株価が持ち直してきた。日経平均は今週火曜、終値10,255円15銭をつけた。今年になってからの最高値で、時間内の最高値でもあった。けさのニューヨークダウは66ドル22セントあげて、13,212ドル2セント。先々週の今年の最高値にまた迫ろうとしている。年金生活に入ってから、ここ3年のトレンドでは春先からゴールデンウィークごろまではだいたいいつもいい。続かないのが癪のタネなのだ。

 きょう時点の瞬間値ではスタート時点から、丸3年で8.5%のゲイン(今週火曜日は10%弱のゲインだったが水曜から昨日にかけて東証は3連続のマイナス)、年2.85%。大したことはないどころか、少し心許ない。だが、積極的な売り買いはせず、株の配当金、投信の分配金のみで、FXにしてもロングのみでひたすら待つだけなのだから、このていどの数字は当然の帰結。

 70歳までの年金補填分は投資勘定と切り離してあるが、それ以降は投資勘定からのゲインが不足すれば取り崩しが始まる。最低限2.94%が確保できれば、仮に、間違って100歳まで生きても水平飛行を保てるはず。できれば70までの間にもう少しゲインをあげて、それ後の運用条件を楽にしておきたい。いずれ頭がついて行かなくなる時が来るのだから。(3/31/2012)

 朝刊に榎本喜八の訃報が載っていた。「えっ?!」と思った。とうに亡くなっていると思っていた。

 かつてセリーグ全盛の時代に「実力のパ」という言葉があった。ジャイアンツが好きで、当然セリーグびいきの小学生には「実力のパ」というのはあまり心地よくない言葉だったが、実際それを納得させたのは大毎オリオンズの「ミサイル打線」だった。田宮、榎本、山内、葛城。

 その中の榎本喜八がどういう選手であったかは、沢木耕太郎の「敗れざる者たち」によって知ったのだが、そのとき既に彼は引退していた。

 スポーツ・ドキュメンタリーの面白さは上前淳一郎の「巨人軍影のベストナイン」で知った。前後して佐々木真也の「プロ野球ニュース」、山際淳司の「江夏の二十一球」などは、プロ野球選手の内側を教えてくれた。そういう視点からいろいろな想像しつつ試合を見ると格段に面白いことに味をしめて、読書のウィングを拡げたころにこの本に行き会った。もう四半世紀も前のことだ。だから、榎本喜八は大昔の人であり、頭の中では物故者の箱に分類されていた。

 プロ野球選手のプレーヤーとしての年齢は30代になればベテラン。ほとんどの選手は40の声を聞く前には引退してしまう。コーチ、監督などにならない限り、50歳になるころにはよほどの選手でも「過去の人」になる。解説者になるのはさらにほんの一握り。簡単に「あの人はいま・・・」だ。

 もし「別格」があるとすれば「記録」に残る選手。榎本は十分にその資格のある選手だった。にもかかわらず、「名球会」の資格がありながら一度も会合に出ることがなかったために「脱会」の扱いとなり、野球殿堂にも入れられていない。なぜか。彼はおそらくこれまでプロ野球に在籍したすべての選手とは次元も意識も違う選手だったからというのが「答」らしい。同じオリオンズに在席した後輩、醍醐猛夫は「ボテボテでも、テキサスでも、四打数四安打なら誰でも喜びますよね。ビールでも飲んでツキを祝うんだけど、榎本さんは違うんですね。部屋の中でグリップを握って、じっと考え込んでいるんですよ。どうして打てなかったんだろうといって。打てないといっても四の四なんですよ」と語っている。最近、コマーシャルに出突っ張りのお利口さん「メジャーリーガー」とはずいぶんに違うタイプ。

 それ故「奇人・変人」扱いを通り越して「狂人」扱いされたという。誰も「伝説」とは語らない「伝説の人」かもしれない。72年35歳で引退して、75歳で亡くなるまでの40年間。バッティングに「境地」を求め続けた男にはこの国とこの社会はどのようなものに見えたのだろうか。(3/30/2012)

 朝刊コラム「おやじのせなか」には魅力的な父親が登場する。

 いわゆる明治の男でしたよ。青函連絡船の船長でした。ぼくが小学生のころ、連絡船「洞爺丸」が台風で沈没した事故が起きた。千数百人が亡くなり、ものすごく印象に残った。
 洞爺丸が函館を出た1時間後、おやじが船長をしていた連絡船「羊蹄丸」も青森を発つ予定だった。青森は晴れなのに出船しなかった。北海道の経済を青函連絡船が担っていた時代。「何で出ないんだ、腰抜け」と罵倒されたが、台風の進路がいつもと違うと納得しなかった。
 罵倒されても、決断を変えなかったと、小さいころに時折、聞かされましたね。「人の評価で動かされるのではなく、己の判断、信念で決せよ」と正面切っては言わなかったが、教えようと思ったんじゃないか。

 ずいぶん昔に読んだ「洞爺丸はなぜ沈んだか」の中で上前淳一郎は、洞爺丸と羊蹄丸の船長の判断にふれて、こんな推測を書いていた。

 洞爺丸の船長も、羊蹄丸の船長も、晴れ間が偽りのものかもしれぬという疑いはもっていたと思う。同じ状況で出航・欠航の決断はなぜ分かれたのか。洞爺丸は函館から青森へ向かう。仮に晴れ間が台風の目によるものだとしても、晴れ間が出ているうちに海峡の半分まで行ければ、そのあとは陸奥湾に入る。逆に羊蹄丸は青森から函館に向かう。晴れ間が台風の目の通過によるものだとすれば、陸奥湾を出て海峡中央あたりから函館までは下北半島のような「防波堤」がなくなり、相当の波浪に晒されることを覚悟しなければならない。この心理が判断を分けたのではないか、というようなことだった。

 残念ながら、あの文庫本は***さんに貸したままになっているので、いま、確かめられない。

 仮に上前のこの推測があるていど当っていたとしても、きょうの語り手、佐藤英彦(元警察庁長官)のおやじさんの評価にはいささかも影響しない。「人の評価で動かされるのではなく、己の判断、信念で決する」ということはいつの時代でも易しいことではないし、とくに最近の世の中に跋扈する人物には、こんな姿勢はほとんど見受けられなくなってしまったように思うから。(3/29/2012)

 兵器の目的が効率よく相手国の(兵員を含む)国民を殺すことにのみあるとしたら、人類は前世紀の中盤を過ぎたころに究極の兵器を完成させたと言える。核兵器と大陸間弾道ミサイルというふたつの技術によって、地球上のどこにいる敵でも皆殺しにすることが可能になったのだ。

 当初、米ソ二国による独占であったこれらの技術は、まず核兵器から徐々に拡散し、現在では9カ国が保有している。

 しかし核兵器だけでは自由に敵を殲滅することはできない。運搬手段が必要だ。爆撃機から投下する方法よりもっと確度の高い方法はミサイルの利用、その嚆矢はナチスがロンドン攻撃に採用したV2だ。ナチスドイツからこのミサイル技術の開発を受け継いだのは戦争中毒患者のアメリカ合衆国、そして圧政の国ソ連(ロシア)だった。ベストカップルはこうして誕生した。ついでに書けば、イギリスとフランスは潜水艦発射のミサイルでICBMに代替させている。敵国の近くの海中までゆき、そこからならば脚のあまり長くない中距離ミサイルでも十分というわけで、より現実的でコストパフォーマンスのよい方法と言えば言える。

 後発ながら、この「ベストカップル」を保有したい国は、どのようなパスを通ったらよいか。

 核兵器開発を進めるためには「原子力の平和利用」を、大陸間弾道ミサイル開発を進めるためには「宇宙の平和利用」を看板にするのが常套手段となっている。いずれも「ナントカカントカの平和利用」とことさらに「平和」の言葉を使いたがるのは、心の底では「平和」をバカにしているからか、あるいは「平和」に強烈なコンプレックスを持っているかのどちらかであろう。

 核保有を目論む国はまず原子力発電のためと称してウラン濃縮・プルトニウム製造を行い、大陸間弾道ミサイル保有を目論む国は地球観測を名目とした人工衛星の打ち上げを行えばよい。基本的に「ナントカカントカの平和利用推進のためである」と主張すれば、これを否定する論理はない。

 先々週、北朝鮮が「来月中頃に人工衛星を打ち上げる」として、三段ロケットの格段の着水海域を海と空の国際機関であるIMOとICAOに通告して以来、我がマスコミは「人工衛星の打ち上げと称するミサイルの発射実験」という表現を使っている。人工衛星打ち上げ技術と大陸間弾道ミサイル技術とは幹は同じ、枝先で別れるだけのこと(実用性という点ではかなり異なる事情がある)だから、イランのウラン濃縮と同様、あくまで「平和利用目的だ」と主張されれば、「けしからん、やめろ」とは言い難い。「安保理決議違反だ」というセンテンスに、必ず、「実質的に」という限定詞がつくのはこういう事情があるからだ。

 なにがなんでも核兵器開発やミサイル開発を禁止したいというならば、いかなる国も原発建設も、人工衛星打ち上げも、ともどもに「まかり成らぬ」と決めればよいだけのこと。「平和利用は良い」などという変な例外をつくるから、グレイゾーンができ、禁止がザルになる。ところが不思議なことにどの国もこのあたりまえのことを主張しない。自分の国だけは例外にしたい「先進国」の事情があるからだ。

 まあ、それはさておき、毎度、毎度、「人工衛星の打ち上げと称するミサイルの発射実験」などと腸捻転のようなくどい表現で報ずるのは、どうやら政府筋から出てきた「要望」のようだが、かえって、ことの本質を見失わせるような愚かな話だろう。

 政府は、まず、「けしからん、やめろ」という前に、北朝鮮に対して、どういう目論見の衛星をどのような軌道に乗せるつもりなのかを質した上で、試しに「必要なら打ち上げを請け負ってやるよ」と提案したらどうか。「衛星の打ち上げ」が単なるカムフラージュなのか、それなりの計画であるのか、少なくとも、まずそれを北朝鮮自ら明確に言わせるべきだ。

 北朝鮮は気象観測衛星であると主張している。だが静止軌道に衛星を打ち上げることは簡単なことではない。実用的な衛星を所望の軌道に打ち上げるために不可欠なのはアポジモーターだ。我が国も実用衛星の打ち上げを企図した当初はこれをアメリカから買っていた。購入したアポジモーターは封印されたブラックボックスだった。分解はおろか開けてみることも契約で禁じられていた。それを国産化するには相当長い期間を要した。いまの北朝鮮にそれだけの技術があるだろうか。大いに疑問がある。

 とすれば、まず「人工衛星なんですね」と確認するところから、ねちねちと苛めてやる方が、「ミサイル実験に違いない」と決めつけ、やみくもに「やめろ」「やめろ」と空念仏を繰り返すよりはよほど効果があると思うが、どんなものか。

 それとも、北朝鮮に断念させることなど見せかけの目的で、北朝鮮が反対を無視して強行し、これを「けしからん」と非難することが最終目的なのだろうか。拙劣な「外交」だね、そうだとしたら。(3/28/2012)

 思いついて「五重の壁」で検索をかけてみた。北は北海道電力から南は九州電力まで、唯一原発をもっていない沖縄電力を除いて各電力会社のホームページには「五重の壁」の説明が掲載されている。

 東京電力のみ、トップページからたどるとリンクが切れている(「学ぶ・知る・楽しむ」のページに「地震に伴いまして、当分の間、当コンテンツの更新を控えさせていただきます」とあって行き止まりになっている)が、残りの各電力会社と日本原電のホームページには、多少リンクをたどるのが分かりにくくしてある不親切な会社もあるが、きちんと掲載されている。

 では東電のホームページから完全に削除されているかというとそんなことはない。「五重の壁」と「東京電力」で検索をすると、図のついた説明ページがちゃんと見られる。そこにはこんなことが書いてある。

 原子炉の燃料棒中で発生する核分裂生成物は、5重の壁で放射能を閉じこめています。これらの方法の一つが有効でなくなっても、他の壁でバックアップできるという仕組みです。
《五重の壁》
① ウラン燃料をセトモノのように焼き固める(ペレット)
② ペレットを金属管に密封する(被覆管)
③ 被覆管を高温高圧に耐える厚さ約150mmの金属製容器に入れる(原子炉圧力容器)
④ 原子炉圧力容器を包み込む厚さ約30mm鋼鉄製の容器に入れる(原子炉格納容器)
⑤ 原子炉格納容器を厚い鉄筋コンクリート製の建物内に設置する(原子炉建屋)

 きのう、東電は福島第一原発の2号機の「原子炉格納容器」の内部に工業用内視鏡を入れて撮影した映像を公開した。1月に行った時はモヤが見えるだけの映像だったが、今回は水面らしきものと白い斑点のような粒がしきりに舞っているのが見えた。格納容器の底から数メートルと予想されていた水面は60センチ、水温は50℃だそうだ。

 完璧に放射性物質を閉じ込める仕組みであった「五重の壁」はなんとまあ第4の壁までが破られていることが確認できたというわけだ。「これらの方法の一つが有効でなくなっても、他の壁でバックアップできるという仕組みです」、嗤わせる。ひとつ転べば将棋倒しとしたら、「五重の壁」などただの気休めに過ぎない。人間の知恵などせいぜいこのていどのものだということを肝に銘じた方がいい。1万キロは遠い。しかし太陽までの距離から考えれば微々たる距離だ。原子力を制御する(仮にそれができるとしても)場合に要する知恵のスケールで考えれば、人間の知恵も猿の知恵も五十歩百歩だということ。

 東電は「水温は50℃にていどだ」と自慢げに発表した。それは「この通り冷温停止してます」と言いたかったためだろう。人をバカにするにもほどがある。

 まず、あれほど大量の水を注入して格納容器の底60センチしか溜まっていないということは、既に格納容器の底も抜けており、さらには原子炉建屋からも地下へと水漏れが起きていることを示している。水温が50℃ということは、発熱源である溶け出した核燃料の大半もまた格納容器の外へと漏出している可能性が否定できないことを表わしているのではないか。

 地下水の影響はただちには顕在化しない。富士の高嶺に降る雪が三島湧水となって出てくるのには短い見方でも数十年、長い見方では百年にも及ぶ。半減期の長い放射性元素の影響は、いまチャラチャラと冷温停止だの、微量放射能は体にいいだのとサル並みの浅知恵をひけらかしているバカどもの言葉を裏切っていずれ顕在化する。たしかにいまバカどもが吹聴しているウソは、彼らが生きているうちにはウソとはばれないかもしれない。だが、いずれ「親の因果は子に報いる」のだ。腹立たしいのは「原発などやめるべきだ」と主張していた人びとの子孫にもこの影響は平等に及ぶこと。

 まあ、所詮、この世は持ちつ持たれつ、浅知恵のド阿呆も我が隣人であり、我が同時代人なのだ。ああ、ヤダ、ヤダ。(3/27/2012)

 下期の朝ドラ「カーネーション」が最終週に入った。

 朝ドラというのは不思議な存在で、主人公とそれを囲む人びとはいつのまにか「お友達」のような存在になってしまう。だから、たいていの新しい朝ドラは「ものすごく相性のいい同僚を押しのけて入ってきたよそ者」のような悪印象のもとに始まる。もっとも始まるや数週間を経ずして後任の朝ドラが新しい「お友達」になってしまうのだが。

 上期の朝ドラ「おひさま」は芸達者ぞろいのキャスティングで、落ち着いてドラマに入り込める作りだったから、定年退職者の一日の始まりにはジャストフィットだった。だから、当然の如く、「カーネーション」も「反感」の中で始まった。しかし「カーネーション」は面白かった。頑張り屋の主人公の成功譚、朝ドラの常道には違いないが、ヒロインの不倫のような掟破りもあったし、シナリオの節々に娯楽で見ている者をドキンとさせるようなセリフが入ることがあった。日記に書き取っておこうと思いながら、夜にはきれいに忘れていたセリフ、夕刊の「窓-論説委員室から」が思い出させてくれた。

 NHKドラマ「カーネーション」(作・渡辺あや)が最終盤を迎えた。記憶に残るシーンはいくつもある。なかでもヒロイン糸子の幼なじみ、勘助の印象は深い。
 戦地から故郷に戻ってくるが、魂が抜けたようになっている。ほどなく2度目の召集、そして戦死。
 四半世紀がたち、勘助の母は病の床で糸子に話しかける。勘助はひどいめにあわされた、あの子はやられて、ああなってしまったと思ってた。けど違った――と。
 「あの子は、やったんやな。あの子が、やったんや」

 人生の黄昏、もうそれほど時間が残ってはいないと自覚するころ、切れ切れにそれまでのことを思い出しながら、あれはこういうことだったのかもしれないということに思い当たる。そろそろ、そういうことが我が身にも起こりつつある。まあ、いずれそういういくつかのことを書くこともあるだろう。

 ところで、コラムはこう続く。

 劇作家永井愛が11年前に発表し、数々の賞に輝いた「こんにちは、母さん」にもこんな場面があった。
 戦争の話を一切しない夫。深夜、洗面所の鏡の前に立つ夫の形相を見た「母さん」は、その瞬間に悟る。
 「ああ、この人は、実際に人を殺したんだ。しかも、子供を、子供を殺したことがある……」
 共通するのは、事実に向き合う姿勢と深い人間洞察。「やられた」側と「やった」側の双方が抱えこむ、苦しみや悲しみを想像する力だ。
 日本の過去について不用意な発言をし、問題になると「真意が伝わらずに遺憾」と弁明する政治家と、それを許してしまう私たちの社会と。くり返される風景に、勘助のあわれさがいっそう増す。〈渡辺雅昭〉

 阿佐ヶ谷にいたころだった。珍しく悪酔いして帰った**(父)さんが、こんなことを言った。「お前は人を殺したことがないだろ・・・だからな、お前たちはツルンとした顔をしてるんだよ、そろいもそろって」。まだ二十歳になるかならぬかのころだった。その時は「しょうがないだろ、そういう時代に生まれたんだから・・・時代が時代だったらオレだって人を殺してるさ」みたいなことを、口に出して言うことはなかったが、心の中で思ったように記憶している。

 それでも、我々、第一次ベビーブーム世代(全共闘世代と言ってもいいが)は自らを「戦争を知らない子どもたち」と思っていた。正確には、「体験していないから戦争は知らないけれど、戦争があったことは知っているし、意識もしている子どもたち」だった。つまり「戦争のあと」は身の回りにあった。

 戦争のあとはもうほとんどどこにも見当たらず、若い世代の顔はますますツルンとしてきた。戦争の意識がないくせにやたらに好戦的なようだ。「人を殺すのも悪くはない、経験できるならしたいね」という気分が横溢している。人を殺すことができるフィールドでは人に殺されることもありうるのだというごくごくあたりまえのことに思いが至っているかどうか怪しいものだ・・・と思っているが。(3/26/2012)

 読売ジャイアンツが球界申し合わせに定めた新人契約金最高額を超えるカネを出して、ドラフトにおける逆指名制度により選手を獲得していたことが報ぜられたのは半月ほど前のことだった。(報じた朝日はこれを朝刊一面のトップ記事にして、いささか過剰と嗤った)

 最初にあげられたのは、高橋由伸、上原浩治、二岡智宏、阿部慎之助、内海哲也、野間口貴彦。いつまでたってもぱっとしない野間口を除けば、まあ、それなりの選手だ。いったいどれくらいの「契約金」だったかというと、阿部が10億、野間口が7億、高橋が6.5億、上原と二岡が5億、内海が2.5億。上原については退団時に功労金1.2億、二岡には功労金7千万に出来高払いにより3千万が約束されたらしい。申し合わせは1億+出来高5千万というから一番低額の内海でさえ倍ていど。(出来高である以上、必ずもらえるわけではなかろうが)

 「野間口貴彦様 2004年7月15日」とタイトルがある文書には、「球界の決まりはご承知のとおり、契約金は最高1億円、出来高払いは成績によって最高5千万円まで認められています」と断った上で、「契約金7億円」と明記し、一括払いと5~7年程度の分割払いの選択肢を示し、ご丁寧にも一括払いを選択すると「あなたが翌年の高額所得者番付に登場することは確実で、その際、球界のルールを越えて契約金を受け取ったことが判明してしまい、あなたにとっても、球団にとってもまずいことになります」としているから、ジャイアンツには「ルールを越え」たやり口であるという認識がしっかりあったことが窺える。

 まあ、読売ジャイアンツが所属する「読売グループ」はもともと申し合わせなどは、同業他社を欺くための常套手段として使う手口に過ぎないと考えていることは、おととし、我が家に対する「新聞勧誘」の際に体験させてもらったから驚くことはない。所詮、ダーティな体質の会社、企業グループなのだ。

 この報道に対して、読売はどう応じたか。「07年までは上限ではなく超えてもかまわないというのがプロ野球界の認識だった。ルール違反ではない」とふんぞり返り、「ルール違反でもないものをいかにもとんでもないことのように報じて名誉を傷つけた。謝れ」と「謝罪」を求めたというから大嗤い。(なぜ、「07年までは」なのか。その年、ベイスターズと我がライオンズがこの「申し合わせ事項」に違反していたことが露見してJPBから厳重注意処分を受け、「申し合わせ」ではなく罰則つきのルールにしたからだ。つまり、当時も立派に「守るべきルール」だったのだ。もっとも読売グループというヤクザな企業グループにとっては、罰則がない限り「破ってもかまわない」、「判明したらまずい話」ていどの認識だったのだろう。何しろ、「空白の一日」などというトリッキーなことを平然とやってのけてきたのだからね)

 盗っ人猛々しいとは、こういうことをいうのだろう。そういえば、違法新聞勧誘の時も、事実は認めながら、それを文書化することは慇懃無礼な態度で拒否したね、読売新聞は。

 朝刊にはその続報が載っている。

見出し:巨人に国税が見直し指導
 東京国税局が2004年にプロ野球・読売巨人軍の税務調査を行い、球界が申し合わせた最高標準額(1億円プラス出来高払い5千万円)を超え、分割払いされている新人契約金の会計処理について見直すよう指摘していたことが分かった。巨人軍は分割払い分を各年の出来高払いとして費用計上していたが、国税側は04年3月期までの2年間について、新人契約金の一部として費用計上を見直すべきだと指導したという。
 巨人軍は朝日新聞の14日の取材に対し、この出来高払いについては「契約金と性格が違う」などと説明していたが、国税側は税務上、出来高払い分を含めて新人契約金としていたことになる。

 ここまで細かなことがらがエビデンスつきで朝日に渡っているというのはすごい。おそらく、清武英利がネタ元だろう。訴訟合戦になっている清武と読売。清武はもともとの「清武の乱」では分が悪かったようだが、どこか適当なところで和解することになるだろう。切れ味の鋭いストレートパンチを頭に食らうよりもボディーブローをたくさん食らう方が「効く」という。いくらチマチマしたスキャンダルに事欠かない読売グループでも五月雨式にジャブを繰り出されてはもたないだろう。

 こちらとしてはヤクザ新聞グループの素性が白日の下に晒されるのは楽しみなことだが、そこまではゆくまい。もっともそれ以前に高齢なナベツネが昇天するかもしれない・・・かな、呵々。(3/25/2012)

 朝刊オピニオンページ「私の視点」に、今月末で退任するJICA理事長の緒方貞子が、理事長としてではなく個人的な見解と断った上でこう書いている。

 最後に、中東などの途上国への日本の原発輸出について、個人的な見解として、一言述べたい。
 東日本大震災で引き起こされた東京電力福島第一原発の事故を受けて、私なりに原発の是非を考えた。自分の国でうまくできなかったものを、外に持っていっていいのだろうか。福島原発の事故について、地震や津波があったから、という人がいるが、日本はそもそも地震大国だ。
 日本ほど技術が進んでいる国で、しかも(原爆を投下された)広島、長崎の経験があり、原子力に慎重なはずなのに、こんなことになった。原発への理解が不十分だったと言わざるを得ない。太陽光、風、地熱など再生可能エネルギーの進歩は著しい。多様なエネルギー供給のあり方を真剣に考えるべきだと思う。

 地震・津波大国にして、それに対する技術的に有効な対策がなされなかった結果、チェルノブイリを上回る災厄を招いた国、その技術をそのまま他国に売ろうと考える精神構造は、単なる「エコノミック・アニマル」を上回る。いや、「アニマル」でさえ、そんな野蛮な精神とおれたちを比較するのはやめてくれと思うだろう。

 「アニマル」には気持ちがなんかないという勿れ。母なる自然を放射能で汚染し尽くし、破壊し尽くすような「アニマル」は人間以外にはいない。醜い連中だよ、この国の原発屋さんたちは。(3/24/2012)

 時々、なんという国に住んでいるのだと思う。

 金融庁がAIJに業務停止命令を出したのはちょうど一ヵ月前のきょう、2月23日のことだった。証券取引等監視委員会はきょうになって強制調査を開始した。AIJの「投資運用業者」としての登録を抹消したのもきょうのことだ。

 この間の報道が正しければ、AIJが預託された資産の大部分を失っているらしいと当局が察知したのが1月末ごろのことだったそうだ。つまり、容疑がもたれてから2カ月、容疑事実にほぼ間違いがないと分かってから1カ月して、ようやく強制調査が始まったというわけだ。

 事件は2,000億円のカネが蒸発、74もの厚生年金基金が被害を受け、影響を受ける受給者は100万人にも及ぶと報ぜられている。そればかりか、今後、被害金額を補えずに相当数の企業が連鎖倒産するのではないかとも言われている。不謹慎な書き方をすれば、人が一人、二人殺された事件などより、はるかに広範な影響のある深刻な事件だ。

 当局はAIJに業務停止を命ずるとともに投資顧問会社265社に業務報告をすることを命じた。即日というわけには行かないから一定の回答時間を与えたはずだ。その報告が出てくるまでは、少なくとも報告が提出されてからよりはヒマだったはず。

