勝新太郎アーカイブス


   『警視-K』の世界 へ

   『顔役』の衝撃

  

    顔    役     分析採録シナリオ

    【フジテレビ放映版を元にした。70分しかない。25分程度カットされている】
     2010年11月9日、CS衛星劇場で完全版が放送された。97分間。
    フジテレビ放映版に無かった場面は茶色文字で採録した


    映画の公開 昭和46年(1971年)8月12日

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本ページ作成者は池田博明。2010年2月1日制作/2010年11月9日更新
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製作 勝新太郎・西岡弘善
脚本 菊島隆三・勝新太郎
監督 勝新太郎
撮影 牧浦地志
美術 西岡善信
照明 中岡源権
録音 大角正夫
音楽 村井邦彦
編集 谷口登司夫
音響効果 
擬斗 楠本栄一
助監督 辻光明
製作主任 長岡開修
スチール 大谷栄一
[役名] → [出演者]
立花良太 →勝新太郎
和田刑事 →前田吟
西野課長 →大滝秀治
滝川真由美 → 太地喜和子
杉浦俊夫 →山崎 努
尾形千造 →山形 勲
栗原支店長→藤岡琢也
吉川主任 → 織本順吉
筒井 →  深江章喜
赤松 →  伴淳三郎
トルコ風呂の女→ 横山リエ
沢本  → 蟹江敬三
入江健次→江波田寛治(江幡高志)
星野→  若山富三郎
[その他の出演者]
大山 修     北城寿太郎
秋山雅史    テレサ・カーピオ
藤山浩二    九段吾郎
伊吹新吾    北野拓也
福井隆次    安藤仁一郎
馬場勝義    藤春保
新関順四郎  黒木現
山岡鋭二郎  長岡三郎
大杉潤     岩田正
三藤頼枝    石井喜美子
三輪京子    上原寛二
今田義幸    宮崎美栄子
渡辺満男    竹内春義
森下耕作    佐竹克也
新田章     山村友絵
  
【gooあらすじ】 悪徳刑事か、カッコいい刑事か、立花良太は一見しただけでは判断できないタイプの刑事だ。博奕も打つし、ストリップも木戸御免。殺人事件の現場へでかける途中で、新米の和田刑事にネクタイを買ってやったり、朝の集合に顔をださなかったり。だが腕は一流、独得の捜査方法で、立花は某信用金庫の不正融資事件の核心へ。そして、その裏で糸を引く暴力組織へぐいぐい入り込んでいった。
 立花の乱暴な確信と先取りのカンは鋭く、事件を強烈にえぐる。事件の核である、大淀組と新興の入江組は、無気味な勢力争いを続け、その為白昼、車と人の洪水の中で傷害事件や、ナイトクラブをでた大淀組々長尾形千造を狙った拳銃乱射事件が起きた。捜査当局はが然色めき、今度こそは徹底的に暴力組織壊滅へと意気込んだ。
 立花は大淀組の若衆頭俊夫を逮捕してもうれつに取調べ始める。だが、事件の鍵を握る信用金庫の栗原支店長は、家族ぐるみ乗っていた車を滅茶苦茶につぶされて即死してしまう。さらに何者かの圧力によって突然捜査の打切りが決定した。立花はいきどおり、警察手帳を課長に投げつけ、夜の雑踏へとまぎれ込む。一方、大淀組と入江組の対立は一層激化。一触即発の危機をふくみながら、大親分星野の仲介で手打式が打たれた。だが、偽装だった。これは、裏で立花が仕組んだ一手で、彼の怒りも憎しみも消えていなかった。
 数日後、高級乗用車に尾形と同乗した立花は、警察署の前で車をUターンさせた。やがて車は一望千里の荒ばくたる埋立地を走る。そこには、尾形に対する立花の決着が待っていた。尾形は、立花によって殺された。しかし、立花には、一握りの泥をすくっただけたったのではないのだろうかという疑間と、むなしさだけが残った。

 

<賭場>
 のぞき窓から男が外をのぞく。中では花札がきられ、男たちのつぶやく声がする。賭場である。
 フォーカスが合わずピンボケしているカメラがきちっとピントが合う。
 盆茣蓙の上に花札が巻かれる。
 賭場の場面である。(実際のやくざの賭場のようである)
 筆でなぞった後、文字がくっきりする赤いタイトルが出る。
 万札が並べられる。<お客さん、煙草や><こっちで、でけた><かけ声かけんかい><そっち、そのまましとけ><こっちから手、抜くな><はい、こっちもできた>といったやくざの声、煙草をくわえた女や刺青の若い男、ズボンの前から万札を取り出す男などが映し出されている。 

 春日太一『天才勝新太郎』(文春新書、2010)によると、“勝は物語の舞台となる大阪ミナミ〜天王寺の背景の点描に、徹底したリアリティを作ろうとしている。そこでまず起用されたのが「その筋の本職」たちだった。冒頭の賭場シーンには、従来の仁侠映画や時代劇とは違う、静かな迫力があった。それもそのはず。サイコロを振るやくざも、それに賭ける客も、全て現役の山口組組員だった。その目の迫力、黙っていても全身からほとばしる殺気は、たとえ役者であっても「堅気の衆」にはとうてい出せないものであった。”

<賭場の隣室> 賭場の隣りの部屋に男・野口がいる。部屋に入江組の組長・入江[江幡高志である]が入って来る。
 二人は最初シルエットである。

 野口「おかえりやす」
 入江「どうやったんや」
 野口「あきまへんわ、大淀が一週間くらい前にケジメ取りに行ってまんねん」
 入江「ほやからどうやって言うねん。おんどれは大淀の名聞いて、きたがってきたんかい」
 野口「いや、そやおまへんけど」
 入江「ほな、取るもん、取ってきたんかい・・・・(もう一人に)われ、あっち行かんかい」
 野口「いや、一応親分の意見、聞いて。わいの一存でもし親分に迷惑かかったら、いかん、思うて」
 入江「おい、われ、何年、極道のメシ食うとるんや、え、こっちは最初から喧嘩にする気やから、あの信用金庫、おとし前取りに行ったんと違うかい」
 野口「わかった。ほな、あしたばっちりケジメつけてきまっさ」

<賭場の前>
 テーマ音楽が鳴り始める。見張りの白いヒモをたぐる組員の男は盲人である。白いヒモの先は犬。
 「監督・勝新太郎」と中央に出る。
 警察の手入れが入る。警察官の足元。
 組員は客たちを別の出口から逃がす。
 警察官「警察のもんや。動くな・・・・」。賭場には組員しかいない。
 白い盆ゴザの上に、警察官の黒い革靴が踏み込む。

