秋田雨雀 あきた・うじゃく(1883—1962)                     


 

本名=秋田徳三(あきた・とくぞう)
明治16年1月30日—昭和37年5月12日 
享年79歳(芸峻院雨雀徳声居士)
東京都豊島区雑司が谷3丁目19–14 本納寺(日蓮宗)



劇作家・詩人。青森県生。早稲田大学卒。明治41年島村抱月の推薦で『早稲田文学』に『同性の恋』を発表。45年小説から劇作に移って『埋もれた春』ほかを発表。昭和9年「新協劇団」の結成に参加。戦後、舞台芸術学院院長となる。『国境の夜』『骸骨の舞跳』などがある。






 

 また、私たちの周囲では、この年の七月に二つの特徴的な告別式があった。それは同じ七月一日におこなわれている点で非常に特徴的であった。一つは下落合の林芙美子の告別式であり、一つは渓谷を隔てた杉並方面におこなわれた舟木重雄の告別式であった。途中小山内薫の妹の岡田八千代が薫の子供たちといっしょに林芙美子の告別式に行くのに会ったので私も同行した。大変な会衆で私は北原白秋以来の盛大な告別式だと思った。しかもその帰り途は石垣の上に櫓を作って客を送り出しているのを見ていっそう驚かされた。私は林の苦難時代を知つているが、近松秋江の女中をしたり、おでん屋を開いたりしたころの彼女を知っているので非常に身近にある人間のように感じていったが、櫓を組んで人を送り出している大げさな告別式を見ては、その人はずっと遠いところにいる人のような感じがして、人間としての林芙美子を少しも思い出すことはできなかった。この同じ日、しかも同じ時刻に下落合の大渓谷を隔てた杉並方面に、日本の自然主義運動の最後の線に踏み止つていた作家舟木重雄の告別式に臨んでいる。舟木重雄は重信の兄で素朴な、重厚な感じを与える人であったが、ながく胸をわずらってこのころ倒れたのであった。私は下落合から歩いて行つたので、かなりな疲れを感じた。舟木の家には彼の友人の広津、谷崎、宮地の外、弟の重信が寂しく縁側に坐っていた。私たちは静かにお茶を飲みながらこの最後の自然主義的リアリストの生涯を話し合ったりして帰ってきた。これはこの時代のはっきりした二つの対照を示すものだと私には思われた。
                                        

(雨雀自伝)

 


 

 恩師島村抱月の芸術座に参加したが、やがて自然主義、人道主義から社会主義思想に傾いていった。戯曲や童話を書き、舞台芸術学院長、日本児童文学者協会長を務め、盲目の詩人エロシェンコ、相馬黒光、神近市子、有島武郎、島崎藤村、小山内薫、島村抱月など秋田雨雀の近しい人々には、直接間接問わず大いなる影響を及ぼした時代の進歩者であり、社会主義者として確かな人生を全うした彼にとっての第一の宝であったに違いない。
 劇作家、舞台芸術家、児童文学者、エスペランティスト、そして何よりも封建主義的生活の崩壊を夢見た文学者。その姿は、昭和37年5月12日午後4時「雑司谷の童話の家」で夕闇の中に静かな影を溶かして逝った。



 

 「雑司谷の梟」とあだ名されたほど長く雑司ヶ谷の地に住し、小泉八雲、島村抱月、夏目漱石など師や友人知己が眠る雑司ヶ谷の共同墓地を日課のように散歩しながら「精神的墓守」と自嘲したこともあるという。
 樹齢5、600年にもなる大門道の欅並木があった。終焉の地の前に建つ本納寺、江戸の名残を濃く残す鬼子母神も近い。今では希少価値となってしまった都電が脇を通っている。朝の読経も始まった。「ちんちん」「ぽくぽく」、「ちんちん」「ぽくぽく」、電車と木魚の音響が墓地に漂ってくる。
 丸みを帯びた「雨雀の墓」に「梟」は幸福そうにうずくまる。——〈うずくまる 君に似し墓碑 五月晴〉と雨雀を愛惜したいく夫人もともに眠っている。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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文学散歩 :住まいの軌跡


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