秋尾敏の俳句


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世界俳句紀行「地球の季節」



秋尾敏の俳句 2013年


 寒い雨

逃走のための路線図寒い雨
冬日に古書傷ついた楽譜もある
抱かれたい形にちぎれ冬の雲
氷点となって音叉の張りつめる
短針の歩みで生きて暮早し
水に闇冬紅葉まで歩けるか
雪の雲らし山脈に暮れなずむ
              西宮はるゑさん追悼
面影や今も大樹に小鳥来る
              福島由紀恵さん追悼
ゆかしき舞の影見えて秋の空

                   軸12月号


 栗爆ぜる

幸せは線路伝いに秋の雲
長袖が最後の梨を剥いている
栗爆ぜる山に尖った月が出て
夜長のブルース抱擁についてゆく
人間に気付きはじめた鬼胡桃
星月夜父の自転車走り出す
        
千葉現俳加曽利貝塚吟行2句
どんぐりの数ほど愛は育まれ
雨の小鳥どの旋律で危めよう
            
K・H君追悼
歌う星あり鈴虫の振り仰ぐ

                      軸11月号


 鬼の幸せ

うらがわに鬼の幸せ芒原
振り返るとき何か言う秋の蝉
秋澄むや円盤投げの砂けむり
コスモスに酔って小さなつむじ風
言論の自由朝顔口ひらく
鰯雲書かねばならぬことがある
秋暑し雲が力を溜めている
炎天に捏ねし土かも弥生土器
われら残像光年の銀河の友よ

               軸10月号


 能登・筑波
         
    能登4句
朝市に和紙の大小秋高し
潮汲んで塩田の汗釜の汗
金秋の海に重ねる千枚田
能登に屋根沖に残暑の陽を流し
            
筑波山4句
大鳥居秋のとびらを開け放ち
つくつくし山は一所の鳴きどころ
風返峠秋めく雲の襞
まほろばへわずかにこぼす秋の水
生涯を紫峰の影に秋の蝶

                 軸9月号


 海に背いて
風紋は海に背いて夏果てる
都市破綻林檎に指紋忘れられ
押せば済む暮らし晩夏の掛時計
     
「俳句」誌掲載「種の保存」12句より 
遠雷のにわかにけぶる二人乗り
踏み込めぬ領域となり沙羅の花
薔薇抱え世間が見えてきたと言う
蓮の花夜更けて水になる少女
    
 「俳句四季」誌掲載3句より 
街頭演説噴水も憤る
     
「現代俳句」誌掲載「戦争と平和」5句より
生身魂銃後の虹を語りだす

             軸8月号


 ふりみだす

人間に整えられて麦の秋
はつ夏の指輪に神の眼が届く
インク切れなり六月の濡れた闇
朝曇となりのラジオからレゲエ
森は売られて丸腰のあとずさり
虚言の少女紫陽花をつつく
空席のショコラ薄暑の影を持ち
日傘くるくる青春を引きずって
学校の柳が髪をふりみだす
                    軸7月号


 分かち合う

母の日のパンプス夢にたどりつく
うしろ髪五月の風に愛されて
夜へ汲む新茶痛みを分かち合う
              鹿島神宮2句
靴音の青葉隠れに要石
拍手の二つ涼しく幣の風
              井の頭公園3句
青葉の二楽章風は声をひそめ
麦秋の川は別れのエピローグ
萬緑の森の一本呪いの樹
             「俳句四季」6月号掲載
雨蛙あしたの雲が見えてくる

                   軸6月号


 満たされて

東京に何を伝える春の雲
チェロ背負う旅の老爺に散る桜
春昼を高く空拭く男かな
春愁の息に崩れるラムネ菓子
春の雲夢の力に満たされて
初燕朽ち木の洞を懐かしむ
風邪の子の一人で育つ春の部屋
春嵐より骨格をたくましく
葉脈の男らしさを柏餅

                   軸5月号


倒れても

太陽を回ってるんだ春の山
啓蟄の急発進をたしなめる
黒潮の遅れ気味なり卒業期
変貌の先が見えない霾ぐもり
雲に無頼派雲雀を肩に乗せたがる
花三分地下に沈んでゆく電車
春の風夢にふたたび倒れても
春の山新車のような顔をして
紙風船詩人が考えすぎている