<街>
 横倒しになったキューピー人形。
 背景に車が走っている。
 中央に「顔役」の文字が出る。

 冒頭からここまでで唖然としなかった観客は、この先、ついていけないでしょう。私・池田博明はショックであいた口がふさがりませんでした。音楽の入り方も絶妙。
 春日太一『天才 勝新太郎』(文春新書、2010)より、“監督・勝新太郎は、今まで溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように、既存の映画の常識を徹底して破壊してまわった。
 「映画文法? 誰が決めたんだ! そんなもの、守らなくてもいいんだ!」
 勝はとにかく誰も見たことのない映像を狙った。そして、従来のコンテでは考えられないトリッキーな構図とカメラワークを展開して、「いつ」「どこで」「誰が」「なにをしている」、その全てを混乱させようとした。その結果、観客が眩暈のするような映像がひたすらに映し出されることになった。” 

4+
<警察署>
 署長が署員に訓示している。
 組織暴力に対して断固たる姿勢で捜査していく所存だというのだ。
 署長「これを挽回するには強固なる責任感と勇気が必要である。世間は暴力団と警察の結びつきに疑惑の目を持っている。事実、かつては彼らの協力を得たこともあった。しかし、現在はいっさいそういったことはないし、たとえ捜査のためであっても、彼らとの腐れ縁を切らなければならないことはいうまでもない。まして、彼らとの私的交際など絶対にあってはならない。」
 空に浮かぶアドバルーン。
 吉川(織本順吉)の肩に誰かが手をかける。西野課長(大滝秀治)である。
 西野「あいつは(立花のこと)今朝も来てへんのか」
 吉川「なんや、聞き込みにいくとかいうて、今朝方」
 西野「甘やかしたらいかんぞ。あいつはどっちの人間か、わからんからな」

<理髪店>
 理髪店長「ヒゲそりだけでよろしいんですか」
 野口「ゆんべから寝てへんのや」
 店長「たいへんでんな。お仕事でっか」
 野口は席に座り、目を閉じる。顔が白いタオルで被われる。
 店長は皮で剃刀を研ぐ。誰か次の客が来たようだ。店長が「おこしやす」と声をかける。
 入って来たのは、沢本[蟹江敬三]である。
 野口の隣へ座る。
 野口の白いタオルの上をハエが歩く。
 沢本はズボンのチャックを下げ、再び上げる。

 沢本が顔を上げる。額に汗が出ている。髭剃り待ちで目を閉じている客の顔の下半分を覆う白いタオルをさらに上にかける。
 鈍い銃声。撃たれた客の腕がゆっくりと回って止まる。
 腕時計の針が11時を示している。

<警察の一室だが、アップなので最初はどこか判らない>
 足の指の間に水虫の薬を塗っているようだ。
 電話機の鳴る音。誰かが受話器を取る。
 和田[前田吟である]「(声)はい、そうです。え、ちょっと待って下さい。ギャング? ギャング理髪店・・・え、ヤング理髪店、若いヤングですね、(カメラやや引いて和田の顔が見える)へえ、わかりました。すぐ行きます。(受話器を置いて)やくざ同士の喧嘩らしいんです。一人が拳銃で・・・」
 立花[勝新太郎である]「(足の薬が沁みるので)イテェッ」
 和田「(声)早く行かないとホシが・・・・」
 立花「そんなもん、ヅラ切っとるに決まっとるやないか」
 和田「(声)ですから・・・・早く・・・・・」
 立花「極道どうしの喧嘩やろ。あんなもの、寝とったかて誰なと出て来よる。塗ってくれよ、おい。(ビンごと液をかけられ)うッ」 テーマ音楽が鳴り出す。
 足指の向こうに西野課長の顔。

 春日太一『天才 勝新太郎』(文春新書、2010)より、“普通ならシーンが変わる時は、その冒頭で場所や人物の位置関係を説明するカットが入る。そこを勝演出ではシーンが変わっていきなりハゲ頭や水虫の足指のアップが画面一杯に映し出される。それにより、観客はここがどこなのか一瞬わからなくなってしまう。また、話をしている二人を直に面と向わせずに、ガラスに映った相手の顔と会話をさせた。それにより、画面に映る左右関係が逆転して、観客は方向感覚を失ってしまう。さらには、光沢のある机に逆さに反射された顔が画面全体に映し出されて、上下を混乱させることもあった。
 まるでだまし絵のような構図が連続して、しばらく経たないと何が映っているか分からないシーンが続いた。”

<理髪店の前>
 音楽が続くなか、パトカーの回転灯。
 その向こうに理髪店主に事情聴取する刑事が見える。
 道路に落ちた丼碗がある。その遠景に所在投げに坐っている会社員。カバンを持っているがノーネクタイである。[会社員は真田正典である]
 ゴミが道に撒かれる。汚い舗装道路を歩く男の足。
 手拭いを頭に巻いた若い男、乳母車に乗っている赤ん坊の顔。若い男の指が赤ん坊の顔をくすぐる。屋上からトタン板が落とされる。音楽終る。  

 春日太一『天才勝新太郎』(文春新書、2010)によると、“ストリッパーやトルコ嬢も、いつもは決ったヌード女優たちを抱える業者が手配していたのだが、ここでも勝はホンモノにこだわる。そこで、制作主任の真田正典が梅田へ出かけて直接交渉することになった。劇中に登場するストリップ劇場もトルコ風呂も本物が使われた。
 そして、その他の町の十人のエキストラには、勝の周辺のスタッフたちが充てられた。いたずら心というか、普段は現場で無敵のプロフェッショナルである彼らが、カメラの前に立った時、どのような表情や動きをするのか、それを見るのが楽しかった。ストリップ劇場の最前列=「かぶりつき席」に坐るのは助監督と勝の運転手、それにスチールカメラマンだった。
 さらに、そういった脇のエキストラの一人一人にまで、勝はドラマを設定していく。真田正典もサラリーマンの点描として出演している。サラリーマンの格好をして街中を歩くだけで撮影は終わった。ところが、釜ケ崎の路地裏のシーンで勝は再び真田を呼ぶ。そして、前と同じ格好で野良犬とじゃれあうように指示した。
 「いいか真田。あの後、あの男は蒸発したんだ。それで今、釜ケ崎にいる。ごみ溜めの前に坐り込んで野良犬の相手をしているんだ」
 映画の1カット1カット、その中の隅々に至るまで、勝は一切の妥協をせずに徹底して刺激的な仕掛けを盛り込んでいった”

<ストリップ小屋、裏手>
 カメラは階段を上がる。女「(声)一週間前やないの」、別の女「(声)一週間あとじゃないの」
 女の乳房を分けて立花と和田が狭い部屋に入って来る。年増女が坐っている、年増女は立花にキスのそぶり。ストリップ小屋らしく、舞台の音楽が聞えている。

