夕張という町。
北海道の中央部から、南西に寄った山間に位置する町だ。
夕張という地名を聞くと、人はどんなイメージを抱くだろう。
人によってはそれは「炭坑の町」。明治の開拓期から昭和に至るまで、日本の工業を支え続けてきた炭坑の町。
あるいはそれは「メロンの町」。今では高級メロンの代名詞ともなった「夕張メロン」を産する町。
それとも「映画の町」。映画「幸福の黄色いハンカチ」の舞台ともなり、毎年、「ゆうばりファンタスティック映画祭」と言う名前の映画祭が催される町。
今では「観光・リゾートの町」。夕張駅前の冷水山に開かれた「Mt.レースイスキー場」。東京などからもツアーが組まれ、新しいスキーリゾートとして脚光を浴びる町。
誰もがその地名を知っていて、そしてその地名にいろんなイメージを抱く町。そんな多面性を持った町、夕張が今回の旅の舞台・・・。
8月だと言うのに、雨が降り続き、肌寒い日が続く。
札幌に滞在して1週間。ほとんど傘を手放せない日が続いていた。
天気予報では「秋雨前線」などと言っていて、「おいおい、まだ8月半ばだぜ〜」という気にさせられる。
もっともその雨も、今日の午後からは一旦は止むらしい。
ホテルはチェックアウトしたのだが、今日の予定はまだ決まっていない。
仕事を終えて「それじゃあ、帰るかぁ」じゃあつまらない・・・というわけで、森町の親戚の家に寄って、その後は函館から帰京しようと考えていた。
予定と言える予定はそれだけで、「何日に帰る」ということは特に決めていない。仕事の後、そのまま夏期休暇を取ることに急遽決めたので、慌てて帰る必要もない。
ただ来週からはお盆の帰省時期にもぶつかる。だから帰りの足だけは確保しておきたい。そのため昨夜、
持参している携帯PCからオンラインで状況だけは確認してある。
札幌地下街から地上に出ると、もう雨は上がっていた。
そのまま狸小路近くのロッテリアに入る。
ここで朝飯でも食べながら、今日の過ごし方を考えようと思ったのだ。
とりあえずこれからの行動で、決めていることは「メロンを買う」ことだった。
今が一番の旬だから、おいしいに違いない。出張に来る前に「隣近所、友人知人にも配るからたくさん買って来て!」と家族に頼まれてもいた。
当然ながらメロンを大量に抱えて旅するつもりはないので、すべて宅配便で送ることになる。出張荷物は着ていたスーツも含めて、すでにホテルから宅配便で送ってあった。旅は出来るだけ身軽でありたい。
コーヒーをすすりながら、時刻表をパラパラとめくる。
このまま森町まで向かってしまうのも手だが・・・そんなことを思いながら見て行く内に、ふと目に留まったのが「夕張歴史村」の文字だった。
丁度折り目が付いていたページが偶然開いて、そのページの真ん中にあった「夕張歴史村」の文字が目に付いたのだ。
昨日、「北竜町のひまわり」を見に行った(旅その13をご覧下さい)際に札幌から滝川までは高速バスを利用した。で、その高速バス時刻が載っているページには折り目が入れてあった。そのページと同じページに夕張歴史村の文字があったのだ。
そう言えば、夕張という町は今までに訪れたことがない。
かつて炭鉱で賑わったこの町も炭鉱閉山後は人口も減り、今では別の売り物を模索する町へと転換しつつあると言う話は聞いたことがある。
そんな夕張という町の「今」を見てみたいと以前から思ってはいた。だが機会がないまま、今日に至っている。
何度か「新夕張」と言う駅を列車で通過したことはあるが、この駅は夕張の市街地を通ってはいない。市街地はこの駅から分岐する支線の終点にある。
「夕張かぁ・・・うん?待てよ・・・どうせメロン買うなら産地で買うのもいいよな」
きっかけは得てして単純なものだ。時刻表に夕張と言う文字を見つけた偶然。メロンを買うという目的。そんなささやかな事から旅は始まる。もちろん、その下地となるその地への興味が無くては、こう簡単には行かない。
と言うわけで、今日の目的地は夕張に決定したわけだ。
都合が良いことに次の夕張行きバスの発車時間は、これからゆっくり札幌駅のバスターミナルに向かっても、十分間に合う時間だ。
これで今日の目的地は決まった。あとは「今日の夜、どこに泊まるか」だが、これは途中で考えればいいだろう・・・そう思って、バスターミナルに向かうことにしたのだった。

