古地磁気学と岩石磁気学の基礎

恐竜の画像統計学的検定

統計学的検定は科学のどんな分野でも広く使用されていますが,古地磁気学も例外ではありません.統計学的検定では,最初に観測結果に関わる帰無仮説とよばれるある事柄を仮定します.次に,その仮説のもとで観測結果が発生する確率を見積もります.もしその確率がある一定の値 \(\alpha\) よりも小さければその仮説を棄却します.この確率 \(\alpha\) は有意水準または危険率よばれ,通常は 5% に設定します.以下に,小針(1973)による統計学的検定の最も単純な例を引用します.

ある養魚場 A で飼育される金魚について,その体長分布が下の図のように知られているとします.体長が 5 cm 以上のものは 5%, 7 cm 以上のものは 1% であることが確立されているとします.

養魚場 A で飼育される金魚の体長分布.小針(1973)の図 55 より.

いま,誰かが同種の金魚で体長が 6 cm のものを持ってきたとします.ここで,この金魚が養魚場 A から取ってきたものかどうかを検定します.次の帰無仮説を設定します.

H: 体長 6 cm のこの金魚は養魚場 A からのものである.

仮説 H のもとでは,体長 6 cm の金魚を得る確率は 5 % 以下です.よって, 5 % の有意水準(危険率)で仮説 H は棄却され,この金魚は養魚場 A から取れたものではないと結論します.しかし,その結論が間違いないですかと更に問われた場合は, 1 % の危険率ではそうとも言えないと答えることになるでしょう.即ち,仮説 H は 1% の有意水準では棄却できません.別の表現では,この金魚が養魚場 A から取れたものではないと 95% の信頼率で言うことはできますが, 99% の信頼率ではそうは言えません.

ここで重要なことは,仮説 H が棄却できない場合は,我々は何も言うことができないということです.例えば,体長が 4.5 cm の金魚については,「この金魚は養魚場 A からのものである」を棄却できません.しかし,これをもって「この金魚は養魚場 A からのものである」と言うことができる訳ではありません.その金魚は養魚場 A からのものかもしれないし,体長分布の異なる他の養魚場からのものかもしれません.帰無仮説はそれが棄却されたときだけ有効であって,棄却されない場合は消失します.それ故に,「帰無」仮説とよばれます.

これと同じ理由で,古地磁気学では, McFadden & McElhinny (1990) が逆転テストの結果をクラス分けすることを提唱しました.逆転(リバーサル)テストとは,ノーマル(正磁極)とリバース(逆磁極)の古地磁気方向が,後者を 180° 反転した場合に,共通の平均方向を有しているかどうかを判断する統計学的検定です.古地磁気学では,多くのノーマルとリバースの古地磁気方向から得られた,時間平均した古地磁気方向は,観測時間が十分に長ければ,地球中心で自転軸に平行な磁気双極子による磁場と一致すると仮定します.この概念は地心軸双極子(geocentric axial dipole, GAD)仮説とよばれます.そのため,逆転テストに合格しない場合は,必要な時間幅をカバーするに十分な数の岩石採集がなされていないと疑われます.また,逆転テスト不合格の場合,残留磁化の2次成分が十分消磁されていない可能性もあります.それは,2次成分が残っていると,ノーマルとリバースの残留磁化は同じ2次成分の方向へ傾き,それらは反対称ではなくなるからです.

逆転テストでは,リバースの古地磁気方向を反転してから次の帰無仮説を設定します.

H: 2つの分布は1つの共通の平均方向を有する.

下図は模擬の逆転テストを示し,赤と青の色はそれぞれノーマルとリバースのデータを示します.小さな点は個々の古地磁気方向を,大きな点はそれぞれの極性の平均方向を示します.それぞれの平均方向の 95% 信頼限界円も描かれています.

模擬の逆転テストの例.2つの平均方向の角度差は (a) が (b) よりも小さいですが,検定結果は (a) が不合格で (b) が合格です.

図 (a) は負(不合格)の逆転テストで,仮説 H は 5% の有意水準で棄却されました.それ故,我々は 95% の信頼率で2つの平均方向は異なると言うことができます.他方,図 (b) では仮説 H は棄却されませんでした.そのため,我々は2つの平均方向の差については何も言うことはできません.しかしながら,古地磁気学では伝統的にこれを正(合格)の逆転テストと主張します.

2つの平均方向の角度差 \(\gamma\) は, (a) が 10.3° で (b) の 17.8° よりも小さいですが,逆転テストは (a) で不合格で, (b) で合格です.この平均方向の検定では,角度差 \(\gamma\) が規定の有意水準に対応する基準値 \(\gamma_c\) よりも大きいと仮説 H は棄却されます.図 (b) の場合,有意水準 5% の \(\gamma_c\) は 22.8° にもなりますが,これは平均方向に含まれる誤差が大きいためです.それ故,図 (b) に示した2つの平均方向が共通の平均方向を有すると主張するのは適当ではないでしょう.

上の例に似た逆転テストの結果がしばしば報告されていることを考慮して, McFadden & McElhinny (1990) は正の逆転テストを \(\gamma_c\) の大きさに従って次のようにクラス分けすることを提唱しました: \(\gamma_c\)≤5° は 'A', 5°<\(\gamma_c\)≤10° は 'B', 10°<\(\gamma_c\)≤20° は 'C',そして \(\gamma_c\)>20° の場合は 'INDETERMINATE' (決定不可) です.このように提唱された \(\gamma_c\) の区分には統計学的根拠は何もありませんが,正の逆転テストと報告された結果を評価するのには役立つと思われます.

統計学的検定のプログラム

次の4つのプログラムがあります.

  1. "tmean": 2つのスカラー・データが共通の平均を有するかの検定.
  2. "tmeandir": 単位ベクトルの2つ又は複数のグループが共通の平均方向を有するかの検定.
  3. "histo": 1つのデータセットに対する分布の検定.
  4. "histo2": 2つのデータセットに対する分布の検定.

"tmean" と "tmeandir" は "Ubuntu 18.04.4" で動いており,システムには "gcc 7.5.0" がインストールされています.最近のヴァージョンの "gcc" がインストールされていれば,他の Linux 環境でも動くと思われます.

"histo" と "histo2" は GMT 5 のユーティリティを使用して,ヒストグラムの図をポストスクリプト・ファイルとして作成します.プログラムは上記の Linux に "GMT 5.4.3" がインストールされたシステム環境で動いています.

プログラムのダウンロードとインストール

参考文献: