秋尾敏の俳句

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第4句集『悪の種』 第3句集 「ア・ラ・カルト」
第2句集 「納まらぬ」  第1句集 「私の行方」

世界俳句紀行「地球の季節」


秋尾敏の俳句 2011年


 果実の村

空長き国にしたたる榠?(かりん)の実
慎重に素早く黄落期の山河
雲より冬鳥居は山を従えて
帯解や長い盆地に長い雲
落葉踏むいくたび神の降りし湖
枯草に紡ぐ言の葉暮色の湖
繊細な息は湖より神の旅
祈りあり果実の村に冬が来て
放牧の空に咳く神がいる
              軸12月号


  戦後

椋鳥や米軍基地と知らされず
霧のラジオ戦後の戦争を告げる
赤い羽根あぶない雲が近づいて
白鷺に好きな刈田のある戦後
小鳥来て時計ばかりが古臭い
茶立虫怖いと言えば何もかも
秋の蠅消えた国家を探している
冬眠の準備と思うもの忘れ
十二階の少年囮の眼を捨てよ
                     軸11月号



 芋の露

帰らざる人々がいる野分雲
雲に光沢哀愁の山葡萄
銀座の檸檬雑念を受け入れず
案山子抜くとき残光の濡れ始む
結ばれぬ時の流れを芋の露
轡虫人間だけは神ではない
枠組みを乗り越えてくる若い霧
谷の霧禁煙ですと昇ってくる
人類消滅理工学部にすもも
                     軸10月号



 偵察機

気圧計深い眠りにあり初涼
林火の忌雨を降らせぬ雲ばかり
脱穀へ有無を言わせぬ喉仏
荒壁の深い擦り傷酔芙蓉
思い込むとき恰好の囮籠
無洗米の裏を聞くとき遠雷す
利根を見下ろす台風の偵察機
種も真二つ退陣の夜の檸檬
森に棲む歯科医小ぶりの桃選ぶ
                    軸9月号


口語俳句協会年鑑

灼ける脳天あぶない本を返しにゆく
男になった日の干草よ
水路に雑魚をおいつめた同性愛者
くらがりの僧侶は洗濯屋である
胸を張るから贅沢な伝書鳩
寒い顔を洗う詩が恋しくて洗う
トリオじゃ寒いサックスを呼んでこい


 喪失があり

蝸牛急がぬ道をふり返る
透明な樹液を怖れ夜の蝉
喪失があり晩節を這う守宮
額の花旅の途中に路地ふやす
汗しぶく広東飯店大厨房
FMの狭き帯域雲の峰
油ゼミ地デジの声になっている
河童忌の空気を拒む一輪車
灼ける脳天あぶない本を返しにゆく

                                軸8月号


 夏帽子

防災の形に置かれ夏帽子
夏の風耳が心と通じ合う
眉細くして逃げ水となる母郷
夜の牡丹に近づくな海鳴りす
走馬燈より駆け抜けて海原へ
行方知れずの紫陽花は丘の雲
ビヤホール影を外して注ぎに来る
      
四谷吟行詠史・塙保己一
声で読む国史律令明易し
        吉沢秀ひろさん追悼
海原を跨ぐ影あり雲の峰
                    軸7月号


 陰陽師

卜占や恃むものなき炎天下
羽抜鶏明日が見えると思いこむ
雨乞の帰路をわびしく陰陽師
夏の月街に祈りの影ふやす
漏刻を読み違えたる夏料理
焼鳥の脂の猛り熱帯夜
崩るるは恋の吉兆雲の峰
日盛の水は昔を捨てたがる
光明は玄武に流れ土用藤
浸潤は朱雀の方(かた)に朝曇
火霊調伏木々に力のある晩夏
遠来の風に鬱金の花馴染む
                   角川「俳句」


 取り戻す

激流をくぐり抜けたる蛇の恋
麦秋や旗振る人に汽笛澄む
黒南風を満たして人を待つ港
変電所虹の希望を引き絞る
戻り来て荒野を逃げず夏燕
復興へ揺らぐものなし夏の星
青嵐水平線を取り戻す