札幌駅のターミナルからは都市間高速バスが多方面に出ている。
同じ区間を走る鉄道よりも大体が料金が安いことと、発着本数も比較的多いので何かと便利だ。そのため利用する機会も多い。
バスターミナルを出た高速バスは道央自動車道をしばらく走り、高速道路を降りた後は栗山町を抜けて夕張へ向かう。片道およそ1時間45分。比較的近いという印象なのだがどうだろう?
私などは毎日の通勤時間が片道1時間半ほどなので、このくらいの時間をバスの中で過ごすことは苦にはならない。元々バスや列車の車窓から、流れる景色を見ているのが好きだと言うこともある。
ましてや首都圏と違って30分も走ると、辺りの風景は田園地帯が広がる典型的な北海道の風景となるのだ。
栗山町を過ぎ、「夕張」の文字が道路沿いの立て看板に見られるようになった辺りから、途端にビニールハウスが目に付きだした。もちろんこれは、メロン用のビニールハウスだ。栗山辺りでもメロンは作られているはずだが、やはり夕張メロンの知名度にはかなわない。
やがて「もう少し車窓風景を楽しみたいなぁ」と思っている間に夕張駅に到着。
ここで札幌から乗ってきた乗客の何人かが下車する。私は終点まで行こうと思っているので、車窓から市街の風景を眺めている。
少しづつ乗客を降ろし、終点の「石炭の歴史村」に到着したときには、乗客は私一人だけになっていた。
ただし駐車場を見る限りでは、かなりの人がここを訪れているようだ。大きな駐車場は半分以上車で埋まっている。
石炭の歴史村は名前の通り、石炭の歴史(これはイコール夕張の歴史でもある)を振り返る「石炭博物館」を中核とする大規模な複合施設だ。この博物館の他にもロボット大科学館などの展示施設や遊園地、レストランなどが併設されている。
私の目的は石炭博物館。このあと、市街地をのんびり歩きたいと思っているので、すべての施設を見る時間はない。
博物館の入り口で料金800円を払い、中に入る。
石炭博物館と言う名前から興味が失せてしまいそうだが、中身は充実している。
「石炭とは何か?」から始まって、「石炭採掘の歴史」や「石炭採掘の方法」などその展示内容に飽きることはない。

この博物館のハイライトは、本物の立坑を利用して、坑内機械の運転シーンや人形を使っての実際の作業の再現をしている「史蹟夕張砿」だろう。
この場所までは、地下1000mへの下降を体感できるエレベータで降りることになる(もちろん、実際はそんなに深く潜っているわけではない)。
エレベータを降りると、いきなりひんやりした湿っぽい空気に包まれる。もうそこは坑道の中だ。
そのまま順路に従って坑道の中を歩く。
上から「ポタポタ」と水が滴り落ちるのがリアルだ。しかしこれは演出ではないだろう。途中に「緊急避難路」などがあっるのを見かけると、スリルさえ感じられる。やはりこの中は「坑道」なのだ。
このような環境で、かつての作業員は1日の大半を過ごしたのかと思うと、かなり過酷な労働条件と言う気がする。そしてこの厳しい労働に支えられて日本の工業が発展したのかと思うと、なにやら厳粛な気持ちにもなる。
出口まで来て、外の日射しを見たときには何やらホッとする。雲が掛かっているため強い日射しではないのだが、その光がとても明るく、そして有り難いものに思えてしまう。

