秋尾敏の俳句


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第4句集『悪の種』 第3句集 「ア・ラ・カルト」
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秋尾 敏の俳句 2016年


軸1月号 今年の掌

光陰を握り返して今年の掌
靴紐を締む一月の樹を畏れ
紙漉の日暮れて妻にメール打つ
十二月オルガン深く息を吸う
毛羽だって少し凹んで冬帽子
雨が重たい雪釣りが踊り出す
        水木しげる追悼三句
かるがると一反木綿冬の雲
開戦日待たずに逝けり海の青
冬銀河目玉おやじが渡りきる


軸2月号 一筆箋

一合で武者の眠りとなる寒夜
雪の狩人銃口は街に
折り畳む自転車を買う雪解けて
湯気立てる豚骨スープ出航す
    大畑等千葉県現代俳句協会会長の急逝を悼む
旅立に後れて今朝の寒鴉
押した手の銀河に吸い込まれゆく思い
人間のまっただ中の白椿
落葉に鼓動大地に眠り
雪原に雪俺たちは一筆箋


軸3月号 近道はしない

立春の一日前の鮭茶漬け
書くという夜明けをひとりシクラメン
時を跨いで雪原に捻れた樹
静かな相槌みんなに春が来る
校正は深夜に及び鳴雪忌
下萌というしたたかな行進曲
フォワードの子に今打てとつばくらめ
雨水の電話後味は微糖
東風の遠吠え近道はしない


軸4月号 おぼろの夜

お支えしたいとものの芽からメール
付箋三枚春愁を回し読む
春月を呼ぶパソコンを寝かしつけ
踏切に疾しいことがあり霞む
マロニエに痺れています雀の子
白線のない旧道に寒戻る
迷惑をかけたらしいがおぼろの夜
野生とは死ぬということ春光す
大いなる喪失陽炎に抱かれる


軸5月号 水より硬い

口笛で満たされている春の川
春雨へ自分のためという紬
細く刻んで朧夜のひとり鍋
春塵の鼻先に建つ摩天楼
入学の窮屈そうなパイプ椅子
         東武動物公園四句
春光を掬って重い観覧車
ペンギンは水より硬い春闌けて
チャーシューが蹄に見えて春の鬱
春陰の子ども列車がポポと鳴く


「俳壇」6月号 「同行二人」25句 千葉野幻影

大陸に倒れし軍馬梨の花
馬馴らす野にかげろいの落下傘
春陰を埋めて小さし馬の墓
馬頭観音喪失を暖かく
海神の風の囁き夏来る
夕闇に屈(かご)め屈(かご)めと閑古鳥
汽水域なれば純粋楠若葉
スコップは布に巻かれて麦の秋
水口の水が喘いで五月の田
唐鋤のこぼせる土の金亀虫
青南風(あおはえ)と言うべしマリンスタジアム
雨の球場ぽつんと薔薇
野馬を集めん黒船に卯波立つ
掃海という荒仕事雲の峰
黒南風の野は軍郷に開かれて
佐倉連隊夕闇の糸とんぼ
野戦砲兵学校跡の女郎蜘蛛
薫風や運河に赤き灯を並べ
印旛沼とはさみだるる種の起源
干拓を命じられたり火取虫
もののふと覚しき一騎夏の雨
風を漕ぐ大鷭飛行機雲長し
夏に背を向けたる鷺の首撓む
万緑を北に靡かせ妙見堂
松落葉甚兵衛渡しより暮るる
 ※童歌「かごめかごめ」は北総方言の「屈(かご)め」との説あり。


軸6月号 薔薇は難敵

薔薇は難敵徒長枝に涙
母方にいる奔放な仏桑花
誰の日傘か待つことに倦み
転生の摂理生々しく新樹
麦秋を啼く沈金の烏骨鶏
滑空の先の昂揚夏つばめ
雨で消し夏幾たびもやり直す
         会津若松
一山の墓所のくらやみ著莪の花
青時雨樹皮に若さのある古城


野田俳句連盟役員会岩槻吟行50句

傘二本買うははじめて額の花
雨の葉桜誰の落ち度ということも
人形の夏には翳す白い小手
山吹の小江戸情緒を濃く淡く
競い合う五月の言葉城下町
薫風に鳴らぬ鐘楼宿場町
時の鐘なれば夏蝶気忙しく
お手植えというこころざし夏の蝶
つつましく鐘の麓に芋植えて
黒南風は黄泉の誘い鐘動く
喉渇く車道に実梅差し掛かり
大工町折れて夏めく石畳
岩槻城門幾たび夏をさまよえる
合い鍵はすぐにできます女郎蜘蛛
火の始末繰り返されて走り梅雨
炎天にお顔ほぐしという摂理
長き戦後にいんなあとりっぷとは暑し
唐突な躑躅に噎ぶ城の跡
大手毬城は隠れているらしい
黒塀であればと思うしみぬき屋
有明というレストラン花は葉に
どくだみの花もときおり遠くを見る
胸の子は暑くないのかスマホの母
こんもりと音で見せたる噴水よ
夏の池鯉と亀では句にならず
サッカーとゴルフを禁止して日傘
楠若葉名札を貰い立たされる
白シャツの老爺は抽象のオブジェ
夏の鴨犬が来ないと知っている
薄暑光モダンな耳を持つ時計
トイレから顔出す男七変化
笑いすぎて水が飲みたい紅躑躅
石庭の白詰草に寄せる水
夢の茂り池のほとりが柔らかい
途中から流れ出す水葭の花
噴水を落ちるばかりと見てしまう
人間の水に怯える親烏
噴水を離れぬ鴉病んでいる
もたれても楠の花なら叱られず
夏の鴨急がぬふりをして逃げる
いろはすの百五十円とは夏の雨
大夏野大きなレンズ担ぎ来る
躑躅燃ゆ駐車場から日が差して
噴水は働きどおし遠い雲
朝食はアイスクリーム裏社会
草原にたったひとりと思いつく
犬は舌出す藤棚はすっかり萎れ
夏落葉あげます夢が叶います
吟行が腰に来ている花うつぎ
睡蓮と言えばどこかが漏れている


