二十一. 霊界の美術と建築
叔父「これからもう少し他の方面のことをお前に紹介してあげよう」と叔父は言葉を続けました。「霊界には色々の美術が栄え、又科学も発達しているか、無論その標準は地上よりも遙かに高い。先ず絵画から紹介することにしよう」

二人は極度に荘厳な、文藝復興期風の建物の前に立ちましたが、それは従来未だかつて地上に出現した例のないものでした。

叔父「この建物はワシと共同経営をやっているフランス人が設計したものじゃ。こんな精巧を極めたものはとても地上に建てることは出来ないので、霊界に建てる事になったのじゃ。無論人間流に鋸や鉋を使って造ったものではない。それは思想そのままの形、換言すれば彼自身の精神の原料で造ったものなのじゃ。その点はもう少し先へ行ってから詳しく説明することにしよう」

二人は建物の内部へ歩み入りましたが、それは地上の所謂展覧会に相当するもので、ただその配列法が地上のよりは遙かに行き届いておりました。

ワード「絵画展覧会がある位なら、勿論博物館などもございましょうな?」

叔父「ないこともないがお前の期待するほど沢山はない。霊界では古代の物品をなるべく元の建物の中に収めることにしてある。例えばエジプトの椅子ならエジプトの宮殿に据え付け、又宝石類ならその元の所有者又は制作人の身に付けさせるの類じゃ。

霊界で造った美術品は通常その製作者の所有になるが、ただ一部の美術品は最初からそれを公開する目的で制作にかかる。それらがつまり博物館に収まるのじゃ。又古代の物品で、品物は壊れたがそれを仕舞ってあった建物がまだ地上に残存しているのがある。そんな場合には右の品物を陳列する為の小博物館が霊界にも設けられる。

兎も角もよくこれ等の絵を観るがよい。こんな高邁な思想はとても地上の美術家の頭脳にはうつらんので霊界に置いてあるのじゃ。が、それは寧ろ例外で霊界の美術家の大部分は自分の思想を地上の美術家に伝えようとして骨を折っている」

叔父さんからそう言われてワード氏は絵画の方に注意を向けることになりましたが、成る程地上のものとは全く選を異にし、何とも名状し得ないところが沢山ありました。第一色彩が飛び離れて美しく、しかもそれが素敵によく調和が取れていて、おまけにその中から一種の光線が放散するのでした。又描かれた人物の容貌態度は額面から脱け出たように活き活きしており、遠近のけじめもくっきりとして実景そのまま、若しそれ空気の色の出し方などの巧妙さ加減ときては真にふるいつきたい位。題材も又極めて豊富で、風景、肖像、劇画等何でも揃っている――が、なかんずく最も興味ある傑作は、他に適当な用語がないから、しばらく[情の高鳴り]とでも言うべきものを取り扱ったものでした。

例えばそこに[神の愛]と題した一つの傑作がありました。ただ見る一人の天使――それが実に威あって猛からず、正義と同時に慈悲を包める、世にも驚くべき表情を湛えて、足下の人類の群をじっと見つめていました。ここに不可思議なるは右の人類の表現法で、それは二種類に描き分けられていました。即ち甲は肉体に包まれた地上の人々、乙は肉体を棄てた幽界の人々で、その間の区別がいかにもくっきりとしており、しかも一人一人の容貌が、生きている人と同様にそれぞれ特色を持っているのでした。

が、何が美しいと言っても、この絵画の中で真に驚くべきは中心の大天使で、いかにも[神の愛]と言う標題に相応しき空気がその一点一角の中に瀰漫しきっているように見えるのでした。

二人は暫くそれを見物してからやがて会場を辞し、とある公園を通過して、他の展覧会へと入りました。

叔父「ここは彫刻の展覧会場じゃ。絵画や建築と同じく、大抵の連中は地上の人間に自分の思想を吹き込むようにしているが、一部の者はそんなことをせずに自分の作品をここへ陳列する・・・」

