一. 誕生日と命日(上・下)
●誕生日と命日 上
叔父:リッキー
ワード氏の叔父に当たり、且つ同夫人の父であるL氏(H・J・L)は1914年1月5日午前9時、その80回の誕辰を以って身罷(みまか)りました。しかるにワード氏はこれに先立つこと約一ヶ月、1913年12月初旬に叔父の死ぬる夢をありありと見たのであります。これがそもそもワード氏の身に、世にも不思議なる幽明交通の道の開けうる発端であります。夢の知らせは叔父が急病で死んだことから始まり、それから段々その葬式の模様に移り、自分自身が式に参列している光景さえ見えるのです。その時の悲しい感じ、又悔やみに来た人達の言語動作の一切がありありと同氏の胸に深く刻まれて、覚めてからも消えないのであります。
で、氏はこの事を夫人のカーリーに打ち明けますと、それなら一緒にロンドンへお見舞いに行こうということになったのですが、生憎夫人が病気になって、決めた当日に出発することが出来ないでしまいました。すると1月5日午前10時15分頃、叔父が死んだという急電に接したのであり、その時の悲しい感じ、又続いて経験した葬式中の出来事は一ヶ月以前の夢と寸分の相違がないばかりか、棺桶の中に永眠している叔父の顔までが夢で見たのとそっくりで、生きている時の顔とは余程異なっているのでした。叔父の葬式は1914年1月8日に執行されました。

ところが、叔父さんが亡くなって丁度7日目、1月12日の月曜の晩にワード氏は又もや叔父の夢を見たのであります。叔父の顔は生時の顔と似ていて、しかし何処やら異なっている。言わば生顔と死顔とをちゃんぽんにつき混ぜて半分にしたような顔なのでした。

叔父さんはこう言い出しました――

叔父「ワシは最初カーリーに通信してみようと試みたのじゃが、いくらやってみても上手く行かんので困った。最後にお前を見つけてやっと成功した。カーリーにはお前からよく言い聞かせてもらいたい――霊界へ来てからワシは以前よりもずっと元気がよくなり、頭脳の具合なども大変よくなって来たと・・・。
しかし近頃ワシは勉強することが沢山で、まるで小学校の生徒のようなものじゃ。生きている時分にさっぱり信仰上の準備をせずにおった罰でな・・・。ワシの居る所は何れも信仰心の薄い、初心の連中のみの集まっている境地じゃ。カーリーにもこの事はよく言い聞かせてもらいたいな。

しかし、いくらかマシなことには、ワシはこれでも多少の信仰心はもっていた。さもないことには、危なくもう一段下の組、つまり未信仰者の部類に編入されるところであった。ワシは生きている時分に、人間は何を信仰したところで同じことだ、などとよくよく呑気なことを言ったものじゃ。しかし霊界へ来てみて、それが間違いであることがよく判った。そんな気でいると、少なくとも霊界へ来た時に大まごつきをやる」

ワード「只今あなたは組と仰いましたが、一体それは何のことでございますか?」

叔父「ワシは死んでから初めて知ったのじゃが、人間というものは、信仰の程度に応じて死後それぞれの組に編入されるのじゃ。どの組にも教師が一人ずつ付いているが、その教師というものは、つまり昔話に聞かされた天使みたいなものじゃ。しかし絵に描いてある、あの馬鹿げたものとは余程検討が違う。
この教師がワシ達に不足している箇所を教育して行ってくださるのじゃ。いよいよ出来上がると、ワシ達は上の組に進級し、従って従来と全く違った人達と一緒にされる。一体自分と毛色のまるきり同一な者と始終顔を突き合わせているほど退屈なことはない。上の組へ行くと、種類がずっと増えるからありがたい・・・」

●誕生日と命日 下
叔父さんの方では判り切ったことであっても、聴く方の身になると疑問百出で、話はそれからそれへと続きました。

ワード「あなたは只今上の組と仰いましたが、それはどんなところでございます?」

叔父「それは信仰心はあっても、行状がそれに伴わぬ連中の居る境涯じゃ」

ワード「すると、天国、地獄、煉獄などというものは、あれは実際存在するのでございますか?」

叔父「さぁ地獄の有無はまだ今のワシには判らない。現在のワシに判っているのは自分の居る組と、自分より上下の組だけじゃ。実は霊界へ来た時に、昔の友達に会えるだろうと予期していたのじゃが、まだ会えない者が沢山ある。が、勿論霊界に居ないのではなく、ただ他の組に入っているだけのことらしい。純然たる未信者は皆下の組に居る。そして暫く経てばその連中がワシ達の境涯へ上って来る。