 にもかかわらず、なぜ、当局はきょうまで強制調査を差し控えていたのか。これが分からない。犬ていどの知恵でもいいから仕事は早く片づけろというのが、「ドッグイヤー」を標榜する昨今の風潮ではなかったのか。ひょっとすると、悪者は浅川某なるAIJ社長に限定するから、それ以外の共犯者は今のうちに自分に関わる証拠を隠滅して逃げなさい、その間、強制調査は見合わせておくから・・・ということなのではないかと、勘ぐりたくなる。

 コイズミ-タケナカ時代に大いにもてはやされた「規制緩和」だが、前提となる(緩和された規制によって)「チェックが抜け落ちたことにより発生した問題」を徹底検証することにより再発を防止するという、本来、「規制緩和」とセットになってなされるべき「事後処置」がこんなにいい加減では「規制緩和」の弊害だけが置き土産になってしまう。

 「何というアホウな国に住んでいるのだろう」、そう思うだけで頭がクラクラしてくる。(3/23/2012)

 ここ半月ほどウォーキングを取りやめて室内のステップボードにしている。7日の晩の花粉アレルギーが激烈で、とても外歩きをする気になれない。録り溜めた「相棒」はすべて見て、ここ一週間は、かつてBSで集中的に放映された時、DVDに録画した「寅さん」シリーズを見ている。

 もう物故者のオンパレード。渥美清、笠智衆、森川信、松村達雄、下條正巳、三崎千恵子、太宰久雄、関敬六、・・・。この人でなくてはダメというほどに役と一体化した世界を作っている。まあ、おいちゃんは三人が演じているわけだから、役者がこれという人物像を作れば観客はそれに引き込まれてしまうというのが真相なのだろうが。・・・松村達雄が下條正巳に代わったのは下町のおじさんにしてはちょっと学がありそうに見えたからかもしれない。

 このシリーズは渥美が患うまでは主にお盆と正月の映画だった。観客の「ハレ」の日向けの映画。その日、日常生活のリズムから自由になった観客は、祭りと初詣の日を商売の舞台とするテキ屋の寅さんに自分を重ね、その非日常を追体験する、これがこの映画のミソだった。

 大部分の観客は「ハレ」の日にのみ、ふだん、自分に課せられている制約を解き放つことを自分に許す。心の底では「自由に憧れ、翼を望んで生き」、できるなら「毎日が素晴らしい、祭りが続く」ことを願っているのだが、そういう放縦を許せば(どういう理屈かは分かっていないのだが)、いずれ、「鎖につながれ船を漕ぐ囚人になってしまう」のだという信仰をもちつつ堅気の生活に身を置いている。晴れやかな日に思うままの非日常を追体験する。これが観客の期待。

 とはいいつつ、観客の多くは、寅さんの恋が成就しないことに、ひそかに安堵している。別に嫉妬しているわけではない。どのような恋も、成就すれば、ほどなく何の変哲もない日常になってしまうものだという抜きがたい予感があるが故に、あのエンディングを楽しむことができるというわけだ。(3/22/2012)

 昼食をとってから**(家内)とサンシャインの中にあるオリエント博物館へ。いつものように新聞屋からもらったタダ券利用。格別のものが展示されているわけではないが、展示物の解説などを読みながら蒸発しつつある「世界史B」の知識を呼び起こすのも意外に楽しい。

 トピックごとに小さいパンフレットが用意されている。有料で1部20円。きょうは「ハンムラビ法典碑」を買った。オリエント博物館にあるのはレプリカ。本物はルーブルにある由。

 中学生のころ、「判決」というテレビドラマが放映されていた。番組の冒頭、波が岩礁を洗う映像をバックにこんなナレーションが流れる、「もし人が絶海の孤島にただ独り暮らすならば法律は要らない・・・」これに続く言葉には正確な記憶がないが、「社会を構成する以上、法律そして裁判が必要になる」という理屈立てだった。(「判決」はいわゆる社会派ドラマで、当時の自民党政権はこの番組を目の仇にし、いくつかの作品はシナリオの書き換え・放送中止などに追い込まれた)

 さて、購入したパンフレットにはこんな記載がある。

■世界最古の法典
 かつてハンムラビ法典が世界最古の法典と呼ばれたことがありましたが、1945年以降、ハンムラビ法典より古いメソポタミアの法典が、3つも知られるようになりました。現在、最も古いのはウルナンム(最近はウルナンマと呼ばれることが多い。在位:前2112-2095年)法典で、2番目に古いのがリピト・イシュタル(在位:前1934-1924年)法典です。これらはシュメール語で書かれています。3番目に古いのがエシュヌンナ王国で制定されたエシュヌンナ法典(前18世紀前半)で、ハンムラビ法典は4番目です。3番目と4番目の法典はアッカド語で書かれています。しかし、法典が刻まれた石碑のオリジナルがほぼ完全な形で残っているのはハンムラビ法典だけです。

 法の淵源をたどると紀元前2000以前までさかのぼることになるわけで、まさに人間にとっての社会は法とともに始まったわけだ。驚くべきはこの法典の立法目的に「強者が弱者を虐げないようにすること」や「孤児や寡婦に正義を得させること」が明記されていること。圧倒的に強者の利益を保護することのみを目的としたのではないかと疑わせるいまどきの法律からみると、当時の社会状況についての理解が足りないことを承知しつつも、よほどに「社会正義」を重視しているではないかと思ってしまう。

 さらに、もうひとつ。有名な「眼には眼、歯には歯」という規定も加害者と被害者が同一身分、実際にはアウィールと呼ばれる上層自由人のみで、ムシュケーヌと呼ばれる一般自由人や最下層の奴隷には適用されない。どこかあだ討ちにおける「逆縁」を連想させる。だが、前提となるその時々の社会通念を取り払ってみると、4千年を隔てても人間というのは余り変わっているものではないのだなという気がした。

 博物館を出ていつもの「みはし」でクリームあんみつを食べてから**(家内)と別れて紀伊國屋へ。先週、トワイライト・ティーに備えて購入を見合わせた本をまとめて購入。「無料配送もできますが」という店員のリコメンドを断って抱えてきたが、新書・文庫も取り混ぜて11冊はちょっと重かった。(3/21/2012)

 小沢一郎の裁判がきのう結審した。長官に小沢の最終意見要旨が載っている。担当した検察官の実名がそのまま記載されているので一部を書き写しておく。

 また、前田恒彦元検事が法廷で「取り調べの初日に、木村匡良・主任検事から『特捜部と小沢の全面戦争だ。小沢を挙げられなかったら特捜部の負けだ』と言われた」と証言したように、「推定無罪」どころか、最初から「有罪ありき」の捜査、立件だった。さらに、形式的には「証拠裁判主義」にのっとって私を2度不起訴にしておきながら、その実、不当・違法な捜査で得た供述調書と「小沢有罪ありき」の捜査報告書を東京第五検察審査会に提供することで、同審査会の議決を「起訴議決」へと強力に誘導した。
 その動かない証拠が、石川知裕元秘書が虚偽記載を私に報告、了承を得たとの供述を維持したという2010年5月17日の田代政弘検事作成の調書と捜査報告書だ。今年2月17日の公判で、裁判長が「検察審査会の再度の議決の判断材料として提供することを予定しながら、違法不当な取り調べを行い、石川に供述を維持させた」「捜査報告書の記載は事実に反する」と指摘された通りだ。とりわけ重大な問題だと思うのは、田代検事自身が法廷証言で「捜査報告書は上司に言われて作った。検察審査会に提供される可能性はあると思っていた」と認めたように、石川元秘書が供述していない虚偽の事実を意図的に報告書に記載し、東京地検がそれを検察審査会に提供したことだ。その悪質さは、厚生労働省元局長・村木厚子氏の虚偽公文書作成事件で、前田元検事が証拠を改ざんした事件を上回るのではないか。
 その虚偽の供述調書と捜査報告書は10年9月、検察審査会が起訴議決をして、私の強制起訴を決めた最大の証拠とされた。検察審査会の議決文が石川元秘書の調書を信用できるとした理由について、虚偽の捜査報告書の内容を踏まえて「再捜査で、石川自身が供述を維持した理由を合理的に説明している」と明記していることで明らかだ。
 東京地検特捜部による強力な検察審査会の誘導はそれだけにとどまらない。先に、裁判長が田代検事による石川元秘書の違法不当な取り調べについて「個人的なものでなく、組織的なものであったとも疑われる」と指摘され、花崎政之検事による池田光智元秘書取り調べについても「利益誘導があった」「取り調べメモを廃棄した」と認定された通り、当時の部長、副部長、主任検事ら特捜部あげての審査への誘導工作だったと考えられる。
 実際、東京地検が検察審査会の再審査に提供した他の捜査報告書を見ると、「小沢は3回にわたる取り調べでも合理的な説明ができず、不自然な弁解に終始した」「政治資金収支報告書に関する小沢の供述は虚偽である」などと、「小沢有罪ありき」の推認の記述ばかりだ。明らかに「起訴議決をしない方がおかしい、強制起訴すれば裁判でも勝てる」と誘導している。仮に、それら捜査報告書と供述調書が他の政治家に関するもので、かつ私がそれを審査する検察審査会の一員だったら、私も「起訴議決」と誤った判断をしていただろうと思うほど、強烈で執拗な工作だ。
 加えて、前田元検事が「東京地検では証拠隠しが行われた。検察審査会は全ての証拠を見ていない」と証言したように、検察の見立てに合わない取り調べ結果は供述調書にせず、そのメモさえ審査会に提供しなかった。
 そのような検察の手法には、司法の支配者然とした傲慢ささえうかがわれる。東京地検は公判開始の9カ月も前の昨年1月に田代検事並びに特捜部副部長による捜査報告書の虚偽記載の事実を把握しておきながら、放置・黙認し、指定弁護士にも、裁判所にも、私の弁護団にも一切伝えなかったと報道されている。特に、強制起訴手続きの前に指定弁護士に知らせなかったのは、言語道断だ。

 ごく真っ当に考えるならば、田代検事による石川秘書取り調べ報告書が虚偽のため証拠採用されなかったという事実ひとつで小沢の無罪は確定的に思える。しかし、この国の裁判は「推定無罪」の原則などはそっちのけで判決が下されることがある。(「推定無罪」という言葉にはいつも違和感を覚えている。検察官には絶大な捜査権が与えられている。捜査上収集した証拠・証言のすべてが法廷に出されるわけでもなければ、弁護側に開示されるわけでもない。これほどのアドバンテージが検察側に保証されている以上、検察官はほぼ一点の疑念も持たれぬように被告の有罪を立証しなければならない。そうでなくては、強力な捜査権、収集した証拠・証言の恣意的なコントロール権を検察官に与える意味はないだろう)

 だが、小沢秘書三人に対する裁判で、頓知の如き屁理屈で有罪判決を下したミスター・推認こと登石郁朗のような裁判官もいる。なにより、霞が関の官僚群にとってここ数カ月は「消費税率引き上げ」の正念場、いかなることがあっても反対派の頭目になる小沢一郎に「復権」されることは避けなければならない。財務省から法務省への締め付けは相当厳しいものになっているはず。出世主義の権化といわれている大善文男裁判長がミスター・推認に続いて大向こうを唸らせるような論理のアクロバットを演じてくれる可能性はまだ十分にある。

 「小沢有罪」の判決を下すとしたら、大善裁判長には登石裁判長とは違う趣向を望みたい、またまた「推認」では曲がない。まあ、そのときはそのときで「この時代のこの国の裁判官はこんなことまでやった」という記録をすることにしよう。「愚行の葬列」を目撃、記録、「見ぬ世の人」に伝えるのも、また人生の醍醐味かもしれない。4月26日午前10時に設定された判決言い渡しの日が楽しみだ。

 有罪となれば、当然、小沢側は控訴するだろう。朝刊によると、検察官役を務めた大室俊三指定弁護士は、控訴審になった場合、また指定弁護士を続けるかどうかについて問われて、こう答えたそうだ。「『やらざるを得ない』『もういいよ』の両方の気持ちがある」と。結審の当日の質問にネガティブに答えるわけにはゆかなかったのだろう。心から同情する。(3/20/2012)

 昨夜のコンサートはすごくよかった。「人の望みの喜びよ」や、「アランフェス」といった定番の曲以外に塩谷のオリジナル曲を入っていて、この演奏がすばらしかった。塩谷、村治、一応クラシックのカテゴリーに分類される二人が「swing」していた。聴く喜びを満喫。すごく楽しかった。

 村治佳織のトークにあった「スペイン」の話、どうも、きのうからタブロイド判になって本紙から独立した「GLOBE」からのものだったようだ。筆者は堀越千秋。(村治がトークに使った部分に下線を引いておく)

見出し:[アート特派員]なぜスペインには天才芸術家が多いのだろう
 アルタミラ洞窟のクロマニョン人も、ゴヤもピカソもミロもダリも、スペイン人である。美術以外の芸術分野にも、スペイン人はたくさんの天才を生んできた。
 何でなのか? 僕に分かりっこないが、長年スペインで生活してみると、思い当たる節がある。
 まず、良くも悪くも自分勝手である。小学校で先生が「分かった人は手を挙げなさい」というと全員が挙げる。当ててみると、実は分かっていない。鬼ごっこをしてつかまった子が「つかまっていない」と強弁する。僕の娘は昔、よく悔し泣きをしていたものだ。そのくせ、他人が本当に困ったり苦しんだりしていると、天使のように助けてくれたりもする。試しにスペインの道で寝転んでみたら分かる。「どうしました?」と声がかかるだろう。日本なら、親切な人が呼んでくれた警察官が取り締まりに現れる。
 欧米語で敬語があるのはスペイン語だけではあるまいか。つまり、自分勝手でありながら、他人に優しく、気配りと敬虔さがある。
 これが芸術表現を支える大きな心のもとではないだろうか。一見矛盾しているようでもあるが、芸術というのは、相反する二者を一つの中に昇華する仕事なのである。よく言われる、細心さと大胆さ、複雑にしてシンプル、男性的にして女性的、聖と俗、などなど。
 僕は若いころ、デッサン(形)と色彩という二者の背反に苦しんだ。それが実は背反するものではなく、一つのものだと実感できた時、絵は進んでいるのであった。
 芸術の国スペインではあるが、工芸となるとどうも雑である。スペイン人の表現は、どうしてもまず「自分の心」を語ろうとするので、モノに即して、モノの語る言葉に耳を澄まそうとはあまりしないのである。
 木工師が「木の心を聴く」だとか、染織家が「藍ガメのつぶやきと語り合う」などというような、モノと語る習慣は、スペインには少ない。せいぜい牛と語って闘牛をやるくらいだ。それが裏目に出たのが、絵画の修復である。
 僕はこのごろ、あの世界の宝庫プラド美術館に行かない。修復が稚拙だから、たくさんの名画が台無しになっているのだ。
 絵の中のシャツの白さは、絵の具の生の白ではありえない。そんな初心者でも知る基本を無視して、ハンカチも白雲も、同じ白になるまで、プラドの修復家たちは洗浄してしまう。ベラスケスもゴヤもグレコも、犠牲者である。
 権威に弱いのは日本人だけじゃない。怒っているのは僕だけだ。プラドへ行ってご覧なさい。名画は裸です。もう、元には戻らない。

 この記事を信ずるならば、イタリアよりは先にスペインに行った方がよさそうだ、もう間に合わないのかもしれないけれど。(3/19/2012)

 朝刊の読書欄、ニュースの本棚で中沢新一が「吉本隆明の経済学」という見出しでこんなことを書いている。

 農業の問題も、吉本さんにとっての大きなテーマだった。農業では貨幣が介在しないところで、自然の循環をもとにした生産がおこなわれている。そのために農業地帯はおしなべて貧困で、農業人口もどんどん減少している。しかし人間は農業が生み出す食料がなければ生きて行けない。この矛盾をどうするか。
 交換経済ではなく、贈与経済だけがその矛盾を乗り越える可能性を持つ、と吉本さんは考えた。農業者から食料を得るために、都市生活者は等価交換によらないで積極的に自分の富をあげてしまう、贈与のやり方を採用する必要がある。そうなると経済世界は、根底から変化していくことになるだろう。未来の経済学は、このような新しい贈与論を組み込んだものにならなければならない(このあたりの議論は『マルクス――読みかえの方法』などに出てくる)。

 なかなか面白い着想。おそらくモースの「贈与論」の周辺から、マルクスが行った資本主義批判を再構築する意図があったのだろう。それは「共同幻想論」で天皇制の前に立ち尽くした吉本が「南島論」(筑摩の「展望」に連載されたころのものしか読んでいないが)で捲土重来を期した、あの発想法だ。

 少なくとも「南島論」のその後を見れば、「贈与経済」の可能性についての吉本による展開も、あまり成果のないものになったのではないかと思う、偏見だが。

 そろそろ、支度しなくては。これから**(家内)と入間市民会館。「塩谷哲&村治佳織コンサート」。(3/18/2012)

 きょうは横浜。スカイビルの27階。本来ならいい眺めのはずが、あいにくの雨。

 旧放送局メンバー(**さんがはじめ放送局にいたとは知らなかった)と**という顔ぶれで、11時半から3時までゆっくりランチ&アフタヌーン・ティー。

 いつも思うこと。人間いくつになっても、必ず悩みはあり、けっしてなくならない。はたから見て、たいしたこととは思えぬことも、主観的な重さ軽さはまた別の話。

 だが、それを口に出して語るということには、「意味」というか、「効果」がある。他人に語る時、その悩みの客観的な「量目」が自分の中で計り直される。「友に話す」というのはそういうことだ。何をしてあげられるわけでもなく、何をしてもらいたいわけでもない。語るに足る相手であればいい。

 いくつになっても悩みがあり、それとつきあってゆかねばならないということは、この歳からあとはできる限りたくさんのポケットの用意を心がけておかねばならないということ。まあ、そういう「打算」はどこかに隠して、なるべく交友の範囲を拡げることにしよう。その中から語るに足る相手を見つければよい。変にリクツっぽく話を整理したがるようなスジの悪い奴はやはり最初から願い下げだし、あまりテカテカ・ベタベタする関係もまた煩わしいだけで敬遠したい。なかなか難しいか、呵々。(3/17/2012)

 吉本隆明が亡くなった。影響を受けたかどうかは別にして、その著作をずいぶん読んだことは確かだ。その証拠にリスニング・ルームの書棚には勁草書房から出ていた「著作集」が第2巻と第3巻の「初期詩篇」を除いて13冊並んでいる。全集は他に吉田秀和と林達夫くらいしかないのだから、やはり相当に「入れ込んでいた」ことは間違いない。

 しかし吉本を読んだのは「最後の親鸞」くらいまでだった。仕事が忙しくなったせいというよりは、結婚し子どもが生まれることにより、気取って書けば「『生活者』にコンプレックスを抱かなくなった」、もっと正直に書けば「『生活者』を客観視する余裕などなくなった」からだった。

 だから80年代からあとの「ハイイメージ論」やら「『反核』異論」、「超・戦争論」などは読んでいないし、立読みすらしていない。もっとも吉本が07年に刊行した「自著を語る」では71年の「心的現象論序説」までしか取り上げていない。おそらく吉本自身もそのあたりまでが脳髄を絞った「仕事」であって、それ以降は「年金生活」に入ったのではないか、そんな気がする。

 吉本の作品で印象に残っているのは「言語美」でも「共同幻想」でも、未完の「心的現象論」でもない。学生時代に刊行の始まった筑摩の「日本詩人選」に収められた「源実朝」だ。なぜ吉本の本の中ではあまりふれられることのない「源実朝」が記憶に残ったのか。数年前、会社生活の晩年になって読んだ田川建三の「思想の危険について」を読むまでは、それを不思議に思うことすらなかった。

 田川の本は「吉本隆明のたどった軌跡」という副題で知れるように鋭く吉本を批判したものだが、その冒頭あたりで彼は吉本の実朝分析を非常に評価している。田川は、吉本が実朝の和歌を実朝の内面からではなく、将軍という「制度」へ向き合うことを強いられた実朝の状況から読み解いたことを評価しているようだった。会社勤めを始めたばかりのオレが「源実朝」を印象深く読んだのは、ひょっとするとそういうことだったのかもしれないなと思った。と、同時に、「言語美」をはじめとする吉本の吉本らしい(とされる)本がファッション以上には我が身につかなかったことも、そのときに分かったような気がした。

 しかし、それでも・・・やはり、吉本隆明は、いまも「問題」の提供者ではある。放り投げたままになっている「天皇制」を考えることでもあれば、戻ってくることもあるのかもしれない。(3/16/2012)

 気持ちのいい天気。いつも家を出るまでグズグズして時間がタイトになる。きょうはかなり早く出た。紀伊国屋新宿南でゆっくり。

 1年経ってフクシマ事故に関する本も出そろってきた。つい先日、発表されたばかりの独立検証委員会「調査・検証報告書」、岩波から出た「検証福島原発事故・記者会見」、「ヒルズ黙示録」で名をあげた大鹿靖明による「メルトダウン」、「現場監督の遺言」は平井憲夫が指摘し続けたことからフクシマ事故を照射した本だ。その他にも、一連の報道の中で評価が一番高かった東京新聞取材班による「レベル7福島原発事故」(出版元が「売らんかな主義」横溢の幻冬舎というのが「疵」だが)、朝日朝刊に連載されている「プロメテウスの罠」(第6部までを収録した本。朝刊の方は現在第8部)など、いずれ貴重な記録になると思う。

 森功の「なぜ院長は『逃亡犯』にされたのか」はタイトルも刺激的だが、腰巻きの惹句もすごい。「行政と自衛隊は老人50人の命を奪った! 現れない救援車両、真っ暗闇の院内、病院の車で逃げた自衛隊員―その中で孤軍奮闘する医師たちが着せられた汚名。放射能がとびかう中での『報道の暴力』」とある。お手盛り報道の力もあって、この震災で大いに点数を稼いだ自衛隊にとっては都合の悪い話のようで立読みしてみたが、事実関係をきっちり書き込もうとしたためか若干ゴチャゴチャしていて立読みには向いていなかった。

 やっと翻訳されたものの入手難の感のあったデヴィッド・ハーヴェイの「資本の<謎>」を手にとることができた。期待通りかなり面白そう。

 その他、中島義道の「ヒトラーのウィーン」と鬼頭春樹の「禁断二・二六事件」が目についた。鬼頭の本は河出だが、河出からは河野司の「二・二六事件秘話」の復刻版が出ていた。河野の著作は二・二六事件を知るためには必須のもの。復刻するのなら「獄中手記・遺書」にして欲しかったと思うが、分量から考えて、高価になり、あまり売れないと予想した(30年ほど前の価格で「秘話」は1,200円、「手記・遺書」は3,400円だから、復刻版は5,000円前後になりそう)のかもしれない。ただアマゾンの中古本では12,000円の値がついている。当時、買えなかった身としては是非とも出版社としての義務を果たして欲しいと思う。きょうはあまり荷物を多くしたくなかったので「資本の<謎>」のみを購入。

 早く出たのは正解だった。3階から5階までの本棚をかなり丁寧にチェックしてから余裕をもって「マリアージュ・フレール」へ。アフタヌーン・ティーというには少し遅く、ハイ・ティーというにはちと早い時間帯。「トワイライト・ティー?」・・・「そんなのはない」そうだ。(3/15/2012)

 たったいま、地震。夕食中にも三陸沖で地震があり津波警報が出たばかり。去年の地震からあと、地殻変動の活性期に入ったというのは事実のようだ。それでも既存の施設にほとんど手を入れることなく、原発の運転を継続しようというのだから、まさに狂気の沙汰。

 朝刊の「原発列島ニッポン-安全なのか」というコラムに工藤和彦なる人物が屁理屈を開陳している。曰く、「明暗を分けたのは津波。こちらは認識が不十分でした。国や事業者、専門家は反省すべきですが、今までの安全審査を全否定することはない」、曰く、「リスクは決してゼロにはならない。安全をどこまで求めるかは、技術だけではなく「社会がどこまでなら許すか」で決めることです」、曰く、「経済やエネルギー確保の面での大きなリスクを避けるには、安全上のリスクを含むものでも使う必要がある。経済性とのかねあいもどこかで考えないといけません」、曰く、「たとえば高さ100メートルの津波はない。やはり、どこまで備えるかの「程度の問題」では。どういう時が危ないか、どこが弱いのか。具体的な議論を尽くせば、おのずと道は見えてくる。どこかで線引きしなければ世の中は成り立ちません」。

 こいつはバカそのものだ。リスクはゼロにはできない以上、引き受け可能なリスクについてのみ比較較量の対象になる。引き受け不可能なリスクは最初から論議の対象にもならない。この大原則が分かっていないのだから。

 化学反応レベルのエネルギーならば、想定外の事故が起きても被害の範囲と影響は、その場の近くにいた人間と、その時代の人間にとどまる可能性が非常に高い。引き受けてもいいリスクかどうかの検討の対象にはなり得る。しかし、元素を構成する原子レベルに手を突っ込んで得られるエネルギーは、想定外の事故が起きれば人間の手に負える範囲をはるかに超えてしまう。引き受けることができないリスクであることは自明。

 工藤よ、お前は津波が発生したから事故になったのだということを「証明」したのか。フクシマ事故の実態も、プロセスも明確になっていない現段階で「明暗を分けたのは津波」などとよくも言えたものだ。原子力村の住民として「そうあって欲しい」と念じているだけのことではないのか。

 そもそも、「水を被ったらこんなことになってしまいました」などという、そんなレベルの「今までの安全審査」など全否定されて然るべき、まさに児戯に類するインチキ審査ではないのか。子ども並みの言い訳しかできないようなバカたれが「安全審査会会長」を務めていたことが今回の事故の根源にある。

