1999年02月
・日蝕(平野啓一郎) | ・闇の楽園(戸梶圭太) |
・暗黒底流(ウィリアム・D・ピーズ) | ・正倉院の秘宝(梓澤要) |
・私が彼を殺した(東野圭吾) | ・愛こそすべて、と愚か者は言った(沢木冬吾) |
・チグリスとユーフラテス(新井素子) | ・フェアリイ・ランド(ポール・J・マコーリイ) |
・どちらかが彼女を殺した(東野圭吾) | ・少年時代(ロバート・R・マキャモン) |
・最悪(奥田英朗) | ・李歐(高村薫) |
・山妣(坂東眞砂子) | ・誰そ彼れ心中(諸井玲子) |
・わが手に拳銃を(高村薫) | |
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日蝕
著者 | 平野啓一郎 |
出版(判型) | 新潮社 |
出版年月 | 1998.10 |
ISBN(価格) | 4-10-426001-0(\1300)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★★☆ |
巴里大学に籍を置き、神学を学んでいた私の蔵書に、一部の欠けた『ヘルメス選集』があった。おりしもイタリアではルネサンスの嵐が吹き荒れ、異教徒の学問がはやりとなっている時期、私はその『ヘルメス選集』の全編を手に入れるために、リヨンへと向かう。
衝撃のデビュー作、三島由紀夫の再来と言われ、正に神童扱いの作家さんですが、なんと私と同い年。悔しいけれども、面白かったです。最終目的地と考えていたフィレンツェに向かう前に、リヨンの司教に勧められて寄った村。堕落した司祭、それを快く思わず、道端で布教活動をするドミニコ会の僧侶、そして錬金術師。中央を川が流れる村の、真ん中にかかる橋の上で、「私」は何を考えたのでしょう。この時期以降、宗教改革という名のもとに宗教は大きく変化し、錬金術は「科学」として隆盛を極めるわけですが、「私」とは、その岐路に立つ「時代」そのものなのかもしれません。
闇の楽園
著者 | 戸梶圭太 |
出版(判型) | 新潮社 |
出版年月 | 1999.1 |
ISBN(価格) | 4-10-602757-7(\1800)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★★ |
ふるさと創生資金の活用に失敗した長野県坂巻町。今度こそ本当の村おこしを、と創生事業の公募をすることになる。ところが、眠っているようなその町に目をつけた人間たちがいた。どこに行っても嫌われる、産廃業者と、カルト宗教集団。彼らは、村おこし事業を妨害しようとするが。
スピード感といい、人間といい、楽しく読むことができました。特に、毎朝早くにヤケクソ声で鳴く鶏に、「コケゾウ」とネーミングするそのユーモアは、かなり私好みで、それだけでもなかなか。難しいことを考えずに、ただひたすら楽しむ小説だと思います。「日蝕」の後だっただけに、良い気分転換になりました。でも、この村おこし事業、本当にやったらかなり問題ありなのでは・・・(^^;。
暗黒底流
著者 | ウィリアム・D・ピーズ |
出版(判型) | 文春文庫 |
出版年月 | 1999.1 |
ISBN(価格) | 4-16-721849-6(\790)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★★ |
警察を辞め、妻とも離婚し、殺伐とした生活を送っていたエディのところに、ある変死事件の調査をして欲しいという依頼が来た。いろいろと謎の多いその事件、何故か警察は早々に自殺と断定し、捜査もおざなり。愛娘への卒業プレゼントを買いたいために、軽い気持ちで引き受けた調査だったが、実はその裏には巨大な陰謀が隠れていた。
こういう秘密機関の陰謀というテーマの本って、結構多いですし売れていますけれども、わたしはどうも苦手だったのです。陰謀のスケールが大きすぎて、小市民の自分にはいまいちぴんと来ないというか。しかし、この本はどちらかというと、エディの魅力の方が勝っていて、あっという間に読めてしまいました。スパイ小説よりも、人物が売り物のハードボイルド。おすすめです。
正倉院の秘宝
著者 | 梓澤要 |
出版(判型) | 廣済堂 |
出版年月 | 1999.2 |
ISBN(価格) | 4-331-05802-6(\1800)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★☆ |
