十一. 聖者の臨終
これは2月14日に出た自動書記で、霊界から見た人間の臨終の光景が実によく描かれております。
通信者は例の叔父さんのLの霊魂であります――「憑って来たのはワシじゃ。最近ワシは人間の臨終の実況を霊界から見物したので、今日はそれをお前に通信してあげる。案内してくれたのはワシの守護神じゃ。何処をどう通って行ったものか途中はさっぱり分からないが、兎に角現場に臨んだのじゃ。見るとそれは通風のよい大きな部屋で、さっぱりはしているが、しかし別段贅沢な装飾などは施してない。部屋の外は庭園になっている。ただ何分冬じゃから別に面白いこともない・・・。

ベッドの上には七十歳ばかりと思われる一人の老人が臥せっている。その人の身分は牧師じゃ。するとワシの守護神が説明してくださる――

「彼は忠実なる道の奉仕者である。彼が死後直ちに導かるるは信仰と実務との合一せる、霊界最高の境涯である。彼はローマ舊教(ろーまきゅうきょう=カトリック)の牧師としてこの教区を預かっている身分である・・・」

ふと気が付くと室内にはたちまち麗しき霊魂達が充ち充ちて来た。それが後から後から殖えて行くので、終いには部屋に入り切れず、庭園へまでも溢れ出た。

「どんな人達でございます?」ワシはびっくりして訊ねた。

「いずれもこの者に救われた善良な霊魂達である」とワシの守護神が答えてくださる。「それなる婦人、彼女は一旦堕落しかけたのであるが、この者の導きによりて誠の道に戻ることが出来た。あれなる愚昧の少年、彼は一旦地獄へ堕ちたのをこの者の為に救い出された。あれなる父親、彼は今一息で、己の娘を娼婦の群に追いやるところであったのを、この者が娘を尼寺に連れて行ってくれたばかりに心が和らいだ。今では父子二人共霊界の最高境に達して楽しい月日を送っている。これ等の霊魂達が皆打ち連れて、父であり又友であるこの者を迎えるべく出て参ったのじゃ」

そう守護神が説明してくだすっている最中に、これ等の霊魂達よりも一段優れて麗しく光輝く何者かが室内に現れた。

「跪いて!」と守護神がワシに教えてくださる。

ワシが跪くと同時に部屋に溢れた霊魂達もことごとく拝跪(はいき)の禮(れい)をとった。

「どなたでございます?」とワシが小声に訊ねる。

「この御方がこの教区の真の支配者の天使であらせられる。わざわざお迎えの為にお出ましになられたのじゃ。気をつけて見るがよい」

すると、極めて静かに牧師の体から一条の光線が脱けて出た。頭部の辺が一番よく光る。色は金色に近いが、ただ幾分青味を帯びている。そうする内に右の光は次第次第に凝集して、頭となり、肩となり、いつしか一個の光明体が肉の被物の中から脱け出した。最初はうっすらしていたが、やがて輪郭がくっきりして来た。同時に幾百とも知れぬ満座の霊魂達の口から歓喜の声が溢れた。

「万歳万歳! 一同お迎えいたします!」

すると老牧師は一同に向かってにっこりしたが、イヤその笑顔の晴々しさ! 体全体が笑み輝くと疑われた。老牧師の霊魂はベッドの傍に看護の労をとりつつあった地上の人達に向かっても同様に笑顔を見せてその幸福を祈るのであった。

やがて体と霊魂とを繋ぐ焔の紐は次第に延びて、遂にプツリ! と切れてしまった。同時に看護の人達はワッとばかり泣き崩れたが、その泣き声は霊魂達の群からドッと破裂する歓びの歌にかき消されてしまった。と、お迎えの天使は老牧師の手をとって言われた――

「汝いみじき者よ、汝はよくも地上の哀れなる者の為に尽くした。余は汝に向かって汝が生前救済の手を述べた全ての者の支配を委ねるであろう」

言いも終わらず、又も満座の霊魂の群から起こった歓呼喝采! その響きは未だにワシの耳に残っている。

間もなく部屋の付近から全ての姿は消えて、後にはただワシと、守護神と、二、三の哀悼者のみが残ったが、イヤ実に何とも言われぬ結構な光景で、其処を立ち去った時のワシの胸も嬉しさに躍ったのである。

今日のワシの通信はこれで終わりじゃ。今晩仕事の手伝いをしてくれた五人の人達にはワシから厚くお礼を述べておく。何れ又・・・」

十二. 霊界の学校(1~5)
● 霊界の学校 一
ワード氏は2月16日に例の霊夢式の方法で霊界の叔父さんと会談しましたが、その日の叔父さんはいつもよりも一層学究的の態度で、自分が霊界へ来て初めて学校に入った時の、ちと堅くはあるが、しかし極めて意味深長なる実験談を詳細に物語ったのでした。

「叔父さん」とワード氏から質問しました。「あなたはこの前の通信で、色々の幻影がきちんと類別されていったことをお述べになりましたが、あれから先は一体どうなったのでございます?」

叔父「よしよし今日はあの続きを物語ることにしましょう。あの幻影の排列された街道は、前方を見ても後方を顧みても、どこまでも際限なく続いて、果ては彼方の風景の中に消え去ったのであるが、やがて突然ワシの守護神が直ぐワシの傍にお現れになった。

「付いて来い!」

そう言われるのでワシは守護神の後に付いて行くと、数ある景色の一つの中を突き抜けて、いつしかその奥の田舎へ出た。その際あの幻影がどんな風に処分されたのかはワシにも正確に説明することは出来ない。現在でもそれはちゃんとワシの眼に始終映っている――が、一口に言うと、全てが次第次第に背後の方へ引っ込んで行って余り邪魔にならなくなったのじゃ。