 工藤よ、お前は本来なら腹を切ってお詫びしなければならない立場ではないのか。自分で腹を切れないのなら、我々は、こういう男は死刑にすることを検討した方がいい、八つ裂きにしても足りない欠陥審査の責任者だったのだから。死刑に相当する犯罪者の分際でチャラチャラと「どこかで線引きしなければ」などと他人事のような口ぶりでしゃべるな。人非人は死ね。

 ・・・とまあ、こういう「懲りない犯罪者」がしたり顔でいるのをみると、思わず知らず血圧が上がってしまうものだ。

§

 **さんからメール。同期会の出欠回答の出足が悪く、幹事連は気をもんでいる由。1泊、バス貸し切り、3万円という思い切った設定にした関係上、数がまとまらないうちは落ち着かないのだろう。回答期限は来月初めということでおっとり構えていたが、さっそく出席メールを出しておいた。

 近況欄にはこう書いた。「年金生活も、はや、4年目に突入。春の花粉症以外は平均的な加齢現象(飛蚊症、物忘れなど)ていどで、体調には格別のこともなく、おおむね読書とDVDを観ながら日々を平穏に過ごしております。最近の趣味は『意地の悪い眼で、衰退に向かいつつある、日本を見ること』になりました、哀しいことですが・・・」。(3/14/2012)

 大阪君が代ラプソディー。君が代斉唱を条例化した大阪府ではきょう府立高校の卒業式があった。府立和泉高校(現在の朝ドラ「カーネーション」のモデル・小篠綾子が在学した女学校が前身)では、校長命令により、教員が起立したかどうかに加え、実際に歌っているかどうかについて口の動きを教頭がチェックした由。

 件の校長(中原徹、橋下徹の大学時代の友人とか)は府教委に、「他校の校長は斉唱しているかどうかまではチェックしていないと思われるが、本校では小職の命令によりきちんと確認させた」と自慢げに報告したというから大嗤い。

 トオル市長に忠義立てするトオル校長の小役人根性も嗤えるが、教員全員の口の動きのチェックを命ぜられた教頭は「国歌斉唱」する余裕などあろうはずもない。このマヌケな校長は「教員は君が代斉唱をするように」と命令する一方で、「教頭は君が代斉唱をしなくともよい」と命令したことになる。そのこと自体がもっと嗤える。

 どうやら、君が代はいまや「国歌」ではなく、忠節心を測る「ツール」に成り下がってしまった。いっそのこと、「ご真影」を飾って遙拝でもさせたらいかがか、呵々大笑。

 さて、嫌がらせソング君が代、バンザ~イ。それにしても挽歌を大合唱する無教養と狂気の寒さよ。(3/13/2012)

 半年間続いた朝日の紙面モニター、最終回分をアップ。1週おきに全12回。けっこう追いまくられたという印象。案外、新聞を読んでいなかったのだなという実感も。

 連続してモニターに選ばれることはないが、もう応募しても依頼されることはないだろう。日頃の記事を相当辛辣にこき下ろしたから。最終レポートになったきょうはこんなことを書いた。

 はっきり言って最近の朝日をあまり評価していない。見比べる範囲で書けば東京新聞に替えたい時もある。割り付けに慣れ親しんでいるからそうしないだけだ。一部週刊誌や知的レベルの低い連中からのヒステリックな朝日批判に怯え、妙に萎縮して書くべきことをきちんと書かず、「マスゴミ」の平均にあわせるような記事には辟易している。朝日にはクオリティ・ペーパーであって欲しいし、木鐸という言葉も忘れて欲しくない。仮に購読料が5千円でも、ウェブ論座レベルの視点、かつ海外ニュースの量と質を確保してくれるなら、我が家は購読する。大衆の平均を50とするならせめて65から70ぐらいを望みたい。まあ商業新聞としてはそうもゆかないのかもしれないが。

 ちょっとばかり偉ぶった俗物の口ぶりに痺れたり、それを真似たいのなら読売でいいし、とにかく価格が安ければいいというのならサンケイで十分だ。しかし、いくら偉そうに書いてくれても中味がスカスカの「命令口調」に価値を認めるほどバカではないから読売なんぞをとるわけにはゆかないし、安物買いの銭失いは愚の骨頂と思っているからサンケイなど端から論外だ。パワーダウンしたままの毎日にも食指は動かないし、クオリティ・ペーパー風のブランディングで売っている日経などは、仄聞する社内事情によれば、わざわざ高いカネを出して腐りかけのものを買うようなものだ。

 その昔、マスターネットで朝日嫌いのおばさんが「ぶっているところが嫌い」と書いていた(日経などの方がよほど「ぶっている」と思うが・・・呵々)が、仮に高踏的であっても上から目線でもオレは一向にかまわない。極端な話、ナベツネの口ぶりでもいいのだ、中味がうなずけるものならば。

 誰にも分かる例をあげるならば、桐生悠々の「関特演を嗤ふ」のような記事。おそらく、当時の偏差値50の国民にとっては、桐生の論は、軍部が怖いというより、その論理において「高踏的」でありすぎてなじめなかったろう。ごくふつうの人間にたいした想像力はない。そもそも空襲の経験がない当時の国民には紙と木でできた家の危うさには想像が及ばない。津波が原発を襲う可能性に思い至らなかった原子力関係者、いちおうは科学者の端くれだったはずだが、あのプアな連中のていたらくを見れば、「そんなものかもしれない」と思い当たるはずだ。桐生の「関特演を嗤ふ」を読んだ平均的読者は「皇軍に批判的であること」に反感を持つよりは、「ぶっているような書き方」に反感を持ったという方に近かったろう。

 だからこそ、逆に、そういう記事、そういう論説こそが読みたいのだ。まあ、それを望むのはますます難しくなっていると思うけれど。したがって、とうぶんの間、単に子どもの時から慣れ親しんだ割り付けというだけの理由で惰性的に朝日をとり続けることになるだろう。じつに残念な「理由」だが。(3/12/2012)

 新国立劇場でワーグナーの「さまよえるオランダ人」を観る。全3幕構成版。休憩を入れて3時間超。

 以下、プログラムから転記しておく。指揮:トマーシュ・ネトピル、演出:マティアス・フォン・シュテークマン。配役は、オランダ人:エフゲニー・ニキティン、ダーラント:ディオゲネス・ランデス、ゼンタ:ジェニファー・ウィルソン、エリック:トミスラフ・ムツェック、マリー:竹本節子、舵手:望月哲也。

 オペラを生で見るのは生まれて初めて。面白さも知らなければ、これだけは感得しておこうというポイントも分からない。もちろんのこと巧拙などについて判断のしようもない。それでも第1幕の1時間弱、休憩を挟んだ後の第2幕と第3幕の1時間半ほど、時計を見ることもなく一気に観られたのは引き込まれるものがあったからだろう。

 とはいえ、その間、「ヒロインは美人という設定でも、これだけの声量で舞台を務めるためにはあれくらいのボディが必要なんだろうが、ナンだかなぁ・・・いいよ、ゼンタは精神の女性らしいから。でも、ふくよかだよなぁ・・・これが『椿姫』のようなシナリオだったら、眼をつぶってみなくちゃ観られないよね、きっと・・・そうかぁカラスの人気というのはそれだったのか・・・」などなど、ずいぶんオペラ鑑賞というにはほど遠いことをあれこれと考えていたのだが。

 **(家内)ともども「これがオペラ」を観て、いささか興奮気味にかえってきた。チケットを取ってくれた**(息子)に感謝。(3/11/2012)

 きょうも雨模様。たぶん昼前には上がると思ったが、ステップボードにした。花粉のこともある。おとといの夜の症状ですっかり臆病になってしまった。

 「相棒」の録画在庫も切れた。録画一覧の中に一年ほど前に録画しておいたNHK特集「北方領土 解決の道はあるのか」を見つけ、ステップ昇降を繰返しながらそれを見た。

 詮ずるところ「北方領土問題」は「四島一括返還論」と「二島先行返還論」に集約される。番組はこのふたつをそれぞれに主張する二人の外交官を登場させていた。元外務省審議官の丹波實と元外務省欧亜局長の東郷和彦。丹波は四島一括返還の立場からこう言う、「領土問題は国家の柱、国家の座標軸だ。これを簡単に動かす国は世界に軽蔑される。歴史の正義を求めなければならない」、東郷は二島先行返還の立場からこう言う、「何をテコにしてロシアを動かすのか、自分が不愉快だという気持ちだけを主張していたら永久に北方領土は返ってこない」。

 まず、国後島と色丹島の現在が紹介された。ソ連崩壊直後、人口の三分の一が流出した色丹島は、日本からの人道支援物資がかろうじて残った島民の生活を支えていた。当時、島民の一部には日本への帰属を希望する者まで出た。プーチンが大統領に就任するや、彼は四島に対し強力なテコ入れを行い、いまやそういう声はなくなった。そして、2010年(番組では「去年・・・」)11月、メドベージェフはこれらの島を政府首脳としてソ連時代を含めて初めて視察した。実効支配はもはや後戻りできないところまで進んでいるように思われる。

 領土問題というと過剰に熱くなる人がいる。とくに北方領土は竹島や尖閣のように無人島だったわけではなく(尖閣には一時期、数十戸の住民がいた時期があった由)相当数の「日本人」が居住していたことから、「我が国民が父祖伝来の地として受け継いできたもの」という言い方を好んでする。なるほどロシア人がこれらの島に住むようになったのは戦後の話なのだから、これに怒りを覚えるのは当然のことに思える。しかし、じつは、この表現にはふたつほど「疵」がある。ひとつは「父祖伝来の地」における「父祖」が無条件に「日本人」といえる人びとだったのかということもうひとつは「父祖伝来の地」であることが領土であることを自明とする根拠になり得るかということだ。本来はそのあたりまで踏み込んで考えるべきなのだが、番組はそれはしていなかった。

 しかしロシアは領土問題を日本ほど頑迷に「寸土たりとも譲れない」もの、丹波實の言うように「国家の柱であり、座標軸であり、これをないがしろにするような国は世界の笑いものになる」とは考えていないらしい。番組はそれをうかがわせる事実として、こんなことを紹介していた。

 ここ20年ほどの間にロシアはじつに8カ国との間で領土問題を解決したのだそうだ。8カ国とは、ノルウェー、ラトビア、リトアニア、ウクライナ、アゼルバイジャン、カザフスタン、モンゴル、中国。その多くは我々がよく知らない国境紛争だが、唯一、冷戦時代、我々が興味津々見守っていた「中ソ対立」の火種だったウスリー河の中洲にある珍宝島(ロシア名:ダマンスキー島)に代表される3島の領有権問題も2004年に最終解決を見ていた。番組の伝えるところによれば、「ロシアが実効支配していた3島をすべて中国に帰属することで決着したという。ロシア国内には中国に譲歩しすぎているという批判があったと伝えられるが、当時のプーチン大統領の狙いはシベリア開発への中国資本の導入にあったらしい。圧倒的な支持を獲得していたプーチンだからこそできた話かもしれない。

 国家の三要素は国民、領土、主権であるが、領土も主権も国民を養ってナンボのものである以上、それに対する駆け引きはあって当然のことだ。現に我が国は、きょう現在も、日米安保条約に伴う地位協定により「主権」の一部をアメリカに譲り渡しているが、そのことを危ぶむ者はほんの一部にとどまる。その一方で、領土にのみ神経質になり相手のある交渉の手足を四島一括という理想論で縛ってしまってどうするのか。ずいぶんアンバランスな感覚で、とても正気とは思えぬ。

 だいたい都市集中がますます進み、過疎地は拡大、耕作放棄地がゴロゴロする状況で、北のはずれの離島にどれだけの国民が住みたいと希望するのか。漁業権などを確保しながら、領土権と領海権に関する実際的な交渉を展開する方がよほど国民を養うのには役立つはずだ。「四島一括返還」などというかたちばかりの「理想論」で自縄自縛に陥り、ロシアの実効支配の伸張をただ指をくわえて見ていることにどんな利益があるのか。この話、どこかいわゆる拉致問題に似ている。杓子定規なことばかり言って、対立することだけが目的化し、なにも進まず解決しないことをひたすら祈っているのではないか・・・そう勘ぐりたくなるように振る舞っている。(それはまさにアメリカの望んだシチュエーションなのだが)

 番組の終盤に登場したアレクサンドル・パノフ(96年から03年まで駐日大使を務めた)は北方領土に関する外交交渉における日本の印象をこうのべていた。「日本には真剣味がない。日本は最善の結果が約束されていないと交渉すら始めない。我々には理解しがたいことだ」。たぶん、パノフが言いたかったのは、領土問題の「実効的解決」こそが、国民、国家にとって役立つのに、そういう最終目的を忘れた「世界から笑われない」ことだけを目的にしたような「外交交渉」こそ、逆に「世界から笑われる」ものだ・・・と、そういうことなのだろう。

 先日のプーチンの記者会見における北方領土コメントを聞いて、一部のバカマスコミは「プーチンに騙されるな」と反応した。ほんの少しでも北方領土に関する日ソの交渉史について調べたことがある者であれば、我が方が、「二島先行」どころではなく「二島返還」で最終決着を図ろうとしていた時があったことを知っているはずだ。その「二島返還決着」に圧力をかけたのが当時のアメリカ国務長官ダレスであったことも番組では紹介されていた。つまり、日本が「四島一括返還」にこだわるあまり本質を忘れ、なかなかロシアとの協調関係を築けないという事態こそ、アメリカが望んだシチュエーションであり、戦後六十数年を経ても解けることのない呪文だということなのだろう。(3/10/2012)

 なぜだろう、最近は金曜日があっという間に来る。仕事に忙殺されて、気がついたら一週間経っていたということなら分かるが、そういうことではない。会社勤めの「晩年」はなかなか金曜日が来なかった。月曜日の朝、家を出る時、「ああ、また一週間か、長いぞ」などと思ったものだった。しかし、いまは「アッ、もう金曜日か」という感覚。

 ノーストレスのせいだろうか、時間がまさに飛び去るように過ぎて行く。長い日曜日の午後のように思っていた「老人の時間」が、存外、束の間のティータイムのようにすぐに「夜」になってしまうのかもしれない。まだ、それなりの判断力のあるうちに、この書棚のバックログの消化を心がけよう。人生、すぐ先の角に何が待っているかは分からないのだから。

 この週末から次の週末まで珍しく外出などが立て混んでいる。午後、如水会館で開催のシンポジウムに行く予定でいたが、少し余裕をもちたくてとりやめにした。(3/9/2012)

 きのうの夜はひどかった。声は鼻声、鼻水は止まらず、たびたび両方とも詰まり、呼吸困難。全体に熱っぽい感じ。口を開けて寝るせいで喉がひりつく。夜中、3時過ぎにお手洗いに立ってからは、もう寝られない。輾転反側すること小一時間。とても寝られぬと4時には起きた。花粉の季節、無理に歩くのはやめた方がいいかもしれない。

 早く起きたので、眠気を覚える前にと朝のうちに朝霞税務署へ。相談つきの方は長蛇の列だが、確認のみで提出の方は3人ほど並んでいるだけ。ものの5分も経たずに順番がきた。医療費の領収書のみ専用の袋を渡され、住所・氏名・提出日を記入したのち、そちらに入れてくれとのこと。受け付ける係員は税務担当ではない職員が応援に出ているらしく(**(家内)の話ではアルバイトではないかとのこと)、添付した年間取引報告書や配当金計算書を見て「これも提出するのですか」などという。「ええ、毎年、添付してますよ」というと、「そうですか」との答え。大丈夫かなと逆に心配になったが、まずはこれでことしも確定申告完了。

 日記を見ると去年は3月10日の提出で4月1日に還付金が振り込まれていた。結局、ことしも同じような時期になってしまった。そうだった、去年は税務署から戻る途中で給油、満タンにした翌日、あの地震があったのだった。

 あれから1年。いまから思うと、阪神淡路の地震からの復興は速かった。地震被害だけだったからだ。しかし今度は違う。地震に津波、それだけならばまだしも原発事故という人災が重なった。三重苦。絶対に許容されない原子力事故が起きてしまったことが「災害」の様相も、復興への努力の質も変えてしまった。がれきの引受が遅々として進まないのは放射能汚染が与える心理的影響が災いしているからに他ならない。フクシマ事故が被害の相貌を異次元のものにしてしまったのだ。

 憎んでも余りある原子力村の詐欺師ども。どうしてもきのう書いたことに戻ってしまう。あの犯罪者どもを処罰しないのは社会正義に反する。1年前、三文映画の台詞を借りれば、「事件は現場で起きている」にもかかわらず、福島から遠く離れた場所のテレビ局に身を置き、したり顔で何の役にも立たない空疎なウソをベラベラと垂れ流していた奴ら、あの卑怯な人非人どもに責任をとらせたい。奴らに、ご推奨の「すばらしい原子力発電所」の後始末をさせたい。

 神様がいるとしたら祈りたい、「どうぞ、奴らに放射線障害による疾患があらわれ、奴らが塗炭の苦しみの中でもがき狂って死にますように」と・・・、「奴らに、幾人もの原発作業者のような、いや、あの作業者たち以上の病苦に血反吐を吐く苦しみを味わい、のたうちまわる日々を十分に味わってから、ジワジワと死んでゆきますように、虫けら以下の存在にふさわしい死を迎えますように」と・・・。奴らはそれに値する犯罪者集団だと信じる故に。(3/8/2012)

 4日ぶりにいつものコースをウォーキング。12時少し過ぎに家を出て、**(家内)と新所沢へ。朗読の会リハーサルに立ち会って、マイクのセッティングや放送機材の操作などを説明。先週に続いて二度目。きょうは、こちらは手を出さずに最後のシステムのシャットダウンからマイクの片付けまで、手順通りにやってもらえることを確認。これくらいやれれば、あさっても大丈夫だろう。しかし、まあ、なんとおばさんたちは元気がいいことだろうか。こちらはちょっとばかり疲れた。

§

 朝刊にスリーマイル島事故の処理に関わった技師の話が載っている。

 原子炉には177体の燃料があったが、「炉内の状態は想像とまったく違っていた」という。カメラを入れたら、炉心は原形をとどめず、ぶつぶつとした細かな石のようなものが見えた。溶融分は炉心の約45%に上った。
 幸い圧力容器は損傷しておらず、水を満たして溶けた燃料を冷やし続けることはできたが、微生物が繁殖して水を濁らせ、作業を妨げた。
 85年に始まった燃料取り出しでは、原子炉上部に置いた鉛の板の上に作業員が立ち、板のすき間からクレーンを下ろし、先端に取り付けたクリップ状の器具で燃料を少しずつつまみ上げた。クレーンを扱う作業員の被曝量は毎時0.1ミリシーベルトほどだったという。
 4年以上かけて、原子炉建屋から燃料の99.5%が取り出され、アイダホ州の国立研究所に運ばれた。取りきれない0.5%分は、核分裂反応が連鎖する再臨界を起こさないことを確認した上で、90年1月、取り出し作業は完了した。
 93年からは保守管理が続いている。といっても、年に1度、建屋に入って放射能などを点検する程度という。原子炉容器の底部や原子炉につながる配管の内側に放射性物質が残る。事故で建屋内にあふれた放射能汚染水が壁にしみこみ、建屋地下の線量は今も毎時約10ミリシーベルト。人を寄せ付けない。
 燃料取り出しの費用は10億ドル(現在のレートで約800億円)。この後、運転中の1号機と合わせて2034年に廃炉にする。除染などはこれ以上行わず、廃炉まで現状を維持するための管理を続けるという。

 記事は続けて「福島の作業量は10倍以上」と見出しして比較をしているが、この後の記事は話半分、眉唾ものと言った方がいいだろう。

 スリーマイル島事故ですら「想像とはまったく違っていた」というのだ。圧力容器は確定的に壊れ、どれほど軽く見積もっても格納容器まで損傷した福島の作業がスリーマイル島事故を基準にした議論ですまないことは間違いない。もう数週間であれから33年。福島が30年で片付くと考えるのは我が原子力村の詐欺師軍団ぐらいのものだろう。背負わされた荷物は尋常のものではない。

 いま、また原発の再稼働に向けて蠢動し始めた詐欺師軍団を見ていると、腹の底から軽蔑の念がこみ上げてくる。そして夢想するのだ。まず奴らに口枷をはめ、足に逃亡防止の鉄球をつけ、福島の現場作業の第一線に従事させたい。いい加減な安全神話をばらまき、甘い汁を吸い続けた罪過を償わせたい。それこそが「想定外」野郎の残りの生涯であるべきだろう、と。

 奴らを福島で飼い殺しにしてやりたい。あんな連中は食わせるだけで十分だろう。いままでウソ八百を並べてたんまり稼いできたのだ。死なないていどに食わせてやればそれでいい。奴らに責任をとらせてやろうじゃないか。

 人権?、奴らにそんなものを認めてやる必要はない。死んでしまう?、けっこうだ、どんどん死んでくれ。奴らも己の信念に殉じて放射線障害で死ぬのなら本望だろう。

 もし奴らのご立派な「知恵」で30年以内に片が付いたら、奴らも名誉回復できるというものだ。そのとき、はじめて多少の人権を認めてやればよい。(3/7/2012)

 雨が降っていたのできょうもステップボード。さすがに「相棒」の録画ストックも残り2回分ほどになった。1万歩となると2時間弱。スペシャル版か、通常版の2回分相当。最初の1回分が終わったころには雨は上がり、2回目がラスト前のコマーシャルタイムにさしかかるころには空がずいぶん明るくなってきた。

 おもしろいブログを見つけた。「産経新聞愛読者倶楽部」という。ここで最近盛り上がっているのは「誤記不敬事件」。先月22日付のサンケイ朝刊「正論」欄に掲載した井上寿一の寄稿記事に、なんと今上の名前を「昭仁」としていたというもの。正論文化人が無教養のバカであることは先刻承知だが、バカの誤記をそのまま掲載する方もお粗末。サンシタ新聞に取り柄などというものがあるとしたら、せいぜい皇室への過剰な配慮ぐらいのはずだが、それがこれのていたらくでは存在理由に関わるというものだ。

 しかしこのブログが怒り狂っているのはそれだけではない。サンケイが翌日の朝刊で

おわび 22日付け7面の「正論」欄の「なぜ今、昭和天皇とその時代か」と題する寄稿記事の中で、「昭仁皇太子」とあるのは、「明仁皇太子」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。

 と「他人様の誤りには厳しく身内の誤りにはまるでなかったことのように」しゃらっと言い抜けるいかにも今風のマスコミセンスにもご立腹の体。

 この熱狂的「愛読者倶楽部」は相当のキャリアのある人びとの集まりのようで、高松宮の薨去の際(87年2月3日)、サンケイ夕刊が宮の事績を紹介する写真として、これまた、あろう事か、三笠宮の写真を掲載してしまった事件をあげ、その際のサンケイとしての対応の違いに言及している。(まあ、存命の宮の写真を掲載してしまったのだから、「罪」の重さには相当の違いがあると思うが)

 他にも、最近の記事をざっと見た範囲では「大連は満州国ではありません」(これは大連の支配権をいかにして日本が獲得するに至ったかの歴史を知らないから犯す間違い)や、「日韓基本条約には請求権は書かれていません」(多少重箱の隅という気もしないではないが、外交問題の基本認識を最初の第一歩で誤ると時にとんでもない話になるし、まして場合によってはつかみ合いの喧嘩になるような問題について、足元をすくわれるような間違いを犯していると喧嘩そのものが成立しなくなる)や、「南京大虐殺があったと言ったのは産経新聞」などなど、相当に手厳しく、わきが甘いというかそもそもが粗雑な連中で作っている低能新聞の体質を鋭く批判していて、よほど読み甲斐のある記事が並んでいる。

 サンケイの愛読者にこれほど「学」があるなんて・・・ひょっとすると、スウィフト流なのかしらと思わせぬでもない、呵々。(3/6/2012)

 ロシア大統領選、プーチンが大統領の座に返り咲き。二期連続務めた大統領職を三選禁止規定によりメドベージェフにゆずって4年、最小期間をおいての「重祚」、しかも先年の憲法改正により任期は6年。これをまた2期務めるとすれば最長12年になる勘定。こんなのありか・・・というのがふつうの感覚。

 しかし、エリツィン時代、政治腐敗を背景に「民営化」の看板を掲げ、国家財産を横領するとともに納税義務を逃れる様々な手段を講じた(可笑しいほどに「コイズミカイカク」と称して竹中平蔵-宮内義彦ラインがしでかしたことによく似ている)新興財閥を押さえ込みロシア経済を立て直したのはプーチン政権だった。つまりエリツィンの混乱からロシアを救ったことは認めなければならない。

 一説には駆逐された新興財閥はユダヤ系だった由。彼らはプーチン政権の強権ぶりをことさらに強調して、人権問題と不正選挙を争点化して反プーチン勢力にてこ入れ巻き返しを狙っているという。「民主化」に名を借りた運動が一皮むけば「文化大革命」ということはよくある話。昨年の「アラブの春」にもそんな匂いがつきまとっている。肌触りのいい「フラワー」革命やら「フルーツ」革命の看板に騙されると、見えるものも見えなくなってしまう。

 いずれにしても、ロシア状勢はプーチン、反プーチンのいずれが大多数のロシア国民の支持を獲得するか、また、日本におけるロシア関係報道にアメリカ的なバイアスがかかっているのか、いないのか、注意深く見る必要がある。

 もし、北方領土について真剣に取り組もうというのなら、プーチンが大統領でいる6年間、あるいは12年間に目鼻をつけなければ絶対に解決はしないだろう。そのためにもアメリカ的バイアスのかかった報道が発する固有の「いかにも清潔な匂い」には気をつけなければならない。(3/5/2012)