古美術雑誌の編集者である加納理江子は、『大和山寺逍遥』という記事の取材のため、草山寺を訪れた。廃仏棄釈の際に、周りの寺からさまざまな仏が預けられたというその寺は、さしずめ「仏像の墓場」。取材をしていると、奥に押し込められるようにして置いてある厨子に気づいた。札が貼られ、厳重に封印されたその厨子から出てきたものは、不思議な形をした仏様だった。
読みながら、奈良に行きたいなあとしきりに思いました。もうそれだけでも私は満足です(^^)。逆に、あまり仏像や古代史に興味の無い方にはつらいかもしれません。歴史的な考察は別として、所謂謎解きとしては、平凡な域を出ず、まあまあでした。正倉院展、わたしも毎年行きたいと思いつつも、一度も行ったことがありません。普通の日に奈良まで行くのも厳しいですし、しかも混んでいるようなので躊躇してしまいます。わたしが奈良に行ったのはいつも時期はずれだったので、全然人がいませんでしたが、修学旅行生と一緒はやっぱり嫌ですね(^^)。
でも、正倉院の宝物に、これほどいろいろな謎があることも面白かったですが、それを頼りにここまでの話に仕上げるのも、なかなかではないでしょうか。どこからか、行方不明の宝物が出てくるといいですね。
私が彼を殺した
著者 | 東野圭吾 |
出版(判型) | 講談社ノベルス |
出版年月 | 1999.2 |
ISBN(価格) | 4-06-182046-X(\800)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★★ |
流行作家である穂高誠が、自分の結婚式で死んだ。死因は硝酸ストリキニーネによる中毒死。容疑者は3人。それぞれ動機はばっちり、機会は・・・。さて犯人は誰?
本当に純粋なフーダニット。答えは文章の中に。作者による解答編はありません。よーく読めば犯人は解るでしょう(たぶん)。私も一応この人かと考えたのですが、それでは納得できないところもあって、うーん。誰か解答を教えて。さて、犯人は・・・。これって、作る方も大変ですけれども、読むほうも疲れますねぇ(^^)。
愛こそすべて、と愚か者は言った
著者 | 沢木冬吾 |
出版(判型) | 新潮社 |
出版年月 | 1999.1 |
ISBN(価格) | 4-10-602759-3(\1900)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★☆ |
7年前に妻と共に別れた息子が誘拐された。何故か現金の受け渡しに犯人は、探偵である彼・久瀬を指名する。犯人の本当の狙いは・・・
妙に大人しい息子と、無気力症候群の姪、そして見た目だけハードボイルドの久瀬の奇妙な家族が、なかなかよかったです。ちょっと長すぎという印象なのが残念です。もちろんこの位の長さは私好みですが、この本の場合、必要のない部分が多いような気がします。あと題名(^^;。人に話すときに、恥ずかしい題名だけはやめてもらいたいかも(^^;。この本は、「何読んでるの?」と題名を聞かれないように、人前で読むのを控えていました。せっかく章名はすっきりしているのに、題名だけは何故こんなに長いのでしょう。いろいろ言いましたけれども、さすが新潮ミステリー倶楽部賞に連続して最終選考まで残った新人さん、今後の活躍に期待です。
チグリスとユーフラテス
著者 | 新井素子 |
出版(判型) | 集英社 |
出版年月 | 1999.2 |
ISBN(価格) | 4-08-774377-2(\1800)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★★★ |
人類は、宇宙へと移民を始めていた。9番目の移民星、「ナイン」への移民船に乗りこんだのは、伝説的宇宙飛行士キャプテン・リュウイチとその妻レイディ・アカリを含む30余名のクルーたち。移民が成功し、人類が繁栄した惑星ナインだったが、原因不明の不妊のため、徐々に人口が減り始める。そして「最後の子供」ルナが生まれ・・・
最後の子供であるルナが、コールドスリープについている女性4人を次々起こし、人生の意味とは何かを問うお話。厳密な意味でのScience Fictionではないですね。徐々に古い年代の女性を起こし、そして最後は・・・となるのですが、自分をとことん不幸だと思っているルナは、結局どうなるのでしょう。どちらかというと、女性に読んでもらいたい作品ですが、涙、涙の最後はきっとどなたでも感動できるのでは。連作短編集(!?)だそうですけれども、もうこれは1冊の長編として考えたほうがいいような気がします。いいお話でした。