軸7月号 漏れている

六月の北半球の無力な死
睡蓮と言えばどこかが漏れている
自分を消す癖梅雨晴が痛い
えびせんの粉うすものに吹きだまる
吠えるだろうかあさっての向日葵
炎昼の沼自分しかいない
   「俳壇」七月号「同行二人・千葉野幻影」二十五句より三句
黒南風の野は軍郷に開かれて
野戦砲兵学校跡の女郎蜘蛛
印旛沼とはさみだるる種の起源


「俳句四季」8月号16句 脚に来る

線量を剝がれるように夏の蝶
戻る窓戻らぬ軒に夏兆す
傾ぐものみな地に返し夜の羽蟻
海を見る人はんざきを置き去りに
夏めいて「月の下」なる交差点
草笛を帰郷の俘虜として汚染
北辰を初発(はじめ)神社と草茂る
老鶯のたやすく鳴いて磴傾る
復興の蜜に忙しい黒揚羽
松毬の囲む墓標へ蟻急ぐ
緑陰に帰還せるとて大悲山
薄暑光千年杉の語りだす
結界の炎暑にモニタリングポスト
神仏に除染はならず油照
磨崖仏己を削りゆく晩夏
帰命頂礼夕焼が脚に来る


「佐原文学」五句 舟は自在に

風薫る『掌中明治百歌仙』
万緑を収めて余る汽水域
塩辛とんぼ目玉から神宮へ
橋見上げ舟は自在に花菖蒲
鰻食さん水門を引き返す
  ※『掌中明治百歌仙』は、明治二十八年、東旭斎が佐原町正文堂より刊行した句集。


「俳句界」三句

七夕の空に石積む男かな
蕣の紺のゆらぎのビッグ・バン
銀河抜き去る靴底を張り替えて


俳句四季九月号選者詠
檸檬は鳥類てのひらで眠る


軸8月号 置き去りに

夕涼み何忘れても壊れても
もの捨てた分の涼しさ向かい合う
一生を祭の闇に産み落とす
街は無防備流星が聞こえるよう
  「俳句四季」八月号「脚に来る」十六句より五句
線量を剝がれるように夏の蝶
海を見る人はんざきを置き去りに
復興の蜜に忙しい黒揚羽
神仏に除染はならず油照
帰命頂礼夕焼が脚に来る



軸9月号 夕かなかな

千屈菜のからから乾く夜の風
水田はすべて埋めたと夕かなかな
良心の置きどころあり秋の雲
絶叫の流星となる日本海
緑蔭といっても一本のゴーヤ
腸に太い水平線があり踊る
江青の自決ハンモックをたたむ
     「俳句界」九月号三句より
七夕の空に石積む男かな
      俳句四季九月号
檸檬は鳥類てのひらで眠る



「俳句年鑑」
付箋三枚春愁を回し読む
睡蓮と言えばどこかが漏れている
海を見る人はんざきを置き去りに
つくつくぼうし私に入りきらない
雪原に雪俺たちは一筆箋


軸10月号 結ばれる

土手に泥流コスモスの決死隊
枠外の員数秋瀑を仰ぐ
稲妻の突堤空洞の記憶
流星の陸橋誰が結ばれる
栗の実の少し短い導火線
箸折れて雲むらむらと遁走す
五段変速チェーンは外れ蚯蚓鳴く
台風旋回ロシアが気になっている
未来が硬い芋虫が伸び縮む



俳句四季12月号
冬鴎戻らぬ兄を待っている



軸十一月号霧は道づれ

廃屋の影を怖れず秋の蜘蛛
巨峰ひと房何の憂いもない
これは着地か紙の尾翼に露を置き
霧は道づれ戦後に長い裾野がある
秋野菜高騰ゆっくり目を使う
菊ばかり売れ自堕落な雨合羽
流れ星パスタの方が早く来る
道路拡張つるはしは銀河に及び
生活設計宵闇に出刃を研ぐ



軸12月号 自分はいるか

来年に自分はいるか暦売
煮返す鍋冬の銀河が遠すぎる
君の名を忘却夜に来る時雨
冬色になる曇天の段ボール
細い木を探す太い木冬日和
罪深い掌に木枯が寄ってくる
     金沢三句
川上も川下も澄み冬ざるる
金箔が好き冬の柳はからからと
鷺寒く魚呑みこんで橋点る