ワード「これ等の人物像は本物の大理石で出来ているのですか? どこからこんなものを持って来るのでしょう?」

叔父「イヤ前にも言う通り霊界では自分の精神の原料で全てを造るのじゃ。大理石であろうが、青銅であろうが望み通りのものが勝手に出来る。早い話がこの銀像でも、製作者が銀が一番適当であると考えたので、この通り銀像になったのしゃ」

これ等の神品ばかり集めてある展覧会を幾つも幾つも見物してから最後に入って行ったのは一の公園でありました。それが又彫刻物の陳列の為に設けられたもので、林間に巧みに配置された記念碑類、細い道の奥に沸々と珠玉を湧かす噴泉の数々、遠き眺め、滑らかな草原、千態萬状の草、木、花、さては水の流れ、何ともはや美事なもので、なかんずく水の巧みな応用ときては素敵なもので、それが全体の風致を幾段も引き立たせておりました。

二十二. 音楽と戯曲(上・下)
●音楽と戯曲 上
「さてこの次は音楽学校に連れて行くことにしようかな」

叔父さんはそう言ってワード氏をそちらの方面に案内して行きました。

そこには作曲に耽る者、弾奏を試みる者、唱歌を学ぶ者・・・。皆熱心な音楽家が集まっていて、大音楽堂らしいものも出来ていました。

ワード「音楽堂が設けてある位なら、他の演芸機関も勿論設けてあるでしょうな?」

叔父「そりゃあるとも! 霊界には劇場でも何でもある――が、ここでは悪徳謳歌の嫌いあるものはやらないことにしてある。そんなものは皆地獄の方へ持って行ってしまう。霊界の芝居は地上で出来た最も優れ、最も高尚な作品と、それから特にこちらで出来た傑作とを演じるだけで、少し下らない作品であると、たとえそれがタチの悪いものでなくとも地獄のどこかへ持って行ってしまう――と言って無論私達のいる境涯にも最上等の霊的神品と言う程のものはない。そんなのは高尚過ぎて我々に分からぬからじゃ。それらは私達よりもずっと上の境涯で演じられる」

ワード「シェークスピアの戯曲などはあれはどうでございます? 随分すぐれて善いところもありますが、時とすると思い切って野卑で不道徳なところもございますね」

叔父「そんなイヤらしい部分は皆改作してあります。しかもシェークスピア自身が霊界で筆を執って改作したのじゃ。それゆえ霊界のシェークスピアには下らない部分がすっかり失せ、その代わりに詩趣風韻の豊かなる文字が置き換えられてある。それがしっくり原文に当てはまっているばかりでなく、原作で生硬難解であったところが、しばしば意義深長なる大文字に化している」

ワード「するとシェークスピアがやはりあの脚本の作者であって、一部の文藝批評家が言うようにベーコンではなかったのでございますか?」

叔父「無論ベーコンではない。さりとて又シェークスピア自身でもない。あれは皆一群の霊魂達のインスピレーションによって書かれたのじゃ。シェークスピアの作品の中で下らない箇所だけが当人の自作である。作者が霊界からの高尚な思想を捉えることが出来ないので、自身で勝手に穴を埋めて行ったのじゃね・・・。

先刻ワシは霊界の劇場では悪徳謳歌の嫌いあるものは許されないと述べたが、無論それは悪徳の為に悪徳を描くのが悪いので、悪徳の恐ろしい結果を示すが為に仕組まれたものは少しも差し支えない。で、シェークスピアの[オセロ]などは始終霊界で演じられておる。ただ野卑な文句だけは皆削ってある。あの脚本は随分惨酷な材料を取り扱ってはあるが、しかし大変有益な教訓を含んでいるので結構なのじゃ――と言って何も私達があんな簡単極まる教訓が有難いので芝居見物に出掛ける訳では少しもない。ただ地上に出現した最大傑作の一つを目の前で演じてもらえるのが興味を引くからに過ぎない。要するに我々の芝居見物は娯楽が眼目じゃ」

