日本の三大映画監督  黒沢明 / 勝新太郎 / 森崎東    池田博明

   私が日本の三大映画監督としているのは黒沢明(黒澤明)、勝新太郎、森崎東である。
   黒沢明については研究書も多く、評価されている。しかし、勝新太郎や森崎東はどうだろう。
   じゅうぶんな評価はされていない。私のホームページでは勝新と森崎に焦点を当てる。   

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市原悦子 (女(依頼人))   大川修 (弟(女の実弟)     渥美清 (田代)
信欣三 (<つばき>の主人) 吉田日出子 (<つばき>の女店員)  小笠原章二郎 (駐車場の管理人)
渚まゆみ (ヌードモデル)  中村玉緒 (男の妻)   笠原玲子 (小娘)  
土方弘 (ヌードスタジオのバーテン)   小山内淳 (ラーメン屋のおやじ)
守田学 モリタマナブ (丹前男)   飛田喜佐夫 (小男)    佐藤京一 (大男)
藤山浩二 (黒眼鏡の男)     酒井修 (当番の少年)    田中春男 (タクシーの運転手)
小松方正 (大燃商事常務)   三夏伸 (前田燃料店の店員A)  梅津栄 (前田燃料店の店員B)
西条美奈子 (前田燃料店の女事務員)  工藤明子 (図書館の女子学生)  仲村隆 (興信所の主任(声だけ))


 燃えつきた地図 (勝プロ・大映:勝新太郎主演) 池田博明記

 安部公房原作・脚本、勅使河原宏監督、撮影・上原明。東宝配給。勝プロ作品。武満徹音楽。日本語タイトルは消失したため、外国用を使用(タイトル・デザインは粟津潔)。英語題名は「THE MAN WITHOUT A MAP 地図を持たない男」。115分。

 根室ハル(市原悦子)は昭和43年2月2日、6ケ月前に失踪した夫・根室宏の捜索を日の出興信所に依頼する。興信所の所員・椿(勝新太郎)は手がかりを求めて、喫茶店に行って見る。この店のマスターは信欣三、ウェイトレスは吉田日出子である。マスターの傍を通って画面の右へコーヒーを持って出た女が、右へパンした次のカットで右から画面に入ってきたりする奇妙な編集がある。

 駐車場で椿の車のところへ義弟と名乗る男(大川修)が現れ、金バッジを見せる。ヤクザの組員らしい。根室は自動車整備で小遣いを稼いでいたという。根室のコートのポケットに残されていた喫茶店のマッチ箱。しかし、手がかりにはならない。義弟は「(依頼主の)姉貴をどう思う」とか、「(根室の)日記、みたいですか」と話しかけてくる。

 ハルに会うと、ハルは椿にビールをついでくる。椿「車ですから」と断る。「弟さんに会いましたよ。なぜ教えてくれないんですか」と抗議するが、ハルは「(だって弟の)居所がわからないでしょ。行方不明ではないんだし。住所がはっきりしないだけ」と答える。椿「もうすこし協力的でもいいじゃないですか・整備士の資格だって持っていたというし」。ハル「あら、免状キチガイだったのよ。大型2種でしょ、無線通信師、無線技師・・・・中等教員・・・多すぎたのよ、資格は碇をおろすんだって言ってたわ。・・・・怖がってるようにみえませんか。辛抱するクセがついちゃったのかしら」などと勝新を懐柔する。

 椿は車を外につけて、喫茶店を張り込みする。マスターが「なんのマネだ」と抗議、椿「(ウェイトレスに)スイス製の腕時計を買ってやったのはあんた以外の誰でもないってことがわかった・・・・根室ってやつのことを知らないか」。マスター「根室・・・・運転手か? 聞いたことも無い」とつれない。

 根室が勤めていた燃料会社で聞く。部長(小松方正)は失踪する心あたりが無いと言う。親しくしていたという同僚の田代(渥美清)は「(失踪の日に、根室課長とは)出社の途中で書類を預かる約束だったんですが」。手がかりもなく要領も得られない。

 外の車のサイドミラーに映る田代、田代が車(スバル)に乗り込んでくる。田代「実は、さきほどはウソをついてしまったんです。(書類の)届け先なんですが。前田雄吉という鳥尾町の町会議員なんですけど」と教えてくれる。さらに根室課長の秘密を「ヌード写真に凝っているんですよ」と教えてくれる。