 立花「(声)おい、親父おるんかい」
 トイレの標示《男子用》。
 赤松[伴淳三郎である]「(声)いま、出るわ」
 立花 「なんや。出すもん、ゆっくり出さんかい」
 赤松「(声)おおきに。今日はなんでんねん」
 立花「さっきな、床屋で殺しがあったんや」
 プッと屁の音がする。赤松「(声)へえ」
 立花「(声)今日、若いの、来てへんか」
 所在なげな和田、その後ろから女が前へ歩いてくる。
 赤松「(声)さっき三人ほどな、入江組の連中来てましたで」
 《婦人用》に女が入っていく。水洗を流す音。
 隙間から舞台が見える。踊り子の足と前の客が見える。トイレを流す音がして溶暗。

<ストリップ小屋、客席> 
 やくざ者の会話。赤い舞台の前らしい。
  「(声)あの山崎のガキがゴール前でケツ掘るいうたかて、ケツ掘らしたんや」
 「(声)それだって兄貴の話信じてサンカク流したんや」
 「(声)いっぺん、しばきあげたらな、あかんで」

 立花「(声)おい、えらい景気のいい話したるやないか」
 「われ、なんじゃい」
 後ろの席に立花と和田。和田が警察手帳を示すが、立花をそれを叩く。
 床に落ちた警察手帳。
 組員[諸角啓ニ郎のようである]「そんなもん、見せてどういうつもりだぃ」
 立花「床屋の殺し。お前らと違うんかい」
 諸角「殺し・・・・なんのこっちゃ」
 組員[伊吹新吾である]「おい、なんや知らんけど、わいらの体、持ってくつもりか。持ってくなら持ってくだけのもの、持っとんのかい」
 和田、緊張気味である。
 立花「持っとるわい」
 伊吹「ほな、見せんかい」
 立花「見せたろか。見せたらお前らの体、パクってまうぞ。
 諸角「そんな抜かすな。ワイら、その殺しと関係ないわい」
 立花「関係ないならないだけの証拠、持ってこんかい。俺以外でもお前らパクろうと思ったらいつでもパクれんのやぞ。おい」
 諸角「ま、ええやんけ。一回りしてこうか。三十分ほど待っててもらえ」
 三人は立ち上がり、出て行く。

 音楽がラテン系の音楽「タブー」に変わる。
 踊り子がパンティを取ろうとする。突然、音楽が止んで、赤松が舞台の奥の覗き窓から踊り子に注意を与える、サツがいると。
 踊り子はパンティにかけた手を止める。
 立花「やらんかい」と、踊り子に声をかける。
 レコード盤に針が落とされる音。再び音楽が始まる。
 踊り子は安心してパンティを脱ぎ捨てる。

 かぶりつきの客は大喜び。踊り子はゆっくり踊り続ける。立花は目を閉じている。
 立花は突然立ち上がり、ロビーへ出る。
 入江組の組員たちが待っている。
 諸角「あれ、やったんは大淀組のもんやで」
 伊吹「やられたんはうちの組のもんやで」
 諸角「わいら、やるわけがあらへん。これでいいやろ」
 言い捨てて去る。

10
<小屋の事務室>
 赤松、ブルーフィルムの品定めをしている。赤松「金髪か、なんやこれ?」
 ブルーフィルムを持ち込んで来たどもりの男「セバータってんねん。そ、それがペロペロ、ペロペロ、なめまんねん」。
 電話が来る。サツからの電話らしい。客は姿を消す。

 赤松「(ノミ行為の電話を受けている)ゼロハン・・・・イッテンゴ・・・・センパツ・・・・そんなことわかるかい。あんたのこっちゃ、十万やな。よっしゃ」

11
<公衆電話ボックス>
 電話の相手は立花だった。ボックスから出て来る立花に、
 和田「立花さん、あんな全スト、ほっといていいんですか」
 立花「あのおやじとはな、借したり貸りたりする仲や」。
 あきれ顔の和田。テーマ音楽が鳴り始める。
 泥をハネて走る黒いベンツ。 

12
<駐車場>
 「大淀専用」の立て札がある。
 黒いベンツのフロントガラスに和田と立花が映る。テーマ音楽終る。

13
<大淀組事務所>
 事務所に大淀組組長・尾形の写真が掛けてある。
 応接セットに坐る和田と立花。
 杉浦[山崎努である]「(声)えらい、お待たせして」と近づく。
 和田は警察手帳を出して示す。
 杉浦「(声)わて、大淀エンタープライズの杉浦です。」
 立花「床屋の殺しの件やけどな、カッコつけてもらえんのかぃ」
  カメラは回り込んで杉浦を捉えて、
 杉浦「旦那に持ってってもらいまひょ。おい(顎で隣りの立った男に指示する。沢本が出て来る)・・・沢本、いいまんねん。(沢本に)お世話になんのや。挨拶せんかい」
 沢本、豆をかじっている。
 杉浦「(声)これがハジキですわ」
 立花「(布で包んだ拳銃を確かめながら)えらい、手回しいいねんな」
 手首に和田が手錠をかけようとする。
 立花「(和田に)そんなもん、かけんでもええ」
 和田「・・・・これは法律で・・・・」
 立花「(和田に)署へ入る前にかけてやらんかいな、おい」
 杉浦は微笑している。杉浦は金バッジに息を吹きかける。
 沢本は和田を見てニヤリと笑う。
  和田は「おう」と、沢本をうながして、部屋の外へ出す。

 立花「(声)親分に会わしてくれへんか。いや、社長はんに会わして欲しいねん」
 杉浦「いま、来客中でんねん」
 立花「最近、金鉱あてたらしいやないか」
 杉浦「金鉱・・・・知りまへんで」
 立花「入江のほうも最近ボチボチ伸びてきておるし・・・・その金鉱、横から手出したんと違うんかい」
 杉浦「入江とわてんとこの組と一緒にせなんで下さい。わての方はちゃんと政府に許可を得て事業してまんねん」
 ソロバンが落ちる。
 杉浦「あいつらのシノギとシノギかたが違いますねん。(笑う。立ち上がって)えらい、お構いもせんと」
 立花「また来るわな」
 杉浦、立花を送るかたちで外へ出す。
 立花「社長はんにほな、よろしう言うといてや」