                   軸4月号


 つつましく

紅梅の一輪に伸ぶ土踏まず
白鳥の帰心重々しき序奏
オカリナの不協和音に春の雪
二月の樹上向く人に囲まれて
波立たぬ春愁もあり山の湖
四月馬鹿雲が眉間を皺立てる
暖かしジャズを育ててきた漁師
屑籠のお伽噺があたたかい

      「俳句四季」三月号
桃の日の夜をつつましく波頭

                  「軸」3月号


人類癒えよ

寒禽や木々に自在を託されて
流域に眠れる畜舎冬ざるる
高速の合流からは冬の虹
雪晴の富士の秩序をなぞる雲
寒暮の海飛行機雲が垂れ下がる
凍る夜の自然な髪で人を待つ
森残りおり冬霧に満たされて
冬薔薇のコロラトゥーラを天界へ
人類癒えよゆっくりと春の樹液
              
 「軸」2月号 


 裏切らず

明の春怒濤を神の柱とも
乗初の乾坤繋ぐところまで
冬の鳥森に戻れと梢より
蝋涙の凍え祠に堆し
曖昧な膝を肯う霜柱
冬の川戻る術なく曲りおり
寒風叫喚青春を裏切らず
冬ざるる茶碗は盆に伏せられて
鳥西へ大海原を枯れ残す
                     「軸」1月号

■自句自解
明(あけ)の春(はる)怒濤(どとう)を神の柱(はしら)とも
 世の中の変動が怒濤のように押し寄せてくる。見えぬふりをして余生を楽しむのも良いが、しかし我々の世代にできることもあるのではないか。この変動は、何か新しいことを生み出すチャンスなのかも知れない。
乗初(のりぞめ)の乾坤(けんこん)繋(つな)ぐところまで
 乾坤は天地。つまり地平線まで走ろうというのである。むろんそれは永久にたどりつかない目的地で、だから人間の欲望は虚しいのであるが、その虚しさに全力を尽くすのもまた人間らしさであると思うのである。
冬の鳥森に戻れと梢より
 人間に告げているのだが、都市に向かっても言っている。
蝋涙(ろうるい)の凍(こご)え祠(ほこら)に堆(うずたか)し
 ローソクの蝋が垂れて、寒々と積もっていたのである。
寒風叫喚(かんぷうきょうかん)青春を裏切らず
 私は青春を笑わない。反省もしない。そのときやりたかったことを、これからも追い続ける。
冬ざるる茶碗は盆に伏せられて
三輪野江句会が解散となった。全員が八十六歳以上ということであれば仕方のないことと思っている。
鳥(とり)西(にし)へ大海原を枯れ残す
「枯れ残す」はそこだけ枯れさせなかったという意味。

明けの春怒涛を神の柱とも
蛇穴に去年(こぞ)の眠りを暖める
隙あらば今年の風ぞ抜け行かん

 複雑なままに
 世の中が分かりにくくなっている。政治も経済も、天地開闢(かいびゃく)の混沌に戻っていく気配だ。
 しかし、不安を募らせる必要はない。世の中は、もともと複雑で分かりにくいものなのだ。むしろ、世の中が見えた気になっていたことが錯覚だったのである。
 新しい秩序は、いつも混沌から生まれ出る。伊弉諾(いざなぎ)、伊弉冉(いざなみ)の国生みも、旧約聖書の創世記も、混沌からこの世が生まれ出るさまを語っている。今が本当の混迷なら、やがてそこから新しい秩序が形作られることだろう。
 俳句は、その複雑で分かりにくい世界の実相を、複雑なままに切り取ってくるものでありたい。常識や意味で単純化された表現は、分かりやすさという嘘を生むだけである。
 常識という分かりやすさに留まっていてはいけない。科学も詩も、常識を疑い、世界の本当の姿はどのようであるのかと、思いをめぐらすところから始まるのである。
                           「西日本新聞」元旦