1999年08月

わが母なる暗黒(ジェイムズ・エルロイ) タナトス・ゲーム(栗本薫)
人類の子どもたち(P.D.ジェイムズ) 三たびの海峡(帚木蓬生)
白夜行(東野圭吾) 沈黙(古川日出男)
ハサミ男(殊能将之) 呼人(野沢尚)
スコットランドの黒い王様(ジャイルズ・フォーデン) T.R.Y.(トライ)(井上尚登)
第三閲覧室(紀田順一郎) トロイの木馬(冷泉彰彦)
祝福の園の殺人(篠田真由美) 山颪(京極夏彦)
Pの密室(島田荘司) 伊園家の崩壊(綾辻行人)
どちらかが魔女(森博嗣) 蛇神(今邑彩)
透明な一日(北川歩実) 恋の休日(藤野千夜)
月の砂漠をさばさばと(北村薫) パワー・オフ(井上夢人)
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わが母なる暗黒

著者ジェイムズ・エルロイ
出版(判型)文藝春秋
出版年月1999.7
ISBN(価格)4-16-355460-2(\2476)【amazon】【bk1
評価★★★

著者ジェイムズ・エルロイが10歳の時、母ジーン・ヒリカー・エルロイは何者かに殺害された。30年以上経ったいまでも、犯人はつかまっていない。続く父の死によって、どん底の青春時代を送ることになったエルロイにとって、母の死は正に避けがたい事実。その母の死を取り巻く諸々を描いた自伝的作品。

「母」に対するエルロイの思い入れの強さというのは、他の作品にもよく現れているのですが、この話(というかノンフィクション)は、彼のその思い入れをストレートに表現した作品。淡々とした文体によって、その思いの強さがより一層強調されていて、読んでいるこちらのほうもつらくなってきます。最低の時代を送ったエルロイの自伝部分(第2章)は面白かったのですが、それ以外はちょっとなー。いわゆる読み物ではないですね。エルロイ自体が好きという方ではないと、少々つらいかもしれません。

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タナトス・ゲーム

著者栗本薫
出版(判型)講談社
出版年月1999.7
ISBN(価格)4-06-209686-2(\1400)【amazon】【bk1
評価★★★★

伊集院大介の事務所に、なんとヤオイ系の同人誌が送られてきた。最初は吃驚仰天だった大介だったが、次第にその世界に興味をもちはじめ、同人誌の作者・鳴海礼子と面識を得る。その数日後、礼子は大介のところに相談に来た。彼女の周りの友人で、あるBBSに関わっていた人間がが次々失踪しているというのだが。

どうでもいいんですけど、なんで「ヤオイ」って言うんでしょう? 私はそれ系の本は見たこともないですし、興味もないんですけれども、それだけが気になります(^^)。何にでも意味を見出し、興味を持つ伊集院さん、今度はなんと「ヤオイ本」にのめりこむことになるのですが・・・。インターネットという新しいコミュニケーション手段と、ヤオラーと呼ばれる女の子たちがつくる一種異様な世界。栗本さんの書く、社会論というか、コミュニケーション論って、肯けるところが多くて、とても痛いです。礼子の友人で、絵がとってもうまいユニコの言うセリフ、あーなるほどって思えるものがたくさん出てきました。どっちかっていうとネットやってる人の方が面白いと思えるかもしれません。表紙とあらすじに躊躇している人、買いですよー(^^)。

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人類の子どもたち

著者P.D.ジェイムズ
出版(判型)ハヤカワ文庫
出版年月1999.7
ISBN(価格)4-15-076613-4(\740)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

1995年、妊娠している女性が世界のどこを探してもいないことが決定的になった。以来25年間、新生児は一人として生まれていない。人類は希望を失い、世界中を無気力が蔓延した。そんな中、イギリスの最高権力者・国守ザンのいとこで歴史学者のセオは、反体制組織の女性と出会い、彼らの組織と思わぬ逃亡生活をすることになるが・・・