 先月27日倒産したエルピーダについて、WEBRONZA掲載のふたつの記事を読んだ。

 ひとつは木城泰之の「エルピーダ、時代に合わないビジネスモデルの不幸」、もうひとつは湯之上隆の「エルピーダ経営破綻の真相」。

 エルピーダ倒産をマスコミは「歴史的円高」と「国際競争の激化」に求めた。それは記者会見で敗軍の将たる坂本幸雄社長が「価格低下、リーマンショック、歴史的円高、震災やタイの洪水などが原因」と語ったからだろう。しかし木城も湯之上も、それらは単なるトリガーに過ぎず、DRAM一本に絞りながら、その分野で高収益体質を築くことができなかったからだと指摘している。

 「日本企業の勝ちパターンは、技術革新によって高品質にし、差別化する。同時に量産化と生産性アップでコストダウンを続け、追随する他社を振り切って利益を確保する。その利益を次世代の研究開発に回すという循環。これがうまく回転していた。この時期(70-80年代)は大型コンピューター(メインフレーム)の全盛期にあたっていたが、90年代に入るとインターネットやパソコンの普及という大変動が起きた。DRAMは、メインフレーム用には高性能が要求されるが、パソコン用には一定の性能さえあれば低価格であるほどよい。高級品だったDRAMは簡単に作れる汎用品に変化したのである。しかし高品質路線を走っていた日本メーカーは、技術を逆向き(汎用品志向)に転換することができず、もたつく隙をサムスンなど韓国勢に突かれた」・・・「世界初のDRAMを世に出したインテルは、日本に敗れた1985年にはDRAM事業から撤退し、CPU(中央演算装置)の開発に重点を移して復活した。東芝も10年前にDRAM事業から撤退し、NAND型フラッシュメモリーを強化してきた。ハイニクス半導体(韓国)やマイクロン・テクノロジー(米国)はDRAMの他にNAND型フラッシュメモリーを手掛け、その利益でDRAMの赤字を埋めている」(木城泰之)。

 湯之上は、エルピーダが倒産した翌日、いかにも訳知り風に「半導体産業、とりわけDRAMの分野は直径30cmのシリコン製円盤(ウエハ)からできるだけ多くの半導体チップを切り取る技術の競争だ」と書いた日経社説の「木を見て森を見ない」見方こそがエルピーダの失敗の本質だと書いている。そしてそれをエルピーダからサムスンに転職した取締役X氏の口を借りるかたちで説明している。

 (X氏が転職した)当時、エルピーダの歩留りは98%、サムスンの歩留りは83%であった。その数字を見てアナリスト達は、エルピーダの方が技術力は高いと評価した。しかしX氏は、「そのような評価は全く意味がない」と言った。その理由は以下の通りである。
 第1に、(当時最先端の)512M-DRAMのチップ面積は、サムスンが70mm2、エルピーダが91mm2だった。したがって、30 cmウエハから取得できるチップ数は、歩留り83%のサムスンが約830個、98%のエルピーダは約700個となり、低歩留りのサムソンの方が多数DRAMを取得できる(ここまでは社説の言う通りかもしれない)。
 第2に、歩留りを60%から80%に上げるのは比較的簡単だが、80%から98%に上げるためにはそれとは質の異なる多大な(超人的な)努力が必要となる。つまり、人、金、時間など膨大なコストがかかる。サムスンは歩留り80%以上なら十分にビジネスが成り立つので、それ以上の歩留りを追求する必要がないし、やらない。
 第3に、サムスンは、現在量産しているDRAMのシュリンク版について、4世代同時開発を行っている。つまり、現在量産しているものよりさらに小さなDRAMが、すぐ後に控えている。したがって、現在の量産品の歩留り向上にコストをかけず、よりチップサイズ小さなDRAMの量産立ち上げを優先する。
 第4に、サムスンが選定している製造装置のスループット(ウエハ処理の効率)は、エルピーダの約2倍である。つまり、1枚のウエハに回路パタンを形成する時間がエルピーダの半分である。同じ枚数のウエハを処理する場合、エルピーダはサムスンの2倍の製造設備が必要となる。その結果、エルピーダのチップ原価は、概ねサムスンの倍となる。DRAMはチップ原価の半分以上を製造設備が占める。仮にエルピーダのチップ取得数がサムスンより多かったとしても、利益率において、エルピーダはサムスンにまったく敵わない(実際、2005年の営業利益率は、サムスンが約30%、エルピーダが約3%、一桁も違う)。
 このヒアリングから、無闇に歩留りを上げ、チップ面積を小さくし、チップ取得数を増やすことには意味がないということがお分かり頂けただろうか。
 本質的に重要なのは、DRAM1個当たりの原価を下げ、利益を増大させることにある。極論すれば、ウエハ1枚から1個しかDRAMができなくても、それで利益が出てビジネスが成立するならば、それ以上チップ取得数の向上にコストをかける必要はないのである。

 狭く設定した土俵の上で単一のルールにおける定向進化にのみ邁進し、土俵の外側の事情についてはまったく考慮しない、そういう技術者をたんと見てきた。工場の設計からスタートしたオレもそうだった、IBMの試験を受けたころまでは。

 IBMの面接でのやり取りは「土俵の外」について開眼させてくれた。のちに開発管理の仕事についたころ、ごくごくたまに、あまりにクソ真面目にやっているのが可笑しくて、DRの席でタコツボ化した技術グループが当然としている前提条件を「外して考えてみたら?」などと発言したことがあった。恐ろしい目つきで睨み返されたものだった。まあ、馬を川縁に連れて行くことはできるが水を飲ませることはできないし、それだけのファイトは持ちあわせていなかったから我を張るようなことはしなかったが・・・。

 湯之上の記事はこう結ばれている。

 結局、エルピーダが経営破綻した真相は、低収益体質だったことにある。大赤字を計上して撤退を決めたNECと日立がDRAM事業を統合して発足させたエルピーダは、設立以前の体質をそのまま引きずった。歩留りを上げることを最大の目標とし、DRAM原価を下げる技術の追求を怠った。つまり手段と目的を履き違えたことに、経営破綻の本質的原因があると言える。

 湯之上の講演を聴いたことを思い出した。日記を繰ってみると、ちょうど4年前の今ごろだった。日立でDRAMの開発に携っていた人物なればこそ、エルピーダの「体質」が招いた成り行きについて敏感になったのだろう。それはどうやらこの国の、大げさに言えば、直ることのない欠陥のひとつなのだ。(3/4/2012)

 朝刊に、現地時間の1日夜、日本時間の2日未明、プーチン首相が6カ国の主要紙の編集者代表と行った会見の記事が載っている。参加メディアの具体名を記しておくと、イギリスの「タイムズ」、フランスの「ルモンド」、ドイツの「ハンデルスブラット(ドイツ経済新聞)」、イタリアの「レプブリカ」、カナダの「グローブ・アンド・メール」に、「朝日」といった顔ぶれ。

 会見は予定の時刻から2時間以上遅れて始まり2時間以上続いた由。大半を占めたメドベージェフとの交代劇、ロシア国内の反プーチンデモの広がり、安保理シリア決議への拒否権行使、ユーロ危機などの内政と外交に関しての説明内容は、格別のことはない。あえて書けば、シリア状勢を「内戦」と表現したことが、いかにもプーチンらしいというところ。仮にアメリカがその立場に立っていたら、確実に「テロとの戦い」などという噴飯物の表現を使っただろう。

 驚くのは、この日曜(4日)に大統領選挙を控えている身で、我が北方領土についてプーチンの方から切り出し、かなり大胆な姿勢を見せたこと。

若宮啓文主筆 まず、昨年の大震災の際にロシアから寄せられた温かい支援に感謝を申し上げる。だが首相は今週月曜日に発表した外交論文では、中国には何度も言及しているのに、日本には触れていない。日本のことを忘れてしまったのだろうか?

プーチン首相 日本のことを忘れられるわけがない。人生を通じ、意識的に柔道に取り組んできた。私の家には嘉納治五郎の像があり、毎日見ている。あなたは礼儀正しく振る舞った。領土問題の質問から始めなかった。もし私の方からこの問題に言及しなければ、私の方が失礼にあたるだろう。我々は日本との領土問題を最終的に解決したいと強く思っている。両国の協力を強めていく中で、問題の答えを見つけられる。領土問題がたいしたことではないと言えるような状態にしなければならない。そうすれば、双方が妥協を受け入れやすくなるだろう。

Q あなたは2009年に訪日した際、すべての障害を取り除きたいと言っていた。考えに変わりはないか。

A 変わりない。我々はでこぼこをならし、前向きで生産的な対話に戻る必要がある。中国との国境画定問題解決の対話は40年続いた。国際的な結びつきが現在の水準にまで高まり、妥協的解決を見いだした。日本ともそうなって欲しいと強く思っている。

Q 日本は1956年の日ソ共同宣言に書かれた2島だけでは不十分だと繰り返してきた。大統領に復帰したら、大胆な一歩を踏み出せるか。

A 柔道家には大胆な一歩が必要だが、勝つためではなく、負けないためだ。我々は、勝利を手にしなければならないわけではない。必要なのは受け入れ可能な妥協だ。いわば「(※日本語で)引き分け」のようなものだ。ソ連は56年に日ソ共同宣言に署名した。第9項には、平和条約の締結の後にソ連は2島を日本に引き渡すと書いてある。つまり平和条約は、日本とソ連の間に領土をめぐるそれ以外の要求がないことを意味する。2001年に森喜朗首相は私に「ロシアは56年宣言に立ち返る用意はあるか」と聞いた。私は、用意があると答えた。ところが日本側はしばらく間を置いてから、4島がまず欲しい、そのあとに平和条約だ、と言いだした。これは既に56年宣言ではない。我々は再びスタート地点に戻ってしまったのだ。問題の解決に向けて我々を推し進めてくれるような互いの接点を見つけたい。

Q あなたは「引き分け」と言うが、それには2島では不十分だ。

A では私が大統領になったら、日本の外務省とロシアの外務省を向かい合わせにして、「(※日本語で)始め」の号令をかけよう。

 きのうの夕刊の「解説」にあったように、「選挙を目前に控えた指導者が領土問題での『妥協』を口にするのは、極めて異例」。マスコミ統制に自信があるからできることだと言えばそうかもしれないが、あえて第三国のメディアがいる前でリップサービスをするとは思いにくい。まさか、ロシアがこれほど真摯に取り組もうとしているのに日本という国は外交交渉のなんたるかも分かっていない国なのだとアピールして見せたというわけでもあるまい。

 ロシアは、近年、いくつかの国々(中国、モンゴル、ノルウェーなど)との間の国境問題を解決してきている。それにはそれだけの動機と狙いがあるのだろう。

 プーチンが表明した「日ソ共同宣言をベースに、まず、現実的なところから始めようじゃないか」というのは十分に検討に値する。カリエールの「外交談判法」のなかに、こんなくだりがある。

 納得させたいと思うことを交渉相手の頭の中へ、いわば、一滴ずつしたたらせることを心得ているということは、交渉技術の最大の秘訣の一つである。
 いくら自分にとって有利な企てでも、最初からその全貌と、それから起りうるすべての結果を見せられると、加わろうという決心が決してつかない人間が世の中には多い。しかし、そういう人たちでも、少しずつ順を追って入らせると、こちらの誘導するままになる。何故ならば、一歩、歩くともう一歩、歩きたくなり、さらにまた何歩も歩いてみたくなるからである。

 プーチンが「一歩、歩くともう一歩、歩きたくな」るような素朴な相手でないことははっきりしているが、かといって最初から「4島すべてを返すという基本合意がなくては、我が方は絶対に交渉のテーブルにはつかない」とふんぞりかえれば、「実効支配」という現実を確保している相手には逆にありがたいことだろう、現実に居座ればそれでよいのだから。

 ところでプーチンが「中国とはフィフティー・フィフティー方式で解決した。日本とも同じように解決したい」と言い、「2島では引き分けにならない」と切り返すや、「双方の外務省を向かい合わせに座らせて、わたしが『始め!』と号令をかけよう」と応じたというのを読みながら、東郷和彦が書いた「北方領土交渉秘録」のことを思い出した。エピローグで彼は祖父茂徳のことばという「五十一対四十九の精神」について書いていた。プーチンが直接に読むことはなくとも、ロシアの情報分析官あたりからブリーフィングなどで長くこの交渉に関わった日本の外交官が書いていることについて、「可能性の一つ」として報告を受けていてもおかしくはないと思った。むろん、陋巷の民の想像に過ぎないけれど。(3/3/2012)

 お昼前には雨になるという予報。きょうで連続3日、ステップボード。

 朝刊に「東の足利事件、西の飯塚事件」と並び称せられる飯塚事件に関する記事が載っている。

見出し:元死刑囚のDNA資料入手/2女児殺害事件で福岡地裁
 福岡県飯塚市で1992年に女児2人が殺害された「飯塚事件」で、殺人などの罪で死刑が確定し2008年に執行された久間三千年(くまみちとし)元死刑囚(執行時70)の再審請求を巡り、福岡地裁が2月、DNA型の鑑定資料を警察庁科学警察研究所から取り寄せていたことがわかった。再審請求の関係者が1日、明らかにした。
 関係者によると、地裁が入手したのはDNA型を撮影した写真のネガ2枚。遺体発見現場に残された犯人のものとみられる血痕から採取されたDNAと、元死刑囚の毛髪から採ったもので、99年に死刑判決を出した一審・福岡地裁が証拠採用し、裁判後は科警研が保管していた。
 09年に始まった再審請求で、地裁が資料を取り寄せたのは初。弁護団は「少しずつだが、ようやく動き出した」と評価。今後、DNA鑑定の詳しい経緯が分かるような証拠を開示するよう地裁が検察側に勧告すれば、再審開始に向けた大きな動きになるとみている。

 最高裁で死刑が確定してから2年あまり、再審請求の準備が整いつつある段階(再審請求は死刑が執行された日に死刑囚の妻から出された)で久間三千年の死刑は執行された。麻生内閣の森英介法相が就任後一ヵ月と経たないうちに死刑執行命令書に署名したことによる。

 三井環の「『権力』に操られる検察」によれば、検察庁は調査活動費の私的流用という「犯罪」が露見しそうになったとき後藤田正晴に泣きつき、かろうじて体面を保つ代わりに自民党に「借り」を作ってしまった。後藤田自身は利用することはなかったと言われるが、小泉時代あたりから「国策捜査」と呼ばれる無理スジの強引な立件が目立つようになったのは、弱みを握られた検察が自民党政権の「意向」を無視できなくなったからとのこと。

 自民党政権の末期に登場した麻生は民主党を追い落とすための「国策捜査」を森英介法相ルートから検察庁に指示したと言われる。久間三千年の死刑執行が数十人抜き(彼以前に死刑が確定していた死刑囚が数十人いたということ)で繰り上げられたという不自然さは、同じ穴の狢となった両者が、検察の捜査上の失敗の隠蔽と政敵小沢が代表を務める民主党潰しとがバーター取引された可能性をうかがわせる。

 現段階ではこの事件の再審請求がどのように処理されるのかはまったく分からない。もし再審が開始され、DNA鑑定に新しい角度から検討が加えられ、いくつかの疑問がただされるようなことがあれば、森英介は無辜の民の死刑執行命令を行った「記念すべき法相・第一号」になるかもしれない。万が一そのようなことがあっても、もちろん、森英介が「殺人大臣」になるわけではない。しかし慎重を期すべきケースで不純な動機から回復しがたい決定を下した愚かな法相として歴史に名を残すようになるかもしれない。最大の関心を持って、これからの推移を見てゆくことにしよう。(3/2/2012)

 きのうの党首討論。生で見ようと思えば見られるのだが最近はその気になれない。昨夜のニュース映像で見る限り、丁々発止のディベートとはかけ離れたもののようだった。NHKニュースに登場した御用学者の北岡伸一(消費税論議がミソの党首討論の論評に政治学者を起用するNHKの感覚はじつにユニークで嗤わせたが)が「内容があってよかったのではないか」とコメントしていたし、貶してナンボのマスコミが妙に両者に同情的な内容だったので、財務官僚がそれぞれに台本を渡したのかもしれぬと勝手な想像をしていた。

 すると、朝刊のすみにこんな記事。

 野田佳彦首相は29日、自民党の谷垣禎一総裁と極秘に会談したという報道が出たことについて「会っていません」と否定した。首相公邸前で記者団に語った。
 日本テレビがこの日夜のニュースで、25日に東京都内のホテルで首相と谷垣氏が極秘に約1時間会談したと報じた。消費増税法案をめぐる与野党協議の糸口が見つからないなかで、歩み寄りを探ったという臆測も呼んでいる。

 日本テレビのニュースなど見ないから知らなかったが読売新聞ではなく日本テレビの報道というのがいかにもという感じがしないでもない。

 なんだかどこか落ち着かない薄気味の悪いやり取りだなぁと思ったのは茶番だったからか。すると、その茶番を誉めた北岡伸一、あれは感覚が鈍かった結果だったのか、それとも御用学者の立場に徹した結果だったのか、いったいどっちだったのだろう。

 さらに疑問なのは、「秘密会談」の情報は誰から漏れたのか、あるいは誰が漏らしたのか、ということ。手品師が観客の目を右手にミスディレクションするのは左手がよからぬことをしている時だし、なにより「消費税やむなし」、「税率10%は必至」と無条件に刷り込もうとしていると勘ぐった方がいいだろう。「皇帝のかぎタバコ入れ」にごまかされてはならないのだが、多くの人は刷り込まれてしまうものだ。(3/1/2012)

注)「皇帝のかぎタバコ入れ」はディクスン・カーの推理小説の題名。お読みになった方は意味がよくお分かりのはず。

  わたしは「人生に必要な知恵はすべて」推理小説で学んだと思っています(^^;)。

 いつものように朝ドラを見ようとBSに切り替えると、真っ黒な画面に「このチャンネルは放送を休止しています」という表示。雪が降っている。しかしこのていどで受信障害はないだろうと思いつつ、パラボラを見に行った。お椀だけではなく鼻先のアンプ部分にも雪がかぶっている。雑巾で振り落としていまに戻ると受像できていた。アナログ放送なら悪いなりのレベルで映るが、デジタル放送ははっきりしている。そういえば受験シーズン佳境だったなと苦笑い。

 きょうはステップボードと決めて書斎へ。**(息子)からメール。「日経の一面記事で、AIJの一任契約残高トップに富士電機とあるよ」。あわてて日経のサイトへ。

 企業年金資産の大半が消失していた問題で、AIJ投資顧問の2011年12月時点の取引先の全容が判明した。同社と投資一任契約を結んだ企業年金や事業法人、学校法人は94、同社に委託した資産も2043億円と厚生労働省が28日発表した昨年3月末時点より増え、影響が拡大している実態がわかった。厚生年金基金が81と約9割を占めており、その大半が中小企業が集まって作る「総合型」。大企業の企業年金も11あった。・・・(中略)・・・大手企業ではすでに判明しているアドバンテスト、安川電機に加えてSCSK、富士電機、日本ユニシス、大日本印刷、コスモ石油が新たに判明した。高度な年金運用で知られている富士電機は約98億円、資産に占める比率は9.5%だった。

 記事に添付されている一覧表の一番上に、富士電機97.6億円とある。

 久しぶりに富士電機のサイトを閲覧すると、ニュースリリースのトップに「当社企業年金基金の預け入れ資産について」という文書が掲載されていた。「・・・富士電機企業年金基金は同投資顧問株式会社の商品を一部採用しており、2011年3月末現在で投資残高は約93億円、当企業年金基金資産に占める割合は約9%です。・・・」とある。

 退職時、終身分以外はすべて一時金で受け取ったので、会社が補填できずに全額給付額のカットに結びついたとしても、機械的な計算では、74歳までは年額約62,000円、75歳以降は年額約33,000円ていどの減額か。痛いことは痛いが生活設計に甚大な影響が出るとほどではない。

 それにしても何があるか分からない時代だ。退職金の年金振り替え分の運用について「国債利回りを超えない」という説明だった。所沢の家の売却などあって運用にまわせる額があるていどまとまっていたので、それなら自分でやった方がましだと思ったから一時金受け取りにした。もっと高利回りを狙っていると聞いていたらカネを残しただろう。ウソをつかれたとは書かないが、実際とは異なる「不誠実な説明」を受けたことが、かえってこちらにとっては良かったことになる。皮肉なものだ。

 退職者には「堅実な運用をするので国債利回りていどになります」と言い、実際には「リスクを承知で資産の1割程度を高利回り商品にまわしていた」というのは、勘ぐって考えれば年金負担の重さに苦闘していたことの現われかもしれない。なにしろ日経の記事に「高度な年金運用で知られている富士電機」とあるくらいだから。

 あまり誠実とはいいかねる姿勢が見えて鼻白んだいまとなっては、せいぜい終身分が吹っ飛ばないようにしっかりやってくれというところだ。(2/29/2012)

 伊庭貞剛は住友総理事を退任するに際して、「事業進歩発達に最も害をなすものは、青年の過失ではなくて、老人の跋扈であり、老人は少壮者の邪魔をしないようにすることが一番必要」という言葉を残した。老害を心配するほどの老齢であったかと調べてみた。そのとき彼は58歳。溜息が出た。一方、74歳になっても、いっこうに成熟しないトッチャンボウヤもいる。バカなことを言って、そのバカさ加減をつかれると意地になって子どもの喧嘩並みに低次元の言葉で返す。

 経団連の米倉弘昌会長は27日の記者会見で、東電福島第一原発の事故直後に原子力安全・保安院の職員が原発から一時退避していたことを非難し、政府に対して「国民に『職員が逃げました』と謝るべきだ」と求めた。

 たしかに原子力安全・保安院職員が事故現場から逃げ出していたのは批判されて然るべきだろう。しかしそれはいつのことか。こういうことは時をおかず、すぐに言わなければならない。「もう一年も前のことでしょ、それをナニ?」、これが普通人の感覚だ。答えははっきりしている。

 先々週、東電の実質国有化に反対する自分の発言を、「米倉会長がやっていただけるなら、国に資本注入など求めずに経団連でお金を集め、民間が出資をしていただければ、ありがたい」と批判した枝野に対する遺趣返しなのだ。やり込められた気分を晴らすため、経産相を務めている枝野に頭を下げさせるネタを探しまくって2週間、やっと見つけたイチャモンネタがこれだ。

 筋の通らぬことを若輩に皮肉られるのは恥だが、それに腹を立ててもっと筋違いの遺趣返しをする老人は、老醜のそのもの・・・それにしても、なんとまあ、子どもっぽいと言うか、器の小さい男か。

 田中正造が東の足尾銅山に対するに西の別子銅山をあげ、住友の先進性を称揚してから約百年、住友もずいぶん見劣りする人物を経団連にさしだしたものだ。

 伊庭にはこんな言葉もある。「最も大切なことは後継者を選ぶことだ」。ソニーの現状を見れば、誰にも得心がゆくだろう。続けて伊庭は言う、「さらに大切なことはその時期を選ぶことだ。後継者にいつまでも事業を引き継がないのは自分が死ぬことを忘れた人間だ」と。

 精神年齢が子ども並みのボンクラ・ヨネクラにとって、自分が死ぬことなどは遠い先のことなのかもしれぬ。こういう恍惚の人を要職に就けてはいけない。そうでなくともつまらない国になりつつあるこの国の沈降速度を速めるばかりだ。(2/28/2012)

 メルトダウンしているのは原発だけではない。いまやこの国全体がメルトダウンに向かっている。

 その危機感のようなものが人々の間に拡がっているが、何しろ「知性」がないか、「知性」を軽蔑しているのだから、出てきてもよいはずの答えが出てくるはずもない。あれほどみごとに壊れた原発を眼前にしていながら、「屋上屋を重ねる如く幾重にも防護措置をとって作られた、それなりに知っている人間には、常識を超えた安全設備」という言ってのける鈍感さには絶句する他はなかったが、このていどの感覚がいまの日本人のアベレージらしい。

 すでに「松下政経塾」が「生産」したいかにも「マネシタ電気」製品そのものの政治屋を何人も見かけ、ガス抜き政党「日本新党」のブームの末路を見たはずなのに、またぞろ「大阪維新の会」に寸分違わぬ期待をかけているのだから、これを嗤わずにいられる記憶力の悪さにも驚く。

 ずいぶん前にも書いたことだが、「ナントカ維新」というネーミングが洒落ているとか、自分の考え方を体現していると思うセンスは、根性を入れて現状を再構築しようというのではなく、単に「気分一新」ていどの「衣替え」をするのが精一杯ですという「相田みつを」そのものだ。

 ほんの少しだけ書いておこう。「明治維新」がそれなりの「成功」を収めた最大の要因は江戸時代という長い平穏な時期を支えた中流武士階級にあったエートスだったと思う。そして、それと変わらぬエートスが新しい「国家」、「国民」意識を獲得した残りの三民(「四民平等」の四民マイナス武士)にもあったからだ。基本素養としての「漢籍」あるいは(最低でも)「儒書」の土台がしっかりあったことが西洋文化の吸収があっても根無し草にならずにすんだのだ。(たとえば、「フィロソフィー」を「哲学」とするなど、きちんと「訳語」を創ることができた)

 豊かな後背地があったからこそ、「明治維新」という改革はそれなりの成果を上げることができたのだ。いま、世間に浮遊する軽輩のどこにどのような後背地があるか。「知性」を軽蔑するような輩に果たして豊かな後背地はあるだろうか。断言する、ありはしない。(2/27/2012)

