1999年11月

象と耳鳴り(恩田陸) カリブの鎮魂歌(ブリジット・オベール)
リスクテイカー(川端裕人) エンジェル(石田衣良)
ドラキュラ公(篠田真由美) 最後のディナー(島田荘司)
黄金と灰(エリエット・アベカシス) 木曜組曲(恩田陸)
百器徒然袋-雨-(京極夏彦) M(馳星周)
RED RAIN(柴田よしき) 極大射程(スティーヴン・ハンター)
溺れる魚(戸梶圭太) 日曜日の夕刊(重松清)
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象と耳鳴り

著者恩田陸
出版(判型)祥伝社
出版年月1999.11
ISBN(価格)4-396-63158-8(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★☆

六番目の小夜子」の主人公のお父さん、元判事の関根多佳雄が活躍する連作集。あちこちから寄せられるさまざまな謎を、思考によって解決していく安楽椅子探偵もの。
中でも「給水塔」、私もすごく身に覚えがあるというか、給水塔が怖かったことがあったので、ああ同じ事考える人もいるんだなと思いました。前に祖父母が住んでいた家に行く途中に、電車から給水塔が見えるところがあるんです。格好としては、真っ黒いコンクリートでできた王冠がでっかくなったような感じです。周りのこぎれいな住宅の中で、その建物だけが異様な雰囲気をかもし出していて、ものすごく怖かったのです。両親に、「あの建物は何」と聞いた覚えがあります。「キュウスイトウだよ」と言われたと思うのですが、それが何をするものかよくわかっていませんでした。つい最近、ふと思い出して通勤途中にそっちの方向を見ると、綺麗に塗り直されて異様な雰囲気はいくらか軽減されていました。きっと住民も怖かったんだろうなあとちょっと思ったりしましたね。

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カリブの鎮魂歌

著者ブリジット・オベール
出版(判型)ハヤカワ文庫
出版年月1999.10
ISBN(価格)4-15-170805-7(\840)【amazon】【bk1
評価★★★★

カリブ海に浮かぶ島で私立探偵業を営むダグのもとに、シャルロットという女性が現れた。彼女は顔も名前も知らない、自分の本当の父親を探して欲しいと依頼する。手がかりのあまりの少なさにいやいやながら引き受けたダグだったが、彼女の過去を探るうちに、未解決の殺人事件に巻き込まれて・・・。

すごく正統派ハードボイルトでありながら、どこか雰囲気が違うのは、やっぱりオベールだから? 今回はカリブ海の島を舞台にへらへら私立探偵がとんでもない過去を掘り起こしてしまうドタバダ話。どこか間の抜けた主人公がとっても良い。また舞台がカリブ海というのも、どこか陰惨な過去話の色を和らげている感じがします。最初はまた私立探偵モノかと思っていたのですが、なんだかんだとあっという間に読んでしまいました。うん、やっぱりオベールはいいな。

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リスクテイカー

著者川端裕人
出版(判型)文藝春秋
出版年月1999.10
ISBN(価格)4-16-318750-2(\1762)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

マネーを自由に扱って、億万長者を夢見た3人。マネーの絶対性を説かれて育ち、家に嫌気がさして飛び出したユダヤ系アメリカ人・ジェイミー、日本の都市銀行を辞めてMBA取得のためにアメリカに来たケンジ、そして物理学の研究をしながら、株価や為替レートの振る舞いに法則性を見つけようとする天才・ヤンの3人が、ヘッジファンドを起こして、アメリカの金融界に打って出るが・・・

いやぁ、為替とか株って面白いものなんですね。うちのじいさんが、未だに株から手を引けないのがよくわかります。きっと面白くて仕方が無いのでしょう。最近でも銀行をつぶしたディーラーが話題になったりしましたけど、この本を読んでると、一企業だけじゃなくて一国の経済をつぶすこともできる本当のゲームって感じです。ある意味競馬とか競輪とかのギャンブルと変わらない場面もあるのですが、所謂純粋なギャンブルと大きく違うのは、そこにカオス理論を当てはめた未来予測が可能かもしれない・・・という要素が加わること。さてさて、天才ヤンの作ったシステムは、世界のマネーを動かすことができるのでしょうか。
ちょっと変わった脇役陣も見もの。私は、鉄作ってきたことを誇りにして、3人にモノ作りの大切さを説く浪花節の日本人・タカハシが結構好きだったりするのですが、読んだ方どうでしたでしょうか。確かに金融って、霞から金を作り出すような仕事だよなあと思うんです。大学で経済学やったときも思ったのですが、信用創造ってどこか胡散臭いというか。まあそういう経済体制なのだから仕方ないと思うのですが、その隙間から金を作り出すヘッジファンドっていうのも相当胡散臭い仕事だなと思った1冊でした(^^)。でも最後の結論、面白いと思うんですよ。「ヘッジファンドとは、そしてマネーとは何か」という命題にちょっと変わった結論を出しているところを評価。いろんなことを考えさせてくれる小説でした。