最初あらすじを読んだとき、チグリスとユーフラテスを思い出して、面白そうだなと思ったのですが、このお話は、人類が最後のひとりになる話ではなく、徐々に滅亡に向かっている時代のお話。ノストラダムスではないですけれども、隕石の衝突で地球が一瞬で無くなるとか、核戦争などで、人類が突然滅亡するというのは、誰しも在りうると思っていますが、子どもが生まれなくなるということによって、徐々に滅亡に向かっていくというのは、あまり考えないんじゃないかなあと思うんです。でも、実際に高齢化と出生率の低下によって滅亡した民族があるということは、人類全体においても、そういう可能性は否定できないはず。一瞬で全部が無くなるならまだしも、徐々に終わりがくると解っている恐怖は、並大抵ではないでしょう。そんな世界の中で、無駄とも言える反体制派と共に逃亡するセオ。なぜ彼らは逃げたのか、そして彼らの運命は? 感動的なラストに、私はボロボロでした。子どもが生まれるというのは、すごいことなんだなーと思わせるところが、この本のすばらしいところだと思います。おすすめ。

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三たびの海峡

著者帚木蓬生
出版(判型)新潮文庫
出版年月1994.8
ISBN(価格)4-10-128804-6(\629)【amazon】【bk1
評価★★★★

強制連行によって、日本の炭坑で辛酸をなめた河時根。戦争が終わり、愛する日本人女性と今度は故郷へ向けて再び海峡を渡る。そしてそれから半世紀経った今、かつて自分が働かされた炭坑のボタ山が姿を消すと聞き、三たび海峡を渡ることになったが。

心の痛い話です。非常時とはいえ、人間はここまで非情になれるものか、恐怖がひしひしと伝わってきます。戦争を知っている世代にすると、また違う感想もあるのかもしれません。それは、戦争を知らない私たちの世代にとって、伺い知ることのできないものですが、実際に自分がこうした戦争のような非常時に、自分がどういう行動をとるのか考えると、本当に恐ろしい。平和なときにはわからない人間の本性が、こういうときにこそ現れるのではないでしょうか。戦争の本を読んだり、資料を見たりするたびに思うのですが、朝鮮の人には本当に申し訳ないことをしたと思うのです。

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白夜行

著者東野圭吾
出版(判型)集英社
出版年月1999.8
ISBN(価格)4-08-774400-0(\1900)【amazon】【bk1
評価★★★★

大阪で質屋を営む桐原洋介が、建設中のビル内で死体となって見つかった。ついで一番疑われた質屋の客、西野文子が事故死した。犯人はつかまらないまま、18年。被害者の息子・亮司と西野文子の娘・雪穂の哀しいお話。

あーなんて後味悪いんだろうというのが感想。東野圭吾って、ときどきこういう毒のある小説書きますよね。子どもの頃に受けた傷が、癒えないまま大きくなってしまった男女。なんだかとっても哀れです。周りの人間がまたお人よしだったりするのが、イライラさせられたりして、目が離せない面白さなのですが、全体的に流れる底知れない悪意のようなものに、疲れてしまった感じです。

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沈黙

著者古川日出男
出版(判型)幻冬舎
出版年月1999.8
ISBN(価格)4-87728-322-6(\1900)【amazon】【bk1
評価★★★☆

あたしの祖母は、あたしの母を産んですぐに亡くなった。自分のルーツを辿るうち、その祖母の実家が、大瀧家であることがわかった。さっそく訪れたあたし。祖母の姉と共にその家に住むことになったあたしは、地下室で大量のレコードと、「音楽の死」と題されたノートを発見する。そのノートを読み、レコードを聴くうち、あたしはその音楽ルコに魅了される。

幻想小説のような形態をとりながら、自分のルーツへと旅するお話。この手のお話は好きな方もいらっしゃるでしょうけれども、性格的に私の好みには合わないようです。生であり死でもある「ルコ」にとり憑かれたあたし・秋山薫子は、その先で何を見るのでしょうか。そんなストーリーです。