ワード「ダンテの神曲などもやはりあれを単なる空想の産物と見なすのは間違いでございましょうか?」

叔父「間違いじゃとも! あれはダンテが恍惚状態において接したところの本当の啓示に相違ない。ただあれは本人の詩的空想だの、又先入的宗教思想だのが相当多量に加味されている。恐らくダンテは彼の恍惚状態から普通の覚醒状態に戻った当座ははっきり真相を掴んでいたのであろうが、いよいよ筆を執りて詩句を練っている時に錯誤が来たのじゃと思う」

●音楽と戯曲 下
ワード「甚だつかぬことを伺うようですが、霊界で芝居をする時に女形はどうなさいます? 私はまだこちらでただの一人も婦人を見かけませんが・・・」

叔父「婦人かい? 婦人などは沢山いる・・・」

そう言って叔父さんはワード氏を一室に導きましたが、成る程そこには沢山の婦人達が居てしきりに合唱の稽古をしていました。歌い方はいかにも上手で、しかも何れも高尚優雅な美人ばかり揃っていましたが、いかなる理由か叔父さんはワード氏を急き立てて川縁の公園のような所へ連れ出してしまいました。

叔父「あの通り霊界にも婦人は沢山居る。しかし我々の境涯では男女の交際はあまり許されていない。ごく最初の間などは男と女とは殆ど全く隔離されている。地上で持っていた性の観念――出来るだけ早くそれを除き去るのが望ましいのじゃ。地上にありては性交は正しくあり又必要でもある。しかし霊界では最早全然その必要がない。一心同体はここでは禁物じゃ。さもないと精神的進歩が肉感的欲情の為に煩わされることになる――が、いよいよ地の匂いのする情欲が跡形もなく除き去られた暁には、男女の霊魂は再び引き寄せられることになる。陰陽の和合は宇宙の原則である。但し地上で肉体をもってしたことが、霊界においては精神的なものに変わって来る。我々が向上すればする程両性はますます接近する。そして究極において一人の男子と一人の女子との間に一の神秘なる魂の結合が成立する。それが真の精神的結合で、地上の結婚はつまりその象徴である。二つの魂の完全なる融合―― 一方が他方の一部となってしかもその個性を失わぬ理想の完成、これはまだワシにさえすっかりは分からないからお前には尚更そうであろう。しかし地上の結婚中の一番優秀なものから推定すれば大概見当がつくであろう。

右の霊的結婚と言ったようなものは、我々よりもずっとずっと上の境涯において起こるので、恐らくそれは第五界・・・、事によるとそれよりもっと上の界の事かも知れない。少なくとも我々の住む第六界に起こらないことだけは確かである。兎も角も我々は進むに連れて段々共同生活を営むことになる。最初は同性の者との共同生活に留まるが、やがて異性の者との共同生活となって来る。又我々が精神的に結婚するのは必ずしも地上で結婚した者に限るということはない。我々は我々の不足を補充する真の他の半分の魂と結婚するのである」

ワード「段々伺ってみると霊界の生活は大変地上の生活と類似しているようでございますな」

叔父「似ておってしかも違っておる。大体地上生活中の最理想的な部類に近い。ここには疾病もなければ罪悪もない。災厄もなければ苦痛もない。それらは皆地獄の入り口に振り落としてしまってある。霊界に残っているのは過去の罪悪に対する悔やみの念、悲しみの念である。しかし地上で言うような罪悪はもうここへは入らない。

我々にも知識の不足はある。従って完全なる満足、完全なる安息はとても急に見出すことは出来ない。我々にはまだ進歩の余地が多い。しかしながら故意に神意に反抗せんとするが如き念慮はもう跡形もなく消え失せておる。醜きもの、悪しきもの、卑しきもの、正しからぬもの――それらは霊界には生存を許されない。従っていかにすぐれた娯楽でも、罪悪の基礎の上に築かれたものは全くここに見出すことが出来ない。同時に物質的娯楽も、物質的肉体のない我々にはやりたいにもやりようがない・・・」

二十三. 霊界からの伝言
叔父の言葉が途切れた時にワード氏は訊ねました――

「叔父さん、この次には何処へお連れくださいます?」

叔父「ワシの書斎へ連れて行ってお前をAさんに紹介しようと思うのじゃ。なんでもAさんはお前の体を借りてMさんに通信したいことがあると言うのじゃ。それが済むと今度は例の陸軍士官の話を聞かねばならない。いよいよ地獄の実地経験談をするそうな・・・」