14
<大和不動産>
 ビル内へ入江組組員が来る。
 社員がエレベーターに入る。そこへ入江組の組員が四人入って来る。

 <専務室>
 入江組の組員「おい、大淀がおる思て偉そうにしとったら、あかへんぞ。こっちゃかてケジメ取る気ならバッチリ取るンや」
 諸角「だまっとらんかい。そんなこと言わんかて、ちゃんと判っとるわい。誰かて命は惜しいんじゃ」
 専務は懐から書類を取り出す。
 諸角「これな、もとお前とこいた経理のもんが書きよったんや。悪どい儲けしとるな。見んかい。見んかいッ、そいつ、いま何しておるか知っとるか。わいのカカや」
 専務「一週間・・・・」
 諸角「は」
 専務「一週間、待って下さい」
 諸角「一週間、馬鹿野郎。そんな余裕あらへんぞ」
 専務のカツラが急に取れて禿げた頭が出て来る。
 専務「二日・・・・・二日・・・・・」
 諸角「二日やな。(仲間と相談して)待ったらァ。大淀でもサツでもたれこんでもかまへんのやど」

 組員が去ると、禿げの専務がつぶやく。
 専務「ふん、何を言ってやがんだ。馬鹿野郎」

15
<トルコ(ソ−プランド)の一室>
 刺青の入った体を、女がマッサージをしている。
 電話機を持って来る男(筒井)の声「大和不動産の社長はんからですわ」。
 筒井[深江章喜]である。筒井は女に顎で場をはずせと命ずる。
 尾形[山形勲]「それはいつや。わかった。あんたとこにはわしとこがついとる。大淀組がついとるやないかい」
 尾形はタバコをフィルターに刺す。くわえたタバコに筒井がライターで火を点ける。
 尾形「入江のとこから大和不動産に落とし前取りに行っとんのや」
 筒井「ま、ぼちぼち、ケジメとらなあかんのと違いまっか」
 尾形「・・・・か? ボケが。何を言うとんのや」
 尾形、煙草の煙を口に溜める。

16
<北町の大通り>
 街路樹、プラタナスの葉が揺れる。
 カメラが引くと、入江組の四人が下を歩いている。
 俯瞰で都電の線路が中央に見える。
 正面から走り寄ってきた男が二人、ぶつかって来てドスで突き、逃走。
 諸角ともう一人が崩折れる。脇の二人は逃げる。車が止まる。
   「・・・兄貴ぃ・・・・」。
 二人が都電の線路跡に倒れる。車の警笛が響く。

17
<捜査四課の会議>
 吉川が課員に事件の状況を説明している。不正融資をネタにした入江組の介入が大淀組の怒りに触れたことで起こった抗争事件である。自首してきた沢本は野口に子供のころバットでぶたれたことがあり、いつか恨みを晴らしてやろうと思っていたと言っている。大淀の恐喝事件に持っていくかどうか、検討して欲しいと言う。
 西野「僕の意見を先にも、なんだが、目下、組織暴力取締月間のことでもあり、この際、断固として大淀組をやるべきだと思う」
 西野[大滝秀治]、一同を見回して、
 西野「どうだい、やれっかなァ。どうした。一向に手が上がらんじゃないか」
  扇風機が回っている。
 吉川[織本順吉]「(声)なんせ、被害届けが出ませんよってな」
 西野「つまり、信用金庫が被害届を出したがらんてことかな」
 吉川「(声)あとのお礼が怖いし・・・・だいいち自分の不正が明るみに出ますよってな」
 西野「そんなこと言ってあきらめたら、きみ、何もできやしないじゃないか。・・・・立花君、おい、君、どう思う」
 立花「(声)やめといたほうがよろしいな」
 西野「なに? 理由を言いたまえ」
 立花は署員のいちばん後ろに座っている。
 立花「並みの手段やったら、被害届け、取れませんで。それに、大淀組には仰山うるさいの、ついてまっせ。元大臣とか、なんとか」
 西野「(声)だから、どうだっていうんだ」
 立花「首根っこくらいだったら押さえられっけどな、決ってストップがかかりますやないか」
 西野「(声)そんなこと言って司法権の権威が恐れて、キミィ」
 立花「わいら、ちっとも恐れていまへんで。恐れてんのはお偉方とちがいまっか」
 吉川が黙って聞いている。
 西野「キミの言うことはよーくわからんけ〜ど、つまり途中で圧力に屈してしまうくらいなら、はじめからやらんほうがいいっていうんだな」
 立花、うなづく。
 立花「せっかくパクッた奴が、出ていくのを見てるっていうのは、やな気分だっせ」
 西野、立ち上がって前へ進むが、途中で床の出っ張りにつまづいて転びそうになる。
 西野「じゃ、聞くが、もし絶対に責任を持つといったら、キミはこの事件を引き受けるか。キミもいいたいことは言ったんだ、イヤとはいわせんぞ」
 立花「やりまっせ。ただし、条件がありまんねん」
 西野「言ってみたまえ」
 立花「捜査の途中打ち切りだけは、せんといておくんなはれや。」
 テーマ音楽が始まる。

18
<警察の外、橋の上>
 ショベルカーが泥を引き揚げている。
 和田と立花。
 立花「和田、お前、あれ見てどない思う。わしら、あの機械みたいなもんやぜ、なんぼすくったって、泥、わいてきよるやないか。わいてきたらすくえばいいけどやな、わいら機械やろ、スイッチ、切られたらおまえ、止まってまうで」
 和田「立花さん・・・」
 立花「なんや」
 和田「・・・いや」。
 顔を見合わせて笑う二人。
 ザブーンと泥に入るショベル。
 立花「そしたら、国じゅう泥だらけになってまうわぃ。ようわからんけど、スイッチ切られても止まらんような機械、そんなんないかな」
 テーマ音楽が止まる。 

19
<店の下着売り場>
 立花「(パンティを取り上げ)これ、いいやないか」
 和田「こんな派手なの・・・・」
 立花「若いのに、こんなん、いいやないけ。なんぼや」
 店員「一万四千円」
 立花「なにぃ」(と、すごむ)
 店員「一万円でよろし」

20
<信用金庫の支店長室>
 栗原[藤岡琢也]電話が鳴る。「はいはい、もしもし。(切れる)・・」
 栗原「(再び鳴る)はいはい・・もしもし。(切れる)」
 不安そうに週刊誌をめくる。部屋にかけてある額に近づく。
 再度、電話が鳴る。取ると、
 立花の声「(電話で)おい、いまからおんどれんとこへ行くさかい、待っとれ」
 栗原、不安になったところへ女給がお茶を持ってくる。
 栗原は「いらん!」と断るが手をはらうとコップに当たって落としてしまう。とまどう栗原。拾う女給。
 女給に栗原は声をかける、「あのな、きみ・・」、しかし、女給は去る。