それからいくつかの野を横切り、丘を降りて、やがて行く手に一棟の華麗な建物の見える所へ出たのである。

「あれは何でございます?」とワシが訊ねた。
「あれは汝の入る学校じゃ」
「学校でございます? 私はもう子供ではございません」

「イヤ汝は子供じゃ。信仰の道にかけてはまだよくよくの赤ん坊じゃ。それその通り汝の姿は小さいであろうが・・・」

そう言う間にもワシの守護神の背丈がズンズン高くなるように思われた。しかしワシの体が別に小さくなるとは認められなかった。

やがてワシ達の右の建物の門前に出たのであるが、イヤその門の立派なことと云ったら実に言語に絶するものがあった。

間もなくワシは教室に連れて行かれた。他に適当な言葉がないから教室とでも言うより仕方がない。其処には沢山の児童達が勉強していた。イヤ児童と言うのもチトおかしい・・・。皆成人なのである。が、成人にしては妙に発育不充分で、ただ顔だけがませているのである。

やがて其処の先生というのに紹介されたが、生徒達が揃いも揃って貧弱極まるのに反して先生の姿の立派なことはまた別段であった。ただに体が堂々としているばかりでなく、総身光輝いている。そしてその光の故で教室全体が程よく明るい。これに引き換えて、生徒達の体ときてはいずれも灰色で不景気極まるが、その中でもワシの体が誰よりもすぐれて真っ暗であった。

次の瞬間にはもうワシの守護神の姿は消え失せていた。先生が親切にワシの手をとってとある座席につかせてくれた。そしていよいよ授業が開始されたのであるが、ワシとしてこんな教授法には生まれて初めて接したのである。
大体において述べると先生の方で知識を生徒の頭脳に注入するやり方でなく、生徒の頭脳から知識を引き出すやり方なのである。
最初の間は、どの質問もワシにはさっぱり判らなかった。そのくせ他の生徒にはすっかりそれが呑み込めているらしく、一人の生徒が先生の質問に対して何とか答えると、それを手掛かりに次の質問が又先生から発せられる。何処まで行っても問と答えとの繋がりで、微塵も注入的なところがない。その一例として先生が私にかけた質問振りを紹介することにしよう」

● 霊界の学校 二
先生がワシに向かって質問されたのは、ワシが教室へ入って暫く過ぎてからのことであった。

先生「あなたは何ぞ質問がありますか?」

私「御座います―― 一体ここは霊界であるというのに、どうして色々の物が実体を具えているように見えるのです? なかんずく私自身が依然として体を持っているのが不審でなりません」

先生「それなら訊ねるが、人間は何物から成立しております?」

私「肉体と霊魂より成立しております」

先生「科学者はそれに何という定義を下します?」

私「物質と力だと申します」

先生「その通り――それで人が死ぬるとその物質はどうなります? 滅びますか?」

私「イヤ物質は滅びません、ただ形を変えるだけであります。私の肉体が腐敗して土壌に化すると、それから植物が発生します」

先生「肉体を働かせていた力はどうなります?」

私「力は霊界へ回ります。それが霊魂でございます。霊魂も又滅びません」

先生「宜しい。物質も力も共に滅びない。が、地上に残しておいた肉体は生前の肉体とどこか違った点はありませんか?」

私「違った点がございます」

先生「どの点が違います? 今あなたが地上へ行って自分の遺骸を見たとすれば、主としてどこが相違していると思います?」

私「肉体は腐敗しますから、段々原形を失いつつあるものと存じます。形が違います」

先生「事によると形はもう無くなっているかも知れない。ところで物質と力とは滅びないとすれば形はどうなります? 形は滅びますか?」

私「滅びるでしょう。滅びないという理由はないように思われます」

先生「然らばお訊ねしますが、あなたがかつて起こした思想の形は少しも滅びずに霊界に存在したではありませんか? 思想の形が滅びない以上、あなたの肉体の形とても滅びずにいないでしょうか?」

私「そうかも知れません――しかし思想を形作った私自身が今霊界に存在する以上、私のことを考えたものが私よりも以前に存在している筈だと思います。私が居って考えたからその思想の形が霊界に存在する。誰かが居って考えたから私というものが霊界に存在する! そうではないでしょうか?」

先生「その通りじゃ。誰かがあなたのことを考えたからあなたが出来上がったのである。その誰かが即ち神じゃ。神は思想を以ってあなたを創られた。それと同一筆法で、あなたも又思想を以って物を創る――これであなたは何を悟りましたか?」

私「形も又物質及び力と同じく滅びないということであります。それからもう一つは、神が私を考えて創られたと同様に、私も又考えて形を創り得るということであります」

先生「これであなたが最初発した質問に対する答案が出来たではありませんか?」

私「そうかも知れません・・・。私が現在霊界で見ているものは形である。私自身も又形に過ぎないから、それで自分と同じく全ての物が皆実体を具えているように見える・・・こんな道理かと存じます。しかし何故私自身実体があるように見えるのでしょう・・・」