フェアリイ・ランド
著者 | ポール・J・マコーリイ |
出版(判型) | 早川書房 |
出版年月 | 1999.1 |
ISBN(価格) | 4-15-208206-2(\2500)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★☆ |
どうも私にはこういうSFは合わないようです。ドールと呼ばれる一種のロボットを改造して、知性を持たせた「フェアリイ」と共に逃げるミレーナを、フェアリイを創るのに加担したアレックスが追うという話だと思うのですが、あまり状況説明がなされていないので、感情移入ができずに終わってしまったという感じ。もしかすると訳が悪いのかと思ったのですが、やっぱりそうでもなさそうですし。もしかすると、SFが好きな方の間では、コモンセンスとなっているものが、わたしには解らないからかもしれません。
どちらかが彼女を殺した
著者 | 東野圭吾 |
出版(判型) | 講談社ノベルス |
出版年月 | 1996.6 |
ISBN(価格) | 4-06-181687-X(\757)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★★ |
「私が彼を殺した」と同じ、作者による解答編の無いミステリー。
自殺の偽装をされて、最愛の妹が殺された。愛知県の警察署に勤める和泉は、妹は殺されたと断定し、犯人を二人に絞り込む。このどちらかが彼女を殺したのだ。
今度はすっきり、犯人も解りました。多分、「私が〜」の方が難しいような気がします。じっくり読んでみれば、犯人はこちらだ!と解るでしょう。探偵が「犯人はあなたです」と言って、驚愕のトリックを示してくれるのもいいですが、こういう自分であーなるほどと思えるのも、またいいですね。疲れましたけれど(^^;
少年時代
著者 | ロバート・R・マキャモン |
出版(判型) | 文春文庫 |
出版年月 | 1999.2 |
ISBN(価格) | (上)4-16-725436-0(\619)【amazon】【bk1】 (下)4-16-725437-9(\667)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★☆ |
12歳の頃、ぼくは魔法に満ちたゼファーの町に住んでいた。そこでぼくは、さまざまな人に会い、さまざまな出来事に触れて成長していく。ある朝、父親と共に朝の牛乳配達をしているときに、偶然殺人事件を目撃する。そして、12歳の1年は幕を開けたのだった。
全編を通して、この最初に目撃した「殺人事件」がキーとなるのですが、その間に挟まれる友人とのお話や、怪獣との出会い、不思議な力を持つレディとのお話など、かわいらしい話が織り込まれていて、楽しく読めました。自分が12歳だったころは、どうだったかなあ、なんて思ったりもしましたし。
最悪
著者 | 奥田英朗 |
出版(判型) | 講談社 |
出版年月 | 1999.2 |
ISBN(価格) | 4-06-209298-0(\2000)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★★ |
不況で青息吐息の工場主、パチンコとカツアゲを生活の糧にしているチンピラ、そして妹の非行に悩む女子銀行員。それでなくてもどん底の生活なのに、なぜか悪い方、悪い方へ行ってしまった彼らが出会った時・・・
1日で読めるかなあと思っていたのですが、面白くてあっという間に読んでしまいました。なるほど大型新人さん。この3人を中心に話が進んでいって、そして・・・というものなのですが、犯罪小説というにはちょっと「犯罪」部分が少なかったなかなあという気がします。どちらかというと3人が「最悪」状況に陥る過程に重きが置かれています。それがまた、もう坂を転がるようにやばい方、やばい方に行ってしまうんですけれども、鬼気迫るというか、すごく日常的にありがちな落とし穴のようで、怖かったですね。本当に「最悪」(^^)。
李歐
著者 | 高村薫 |
出版(判型) | 講談社文庫 |