 走る車の回転する車輪。
 ガソリン・スタンドで前田雄吉の家を聞く。競輪選手と併走する車。

 前田の事務所には、先に社長を待っている男がいるという。義弟である。プロパン・ガスの配送会社のようだ。ガス会社なのにガス・ボンベのそばでタバコを吸う若者(三夏伸)と中年男(梅津栄)が働いている。
 義弟は事務所の娘(西条美奈子)に声をかけて嫌がられている。

 義弟を車に同乗させ、夕方の港に行く。自動車屋台のラーメン屋がある。義弟の組が仕切っているニコヨン(日雇い労務者)のたまり場のようだ。女たちが少ないなと言う義弟に、ラーメン屋(小山内淳)は「なにも聞いちゃいないのかい。休んでるのは女だけじゃない。組の若い衆も3人だけだ。・・・・明日が支払い日。給料から天引きされるんだ。(それを不満に)出入りが始まるゾ」と話す。

 やがて、あちこちで強請り、喧嘩、強姦が始まる。車が爆破される。バスが横転される。ケガをした男が車にはねられる。一泊しようと酒を飲んでしまった椿だったが大騒動から車で逃げ出す。

 家の近くでハルの体に落ち葉をかけて埋めるが、少しづつ落ち葉がふきとんでゆく・・・・幻想である。

 調査結果を途中報告する。部屋のなかでハルは根室の残していったレコードをかける。車の音である。椿は根室の古いコートを着る。新聞の広告欄に例の喫茶店の電話番号がある。ハル「なぜあたしから逃げ出さなければならなかったの」。  

 図書館の閲覧室。椿はそこで本の絵を切り取る女(工藤明子)を目撃する。女に「見た」と紙切れを渡して誘いをかける。外の駐車場。車に乗った椿が「どちらまで」と女に声をかけると、女は「無駄なんでしょ。卑劣漢」と答える。女の目の前で発進し、去る椿。    

 ハルから電話がある。「弟が殺された。いまから告別式。来て下さらない」との伝言。

 喫茶店のマスターに再び聞く。マスターは「(俺の)車は新車で買ったものだ」と言う。

 椿は騒擾事件や殺人事件に関連を疑われて、興信所から解雇されてしまう。
 喫茶店は「朝も大繁盛みたいだが・・・」「もっと早くさ」。

 椿は妻(中村玉緒)のもとに立ち寄る。「クビになったんだよ」と告げると、「あては?」「成り立てのほやほやだから」「困ってるの?無用のあなたなら大歓迎よ」「関係者が非協力的なんだ」「(あなたは)なぜ家を出たの」「居場所がなくなったからさ」「すばらしい説明ね」。
  田代へ電話し、5時に会う約束をする。妻は「クビになったんじゃ」と不審がるが、椿「残務整理ってこともあるから」と探索を続ける。

 義弟の告別式で、喪服を着ているハル。葬儀に「客は上客なんだ」というホストクラブの男がいる。
 ハルの家でアルバムを見る椿。義弟が写っている。「3時間前にクビになったんだ。あと三日調査を続けますから」、ハルは「弟は女性が好きになれない性質だった。夫が大きな燃料店との取引きに成功したのは弟のおかげだと言っていたわ。課長になったら子供をつくろうって話していたの」と話す。

 レストランで椿は田代と会う。田代は雑踏を見て「あんなところで歩いている人たち」と感想を言う。田代はヌード写真を見せる。外の雑踏のなかで柱の下に座り込んでいる男の動向を見る椿。椿「(田代に)こんな秘密を話すなんて、あんた、見込まれていたんだね」。椿が話す田代の顔は歪んだ食器に映っている。なぜ根室の写真が田代の手に入ったのだろうか。田代は知人の貸し現像所にロッカーがあったと言う。田代は「課長を尊敬してるんですよ」と言うが、椿はこのネタはガセネタだと判断したらしい(映像からははっきりしないが。この後の展開からはそうとしか思えないのである)。田代「逃げ出せないから来る日も来る日も同じことをしているかもしれない」。
 田代が「(この写真の)モデルのいるスタジオに行きましょうよ」と椿を誘う。