ワード「しかし叔父さん、私は霊界へ来て随分長居をしたようです。そろそろ自分の体へ戻らないとカーリーが目を覚まして私の気絶しているところを見つけでもしますと大変です」

叔父「ナニそんな心配は一切無用じゃ。お前は長時間霊界へ来ているように考えているかも知れないが、地上の時間と霊界の時間の間には何ら実際の関係はない。地上の時間にすれば、お前が体を脱けてからまだやっと三十分にしかならない。ゆっくり間に合うように帰してあげるから安心しているがいい」

二人は大学の門を出ると右に折れ、とあるアーチを潜って階段を登って行きました。それから一つの部屋に入りましたが、それは普通の大学の校舎によく見るのと同じようなもので、ただ暖炉の設備のないことだけが違っていました。

ワード「妙なことを伺いますが、あなた方もやはり部屋の掃除などをなさいますか。もしするなら下僕(しもべ)がいないとお困りでございましょう」

叔父「霊界にはゴミも塵芥もなければ又人工的な暖房装置もない。たとえ寒いと思うことがあっても暖炉は使われない。それは霊界の寒暖が無論精神的なものであって物質的なものではないからじゃ。従ってここには下男の必要はない。掃除をすべきゴミもなければ、調理すべき食物もない。おまけに我々は眠りもしない。一切の雑務雑用は我々の肉体と共に皆消滅してしまっとる――お、Aさんがお出でじゃ。お前に紹介してあげる」

ワード氏は極めてちっぽけな少年が入って来たのを見てびっくりしました。但しその肩には成人の頭だけが乗っかっているのです。もっとも一寸法師のように頭部だけ不釣合いに大きいのではなく、ただ髭が生えたり、ませた顔つきをしたりしているのでした。顔は赤味がかった丸顔で、鼻は末端の所が少々厚ぼったく、頭髪は茶褐色を帯び、体は不格好な程でもないが余程肥満している方でした。

ワード氏は初対面ではあるが、かねて叔父を通じてこの人の風評を聞いていたので、双方心置きなく話し込みました。

「実は」とAさんが言いました。「少々Mに伝言したいことが在りますので、是非あなたにお目にかかりたいとLさんまで申し入れて置いたのですが・・・」

「イヤお易い御用で」とワード氏も愛想よく「私に出来ることならどんなことでも致します。それはそうと一つ霊界におけるあなたの御近況を伺おうではございませんか?」

「ぼつぼつやっていますがどうも進歩が遅いので弱っています。御承知の通り生前私は精神的方面のことをそっちのけにして、物質的な享楽にばかり一生懸命耽っていたものです。それから色々な婦人関係――あんなこともあまり為になっていませんでしたね」

こんな軽口を叩いた後でAはワード氏にある一の秘密の要件を頼んだのですが、無論それは徳義上内容を発表することは出来ません。用談が済むとAは直ちに二人に別れを告げて辞し去りました。

Aの姿が消えると同時にワード氏は叔父さんに向かって言いました――

「Aさんは顔だけ成人で体はまるで子供でございますね。これは精神的方面を全然閑却していた故でしょう」

叔父「そうじゃ――既にお前に説明して聞かせてある通り我々の霊体は次第次第に発達するものじゃ。もしそれを地上生活中に発達させておかないと霊界へ来てから発達させねばならない」

ワード「そうしますと、私が霊界へ来る時にはやはり私の霊体で来るのでしょうか?」

叔父「無論そうじゃ」

ワード「そうしますと私の大きさはどんなものでございます? 非常に小さいのですか?」

叔父「イヤ中々発達しておるよ。すっかり大人びて丁年位の大きさになっておるよ。先ずそこいらが丁度いい所じゃろうな。概して霊体の発達は肉体の発達よりも遅いもので、どうかするとまるきり発達せぬのもあるな――おー陸軍士官が見えた。舞台が変わって今度は地獄の物語じゃ・・・」