 おとといの夕刊になんともおもしろい記事が載っていた。

見出し:ソ連の原爆開発、米科学者が支援?/KGB出身・ロシアのプーチン首相語る
 ソ連の原爆開発には米側の科学者の手助けがあった――。ロシアのプーチン首相が22日、モスクワ近郊で軍部隊を視察した際にそんな見方を披露した。米国による核兵器の独占に危機感を抱いた科学者らが、意図的にソ連側に情報を提供したという内容だ。
 インタファクス通信によると、プーチン氏は米ロの戦略核のバランス維持が必要だと指摘。その実例として、米国の原爆開発プロジェクト「マンハッタン計画」の参加者らが1940年代、核の均衡による抑止力を認識して意図的にソ連に協力するに至った、との見方を示した。
 プーチン氏は「米国に核兵器があってソ連にまだない時、情報の大部分を対外情報機関のラインで受け取った。マイクロフィルムとかではなく、文字通りスーツケースでだ」と述べた。
 また、ソ連が原爆開発に行き詰まった際、マンハッタン計画に関わった原子物理学者のニールス・ボーア博士に助言を求めたと説明。「ある国際会議の場で博士に若くて無名の専門家を送った。彼が博士に『考えても考えてもうまくいかない』と伝えると、博士は助けてくれた」と語った。
 その上で「米国に集められていた世界的科学者たちは、広島と長崎に原爆が落とされて核兵器の一方的な所有がどんな結果をもたらすかを理解し、意図的に原爆情報を我々に与えたのだと感じている」と述べた。
 プーチン氏は旧ソ連国家保安委員会(KGB)の出身で、対外情報収集を担当したとされる。KGBの後身の連邦保安局(FSB)長官を経て政界入りした。(モスクワ=副島英樹)

 ニールス・ボーアが原子爆弾の国際管理をチャーチルやルーズベルトに呼びかけていたこと、そのために「危険人物」として当局の監視を受けていたらしいことは知られているが、具体的になにをソ連の科学者にリコメンドできたのかは分からない。もしかすると、核兵器の国際的管理の実現のためにソ連の開発促進を願い、弟子たちの幾人かにプーチンが語ったような情報提供をサジェスチョンした可能性は否定できない。

 しかし、そんなことだけで「スーツケースレベルでの情報提供」が行われたとは信じがたい。おそらく核兵器の製造と高度化開発に関わる企業あるいは軍関係者は大戦が終わった後、政府支出が先細りになることを恐れ、それが永続して自分たちの「核兵器の開発・製造競争」というビジネスが維持され続けられる担保できるように意図的に情報をリークしたのだろう。

 「愛国」でメシは食えない。「仮想敵」こそ、一番信頼できるメシのタネなのだ。アマチュアの右翼さんには分からないかもしれないがプロの右翼屋さんには分かるだろう。自分たちのオマンマの食い方はまさにこれ。これこそ自分たちの日常そのものなのだから・・・呵々。(2/26/2012)

 朝から雨が降っていた。今週二度目のステップボード。

 西高東低の冬型で文句なしの快晴の日が続く日々から雨の頻度が高くなる。そうして段々に段々にお気に入りの季節が去って行く。かなり寒かったこの冬もようやく春に向かって滑り出した。そういう雨なのだろう。いつものように録り溜めた「相棒」を見ながら1万歩相当分、ステップ昇降を繰り返す。こちらの方がいつものウォーキングより消費カロリーが大きい。一歩あたりの消費カロリーも大きいし、夏ほどではないが相当汗も掻く。

 最後に日に一万歩のノルマを達成しなかったのは11月19日、**と三島に行った帰りの日。以来、連続98日間、ノルマ達成。雨ないしは雪などのためこれで代用した日が10日ある。多少、自分で自分を誉めてやりたい気分だが、連続しているあいだは続くもの。何かのことで途切れた時が「危機」になる。可能性があるのは来月19日あたりか。花粉症の季節も始まる。今年はまだその徴候がない。(2/25/2012)

 大阪市長になった橋下徹がパフォーマンスを繰り返している。彼の哲学は「世の中は目立ってナンボ、目立てばカネになる」、これに尽きるのではないか。

 所詮、民主政治などというものは多数を取った方が勝ち。それが選挙で決まるというなら、バカでもチョンでも同じ一票を持っているんだから、のせやすいバカとチョンにアピールすればいい。バカとチョンの不平と不満は不安定な地位と仕事と給料にある。さしずめ公務員はバカとチョンがなりたくてなれなかった妬みの対象だ。だから公務員を仮想敵にして攻撃するのが一番。「民間はキビしいのにお前らナンだ」とかませば、バカとチョンには大受け間違いなし。

 これが橋下のおおよその「戦略」だろう。既に彼はその「予行演習」をやってきた。光市母子殺害事件弁護団に対する懲戒請求呼びかけがそれだったと思われる。出演したテレビ番組であたかも懲戒請求なるものが抗議の署名活動ていどのものであるかのように呼びかけた。懲戒請求は殺到し(8,000件を超えた由)、広島弁護士会は事務処理に忙殺された。ところが橋下徹本人はいかにも自分も懲戒請求するかのように振る舞いながら、それをしなかった。おそらく懲戒請求の対象たる事実がないのに懲戒請求を行うと、罪に問われるのみならず不法行為による損害賠償請求される可能性があることを自覚していたからだろう。つまり、橋下は自分の身は安全な場所に置きながら、テレビでの自分の言葉を真に受けるバカとチョンがどれくらいいるかを試したのだ。世の中のバカとチョンは「弁護士などという(羨ましい)職業についてカネをばんばんもらっているのにお前らナンだ」という心情を刺激するとどこまで走って行くものかを観察したというわけだ。彼は「手応え」を感じたろう。

 市長に就任したばかりの橋下はスケープゴート作戦を開始した。選挙戦における遺恨もないわけではあるまいが、公務員叩きのネタを挙げるために始めたのが、まず大阪市全職員を対象にした組合活動実態調査を装った政治思想調査であり、そして職員メールの内容を確認する「極秘調査」だった。

 朝刊からそのアンケートの文面を3問ほど書き写しておく。「Q7 あなたは、この2年間、特定の政治家を応援する活動(求めに応じて、知り合いの住所等を知らせたり、街頭演説を聞いたりする活動を含む)に参加したことがありますか」、「Q16 あなたは、組合に加入していますか」、「Q17 あなたは組合に加入することによるメリットをどのように感じています(ました)か」。

 Q7のトーンでゆくと、先日、宜野湾市長選に際し、沖縄防衛局長が命じたリスト作成はやはり大問題だったことになるし、嗤える話だが橋下の街頭演説も聞いても政治活動なのだろうからこれまた大問題ということになりそうだ。橋下自身は「沖縄防衛局長はとんでもない奴」で、自身の街頭演説であっても「公務員は聞いちゃいかん」と思っているのかしらね、呵々。

 また、Q16・Q17などは「調査」というより一種の「誘導」、もっと橋下風にどぎつく言えば「恫喝」の匂いがする。しかし、おそらくサラリーマン勤めをしたことがない橋下のためにアドバイスするとすれば、この国の企業の労働組合のほとんどは「第二人事部」と見なされている。人事勤労部以上に個々の「労働者」にとっては恐く気を許してはならない存在であり、経営側にとって「役立つ」存在、それがこの国の労働組合だ。そういうことからすれば、橋下はもう少し「民間」を見習ってもいいかもしれない。もっとも、彼の主目的は大阪市あるいは大阪府の行政改革にあるわけではなく、「大阪都」などは「単なる通過点」なのだとすると、組合を「第二人事部」として活用する構想などに興味は持てないのだろうが。

 いずれこれで掴んだネタをもとにバカとチョンを大喜びさせるパフォーマンス第二弾を繰り出すつもりなのだろう。橋下が使う評価関数は決まっている。どれだけ目立ち、バカマスコミを引きつけられるかだ。コイズミ劇場よりもっと中味のないただただ刺激的な味付けをしたシナリオ。

 「ナチスが***を攻撃した/わたしは少し不安になった/けれどもわたしは***ではなかったので/なにもしなかった」のリフレインで知られるニーメーラーの詩、あるいは少しずつ過酷になる環境でゆであがってしまうカエル(あれは作り話だそうだが、勤めていたころは数年周期で入るコンサルタント屋さんから繰返し聞かされたものだ)のように、いまや多数を占める橋下信者のバカとチョンがナダレをうつ可能性は多いにありそうだ。思考停止による集団自殺はこの国のお家芸、と思えば不思議はない。(2/24/2012)

 きのう、三菱一号館美術館の「ルドンとその周辺-夢見る世紀末展」を観てきた。三部構成。

 第一部、「ルドンの黒」。木炭画あるいは石版画を中心したモノクロの作品。「樹のある風景の中の二人の人物」、人は小さく、樹は太く大きい。それがルドンの自然認識なのだろう。「永遠を前にした男」はキューブリックの「2001年・・・」の冒頭シーンを思い出させる。同じ図柄の作品には「パンセ」から引いた言葉が書かれていたい由。「光の横顔」、「日の光」、「読書する人」など、圧倒的な静かさが支配する整序された世界。これこそルドンの魅力。

 第二部、「色彩のルドン」。一連の油彩の作品にさしかかるあたりにあった「ベアトリーチェ」はカラーの石版画。思い出す手がかりになるだろうからあえて書くと東郷青児の絵のような感じ。ルドンにこんな作品があったのかと思わせる、いや、あるいは彼のモノクロの作品に頭の中で彩色し、こんな風に観るとおもしろいかもしれない。「アポロンの戦車」と「ファエトンの墜落」を除くと、その他の油彩は特に好きではない。全体にパステルで描いたものの方がいい。

 第三部、「ルドンの周辺-象徴主義の画家たち」。ルドンに版画を教えたブレスダン、銅版と石版の区別がつかないほど細密。なんとなく挿絵画家ドレを思い出させるところがある。モローの「ピエタ」は光の効果がおもしろかったし、マイヨールが画家からスタートしたとは知らなかった。けっこう、おもしろい付録だった。

 で、この展覧会のトリガーとなった(新規収蔵記念として開催)「グラン・ブーケ」だが、案外な感じだった。まさに「グランド」なのだ(縦248.3センチ、横162.9センチ)が、花瓶の輪郭がはっきりしすぎてバランスが悪いし緊張感に欠ける。描かれている花も、比べるものではないのかもしれないが、どうみても「青い花瓶の花々」の方が美しい。

 メモを取りつつ観ていて、はっとして時計を見ると、5時半になろうとしていた。ちょっと家を出るのが遅かった自分が悪いのだが、舌打ちをしたい気分であわてて駅へ急いだ。

 先週になって突然設定された飲み会。日をおかずに集まるにしては代わり映えのしない顔ぶれ。とってつけたような理由も嗤える。いささか「醴が如く甘い」感もあって、趣味の中心から外れつつあるなとは思うものの、君子ならぬ身、我を張って誰も相手にしてくれなくなるのも恐い。間違いなく徐々に頭数は減ってゆく。「またな」と言って別れても、必ず会えるという歳ではなくなることも、もうそろそろ意識しはじめた方がいいだろう。またまた繰り言に終始するか・・・せめて話のおもしろい奴が生き残ってくれればいいが、思うようになるかどうか・・・もっともそれはお互い様。つまらない奴ばかりになったらどうする・・・それでもつきあいはつきあいか・・・「見ぬ世の人を友とする」のはいいが、それだけというわけにもゆくまい・・・などなど思いつつ丸ノ内線に乗り込んだ。

 帰宅は10時半。(2/23/2012)

 朝刊のオピニオンページに「ウェブ論座」からの転載記事が載っている。

 先日ちょっとした騒ぎになった岩波書店の「コネ採用宣言」の件についての城繁幸の意見。

 城といえば富士通の人事部でかなり徹底した「成果主義人事」の運営にあたり、退職とともにこれを手厳しく批判する本(「内側から見た富士通-『成果主義』の崩壊-」。富士電機の実情にも符合するところがあって強烈な印象を残した)を出した人物。人事、採用のプロから見た、今回の「騒ぎ」の可笑しさをあっさりと解説していて、「なるほど」と思わせる。

 ついこのあいだの飲み会で「進歩的と信じていた岩波書店が旧態依然たるコネ採用を企図するなど言語道断。ガッカリした。もう金輪際、岩波の本は買ってあげない」と柳眉を逆立てていたあのおネエさんには、これを読んでもらうといいかもしれない。

 岩波書店の「コネ採用宣言」が話題となっている。
 コネ採用などありふれた話だが、堂々と公言するケースは珍しい。一連の議論の中では、「岩波のような会社までが格差社会を肯定するのか」という的外れな批判をしている識者もおられる。
 民間企業が誰を採用するかは基本的に採る側の自由である。人脈や紹介状の有無でセレクトをかけること自体はなんら違法ではない。
 むしろ、著者とコンタクトをとるだけの行動力と、岩波的知識人とインテリトークを交わすだけの教養と、相手から推薦状を引き出せるコミュニケーション能力の有無を判断できるわけだから、選考手段としてはとても合理的である。
 ところで、岩波書店はコネ採用をなぜ公開したのか。恐らくは、事前に採用基準を公開することによって入社を希望する学生らの母集団の人数を絞り込もうとしたのだろう。
 現在の就職活動では、不況の長期化とウェブ利用が進んだ影響で、大手や有名企業に学生が集中する傾向がある。また、そのような人気企業の多くには、リクルーター制度という名の特定校を対象としたコネ採用が存在する。
 そんな企業に何十社と申し込んで、理由も分からぬまま落ち続ける学生からすれば、事前に基準を公開した岩波書店は、よほど人情味のある会社と言えるだろう。
 この際、岩波書店は「1次面接をするのはボランティアとしての著者です」と言い直してみてはどうか。何事も、ものは言いようである。

 「ウェブ論座」には、ほかに薬師寺克行も自分の就職時の体験から、「岩波書店だけは採用試験に応募しようとすると大学教員ら岩波書店の著者の推薦のようなものが必要だった。他のマスコミに比べると、単なる倍率の高さというハードルとは次元の異なる難しさを感じた。明確な動機と相当のやる気を持っていない学生は採用しないという企業側の強い意思とプライドが伝わってきたことを覚えている」と書いている。そして「ネット時代、学生にとって企業への応募が格段に容易になった。岩波書店も例外ではなく数人の採用に1000を超す応募があり、提出された作文に対して、採点の担当となった社員が休日返上で数日間かかりっきりとなる。今回の『紹介状』は、『とにかく出せる企業にはできるだけ応募してみよう』という本気度の低い学生の応募を回避するための苦肉の策のようだ」と続けた。

 こういう風に現実を読み解く力がますます必要になってきているはずなのに、世はあげて、大衆化と短絡化ばかりが進んでいる。いや、いや、我が身もいつの間にか短絡オヤジに成り果てているかもしれぬ、気をつけなければ。(2/21/2012)

 山口母子殺害事件に対する最終的な判決が出た。被告の死刑が確定した。

 夜のニュースでは被害者の夫であり、父であった本村洋が行った記者会見の映像が流されていた。それを見ながら思ったのは「彼は大人になったんだなぁ」ということ。同時に「日本の司法は子どもになりつつあるなぁ」とも思った。

 裁判を大きく決定づけたのは、被告大月孝行(きょうから氏名が報ぜられるようになった。なお、犯行時の姓は福田、事件関係の一部の本に「F」とあるのはそれによるもののようだ)が刑務所から友人宛に出し手紙だったといわれるが、それ以上に大きかったのは被害者遺族本村洋の活動だった。

 本村の受けたショックと憤りがどれほどのものであったかは想像するに余りある。朝、送り出してくれた最愛の妻と可愛い我が子が強姦目的と思われる状況で殺されたのだから。もしその場に我がこととして遭遇したら、オレは嘆いたりしない、たぶん泣くこともしないだろう。どのようにしても抑えられない爆発せんばかりの怒りと犯人に対する憎しみでいっぱいになり、それを心の中に貯め込むだろう。ていどについては分からないながら、想像はつく。捕まった犯人に極刑を望むのも当然の気持ちと分かる。しかしその望みを達するために本村が行った行動の半分は分かるとしても、マスコミ向けに行ったいくつかの行動の「あざとさ」には、単なる「作戦」とは思えず、大きな違和感を覚えた。

 本村の活動は十二分に成功した。強姦という行為への大衆の隠れた「関心」、そして露わにしてもよい「正義感」は彼の味方になった。マスコミ受けするネタに食らいついたタレント・コメンテーターはウンカの如く現れた。いまをときめく某橋下などもその一人だった。橋下は差し戻し審の弁護団への懲戒請求呼びかけ(嗤えるのは張本人たる橋下が懲戒請求をしていなかったという事実、呼びかけに賛同し大騒ぎしたミーちゃんハーちゃんたちのマヌケぶりが際立つ)を行い大いに名を売った。

 いまや「幼稚化」はこの国の一大トレンドと化している。裁判所もその例に漏れないようだ。大津事件裁判で毅然と司法権の独立をアピールし、かえって国際的な評価を受け歩み出した我が司法も、最近はずいぶん「雑音」(松川事件の際、当時の最高裁長官田中耕太郎が使った言葉だ、嗤えるだろう)に弱くなった。「弱くなった」というよりは「雑音に同調するようになった」。きょうの判決理由には「遺族の被害感情が峻烈を極めている」とある由。判決理由に「復仇」をあげることに躊躇がなくなったことに驚くのはもう時代遅れなのか。ためいきが出てくる。

 本村の目的は達せられた。きょうの会見で彼は「遺族としては大変、満足しています。ただ決して、うれしさや喜びの感情はありません。厳粛に受け止めなければならない」、「死刑を存置すべきだとか、廃止すべきだとか、いろいろな考えが出ると思うが、私たちの身近で起きる事件・犯罪に対してどうすべきかということを考える契機になれば、私の妻・娘の命も、今回死刑が科されるであろう被告人の命も、無駄にならないと思っている」と語っていた。

 差し戻し審の判決が出た日(08年4月22日)の記者会見の時、既に本村の心境には変化が訪れつつあることがうかがわれた。彼はいま35歳。逆算すれば、事件当時は22歳。22歳の若さにおける行動と思えば、「マスコミ受けを狙ったあざといやり方」というのは、いささか言い過ぎだったかもしれない。

 「死刑を科すことについてずっと考え悩み続けた13年間だった」、「勝者なんていない。犯罪が起こった時点で、みんなが敗者なんだと思う」。悲劇などという言葉では語れない現実に立ち向かいながら過ごした時間を経て出て来た言葉だと思う。

 13年間に、本村は成熟し、裁判所は退化した。まるで逆の方向に進んだのだ。なんという好対照か。きょうの判決に一人の少数意見があったことが、かろうじて手にすることのできたわずかな希望といえば希望と言える。

 この事件の裁判を大きく決定づけた被告の手紙と橋下徹による懲戒請求扇動さわぎについては、気がむいたら書くことにしよう。(2/20/2012)

 例年の花粉の飛散開始日は14日、バレンタインデーなのだそうだ。元日からの日最高気温の累積値が400℃になると飛散開始、480℃になると本格的飛散モードに入る由。おととい、その累積値が406℃になった。ことしも憂鬱なシーズンが始まる。

 きのうあたりから、ウォーキング中に花がグスグスするような感じ。気のせいだろうか、それとも、ことしは逃げ切ったかなと思っていた風邪か、花粉症のスタートか。ちょっと気になるのは、頭が少しヘンなこと。痛みがあるわけではない。どういったらいいだろう、頭の中全体にもやっと霧がかかったような感じがする。いつものようなクリア感がない。

 とっくの昔に眼の中には蛾が飛ぶようになった。老化の始まりといえば、親指の爪には何カ所か縦にヒビが入り、手の甲には角質化した固い部分ができ、甘皮が反り返るのも、それか。時折、いつ傷つけたか判然としない傷が手足にあるのに気付いたりすると、ものすごく不安になる。ぶつけた、こすった、そういうことくらいは、意識するし、記憶にあるはずではないか。こんなことってあるものか。

 最期はどのルートがいいか。**(父)さんのように脳血管が詰まるのがいいか、**(母)さんのようにガンがいいか、モルヒネコントロール技術が進んだ現在ならガンがいい。できる限り脳の機能は維持して最期を迎えたい。だから、この状態は、ちょっと、嫌。(2/19/2012)

 14日の日銀のインフレターゲット設定は為替に劇的といっていいほどの影響を与えた。

 ドルには手を出さず豪ドル一本にしている我が家にとってはその影響はあまりよく見えなかった。豪ドルは前日13日の夕方にいったん83円60銭から70銭あたりだったものがダラダラと下げて82円80銭まで下げてきていたものがお昼を挟んで83円30銭まで上がった。単に「戻しただけ」というように見ればそう見えたからだ。

 しかし米ドルは誰が見ても顕著な動きに見えたはずだ。14日の午前中77円60銭から70銭のあいだでウロウロしていたものが政策会合での決定が速報されるや77円60銭から90銭へとステップ応答した。以後、今週は15日の夜から未明にかけて78円30銭台に下げた以外は一貫して円安へと上げ続けた。日本時間のけさ、ニューヨークは1ドル79円52銭でクローズした。つまらない為替介入と同等かそれ以上の効果を発揮したことになる、少なくともこの一週間で見れば。

 きのう、白川総裁は記者会見で「FRBの枠組みをインフレーション・ターゲティングと呼ぶのであれば、日銀もそれに近い」と言い、また目標はFRB並みに2%にすべきなのではと問われると、「2%の目標は、過去30年間なかった状況を掲げることになる。日本は海外より物価上昇率が低く、実態から離れた目標で、長期金利が上がりかねない」と応え、現下のデフレの状況は「(日銀が供給する)お金の量が足りないからではなく、お金を有効に使うビジネスチャンスや(企業などの)成長機会が乏しくなっているからではないか」と述べたという記事が朝刊に載っている。

 デフレの原因はマネー・サプライにあるのではなく、成長機会が乏しくなっているからだというのは、事実かもしれない。しかし企業のマインドが冷え込んでいる一因は日銀の「変温動物」性にあることもまた事実だろう。この白川の語り口、いかにも他人事、いかなる時にも責任を問われないような言葉遣い、所詮、日銀官僚にとって日本経済などいちばん大切なことがらではないのだなという気さえする。中央銀行が自らの体温をパッシブに外部気温に適合させているようでは負のスパイラルは止まらない。

 そして、企業は企業で人件費を削減することにのみ血道をあげて負のスパイラルに自ら飛び込み、しぼむ税収に怯えた財務当局はお手軽な税として消費税増税に走る、そしてマスコミと御用エコノミストは消費増税やむなしの大合唱・・・。

 増税前の駆け込み需要で瞬時の好景気を経て、この国はゆっくりと冬眠から仮死、あるいは緩慢な死へ向かうのではないか。みんな、本来は万民の生活を守るべきエリートさんたちが、御身大事とリスクを回避し、その高給に見合った責任を放擲しているせいなのだ。(2/18/2012)

 財団法人「福島県原子力広報協会」が解散することになった由。いったいどんな組織かと、さきほどネット検索をかけてみた。引っかかったのは「ウランちゃんのなるほどアトム教室-原子力発電所では、大きな地震や津波に対してどのような対策がとられていますか」というページのみ。そのページに記載されている、「HOME」、「広報協会のご案内」、「原子力協会ホームページについて」などをクリックしても「404 File Not Found」の画面になる。じつに逃げ足の速い組織だと思ったが、ひょっとすると、事故直後にはやばやと裸足で逃げ出していたのかもしれぬ、呵々。

 朝刊によると、「協会は県と市町村が2千万円を出資し、1981年に設立。福島第一原発から約5キロの大熊町内の県原子力センターに事務所を置いていたが、事故で警戒区域となり、休眠状態だった・・・(中略)・・・協会は、県と市町村からの委託金で活動し、2010年度の事業費は約1億円。広報誌『アトムふくしま』の発行や講演会などを行ってきた」。

 福島の協会同様の原発PR組織は新潟、福井、石川、愛媛などにもあり、国から交付金をもらっているのだそうだ。フクシマ後はこれらの組織も、当然のこと、精算に向かっているものと思いきや事態は逆。記事にはこうある。「国からの交付額は、10年度が15道県に10億5千万円だったが、12年度の予算要求額は14億7千万円へ増加している。原発事故を受け、原発が立地する道県の中には、広報の対象を原発周辺の住民から県などの全域へ拡大することを検討しているところもある。予算額増はこうした動きが影響しているとみられる」。

 よほど世の中に疎い人にも原子力発電に対する「PR(広報)」は行き届いているだろう。福島第一原発の惨状を見れば、それでいい。いろはカルタにも言うではないか、「論より証拠」。あるいは「百聞は一見に如かず」と。こちらの方はいろはカルタにはないか。

 増税論議がこれだけやかましくなったというのに、こんな無駄金を使う余裕があるとは呆れてものも言えぬ。こんな交付金こそ税金の無駄遣いそのもの、原発バラマキ行政の典型例、疾く、このカネを福島の事故処理費用に回すべし。(2/17/2012)

注)唯一残ったこのホームページ、なかなか、興味深い内容ですので、コピーをここに置いておきます。

 市議会議員選挙、投票日は今度の日曜。市のはずれにあたるこのあたりにも連呼の車がやってくる。うるさい。ほんとうにうるさい。きのうの朝刊、天野祐吉の連載コラム「CM天気図」を思い出した。題して「CMちゃん、うるさい」。

 このところ、テレビの番組にくらべてCMの音が大きすぎるんじゃないかということが、またぞろ問題になっているらしい。が、CMがうるさいと感じるのは、音量のせいかね。ま、それもあるかもしれないが、だったら音を小さくしたら問題は解決するのかね。
 そうではない、とぼくは思う。うるさく感じる理由のひとつは、15秒CMが多いからだ。15秒で言いたいことをできるだけたくさん言おうと思ったら、始めから終わりまで音量制限いっぱいの声でしゃべることになりやすい。ドラマなら小声でささやくところとか「・・・」の部分があるけれど、CMにはそれがないからどうしてもうるさく聞こえるのだ。
 が、それだけでもない。こっちは知りたくもない、勝手なことばかりしゃべっているから、うるさく感じるということのほうが大きいと思う。ホラ、いい気になってくだらない自慢話ばかりする人って、うるさく感じるよね。そう、あれと同じ。 
 ・・・(中略)・・・
 自分で自分を笑うユーモアがあるからあのCMは面白いのであって、そういうユーモアがあれば、少しくらいうるさくたって人は大目に見てくれるんだと思う。「CMの音が大きい」というのは、実は「CMはつまらない」ということと同義だと思わないと、いまのCMの音量を強制的に半分にしてみても、やはり「CMはうるさい」んじゃないだろうか。