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エンジェル

著者石田衣良
出版(判型)集英社
出版年月1999.11
ISBN(価格)4-08-775255-0(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★★

ある夏の夜、僕は殺され、山林に埋められた。幽霊としてよみがえった僕は、自分が誰に、なぜ殺されたのかを調べようとする。

ちょっと前に観た映画「シックス・センス」の幽霊はとっても恐かったですけど、彼はあんまり恐くない(^^)。本当にこんな風に死んだ人たちが回りにうろついていたら、ちょっと嫌ですけどね。さてさて、幽霊となってしまった僕は、自分の埋葬を見て衝撃を受け、自分の殺人事件について調べるわけですが。全体的にはどちらかというと青春小説的な雰囲気。ラストはこういう形しかないかな、という方向へ持っていくのですが、でもいいなあ、こういう話。私は好きです。

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ドラキュラ公

著者篠田真由美
出版(判型)講談社文庫
出版年月1997.10
ISBN(価格)4-06-263648-4(\562)【amazon】【bk1
評価★★★★

『吸血鬼ドラキュラ』で世界中に有名となったブラム・ストーカー。彼のもとへ、ある男が訪ねてきた。その男は「あなたの書いたドラキュラは、ヴラドの名誉を傷つけた」と言う。興味をもったストーカーがせがむと、その男は真実のドラキュラの話を始める。

カバーのあらすじに「もうひとりの織田信長」と書いてあって、私はなんでホラーで知られた吸血鬼、ドラキュラ伯爵(実際は伯爵ではない)が、織田信長なのさと思っていました。読み終わって、なるほど、この人は織田信長に似てるなと。オスマン・トルコという大帝国を前に、少数精鋭で無謀とも言える戦争をし、しかも裏切り者は容赦しない過酷な性格。ある意味「吸血鬼」といわれても仕方の無いような残虐な殺戮をしながら、一方で自分の考えを持ち、ワラキアという国を思い、殺された父と兄の無念を晴らそうとする人物。なんとなく残虐さでも有名な一方で、大国を次々破って天下統一の足がかりを作り、楽市楽座などの新しい商業体制を敷いた信長とすごく似ている気がするのです。

なんて長々と書いてしまいましたが、面白いですよー。実はこの本、ICQでおすすめされたのですが、軍記ものとして読んでも、こういう小説として読んでもいい感じで、楽しめました。ありがとうございます>Sさん(^^)。そのあたり佐藤賢一に似ているかなと思うのですが、雰囲気的には私は栗本薫っぽい気もするんですよね。まず女が出てこないし(ああ、最後ちょっと出てきますね)。美しい男の子が多い(笑)。その辺が今の篠田真由美に通じるかなあと、余計なことを思ってました。

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最後のディナー

著者島田荘司
出版(判型)原書房
出版年月1999.11
ISBN(価格)4-562-03263-4(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★★

石岡のところへ、龍臥亭事件で知り合った里美が訪れるところから始まる連作短編集。これは御手洗潔シリーズを好きな人が読む本かなと思います。少なくとも異邦の騎士は読んでおくと、最初の短編の意味がよくわかっていいと思います。
どの話も結構好きなんですけど、やっぱり「最後のディナー」がいいですね。島田荘司って短編だとものすごくセンチメンタルな本書きますけど、この3編はまさにセンチな島田荘司をそのまま具現したような感じ。装丁から凝ってますから。日記にも書いたのですが、これって要するにクリスマスプレゼントにしろってことなのでしょうか。うーん。というか、こういう変則的な大きさの本って、本棚に入れにくい(^^; 別のところに飾っておくかな。クリスマスまで。