それからあの煉獄じゃが、あれは大体自分達の居る境地を指して言っているものらしい。しかし煉獄はむしろ勉強の場所であって、刑罰の場所ではないようじゃ。もっともいくらか刑罰の気味もないではない。生前くだらなく時間を費やしたことが霊界へ来てから悔やまれる――それが刑罰と言えば刑罰に相違ない。それから不思議なことには、ワシ達の仲間が大勢いるくせに、何やら心寂しく感じられてしようがない。どうも余りお互い同士が似寄り過ぎていると、相手にして面白味がないものらしい。で、ワシは一時も早く他の組に入って、昔の友達に会いたさに、今せっせと勉強しているところじゃが、中々思うように進歩せぬには弱っとる。現在のワシはまるきり小学校の生徒さんじゃ――それはそうとワシの誕生日は月曜日で、死んだのも月曜日であった。死ぬることはつまり霊界に生まれることじゃ。して見ると月曜日は何処まで行ってもワシの誕生日に相違ない・・・」

ワード「叔父さん、あなたは御自分の葬式のことを御存じでございますか?」

叔父「そりゃ知っています。ワシは自分の体がベッドの上に横たわっているのを見ました。あの時はお前もワシの死骸を覗きに来てくれたね・・・。

時に、これだけは決して忘れずにカーリーに伝言してもらいたい――生きている時に信仰心をもっていると、死んでから進歩が早いので大変助かると・・・。出来ればワシなどももう少し信仰心があればよかった」

ワード「叔父さん、あなたはもう一度現世に戻る思し召しはございませんか、若し戻れるものなら・・・」

叔父「それは無い! 霊界の方が余程面白い。毎日毎日進歩しているもの・・・。いやワシはもう帰らなければならぬ。ワシはもう一度学校をやり直すので、大変多忙じゃ。うかうか遊んでばかりはいられない・・・」

言うまでもありませんが、この時分の叔父さんの霊界知識は頗る幼稚なものであり、同時にワード氏の質問ぶりも素人臭味がたっぷりで、思わず失笑させられるところがあります。地獄の有無の問題などは後に於いて充分修正されてあります。

二. 規則の異なった世界(上・下)
●規則の異なった世界 上
前の夢を見てから丁度一週間目、一月十九日の晩にワード氏は又も恍惚状態に於いて叔父の姿を見ました。二人の間には早速例の問答です――

ワード「いかがでございます、相変わらずご勉強ですか?」

叔父「さぁ、余り捗々しくもないがね・・・」

ワード「私は――というよりも私達はあなたにお訊きしたいことが沢山ございますが・・・」

叔父「何でも訊くがよい。ただ上手くワシに返答が出来ればよいが・・・」

ワード「一体叔父さん、あなたは目下何処にいらっしゃるのです? 何処か遠方からお出ましになるのですか?」

叔父「そうでもない。ワシは始終ここに居る。ワシ達の世界とお前達の世界とは離れたものではない、ただ違った規則に支配されている。ワシ達の世界には時間と空間とが存在しない。こんなことは甚だ陳腐に聞こえるじゃろうが、真理というものは大抵皆そうしたものじゃ。真理であるから、いずれの時代にも当てはまる」

ワード「しかし叔父さん、あなたは今ここにお出でなさるでしょう。それなら空間が存在しているではありませんか?」

叔父「さぁ我々霊界の者は、一の思想の塊、若しくは思想の繋がりと思ってもらえばよかろう。大概それで見当がつくじゃろう。今お前達が地上でロンドンの事を考える。するとお前達の眼にロンドンの光景が浮かんで来る。その点までは我々とお前達とがよく似ている。しかしお前達のもっている霊妙な機能は肉体で押さえつけられているので、ロンドンに起こりつつある時々刻々の変化までは判らない――お前はあの精神感応(テレパシー)というものを知っていると思うが・・・」