この陸軍士官の物語は別に纏めて発表されております。

二十四. 大学の組織
越えて4月27日の夜ワード氏は再び叔父さんをその霊界の書斎に訪れました。

叔父「今日はワシ自身の生活についてもう少しお前に説明しておきたいと思うが・・・」

ワード「是非お願いいたします。久しい間そちらの話を伺いませんでしたね」

叔父「イヤ話は成るべく大勢の人のを聞いておくに限る。たった一人の千篇一律な物語を繰り返し聞いたところで仕方がない。

今日のワシの話はこの大学の内部の組織に関することにしたいと思う。霊界では沢山の学科に分かれておって、色々の学会が設けられている。学問の種類は大体において四つに分かれる。第一部は霊性の発達を研究する。第二部は不幸な者の救済法を研究する。第三部は地上生活中に興味を感じた問題につきて新発見を成就しようとする。第四部は霊界で発見した新事実を人間界に伝えることの研究をやる。

霊界にある全ての学会のことを説明していた日には時間が潰れて仕方がないから、そんな話は後日に譲り、上に挙げた四種類の学科についてざっと説明し、その後で全ての代表としてワシの学校の実情でも述べるとしよう。

霊性の発達の研究――これはワシの現にやりつつあることであるから、一番後へ回して他の三種類の説明から始める。

不幸な者の救済――これは地獄に堕ちている霊魂の救済法を研究するのと、地上の人類を正道に導くことの研究との二種類に分かれる。

新発見の研究――その内に属するのは美術、建築、医療、音楽、その他につきて科学的法則を究めんとする色々の学会である。ワシなどは文藝復興期の建築学会に入っているが、これは文藝復興期の精神を尊重しながらこれに新思想を取り入れんとする団体なのである。

新事実を人間界に伝える研究――これは第三部の研究に伴う必然の仕事で、立派な発明が霊界で出来上がると、何人もそれを人間に普及してやりたくなる。もっとも中にはすっかりこの仕事に懲りてしまって一向冷淡な連中もないではない。霊界の方でも人間の指導に関しては随分苦い経験を嘗めさせられている。いかに優れた霊界の思想でもこれを人間の心にうつして見ると、すっかり匂いが抜けてしまって、うっかりするとポンチ化することが少なくない。更に呆れるのはその発明が有効には使われずに、まるきりとんでもないことに悪用されることである。美術に関するものは大抵前者の運命を辿るものが多く、これに反して科学的機械的の発明は人間の方に印象を与え易い代わりに悪用される虞がある。

こんな次第で霊界にはその発明を絶対に人類に漏らすまいとする霊魂がいる。第三部の学会ではこんな規則を設けている――「本会の会員はその発明を人類若しくは第四部に属する学会に漏らすことを禁ず」――随分やかましい規則じゃろうがな。

しかし全ての学会がことごとくそうではない。少しはそこに例外も設けてある。が、兎に角人類との交渉は第四部に属する学会の仕事に属し、諸種の医学会などというものは一番第四部に多い」

ワード「するとあなた方か人類に霊感を起こさせるには是非とも一の学会に入会する必要があるのですか? 個人としてそうすることが出来ないのですか?」

叔父「出来る事は出来るが、しかし個人事業では上手く行かない。小さくともやはり一の学会に属する方が便利じゃ。

さてこれから少しワシの入っている大学のことを話そう。幹部は学長が一人、学長の下に次長が一人、別に評議会があってそれを助ける」

ワード「大変どうもフリーメイソン団の組織に似ているようでございますな」

叔父「ワシはそんなことは知らないが、事によったらそうかも知れない――さて学生であるが、それは三部に分かれる。第一部が済むと第二部に上り、第二部が済むと第三部に進級する。全て霊能の高下によりて決められる。

評議員会はこの第三部から選抜した者で組織される。更に色々の役員が、評議員の中から学長によりて選抜される」

ワード「ますますどうもフリーメイソン団そっくりでございます。三部に分かれるところなどは余程不思議です」

叔父「そうかも知れない。フリーメイソンの組織なども恐らく霊界から出たものであろうが、これは極めて自然的な施設で、地上の大学でも第一年、二年、三年と分かれ、別に研究生を置いてあるではないか」