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黄金と灰

著者エリエット・アベカシス
出版(判型)角川書店
出版年月1999.10
ISBN(価格)4-04-791331-6(\2000)【amazon】【bk1
評価★★★

歴史家であり神学者でもあるルードルフ・シラーが、2つに切断された惨殺死体で発見された。奇しくも彼の殺害された日は、アウシュビッツ解放の日と同じ日。ホロコーストとの関係を疑った歴史学者のラファエルは、親友の新聞記者・フェリックスと共に真相を探ろうとする。

日本に住んでいるとあんまりユダヤ教やユダヤ人との接点って無いように思うのですが、ユダヤ人に対するさまざまな人種の考え方って、複雑で一種のタブーのような雰囲気をもっているように思うのは、私だけでしょうか。だからこそ、昔からユダヤ人はあらゆる小説にも登場し、ユダヤ人を描いた映画なんかも沢山あるんじゃないかな、とこの本を読んでて思いました。ぱっと思いつくユダヤ人の登場人物というと、「ベニスの商人」のシャイロック(^^)。ユダヤ人は強欲な金貸しという印象がある一方で「アンネの日記」や今年映画でも有名になった「ライフ・イズ・ビューティフル」、「シンドラーのリスト」、帚木蓬生の「ヒトラーの防具」のようにホロコーストという視点で描くユダヤ人は、哀れな歴史の被害者。あまりに内輪な宗教であり、国を持たないという変わった民族だからこそ、どことなく神秘的で、誤解を招きやすいという感じもあります。

つらつらと書いてしまいましたが、そんなユダヤ人の微妙な立場がなんともいえない雰囲気をかもし出している作品。でも「クムラン」のような冒険的要素が薄れてしまって、ああいうのを期待した私としてはちょっと期待はずれに終わってしまいました。殺人事件は単なる話の端緒で、この人はユダヤ人とホロコーストについて話たかったのかな。でも、全体にわたる問いかけ、「もし自分が、あの時代にいたら・・・」というのは、結構衝撃的だったいうか。自分自身考えたことがある命題だけに、主人公の悩みがなんとなくわかる気がしました。

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木曜組曲

著者恩田陸
出版(判型)徳間書店
出版年月1999.11
ISBN(価格)4-19-861093-2(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★★★

また今年も木曜日に集まった5人。4年前、同じように集まっていたときに、家主である小説家・重松時子が自殺を図ってから、毎年同じように集まっている。ただ、今年はちょっと雰囲気が違った。差出人不明の花束と共に謎のメッセージが届いたのだ。もしかしたら、時子が死んだのは、自殺ではなかったのか?

それぞれ癖のある時子の親類4人と、時子が死んだ今も彼女の家を守っている編集者の5人がそれぞれに4年間思っていたことを告白し、時子の死の真相を暴こうとする心理戦。時子は自殺?それともこの中の誰かが?という緊迫したムードはもちろん、今ままで心の中では思ってはいても言い出せなかったことが、堰を切ったようにやりとりされるところが、すごく女ばかりの集まりっていう感じがしていいんです。こういう理詰めで徐々に真相を明らかにする話って結構ありますけれども、この話はさらにその雰囲気に女の怖さが加わって、ポイント高いですね(^^)。恩田陸の中で一番好きな「六番目の小夜子」と比べても甲乙つけがたい出来の作品だと思います。さてさて、真相はいかに?

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百器徒然袋-雨-

著者京極夏彦
出版(判型)講談社ノベルス
出版年月1999.11
ISBN(価格)4-06-182100-8(\1150)【amazon】【bk1
評価★★★★

メフィストに載った鳴釜瓶長山颪の3編を収録した短編集。感想はもう書いたので省きますけど、もうとりあえず榎木津の理不尽というか、奇矯な振る舞いが事件を掻き回すだけ掻き回して、京極が後始末するという痛快な読み物。面白いです。笑えます。とりあえず読みましょう。私は本編よりも(本編も好きですけど)、こっちの方が好きです。

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M

著者馳星周
出版(判型)文藝春秋
出版年月1999.11
ISBN(価格)4-16-318800-2(\1524)【amazon】【bk1
評価★★★

何かちょっとした一歩で、売春婦へと身を持ち崩した女達のお話4編。なんだか暗くて、どうしようもなく鬱な話でした。一番悲しいなあと思ったのが、2つめの「人形」かな。小さい頃から好きだった隣人のおじさんと少女の悲恋?話。こういう自己破壊的な心情というか思考ってなんとなく理解できる気がするのです。全体的には、長編の馳星周にあるような、重厚な感じはしなくて、ある意味繊細で、ちょっと安っぽい感じがしてしまったのが残念。やっぱり馳星周は、男くさい話を書いてもらいたいなあと思ってしまった1作でした。