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ハサミ男

著者殊能将之
出版(判型)講談社ノベルス
出版年月1999.8
ISBN(価格)4-06-182088-5(\980)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

連続殺人犯は、ハサミによって美少女ばかりを惨殺することから、マスコミによって「ハサミ男」と名づけられた。「ハサミ男」の3人目のターゲットは、女子高生。彼女を惨殺すべく、「ハサミ男」は慎重に慎重を重ねてターゲットの調査を開始する。

この話、何を書いてもネタバレになりそうなので、詳しい感想は書きません。でも、面白いです。帯にも書いてありますけど、やっぱり推理小説って面白いなあ、とこういう作品を読むと思います。「ハサミ男」なんて、題名自体はユーモアミステリーか、と思わせながら、この重厚さ。読んで損は無いと思いますよ。デビュー作にこんな作品を持ってきてしまって、この著者次作が書けるのでしょうか、と要らぬ心配をしてしまいました。

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呼人

著者野沢尚
出版(判型)講談社
出版年月1999.7
ISBN(価格)4-06-209638-2(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★

1985年、12歳の呼人は、友人と基地遊びをし、クラスの女の子に初恋をする、普通の少年だった。しかし彼の体は、ある奇妙な現象を起こす。12歳を期に全く成長しなくなったのだ。14年後、呼人はまだ12歳だった。周りの人は成長して社会に巣立っていく中、彼はなぜ自分かこのような体になったのかを探り始める。そして2010年・・・

成長しない少年と、その彼を取り巻く友人たちとの青春小説。良い話です。呼人君が良い子すぎるのと、展開が読めてしまうのが、ちょっと残念という感じなのですが、素直に読めば、設定も面白いですし、感動できるラストかな、という感想。ストーリーとは全然関係ないのですが、1985年の社会の話とか、こういう風に客観的に書かれると、案外面白いですね。当時私は10歳でした。ちょうど呼人君と同じような年です。さて、2010年の世界は本当にこんな風になっているでしょうか・・・。

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スコットランドの黒い王様

著者ジャイルズ・フォーデン
出版(判型)新潮社
出版年月1999.6
ISBN(価格)4-10-590010-2(\2700)【amazon】【bk1
評価★★★☆

スコットランド人、ニコラス・ギャリガンは、医師としてウガンダに派遣された。ちょうどウガンダでは、独裁者・アミン大統領が実権を握ろうとしていた。医師として働いているうちに、ひょんなことからその独裁者に雇われることになったギャリガンだったが・・・

独裁者のすぐ隣にいて、変化するウガンダを見ていた医師のお話。イギリス人として大使館からは様々な要求がされ、一方でアミンの監視も逃れられない。イギリスに帰ろうと思ってもままならず・・・。でも一方で、ちょっと狂ったところのある独裁者・アミンに、なんとなく好感をもつギャリガンの動きが、面白いです。結局ギャリガンはアミンから逃れることができるのでしょうか。

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T.R.Y.(トライ)

著者井上尚登
出版(判型)角川書店
出版年月1999.7
ISBN(価格)4-04-873179-3(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

1911年。上海で詐欺師・伊沢修は、仕事でへまをし刑務所に収監されていた。同房は、得体の知れない男・関(グアン)。ある日起こった事件で、その関に助けられるが、彼は礼の代わりに再び詐欺をしろと言う。

横溝正史賞受賞作。私はこの賞と比較的相性がいいみたいで(賞のレベルが高いのかもしれませんけど)、面白いと思える作品が多いです。今回も期待にたがわず、なかなかの作品でした。。中国の革命家と、世界中を駆け回る日本人詐欺師のお話。仲間と共に日本へ渡り、革命家たちのために、詐欺で武器を調達することになった伊沢。さてさて数々の困難を乗り越えて武器は無事に革命家たちの手に渡るのでしょうか。スピード感抜群、馳星周から毒気を除いて、さわやかさを倍増させた感じ(なんじゃ、そりゃ)で、特に中国に行ったばかりなだけに、楽しく読めました。おすすめです。