 栗原、不安になり、ハンカチ顔をふく。タバコにライターで火をつける。
 そばの電話が鳴る。
 栗原の子供「(声)パパ、マミーちゃん・・・明日、ほんとに連れてって」
 栗原の妻「(声)ごめんなさい、マミがどうしてもかけるって聞かないの。夕べから」
 誰か(立花である)が部屋に入って来る。
 栗原「ああ、ちょっと後で・・・切る」
 立花「(声)おい、おんどれ、金も出さんとマラソンしてたらあかんぞ」
 栗原「どちらさんです」
 立花「(声)どちらさん?大淀組やないか」
 サングラスをかけた男もいるが、こちらは和田である。
 栗原、電話をかける(大淀組へ)。
 栗原「もしもし、ちょっとひどいじゃありませんか。わたしね、先月もちゃんと六百万持っていってますしね、今月かてちゃんと五百万渡しましたやないか、それが若い衆ちょこちょこ来られたら、かなわんがな」

 (大淀組社長室に場面変わって)
 尾形「え? あんた何の話しとりまんねん。うちの若いもんが? それは違うで」
 立花「(声)電話変わったで。わし、立花や、こんど話のできるとこで話、しようやないけ。な、ほな」

 (支店長室に変わって)
 アロハを着た立花と和田の二人。
 和田は警察手帳を見せびらかすが、立花はそれを制止して、
 立花「(栗原へ)こっちの狙いは大淀組なんや。あんたの不正融資やない」
 栗原「どういうことですか。あたし、何もそんな」
 和田はテープを再生する。いましがたの栗原の電話の記録である。
 栗原「このことはですね、家内も子供も、何も知らんことですしね」
 立花「奥さんや子供さんに何も迷惑かけへんがな。あんたの協力なかったら暴力団つぶせへんね。な、頼むわ」
 栗原、逡巡する。

 春日太一『天才 勝新太郎』(文春新書、2010)より、“主観ショット(登場人物視点からの映像)と客観ショット(第三者視点からの映像)を混在させることで、カメラに映し出されている映像が、誰が、どこから見ている視点のものなのかも分からなくさせている。
 その代表例とも言えるものが、勝が藤岡琢也扮する信用金庫職員を恐喝するシーンだ。最初は、勝と藤岡は面と向って会話している。そこから、今度は藤岡の怯えた表情のアップが映し出される。通常のパターンなら、ここでカメラを切り返して、藤岡を脅す勝のアップが撮られる。ところが、ここでは、画面に映るのは勝に怯える藤岡だけ。勝の声がカメラの後ろのオフから聞えてくる。
 つまり、最初のカメラは第三者からの客観的視点だったのが、藤岡のアップに切り替わった途端に視点も勝からの主観へと変わってしまっていたのである。観客に混乱が及ぶため、通常は最初が客観なら1シーン通して客観、最初が主観なら1シーン通して主観で撮られ、両方が1シーンの中に混在するのはタブーになっていた。だが、勝にはそんなことはお構いなしだ。しかも、主演俳優の登場するシーンに顔が映らず、声しかないなんてことは前代未聞だった。
 「勝さん顔を撮らなくていいんですか?」
 牧浦地志カメラマンの疑問に、勝は楽しげに答える。
 「ポスターを見れば客は俺が出ているのは分かっているんだから、声さえ聞えれば映らなくてもいいんだよ」”


21+

<パトカーの中>
 手錠をかけられた・・・・・杉浦である。
 杉浦「ほぉ・・・・裏口でっか」

<警察署のトイレの中>
 西野課長と立花が並んで小便をする。
 西野「立花、おまえ、何かにおうもの、かぎつけたんか」
 立花「人をセパードみたいに言わんといてくれ」


21
<取り調べ室>
 杉浦「わい、ひとりでやったって。組はなんの関係もあらへん。」
 和田「3500万もか、なにに使ったんだ、なにに」
 杉浦「競馬、競輪や、・・・・マージャン。困ってるもんも、たくさんおるしな、みんな寄付してしもた。」
 和田「じゃ、その困ってる連中にいくらやったんだ、いくら。おい」
 杉浦「悪いことしたときはよう覚えてるねん。(笑う)ええ事したときはみな忘れてまうんや。」
 和田「きさま」
 杉浦「なんや、今日は警察の勉強会っでっかい。ほな、教えたろか、(和田へ)あんた、なんちゅう名や」
 和田「和田だ」
 杉浦「和田さんでっか。それやったら、チンピラでも吐かせること、でけんのと違うか。」
 和田「もう一篇言ってみろ、もう一篇」
 立花「和田、怒ったらあかん、怒ったら。怒ったらお前の負けやぞ」
 杉浦「よう知っとるやな。どっちみちあんたら、これで点数稼ぎになっとるやないか。それでええんと違うんかい」
 立花「杉浦、いまの警察はな、なんぼ点数稼いでもあかんねん。ちゃんと勉強して昇格試験受けな、出世できんようになっとんねん」
 杉浦「ほな、勉強せんかい」
 立花「お前らみたいな、追い掛け回してたら勉強する暇、ないやないけ」
 杉浦、あざ笑う。
 立花「二三日ってわけにやいかへんぞ。ゆっくりしてもらわにゃしゃあないやないか。なんぼお前がしゃべらんでもな、こっちゃ、しゃべる人間おるんや」
 立ち上がる二人。
 杉浦「警察に組織があるか知らんけどやな、わしらのほうにも組織があんねん」。


22
<車の中>
 テーマ音楽が始まる。
 栗原支店長が運転する車。女の子と妻が乗っている。
 バックミラーに映る子供と栗原。子供が栗原の口にガムを押し込む。人形を抱き、栗原の頬に後ろの席からキスをする。
 うしろの席で女の子が手鏡を見る。妻も手鏡に映り込む。
 栗原支店長の横顔。
 前のほうの道路。
 バックミラーに映る少女。急にそれがヒビが入って割れる音がする。燃え上がる。
 つぶれた車。
 担架に乗せて運び出される少女や妻や支店長の体。割れた眼鏡。
 救急車をのぞきこみ、目をそむける立花。
 杉浦の声がカブる。「(警察に組織があるか知らんけどやな、わしらのほうにも組織があんねん)」
 死んだ子供の手が人形を抱いている。車のなかから現場を見る取材の男たち。


22+
<警察署>
 結ばれたリボンがほどかれる。杉浦の情婦・真由美[太地喜和子である]が杉浦に面会に来ている。
 和田「当分、面会はできない」
 真由美「あ。そう。・・・・ね、さ、本当に刑事さん」
 真由美、笑いながら和田に「いい男ね」と声をかける。
 警察の廊下で,靴の編み上げを直す太地喜和子のストップ・モーションとも見まがうようなフル・ショット。
 立花がやってくる。