ワード「知っております」

叔父「あれじゃ、あの精神感応法で全てが判る。あれは我々霊界の者がもってる能力の発露したもので、霊界と物質界との連絡はあれで取れるのじゃ。お前も知っとる通り、霊媒的素質を有する者には遠方の事柄が感識される。ところが霊界に居る者には誰にでもそれが出来る。ワシ達はその方法で意思を通じ合うので、言葉というものは全然使わない。バイブルにもそんな事が書いてあろうがな。それで霊界では嘘を吐いたり、吐かれたりすることがまるきり出来ない――が、これだけの説明ではまだ不充分である。霊界では個々の思想が悉く独立して存在し、そして思想の形が悉く目に見えるのじゃ。霊界の刑罰は主としてこれで行なわれる。自分の犯した罪や悪い考えがありありと形で現れる。しかもその付帯物件までが目に映る・・・」

ワード「付帯物件と申しますと・・・」

叔父「さぁワシ自身の恥を晒すのも決まりが悪いから、仮に架空の一例を引いて説明するが、例えばここに一人の男が生前殺人罪を犯したと仮定する。すると単にその犯行ばかりでなく、その犯行の起こった周囲の状況――例えば部屋だの、什器だのに至るまですっかり形態で現れるのじゃ」

ワード「実際罪を犯したのと、ただ犯意だけに止まる者との間には、何らかの相違がございますか?」

叔父「さぁそれは一概にも言われまいな。例えばお前の劣情が打ち勝って何かの罪を犯しかけても、お前の良心が最後にそれを押さえつけたとすれば、そんな場合には自分の悪い思想の形が目に映った後で、やがて又自分の善い思想の形が目に映って来るから、心が余程慰められる訳じゃ。ところが何かの故障の為に犯行は無かったとしても、犯意の存在する場合には、それを打ち消すものがないから中々苦しいに相違ない――兎に角霊界の者は、自分自身で造り上げた一つの世界に住むのじゃ。従って自分の造った世界が周囲の人達の造った世界に近ければ近いだけ道連れが多くて寂しくない・・・。孤独が霊界では一番の刑罰じゃ。傷のある者でも他人を愛して友達をこしらえておけば、霊界でそれだけの報酬が来る」

●規則の異なった世界 下
叔父さんの霊界の説明がワード氏に判ったようで中々判らない。で、氏は更に念を押しました――

ワード「して見ると霊界の状態は永久不変なのですか? それとも段々友達が増え、それに連れて過去の嫌な記憶・・・思想の形が遠ざかって行くのですか?」

叔父「この前にも説明した通り、無論霊界の状態は不変なものではない。我々の信仰心が加わるに連れて、周囲の状態はズンズン改善されていくのじゃ。何故過去の嫌な記憶が次第に遠ざかって行くのかはワシにもまだよく判らない。が、兎に角我々がこちらへ来てから次第に高尚な思想を創造して行くと、それが我々の心を引き立て、不思議に旧悪の苦痛を緩和して行くことになる。人間には自分を欺くことが出来るが、霊界の居住者にはそれが出来ない。

イヤ最初霊界へ来た時には、まるきり悪夢を見ているようで、一生涯に積み上げた旧悪が悉く形をなして雲霞の如く身辺を取り巻いたものじゃった。が、暫く過ぎるとそれ等のものにキチンと整理が出来て来た。ワシにはその理屈は少しも判らないが、兎に角以前よりも凌ぎよくなって来た――イヤこちらへ来てからワシにはまだ判らぬことばかり、先日来お前に説明して聞かせたものだって、皆ワシの教師から最近教わったことばかりじゃ・・・」

ワード「時に叔父さん、あなたはどんな方法を用いて私の所へお出でなさいます?」

叔父「方法と云って別にありゃしない。ただお前のことを思えばよいのじゃ。もっと詳しく説明すると、ワシの精神をお前一人に集め、他の考えを一切棄ててしまうのじゃ。最初は中々やり難い仕事であったが、近頃はもうお手のものじゃ。こちらはそれでよいが難しいのはお前の精神をワシの精神に調子を合わせることで、それが出来ないと結局通信は出来ない。ワシは最初他の人達にも色々試してみた。カーリーにも、Hにも、それからFにも試したのだが、どいつもこいつも皆上手く行かない。最後にお前ならばと目星をつけたのだ」