■入手情報: 角川文庫(2001.5)

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第三閲覧室

著者紀田順一郎
出版(判型)新潮社
出版年月1999.7
ISBN(価格)4-10-306306-8(\1900)【amazon】【bk1
評価★★★★

多摩にある誠和学園大学には、ある有名な閲覧室があった。東西の稀覯書約1万冊が死蔵される第三閲覧室。燻蒸作業で閉鎖されていた第三閲覧室で、女性の死体が発見された。他殺か、それとも事故なのか。

こういう雰囲気大好きですね。本に限らず古いものというのは、一部の人々を狂気に陥れる力があるといいうことなのでしょうか。自分も本が好きなだけに、なんとなく彼らの狂気が理解できてしまうところが怖いです。容疑者の一人となる島村講師。彼の行動がなんともほほえましいというか、本を並べる場所が出来て、この上なく嬉しいというのは、本当に良く分かります。私もそんな部屋が与えられたら、狂喜乱舞ですね(^^)。その気持ちがわかる方には、超おすすめです。自分が図書館で働いているだけに、図書館が舞台になっているのも、また面白い。個人的にはかなり好きな本に入ります。ミステリーとして読みながら、時々にやにやする、そんな楽しみ方のできる本でした。

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トロイの木馬

著者冷泉彰彦
出版(判型)角川書店
出版年月1999.5
ISBN(価格)4-89456-155-7(\2200)【amazon】【bk1
評価★★★☆

ニューヨークにあるコンサルティング会社、「ダニエル・コンサルティング」に勤める嶋田美佐子は、解雇の瀬戸際だった。自分の担当するエディンバーク社から契約にサインをしてもらえず、「ダニエル」との契約条件を満たすことが出来ない可能性が出てきたのだ。一方そのエディンバークでは、親会社とも言える日本企業・細山への反乱話が持ち上がっていた。

これにさらに「Y2K」、「文字コード問題」、「ソフトメーカーの独占問題」が絡んでくるすごく盛りだくさんなお話。著者は、午前零時の掲示板に書き込んでいらっしゃる「アレックスのパパ」さんです。自分が書いたものが、こうして本になるってどういう気分なんでしょう。全然知らない人じゃないだけに、なんとなくそんなことを思いました。
内容はちょっと盛り込みすぎたかなあというイメージです。「文字コード」の問題などは、図書館では他人事ではないだけに、結構面白く読めましたし、中国の描写は、自分も行って来たばかりで楽しめたのですが、全体的に展開が早すぎて、いまいち緊迫感が足りない感じでした。題名から、岡嶋二人のある作品を思い出してしまったので、その所為もあるかもしれません。でも、次回作、楽しみにしてます。

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祝福の園の殺人

著者篠田真由美
出版(判型)講談社文庫
出版年月1999.8
ISBN(価格)4-06-264630-7(\590)【amazon】【bk1
評価★★★☆

17世紀イタリア。今は亡きエレオノーラが作った侯爵モンタルト家の庭は謎の多い場所だった。ある日、長い間人が入ることさえもなかったその庭で、現侯爵の嗣女・エルミオーネとその婚約者アントーニオ主催のパーティが行われた。パーティの喧騒の翌朝、その庭で発見されたのは、アントーニオの取り巻きの一人、ルイジの死体。そして、次々と人が不可解な死に見舞われて・・・

桜井京介シリーズの原型ともいえるような作品。「呪われた園」と書かれた開かずの扉、不可解な彫像、おびただしい量の毒草。謎に包まれた庭で起こる殺人、と舞台装置はばっちりといった感じです。そこへ現れるのは、「グエルチーノ(やぶにらみ)」というあだ名の家庭教師。登場したとたん、まるで誰かさんのようだと思ったのですが、きっとこういう設定が、今のシリーズに反映されているのでしょう。桜井シリーズが好きな方なら、読んで損はないかもしれません。ミステリーとしては、ちょっとひねりが足りないような気がしますが、雰囲気は良いですね。