    <取り調べ室>
 差し入れの天重を食う杉浦。和田が傍で見張りをしている。
 出前が「おい、来たで」とラーメンを配達。和田はのびたラーメンをすすり始める。
 大きな海老にかぶりついた杉浦は、和田に「食わんかい」と薦めると、和田はつい「うん」と答えてしまう。
 きまりが悪くなり、和田は箸袋に箸をしまう.
 路上で血を流し、倒れている男がいる。

23
<杉浦の情婦・真由美の部屋>
 真由美「(入って来た立花に)ここに来たってなにもないわよ。調べるものなんか」
 真由美「刑事さんっていいわね。ひとんちに来てなんでも調べられるんだから」
 立花「寝とんたっか」
 真由美「うん」
 立花「誰とねとったんや」
 真由美「ひとりよ」
 立花「ひとりにしちゃ、えらい乱れてまんな」


 真由美のアップ。
 立花「(声)なんや、なんか入っとんのか、鏡台に」
 真由美[太地喜和子である]「なにも」
 家宅捜索中らしい。立花はなにかを探している。
 真由美「ウソじゃないでしょ」
 後ろから真由美の胸を抱きすくめて、
 立花「ウソついとるやないか、ドキドキしとるゾ。」
 隠してあった小箱を割って底の下から通帳を取り出す。
 立花「なんや。これ」
 真由美、それを奪い返して、
 「なにすんのよッ、ひとが下手に出てるからってなめた真似しないでよッ」
 立花「(声)仰山持っとるやないか」
 真由美「いくら持ってたっていいでしょ。あんたに関係ないでしょッ。あいつとこれは何の関係もないのよッ。このお金はね、あたしの体で・・・・あたしの体で稼いだんだから。どいてよ」
 立花と小競り合いになる。
 真由美「あんたの欲しいものなんでもあげる」
 立花「ほんまかい」
 立花は真由美の臍やその下のパンティを見る。
 真由美「(通帳を持ち)これ以外はね」
 横になる真由美は赤いパンティを脱ぐ。
 壁に赤い唇を模したパンティ掛けがある。

 夜のホテル。真由美は男に抱かれている。

24
<取り調べ室>

 立花「お前のスケ、いいタマやね」
 杉浦「ああ、あんなスケ、一生だけんやろ」
 立花「極道はえらいもんやね。若いもんがつとめに行っとる間、親分はそのスケを可愛がっても、ええんかい」


 立花「これは(パイプを示し)親分のやないか。真由美の枕元に置いてあったんやぞ。・・・・杉浦、なにもお前ひとりで罪背負うことないやないかい。おい」
 杉浦「確かにそのパイプは親分のや。そやけどな、わしがこっから出られへんのに、そんな話、信用できるかい」
 立花「ほな、もうひとつええもん、見したろうか。わしにまで、こんなもん、くれよったんやぞ」
 赤いパンティを杉浦の頭にかぶせる。
 杉浦はそれをじっと見て放り投げる。
 杉浦「おんどれ、桜の代紋しょっとる思て、なめたまねさらすなよ」
 立花「代紋しょってなかったら、どないすんねん」
 杉浦「二度としゃべれんようにしたるわい」
 音楽が始まる。

25
<警察の取り調べ室の外>
 警察手帳を放り投げる立花。
 殴りあう二人。
 殴りあいは立花のほうが強い。
 野良猫があくびをしている。手前には警察手帳が捨てられている。音楽止む。

26
<入江組の事務所>
 仁丹のような薬。水で呑む入江。
 入江「二回目のショーには必ず来んのやな。わいが何も言わんでも、お前らのすることは判っとるのう。・・・・道具は?」
 刺客「持ってま」
 入江「頼むぞ」
 刺客、礼をして去る。
 奥から若い衆が来るが・・・
 入江「もうええ」
 半裸の女が二人入って来る。入江はベッドへ入る。溶暗。しばらくして再び灯りがつく。

27
<キャバレー。ショー>
 テレサ・カーピオのショーである。

    歌「雨の中、傘もささず、濡れながら 泣いていた 可哀想な 混血児(あいのこ)マリー
      言葉さえ わからないで 友達も 誰もいない  可哀想な 混血児マリー
      ある日 ママが「マリー」と呼んで 「わたしはもうすぐ死んでゆく」
      許してね というママに 死なないで と泣いていた
      可哀想な 混血児マリー」

 客の中に尾形がいる。組員が周囲を囲む。チカチカと点滅するライト。
 筒井「おい、なんや、こんなキチガイみたいなライトつけやがって。客の迷惑考えんかい」

    歌「わたしのママは どこにいるの 誰も教えてはくれないの
      雨の中 傘もささず 濡れながら 探し歩く 可哀想な 混血児マリー
      混血児(あいのこ)マリー」

 歌手が尾形に紹介される。
 緒方がトイレに立つと組員は先にトイレ使用中の女を追い出し、尾形が準備。用を足すと紙を差し出す。

28
<キャバレーの外>
 外へ出て車に乗り込もうとする尾形。組員が周囲を固めている。
 接近してきた車が停まり、突然狙撃される組長。
 組員が伏せて逃げる。緒方はひとり立ち尽くす。そこへ更に銃弾が撃ち込まれる。
 尾形「アホッ、肩や。医者や、医者を呼べ。日本一の医者、呼ばんかいッ」
 車が走り去り、現場には血のついた草履が残されている。テーマ音楽が鳴り始める。

29
<尾形の家>
 肩から弾丸を抜く手術。テーマ音楽が鳴り続ける。
 痛みをこらえながら吼える尾形。
 尾形「極道が弾をかわすってどういうことじゃい! 鉛の弾が飛んで来たら体をかわすってどういうことじゃ。あいつらはなんのためについとるんじゃぃッ。あほッ、どあほッ、馬鹿たれッ、このォ。指つめたくらいやったら、すまへんど」
 筒井には尾形にかける言葉がない。
 外から筒井を呼ぶ手招きが見える。
 「兄貴・・・頼むわ・・・」、彼らはつめた指を持って来ていた。

30
<警察の捜査一課>
 吉川が立花に捜査中止の事情を説明している。
 立花「(課長にくってかかっている)課長、大淀組捜査打ち切りの件、理由をはっきり説明しておくんなはれ」
 西野「はっきり説明しないほうがキミのためにいいんじゃないかな」
 立花「そりゃどういうことです」
 西野「さあね、そいつはキミ自身がようく考えればわかることだ」
 立花「わからんさかい、聞いとりまんねん」
 西野「そうか。じゃ言ってやる、まず第一に被害者に対する脅迫的言行、被害届の強要、第二に行過ぎ捜査、つまり普段から、いいかな、組織暴力と密着しているキミの思考だ。このまま続行すればわが署の名誉にもかかわることにもなりかねない。と、署長が判断された」
 立花「それはみんな課長の命令でやったことじゃないですか。なら課長の責任はどないなりまんねん」
 西野「冗談じゃない。僕はそんな非常識なことを命令した覚えはないよ」