 「知りたくもない勝手なことばかりしゃべっているから、うるさいんじゃないの?」。その通り。

 先ほど通りかかった選挙カー、「大阪市は変わりました。新座市も変わらなければいけません・・・」。みんなの党だとかいっていた。はやり物をまとえばそれでいいという頭の腐ったところが見え見え。お前なんぞには死んでも入れてやらねぇーよ、バーカ。(2/16/2012)

 きのうの夕刊1面に「東電決議権3分の2超必要」という見出しでこんな記事が載った。

 枝野幸男経済産業相は14日の閣議後記者会見で、東京電力に公的資金で出資する場合は議決権の3分の2超を握るべきだとの考えを示した。この場合は東電の経営権を掌握し、「実質国有化」となる。東電や財務省は反対しているが、担当大臣としての姿勢を明確にした。
 枝野氏は、政府が出資によって72%の議決権をとって実質国有化した「りそなホールディングス」の例を挙げ、「りそなは健全によみがえったと評価されている。一般論として、国の資本注入の基本的な考え方だ」と述べた。
 政府は経営が苦しくなっている東電に1兆円規模の公的資金で出資する。ただ、株主総会で議決する権利がない優先株での出資もあり得るため、議決権の割合が焦点になっている。3分の1超では経営の重要事項に対する「拒否権」、過半は経営陣の選任、3分の2超は重要事項を拒否されない経営権掌握となる。
 東電は「民間の形態が望ましい」(西沢俊夫社長)などとして、政府が過半や3分の2超を握る「実質国有化」に抵抗している。政府内でも財務省が国有化で財政負担が増すと懸念している。枝野氏の発言はこうした慎重論に対抗し、実質国有化を目指す方針を改めて示したと言える。
 経団連の米倉弘昌会長(住友化学会長)も13日、「国有化して、ちゃんとした経営になった企業は見たことがない」と、実質国有化を批判した。枝野氏は14日の会見で「(公的資本注入で)国民の税金を使いたい、でも自分たちのやりたいようにやりたいというのは、到底分かりましたとは言えない」と反論した。そのうえで「米倉会長がやっていただけるなら、国に資本注入など求めずに経団連でお金を集め、民間が出資をしていただければ、ありがたい」とやり返した。
 一方、安住淳財務相は14日の会見で「できるだけ、国民への負担をわかりやすく示したうえで、最終的な結論を出していかないといけない」と語り、国の負担が増えることに慎重な姿勢をにじませた。

 正確に書くと、これは朝日のサイトに掲載されたもので、我が家に配達された第4版には下線部分がない。その他は一字一句違っていないから、印刷までのあいだに、この部分のみが削除されたのだろう。「なぜだ?」と読者窓口に問い合わせれば、もちろん、「紙面の制約のためだ」と説明するだろう。しかし経団連会長のあまりにプアな発言を報ずるに忍びなかったからなのではないかと思えないでもない。

 東京電力が自社のみの努力でフクシマの事故収束、広範囲に及ぶ被害補償、さらには数十年に及ぶ廃炉までに要する天文学的なカネの一切を「民間会社」として自社のみの力で調達できないことははっきりしている。これが分からないバカはいない。ちびっ子ギャング・安住が財務官僚に踊らされて「国の負担の増大を懸念」などというのもバカな話で、どのようなかたちであれ「フクシマの負債」の返済はすべて日本国がする、つまり日本国民がするのだ。それ以外の方法などありはしない。そうである以上、東電などに自社の運命についての選択権がないのはもちろんのこと希望を語る資格だってありはしない。一昔前のマンガ風に言えば、東電よ、「お前はもう死んでいる」のだ。

 だから、この米倉弘昌の「国有化批判」ほど愚かな発言はない。ヨネクラのボンクラぶりについてはつとに有名だが、もはや病膏肓に入ったようだ。こんな知恵遅れの老人を会長にしておいていいのか、経団連は。こんな頓珍漢をトップにするほど経団連は幼稚園化したのか。即刻、この老害野郎をパージするか、土下座して謝らせろ。それができないなら、枝野の言う通り、今後かかる賠償・除染・廃炉などフクシマに関わる費用は、全額、経団連が用意し、国からはビタ一文もらわずにすむように手配しろ。バカ老人の戯けた放言の落とし前ひとつつけられないなら、経団連などただの迷惑組織だ、消えてなくなれ。

 少し頭を冷やそうか。なるほど、一般論で言って、「国有化してちゃんとした経営になった企業はない」というのには多少の真実性はある。だが中曽根民活以来、「ミンカツ音頭」に浮かれて、その後、ちゃんとした経営ができた三セクも同じくらいの確率で「ない」のだ。「民営化」が「銀の弾丸」でないことも、また、ひとつの真実なのだ。(2/15/2012)

 ちょうど一月ほど前の日記に「いずれ『波状攻撃』に参加するはずのムーディーズ(この2社はあまり同時には動かない。同じネタでマスコミを騒がせ、心理的刷り込みをするというのが彼らの『手口』だからだろう)・・・」と書き、しばらくして「ムーディーズの出番はいつになるのだろう」と書いた。そのムーディーズの「予定された攻撃」がなされた。夕刊、2面から。

見出し:ムーディーズ、欧州6カ国を格下げ 仏などは最上位維持
 米国の格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは13日、イタリアなど欧州6カ国について、政府が借金のために発行する国債の信用格付けを引き下げたと発表した。最上位格付けのフランスなど3カ国は据え置いたが、格下げのおそれがある「ネガティブ」(弱含み)にした。
 格付けは、投資家が貸したお金が返ってくる可能性を評価している。欧州の政府債務(借金)危機では、1月に米国のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)、欧米系のフィッチ・レーティングスが各国の格付けを一斉に引き下げた。ムーディーズの格下げで、世界の大手3社の見方が出そろった。
 ムーディーズは今回、欧州通貨「ユーロ」を使う6カ国を格下げした。スペインは2段階、イタリアとマルタは1段階下げて「A3」(21段階のうち上から7番目)、スロバキアとスロベニアは1段階下げて「A2」(6番目)、ポルトガルは1段階下げて「Ba3」(13番目)とした。6カ国ともネガティブの見通しも付けた。
 ムーディーズは格下げの理由として、厳しい財政や景気低迷が改善する見通しが立たず、債務危機への対応もおぼつかないことを挙げている。「Ba1」(11番目)以下は投資に向いていない「投機的等級」で、ポルトガルはさらに信用を落としたことになる。他の国も国債が売られて価格が下落(金利が上昇)するおそれがある。
 最上位の「Aaa」が付くフランス、オーストリアと、ユーロを使っていないイギリスは据え置いたものの、ネガティブの見通しにした。ギリシャなど財政危機の国を支援する「欧州金融安定化基金」(EFSF)の債券も最上位に据え置いた。S&Pは1月にフランスを最上位から1段階引き下げている。
 ユーロ各国は、欧州中央銀行(ECB)が国債を買い支えているため、長期国債の金利は一時より低くなったが、イタリアやスペインは5%台、ポルトガルは12%台と高い。欧州連合(EU)などがギリシャに追加融資するかどうかの大詰めの議論が続いており、融資がまとまらなければ、市場に不安が広がり、格下げされた国の国債が売られるおそれがある。
 一方、S&Pは13日、スペインの15金融機関の格付けを一斉に引き下げた。スペイン国債を持つ金融機関の経営が悪化するおそれがあるためだ。最大手のサンタンデールなどが格下げされた。(ロンドン=福田直之)

 何をいまさらの格下げ発表。同じていどの痛み、同じていどの痛み止め、どちらも繰り返されるうちには慣れてしまうのが人間の性。それほどのショックにはなるまい。

 それより、我が日銀がきょうの政策会合で、資産買い入れ枠を10兆円拡大し、かつ、明確にインフレターゲットを1%と「宣言」したことの方が、頑迷な日銀の「決定」だけに、はるかに「衝撃的」だったのではないか。まあ、先月のFRBのインフレターゲット2%設定の後追いに過ぎないと言えばそれまでのことだが。(2/14/2012)

 居間に下りると「・・・有罪とした東京高裁の判決を破棄し、被告を無罪としました」というアナウンスが耳に入った。最高裁判決で無罪確定とは珍しいこともあるものだと思って、ニュースサイトにアクセスしてみた。事件は覚醒剤の密輸入。一審の裁判員裁判で無罪、二審で逆転有罪となったもの。

 最高裁の判決は、控訴審では一審と同様の審理を行うのではなく、一審判決の手続き的不備ないしは証拠評価・判断が論理的、経験的に不合理であるかどうかという観点からなされるべきものであるという刑訴法の考え方にたち(たしかに手もとの小六法で確かめると、第3編「上訴」の第3章「控訴」-どう違うんだ、ややこしい-の第392条以下にはそれらしきことが書いてある)、被告の弁解を信用できるとした一審の裁判員裁判の判決をくつがえすためには、その不合理性を具体的に示さなければならないとして逆転無罪の判断を下した。

 判決は小法廷5人の裁判官全員一致のもの。裁判官出身の白木勇は「これまでの控訴審は事後審であることを意識しつつも、まず自らの心証と一審判決とを比較し差異があれば、心証に従って一審判決を変更することが多かった。しかし裁判員制度の施行後は改める必要がある。なぜなら、量刑には裁判員が判断に加わる以上は許容範囲の幅を認めなければならないし、事実認定も裁判員の様々な視点や感覚を反映させた判断を求めているからだ。したがって裁判員制度の下では控訴審は一審の判断をできる限り尊重すべきであって、一審の判断が論理則、経験則などからみて不合理なものでない限り、許容範囲内と考える姿勢を持つことが控訴審の裁判官には必要だ」という趣旨の補足意見をつけている。

 裁判員制度を維持してゆくためにはこの判断は正しいと思うし、維持してもらいたいとも思う。しかし「疑わしきは被告人の有利に」という原則が必ずしも身についていないこの国で無罪判決が(実際にはそれほど多くなくとも)いくつか出れば、きっと「生ぬるい、こんなことで秩序が保てるか」という声が人権嫌いの人たちから出てくるようになるだろう。差詰め、サンケイ新聞、週刊新潮あたりか。

 それにしてもカンガルー・コート頻発と危惧した裁判員裁判の意外に真っ当な実績には驚き。一方の検察審査会制度の改正(「強制起訴」の採用)とは好対照。きっと、裁判員は顔が見えているのに対し、検察審査員は顔が見えない匿名のメンバーであるため感情論で突っ走ることにブレーキがかからないからであろうか。げに「匿名性」こそ、恐ろしけれ。(2/13/2012)

 オピニオン欄に編集委員の吉田文彦が「『見えざる手』をも検証せよ」と書いている。

 フクシマ原発事故のとき内閣参与として処理に関わった田坂広志が自著に「事態を把握して事故拡大を抑え込んだというより、幸運に救われた面、われわれがコントロールし切れていない何かに助けられた感は否めない」と書いたこと、キューバ危機の時国防長官だったロバート・マクナマラが危機の回避を「幸運のたまもの」と断言していたこと。このふたつを取り上げ、どちらももっとはるかに深刻な事態に陥る可能性があったにも関わらず最悪の事態には至らずにすんだ、田坂、マクナマラ、それぞれがそこに「神の見えざる手」を感じたのはうなずける、と。

 国家が危機管理にのぞむ時、その瞬間に、危機の本当の大きさを知ることは容易なことではない。危機が終わったあと、田坂氏やマクナマラ氏のように、幸運という名の「神の見えざる手」を感じるのも、うなずける気がする。
 そこで大事なのは、起きた危機を徹底検証し、次なる危機の回避や対応で人知の及ぶ範囲を拡大し、確たるコントロールのもとで難局を乗り切る能力を高めることだ。
 キューバ危機が、その発生当時に考えられていたよりも、はるかに核戦争に近づいていた事実がわかったのは、冷戦終結の後だった。マクナマラ氏も含めて、危機の時に米国、ソ連、キューバで意思決定にかかわった人物たちが一堂に会して、検証作業を行った。その成果が、危機管理のあり方を問う歴史的教訓ともなってきた。
 フクシマではどうだったのか。最悪にどこまで近づいていたのか。それを防ぐのに、どこまで人知による判断が役立ち、どこが「神の見えざる手」に頼るところとなったのか。キューバ危機で核抑止のもろさが透けて見えたごとくに、フクシマの徹底検証は世界に大きな学びを残すだろう。
 それを成しとげる責任が日本にはある。

 キューバ危機については相当ていどの検証がなされてきたようだ。しかし、フクシマについては、日立の**くんのように、あのていどの杜撰な施設を「屋上屋を重ねる如く幾重にも防護措置をとって作られた、それなりに知っている人間には、常識を越えた安全設備」と考えている間抜けな専門バカさんは、きっと「冷温停止で事故は終わった」と考えているのかもしれないが、まだなにが起きたのかのすら、ほとんど分かっていないと言うべきだ。

 ついでに書けば、スリーマイル島事故のとき、早々と原子力村の詐欺師どもは「炉心溶融などない、圧力容器は健全」とぶちあげた。彼らは数年後に赤恥を掻くことになった。原子力事故は一般に事故の内容も影響もすぐには分からない。だから詐欺師どもは言いたい放題で楽観論を主張できる。それがどれほど無知蒙昧を晒した無責任な主張であるのかがばれるのにはどれほど短くても数年かかる。いや、おそらく数十年以上もかかる。安心していい加減なことを言えるのだ。原子力村の詐欺師どもが大きな顔をできる所以はここにある。

 人間の歴史は意地悪く言えば「愚行の葬列」である。それが人間という動物の属性なのだからしかたがない。ただ、せいぜい火薬を使って殺し合いやバベルの塔の崩壊ていどのことならば、そのときそれに関わった者が死ぬだけのこと、冷たく言えば「しかたがない」で済む。しかし、核兵器を用いる殺し合い、あるいは原子力発電所の運転を誤るとなると、それでは済まなくなる。そこにいなかった者たちにも影響が及ぶからだ。同時代人だけでは済まなくなることもある。

 だから、我々は心してかからなければならない。「神の領域の火を弄ぶ」ということがどういうことなのか、それを「統御」する知恵を人間は有しているのかを含め、フクシマについての徹底的で容赦のない検討は「絶対に」必要だ。たぶん、この国の風土では「絶対に」できないだろうが。(2/12/2012)

 ATOKと手裏剣のバージョンアップ版が届いた。ATOKとの付き合いは十数年になる。それまではVJEを使っていた。VJEはMS-DOSの時代から使い、もっとも手になじんだ日本語変換ソフトだった。パソコン通信のころアップした原稿はすべてVJE+Mifesで書いた。いまもキーアサインはほぼVJEの設定を踏襲している。VJEを愛用していたのは会社にいた**さんと**くんが作ったVACSの製品だったせいもあるが、その時点では変換精度がATOKよりもよかったからだ。

 WindowsになってもVJE-Deltaを使っていた。ATOKにしたのはJISカナ入力中に予期せずローマ字モードになるという障害が頻発したから。MS-DOSではなかった現象だった。数回状況をレポートして調べてもらったが再現性がないようで解決しなかった。VACSの陣容はおおよそ知っていたので無理を言う気にはなれなかった。結局Win98へ変わったのを機にATOKに切り替えた。もっともこの障害はATOKでもいまだに変な時に発生することがあるから言語変換プログラムの問題ではないのかもしれない。

 懐かしさもあって「VJE」・「VACS」でネット検索をかけてみた。「VJEの歩み バックス社長に聞く」というインタビュー記事が引っかかった。**くんの表情、声、口ぶりがそのまま伝わってくるようなやり取りで懐かしかった。別の記事によれば、現在(08年5月のことだが)、彼はヤフーの日本語処理技術部長、Yahoo! ジャパン研究所のR&D部長を務めている由。北大の応用物理だったとは知らなかった。**(友人)なら知っているかもしれない。(2/11/2012)

 今週月曜、我が家の投資勘定が久しぶりにプラスに転じた。去年の8月4日を最後に「なにもせずにいた方がましだった」状態が半年以上続いていたということ。

 財形預金も、積立年金も、退職金も、家の売却代金もリーマンショック後の入金だったから、我が家のポートフォリオはさほど傷を負わずに滑り出した。本格的展開をはじめた9年度も10年度も、「瞬間値」がマイナスになることはあっても、確定利益を加えた値が長期間マイナスになることなかった。それがここ半年は一度もプラスに転じなかった。日々のマイナス比率の最大値も9年度が7.34%、10年度が8.66%であるのに対し、今年度は17.36%(去年11月25日)と倍くらいになっている。

 18年度までに必要な年金補填費用は投資勘定とは分離してあるが、常に5年分を確保しようとすれば、14年からは、毎年、19年以降の年間補填費用を確実にゲインしなければならない。経済状況の持ち直しがそれまでになされるかどうかは微妙、というよりは「難しい」と考えるべきだろう。

 後期高齢者ゾーンに突入する24年以降は、現在の年金水準が維持されるとしても、年間補填費用が30万ほどアップする。昨今の状勢では年金の減額を覚悟しなければならないようだから、投資による年間ゲイン目標のハードルはあげなくてはならなくなるはず。もっとも、そういう状況であればデフレが猛威をふるっているということだから、月額生活費を切り下げることで対応できるかもしれない。はたしてそううまくゆくかどうか。最悪は投資資金の取り崩しも覚悟することになるのか。

 いや、将来のもくろみの破綻など、予想されるケースでは起きないものだ。必ずや「想定外」のケースに足を取られる、それが人生だ。「擾乱」要因として確率が高いのは「健康」と「自然災害」だろう。

 手軽に自殺できる方法について検討しておくべき・・・ということは分かるのだが、それができないんだよね、人間は。「・・・美しい心が、残された知力にからくも、助けられる、日がいつかは来る、その日のために、身体を鍛えておけ、年寄りよ・・・」というところだろうか。(2/10/2012)

 きのう、風呂上がりに、夕刊を見て、残念なことをしたと思った。丸の内で「ルドンとその周辺」展をやっているのだそうだ。喫茶店は別の機会にしてもよかった。

 載っていたのは会場になっている三菱一号館美術館が新たに所蔵するに至った「グラン・ブーケ」の紹介記事。縦が約2.5メートル、横が約1.6メートルというからかなりの大作。

 ブーケとはいうものの花瓶からこぼれんばかりに盛られた花。パステル画だそうだが、オルセーにあるものの多くがたぶん紙に書かれているのに対し、これはカンバス。ルドンの細かな筆致の場合、どんな質感になるのか観てみたい。来週、天気のいい日を選んでいってみよう。混雑しないウィークデー、ちょっと気の向いたときに観に行けるのが年金生活者の有難いところ。

§

 おととい、小沢一郎の「起訴相当」議決を行った検察審査会の「審査」に際してどのような捜査資料が渡されたかについて東京地裁が東京地検に照会したところ、検察庁が提出を拒否したと記録した。きょうの夕刊にその続報のような記事が載っている。社会面の一番下に小さく、報ぜられている。

見出し:捜査資料リスト、小沢氏側へ開示 指定弁護士
 民主党元代表・小沢一郎被告(69)を強制起訴した検察審査会に対し、東京地検がどのような捜査資料を提出していたのかのリストを検察官役の指定弁護士が9日、小沢氏の弁護人に回答した。リストには、元秘書・石川知裕衆院議員を取り調べた東京地検特捜部の検事が作成し、実際にはなかったやりとりを記した捜査報告書も含まれていた。
 回答によると、小沢氏の1回目の審査では69点、2回目の審査では30点の資料が検察審査会に提出されていた。強制起訴を決めた2回目の審査に提出された資料に、問題の捜査報告書が含まれていた。小沢氏の弁護側は、この報告書が審査に影響を与えたとみて、小沢氏の公訴(起訴)の棄却を求めている。
 また、元検事の前田恒彦受刑者=証拠改ざん事件で懲戒免職=が法廷で存在を証言したメモについても、指定弁護士は「メモは70通存在する」と回答。前田元検事の証言では、メモには「ゼネコンが小沢氏側への資金提供を否定した」という記載があったとされる。

 日記には、「地裁(小沢の弁護団ではない)の照会に対して検察が回答を拒んだというのが面妖。これでは検察官役を務める指定弁護士も立場を失うのではないか」と書いた。検察は裁判所に「そんなもの出せるか」と言い、指定弁護士は被告弁護団に「お知らせしますよ」と言ったということになる。

 指定弁護士さんも、「捜査報告書に虚偽記載がありました」などと背後から刺されたりして、苦労させられているようだ、同情に堪えない。見込み捜査で窮した特捜検察、理屈をそっちのけで感情的に起訴相当議決を行った愚かな検察審査会、その尻ぬぐいをする彼らに支払われる報酬はたいした額ではない。いかにもバカバカしい空騒ぎ、21世紀初めのこの国の滑稽なお話を記録しておく。いずれ、大いに嗤う時が来るだろうよ。(2/9/2012)

 先日、連続空振りをくらった「眼の海」「危機の二十年」を買いに出た。

 本は、いまや、Amazonなら翌日、ポイントにこだわるなら紀伊國屋でも翌々日には、ネットで入手できる。それはそうでも、買うと決めた本でもやはり本屋で買いたい。なぜか、自分でもよく分からないけれど、本屋の空気が好きなのだろう。

 飲まないから酒についての蘊蓄、打たないから馬券・車券・舟券の買い方、買わないから「興味」はあってもイロハも知らない。この歳になっても、多少の「商品知識」、そして「鼻がきく」お店屋さんは本屋くらいだ。

 勤めていたときの定期券Suicaを払い戻す。家を出る前に窓口を確認しようとネットアクセス。

 Suicaのおかげで「不正乗車」はほぼ根絶されただろう。鉄道会社のメリットは計り知れない。とすればデポジットの500円などサービスしても惜しくないはず。なのに500円を取る根性には、最初、腹を立てた記憶がある。忘れていたが、それが戻ってくる。

 ところが・・・確かに500円は戻ってくるのだが、残金の払戻手数料として210円取られるということをはじめて知った。「ナニ、それ?」。プリペイドさせ金利を稼いでいるくせに精算しようとすると手数料を取るとは。この手数料、Suicaに残金がある限り取られる。逆に使い切ってしまったSuicaならば取られない。たしかに「払戻し手数料」だ。やはり事前に確かめておいてよかった。紀伊國屋ではSuicaで支払いができる。なんやかんやできょうも10冊ほど買い込んだので、どうにかSuicaの残金はゼロにできた。ざまあみろ、JR・・・という気分。

 そのまま帰るつもりが、ちょっと気が変わった。飲み会の後で通りかかった伊勢丹近くのティールームを思い出した。

 江藤淳は「夜の紅茶」の中で、コーヒーは事務所・ビジネス向きの飲み物、対するに紅茶は家庭・プライベート向きの飲み物だと書いていた。リタイアした身には紅茶の方が好ましい。それでもコーヒーを飲むのはインスタントなら後始末が要らないからで、他人様が入れてくれるのなら絶対に紅茶がいい。

 だが、「紅茶のおいしい喫茶店・・・」という歌があっても、紅茶をおいしく飲ませる店にはなかな行き当たらない。試してみる気になった。

 店の名前は「マリアージュ・フレール」。一階はショップになっている。上海の錦江飯店近くにあった中国茶の店を思い出させるような棚。木の階段を二階に。あまり広くはないが悪い雰囲気でもない。出されたリストにはいろいろな銘柄が満載。店員のお薦めにしたがって注文した。銘柄は・・・忘れた。

 買い求めたばかりの「タックスヘイブンの闇」を取り出して読み始めたが、隣の席にいた女の子同士の会話がおかしくて(髪の毛が薄くなったことを気にしている彼女の父親の話。これを声色つきでやる)読書には身が入らなかった。お値段の割には納得できる味ではなかった。でもそれは一人で入ったからのことで連れがいればもう少し別の味がしたのかもしれなかった。(2/8/2012)

 バッテリー加熱リコールに応じたiPod nanoが届いた。

 お知らせメールが来たのが去年11月14日。すぐに交換手続き、回収希望日を11月16日とした。しかしノーレスポンスで業を煮やして電話問合せをしたのが12月20日。クロネコヤマトに対象品を渡したのは12月22日。

 もうとっくに使わなくなった初代iPod nanoを捨てずにいたのも、「交換プログラム」に手を上げたのもフォルムが気に入っていたから。アップルの対応に腹は立てつつも良品になって戻ってくるのを楽しみしていた。大きいことなどは全然気にならない。もう一度オーディオ・テクニカ製のケースに入れて、ウォーキングのお伴用に使うつもりでいた。

 ところが入っていたのは現在使っている第6世代のものだった。同梱されていたペーパーには「また、iPod nano(1st generation)の在庫状況により、同梱させていただいた交換機が元のiPodより新しいモデル(性能は同等またはそれ以上)になっている場合がありますのでご了承ください」とある。

 ガッカリした。

 対象品を回収・バッテリー交換というサイクルを回転させる関係上、原品にできないことは理解する。プレゼントなどで刻印したユーザーにとっては了解しにくいだろうが・・・。リサイクル数量が整わなければ難しいということも理解できないではない。しかし、現行機種に切り替えて対応するというのなら、最初からそうなることもあるとアナウンスすべきではないのか。

 なにより、現行機種を送るのなら、これほど時間をかける理由が理解できない。お知らせメールが来た日から数えて85日目、回収されてから47日目。「古い古い機種がピカピカの最新機種で、容量も4ギガが8ギガになったんだから文句はないでしょ」と言わんばかりの姿勢には呆れる。