出版年月 | 1999.2 |
ISBN(価格) | 4-06-263011-7(\714)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★★★ |
中国人の殺し屋、李歐と出会った一彰は、彼の豪放磊落な性格に惚れ、彼と共にある仕事をすることになった。首尾良く仕事が終わった後、狙われている李歐は単身大陸へと渡って行く。「必ず迎えに来る」という言葉を残して。
「わが手に拳銃を」を下敷きに書き直したものということですが、わたしは「わが手に拳銃を」を読んでいないので、どこが違っているのかということは言うことができません。どちらも読んだ方はどうでしたか。でも「下敷きに」というくらいですから、かなり変わっているのでしょう。これを読んで、「わが手に拳銃を」も読みたくなりました。
小さい頃に母親に駆け落ちされ、祖父母のところで育つという境遇にもかかわらず、国立大学に通い、アルバイトをしていた一彰が、ある殺し屋に会うことで人生を大きく狂わせていくお話です。桜の花は人の心を惑わせると言いますが、正にそういう感じの小説でした。おすすめ。
*この後、読み比べということで、「わが手に拳銃を」を読みました。こちらもどうぞ。
山妣
著者 | 坂東眞砂子 |
出版(判型) | 新潮社 |
出版年月 | 1996.11 |
ISBN(価格) | 4-10-414701-X(\1942)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★★ |
明治末期、雪深い越後の村に、東京から芸人がやってきた。山には山妣が住むと言われるその村で、芸人の一人と地主の若夫婦の間で起こる三角関係が、思わぬ事態を引き起こす。
自分の苦しい生活から逃げようとして、山妣になってしまった人間の哀しいお話。村の話に終始する第一部はなかなか進まなかったのですが、山妣の壮絶な過去が描かれる第2部からは面白く、あっという間に読めました。なんだか「旅涯ての地」の時もそんな事を書いた気がするのですが、この作家さんの特徴なのかもしれませんね。途中から最後が見えてきてしまうのですが、それでも飽きさせない面白さがありました。
誰そ彼れ心中
著者 | 諸井玲子 |
出版(判型) | 新潮社 |
出版年月 | 1999.2 |
ISBN(価格) | 4-10-423502-4(\1700)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★ |
夫が別人じゃないか。旗本の家に嫁いで、姑にいじめられながらもそれなりに幸せに過ごしてきた瑞枝に、そんな疑惑が起こった。ちょうど同じような疑惑を持った使用人と共に、その疑惑の証拠を得ようとするが。
旗本の奥方と、使用人との恋という話と、それとは別の夫が別人に成り代わっているというサスペンス的な話がうまくかみ合ってないような気がします。それなりに面白かったのですが、「それなり」という感じでした。ホンモノの夫というのが彼女の言葉でしか語られないので、これはニセモノだという実感が読者に伝わってこないことが一因かもしれません。
わが手に拳銃を
著者 | 高村薫 |
出版(判型) | 新潮社 |
出版年月 | 1992.3 |
ISBN(価格) | 4-06-205748-4(\1800)【amazon】【bk1】 |
評価 | ★★★☆ |
母を幼い頃に拳銃で失い、母を撃った中国人を探している一彰。あるナイトクラブに出入りしているという情報を得て、そのクラブにバイトで潜り込むが、その中国人が撃たれて、彼自身裏社会へとのめり込んでいく。
「李歐」がこの本を下敷きにしているということで、読み比べという感じで読んでみたのですが、全然違います。はっきり言って同じなのは、登場人物の名前と、一部のイベントだけです。特に人物造型が全然違うのに違和感を覚え、あまり物語の中に入っていくことができませんでした。主人公の吉田一彰、そして文庫版では題名にもなっている李歐が、文庫版の方がずっと魅力的ですし、わたしの好きだった桜のモチーフがこちらには現れてこないのが寂しく感じられました。わたしはどちらかというと「李歐」をおすすめします。逆にこちらを先に読まれた方はどんな風に思われたでしょうか。
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