先生「そう見えるのが当たり前じゃ。霊界には物質は全く無い」

私「それなら若しも私がこの形で地上に戻ったなら、自分が非実体的であるような感じが起こるでしょうか?」

先生「地上に戻ってあなたは物質化しますか?」

私「しません。するとあなたの仰る意味はこうでございますな――私が物質化するのでなければ、単なる形であり、力であり、物質との比較は出来ないと・・・」

先生「分かり易いように一つ例を引きましょう。若しもここに光があって、それを煙の真ん中に置いたとする。そうすれば何が見えます?」

私「勿論煙を通して光が見えます。恐らくいくらかぼんやりと・・・」

先生「煙は何です?」

私「力です」

先生「ただ力だけですか?」

私「無論炎には形もあります」

先生「煙は何です?」

私「物質と形とです」

先生「それであなたの質問に対する答案にはなりませんか?」

私「そう致しますと、先生の仰る意味はこうでございますか――人間の物質的肉体を通して霊魂が光るのは、丁度煙を通して蝋燭の火が光るようなものだと・・・」

先生「その通り」

● 霊界の学校 三
「ワシはその時一つの突っ込んだ質問を先生に発した――

「私は今物質を棄てて単なる形となっておりますが、この形も又いつか棄てることがありましょうか?」

そう言うやいなや教室全体は忽ち森閑と静まり返ってしまった。全ての生徒達は先生の返答いかにと何れも固唾を呑んだのである。

先生「あなたの質問には遺憾ながら私にも充分の解答を与えることが出来ません。私にはただこれだけしか判っていない――次の界に進む時には、我々は現在の姿を持ってはいない。しかし第五界以上に於いてそれがどうなるかは霊界に居る我々の何人にも判りません。我々は霊界を限るところの火の壁を透視する力量は全くない。丁度人間が死の黒い帷(とばり)を透視し得ないのと同様なのである。偉大なる天使達には勿論お判りになっているに相違ない。しかし我々はあなた方と同じく、霊界の者であるからどうしてもそこまでは判らないのです――他にまだ質問がありますか?」

私「それでは伺います。我々は神により造られ、従って神にすがりて救済を求め、我々の安寧幸福に対して一切の責任を神に負わせます。しからば我々も又自分の造った形に対して責任を負うべきではないでしょうか?」

この質問で、再び沈黙が全教室に漲るべく見えた。

先生「あなたは若いのに似ず大変実質のある質問をします――ではこちらから訊ねます。あなたは最初あなたの守護神と暫く言葉を交えた時にどんな体験を得ました?」

そう先生から訊ねられたので、ワシはあの時の恐ろしい悪夢式の光景を物語り、最後に神に祈願したので、全てが次第に順序よく整頓して行ったことを説明した。

先生「あなたの質問はそれで大抵解決されたでしょう。あなたの造った思想があなたに向かって責任を求めたではありませんか?」

そう言われた時にワシは心から恥じ入って頭を下げ、暫く二の句がつげなかった。

先生「それはそれでよいとして、あなたの質問には奥にもう少し意味があると思います。言って御覧なさい」

私「私自身は新しい思想を生みますが、思想が思想を生む力があるものでございましょうか?」

先生「勿論直接にはない。しかし間接にもないでしょうか?」

私「間接にもないかと存じますが・・・」

先生「でも物質世界に於いて一の邪悪行為が起こった時に、それを真似る者が現れませんか?」

私「それは勿論現れます。しかし霊界では万事勝手が違うかと存じますが・・・」

先生「皆さんの中で誰かこの答弁をやって御覧なさい」

先生がそう述べると、生徒の一人がやがて次のように答えた――

「地上に存在するもので霊界にその模写の無いものは一つもありません。樹木でも、建物でもその他一切が皆その通りです。相違点はただ霊界にあの粗末な物質がないだけです」

私「しかし霊界の悪思想が他に感染して他を邪悪行為に導くというようなことがあるでしょうか?」

先生「それでは又一つ訊ねる。あなたが地上に居た時に全く無関係な二人、若しくは二人以上の人々が、同時同刻に同一の発明をすることがあるのに気が付きませんか?」

私「それはしばしば気が付きました。が、私共はそれを偶然の暗号であると考えていました」

先生「イヤ偶然の暗号などというものは決して存在するものではない。それは人間が自己の無知識――神の根本原則を知らずにいることを隠蔽するに使用する遁辞に過ぎない。
所謂偶然の暗号と称するものの裏面には必ず霊界の摂理の手が加わっている。それから又あなたはいつどこから淵源を発したかも判らぬ古い思想が幾代かにわたりて人類に感化を与えていることに気が付きませんか? 本国ではすっかり忘れられているにもかかわらず、ともすればそれが遠方の何の連絡もなかりそうな他国民の間に復活している場合も少なくありません――判りましたか?」

私「そうしますと一の思想は他の新思想を創造して行くのでございますな」

先生「その通り――が、新思想と言っても全く無関係の思想ではない。何らかの連絡のある思想に限って創造されて行くのです」

● 霊界の学校 四
「ワシは何やらまだ腑に落ちなかったので、更に質問を続けた――

「もう一つ質問させて頂きます。一つの思想がまるきり無関係の新思想を創造することが出来ないというのに、何故それが人間には出来るのでしょう? 人間はある場合に於いて残忍な悪思想を創造し、その思想を以って他人を残忍な行為に導くことが出来ると同時に、次の瞬間には親切な善思想を創造し、これを以って他人を善道に導くことが出来ます。何故こんな相違が生じて来るのでございましょうか?」

先生「それなら又訊ねますが、一体人間は何と何とから出来ております?」

私「物質、形、力の三つから成ります」

先生「思想は何から出来ております?」

私「単に形のみかと存じます・・・」

先生「それであなたの疑問は解けている筈でしょう」

私「ああ判りました。力と称するものの有無によりて相違が生ずるのでございましょう。が、力とは一体何でございますか?」

先生「ある人は力は神だと言います。又ある人は力と物質とが神だと言います。又ある人は力と物質とは同一で、神の神たる所以はここに存ずるのだと言います。人間は力か物質かの内どれかを創り得ますか?」

私「イヤ人間はただ形を創造し得るだけかと存じます」

先生「あなたの疑問はまだそれですっかり解けてしまいませんか?」

私「私の最初の疑問はまだ解かれていないかと存じます。私の疑問はこうです――人間は種々の思想を創造し得る力量があるのに何故人間の思想にはそれが有り得ないか?」

先生「神はあなたを創ります。あなたはあなたの思想を創ります。あなたの思想は他を感化します。
思想の働きはそれを創った思想によりて縛られます。あなたの行為はあなたを創造した力によりて縛られます。神は何物によりても縛られません」

