神無月 かんなづき(かみなづき) Tenth month of the lunar calendar

陰暦十月は初冬、神無月。上代は「かむなづき(かむなつき)」と言ったらしく、平安以降は「かみなづき」。これを「神無月」と書く所以は、この月、日本中の神々が出雲大社に結集して不在となるため(いっぽう出雲の国では「神在月(かみありづき)」となる)――という話はよく知られているが、平安後期の文献より見え始める説で、神話時代からの言い伝えとはどうも思えない。もとは「神な月」、すなわち「神の月」であろうというのが現在では有力な語源説のようである。なぜ陰暦十月が「神の月」なのか、よく解らないのだが。

それはともかく「神無月」の表記乃至「出雲結集留守説」は中世以降定着し、「かみなづき」は「神が不在の月」という含意を伴わざるを得なくなる。

『拾遺愚草』  三宮十五首、冬歌

神無月くれやすき日の色なれば霜の下葉に風もたまらず

『続拾遺集』『百番自歌合』にも採られた藤原定家の作。
「日の色」の「色」は色彩というより気色、冬の陽射しの暮れやすいおもむきを言っている。「霜の下葉」は、霜枯れの下葉。朝、草木の下葉に付いた霜が、日の短さゆえなかなか融けず、葉を枯らしてしまうのである。「風もたまらず」とは、かなりの数が散り落ちて、下葉がもはや風を吹き留めない、ということ。……いや、こんなふうに意味を追う前に、まず、この歌の言葉つづきから滲んで来るイメージや風情を味わって下さい、と申し上げたい。
「神無月」の初句からして、単なる月の名と読み過ごすわけにはいかず、神が去ってしまった後の頼りないような、虚ろなような気分が、「暮れやすき日の色」、「風もたまらず」といった語句にまで染み渡っているように感じられる。

「神無月」から私が思い出さずにいられないもう一首は、定家から遠く時代を隔て、斎藤茂吉『赤光』所載の歌である。

神無月空の果てよりきたるとき()ひらく花はあはれなるかも

大正元年(1912)十一月の作。すなわちこの「神無月」は陰暦十月と解せられる。
雲の果て出雲へと去って行った神々、それと入れ替わるように空の果てから訪れる「神無月」という名の月――次第に冷え込む大気のうちに万物が衰えを見せ始める季節。その時地上の一隅で「眼ひらく花」。……作者が意図したかどうかはともかく、やはり初句「神無月」の表記が決定的に効いている歌であろう。
因みに作者は『赤光』改選版で「神無月」に「かみなづき」のルビを追加している。

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  『万葉集』 (橘朝臣奈良麻呂の宴する時の歌) *大伴池主
十月(かみなつき)時雨にあへるもみち葉の吹かば散りなむ風のまにまに

  『古今集』 (題しらず) *よみ人しらず
神な月時雨もいまだふらなくにかねてうつろふ神なびのもり

  『古今集』 (詞書略) *文屋有季
神な月時雨ふりおけるならの葉の名におふ宮のふることぞこれ

  『古今集』 (母がおもひにてよめる) *凡河内躬恒
神な月時雨にぬるるもみぢばはただわび人のたもとなりけり

  『後撰集』 (題しらず) よみ人しらず
神な月ふりみふらずみ定めなき時雨ぞ冬の始めなりける

  『後撰集』 (山へ入るとて) *増基法師
神な月時雨ばかりを身にそへてしらぬ山ぢに入るぞかなしき

  『詞花集』(題しらず) *曾禰好忠
なにごとも行きて祈らむと思ひしに神な月にもなりにけるかな

  『新古今集』 (詞書略) *藤原高光
かみな月風に紅葉のちる時はそこはかとなく物ぞかなしき

  『詞花集』 (詞書略) *赤染衛門
神な月ありあけの空のしぐるるをまた我ならぬ人やみるらん

  『後拾遺集』 (詞書略) *馬内侍
かきくもれしぐるとならば神な月心そらなる人やとまると

  『千載集』 (時雨の歌とてよめる) *道因法師
嵐ふく比良の高嶺のねわたしにあはれ時雨るる神な月かな

  『新古今集』 (題しらず) *覚忠
神無月木々の木の葉は散りはてて庭にぞ風のおとはきこゆる

  『拾玉集』 (題しらず) *慈円
そむれども散らぬたもとに時雨きて猶色ふかき神無月かな

  『続後拾遺集』 (時雨知時) 藤原定家
偽りの無き世なりけり神無月誰がまことより時雨そめけむ

  『延文百首』 (時雨) *二条為定
雲さそふ空にしられて神無月嵐のうへをゆく時雨かな

  『新葉集』 (元弘元年百首歌よみ侍りける中に) *尊良親王
世の憂さを空にもしるや神無月ことわりすぎてふる時雨かな

  『賀茂翁家集』 (時雨をよめる) *賀茂真淵
神無月たちにし日より雲のゐるあふりの山ぞ先づしぐれける

  『柿園詠草』(初冬山) *加納諸平
神無月立ちにし日よりあしびきの山さへもろき色に見えつつ


公開日:平成18年4月14日
最終更新日:平成20年5月8日

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