ワード「そうすると、あなたはこの世界にお出でになって、私達のように何かを御覧なさるのですね」

叔父「この世界に居ることは居るが、しかし何もこの世界にのみは限らない。又お前達とは物の見方が違う。我々には過去が見える。修業の積んだ者には未来までも見える。もっともワシにはまだそれは出来ないがね――現にお前だとて、ワシの死ぬる一ヶ月前にワシの死ぬる実況を夢に見たではないか――イヤしかし今日はお前も大分くたびれたろう。それともまだ質問が残っているかな?」

ワード「はぁ御座います。あなたは人間に劣情のあることを仰いましたが、何かその劣情を挑発する悪魔でもあるものでしょうか?」

叔父「それはまだワシにも判らん。現世に生きている時分にワシは勿論悪魔などがあるとは思わなかった。しかし死んでから初めて信ずるようになったことも沢山あるから、事によると悪魔が存在せぬとも限るまいが、それは後日の問題にしよう・・・」

ワード「何故あなたの教師にそれをお訊ねしないのです?」

叔父「そう何もかも一度には行かない。お前じゃとて、一人の子供にユークリッドを教えている最中に、突然歴史の質問をされたらどうします? 霊界でもそれに変わりはない。数あることが沢山なので一遍には訊かれはせぬ」

ワード「私にとりては、叔父さんがこうしてお出でくださるのは大変ありがたいのですが、叔父さんの方では何故私の所へお出でなさるのです?」

叔父「一つはお前が好きなせいじゃ――が、何よりもワシは少しなりとも他人の利益になることをしたいのじゃ。霊界で他人を助けるのは決して容易なことではない。ワシは生きている時にもう少し善い事をしておけばよかった。カーリーには格別お前から詳しく伝えてくれ。一番カーリーがワシを理解していてくれる。出来ることなら彼女と対話をしてみたいが出来ないから致し方がない――お前は大分疲れて来たね・・・。何れ又会おう。何れまた・・・」

ワード氏はそれっきりぐっすり寝込んで、翌朝まで何も知らずにおったのでした。

三. 自動書記の開始
一週間と決まっている規則を破り、叔父さんのL氏は突然そのあくる二十日の晩にも又現れました。

叔父「またやって来たがね、今晩はホンのちょっとの間じゃ。実はお前に自動書記を頼みに来たのじゃ。ワシは霊界でPという人物に出会ったが、その男が自動書記をしてはどうかとワシに勧めるのじゃ。Pは生前シェッフィールドに住んでいたそうで、その頃自動書記の経験があるそうな。なんでも生きている人間と通信をやるには、夢よりもこの方式でゆく方がずっと具合がよいというので、それをワシに伝授する約束になっている。中々の人柄な男で、ワシは付き合ってもよいと思っとる」

ワード「実は私も自動書記なら一、二度試したことがあります。しかし成績は悪かったです」

叔父「何時そんなことをやったのかい? ワシが死んでからかいな?」

ワード「イヤその少し前です」

叔父「騙されたと思ってもう一度やってみておくれ。ワシはかなり多忙じゃが、きっと忘れないでその時は出て来ます。カーリーには宜しく言っておくれ・・・」

これっきりで夢は消えてしまいましたが、その晩ワード氏は突然自動的に次の文句を書きました――

「約束通りワシは出て来た。Pさんがワシを助けてくれている。やってみると自動書記もあまり易しくはない。上手く読めればよいが・・・。今晩はこれだけにしておく。さようなら・・・」

自動書記は二月二十二日の晩にも行なわれました。最初一、二回は半ば恍惚状態でありましたが、間もなくワード氏はすっかり意識を失うようになりました。

ワード氏はそれを始める前に、先ず二、三の質問を書いておきます。するとこれに対する返答が何時の間にか自動的に書かれており、自分も覚醒後にそれを読んで大いにびっくりするという始末であります。

ワード氏が最初叔父さんに提出した質問は左の三か条でした――

一、あなたは生前好物のチェスその他の娯楽がやれなくなって御不自由ではありませんか?
二、あなたの世界には階級的差別がありますか?
三、あなたは祖先、親戚、又は歴史上知名の人物にお会いでしたか?

