嵐山光三郎 あらしやま・こうざぶろう(1942—2025)                        


 

本名=祐乗坊英昭(ゆうじょうぼう・ひであき)
昭和17年1月10日—令和7年11月14日 
享年83歳 
東京都八王子市初沢町1425 高尾霊園C区3側1号48番 




編集者・作家・随筆家。静岡県生。國學院大學卒。平凡社で「太陽」編集長をつとめ、昭和56年退社。独特の文体による軽妙な風俗評論やエッセイで知られ、『口笛の歌が聴こえる』発表以降は小説にも力を注ぐ。63年『素人庖丁記』で講談社エッセイ賞、平成18年『悪党芭蕉』で泉鏡花文学賞受賞。ほかに『追悼の達人』『老人は荒野をめざす』などがある。







 

 俳諧は俗文学なのである。罪人すれすれのところに成立した。
 芭蕉を「悪党」としてしまったのは、申し訳ないが、そういう意味であると了解願いたい。芭蕉は危険領域の頂に君臨する宗匠であって、旅するだけの風雅人ではない。芭蕉の凄味は連句の席でぬっと顔を出す。
 江戸の蕉門は、旗本や豪商にまじって、其角を中心とする遊び人が多かった。芭蕉が没する前年の元禄六年( 一六九三 )、幕府が出す「生類憐みの令」はますますエスカレートし、魚釣りが 全面禁止となり、釣船営業停止となった。其角はそれをからかった句を詠んでいる。
 「奥のほそ道」のあとに芭蕉が旅しようと考えていたのは長崎である。長崎は去来の故郷であっ た。江戸へ下ったとき、芭蕉の目にとまったのは紅毛人のカピタンだった。長崎はまるごとカピ タンの町で、悪所でもあった。貿易港だから、抜荷船が出没し、磔刑、斬首となる者が続出していた。
 繁栄する都市に犯罪はつきもので、芭蕉の本能は都市をめざす。欲に目がくらみ、身を破滅させてしまうほどの地が芭蕉をひきよせ、そこに俳諧が成立する。
 山国育ちの芭蕉が、京都、名古屋、江戸を拠点にしたのはむしろ当然であった。
 蕉門の強さは、門人たちの闘争にあり、各派がはりあって論争したことによる。芭蕉没後、弟子たちが四分五裂したからこそ、最終的に芭蕉が残ったのである。
 この一冊を書き終えて、正直いってへとへとに疲れた。知れば知るほど、芭蕉の凄味が見えて、どうぶつかったってかなう相手ではないことだけは、身にしみてわかった。

(悪党芭蕉)

 


 

 〈生理学的に考察すると、人は死ぬとき、最後の最後に自分の死を受け入れることへの抵抗を試みようとします。(中略)「死を受け入れる」決意の葛藤といってよいでしょう〉とも〈「自分の死」を受け入れる力は、宗教ではなく教養であります。死の意味を知るために人間は生きているといってもいいのです。〉といったように嵐山光三郎は実に多くの死を考えるための教養を説いています。光三郎自身、十六年つとめた平凡社をやめ、独立して出版社を興した上り調子の45歳の時に急性胃潰瘍によるバケツ一杯分の吐血、そして56歳で再び吐血、59歳の時にはタクシーに乗っていての交通事故など、たびたび死と直面しているのですが、死は恐怖であるとともに最後の「愉しみ」でもあり、死ぬことが楽しみにさえ思えてくる。「死」への考察は人間の最高の興味の対象であろうと断じた光三郎は令和7年11月14日午後6時、肺炎のため新宿区白銀町の自宅で死去した。



 

 都立高尾陣馬自然公園内に位置し、5万坪に及ぶ広大な敷地に夥しい墓石群が立ち並ぶこの霊園には、二十数年前、寺山修司の墓参りに一度訪れたきりであった。まだ若かった当時と違い、山腹を切り拓いた墓山の詣り道は急坂すぎて高齢の身にはいささか厳しいものがあったが、石碑の上に本を広げた独特の形の寺山修司墓の背を左に見やりながら休み休み登って、ようやくたどり着いた先に大きな涅槃像が見守っていた。どんよりとした梅雨空の下に平成12年、父宣明が亡くなった時に母美子が建てた「祐乗坊家」墓がひっそりとある。鮮やかなオレンジ色のほおずきが供えられ、陰鬱とした墓前の景色を華やかに輝かせていた。〈僕の好きな言葉に「死ねばいい人」というのがある。生きている時はいろいろ言われた人でも死んでしまうとみんな「いい人」のひと言で括られるようになる。まこと、この世は生きている人の世の中である〉といった嵐山光三郎はいまここに眠っている。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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