 夕方の街。歩く二人の俯瞰ショット。ヌードスタジオに着く。バーのスツールに坐った椿のところへ田代が「すぐ来るそうです」と伝える。来た女(渚まゆみ?長山藍子だったが・・・)は「結婚するの。もうすぐ」と話す。椿はこんな写真を撮らせていては結婚話に支障をきたすだろうと言ってみるものの、女は動じない。根室課長のことも知らないそぶりである。椿は「スタジオ代、1時間 3650円」を支払って外へ出る。後を田代が追って来て車に同乗し、ひとりで弁解を始める。「ぼく、自分の性格にウンザリしているんだ。相手の要求に合わせてしまうんですよ。虚言症ってわけじゃないんです。ほんとのモデルは・・・・課長の奥さんかもしれないんです。(椿が気がなさそうなので)・・・ぼく課長を見たんですよ。足取りからしてさっそうとしてました。家出した人なんて感じはなかった。(なぜ課長ってわかった?)・・・服の色ですよ。(どんな服?)・・・満員電車でぼくを囲んだ人間がみんな、ぼくの知らない人間だなんて・・・・(服の話だよ)・・・レインコートだったかな。(椿、ウンザリする。レインコートは家に残されていたんだ。もういいと、田代を相手にしなくなる。・・・・あんたね、後悔してもしらないぞッ」。田代と別れる椿。

 ホテルで寝ている椿の元へ夜明けに、田代から電話が来る。なんと田代はいま自殺する直前だという。「夕刊に、ぼくの死亡記事が載るんだ。(もういいよ)・・・鈍感な人だな」「どこから電話してるんだ?」「すぐ死にます。死ぬ前にどんな声を立てるか聞いたことないでしょ。いま、ロープの輪のなかに首を入れたところです。課長ですか、課長のことなんか知りませんよ」。台を蹴りますよと、音がする。公衆電話ボックスの中で田代は首を吊ったようである。
 夜明けの街をサイレンを鳴らして走るパトカー。
 例の喫茶店である。客で混んでいる。マスターは電話で日雇いの注文を受けている。椿は客に根室のことを聞く。マスターが怒る。「ここでは人の身の上は聴かない約束だ」と。客が三人ほど寄って椿は殴られる。反転(ソラリゼーション)。椿の車に乗せられる。少ししてつば気歯車から出て夜明けの街を歩く。

 ハルの部屋に来る椿。椿「顔を洗わせてください。難しいもんだな、話しかけるってことは。・・・・田代君,自殺しましたよ。どいつもこいつも勝手に逃げ出してやがる」。ハル「なぜ探偵なんかになったの」、椿「いちばん職業らしくない職業だからかな」。傷の手当てをされながらも、むしろハルに抱かれる椿。反転(ソラリゼーション)。
 街を彷徨する椿がいる。椿が手前に歩いてくる荒原、その向こうに都会の摩天楼。
 ハルの部屋の外の窓から、部屋の中を映す。ハル「ちょうど5分前に契約が切れたところ」。着替えて出かける準備をするハル。遅れて服を着る椿。

 朝である。仕事を始める街。コーヒーを飲む椿。次第に雑踏が激しくなる。
 電話ボックスに入る椿は、ハルへ電話をかける。椿「帰るってどこへ?・・・・助けてくれよ」。ハル「いま行くわ。そこを動かないで」。しかし、電話ボックスから出て反対側の路地に身を隠す椿、ハルが駆けつけて来て、電話ボックスを見て、あたりを探す。その姿をじっと見ている椿。

 道路にひきつぶされてペシャンコになったネコの死体がある。それを見ながら椿はつぶやく。
 「名前なんてない。とうとう聞かずにしまったな。そのうち考えてやるさ。二度と忘れないいい名前をな」。立ち去ろうとする椿の横顔にエンドマークが出る。