いかにも初心の者が提出しそうな、罪のない質問ばかりであります。これに対して次の返答が現れました――

「ワシは霊界へ来てからもチェスをやっているからちっとも不自由はしない。肉体の熟練を要する遊戯ならこちらでは出来ない。体が無いから・・・。しかし精神的のものはいくらでも出来る。チェスは全然精神的の娯楽であるから、心でそれをやるのに何の差支えもない。現にワシは今の今までラスカーとチェスをやって来た。勝負は先方に勝たれたが、しかし中々面白い取り組みじゃった。

一体霊界に居る者は皆肉体の娯楽を必要としない。必要を感じたところで許されもしない。肉の快楽は若い者には必要じゃが、我々老人は死ぬるずっと以前から、大抵そんな事には倦いている。余りにそんな真似をしたがると制裁を免れない。幸いワシは死んだ時はもう老い込んでいたし、それに元来その種の楽しみには割合に淡白な素質であった。

次に第二の質問であるが、勿論階級というような制度は霊界には無い。が、教育の有無が階級らしい差別を自然に作る。教育の行き届いた上流の人達は、兎角無教育な貧乏人達とは一緒になろうとしない。

それから第三の質問・・・。これは当分預かりじゃ。何れこの次に・・・」

ここに一言注釈しておかねばならんのは、叔父さんの言葉の中に出て来たラスカーという人物です。後で調べてみると、この人物はまだ生きていることが判明しました。で、後日ワード氏がその旨を叔父に質(ただ)すと、生きている人の霊魂は睡眠中にいくらでも霊界に入るもので、ただ覚めてからそれを記憶せぬだけの事だという返答でした。心霊問題に心を寄せる者の見逃し難き点でありましょう。

四. 信仰の意義
ワード氏の自動書記は最初の一、二回を除けば全然無意識状態でやったのですが、これは独り自動書記に限らず、あらゆる神憑り現象に於いてそうなることが望ましいようであります。
人間の体は使い道が二通りあります。大雑把に言うと甲は頭脳を使用するやり方、乙は頭脳を使用せぬやり方であります。頭脳を使用するのは平生我々がやりつけの方法で、学問の研究だの、事務の処理だのは皆これでゆくのが本当であります。
頭脳を使用せぬのは変態中の変態で、その時は人間の体が一つの機械の代わりを為し、これを動かす所の原動力は他から入ってまいります。それが即ち神憑り現象であります。そんな際には出来るだけ本人の意識が蔭に隠れ、憑って来るところの者をして自由手腕を揮(ふる)はしむることが望ましいことは申すまでもありません。

自動書記にも深いのと浅いのと色々あります。浅いのになると、本人自身の意識が混入して不純性を帯びることを免れません。どうしても純の純なる自動書記の産物を得ようとするには当人が全然無意識の恍惚状態に入り、体全体を憑依霊に貸切にする必要があります。
但しこんな場合には心霊問題に対して充分の理解と同情とを有する立会人が傍に付き切りにして監視を怠らぬことが何より肝心であります。さもないことには無抵抗な本人の体が憑依霊の為にどんなイタズラをされるか知れたものではありません。ワード氏の場合には幸いK氏夫妻が立会人としてあらゆる警戒保護の任に当たりつつありましたので大変好都合であったのであります。

1月24日にはK氏の居宅で自動書記が行なわれましたが、その際左の三か条の質問が紙片に書いて提出されました。

一、P氏は何処で死にましたか?
二、あなたが『信仰』と仰るのはどういう意味ですか。何を信仰することです?
三、あなたは祖先、親戚、史上の人物等にお会いになりましたか?