 ユーザーの気持ちにピンポイントで応えるのがアップルの真骨頂だったのでないか。最初から最後までユーザー心理を逆なでするこの姿勢が現在のアップルの姿らしい。

 閑話休題。

 夕刊に「地検、資料リスト回答拒む」の見出しで小さな記事。「民主党元代表・小沢一郎被告(69)の強制起訴を決めた検察審査会に対して、どのような捜査資料を提出したのかのリストを東京地裁が東京地検に照会したところ、地検が回答を拒んだことが6日、分かった。小沢氏の弁護側によると、地検はリストが存在するかどうかも明かさなかったという。・・・(中略)・・・小沢氏の弁護側は、元検事の前田恒彦受刑者=大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で懲戒免職=が法廷で存在を証言したメモも、地検に照会するよう地裁に求めていた。前田元検事の証言では、メモには「ゼネコンが小沢氏側への資金提供を否定した」という記載があったとされるが、弁護側によると、メモについても地検は、存在するかどうか回答しなかったという」。

 地裁(小沢の弁護団ではない)の照会に対して検察が回答を拒んだというのが面妖。これでは検察官役を務める指定弁護士も立場を失うのではないか。もっとも「起訴相当」と再議決した審査会がほんとうに存在したのかどうかさえ疑わしいといえば疑わしいのだから、もともと「審査会提出資料リスト」などなかったのかもしれない。その方がすっきりとこの事態を説明できる。(2/7/2012)

 夜のNHKニュースで、原発の建設が始まった昭和40年代(NHKは未だに元号を使う。ひょっとすると1988年と1989年とのあいだには「深くて暗い断絶」があると考えているのかもしれない)からこれまでに、沖縄を除く電力会社と日本原電は、原発のある13の道県・30の市町村に総額1,640億円あまりの「寄付金」を渡していると報じていた。(原発銀座のある福井県は235億円、厄介な再処理施設の建設を引き受けた青森県は192億円、東通村などはたった一村で180億円も受け取っているそうだ)

 まあ、これくらいたんまりカネをもらっている以上は、フクシマぐらいの事故があって人っ子一人住めなくなっても「補償金をくれ」とは口が裂けてもいわないだろう。国民としては放射性廃棄物の処理と貯蔵を引き受けてくれていると安心をしてもよいのかもしれぬ、呵々。中には静岡県の石川嘉延前知事などのように「廃炉に伴って国からの交付金がもらえなくなるから、その分をちょうだい」とおねだりまでしたそうだ。石川といえば、開港側赤字の無用の長物静岡空港をごり押しで作った知事さんだが、無駄な空港を作る金は出せても道路整備費用に県のフトコロを痛める気にはなれなかったらしい。すばらしい金銭感覚だ。コメントを求められた石川、ふんぞり返って、「原発は迷惑施設だ、寄付金をもらうのは当然の話」と答えていた。これくらいの根性がなければ土建知事を務まらぬようだ、すごい。

 原発迷惑金として日本原電を含む電力各社が寄付するカネをもらった自治体は潤沢にカネをもらうからだろう、どう使ってよいか分からず、劇場や展示場などが入った大型施設、アニメキャラクターの銅像や市のPRビデオなどの作成などに回しているとのこと。万一に備えた放射線測定器具の整備、積立などに使っていないところも、まさに「事故など想定外」の能転気ぶりが、これまた、すごい。

 ふつう「寄付金」というとあくまで手もと余裕金の中から支払うというのが陋巷の民の常識だが、電力会社という所はなかなかだというか、法律がそうなっているからでもあるが、「総括原価方式」なる仕組みで算出されている電気料金の中にはこの寄付金も含まれている由。つまり、我々電力を使う者はなんの了解もなしに「寄付金」を負担させられているというわけ。

 けさの朝刊には、政府の原子力委員会に設けられている専門部会の委員23名の原子力専門家3人全員が2010年までの5年間に原発関連企業とその業界団体から1,839万円を研究助成名目の寄付金として受け取っていたことが報ぜられていた。3人の名前を書き留めておく。

 金額の多い順に、山口彰阪大教授824万円(日本原電250万・三重工200万・関西原子力懇談会124万・原子力エンジニアリング-関西電力と原子燃料工業の共同出資会社-250万)、山名元京大教授615万円(日立GE180万・関西原子力懇談会400万・東北原子力懇談会35万)、田中知東大教授400万(電源開発100万・日立120万・日立GE180万)。

 記事によるとこの「三人組」は会議では「福島の事故を受けて安全対策はずいぶんとられるようになった」とか、「高速増殖炉は魅力、開発は続けるべきだ」という専門家意見を出している由。

 この言葉を誤解して受け取ってはいけない。学者様はけっしてウソは言わない。ふたつの発言を陋巷の民にもよく分かるように言い直せばこういうことだろう。「福島の事故があったので想定外として一顧だにされることのなかった『安全』に関する対策も以前に比べればずいぶんとするようになった」ということであり、「高速増殖炉の開発は原子力村の我々のメシのタネとしては非常に魅力的なものである、技術開発の成否などは一切考慮せずに続けなくては我々が困ってしまう」ということであろう。

 天下の東大、京大、阪大の先生様なのだから、非常に頭がよくていらっしゃる。頭脳明晰な人はあまりクドクドとは発言しない。簡潔にお話しされると心得ておかねばならぬ。(2/6/2012)

 東京地検特捜部には物書きないしは詐欺師に転業した方がはるかに能力を発揮できそうな検察官がいるようだ。昔でいう「三面記事」、社会面の記事から。

見出し:捜査報告書、他にも加筆 石川議員取り調べの特捜検事
 資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐる政治資金規正法違反事件で、民主党元代表・小沢一郎被告(69)の元秘書・石川知裕衆院議員(38)を取り調べた検事が作成した捜査報告書に、実際には取り調べ中になかったやりとりが、小沢氏の公判で発覚した以外にも、記載されていることがわかった。
●「隠し録音」と食い違い
 この捜査報告書は、小沢氏の強制起訴を決めた検察審査会に資料として提出されていた。17日の小沢氏の公判で東京地裁が証拠採用し、中身を調べる見通しだ。小沢氏の弁護側は「石川氏の供述調書の内容は信用できる」と審査会が判断した根拠の一つになったとみて、小沢氏の公訴(起訴)の棄却を求めている。
 この捜査報告書を作成したのは、東京地検特捜部で捜査に加わった田代政弘検事(45)。検察審査会が小沢氏の1回目の審査で「起訴相当」と議決した後の2010年5月17日に、保釈中の石川議員を取り調べた。上司の特捜部長あてに、その日の石川議員とのやりとりをまとめた。
 石川議員がこの取り調べをICレコーダーで「隠し録音」していたため、小沢氏の弁護側が公判で指摘して食い違いが発覚した。
 録音にないことが新たに判明したのはまず、この調べの日に供述調書を作成するかどうかのやりとり。捜査報告書では、田代検事が「署名拒否にしますか」と投げかけ、石川議員が「そんな、突き放さないでくださいよ」と述べたと記載されている。録音には石川議員が調書の作成をためらう様子は記録されているものの、こうした問答はなかった。
 また、石川議員が同年1月に特捜部に逮捕された直後の田代検事による取り調べを振り返り、「『弁護士には内緒にしてください』とお願いして、供述調書を作ったんでしたね」などと発言したという記載が捜査報告書にあった。しかし、録音にはこうした弁護士についてのやりとりは一切なかった。
 他にも、録音では田代検事が発言し石川議員が肯定したやりとりなのに、すべて石川議員の発言として記した部分が数カ所あった。
昨年12月に小沢氏の公判で弁護側が指摘してすでに発覚しているのは、石川議員が逮捕中に、「政治資金収支報告書の虚偽記載を小沢氏に報告し、了承を得た」と認めた理由についてのやりとり。「検事から『11万人の選挙民の支持で議員になったのに、うそをつけば選挙民を裏切ることになる』と言われたのが効いた」などと石川議員が語ったと報告書に記載されたが、録音にはなかった。
 公判で証人として出廷した田代検事は、捜査報告書との食い違いを認めたうえで、「逮捕中に石川氏が話したことと記憶が混同して書いてしまった。虚偽ではない」などと弁明した。
 この捜査報告書をめぐっては、市民団体「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」が今年1月に、虚偽有印公文書作成・同行使などの容疑で田代検事らを刑事告発し、東京地検刑事部が受理している。
■取り調べの録音記録にないが、捜査報告書に記載された主なやりとり
 《この日の供述調書に署名するか》
 石川議員 署名拒否でもよいですか。
 田代検事 それはあなた自身の判断ですよ。どうしますか、署名拒否にしますか。
 石川議員 そんな、突き放さないでくださいよ。
 《小沢氏への「報告・了承」を認めた理由》
 田代検事 あなたがどういう形で供述したか覚えていますか。
 石川議員 だいたい覚えていますよ。検事から「あなたは11万人以上の選挙民に支持されて国会議員になったんでしょ。そのほとんどは、あなたが小沢一郎の秘書だったという理由で投票したのではなく、石川知裕という候補者個人に期待して国政に送り出したはずですよ。それなのに、ヤクザの手下が親分を守るためにうそをつくのと同じようなことをしていたら、選挙民を裏切ることになりますよ」って言われて、これは結構効いたんですよ。
 《弁護士からのアドバイス》
 田代検事 あなたは「弁護士から『どんな内容の調書であっても署名してはならない。署名は拒否するように』ときつく言われたんですよ。もう1日待ってもらえませんか」と言って、泣きついてきましたよね。
 石川議員 その通りです。
 田代検事 翌日になっても、ごねていたじゃないですか。
 石川議員 そうでしたね。でも、検事から「供述が事実であって、その通りの内容が供述調書に取られていれば、署名拒否する理由はないでしょ」と理詰めでこられて、「調書に署名したことは、弁護士には内緒にしてください」とお願いして、供述調書を作ったんでしたね。

 石川知裕も小沢一郎も起訴罪名は「虚偽記載」だった。その裁判に提出された検察作成資料に「虚偽記載」があるのだから嗤わぬ人はおるまい。「起訴相当」の再議決をした検察審査会メンバーにご意見を賜わりたいものだと思うが、ひょっとすると、そんな検察審査会の議決そのものがありもしない「虚偽」だったのかもしれない。そんな疑念を抱かせるのが、この国の司法官僚だ。(2/5/2012)

 **夫妻と披露山の**邸でランチ。11時半に逗子駅で待ち合わせ、タクシーで大崎公園へ。

 快晴、微風の絶好の天気、逗子マリーナ、江ノ島、富士が一直線。すばらしい眺め。「真白き富士の嶺」歌詞など思い出しつつ見とれる。それからゆるゆると**邸に向かい4時半ころまで。

 持ち寄った酒を飲み、鴨肉を堪能し、柚のシャーベットのデザートまで。気持ちよく飲み食いしたからか、なにを食べたのかの記憶が曖昧。ほんとうに人生の歓びとはこれという気分。(2/4/2012)

 おととい、ソニーのストリンガーCEOが6月の株主総会で退任し平井一夫が社長としてCEOに就任する人事を発表した。朝刊1面には「製造業 赤字軒並み」の見出しで今年度のソニーの赤字が2,200億円に達することが報ぜられ、2面には「あのソニー どこへ」とまで書かれている。小見出しには「ストリンガー体制7年 4年赤字へ」とも。

 去年の暮れに出た立石泰則の「さよなら!僕らのソニー」は個性的な技術の会社がいかにして世界的だけれど特徴のないふつうの会社に成り果てたかを書いた本だ。立石はストリンガーにも、彼をCEOにした前代の出井伸之にも繰返しインタビューをしており、とくにストリンガーのパーソナリティについては彼がソニーアメリカに入社してまもない98年11月の初めてのインタビューで「何事も率直に語るストリンガー氏の姿勢に改めて好感を抱いた。その後、機会を見つけてはインタビューを続けた。そうした取材の中で、私はストリンガー氏を信頼したいと思うようになった」とも、「ストリンガー氏のCEO就任が決まったとき、ソニーの判断を歓迎するとともに、わたしは彼に期待したのである」とも書いている。

 しかし、彼の結論は「ソニーの現在の不振の遠因は大賀典雄が後任に出井伸之を指名したことにあり、その出井がソニーを傾け、ストリンガーがそれを確実なものにした」というものだ。

 立石は出井の「勘違い」を痛烈に批判している。社長就任4年足らず、CEO就任の年にダボス会議で共同議長を務めることから始まり、GM、ネスレなどの社外取り締まりを引き受けたりなどしている。「ソニーの社長はそれほどヒマなのか」と声まで出たと。

 ストリンガーに至っては、旧本社跡地、ベルリンのソニーヨーロッパ本社施設、長崎半導体工場などの売却益を折り込むなどして数字を作り、不動産売却に積極的な経営者の常として二度にわたる人員整理により製造現場人員、技術開発メンバーの「積極的」流出を図った由。

 ソニーに入りたい、そう思っていた時期があった。小学生のころのこと。それは「ソニー号空飛ぶ冒険」という番組があり、「日本の会社なのにアメリカにこんな番組を作らせている、すごい」という「誤解」と一彦さんの買ったトランジスターラジオについてきた小冊誌の巻頭に井深大(当時は「まさる」とは読めずに「だい」と読んでいた)が書いていた「ソニー宣言」に感動したからだった。憶えているのは「研究開発費を惜しまず、技術(者)を大事にする会社として設立した」というようなくだり。とにかくカッコウよかった。

 「さよなら!僕らのソニー」の末尾はこう結ばれている。

 ソニーは日本企業であり、エレクトロニクス・メーカーであり続けると信じて疑わない日本人とソニーファンにとって認めがたいことであろうが、グローバル企業になるということは、そういうことなのである。
 たしかなことは、かつてソニーのFMラジオから流れる高音質な音色に感激し、トリニトロン・カラーテレビの映像の美しさに驚嘆し、ウォークマンにときめいたようなことは、もう二度とは起こらないということである。
 そして私たちは、けっしてストリンガー体制のソニーに以前のような輝きを期待してはいけない。いまのソニーは、私たちに「夢」を与えてくれた、ソニースピリットあふれる私たちの知るソニーではないからだ。
 いまの私たちに出来ることは、未来への「希望」を与えてくれた「SONY」に感謝の言葉を捧げるとともに、こう言うだけである。
 「さよなら! 僕らのソニー」

 この節のタイトルは「もうときめきは戻らない」となっている。ストリンガーから平井一夫にバトンは渡った。未練たらたらのソニーファンとしてはトワ・エ・モアの歌にある「青春を忘れたら、もう一度はじめよう・・・人生は長くない、トキメキは失くさない」を期待したい。

 立石の本には彼とストリンガーのこんな会話が載っていた。

 「ネットワークに繋ぐ理由は分かりましたが、ではどこで利益を稼ぎ出すつもりなのですか」
 ストリンガー氏は少し考えてから、こう答えた。
 「それをいま平井に考えさせているところだ」
 私は、絶句した。

 平井がどこの会社にもいる「ただの英語屋」でないことを祈っている、我が青春のソニーのために。(2/3/2012)

 黒目川沿いのウォーキングコース、きのうの午前中までは右岸にはかなり雪の解け残りがあった。しかし、けさは稲荷橋と弁天堀橋のあいだとコカコーラの工場裏のほんの一部を残して、もうほとんど残っていなかった。きのうの南風、そして気温が久しぶりに10℃を超えたからだろう。

 朝刊1面トップは三菱UFJ銀行が日本国債の急落を想定した「危機管理計画」をまとめたというニュース。想定シナリオは2016年に向けて経常収支の減少が続き、これによる信用不安が増大、10年債の金利が3.5%に上がる可能性をトリガー条件としたものらしい。その場合、短期債への買い換えなどの対応策をとるとしたものだというのだが、前提となるシナリオがどれくらいの要因をあげ場合分けをしているのかが分からない。また、国債急落の対策がまさか「長期債を売って、短期債を買うことにします」というたったこれだけのものとも思えない。どうも、本屋に並ぶ「国債危機あおり本」(いまや一部にはオオカミ少年と揶揄されている藤巻健史による「なぜ日本は破綻寸前なのに円高なのか」などもその手の一冊だろう。ここまで外しまくると、フジマキ先生がなぜ「伝説のディーラー」だったのかの方がはるかに大きなナゾに思える)とあまり変わらないというのが素朴な印象。

 可笑しいのは非常にタイムリーなことに(たぶん「仕組んだ」のだろうが)オピニオン欄には一橋大学経済研究所の小林慶一郎が「国債暴落に備えよ」という話が載っている。経済学者様のお言葉を、経済の素人が疑うのは、少しばかり勇気が要ることだが、「嗤ってしまった」。

――財政再建が急務だと言うわりには、国債も暴落していませんし、パニックにもなっていません。
 確かに、そうです。でも、いつそうなっても、不思議ではありません。政府債務の国内総生産(GDP)に対する比率では、日本は危機に見舞われているギリシャやイタリアを上回っています。逆に、なぜ、今、パニックが日本で起きていないのか、説明することもできません。

 経済学の半分は心理学でできているようだから、ギリシャやイタリアを上回る悲惨な状況にあるこの国でなぜパニックが起きていないのかについては経済学者様にも「説明できません」というのはしかたのないところなのかもしれない。しかし、説明ができないにも関わらず国債のデフォルトを確信しているご自分の「心理」ぐらいは説明して欲しい、陋巷の民としては。呵々。

 財政破綻などあってはならないことですが、だからといって「想定するべきではない」「それに備える政策を考えるべきではない」ということにはなりません。原発事故はおきてはならないのだから、おきた場合の対応策は考えるべきではない、として過酷事故の対応を事前に十分想定しなかった原発政策と同じになってしまいます。備えは必要です。

 なかなかうまいものだ。うっかりするとそうだなと思う。だが、原発事故の対応を十分に行わなかったのは「起きてはならないから対応策を考えなかった」わけではなく、対応策を「十分に想定したら」原子力発電など最初から「経済合理性」の枠組みを踏み越えてしまうから「考えない」ようにしただけのことだ。「知」の怠慢、「学」の腐敗が、はじめの第一歩から始まっていたわけで、やらなければならない財政運営を過った結果、惹起されそうな財政破綻とは次元の違う話だ。

 あえていえば、その共通性はこんなことに見出されるかもしれない。

 財政破綻を避けるための論議の必要性について、よく「将来の世代にツケを回さないために」ということが言われる。事故がなくとも原子力発電は放射性廃棄物というツケをどんどん積み上げてくれる。人間の歴史を振り返れば、財政破綻など日常茶飯事だ。その都度ガラガラポンで「やり直し」をしてきたのが愚かな「ホモエコノミクス」の姿だった。原発推進論者が反原発論者にやり込められると、窮鼠猫を噛むように投げつける言葉がある。それは「あんたが反対する原発の電気をあんたも使っているだろう」というものだが、財政破綻につながるような政府事業の恩恵を受けて、子どもも孫も生まれ育つのだ。ツケによる「害毒」の残る年限はどちらが長いか、書かぬが花というものだが。まあ、これはちょっと、財政破綻対策と原発事故対策が同じという主張同様、腹立ち紛れの筋違い論議だが。

 手にとった中で、国債デフォルトに関する本で一番きちんと書いてあると思った本は、土屋剛俊と森田長太郎による共著「日本のソブリンリスク」だが、その中にこんな一節があった。

 前節では,1つの結論として,「デフレ」が,日本における「政府債務の持続可能性」を強化している重要な要素の1つであるということを述べた.「デフレ」は日本経済にとっての深刻な「リスク」ではあるが,日本ソブリンにとっては,むしろ「安全弁」の役割を果たしているということである.日本ソブリンのリスクを予測することは,「デフレ」の状況がいつまで継続するのかを予測する作業とかなりの部分で重複するだろう.しかし.日本ソブリンにとっての安全弁であるところの「デフレ」が一体いつ本格的な形で終了するのかという問いに対して,多くのエコノミストは口を濁してこう言うだろう.「金融危機の余波による大幅な物価下落は遠くない将来に終了するだろう.しかし,本格的に物価が上昇し始める時期がいつになるかは……」.
 「デフレ」は,過去10年余にわたって日本が直面したさまざまな構造的な事象によって引き起こされた1つの「結果」であると同時に,予想外のさまざまな新たな経済事象を生んでいる大きな「原因」の1つでもある.日本政府が,1990年代の時点で予想されていたよりも遥かに円滑な「ファイナンス」に成功し,「政府債務の持続性」が予想以上に維持されてきたことも,その1つであると言える.日本経済にきわめて重要な影響を及ぼしているこの「デフレ」という事象の将来予測に関しては口を濁す多くのエコノミストが,その他のいくつかの主要な経済事象の将来予測に関しては,意外なほど断定的な結論を下す傾向がある.代表的なものとしては,「高齢化で日本の貯蓄率は急速に低下する」,「高齢化によって成長率は一段と低下する」,「貯蓄率の低下によって経常収支は近い将来に赤字化する」,「経常赤字が発生し,対外ファイナンスに依存し始めると,実質金利は大幅に上昇するといった事柄である.
 そして,エコノミストの間でコンセンサス化しているこれらの予測は,いずれも日本ソブリンに対する「安全弁」どころか,逆に深刻な「リスク」として認識されている事柄ばかりである.しかし,ほぼコンセンサスに近い形で予測されているこれらの経済事象の方向性が,「デフレ」という日本経済にきわめて大きな影響を及ぼしている事象の行方とまったく無関係に生じてくるとは思えない.日本ソブリンの「安全弁」である「デフレ」という経済事象の行方が定かでないにもかかわらず,その他の日本ソブリンの「リスク」となり得るさまざまな経済事象の方向性については自明であるというのも,何とも腑に落ちないところである.
 特に,日本の「政府債務の持続可能性」を議論する際に,「経常収支の近い将来における赤字化」→「実質金利上昇あるいは財政リスクプレミアムの拡大」というコンセンサス予測を,その通りに受け容れてよいのかどうかという点は重要なポイントであろう.これは,日本固有のソブリンリスクについて考える場合にまず第一に検討されるべきポイントと言える.この予測には,1997年の時点で日本の財政状況について強い懸念を表明していた理論的,学術的なアプローチと同様な,何か大きな前提または仮定の誤りが内包されてはいないだろうか.