 立花「こっちはみんな命をかけて働いてまんねん。命がけで働いてんのやぞ」
 吉川が立花を見る。
 立花「それをやな、おのれの立身出世のためにな、わしらをみなだましてこきつかいやがって、何が組織暴力の絶滅や」
 西野「立花。それが上司に向って言う言葉か」
 立花「なにぃ。(警察手帳や手錠を投げ出して)代紋返したらお前と俺とは五分と五分や。わいら、ドブサライの機械みたいみたいに泥だらけになって、自分の体泥だらけになって働いてきたんや。わしらみたいなもんでもな、日本じゅうが泥だらけになると思うたから、働いてきたんや。なめてけつかる、このガキは、ほんまに。こんな安月給で働いていられるかい。あの野郎。やめじゃ、やめじゃ」

 課長は憤然として書類を読むふりをする。

 <夜の街> アウトフォーカスからピントが合ってやがて朝になる。


31+
<警察書>
 西野課長が転任の挨拶をしている。
 西野「一課と四課は親と子のようなものだ。粉骨砕身、努力してほしい。今度、吉倉君に来てもらうことになった。吉倉君、来る・・・」と新しい課長を迎える。
 

31
<警察のトイレ>
 洗面所。和田のうしろから吉川が手をかける。
 吉川「署長に話したんや。署長はな、わしに任せるというてくれたんや。課長もやめたことやしな、あいつに逢うたらな、これ(警察手帳を出し)渡してやってくれ」
 和田、手帳を受け取る。

32
<路地> 
 犬と話している男がいる。
 ゴミが水と一緒に道にまき散らされる(シーン7と同じ)。
 屋台の間を若い頭に手拭いを巻いた男が歩いてくる(シーン7にも出てきた)。男は倒れてしまう。
 ストリップ小屋の階段を降りてくる赤松に和田が声をかける
 和田「立花さん、探してるんだが、来てないかな」
 赤松「なんぞ、おましたんか」
 和田「昼前はここにいたんやけどな」
 赤松「昼前はここんとこ、来てまへんわ」
 和田、残念そうに立ち去っていく。
 赤松は一室に入っていく。


<ストリップ小屋の離れ>
 男たちが、賭けマージャンをやっている。
  「なにやってえな。はよやりいな」
 赤松「あいてッ、いつもここへぶつけるねん」
  「おっさん、なんぼあんねん」
 赤松「一万八千円や」
  「ほんまは、なんぼあんねん」
 赤松「一万八千円しかない・・・」
  「信用できん。(財布を見て)二万八千円あるやないか」
 赤松「ほんまや。二日も夜通ししたらな、目もかすみまっせ。たっしゃなのはここばっかりや、いうてな」
 立花も加わっている。
 立花「(赤松に)十万出さんかいな」
 赤松「なんや」
 立花「なんやいうて、おまえ、十万にぎっとったやないか。とぼけたらいかん。手帳見せんかい。ほら、書いてあるやんか」
 赤松「今日なんか?」
 立花「とぼけやがって」
 赤松からも十万円を巻き上げる立花。

 ひとまず終わってマージャン卓が残る。卓にすわって瓶ビールの栓をあける赤松。立花に話しかける。
 赤松「なあ、あんた、桜の代紋はずしたらしいな」
 立花「そやったら、どやちゅうねん」
 赤松「前からのやつ、あれ、いっぺんキレイにしたいと思うねん。代紋はずしてしもたら、なんも面倒みてもらえんもんな」
 立花「なんぼや」
 赤松「四十」
 
 立花はだまって赤松に四十万円を渡す。


32+
<トルコ風呂にて>
 トルコ嬢[横山リエである]「あたしの顔、見ててもダメよ。お酒、飲んでんの?」
 立花、お札を投げ渡す。トルコ嬢、数える。五万円ある。
 トルコ嬢「マジメにやる。ね、やる! ね」
 サービスに励むトルコ嬢。あまり気が入っていない立花。
 赤松の言葉が耳に響く。「あんた、桜の代紋はずしたらしいな。代紋はずしてしもたら、なんも面倒みてもらえんもんな」
 

33
<入江組>
 電話で(立花の声だが)入江組に大淀組を騙って脅迫をかける。
 入江「われ誰や」
 立花「大淀のもんや。いちいち名前言うてるひまはないわい。お前とこの若いもんの体、こっちは取っとるゾ。さっさと取りにこんかい。コンクリートづめにして川に沈めちまうぞ。どう、われ聞いとんのかい」
 入江「よし、待っとれ。われんとこも同じようにしたるわい」

34
<ホテルの筒井の部屋>
 筒井は、背中にどくろの刺青をして、女を抱いている。
 そこへ入江組の組員が入って来て。
 筒井「なんや、お前ら」
 入江組員「さっきの電話ありがとう。うちの若いもん、取ってくれたそうやな。お前の体取りにきたんや」
 筒井「パンツぐらいはかしてくれや」
 銃で撃たれ、倒れる筒井。


34
<走る車>
 筒井を入れた袋を運んだ車が橋にさしかかり、橋の上から袋を川に捨てる。
 電話で立花の声が大淀組へ響く。
 「入江のもんやけど、お前んとこの筒井の体、川に沈めたさかい、早う行って上げてやれや」


35
<入江組>
 ケースに銃を入れて組員が次々に到着する。
 出迎えの組員が挨拶「御苦労さんです」。「えらい遅うなりまして」
 入江が銃を受け取って
 入江「あ、すまんかったのォ。(銃を構えて)こうなったら行くとこまでいかな、しょうがないのォ。」
 「うちのほうも人数そろうて待ってますさかい、いつでも電話しとくんなはれ」
 事務所前に車が来て、黒い袋を放り込んでいく。
 「これ何や」
 その袋が爆発。
 音楽が鳴り響く。
 事務所のなかでは入江が呆然としている。
 怪我をした組員の背中で金魚がはねている。
 近所のおばさんたちが、呆然と見詰めている。

36
<ビルの前>
 黒いスーツ姿の男たちが集まってくる。新聞に「白昼の襲撃」の見出し。テーマ音楽が鳴り始める。
 新聞に「組織暴力壊滅」や「一触即発」の見出し。
 ビルのなかから十五人くらいの組員がそろって出て来る。
 警官が制止するが男たちは歩みを止めない。