右に対する返事はやがて次の如く現れました――

「ワシは出掛けて来ましたよ。第一の質問に関しては直に調べてあげる。それから第三の質問じゃが、ワシはまだ歴史上知名の人物には会いません。しかしそれは出来ないのではない。もっと上の組に進めばきっと会えると思う――ア、今Pさんから聞いたが、同氏は極東・・・日本で死んだと言っている。

近頃ワシの仕事は大変順調に進んでいる。次の月曜日には又必ずお前の所へ出かけます。時にワシはお前に聞かせることがあるが、実はホンの昨今下の組からワシ達の境涯へ上って来た一人の男がある。それがまた素敵に面白い人物で、生きている時分には極端な悪漢じゃったということで、死後色々の恐ろしい目に遭っている。その話が余りに面白いものだから、ワシは目下しきりに根堀り葉堀りほじくって聞いているところじゃ。
それから第二の質問じゃが、信仰というのはつまり死後の生活を信じ、神を信ずることで、別に新しいものではない。全て人間は真っ先に何でもいいから信仰の手掛かりを見つけることじゃ。信仰しさえすれば、その対象は先ず何でも構わない。野蛮人のやってる動植物や、無生物の信仰でも無信仰よりはまだマシじゃ。しかしお前は大分疲れたネ。三十分間ばかり休んでからもう一度やるとしよう」

それで一旦自動書記は中止されました。右の自動書記が正味有りのままのものであることは、立会人のK氏が自筆で証明を与えております。又Pという人物が日本で死んだという事は、当時ワード氏にも立会人にも判らなかったが、後日調査の結果、正確な事実であることが立証されました。

五. 無名の陸軍士官
三十分間休憩の後、今度は質問抜きで自動書記が開始されました。時に午後六時半。

先刻ワシは面白い人物に会ったとお前に言ったが、その人物は今ワシの直ぐ傍に来ている。元は立派な身分の方で、籍を陸軍に置いていたが、何か背徳の行為があったので、陸軍から除名処分を受けた。手始めに彼は一人の処女と結婚してその財産を巻き上げた。それからインドに行って、ここでも又一人の婦人を騙して金を絞り上げ、又一人の土人を殺害した。婦人の件は官憲に見つけられたが、土人の件は闇から闇へ葬られた。それから英国へ戻って泡沫会社の製造を企み、散々貧乏人の金銭を巻き上げた挙句に法網に触れて、五年の懲役を言い渡された。妻の方から離婚の訴訟を起こして、その通りになったのは在監中のことであったそうな。

監獄を出ると早速賭博場を開いた。が、それも忽ち世間に漏れて、方々の倶楽部から除名処分を受けた。今度は何やらの発明をした青年を抱きこみ、暫くその提灯持ちをしていたものの、よくよく契約証書に調印という段取りに進んだ時に、ロンドンのストランド街で自動車に轢き殺されたのじゃが、この人物がお前の体を借りて自動書記をやりたいと言うのじゃ。暫くやらせてみることにしよう・・・」

ここまで書いた時に筆跡ががらり一変して、速力が非常に加わり、同時にワード氏の態度までがまるで別人のようになりましたので、傍についているK夫妻は余程驚いたということであります。

さてその文句はこうでした――

「吾輩がちょっとこの肉体を借りてみたが、中々上手く行きません。吾輩は面白半分試しているだけである。吾輩は生前野獣のような生涯を送った者じゃ。その罪滅ぼしの出来ることがあれば、何か一つやりたいと思う。吾輩には自動書記がまだ上手く出来ない。吾輩は生前大失敗の歴史を残した。しかしL氏の助力を以って、必ずその取り返しをやる。これでL氏に体を譲る・・・」

叔父のLが交替して、次の文句を書き続けました――

「事によると、只今の人物がお前の体を疲らせたかも知れん。ワシも未熟だが、この人ときては尚更未熟である。霊界で修業を積んでいないのでどうも荒くていけない・・・。何しろ極度の刑罰から脱け出して来たばかりで、只今のところでは精神が少しも落ち着いていないが、これでも霊界の穏やかな空気に浸っておれば段々立派なものが書けるようになるだろう。当人は早く何か善い事をしたいと言って一生懸命焦っているものだから、ワシの方でも止むを得ずちょっとやらせてみることになったのじゃ。後日機会を見て、変化に富んだその閲歴を述べさせることにしましょう。ワシのとはまるきり種類が違っているから面白い。霊界へ来たのは却ってワシよりも先輩じゃ。死んだのは確か1905年(明治38年)で、乗合自動車が初めて運転を開始した時分じゃと言っている。イヤこの人の風評ですっかり時間を潰してしまった。今日はこれで終わりじゃ」

それが済んだのは午後七時半でした。ちなみに右の陸軍士官の死後の体験は本書の後編に纏められてあります。