私「すっかり判ってまいりました。我々人間には自分達の知らぬ事物につきて思考する能力がありません。然るに神は全智であり、従って全能であります」

先生「神は一切なのであります――あなたの第一課程は首尾よく終わりました。皆さんに休暇を許します。戸外へ出て宜しい」

次の瞬間に我々一同は小学校の生徒そのまま戸外に飛び出して、思い思いの勝手な遊戯に耽ったものである。が、霊界の遊びというのは皆精神的のもので、そして地上で業務と称するものが、つまりここでは皆娯楽なのであるから大分勝手が異なっている。
ワシのことだから、自ずと建築に趣味を持っている人々の組に入って遊びました。可笑しなことには仲間は皆それぞれ背の高さが違う。それは各自の霊性の発達が同一でないからである。やがて仲間の一人が、昔地上にあったある有名な建築物の見学に出掛けようと言い出した。

「さぁ」とワシが言った。「口外の風致を損ねる俗悪極まる別荘の見物なら有難くもないが・・・」

「例えば君が造ったような代物かね。あんなものは全く有難くない・・・」

一人の少年がそうワシのことを皮肉った。若しもこんなことを言われたなら、生きている時分であったなら恐らくむかっ腹を立てたと思うが、ワシはただ高笑いで済ました。すると先に発議した大柄の少年が傍から口を出した――

「君、そんな心配は一切無用だよ。俗悪な建物は霊界へは来ないで皆地獄の方へ行ってしまう。勿論霊界にあるものだって最上等の種類ではない。最上等のものはずっと上の方の界へ行くからね。しかし霊界のだとてそう馬鹿にしたものではない。一つ非常によく出来ているアッシリアの建築があるから行って見ようではないか?」

こんな相談の結果我々は打ち連れてそのアッシリア建築物の見物に出掛けたのであったがワシにとってそれは何よりの保養であった」

● 霊界の学校 五
叔父さんが霊界で建築物を見物に出掛けたという物語は、はしなくも前年物故したAという人物の死後の生活状態を明らかにする端緒を開きました。

ワード「叔父さん、あなたは霊界でそんなに多数の建築家達と御交際をなさるなら建築家のAという男にお会いになられませんでしたか?」

叔父「こいつぁ意外じゃ! 別荘の事についてワシのことを皮肉ったのは外でもない、そのAという男じゃ・・・」

ワード「まぁそうでございましたか――近頃Aはどんな按配に暮らしております?」

叔父「あの男は現在ワシの仲間にいますよ。何でも最初霊界へ来た時に半信仰者の部類に編入されたので大変不平で、僕は立派な信者だと言って先生に食ってかかったということじゃ。すると先生はこう言われたそうじゃ――

「あなたが真の信者ならここへは来ぬ筈じゃ。あなたは自分では立派な信者と思っていたのであろうが、しかし信仰というものはただ口頭で信ずるのみではいけない。心から信仰を掴まねばならぬ。若しあなたが真の信者であったなら、地上であんな生活を送る筈がない。自分で信者と思っていたもので現在地獄に堕ちている者は沢山ある。真の信仰は実行の上に発揮されるべきである。それでなければ誠の信仰ではない。これは必ずしも神を信ずる者が罪を犯さぬという意味ではない。信仰ある者でも犯した罪の為に苦しむこともあるであろう。人間はいかなる思想、いかなる行為に対しても責任がある。が、いずれにしても誠の信仰を持つというとこが根本である。霊界では他を欺くことは出来ない。イヤ自分自身をも欺き得ない。あなたは半ば信じたからそれでこの境に置かれたのだ。若し少しも信仰がなかったなら地獄に送られたであろう。まぁ折角勉強なさるがよい・・・」

「これにはさすがのAも一言もなかったそうじゃ・・・」

ワード「いかがでございます、あの男の霊界に於ける進歩は?」

叔父「あまり速いとも言われまいな。お前も知る通り、Aは何分にも血気盛りで、狩猟だの、酒だの、女だの、金儲けだのという物質的な快楽に囚われている最中に死んだものだから現世の執着が中々脱け切れない。無論あの男は地縛の霊魂ではない。地縛の霊魂なら霊界には居られない――が、どうも地上がまだ恋しくてしょうがないようじゃ。時々学校を怠けて地上へ降りて行って、昔馴染みの女やら料理屋やらをちょいちょい訪れる模様がある。
地縛の堕落霊が淫らな真似をしたさにうろつき回るのとは大分訳が違うが、どうも旧知の人物や場所に対する一種の愛着が残っているらしい。決して悪い男ではないのだから早くそんな真似さえ止せば進歩がずっと速くなる。しかし当人自身も言っている通り、Aは少なくとも三十年ばかり死ぬのが早過ぎたのかも知れん。従って三十年位は途中でまごつかなければならんのじゃろう・・・。

兎に角Aは恐ろしく分かりの良くない男で、極めて簡単なことでも中々呑み込めぬようじゃ。死んだのはワシよりもずっと早いがもうワシの方が追い越してしまった。しかし元来が面白い人物なので教場外では大変人望がある。もっともAは霊界に戸外遊戯がないのには余程弱っているらしい。おかしな男でこの間も成るべく妻の死ぬのが遅れる方がいいと言うのじゃ。何故かとその理由を訊いてみると、後から来た女房に追い越されると癪に障ると言うのじゃ。

