまでもお前達と同様に生きた人間として向上の道を辿るが、ただワシはお前達と違って肉体からは永久に脱却している。最早苦痛もなく、飲食欲もなく、また睡眠さえ不要である。全然日常の俗務俗情から離れて、心地良き環境におり、自己の興味を感ずる一切の問題について充分の討究を続けることが出来る。ワシには地上の何人にも期待し難き便宜と余裕とが与えられている。ワシは夢にもこの好機会を無益に惰眠に空費し、役にも立たぬ賛美歌三昧に浸り切るつもりはない。私はあくまで他の救済に尽瘁する。そうすることによりて一階又一階と次第に高きに着き、一日又一日と新たなる友を作り、新たなる真理に接して、自己完成の素地を築いて行くつもりである。

ワシは既にある程度まで幸福である。満足である。物質界から逃れて真に嬉しい。が、まだまだ絶対幸福の境涯に達しておらぬことは勿論である。

円満具足の境涯は前途なお遼遠である。それに達する為には一意専念、幾代かにわたりて精神力行、新たなる経験を積み、新たなる真理に目覚めて不断の向上を図って行かねばならぬ。

それ故に、いつも私を仕事と娯楽に忙殺されつつあるものと思ってもらえば間違いはない。ワシはいわゆる仕事というのは一歩一歩私を向上せしむる信仰の道である。又所謂娯楽というのは地上の人達が仕事と考えている建築学その他である。

ここにワシは地上の人達・・・、ワシの挨拶を受け容れてくださる方々に謹んで敬意を表する。お前には毎週一度ずつ必ず来てもらいたい。当分これでおさらばじゃ。この通信事業に従事してくれたKさんその他に対しては特にここでお礼を述べておきます」

ワード「お暇乞をする前にちょっと伺いますが、目下Pさんやら、Aさんやら、又陸軍士官さんやらは、どうなさっておいでです?」

叔父「陸軍士官はもう暫く練習を積んでから幽界に出動し、地上からぞろぞろ入って来る新参の霊魂達の救済にあたることになっている。いや血気盛りの者が急に勝手の判らぬ境涯へ投げ込まれたのであるから、それらは大いに救済の必要がある。しかし心配するには及ばぬ。救済の手は霊界からいくらでも延びる・・・。

Pさんは又もや地獄の方へ手伝いに出かけて行った。Aさんのみはワシが昔居った学校で相変わらず簡単な日課を頭痛鉢巻で勉強している」

ワード「叔父さんは只今昔と仰いましたが、地上の時間で数えるとあなたがお亡くなりになってからたった九ヶ月にしかなりません」

叔父「全くな・・・。が、霊界では、時間は仕事の分量で数えて、時日では数えない。それ故厳格に言えば、霊界に時間はないことになる。もっとも地上に居ったとて、今年のように多忙な年は例年よりも長く感ずるに相違ない。今年の大晦日になると、お前をはじめ世界中の人々は、こんなに長い年はないなどと世迷い言を言うじゃろう。しかし今日はこれで別れる」

ワード氏は叔父さんに暇を告げて地上に戻りました。

その後もワード氏は約束通りしばしば霊界旅行を試み、その都度常に快感をもって迎えられましたが、しかし格別重要なる問題には触れず、単に家族への伝言とか、浮世話とかを交換する位のものでした。叔父さんはその間も何やらしきりに深く研究を重ねつつあった模様でしたが、ワード氏には何事も漏らしてはくれませんでした。

が、ワード氏がその戦没せる愛弟の為に叔父さんの援助を乞わねばならぬ重大時期がやがて到着しました。その援助は快く与えられ、それが動機となって、幽界の事情は手に取る如く明瞭に探究さるることになりました。――が、それは後日の問題で、叔父さんによりて為された霊界生活の物語は一先ずここで完結となるのであります。