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山颪

著者京極夏彦
出版(判型)メフィスト9月号
出版年月1999.7
ISBN(価格)
評価

今回も爆笑させていただきました、百器徒然袋。このシリーズ、めちゃめちゃ面白いです。早く単行本にならないかなあ。とりあえず「神がかりな馬鹿」榎木津の、破壊的とも言える活躍を読んでいるだけで、笑えます。今回は、ヤマアラシの針が見たくて「ヤマアラシ捜し」を引き受けた榎木津が、同時に鉄鼠の檻」で登場した常信和尚からもたらされる、不可思議な事件を解明するお話。次は鶴とか捜すんでしょうか、榎木津。とりあえずしばらく続いて欲しいシリーズです。

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Pの密室

著者島田荘司
出版(判型)メフィスト9月号
出版年月1999.7
ISBN(価格)
評価

鈴蘭事件」に続き、御手洗潔の子供時代の事件。密室殺人です。この話、寂しい感じがいいですね。御手洗の短編の中では好きなほうに入るかもしれません。次の短編集は、御手洗の過去の事件特集になるのでしょうか。

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伊園家の崩壊

著者綾辻行人
出版(判型)メフィスト9月号
出版年月1999.7
ISBN(価格)
評価

この題名、読み仮名を振られるまでわかりませんでした。「いぞのけのほうかい」です(笑)。テレビでも長寿アニメとして知られ、マンガの方も長寿マンガとして有名な家族とは、あまり関係ないそうです。。。でも、その設定に笑わせていただきました。普通の小説として読めばなんでもないのでしょうが、「伊園家」のもともと持つイメージがあるだけに、なんとも言えない後味の悪さを残すお話でした。もちろん犯人あてクイズになっています。でもこれってアンフェアじゃないのかなあ。

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どちらかが魔女

著者森博嗣
出版(判型)メフィスト9月号
出版年月1999.7
ISBN(価格)
評価

これもまた、シリーズならではのトリック。西之園家のパーティで、いつもの面々がそろって、ある不思議な問題を考える話なのですが、私もそうじゃないかと思いつつも、でもなー・・・と考えてしまいました(^^)。偏見って怖い。萌絵ちゃんシリーズの短編は、本になるんでしょうか。

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蛇神

著者今邑彩
出版(判型)角川ホラー文庫
出版年月1999.8
ISBN(価格)4-04-196202-1(\800)【amazon】【bk1
評価★★★★

新橋に店を構える蕎麦屋に突然不幸が襲った。なじみの客に頼まれて雇っていた店員が、店主と婿と5歳になる子どもを惨殺したのだ。父と夫と息子を一度に亡くし、3歳の娘と共にとり残された若女将・倉橋日登美は、従兄弟と称する男に勧められて、母の故郷である信州の日の本村へ帰ることになるが。

古い因習と宗教に縛られた秘境の村へ、何も知らずに帰った日登美は、一体どうなるのか、というホラーなのですが、かなり面白く読めました。この本を読んで思い出したのは、那須正幹の「ズッコケ山賊修行中」(ズッコケシリーズの中では、私が一番好きな話です)。童話ですけど、道に迷った3人組と近所のお兄さんが、森の奥深くで、半地下に暮らす土蜘蛛一族に囚われるというお話で、やっぱりカルト教団が出てきます。実際日本には、こういう村全体が一種のカルトであるような場所って、過去にはたくさんあったのでしょうし、今もあるのかもしれないですよね。別に団体として認識されていなくても、田舎の方に行くと、都会に住んでいる人間には奇妙にも思える行事とか、目に見えない約束事とか結構あったりして(実際私は水戸に引っ越したときに思ったのですが)、それ自体が既にカルトという感じはあるかもしれません。この本は、正にそんな怖さを山奥の村という形で具現化したもの。こういう話は私はお気に入り。構成も良いですし、おすすめです。

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透明な一日

著者北川歩実
出版(判型)角川書店
出版年月1999.7
ISBN(価格)4-04-873171-8(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★★