出口近くの石炭の大露頭(北海道指定天然記念物)の写真を撮ってから、再び駐車場まで引き返す。
ここからは町の中を歩きながら夕張駅まで戻り、列車に乗るつもりでいる。もちろん、メロンを買うことも忘れてはいない。
山の斜面には炭坑住宅と思われる住宅がズラリと並んで建っている。
「今でも住人がいるのかなぁ?」と思い、そばまで行くと人が出入りしているのが目に留まった。空き家も多いのだろうが、すべての人がこの住宅を去ったわけでもないようだ。犬の声も聞こえる。
だがシャッターが下ろされた商店の傾いた看板に、やはりこの住宅街は「過去」になりつつある・・・そう思わずにはいられなかった。

バス道に戻り、しばらく歩くと何やら賑やかな場所に出た。
見ると「夕張夏祭り」を開催しているらしい。女子大生のチアガールが司会者に紹介されて演技中だ。その横ではメロンの即売もしている。
「これはいいところに出くわしたぞ」と思いつつ、早速メロンを味見する。
「さすがは夕張メロンだぁ」と言いたいが、正直に言ってしまうと
他のメロンと比べられるだけの知識も味わった経験もない。ただ確かにメロン特有の強い香りと奥深い甘みではある。それに何と言っても夕張メロンだ。そのネームバリューも味の内。これなら誰に送ってもきっと満足してくれると思う。
値段もかなり安値で出しているように思える。そもそも祭りの即売で市価より高いのでは、誰も買いはしない。
試しに「札幌辺りに比べてどのくらい安いんですか?」と尋ねてみると、「そうだねぇ・・・今日辺りだと1/3ぐらいかなぁ・・・まあ半値ぐらいにはなってると思うんだけどねぇ・・・」との返事。ちょっと自信なげな返事ではあるが、やはり安いことは確かなようだ。
結局その場で、かなり大きなメロン4個入りを2箱購入。1個辺り1200円くらいになる。
宅配の伝票を書いている間に、「そうだ、あいつにも送ろう」と思いつき、さらに2個追加。締めて10個のメロンを購入したことになる(ちなみに後日函館から帰る際に、函館近くの七飯産メロンをさらに8個も買い足したので、帰宅してからは毎日飽きるほどメロンを食べる羽目になってしまった・・・贅沢過ぎる?)。
ところでこの後、町を歩いていると、とある商店の店先で売られていたメロンが「700円」で売られていた。大きさは幾分小さいようだったが、私の買ったメロンと比べてもさらに半値近いことになる。あのメロンはどんな味だったんだろう?・・・ちょっと気になるよなぁ・・・。

さて祭りの会場を離れ、商店街を歩く。
今日は日曜なのだが、商店街を歩く人の姿を見かけない。「みんな"祭り"に出かけてしまった」と言うわけでもないだろうし、人の誰もいない商店街は不自然なほど寂しい。
それとも他の場所に、新しい商店街が作られているのだろうか。
だがこれが「現在の夕張」なのかもしれないと言う気もする。
炭坑の町の時代。この町には炭坑で働く人たちとその家族が住んでいた。
夕暮れ時ともなると、商店街には買い物かごを下げたお母さんたちが子供の手を引きながら、晩飯の買い物に出かける。お父さんたちは一日の仕事を終え、この商店街の居酒屋で軽く一杯やって家路に向かう。
日曜日には家族揃ってお出かけ。その当時は有ったはずの映画館に家族揃って出かけるのだ・・・。
もちろん、これは私の勝手な想像。「炭坑が消えた町」と言う、先入観も作用している。
だが静か過ぎる商店街を見ていると、どうしてもこんな想像が頭に浮かんでしまう。
徐々に観光の町に変わりつつある今、そして
観光地は各所に点在している今、町の中心地としての商店街は以前のように一カ所に集中する必要性を失ったのかも知れない。

石切神社と言う名前の急な石段を持つ神社を横目に歩く。
普段の私ならとりあえず高いところや展望台などは必ず立ち寄るのだが、商店街の雰囲気に気を取られている内に、うっかり通り過ぎてしまった。
この石切神社から少し離れたところには川が流れている。かなりの急流だ。
橋が架かっているその下を、かなりの勢いで流れている。前夜までの雨のせいか、水は茶色く濁っている。考えてみれば夕張は山間の町。炭坑があったからこそ大きくなった町なのだ。本来、生活する上で地形的に恵まれた環境と言うわけではない。