ワード「あなた方にもやはり試験のようものがございますか?」

叔父「試験はありません。受け持ちの教授がこれでよいと認めると上級へ昇らしてくれるのじゃ。進級する時はいくらか儀式のようなものがある。学級の区別は勿論霊界の他の区別とは別問題じゃ。第三年級に昇ったとて半信仰の者は依然として半信仰の境にいる」

ワード「あなたは何学級におられます?」

叔父「ワシかい? ワシはまだ最下級じゃよ。しかし直ぐ次の級へ進むと思う――それはそうとお前はもう帰らねばならない」

ワード「もう帰るのですか? 私はホンの短時間しかここにおりませんが・・・」

叔父「それでも帰るのじゃ」

ワード氏は何やら旋風にでも巻き込まれたように大空に吹き上げられ、四顧暗澹(しこあんたん)たる中をグルグル大きな円を描きつつ回転したように覚えたのでしたが、その渦巻きが段々小さくなるに従って次第に知覚を失ってしまいました。

二十五. 霊界の病院(上・下)
●霊界の病院 上
これは1914年5月4日の夜に起こった霊夢の記事で、霊界における精神病患者の取り扱い方に就きて詳しく書いてあります。心霊療法でもやろうという人達の参考になりそうなところを紹介することに致します。

叔父「ワシは先刻霊界の精神病院の一つを見学して来たのじゃが・・・」

ワード「病院でございます? 私は又霊界では病苦に悩む者はないものと思っておりましたが・・・」

叔父「そりゃ病苦に悩むというようなことはない。しかし精神の曇っている患者は霊界にもある。それが手術を要するのじゃ。つまり霊界の病人はことごとく精神病患者の一種であると思えばよいのじゃ。

病院にワシを案内して色々説明してくれたのは、地上におった時代には精神病学の大家として有名な某博士であった。

病院は大変美しい環境に置かれ、一歩その境内に入るといかにも平和な、のんびりした空気が漂うていた。ワシがその事を同行の博士に述べると、博士はこう言うのじゃ――

「全くそうです。閑静な、人の心を和らぐる環境は一切の精神病患者を取り扱うに欠くべからざる第一の要件です」

病院を囲める庭園には幾つも幾つも広い芝生が造られてあり、所々に森が出来ている。そして何処へ行ってもサラサラと流るる水の音が微かに聞こえ、樹々の隙間からいつも消えざる夕陽の光に染められた水面がちょいちょい覗く。沢山の患者達は森を潜ったり、芝生をそぞろ歩いたり、又湖面にボートを浮かべて遊んだりしている。

しばらく美事な並木道を進んで行くと、やがて病院の建物が見え出して来た。それは文藝復興期式の建物で、正面にはベランダが設けてあり、周囲はことごとくビロウドのような芝生と花壇とで囲まれていた。芝生には沢山の噴水やら様々の彫像やらがあった。

ふと気が付くとそこには一人の婦人が低い床机に腰をおろしてハープを弾いていた。男女の患者達はこの周囲に寝椅子を持って来て、それに横たわりながら熱心に耳を傾けるのであった。

やがてワシ達は建物の内部に歩み入った。ここには学校のような設備があって、患者の大部分はそれに出席せねばならぬ規定になっている。なお他に音楽堂がある、劇場がある、各宗派付属の礼拝堂がある、美術展覧会場がある。

同行の博士は色々ワシに説明してくれた――

「この病院の主なる目的の一つは出来るだけ患者の精神を他に転換させることであります。患者の大部分は非常に利己的で、少なくとも自分中心の連中ばかり、大抵信仰上の事柄や過度の悲しみなどから狂気になっています。彼等の性質の陰鬱なところを駆除するのには健全な、人の心を和らげる性質の娯楽が一番です。又手術としては主として暗示と催眠術と動物磁気とを用います。一つその実地をご覧なさい」