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 DVDに特典として収録されている「われらの主役」(東京12ch。1976-77年)で「勝新太郎」の回(1977年)は勅使河原宏監督が担当。勝新はちょうど『新・座頭市』の吉永小百合のゲストの回(1977年1月放送)を演技・演出している時期だった。
 勝新は語る。「映画って順取りするわけじゃないし、特別な能力がないと撮れないものだと思っていた。でも、テシさんのやり方なら、俺にもできると思ったね。ただ、俺は面白いところしか見ない。テシさんはつまらないところも見る。そこが違うね。・・・・役柄が自分の性質になればセリフは出てきますね。・・・・俺は漢字はダメなんだ、ひらがなの演技だったら説明出きるし、書ける。」と。
 勅使河原「カッチャンは役者が変なものを学んだことを分かったときにダメだって言うね」
 勅使河原「二枚目役者だったのに、あるときどうして転換したのか?」
 勝「『不知火検校』やって、『座頭市・・・』やった後に、ひいおじいさんが同じようなもんだってことを知った。・・・・二枚目じゃないと映画役者じゃないと思っていた。でも、アメリカでジェームス・ディーンに会ったら、全然違うんだね、これが。転換しようと思わないうちにしてた」。
 演出について、勝「たとえば旅をしていたら、着ているものにほこりがたたなきゃおかしいでしょ。でも、(二枚目役者中心の映画では)ほこりをはたくような演技は不要だった。監督は、やりたければどうぞ御勝手に、でもこっちは撮らないからってもんだよね。自分で監督してそれが撮れるようになった。・・・・でも、自分のことは撮れないね。監督と俳優は一緒でない。監督していると、自分がなくなってしまうよ。テシさんは監督だけでしょ、こんなにまで自分を無くすなんてね」
 勅使河原「見ている人は、ふだんの勝新太郎は理解できないでしょ、演技している勝新は理解できるんだ。僕はふだんの勝新を撮ろうとする」
 勝「どんな役柄を演じるにしても、他人には聞けない。たくさん俺のなかに(演技の)モデルがある。座頭市でも、いろんな人間性を表現しようとしている。でもテレビでは、しちゃいけないものがある。草をさわっていながら夢精するところとか。そんなのは、どうして撮ったらいいかわからないでしょ」。

池田博明   勝新『顔役』シナリオ分析採録


【参考資料】
     
      勝新太郎の刑事ドラマ      春日太一
      

     理想との出会い  『燃えつきた地図』

 1960年代半ば、勝はトップスターに君臨していたが、一方で大映での仕事に満足がいっていなかった。三大シリーズの繰り返しというローテーションに飽き飽きしていたのである。そこで自らの理想の映画作りを実現するため、67年、大映の「社内プロダクション」という形で独立する。それが勝のオーナー会社・勝プロダクションだった。
 そんな時に出会ったのが、勅使河原宏。64年に安部公房原作の『砂の女』を監督し、その前衛的な作風が評価された気鋭の芸術派監督だ。銀座のクラブでたまたま居合わせた二人はすぐに意気投合する。「従来のプログラム・ピクチャーとは一線を画した、起承転結に囚われない、分らない映画を撮りたい・・・」と思い始めていた勝にとって、彼は最も求めていた才能だった。勝は勅使河原に勝プロ第2作の監督を依頼した。
 そして作られたのが『燃えつきた地図』(68年)だった。
 安部公房が原作・脚本の本作は、勝の扮する探偵が失踪者の捜索をしているうちに自らも失踪者であるような錯覚に囚われていってしまうという、勅使河原の作家性が前面に出た前衛的な作品となった。その内容は、大映のスタッフはもちろん、勝自身ですら理解できなかった。しかし、勝は、ここでの勅使河原の演出に衝撃を受ける。コンテを作らずに、スタッフにイメージを伝えるだけ。スタッフが用意したものを次々と壊し、捨てて行く。現場ではその場での直観によって即興的に演出が進められていった。この無手勝流ともいえる勅使河原の監督スタイルを見た勝は「これならオレでもできる」と確信を持つようになる。自分の理想とする映画を撮るためには自分自身で監督すればいい。勅使河原との仕事を通じて、勝に映像作家としての意識が芽生えていく。