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RED RAIN

著者柴田よしき
出版(判型)ハルキ文庫
出版年月1999.11
ISBN(価格)4-89456-592-7(\640)【amazon】【bk1
評価★★★☆

21世紀の初頭、宇宙から来た隕石を破壊した影響で、D物質と呼ばれる物質に感染したDタイプという人間が登場した。Dタイプは段階を経て変化し、最後は吸血鬼のように他の人間を襲う。感染者を保護する目的で発足した警察内部の組織「Dプロジェクト」に所属する特別警察官シキは、ある日射殺したDタイプに子供がいたことを知り、潜入捜査にのりだすが。

ありがちと言えばありがちなストーリーながら、柴田よしきはそのストーリーを読ませる本にするのが上手いなあといつも思います。主人公のシキは、どことなく緑子を思わせるところが、ちょっと不満なのですが、それでも面白く読めました。人類は、Dタイプとの共存を選ぶのか、それとも・・・。でもこんな未来なら、来ないほうがましかも、と思うのは私だけでしょうか。

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極大射程

著者スティーヴン・ハンター
出版(判型)新潮文庫
出版年月1999.1
ISBN(価格)(上)4-10-228605-5(\667)【amazon】【bk1
(下)4-10-228606-3(\667)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

ヴェトナム戦争で名スナイパーとして知られたボブ・リー・スワガー。今は愛犬と共にアーカンソー州で隠遁生活を送っている。ある日彼のところへ、ライフルに関するある依頼が舞い込み、興味をもったスワガーはそれを引き受ける。ところがその依頼には複雑な裏があった。

あらすじ読んで「ヴェトナム戦争の英雄」、「長距離ライフル射撃」なんていうと、ありがちなハードボイルドという感じがしていたのですが、ところがどっこい、めっちゃ面白いではないですか。こういう政治とか陰謀とか絡んでくる話ですと、どうも社会派的になってスピード感に欠ける小説が多い中、嵌められた名スナイパー・ボブと、FBIを追放されそうになる捜査官ニックとのコンビに話の重心が置かれているせいか、楽しんで読めました。既に前にでている続きも楽しみです。ボブ・リー・スワガーの射撃シーンに、ちょっとだけ「シティーハンター」を思い出したのは私だけ?

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溺れる魚

著者戸梶圭太
出版(判型)新潮社
出版年月1999.11
ISBN(価格)4-10-602763-1(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★

万引きでつかまった秋吉と横領が発覚した白洲。二人のダメ警官が、事件のもみ消しの代わりに引き受けたのは、ある公安警察官の内偵だった。明らかに仕事とは関係なく怪しい店に出入りする彼を追っているうちに、ある大手DPEチェーンの脅迫事件が浮かび上がり・・・

笑わせていただきました。登場人物がどの人もやたらと奇抜。いきなり出てくるのが女装癖のある警官(^^)。「脅迫内容」も無茶苦茶。前作「闇の楽園」もかなり無茶な娯楽小説でしたが、こっちはさらに輪をかけてすごいです。前作もそうでしたけど、この笑いはとっても私好み。ブラックなユーモアが笑えない人にはお勧めできませんが、そういうのが好きな方には、結構おすすめです。

■入手情報:新潮文庫(2000.12)

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日曜日の夕刊

著者重松清
出版(判型)毎日新聞社
出版年月1999.11
ISBN(価格)4-620-10605-4(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★★

ごく普通の人たちの日常のひとコマを集めた短編集。最初の短編「チマ男とガサ子」にやられました。もうこの1編だけで、この本に★★★★★をつけさせていただきました。どの短編もとっても良いのですが、特にこの最初の短編は痛いところを突かれてしまったというか・・・。なんだか一気に読んじゃったの、勿体無かったなあと思います。12の短編を、1編づつ味わって読むといいんじゃないか、と思える本です。ある意味「お涙頂戴」的で、そこが鼻についてしまうとうーん、という感じかもしれないのですが、私は好きです、こういう話。素直に読みましょう。おすすめ。

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