イヤ今日は大変長い間お前を引き止めた。余り長引くと、お前が霊界の者に成り切りになると困るからこの辺で帰ってもらうことにしよう・・・」

十三. 自分の葬式に参列(上・下)
● 自分の葬式に参列 上
これは2月21日午後7時に出た叔父からの自動書記的通信であります。霊界から出張して自分の肉体の葬式に参列したという奇想天外式の記事で、先入主に囚われた常識家の眼を回しそうなシロモノですが、しかしよく読んでみると情理兼ね具わり、いかにも正確味に富んでいて疑いたいにも疑うことの出来ないところがあります。出来るだけ忠実に紹介することにしましょう――

「ワシはこれから自分の葬式に参列した話をするが、その事の起こったのは、霊界へ来てから余程の日数を経たと自分には思われる時分のことであった」

「これより汝を葬式に連れて参る。そろそろその準備をいたせ!」

ある日ワシの守護神が突然教室に現れて、ワシにそう言われるのであった。ワシは寧ろびっくりして叫んだ――

「私の葬式でございますって! そんなものはとうの昔に済んでしまったと思いますが・・・」

「イヤそうではない。霊界の方では余程長いように思えるであろうが、地上の時間にすれば汝がここへ来てから僅かに三日にしかならないのじゃ」

霊界の時間・・・むしろ時間無しのやり方と、時間を厳守する地上のやり方との相違点にワシが気が付いたのは、この時が最初であった。地上ではたった三日にしかならぬというのに、ワシは確かに数ヶ月間霊界で勉強していたように思えたのじゃ。
ついでにここで述べておくが、霊界には夜もなければ昼もなく、又睡眠ということもない。もっともこれはちょっと考えれば直ぐ判る話で、霊魂は地上にいる時分から決して眠りはせぬ。そして体とは違って休息の必要もない。

さてワシの守護神は学校の先生に行き先地を告げてワシの課業を休ませてもらうことにした。丁度その時刻に課業が始まりかけていたところで、地上の学校と同じように無断欠席は無論許されないのである。

次の瞬間に我々はたちまちワシの地上の旧宅に着いた。最初想像していたのとは違って、エーテル界を通じての長距離旅行などというものは全く無しに、甚だ簡単に自分の寝室に着いてしまったのじゃ。
その時は随分不思議に感じられたが、今のワシにはよく判っている。我々の世界と人間の世界とは決して空間といったようなもので隔てられてはいない。むしろ双方とも同一空間に在ると云ってよかりそうなものじゃ。が、この点はまだ充分説明してないと思うからいつか機会を見て詳しく述べることにしよう。

ワシの旧宅の内部は家具類がすっかり片付けられていて平生とは大分勝手が違っていた。ふと気が付くと、そこには一つの棺桶がある。それには大きな白布がかかっていたが、ワシはそれを透して自分の遺骸をありありと認めることが出来た。

不思議なことには最初予期していた程には自分の遺骸がそう懐かしくなかった。古い馴染みの友に会ったというよりかも、むしろ一個の大理石像でも見物しているように思われてならなかった。

「汝は今やその任務を終わった。いよいよこれがお別れじゃ」

ワシはそう小声で言ってはみたが、どうもさっぱり情が移らない。あべこべに他の考えがムラムラと胸に浮かんで来てならなかった。

「汝は果たしてワシの親友であったかしら・・・。それとも汝はワシの敵役であったかしら・・・」

こんな薄情らしい考えが胸の何処かで囁くのであった。兎に角ワシはこれでいよいよ自由の身の上だなという気がして嬉しくてならなかった。

暫くしてワシは他の人達が何をしているか、それを見たい気になった。次の瞬間にワシは食堂に行っていたが、そこは弔い客で一杯なので、成るべくその人達の体に触れないように食卓の中央辺の所を狙って、下方から上に突き抜けた。無論食卓などは少しもワシの邪魔にならない。人間の体とても突き当たる虞はないのだが、ただ地上生活の間に作られた習慣上、群衆の中を通るのはどうやら気がさしてならないのであった。

其処でワシは残らずの人々を見た。お前もいた。GもDもMもPもその他大勢いた。が、其処もあんまり面白くもないので、ワシはやがて妻の居間であった部屋に行ってみたが、ここも格別感心もしない。仕方がないのでワシは又フラフラと部屋を脱け出した」

● 自分の葬式に参列 下
自動書記はこれからますます佳境に進みつつあります――

「実を言うとワシは折角自分の葬式に臨むことは臨んだが、ただ人々の邪魔をしに来ているように感じられてならなかった。こんな下らないものを見物しているよりは、学校で勉強している方がよっぽどマシだ――ワシはそんなことを考えた。するとワシの守護神は早くもワシの意中を察して次のようにワシをたしなめられた――

「いよいよ遺骸が土中に埋められる時には、霊魂としてその地上生活の伴侶であった肉体に訣別を告げることが規約になっておる。それには相当の理由がある。単に肉体に対する執着――丁度飼い犬が少し位酷い目に遭わされてもその主人を慕うに似たる執着――の他に、次のような理由がある。死体の周囲には常に様々の悪霊共が寄って集って、何やらこれに求めるところがあるものじゃ。死体に付着する煩悩の名残――悪霊というものはそれを嗅ぎ付けて回るのじゃ。

時とすれば彼等は死体の中から一種の物質的原料を抽出しにかかり、ひょっとするとそれに成功する。彼等はその原料で自己達の裸体を包むのじゃ。が、それはただ邪悪な生活を送った人々の死体に限るので、汝の死体にそんな心配があるのではない。しかし我々はそれ等の悪魔の近寄らぬよう、行って監督せねばならぬ。