      理想の追求   『顔役』

 だが、なかなか監督をする機会には巡り合えず、その後の勝プロは『人斬り』『座頭市と用心棒』など、大作路線を連発していく。その一方、大映の経営は悪化の一途をたどり、倒産が間近に迫っていた。このままでは、いつ映画が撮れなくなるか分からない。「こうなったら、自分がやるしかない!」。一念発起した勝は、実兄・若山富三郎から聞いたヤクザまがいの刑事のエピソードの脚本化を菊島隆三に依頼、こうして出来たのが『顔役』(71年)だった。
 ここで勝は「ホンモノ志向」を徹底する。登場するストリッパーやトルコ嬢は梅田の風俗街の現役嬢に交渉、撮影場所も本物の店を使用した。同じく冒頭の賭場も本物なら、出演している面々も本物のヤクザ。それだけではない。エキストラもプロの大部屋俳優は一切使わず、代りに裏方スタッフや宣伝部員を説明なしにいきなり出演させた。「大部屋役者のリアクションは上手過ぎて計算できるから面白くない。それよりも素人の新鮮さを」。それが勝の思想だった。
 そして、本作を語る上で重要なのは、ストーリーやキャラクター云々よりも「悪夢的映像」ともいえる数々の斬新なショットだろう。トリッキーなカメラワークと編集により、観客が眩かくするような映像がひたすらに展開されている。シーンの頭がいきなりハゲ頭や水虫のアップから始まって、ここがどこなのか一瞬分からなくなったり、直接面と向かわずにガラスに映った相手の顔と会話をさせることで方向感覚を失わせたり、机に逆さに反射された顔を画面全体に映し出して上下を混乱させたり、まるでだまし絵のような構図が連続して、しばらく経たないと何が映っているのか分からないのである。また、主観ショットの次のカットに客観ショットを混在させることで、カメラが誰の、どこからの視点なのかも混乱させている。劇の中盤で藤岡琢也扮する銀行家を勝刑事が脅すシーンがあるが、ここで勝は突然画面に映らなくなり、画面の外からその声だけが聞こえてくる。呆気にとられるスタッフたちに勝は、「ポスターに『主演・勝』とあって、オレの声も入っているんだから、オレが映らなくてもいいんだ!」と言い張った。「とにかく新鮮なショットを」と、あえて映画文法を無視して、従来の構図を破壊していった。「画的に面白いか、どうか」。それが全てだった。
 