                     「俳句αアルファ」6・7月号 


 信号機

半分は北向いており花辛夷
桜の芽余震に耳を傾ける
頷いている東北の新社員
泥にまみれて春暁の公用車
学校の包容力に春の雨
入学を待つ福島の信号機
滝桜崩れはせぬという便り
水平線芽吹きの風が行きわたる

 差し迫ったときこそ、文学的想像力が重要。危機を感じ取るのも、復興の明日を思い描くのも、
みな想像力の働きである。想像力を萎縮させてはならない。この経験によって、想像力をさらに
羽搏かせなければならない。

                         「俳句研究」 夏号


 取り戻す

激流をくぐり抜けたる蛇の恋
麦秋や旗振る人に汽笛澄む
黒南風を満たして人を待つ港
変電所虹の希望を引き絞る
戻り来て荒野を逃げず夏燕
復興へ揺らぐものなし夏の星
青嵐水平線を取り戻す


 俳句も文学である以上、状況を受け止め、それを伝えようとしな
ければならない。しかし、そのやり方は散文とは違う。散文が、文
脈というものの合理性を信じ、ものごとの辻褄を合わせることに懸
命になるのに対し、俳句は最初からそれをあきらめ、辻褄に隙間を
作ることで何かを伝えようとする。また散文が意味の直接性を求め
るのに対し、俳句は、意味の間接性を信じきる。そうしなければ伝
えられない何かが、確かにある。
                         「俳句αあるふぁ」6・7月号


 信号機

半分は北向いており花辛夷
桜の芽余震に耳を傾ける
頷いている東北の新社員
泥にまみれて春暁の公用車
学校の包容力に春の雨
入学を待つ福島の信号機
滝桜崩れはせぬという便り
水平線芽吹きの風が行きわたる

 差し迫ったときこそ、文学的想像力が重要。危機を感じ取るのも、
復興の明日を思い描くのも、みな想像力の働きである。想像力を萎
縮させてはならない。この経験によって、想像力をさらに羽搏かせ
なければならない。
                  俳句研究 夏号


 式根島

浜豌豆岩根荒々しき島に
夏燕海せり上げて落下せり
ぎしぎしの花の自立を細波は
大きめに開く卯の花赤児泣く
己語らず黒南風に船を出し
卯波立つ丘より高き操舵室
走るほかなし船失いし舟虫は
夏潮のもやい結びというきずな
小島より声を緑にして戻る

                         軸6月号

   


 春塵

急いており花うねる日の掛時計
恐れとは距離春陰の海が泣く
一邨春塵飲食をあいまいに
風の遁走夢に山藤近づけて
海猫が消えて遅日に軋む船
寄り合って山暖かし風の道
学校の包容力に春の雨
青嵐水平線を取り戻す

                 軸5月号


 地殻危うし

人類は屋根を増やして春の雪
独裁を捨て春泥のひとり旅
地殻危うし春寒に古書積んで
料峭のすべてが揺れて気づくこと
春ともし救援物資寝静まる
避難所の芽木は言葉になっている
貧しさの力ふたたび春の水
水平線芽吹きの風が行きわたる

              軸4月号


 うねりを硬く

煙突がとり残されて寒の明け
オーボエのうねりを硬く冴返る
復興の狼煙とならんシクラメン
白魚や警察署長涙ぐむ
早春のあなたのためという寒さ
丸の内マスクが春になだれ込む
春の雪黒門町に引きこもる

            俳句四季三月号
鳥の尾の影を斜めに春の水
               軸三月号


 寒明忌

太陽を呑み込む鞄寒明忌
自分を時計と信じた冬晴の墓標
寒い顔を洗う詩が恋しくて洗う
雲に痼木枯の家は胎内
雪催いときにあわだつ自由律
図書館の枯木明日を読んでいる
野火遠し十四階の海老餃子
                   叔父、逝去す
山眠る降り来しものを受け入れて

                        軸2月号


跳ばずとも撥ねずとも

卯年明けたり跳ばずとも撥ねずとも
群青の雲は今年にあふれ出て
濁声や初荷の海が香りだす
冬の川記憶の川に流れこむ
枯葉のブローチ心臓にはなれず
霜の朝いつも旅立ちだと思う
ルミナリエ街の枯葉は排他的
冬日差し隣町まで包み込む

                  軸一月号