又情誼の上から言ってもあれほど永らく共同の生活を送った伴侶を、その安息の場所に送り届けるのは正しい道じゃ。

最後にもう一つ、汝が棄てた現世の生活の取るに足らぬこと、又新たに入りたる霊界の生活の楽しいこと――葬式によりてそれを汝に悟らせたいのである」

守護神からそう言い聞かされたので、ワシは再び自分の部屋に戻って遺骸の側に座っておると、間もなくお前がそこに入って来た。お前はナプキンを取り除けて、しきりにワシの死顔を見ていたが実は本当はワシはお前の正面に立っていたのじゃ。ワシはお前が大変萎れているのを見てむしろ意外に感じ、この通り自分は元気にしているから心配してくれるな。このワシが判らないのかとしきりに呼んでみたのじゃ。

その声がお前の耳に入ったのではないかしらと一時ワシは歓んだ。お前は一瞬ワシの顔を直視しているかの如く見えたからじゃ。が、やはり聞こえてはいなかったと見えて、お前はナプキンやらシートやらを元の通りに直して、彼方を向いて部屋を出て行ってしまった。

間もなく葬儀屋の人足が入って来て、棺桶の蓋を閉めて階下に運んで行った。ワシも行列の後について寺院に行った。

棺桶が墓中に納まり、会葬者がすっかり立ち去ってからもワシはそこに留まって、墓穴の埋められるのを最後まで見ておった。無論土が被ってからもワシにはかつてワシの容器であった大理石像――自分の死体がよく見えた。ワシはもう一度それを凝視した。それから守護神の方を向いて、さあお暇しましょうかと言った。

その言葉の終わるか終わらぬ内にワシは早や自分の学校に戻っていたが、その時ワシは思わず安心の吐息をもらしたのである。ワシの守護神はと思ってグルリと見たがもう影も形もない。こんな目にあえば最初はびっくりしたものだが、この時分のワシは既にその神変不可思議な出入往来には慣れていた。

すると先生が優しく言葉をかけてくれた――

「席におつきなさい。今丁度質問が一巡済んだところです」

「えっ! 質問が一巡済んだところ・・・」ワシはそれを聞いて呆れ返ってしまった。「ワシは何時間も地上に行っておったように感じます。成る程霊界と現界との時間には関係がありませんな!」

「あなたも霊界に時間のないことが分かりかけたでしょうが・・・」

ワシは再び同級の生徒達を見ましたが、この時初めて地上の人達のいかに小さく、いかに発育不完全であるかをワシは痛感したのであった。ワシの同級生は兎も角も少年の姿をしていた。しかるに地上の人間は大部分よくよくの赤ん坊――事によるとまだ生まれない者さえもあった。殊に某(なにがし)だの、某だのの霊魂の姿ときては誠に幼弱極まるもので、滑稽であると同時に又気の毒千萬でもあった。兎に角ワシはお前達に会った時に、灰色がかったお前達の肉体を透してお前達の霊魂の姿を目撃したのじゃが、ややもすれば、一番大きなそして一番美しい肉体が一番小さい、一番格好の悪い霊体を包んでいるのには驚いた。

何はともあれ、ワシはお前達が人生とか浮世とか云って空威張りをしているところから逃れ出て真の意義ある霊界の学校生活に戻った時の心の満足は今でも忘れ得ない。が、同時に新しい希望がワシの胸裏に湧き出た。外でもない、それはこの事実をお前をはじめ、人類全体にあまねく知らせてやりたいという希望であった――これで三十分休憩・・・」

十四. 霊界の大学(上・下)
● 霊界の大学 上
前回の自動書記に引き続き、同日の午後8時50分に出たのがこれであります。叔父さんがいかに第一部から第二部の方に進級し、いかに地上との通信を開始するに至ったか、それ等の肝要な事情が頗る明細に述べられてあります――

「さて霊界の学校へ戻ってからのワシは、こちらの実況を地上で会った人達に早く知らせてやりたくてならなかった。地上にワシの死を衷心から悲しんでくれる者が沢山あるので、それが気の毒で堪らないということも一つの理由ではあったが、しかしそれよりも、地上の人々が少しも未来の生活を信ぜず、たとえ信じたところで見当外れの考えばかり抱いている――それが歯痒くて堪らないのであった。
既に前にも述べた通り、ワシは自分の骨肉の者に通信しようとしてことごとく失敗し、ようやくのことでお前と接触を保つことに成功したのであるが、しかしそこへ達する迄には中々の苦心を重ねたものじゃ。最初はまるきり見当がつかず、どうしてよいものやらイタズラに心を苦しめるばかりであった。が、是非とも通信したいという決心がつくと同時にワシの守護神が不意にワシの教室に現れた。

「あなたが受け持ちのこの生徒でございますが」と守護神が学校の先生に言った。「近頃学課の成績が大変宜しいので、そろそろ大学の方へ移らせたいと存じますが・・・」

「仰せの通り成績が飛び離れて優れております――宜しうございます、直ぐその手続きをいたしましょう」

やがて課業が終わると、生徒一同はワシの身辺に群がり寄った――

「イヤーおめでとう! 君はとうとう一人前になったね!」

そう言って祝意を表してくれた。ワシの外にも数人の生徒が各々その守護神達に導かれ、お馴染みの校舎に別れを告げることになった。

するとやがてワシの守護神がこう言うのであった――

「汝は今地上の人達と通信したいと思っているが、その理由を述べてみるがよい」

「私は霊界の実情を彼等に知らせたいのでございます。そうしてやれば、彼等は生きている時から霊界入りの準備にかかり、私のように小学の課程を踏まずともよいことになりましょう。又未来の生活を信じている人間にしましても、あまりにその観念が乏し過ぎるようで・・・」

「それは判っているが、何故汝が今通信せねばならぬ必要があるのじゃ? 人間は何時かは皆霊界に来る。それから勉強しても差し支えなかろうが・・・」

「イヤ私自身地上に居た時にあまりに霊界の研究を怠りましたので、少々なりともその罪滅ぼしをしたいのでございます」

「それなら結構じゃ。それなら充分の理由がある。地上の人類はあまりに神に背き過ぎておる。汝が彼等を導くことは、つまり己を導くことである。見よ、汝は既に第一部を通過して第二部の方に入りつつある」