37
<千友会の星野の事務所、星野と尾形>
 星野(若山富三郎である)「時勢を考えな、あかんで。もう切った張ったの時代やないやないか。そやろ。あんたの組から見たらやな、あの入江なんていうガキは雑魚や。あんなもんと四つに相撲とっても、あんたの器量を下げるだけやで。それにやな、これからのやりようによっては、あんたのハガイに納めたらどないや。わいやったらあないなガキ、グウの音もいわせんで。おい」 
 尾形「そら、二代目に任せるがな」
 星野「タバコや」
 組員「へい」
 拍子木がチョーンと鳴る。

38
<千友会の星野の事務所、星野と入江>
 星野「おい、われとこの兵隊、何人白い着物、着せる気や。何人赤い着物キセルつもりか。われが大淀をこなしてもな、わいがおんのじゃ。千友会がおんのやで。謎のボタもちじゃないけどな、われ長持ちせんのと違うか。あァ」
 入江「二代目さんにお任せします」
 星野「われも大淀と五分に相撲とってやな、男を上げたんと違うんかい。わいの言うことを聞いとったらやな、長生きできるんやないけ」
 拍子木が響く。

39
<手打ちの場>
 仲人「なお就人、星野氏に代わりまして、手打ち盃人の大役をおおせつかりました手前、若造の身をもちまして、姓名の儀、後世に発します、失礼さんです。手前、大阪は松島水産にまかりおります、財鶴一家二代目継承いたします、姓は大貫、名は鶴一です。面体お見知りおきくださいまして今日こう万端よろしくお頼申します。わたくし侠道におきまする姓名かけまして取り行ないます。こんにちこそ、われわれ侠道を仰ぐものが、大八島の国家社会の発展のために尽力しなければならないときであると存じます」
 型どおりの手打ちが行なわれていく。
 立会人「就人になり変わりましてお神酒改めを仕ります。(盃で酒を飲み干し)異常はございません。それでは胸の結びをほどいていただきます。なお、念のために申し沿えておきます。この盃を飲み干されますと、今後同一理由をもってことを構えられた側は、旧人はじめ、盃人、立会人、関係者一同、敵とみなします。この旨御了承願います」
 星野、両人を見る。
 立会人「お預かりに参ります」
 星野、盃を懐に入れる。
 かしわ手を打つ。

40
<映画館内>
 スクリーンで仁侠映画の切り込みの場面。
 画面を見つめる立花。音楽が始まる。

41
<埋立地付近>
 橋の上で和田が一人、川を見ている。歩く。
 海を見る。ふと橋の上に立花を見つける。
 和田「立花さぁん」。
 再会をよろこぶ和田。立花に警察手帳を返す。
42
<大淀の事務所>
 土をほうりこまれるイメージショット。
 尾形ほか面々。
 立花「(声)手打ちしたことはな、ようわかってんのやけどもな、ま、世間をこれだけ騒がせたことだし、話だけでも聞かせてくれへんか」
 尾形のタバコに組員が火を点ける。
 立花「な、頼むわ。こんどの喧嘩、入江のほうから仕掛けたんやし、あんたのほうは被害者や。足を運ばして悪いんやけどな」
 尾形、背広をかけさせる。
 立花「おい和田。緒方さんをおとめしてもやな、署の車に乗したら具合悪いやろ。新聞社なんかがおるやろ。わしが送っていくさかい。お前だけ帰らんかい」
 和田を先に行かせる。
 立花「(尾形に)行きまひょか」

43
<駐車場>
 
 立花は車に乗る。尾形を後ろに載せる。
 尾形「(立花に)気いつこうてもろうてすまんな」
 土を放りこまれるイメージショット。 

44
<高速道路上の車内>
 バックミラーに映る立花の顔。
 土を放り込まれるショット。
 音楽が始まる。
 尾形「どないしたんや」
 立花「アホらしうなってきたんや」。音楽が止む。

 立花「あんた、いくらパクっても出てきよるわな」
 尾形「そら、甲斐性があるよってにな」

 尾形「けど、なんやな、人間それぞれ生きる場所があるんと違うか。おまはんなんか、一匹狼になったほうがええのんと違うかい。」
 立花「そりゃどういう意味や」
 尾形「狼は狼の生きる場所があるわな」
 立花の脳裏に思い出されるイメージショット。
 音楽が鳴り始める。
 いろんなイメージショット。
 立花、にやりと笑う。

45
<埋め立て地>
 車がロックされる。
 車内で尾形がとまどっている。
 外から車を押している立花。
 穴に車を落す。
 ロングショットが穴の上に立ち、見守る立花を捉える。
 車内で頭に怪我を負った尾形。
 車から出ようとするが出られない。
 フロントガラスからも怪我をした尾形が見える。
 音楽が高まっていく。土を投げ込むショット。
 土がかぶせられ、最後には光も消えて見えなくなる。

46
<埋め立て地>
 足元を踏み固める立花。
 何度も何度も。
 テーマ音楽が高鳴る。
 足元が映る。白黒に変わる。
 「企画・製作 勝プロダクション」の文字が出る。踏みしだかれた砂利の音がコツっとして・・・・終わる。


【註】この衝撃的なラストシーンがフジテレビ放映版ではカットされていた。



          藤田真男の「血と汗と涙 原形質の海」より


 太地喜和子が、廊下で出くわした前田吟をもの珍しそうに眺めながら、悩ましげな声で
 「ねぇー、さー、あなたホントに刑事サン…?」
 新米刑事はドギマギして
 「ウ…?! ウンッ!」と小学生みたいな返事をしてしまってから、こんな女にバカにされてたまるか、とでも云いたげなこわばった表情。
  ★

 刑事課長・大滝秀治、桜の代紋をカサにきて、何かにつけて部下をたしなめるといった調子で
 「アー、ボクの意見を云わせてもらうとだネ〜」などとのたまう。デカ部屋にはクーラーなどなく、扇風機が重たげに首を振っている。全員、汗ダラダラ。大滝デカ長、黙ってその扇風機を「ボクのもんだ」といわんばかり、ムリヤリ自分の方に向けて平然とすまし込もうとする。
  ★

 留置場で、組から差し入れられた豪華な昼飯を食っている山崎努。取調べ中の前田刑事は…かたわらでわびしくラーメンをすすっている(クソ暑いのに、フーフー汗を流しながらだ!)。山崎、自分の食べ残しを示し、「食わんかいっ!」と前田をドヤしつける。前田、思わずドンブリから顔を上げ、ついつられて「ウン」と、きわめて素直に答えてしまう。二人は、しばしニラミ合う。なんと、ラーメン一杯で劇的に主客転倒してしまう人間心理生理の機微を活写した名場面といおうか…。


   

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