市役所の前を抜けて、やがて夕張駅に到着した。
最近建て替えたと思われる、こじんまりとしたかわいい感じの駅舎だ。
その駅舎の前に建っている立派な建物は「ホテルMt.レースイ」。
冬にはスキー客で賑わうのだろうなと思う。かなり大きなホテルだ。
駅舎の中にはKIOSKがあり、切符もその売店で買うことになる。つまり完全には無人ではないのだが、駅員がいない駅なのだ。
「市」の中心駅(そして終着駅でもある)にしてはあまりに寂しい気がするのだが、本線から離れた支線では仕方がないのかも知れない。私が乗ってきたような高速バスも通っているし、市内を走る路線バスも当然走っている。
通勤・通学にこの列車を利用する人は、今はもう少なくなっているのかも知れない。観光に来る人も大抵は車や観光バスを利用するのだろう。そう言えば、ホテルMt.レースイの前には大型観光バスが何台か停車していた。

次の列車までは、まだ多少時間がある。発車までの時間を過ごすのに、週刊誌を買った。もちろん切符も一緒に。
このまま鈍行列車で南千歳か苫小牧方面に出て、特急で室蘭に向かうつもりでいる。夕張に向かう列車の中で、今日の宿泊先を決め、夕張についてすぐにホテルに予約を入れて置いた。
室蘭までの切符を買おうと思ったのだが、このKIOSKでは買えない。
「それじゃあ、南千歳までなら買えますか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
というわけで、結局南千歳経由となった。
この辺りは
北海道には珍しく多少路線が入り組んでいる。南千歳経由は遠回りで料金も高くなるようだが、時刻表を見てみると列車の接続はこちらの方が都合が良い。
やがて列車が入線する。
下車した乗客は数えるほどだった。

運が良ければ、進行方向の左手には、あの「
幸福の黄色いハンカチ」のクライマックスシーンのロケ地が見えるかも知れない。
そう思って、走る列車の左手窓際に座っている。
そのロケ地は夕張の次の「鹿ノ谷」とその次の「清水沢」の中間にあるらしい。
全神経を集中して(ちょっとオーバーだよね)窓の外を眺めていると、小高い丘の上に、はためく黄色い旗のような物が見えた。それも何枚も・・・間違いないだろう。あの感動的な映画のシーンが甦る。
やがて新夕張駅に近づくに連れ、乗客が増えてくる。そんなとき、「・・・この列車の到着はかなり遅れるようです。お急ぎの方は運転手にご相談下さい」と言う車内放送(この列車も例によってワンマンカーなのだ)が流れた。
最初の方のアナウンスを聞き漏らしたが、すぐに繰り返し放送。
どうも昨夜の雨でダイヤがズタズタになっているらしい。今は青空も広がりだし、天気は上向きなのだが、一晩中降り続いた雨のせいで、線路の冠水などで復旧が間に合わない状態らしい。
そう言えば、札幌駅でバスに乗る前に駅の構内で聞いたアナウンスも「
列車による旅行は見合わせて下さい」と放送していた。おそらくこのことだったのだろう。
新夕張の駅では30分ほど停車。札幌発帯広行きの列車が新夕張から再び札幌へ逆戻りするのを待って、ゆっくりと走り出した。
旅はハプニング。それが面白い。時間に余裕がある今回のような旅は、たとえ一晩中列車に閉じこめられたとしても、それはそれで良い思い出・・・と言う気分でいる(本当にそうなったら嫌だけど)。
「今日中に室蘭に到着出来ればいいのだから」と気楽な気分でいながら、ぼんやりと今日一日を振り返る。
メロンの町。映画の町。観光の町。そしてかつて炭鉱の町・・・
夕張の町はもちろん、すでに山の彼方・・・。