「第二部でございますか? どうすれば私がそちらへ参り得るのでございます?」

「皆自力でその方法を見出すのじゃ。霊界に於いては自分の問に答える者は常に自分である。他から習うことは許されない。努めよ。さすれば与えられる」

それから間もなくワシは守護神と別れて、見知らぬ一群の青年達の間に自身を見出したのであった。

● 霊界の大学 下
自動書記はなお続きます――

「ワシは何となく、ここが大学の所在地であるらしく感じられてならなかった。で、早速付近の数人を捕えて、試みに地上との交通の方法を訊ねてみた――人間界とは違って不思議にも霊界ではこんな場合に遠慮などはしないのである。

するとその内の一人がこう答えた――

「丁度我々もあなたと同様に、地上との交通法を研究している最中なのです。御一緒にやりましょう」

それからワシ達はその大きな都市中をあちこち捜し回った挙句に、やっと自分達の思う壺の人物に出会うことが出来た。その人は現世で言えば大学の講師とも言うべき資格の人であったが、ただ地上の講師とは違って講義はしてくれないで、先方から質問ばかりかける。丁度今迄の学校の先生そっくりの筆法なのである。早速我々の間にこんな問答が開始された――

「地上の人間と交通するのにはどうすれば宜しいでしょう? 教えて頂きます」

「あなた方に訊ねるが、霊界で仕事をするのには一体どうすればよいのです?」

「思念が必要だと存じます」

「それでよい」

「そうしますと、我々はただ生きている人間と通信したいと思念すればよいのでございますか?」

「無論! 他の方法がある筈がない」

「思念するとすれば、その対象はたった一人がよいでしょうか? それとも大勢が宜しいでしょうか?」

「それはあなた方の勝手じゃ。が、一人を思念するのと大勢を思念するのとどちらが易しいと思います?」

「無論一人の方が易しいです!」と我々は一斉に叫んだ。

「他にまだ質問がありますか?」

「色々考えてみたがワシ達には別に質問すべきことがないので、早速そこを辞して、今度は研究室のような所に閉じ篭ってこの重大問題について思念を凝らしてみることになった。
「ある事を思念する」――単にそう言うと甚だ簡単に聞こえるが、実地にそれをやってみるとこんな困難なことはない。色々の雑念がフラフラ舞い込んでしょうがない。ワシ達は何週間かにわたりてその事ばかりに従事したように感じた。が、とうとう最後に仲間の一人が地上と交通を開くことに成功した。

それを見てワシ達は一層元気づいた。が、その内他の一人がこんなことを言い出した――

「どうもワシの念じている人物は甚だ鈍感で、こちらの思念がさっぱり通じない。こりゃ相手を選ばんと到底駄目らしい・・・」

ワシ達にとりて相手の選択は新しい研究題目であった。ワシ達はこの問題についてどれだけ討議を重ねたか知れない。最後にワシ達は、あまり物質的でない人間と交通することが容易であらねばならぬという結論に到着した。が、何人が物質的で、何人が物質的でないということは中々判別しかねるので、止む無く各自に人名簿を作り、片っ端からそれを試しにかかった。その結果どうなったかはお前が知っている通りじゃ。とうとうワシはお前のことを捜し当てた。あの晩ワシは特別に地上に引き付けられるように感じたが、今から思えば、ワシが死んでからその日が丁度一週間目に該当しているのであった。

ワシにとりてはお前との交通が他の何人とやるよりも一番容易であるように感ぜられるが、しかし真に交通の出来るのはお前の睡眠中に限られた。で、その結果最初はあんなやり方を考え付いたのであるが、一旦開始してみると段々その呼吸が取れて来た。最後にPさんに会って自動書記という段取りになったのじゃ――今日は先ずこれ位で切り上げましょう・・・」

十五. 犬の霊魂(上・下)
●犬の霊魂 上
2月23日の晩にワード氏は霊夢で叔父のLに会いましたが、その場所は風光絶佳なる一つの湖水の畔でした。

ワード「叔父さん、あなた方はやはり家屋の内部に住んでおられるのですか?」

叔父「そりゃそうじゃ――ワシは目下大学の構内に住んでおる」

ワード「霊界の大学というのは、地上の大学に似ておりますか?」

叔父「ワシの入っている大学の校舎はオックスフォードのクインス・カレッジの元の建物であるらしい。つまり現在の古典式の建物よりも以前のものじゃ」

ワード「時に叔父さん、私の父はあなたの葬式のあった当日に、あなたの為に供養を致しましたが、それは霊界まで通じましたか?」

叔父「ああよく通じました。が、どうもワシにはそれが葬式の当日とは思えなかった。何やらその少し以前らしく感じられた。イヤその供養の方が、葬式よりもどれだけワシにとりて有難いものであったか知れない。いやしくもキリスト教徒たる者が、単に遺骸のみを丁重に取り扱うのは甚だその意を得ない。遺骸は何処まで行っても要するにただの遺骸じゃ。何をされても無神経である。これに反して霊魂は生き通しである。神の助けなしには一刻も浮かばれない。この霊魂を打て棄てておくへき理由は何処にも見出されない。