      理想の崩壊  『警視ーK』

 大映倒産後、勝は東宝からフジテレビへと活動の場を移しながら、思う存分の創作を続ける。だがその結果、テレビシリーズ『新・座頭市』は打ち切りとなり、京都での時代劇製作は困難な状況となってしまう(詳しくは拙著『時代劇は死なず-京都太秦の職人たち』集英社新書・刊を参照されたし)。
 そんな80年5月、勝のもとに「勝主演で刑事ドラマを」という日本テレビからのオファーが来る。勝プロサイドも「渡りに船」とばかりに、これに乗るが、勝の懲り性を考えると準備には余裕を持ちたい。そこで翌81年4月からの放送を要望する。しかし、日テレサイドはこれを拒否。日テレとしては、前年に映画『影武者』で黒澤明と対立して世間を騒がせた熱が残っているうちに、放送を開始したかったのと、4月から野球中継が始まり、放送が不定期になることを懸念していた。勝プロは日テレの提案した10月放送開始案を飲むことになった。
 こうして始まったプロジェクトは、とにかく困難の連続だった。勝は従来の日本の刑事ドラマを「評価に値しない」と否定していた。理想とするのは『フレンチ・コネクソン』『ゲッタ・ウェイ』のような迫力のあるアクション。だが、それは日本では不可能な話だった。そこで勝は「中途半端にやるなら、やらない方がイイ」と。「カーチェイスや銃撃シーンは一切やらない」という条件を出す。また、「自分がやるからには群像劇は無理だ」ということで、それらの条件を併せて『刑事コロンボ』『刑事コジャック』を目標に企画が立てられることになる。
 それを実現するには優秀な脚本と監督が必要だったが、当時はテレビ映画全盛期。目ぼしい監督と脚本家は既に押さえられていて、苦心することになる。それでも何とか、脚本では倉本聰の招介で高際和雄、日テレからは柏原寛司が参加し、それに勝の子飼いの中村努、石田芳子が加わることで陣容はそろった。一方、監督は勝の盟友・黒木和雄と師庄格の森一生は確保できたものの、あとの監督は勝のアイデアに耐えられずにパニックを起こして去っていってしまう。そのため、ほとんどのエピソードを勝が自分で撮ることになった。
 タイトルについて、勝は『トラブルメーカー』という提案を出すが、「分かりにくい」ということで拒否される。そして案が出つくした後につけられたのが『警視-K』だった。「K」とはもちろん「勝」の「K」である。
 予想通り、現場は少し撮影してはストップを繰り返し、いつまで経っても作品が仕上がらない。10月の段階で5本のストックは欲しいのに、9月で1本もできていないという状況だった。それでもなんとか間に合わせて放送スタートになるのだが、本当の試練はそこからだった。
 初日の放送終了後、日本テレビにはクレームが殺到した。そのほとんどは「話はあまりに分かりにくい」というもの。
 その原因の一つは、勝の日常的なセリフ回しへのこだわりにあった。「刑事がハキハキ話したら周りに聞こえるだろう。刑事部屋は公開の場なんだから、大声で話すわけがない。普通のトーンで話すのが本来だろう」という勝の主張の下、役者たちは声を張ることなく、ボソボソと話すことが要求される。しかし、それで録音テストしてみたところ、音が全く拾えなかった。そこで高価な特殊ガンマイクを購入したが、それでも厳しい。「セリフが聞き取れない」。それがクレームの大半だったが、勝は「そんなの録音技師の問題だ」と譲らなかった。
 そしてもう一つは、勝が「ながら視聴」を拒否したことにある。「オレのドラマは最初から正坐して観ろ」ということで、ストーリーの説明をするようなシーンやセリフは用意されず、また一度言ったセリフは二度繰り返されなかった。そのため、視聴者は少しでも気を抜こうものなら、アッという間においてきぼりとなった。後から内容をなとか理解しようにも、セリフがよく聞き取れないから、どうにもならない。
 日テレは第2回以降、放送終了時に電話前にクレーム専用要員を配置するがやがてそれも追いつかなくなり、最終的には勝プロ社員が対応するようになった。視聴率が急降下し、後半はひとケタ台に。次々とスポンサーは降りて最後は一社になった。日テレは「3月まで継続できない」と打ち切りを通告。一方の勝プロも、ギリギリの製作スケジュールの中でストックが尽きかかっていて、年明けには放送に穴があく恐れがあった。それだけに、打ち切りにホッと胸をなでおろすスタッフもいた。
 ドラマの内容を振り返ってみると、たしかに自らが監督した最初の4話は、実にやりたいようにやっている。日常会話そのもののセリフ回しで、誇張した芝居は一切なし。アドリブや素の部分を入れつつ、セリフを噛んでもそのまま放送されていた。捜査の手順を見せることなく、日常会話会話を繰り広げながら唐突に画面が動き、ストーリーらしきものが展開される。
 第8話で勝を抑えられる唯一の監督・森一生が登板した時は、事件の説明や張り込み、聞き込み、事情聴取など、捜査手順もきちんと見せるという、当たり前の刑事ドラマになっており、改善の兆しが見られる。が、打ち切りが決まったからか、10話からは思いきり開き直っている。黒木和雄監督、ゲストに原田美枝子、岸田森、草野大悟、小池朝雄ら勝手知ったる同志を迎えて完全に内輪のノリ。続く第11話でも仲のいい緒方拳を呼んで、好き勝手な芝居を延々と見せた。そして最終回。そのラストシーンはレギュラーの実娘・奥村真粧美にゲストの中村玉緒を交えての、実の親子三人の食事で締めくくられている。ここにきて初めて分かる。本作は勝を神とする、完全なる「勝ワールド」だったのだと。そして、それは打ち切りとともに最後に砕け散る。
 勝の刑事・探偵ものの系譜は、創作者・勝の理想の萌芽と崩壊の過程そのものった。
 
             『刑事マガジン』7号(辰巳出版,2009年4月)より

 春日太一『天才勝新太郎』(文春新書、2010)は傑作。

藤田真男の勝新論 『血と汗と涙  原形質の海 

監督・勝新を取り上げたTV番組 

監督・勝新の『新座頭市物語 折れた杖』脚本と完成作品の異同

勝新演出の現代もの「警視−K」

勝新のTV版 座頭市物語

勝新のTV版 新・座頭市

勝新のTV版 痛快!河内山宗俊

磯田勉「勝新のいない風景」

黒田義之監督の座頭市  


兵隊やくざ 映画シリーズ


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