ワシ達はそれから治療室のような所へ入って行ったが、そこでは二人の医師が一人の婦人患者に向かって熱心に磁気療法を施していた。患者は灰白色の衣服をつけ、腰部を一條の帯で括っていたがそれがこの病院の患者達の正規の服装なのである。患者がベッドの上に横たわっていると、医者の一人はその背後に立って片手を軽くその前額に当て、他の一人は患者の脚下に立って、これは手を触れずにいる。どちらもじっと患者の顔を見つめて全精神を込めているらしく、ワシ達が入って行っても脇目さえ振らなかった。

気を付けて見ると二人の医師の体からは微かな一種の光線がほとばしり出て、それが患者の頭部に集中しているのであった。

そこを出て他の一室に入って見ると、ここでは煩悶の為にしきりにのたうち回っている一人の男性患者を一人の女子がヴァイオリンで慰めつつあった。

ワシは同行の博士に言った――

「どうも病院の方が私達の所よりも男女の交際が自由のようですな」

「実際はそうでもありません。男と女との間には殆ど交際などはありませんが、ただ治療上双方から助け合うことが必要なのです。殊に磁気療法をやるのには術者と被術者とが異性である方が良好なる効果を奏することが、実験上確かめられたのです」

●霊界の病院 下
「ワシ達は更に第三室に入って見ると、一人の催眠術者が手術をやっている最中で、一人の男性患者に向かってしきりに按手法を施しているところであった。

術者はワシ達を見ると直ぐに挨拶した。そして手術中の患者の病状を説明してくれたが、その患者は生前酷い怪我をした記憶が容易に除けないのだということであった。なお彼は付け加えた――

「この患者に対して私はもう久しい間催眠術を施しておりますが中々捗々(はかばか)しくありません。しかしその内確かに回復します」

そこを出てワシ達は今度は割合に小さな部屋に入って行ったが、内部には一人の婦人患者が寝椅子に横たわっていた。同行の博士が説明した――

「これは実に不思議な患者で、死後何時までも生前の記憶が強く残っているのには驚き入ります。彼女は生前片輪(かたわ)で歩行が出来ないものと固く思い込んでいたのです。機質的には何らの故障もないのに右の錯覚が強まると共にとうとう現在見るような跛者(びっこ)になりました。もしも彼女の病気が肉体的のものであったなら体が失せると同時に病気も消失したでありましょうが、彼女の疾患は純然たる精神的のものでありましたので、死んでからも依然として跛者のままに残っているのです。
大体彼女は生来一種の変態心理の所有者で、片輪者を見ると妙に快感を覚えたといいます。その癖その他の点では別に変わったところもなく、性質が凶悪であるというようなところもありません。こんな患者は滅多に私達の境涯へは参りません。地獄へ行ったら多分この種の患者が多いことと存じます」

この患者にはどんな手術を施すのでございますか?

「主として磁気療法並びに暗示療法の二つであります。私達は勿論肉体の欠陥が霊界に移るものでないことを極力説明してやります。大抵の霊魂はそれを会得しますが、ただこの婦人の精神は非常に曇っているので容易にそれが呑み込めません。しかしいかに頑固な疾患でも霊界の手術を受ければやがて平癒します。手術よりも、その後で受けねばならぬ教育の方が遙かに時間を要するように見受けられます」

ワシ達はそれから幾つも幾つも部屋を巡覧し、教授達の講義なども傍聴した。最後にワシは同行の博士に訊いてみた――

どうも地上の病院で見るように外科手術をやっているのを見かけませんが、あんなものの必要はないのですか?

「外科手術の必要はありません。霊界では最早あんな不器用な真似は致しません。勿論地上では多少その必要があります。肉体というものの性質上それは致し方ありません。ただどうも必要以上に外科手術を濫用する傾向があります。霊体となると余程微妙な方法を要し、矢鱈に切開したり、切断したりしても駄目です。地上の外科手術室に幾分か類似したものは地獄に行くと見られます」

病院の説明はざっとこの辺で留めておくことにしよう。詳しく述べると大変な時間がかかる。兎に角霊界の病院では宗教的の勤行が中々大切な役目を持っていることを最後に付け加えておくに留める。

ワシは病院の境内で博士と袂を分かち、それからここへ戻って来たのじゃ」