あの時分ワシは例の恐ろしい呵責――生前の行為が一々自分の眼前に展開する、あの恐ろしい光景に苦しみ抜いている最中であった。その呵責は現在でも全くないではない。その刑罰のお蔭でワシは辛うじて悔悟の道に踏み入ることが出来るのであるが、兎に角あの時分のワシの精神の苦悩は一通りではなかった。無論学校などへはとても行けない。悶えに悶え、悩みに悩み、身の置き所が無いのであった――と、その真っ最中に、一条の赫灼(かくしゃく)たる光明が、ワシを悩ます夢魔的幻影を一時に消散せしめた。そして右の幻影の代わりに彷彿として現れたのは一つの寺院ではないか。見よ聖壇の上には蝋燭と十字架とが載せてあり、その前には一人の僧が居る。それが取りも直さずお前の父で、おまけにお前までが其処に跪いている。人間の方は二人きりじゃが、人間の外に跪いている者も沢山居る・・・。それが何者であるかはワシにも分からない。が、兎に角寺院に一杯、側方の礼拝堂までも、霊界の参拝者でぎっしり詰まっていたのである。

この光景に接した時のワシの心の嬉しさ! それはとても筆や言葉で言い表し得る限りでない。数ある地上の人類の中で少なくともその幾人かが真に神を信じてワシの為に祈願を捧げてくれるのである。その祈祷の言葉がどれだけワシの胸に平和と安息とを恵んでくれたことか・・・。

が、それよりも一層ワシの心に深甚に感激を与えたのは、ワシに先立ちて霊界に入りたるこれ等幾百の霊魂達が、ワシの為に熱心に祈祷を捧げてくれたことであった。思うに彼等も又ワシのように霊界の険路を踏んで、自己の行為の幻影に悩まされた苦き経験から、ワシの一歩一歩の前進に対して心から同情を寄せてくれているのであろう。ああ英国の矛盾だらけの不思議な国教、その裏面には何という美しいものが潜んでいるのであろう! 我々の詩聖テニスンが[アーサーの死]を書いた時に、彼は確かに霊界からのインスピレーションに触れていたに相違ない。「我が魂の為に祈れ」――彼はマロリをしてそう叫ばしめている」

●犬の霊魂 下
ワード「それはそうと叔父さん、甚だつかぬことを伺いますが、動物が霊界に来ているという以上、こちらでウチのモリーをお見掛けになったことはございませんか?」

モリーはワード氏夫妻の愛犬であったのです。

叔父「モリーならちょいちょいワシの許へやって来ます。ワシの外にはここで誰も知っている者がないと見えてね・・・。それ其処へ来た」

ワード「何処です? ワシには見えませんが・・・」

叔父「もう直に見える」

そう言っている内に、モリーは直ぐ傍の小さい森の中から飛び出して来ました。死んだ当座よりか幾らか若く美しく、傴僂(せむし)がすっかり治っているのを除けば、他は元の通りでした。暫く叔父さんの周囲にじゃれ回った後で、ワード氏に近付き、尾を巻いて興奮状態でワンワン吼えました。ワード氏は生前やらせたように後肢で立って歩かせたり何かしました。

ワード「若しも動物がこの状態で霊界に生きているものとすれば、いよいよ霊界の頂点まで昇り切った時には彼等はどうなるのでしょう? 動物もやはり第五界へ入るのでしょうか?」

叔父「それはワシも目下研究中でPさんにも調査を頼んでおる――そのPさんだが、あの人もお前の体を借りて自動書記をやりたいと言っているからその内始めることにしましょう」

ワード「あなたはどうしてPさんとお知り合いになられたのです?」

叔父「それはこうじゃ。ワシがかねての希望通り、しきりに霊界の各境の事について研究を進めていると、ある時突然ワシの所へ訪ねて来たのがPさんであった。Pさんはこう言うのじゃ――「私は伝道の為に暫時地獄へ行っておりましたから、地獄の事情なら少しはあなたにお話することが出来ます・・・」

いかにもこちらの思惑通りの話であるからワシは大変喜んだ。段々話を聞いてみると、Pさんは地獄の学校の先生として特派されていたもので、地獄の奥の方のことは少しも知らないが、学校では随分色々の人間に接しているのであった。Pさんはなおこう付け加えた――

「若しあなたが、地獄の内幕を知りたいと思し召すなら、私の知人に丁度あつらえ向きの人物がおります。元は陸軍出身で、地獄の学校で私が教えた生徒ですが、もう追っつけ霊界へ上って参ります。私はその監督を命ぜられた関係がありますから、私の言いつけならよく聞いてくれます。同人は実に驚くべき強い人格の所有者で、従ってその進歩も迅速であります。ちょっと御覧になるとかなりに堕落した悪漢のようにも見えますが、中身は大変良くなっております。初めて私の学校へ入って来た当座は全校中の最不良生徒で、何故こんな者が入学を許されたのかと疑われる位でしたが、その後ズンズン他の生徒達を追い越して行きました」

「してみると地獄にも霊界と同じように学校があると見えますね」とワシが訊ねた。

「あることはありますが殆ど比較にはなりません。地上で申せば感化院と大学位の相違であります。イヤもっと段違いかも知れません。地獄には他に幼児達の学校も設けてありますが、それはつまり地上の幼稚園に相当致します。勿論学科は違いますが・・・」

こんな按配にPさんは色々のことをワシに教えてくれ、ワシからまたお前にそれを通信していたのじゃが、その後Pさんは御自分の守護神に何処かへ連れて行かれてしまった。何でも上の方へ昇る為の準備にかかったのであるそうな。しかし今後もある程度の材料を送ってくれるように懇々頼んで、その手筈にはなっておる。

ワシは目下大学で、他の同一目的の学生達と一緒にせっせと霊界のある方面の調査をしておるが、追っ付け皆お前に通信してあげる――今回はこれで一くさりつける。何かワシの力を借りたい事が出来たらワシの事を念じて祈願してもらいたい。ワシはこう見えてももう勝手に飛べるようになった」

言い終わって叔父さんはプイと空中に舞い上がり、湖水の上を横断して姿を消してしまった。ワード氏はいささか煙に巻かれた態で、湖面を染める夕陽の光を見つめつつただ茫然として寂しく其処に佇んだのでした。