花登 筺 はなと・こばこ(1928—1983)


 

本名=花登善之助(はなと・ぜんのすけ) 
昭和3年3月12日—昭和58年10月3日 
享年55歳(妙法文筐院恭徳日善居士) 
京都府京都市左京区岩倉幡枝町91 妙満寺(顕本法華宗)




小説家・脚本家。滋賀県生。同志社大学卒。昭和34年テレビドラマ『番頭はんと丁稚どん』が大ヒット。35年劇団『笑いの王国』を主宰して大村崑、芦屋雁之助ら上方の喜劇俳優を育てた。テレビドラマに『細うで繁盛記』『どてらい男』のほか小説に『銭牝』『あかんたれ』などがある。




 



 

 「お父さん、秀太郎おじさんにあやまって下さい。これは僕だけの頼みやない。おばあさんもお母さんも……お母さんはな、死ぬときも、僕の手をにぎって、お父さんに逢ったら、秀太郎おじさんにあやまってくれ、それだけ言うて死んだんや!」
 安造は、肉親の子にそう言われて頬をけいれんさせた。
 「その通りだすで、あんた。秀太郎さんはな、あんたが帰るまでは、お母はんとは住めんて、じっと独りでこの安一を社長にして、自分は重役にもならんと、安一が一人前になるまで見守ってくれはったんやで。それでもあんたは何とも思わんのか」
 この富江の言葉に、安造は、首をうなだれた。満洲から内地へ転々と職をかえ、一人で生きることの厳しさが安造の心にもかなりの変化を与えていたのだろうか、それともわが子が社長になっているという現実が、やっと秀松の心情をわからせたのであろうか。安造は、成田安一社長入営壮行会の看板を確認するかのように見ると、よろけるように秀松にすがりついて、
 「すまん……」
 と一言であったが、手を握った。
 「すまんなんて、兄弟やおまへんか」
 秀松は、そうは言ったが、何の感情も加わってはいず、むしろ淡々として悟り切ったような言葉であった。
 悟らずにはいられなかったのであろう。
 この安造の「すまん」のたった一言を聞くために、三十五年間、秀松は成田屋にいたのである。
 あかんたれと言われたてかけの子の秀太郎が、たったこの一言を安造の口から聞き、母のお絹と共に暮す目的の為に、延々と成田屋を守り続けて来たのである。
 この一言が、てかけの子の秀太郎の決着であったのである。
 人間としてであれ、商人としてであれ、この短い一言の決着をつける為に、何の報酬もない苦難の道は、悟り切らなければたどり得ぬ長い長い道のりであったことだろう。


                                                     
(あかんたれ)



 

 〈泣くは人生、笑うは修業、勝つは根性〉を座右の銘としていた花登筺。テレビ界に進出し、喜劇作家として書きに書いたドラマは六千本。『笑いの王国』や『喜劇』の劇団を主宰、喜劇学校を創設して多くの上方喜劇の俳優を育て上げたが、思いがけずの裏切りにもあい、心ならずもの裏切りもした。自殺を試みたことも一度ならずあった。もともと肺浸潤の病巣があって、好むと好まざるに関わらず、執筆量の多さ、劇団内の軋轢、女優星由里子との結婚に関わる離婚騒動など、強いとはいえなかった身体の負担や心労は大きく、晩年には胃潰瘍の手術も受けた。昭和58年9月、北海道で執筆中に体調を崩して帰京、昭和大学病院に入院したが、10月3日午前2時50分、肺がんのため55年の生涯を閉じた。



 

 京都の洛北岩倉の顕本法華宗の総本山・妙塔山妙満寺は俳諧の祖・松永貞徳が手がけた「雪月花の三名園」のひとつで、比叡山を借景とした「雪の庭」や紀州道成寺「安珍清姫ゆかりの鐘」が祀られていることでも知られ、季節には山門周辺や池の畔、境内の至る所が鮮やかなつつじで彩られているのだが、時期を逃した今日の曇り空の下、広い境内にはうら悲しさだけが漂っている。仏舎利大塔を横に見て、大書院裏の墓地に入る。細長い墓地の奧端に「花登筺之墓」があった。墓の脇に座右の銘が刻まれた碑。最期を看取った三番目の妻・女優の星由里子が昭和58年12月吉日に建てた墓である。花登筺の死後三度目の結婚をした星由里子も平成30年5月16日、同じ肺がんで死去している。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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