僕、能勢幸春は、22歳。18歳の婚約者・千鶴の父親へ、挨拶に行くことになっていた。若いということもあって、かなりの覚悟をしていた僕だったが、なんと千鶴の父親は、6年前に起きた交通事故で、前向性健忘症となっていた。つまり、新しい記憶をためておくことができなくなっているのだ。少しの衝撃で記憶がリセットされ、事故を起こした1993年1月6日を繰り返す千鶴の父だったが、研究者としての一線を退いてからも、仲間の訪問が後を絶たなかった。ところが、ある出来事をきっかけにして連続殺人事件が起こり始める。

事件の方は、過去の事件と現在の事件が徐々に交わって・・・という話なのですが、それ以上に6年前の1日を繰り返し、成長してしまった娘も認識できない研究者の哀しいお話がよかったです。新しい記憶を得ることができないというのは、どんな感じなんでしょう。もちろん新しく会った人は記憶できないし、新しい物事を覚えることもできない。なんだか恐ろしいですね。時間の檻に閉じ込められてしまった彼は、失われた1月6日を取り戻すことができるのでしょうか。最後の手紙がとっても哀しい、いいお話でした。今まで読んだ北川歩実の本の中では、これが一番好きです。

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恋の休日

著者藤野千夜
出版(判型)講談社
出版年月1999.7
ISBN(価格)4-06-209856-3(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★★

どっちも特にこれ、といったストーリーが無いのに、セリフとか、登場人物の考え方とか、そういうところで、ああいいな、と思える短編2話。どっちかっていうと、「秘密の熱帯魚」の主人公・ミサキの方が共感できる感じでした。痛いなあ、この話、と思えるのはやはり考え方が似てたりするからなんでしょうね。どっちかというと女性向けのような気がします。

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月の砂漠をさばさばと

著者北村薫
出版(判型) 新潮社
出版年月1999.8 
ISBN(価格)4-10-406603-6(\1400)【amazon】【bk1
評価★★★☆

9歳のさきちゃんと、作家のお母さんの日常を描いた短編12編。北村薫っぽくてとっても良いですね。私が好きなのは、お母さんが、連絡帳でさきちゃんの隣の男の子とやりとりをする「連絡帳」。犬のお話「ダオベルマン」も笑いました。おーなり由子の絵がまたかわいらしくて、本自体がもうひとつの作品という感じです。高校の時の同級生に字は違いますけど、「おおなりゆうこ」さんという絵のうまい同級生がいて、ふとどうしてるかなーと思いました。

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パワー・オフ

著者井上夢人
出版(判型)集英社
出版年月1996.7
ISBN(価格)4-08-774199-0(\1800)【amazon】【bk1
評価★★★★

ある高校で、コンピュータ制御の電気ドリルが生徒の手に穴を開けた。びっくりした生徒たちはパニックに陥るが、やがて一人の生徒が電気ドリルを制御しているパソコンに変なメッセージが出ている事に気づく。
「おきのどくさま。このシステムはコンピュータ・ウィルスに感染しています」。
このメッセージは、世界中を巻き込んだコンピュータ・ウィルス騒動の発端であった。

やっぱり面白いですね。井上夢人。この本、発売されたときに買ったのですが、感想も書いていなかったですし、今週は新刊を結構読んだので、再読です。最初はたいしたことのなかったウィルス騒動だったのですが、しだいにその規模が大きくなっていって・・・というパニックもの(?)。進化の早いこの世界のことが書いてあるにも関わらず、全然古く感じられないところもすごいです。3年前でもネットワークがダウンすることは大変なことだったと思いますけど、これだけネットワークが個々人までに発達してしまった今なら、もっとすごいことになる気がします。そういえば、メールに取り付くウィルスが出てきますけど、この前そんなものが出回ってましたね・・・。AL(人工生命)の考え方もやっぱり面白いんです。ALの話って私は大好きなのですが、もしかすると今住んでいるこの現実世界も、その外側の世界のALかもしれません。

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