 この本を読むと、小林慶一郎のようにまじめな顔をしてポジション・トークを繰り返すタレント学者(学者としてのモラルを売り払ったような表情がどこか原子力村の詐欺師に似ていて気味が悪くなる)のクズ談義はそろそろやめにして、これくらいのところから地道な思考を積み上げて欲しいものだと心から思うようになる。(2/2/2012)

 新聞記事、時々、収穫満載の日々がある。月が変わったきょうなどもそれ。

 ひとつはローマ法王がネチズンへ呼びかけたというニュース。「インターネットで答えを探したり、自ら発信したりするばかりでなく、より深く理解し合うために『沈黙』を大切にしよう――。途切れることのない問いは、人々の落ち着かなさを表している。うわべだけの意見交換では人々は安らげない」とのお言葉。まことにその通り。

 ふたつめはオピニオン欄掲載の我那覇潤の言葉。「『西洋化』したはずの日本に閉塞感が広まっているのは、その内実が『中国化』だったからというのが自分の見解です。『中国化』は1千年前の宋朝に始まった『中国独自の近代化』のことです」。「なんだ、これは」と思いたくなるが、これがなかなか目から鱗の指摘。ちょっと思い当たる本がある。「文藝春秋か」と思って立読みもしなかった。要確認。

 最後は、「教育」のページ、「大阪府教育基本条例:続・私はこう考える」に佐藤優の言葉。さすがに鋭いところを見せている。

――橋下徹大阪市長らが成立を目指す教育基本条例案をどうみますか
 教員や学校を成果で競わせ、敗れた者を退場させれば皆必死に頑張り、実績が上がる――。人間は合理的な存在でマニュアルさえ決めれば動くという考えなのでしょう。でも外交官として様々な人を見てきた者として疑問です。人間とは不合理なもの。マニュアルで行動を支配できるなんてフィクションにすぎない。
――でも、学力の向上も課題です
 条例案は国際競争に勝てる人材を育てるとうたいますが、教科書を覚え、答案用紙に再現する能力が高い人間が本当に勝てるのか。私が付き合ってきた海外のエリートは深い教養と豊かな発想、歴史観を備えた手ごわい相手ばかり。テストの点を稼ぐ偏差値秀才は太刀打ちできない。
 それより6・3・3制の単線型の学ばせ方から問い直した方がいい。ドイツは4年間の初等教育を終えたら、学ぶ分野も修業年限も異なる学校を選ぶ複線型。得意なものを納得いくまで学べるわけで、個人の能力を最大限引き出すのならこういう方法もある。既存の教育システムの中で締め付けを強めることにばかり力を注ぐのではなく、もっと大きな議論を提起したらいい。
――橋下さんは、今の教育に対する保護者や社会の不満を代弁していると言っています
 本当にそうでしょうか。人間集団である「社会」と、社会を束ねる「国家」との間で、両者の折り合いをつけるのが政治家の役割です。でも橋下さんは双方の代表としての顔を併せ持ち、スイッチが切り替わるように二つの顔を使い分ける。脱原発を唱える橋下さんは社会代表の顔。でも条例案を進める橋下さんは国家の論理に立ち、官僚の代表となってしまっています。
 国家にとって「いざというとき国のために死んでくれる国民」「きちんと働いて税金を納める国民」を育てることが教育の究極の目的です。愛国心や国際競争力の育成を理念に掲げ、首長をトップとした鉄の規律を持ち込もうとしている条例案も、本質的なところで国家の意思と調和する。国家の機能が弱りつつある中、国家という生き物の生存本能のようなものが橋下さんに乗り移っている。私にはそんなふうに見えます。

 最後の言葉はとくに痛烈だ。「国家の機能が弱りつつある中、国家という生き物の生存本能のようなものが橋下さんに乗り移っている」。

 世界が変わり始めていることは、よほどのバカにも皮膚感覚で分かっている。しかし「教科書を憶え、答案用紙に再現する能力が高い」だけの人間、このオレなどその典型だが、そういうこの国の永年の教育の「被害者」には「頼りになりそうな、あるいは、常に確からしく思われるのは『国家』だ」としか考えられない、「考えている」わけではない、そんな風にしか思えないというわけだ。お嗤いだが。

 橋下にしても、革ジャン商売で巻き上げられたカネを取り返すために始めた「法律のお勉強」の切れ味にイチコロになった貧しい「成功体験」がアルファでオメガのような男なのだから、「国家」への入れ込みもせいぜいそんなところと思えば当らずとも遠からずに違いない。

 いずれにしても、君が代と日の丸で「身が引き締まる思い」がするような単純なバカなどに国益をかける交渉などはできない。いや、できないわけではない。交渉らしきものをするくらいはできるさ、勝てないだけで、呵々。

 まあ、パレートの法則に従えば国民の8割、いや、9割以上は単純な人間でいい、残りの1割(たぶん2割はもちろんのこと1割だって要らない)が「国家」と「社会」のマネジメントをしてゆけばいいのだという考えに立つのなら、そういう「エリート」を養成できる仕組みもあわせて用意しておくべきだということになる。佐藤のいう「複線型の教育システム」とはそういうものを指している。

 9割の国民は、平時はしっかり納税、いざというときには命を差し出してくれる「働き蟻」なのだから、「国旗掲揚・国歌斉唱」と号令されれば条件反射的に背筋がシャンとするように叩き込むことが肝要。と同時に、残余の1割のエリートは君が代や日の丸を「所詮、あんなものは愚民教化の道具」とせせら嗤うぐらいの人材でなくてはものの役には立たない。・・・どこか瀬島龍三を思い出させるなぁ。

 そろいもそろって頭の不自由な右翼マインドのお方たちは自らも「働き蟻」ていどの「浅い教養」と「貧しい発想・歴史観」しかないというのが実情ゆえ、どこまで行っても破綻した「大日本帝国」が理想の国家になってしまう。哀しいことだ。(2/1/2012)

 「図書」2月号の表紙はいつもの中世の古書ではなく「星の王子さま」。

 サン=テグジュペリ本人の手になる絵を見て、それと分からぬ者はいないだろうが、タイトルの文字がウムラートのようなものがついていたり、cに尻尾のようなものがついていると、いったい何語版だろうと思う。トルコ語版。このトルコバージョンは非常に凝っていて、ガリマール社の「フォリオ叢書」という「原典」を「判型も挿絵の位置も同じなのはいいとして、ページ数もまったく同一にしてあるのには驚かされる」というくらい忠実に再現してある由。

 作品には、王子の星「小惑星B六一二」をトルコの天文学者が発見して、国際学会で発表したが、その服装のせいで認めてもらえなかった、しかしやがて「独裁者」が服装を西洋風にしろと命令したおかげで、再度発表した際にはすんなり受け入れられたという挿話がある。国父ケマル・アタチュルクによる西欧化を揶揄するようなこの挿話を、トルコの読者はどう読んでいるのだろうか。

 宮下志朗先生、この結びを書きたくてトルコ語版を取り上げたのかしら。

 子どもの素直さを至上として書かれたメルヘンという定説に殴り込みをかけた塚崎幹夫の「星の王子さまの世界」の参考資料の部に、この「小惑星」に符合する事実の有無について東京天文台台長などを務めた広瀬秀雄に塚崎が問うた回答の手紙が載っている。結論から書くと、相当する事実はないとのこと。ただ我が日本が登場するので、書き写しておく。

塚崎幹夫様
 御質問状の回送を受け、御質問了承致しました。
 小惑星B-612番に相当するような事件は思いあたりません。当時(一九〇九)トルコで小惑星を観測発見した事実はないと思います。そこで年代と国とを動かして考えて見ますと、そして強いてこのような話のもとになりそうなことを考えて見ますと、一九〇〇年に二箇、一九〇三年に一箇の小惑星を東京天文台(当時は麻布飯倉三丁目にありました)で発見したことがありました。観測回数は何れも一回だけでしたので、軌道を円形と仮定した軌道だけが計算され、楕円軌道を計算することができませんでしたので、一九〇〇年発見のものには1900FE、1900FFという仮の符号が与えられ、一九〇三年発見のものには1903NEという仮符号が与えられました。1900FFは、二年後、ニース天文台でCharloiが発見した小惑星と同じであることがわかり、「四九八番東京」という番号と名称がつきました。1900FEのほうは、一九一二年になってハイデルベルヒ天文台でMassingerが発見した小惑星と同じものであることがわかり、「七二七日本」(実際はラテン語化したNipponiaとされています)の番号と名称が与えられました。
 1903NEは一九一五年にバルセロナ天文台でComa-Solaが発見したものと同一であることがわかり、日本語の名称が与えられるはずでしたが、どさくさまぎれで804Hispaniaの番号と名称とになってしまいました。
 当時(一九〇〇~一九〇九)日本はまだまだ東洋の神秘国であったでしょうし、そこでの小惑星発見、そして数年乃至十数年後の確認というようなこと、またそこにフランス、スペインの天文学者が関係があったことなど、小事件でしょうが、誰かから話を聞いてフランスの文学者が制作意欲をかき立てられたと想像することは可能かとも考えられます。上の三小惑星の番別はB-612の612をカバーする範囲のものともいえましょう。東洋の日本ではいささか異質として舞台を近東のトルコに持っていったとすることも可能かと思います。
 以上は私の空想にすぎませんが、どこか星の王子様と共通な所があろうかと思いまして、ここに書いた次第です。但し最初不充分な観測しかなく、数年、十数年または数十年後に軌道が確定し、番号や名称がつけられた小惑星の実例は珍らしくありませんが、一九〇〇年前後に欧米以外の天文台で発見された小惑星といえば、日本しか実例はないように思われます。・・・(以下略)・・・

 日露戦争前夜に小惑星を発見していたこと、麻布あたりがまだ天体観測ができるほどに夜は暗かったことなど、けっこう「発見」がある。

 ・・・「星の王子さま」のフランス語版か・・・、耳の奥で「時代おくれの酒場」が響いている・・・あいついまごろ、どこでどうして・・・あの本、まだあいつの書棚のどこかにあるのかな・・・。(1/31/2012)

 黒目川沿いのウォーキングコース。左岸の方はほんの少し雪が残るだけだが、右岸の方はまだ半分以上に雪が残っている。雪というのならいいが、昼間解けては夜凍る、これの繰返しになっているから、氷で舗装したも同然。滑りやすく始末が悪い。

 けさはちょっと寝坊し、スタートが遅くなった。いつもくらいだとまだあまり人は出ていないが9時をまわるとそれなりに多くなる。右岸の状態が極端に悪いから、川上から川下に向かう人もその逆も左岸に集中する。

 手前勝手はいまや時代の病気。とにかくマイペース、他人様のことなど一切気にかけない。並んでベチャベチャとおしゃべりをしながらタラタラと歩く。タラタラはいいとしても道をふさがれるのは大いに迷惑だが、そんなことは一向意に介さない。かと思えば道が狭まっているところで柔軟体操をやっている奴もいる。家を出る前にやればいいことをわざわざ遊歩道まで来てやる。身ひとつまわせぬほど狭い家に住んでいるのか、それとも柔軟なところ(実際はブザマそのもの)を見せたいのか、気が知れぬ。頭をかち割ってのぞいてみたい気がする。ひょっとするとサルほどの脳みそもないやも知れぬて、呵々。

 いちいち癇に触るから折り返し後は右岸を歩くことにした、さすがに稲荷橋から弁天堀橋までの区間はほぼ道幅いっぱいすべてが凍結しているので左岸を歩いたけれど・・・。日当たりが悪いから柔軟体操組もおしゃべり組もいない。足元が危ないからタラタラ歩きのヨイヨイさんたちの行列もない。神経は使うが、よほど気分がいい。

 帰路、右岸がいいのは弁天堀橋から下田橋までのあいだ、富士が見えるから。この区間だけは、まだかなり雪が残っていた先週の木曜日あたりから、もう右岸を歩くことにしていた。富士はきのうもきょうもくっきりと見えた。雪をかぶった美しさは別格。往路のイライラはすっかり解消された。(1/30/2012)

 朝刊の一面と二面に「電力のかたち:制度改革の前に」の第1回が載っている。

 記事はあるドイツ人夫妻の話から始まる。

 「福島での事故に、がくぜんとした。もう原発の電気はいらない」。ベルリン郊外に住むマンフレート・ホフマンさん(73)夫妻は、「100%再生可能エネルギー」が売りの電力会社「リヒトブリック」と契約している。火力にも原発にも頼らず、ノルウェーの水力発電などから仕入れた電気を買えるからだ。
 原発を稼働させている大手「バッテンファル」との契約は打ち切った。以来8カ月、不自由はない。停電もなく電気が届き、メーターも同じものを使い続ける。月12ユーロ(約1200円)ほど電気代が上がったが、「将来世代のために正しいことをしている」。
 電力会社の変更は簡単だ。ネット上には電気代を比べるサイトがあり、申し込みもできる。選んだ会社に契約先の顧客番号などを伝えれば解約を代行してくれる。携帯電話を乗り換えるようなものだ。
 会社員のアンネ・アイヒホルストさん(35)も、パンフレットに付いていた申込書の郵送だけで手続きが済んだ。料金は月3ユーロほど高いが、エコな電気を気持ちよく使う満足を得た。電力会社を選べるがゆえだ。

 できることなら東京電力などに1円だって支払いたくはない。他から「買う」ことができないから、しかたなしに東電から「買って」いるのだ。この気持ちは別に福島の事故があってからのことではない。少なくともチェルノブイリ事故のあとからは原子力発電なる技術をほんとうの技術だと認める気にはならなかったし、可能ならば原子力発電をしていない電力会社から電気を買いたいと思い続けてきた。(日立の鈴木くんは「にわか反原発論者」を想定して、あんなバカなことを書いてきたのだろう。だいたい鈴木くん自身、底の浅い「にわか原発擁護論者」だったことで、すぐにばれてしまったわけだが)

 世の中の半分は目先のことに囚われる人々で構成されているし、基本的に人間は「喉元過ぎれば熱さを忘れる」存在であるし、なにより現代人は「知識はあっても、知恵を持たないか、発揮できない性格をしている」から、次の「想定外」の事故が起きるまでは、この国では原発は稼働されるだろう。この国の人々に賢明さを期待できないことは数十年生きてきてよく分かっている。だから、原発が再稼働されても「まあ、世の中多数決のようですから、しかたがないですね」と微苦笑しようと思っている。

 だとしたら、せめて気に入ったところから電気を買うことだけは実現してもらいたいものだ。いずれ、値幅はどうあれ、東電は電気料金を上げることだろう。たぶん「火力発電のためのLNG調達コストのアップのため」などいう真っ赤なウソをついて・・・。東電のウソにつきあうことにほとほと嫌気がさしている利用者がほとんどであるのに、その「詐欺組織」から買わねばならない。こういう腹立たしさが少しでも緩和できるのなら、経済的にペイするかどうかは別にして、東京ガスのエネファームを入れようかという気持ちになっていることは事実。(その東京ガスにしたって、とてもとても「きれいな会社」とは言い難いのだから、まことに「アーア」ではあるのだが)

 二面には、電力の自由化の対象に過程を含めることについて、この国でかつてなされた検討経過が書かれている。

 日本でも、工場や大型ビルといった大口需要家は、大手電力以外から電気を買える。ただ、家庭は選べない。なぜか。話は10年前にさかのぼる。
 2002年4月、経済産業相の諮問機関「総合資源エネルギー調査会」の電気事業分科会。一部の大口向けで始まっていた電力小売りの自由化対象を、さらに広げようとしていた。
・・・(中略)・・・
 電力業界は自由化議論のなかで、欧米の失敗例を強調した。01年、米カリフォルニア州で深刻な電力危機が起きていた。発送電を分離し、自由化に踏み出した矢先、電力が不足して計画停電が頻発。不十分な制度設計が原因だったが、格好の批判材料にされた。
・・・(中略)・・・
 電力関係者は明かす。「役所はひそかに英国をモデルにした自由化法案を書いていたが、つぶした」。発送電を分離した自由競争の世界が描かれていた。当時を知る学者は「電気事業連合会は強大。完全に自由化したら、原発はやれなくなる、それでいいのかと、政治家や官僚に圧力をかけていた」とふり返る。
 家庭向けの自由化は07年から再び議論するとされたが、同年7月に見送りが決まる。新規参入した電気事業者の供給電力は当時、大口の2%ほど。まずは自由化された範囲で競争環境を整えることが先決、という理由だった。高額な送電網の利用料金や、厳しい利用条件(違反すると高いペナルティー料金を科される)が、参入の壁になっていた。
 自由化の機運は消え、発送電分離はタブーになった。政権が交代しても流れは変わらなかった。が、東日本大震災が封印を解く。首都圏は計画停電と電力使用制限令を強いられた。原発の安全や広域送電網の脆弱さなど、電力供給の問題点が浮かびあがり、地域独占の電力体制に対する批判が高まった。菅直人首相(当時)は、官邸に梶山恵司・内閣審議官(57)=現富士通総研主任研究員=らブレーンを集め、新たなエネルギー政策を練る。昨年5月、原子力比率を30年までに50%以上に高めることを盛り込んだ「エネルギー基本計画」を白紙から見直すと表明。改革は再び動き出した。
 いま政府には、さまざまな審議会や委員会があり、電力制度改革を話し合う。夏までに結論をだし、来年の通常国会に関連法案を提出するかまえだ。制度づくりには、かつて改革の旗をふった人々も加わっている。国家戦略室の伊原智人・企画調整官(43)。元経産省の課長補佐で、電力改革にかかわったが、05年に退官して民間企業に転職。半年前、国家戦略室の職員公募に応じ、2年契約で霞が関にもどった。発電コストの検証委員会の事務局をつとめ、その報告書で「原発は安い電源ではない」ということを明らかにした。
 昨年暮れ、枝野幸男経産相が主宰する研究会は、電力改革の論点をまとめた。「競争的で開かれた電力市場」と、理念を掲げた。電力会社幹部は危機感をつのらせる。「あのときの若手官僚や学者がもどってきている。発送電を分離して何になるのか。メリットはないと断言できる」
 改革の陰で攻防もはじまっている。

 菅直人が宰相の座を追われたのは「原発」という「虎(というよりは「原発利権族」か)の尾」を踏んだからに相違ない。それぐらい電事連の金権力は強固なのだ。

 末尾に登場する危機感を募らせている電力会社幹部の言葉には脱落しているところがあるので補っておくことにする。「発送電を分離して何になるのか。我々にはメリットはないと断言できる」。もちろん、ここで「我々」というのは電力会社の人間であって、需要家ではない。

 これが独占事業の甘い汁を吸ってきた日本住血吸虫のホンネそのものだ。彼らに「メリットがないことが断言できる」以上は、裏を返せば、かなりの確度をもって、(発送電分離は)電力のユーザーのほとんどすべてにメリットがあるのではないかと推測することができよう。彼らに発言の機会を与えるべきではない。彼らはなにかというと「想定外」と言い訳する犯罪者もどきの常習的ウソつきだったのだから。(1/29/2012)

 **さんの七回忌。いつものように・・・(略)・・・**叔父の一家は引き上げ体験が共通していたからか、**(父)さんはことのほか大切につきあっていたような気がする。必ずしも血の濃さだけが要件とも限るまい。

§

 夕刊から。

 ダボス会議にタイミングを合わせてグリーンピースなどの国際的NGOが主催した「地球に害を与え、人権を侵害した」企業を選ぶ「パブリック・アイ賞」で東京電力が栄えある賞を獲得した由。

 ・・・(前略)・・・「無責任な企業」のランキングで、東京電力が第2位になった。福島第一原発事故をめぐり「情報の公表が遅く、うそもあった。隠蔽、改ざんの体質がある」とされた。
 環境NGO「グリーンピース」などが主催する「地球に害を与え、人権を侵害した」企業を選ぶ「パブリック・アイ(世間の目)賞」で、総数8万8千票のインターネット投票で約2万4千票を集めた。1位は約2万5千票を獲得したブラジルの資源メジャー、バーレ。アマゾンのダム開発で4万人を補償なしに立ち退きさせようとしている、とされた。
 世界のNGOが指定した40社の中から最終候補6社が選ばれ、投票の対象になった。工場労働者に有害物質と知らせずに扱わせたとされる韓国のサムスン電子が3位、投機的な食糧の先物取引を通じて世界の貧困層を飢餓に追い込んだとされた英金融大手バークレイズが4位だった。

 千票あまり足りずに第1位を獲得できなかったことは残念だが、東京電力の企業体質を考慮すれば環境破壊力と住民生活破壊力のいずれにおいても十分な潜在的素質がある。来年こそはナンバーワンの獲得が期待できるのではないか。

 ただ若干気になることがある。ブラジル、日本、韓国が「メダル獲得」。どうも欧米的偏見バイアスがかかっている匂いがすること。4位にイギリス企業を入れたのは「アリバイ」作りかもしれない。こうなると「世界のNGOが指定した40社」の顔ぶれが是非とも知りたいと思い調べてみた。

 最終ノミネート6社は分った。1位から順に、ヴァーレ、東京電力、サムスン電子、バークレイズ、シンジェンタ、フリーポート・マクラモン。フリーポート・マクラモンはニューオーリンズに本社を置くそうだし、過去の受賞企業には、フィリップモリスやウォルマート(おう、アレヴァも受賞している)などが名を連ねているようだから、特別の欧米バイアスはないようだ。(1/28/2012)

 ついていない日、徹底的に運の悪い日がある。

 きのうは夜飲み会があって早めに家を出た。買っておきたい本があったから。先日、高見順賞を受けた辺見庸の「眼の海」と新訳が出たカーの「危機の二十年」の二冊。どちらも池袋のリブロにはなく、買い漏らしていたもの。ついでに書評で興味を持った若森みどりの「カール・ポランニー」、その主著「大転換」もチラ読みしようと思っていた。

 いつもの紀伊國屋新宿南。ここは明るいし、通路も広め、ゆっくり探せるのがいい。最近はとんとなくなってしまったが、待ち合わせにも悪くはない。なによりもここで本を探して空振りをくらったことがないという実績がある。池袋の芳林堂なきいま、相性ベストの店だ。

 ところが「眼の海」は「男性作家」の棚にも「詩」の棚にもない。「危機の二十年」は岩波の白帯だが、そのブロックにない。この手の作家や本ではあまりお世話になることがない店内検索システムを使ったが在庫場所は既に探した場所。「危機の二十年」は白-22なのだが、ちょうどそのあたりがぽっかりと数冊分空いている。なんだから一足違いで売れてしまった感じだ。そうなると、お人好しにも無理に作ったような「人生相談」にのり、つまらない本探しに費やした時間が悔やまれる。

 それでは・・・ポランニー。若森の本の方はすぐに見つかった。読みやすそうだが4,200円。たしか「大転換」の方もそれくらいしたはず。財政再建を誓った身としては手引き本(という以上にしっかりした著書と思えたが)に支出するのには若干ためらいが生ずる金額。「まあご本人の本を見ての話」と思って再び検索端末を操作。「大転換」だけではなんと二百冊近く、「ポランニー」で絞り込みをかけると今度は「ゼロ」と出た。ウソだろうと思うがダメ。試しに若森の本を検索するとちゃんと「カール・ポランニー」が出てくる。

 高見順賞受賞直後、翻訳にイチャモンがついてずっと品切れだった旧訳の改訂新訳が出てすぐ、まさかその二冊がどちらも品切れ、ポランニーの主著が「該当なし」とは・・・ね。「そうか、本店に行けば・・・」と思って時計を見ると、もう飲み会の集合時間ギリギリ。つくづく「きょうはついていない」とつぶやきながら電車に乗った。

 さっき、調べてみたら、紀伊國屋の検索に引っ掛からなかった謎が解けた。翻訳の際、「大転換」の著者Karl Polanyiはカール・ポラニーと表記されていたのだ。ついでに「KINOナビ」の方で辺見とカーの本を検索すると「在庫あり」(「2012-01-26 営業終了時の在庫を元に表示しております」)と出てくる。単に店員に訊けば、すぐ補充本が出て来たのかもしれない。ついていないだけではなく、頭もまわらない日だったようだ・・・、なるほど、きのうは仏滅だったか。(1/27/2012)

 JR福知山線脱線事故において業務上過失致死傷罪に問われたJR西日本前社長・山崎正夫に無罪判決が出たのは今月11日のことだった。きのう、検察庁は控訴しないことを決定した。

 まず、事故当時、カーブ箇所にATSの設置を義務づける法令がなかったということが致命的であったし、尼崎駅構内の「改良」工事のために曲率半径が小さくなってしまった事実はあるにしても、そのレベルが極端に厳しくなったという認識も一般的ではなかった以上、刑事責任を問うのは相当無理な話であったわけだから、「判決」もそして「控訴断念」も当然のことだったのだろう。

 朝刊の見出しには「遺族、届かぬ思い」、「亡き娘に報告ができない」などの言葉が並んでいるが、誰かに刑事罰を与えれば思いが届くわけでも、死んだ者があの世で喜んでくれることが保証されるわけでもない。単に遺族の「欲求不満」に対して歪んだ「応え」が返るというだけの話だ。どうしても責任を問いたいというのなら税金に頼るのではなく、自らの懐を痛めて民事裁判を提起するのがスジではないか。カネを渋って安全をないがしろにした人物と会社にはカネで痛みを感じさせる方がいろいろな意味ではるかに効果的だし、安全に代えても営利最優先という企業風土も叩き直されると思う。

 この事件では井出正敬、南谷昌二郎、垣内剛の歴代三社長について検察審査会が「起訴相当」を再議決し、現在、公判待ちの由。検察が立件したものが無罪確定しながら、検察が起訴できなかったものが有罪になるというのは常識的にはあり得ない。検察審査会の覆面市民による「感情的な議決」が大はやりしているが、そろそろこんな税金のムダ遣いについて考え直す必要があるのではないか。

 再議決・強制起訴の仕組みが不要だというのではない。どこの誰とも分からない幽霊のような人々が無責任にチャチャを入れるというのはいかがなものか・・・と、そういうことだ。どこに住むどんな人がどのような論理で「不起訴不当」、あるいは「起訴相当」と判じたのかが分かるようにしなければならないのではないかということ。人一人の刑事責任を云々する以上はその責任は意識してもらわなくては困る。感情論にまかせ、ものかげに隠れ、撃つような卑怯なことを断じて許すべきではない。

 これから飲み会。出かける直前になると億劫になるのは悪いクセか。勢いがつくように、きょうはちょっと仕掛けをしたが、かえって出かけるまでがあわただしくなってしまった。(1/26/2012)

 天気はよい。しかし朝の冷え込みはこの冬一番。遊歩道はたぶん凍結と見込んで、きょうもステップボード。10分で約1,000歩。約2時間弱続けると暖房は切っておいても汗ぐっしょり。

 一風呂浴びて、読書タイムに入っていると、**(家内)が鼻を膨らませながらやってきた。「洗濯機の中に、これ」。鬼の首でも取ったような表情。歩数計。またやってしまった。「一日一万歩」のノルマ連続達成にこだわるあまり家の中でも歩数を稼ごうと、ズボンのポケットに入れたまま洗濯機に放り込んだ。

 表示が消えている。モチベーションの維持のために歩数計は欠かすことができない。いま注文すれば、あすの昼くらいには届く。すぐにAmazonに同型品を注文。

 そこまでしておいて、ダメ元で分解してみた。ボタン電池を取り出して、4カ所のネジを外し、すき間にマイナスドライバーを抉入れてなんとか開ける。ゴムパッキンが挟んであった。さほど水は入っていない。プリント基板を固定するネジを外す。表示部とのあいだにケーブルがあると想像していたが、スライドグラスの両端に黒い樹脂がついているだけ。基板上のフラットベッドからドライブされる構造になっているのだろうか。ケース、基板、表示プレートについている水気をティッシュで拭き取ってから、再度、組み立ててみた。電池を元に戻して見ると、設定データ画面になった。データは設定時のまま。時刻は10時52分で止まっていたので、それのみ再セット。階段を上り下りして、カウントが進むことを確認。無事、リカバリー。

 あわててAmazonの進捗状況を確認。幸い、まだ、出荷準備中。こちらもダメ元でキャンセルにトライ。予備機にしてもとは思ったが財政再建の折から3,790円の出費をセーブするに越したことはない。こちらも、無事、キャンセル。

 前のタニタの歩数計を「洗濯」して、この歩数計に切り替えたのはおととし7月31日。これになってからの総歩数は6,437,754歩。時計回りに日本を歩いて宮城を過ぎたところ。春までには日本一周。もうしばらくは伴侶でいてくれ。(1/25/2012)

 札幌にいたころ、雪の日にはさまれた晴れの日、雪間が好きだった。といっても、札幌にはあまり陰鬱な印象がない。小樽とは好対照だ。

 大きな窓から射し込む陽の光の記憶だけが鮮明に残っている。雪が降った翌朝、目覚めると、まず天井の明るさが目に入る。内戸を開けると降り積もった雪に反射する圧倒的な光が眼を射る。上からも下からも光がやってくる、寒ささえ心地よい。雪の間の晴の日はそれだけで幸せな気分になる。

 けさはそんな記憶を呼び覚ますような朝だった。もっともこんな太平楽な気分に浸れるのは、なんといっても通勤しないからのこと。きのう、夜、短時間に一気に降り積もった雪で通勤時間帯はかなりの混乱があった。ウォーキングはとても無理。また、「相棒」を観ながら、ステップボード。

 朝刊に「首都圏でマグニチュード7級の直下型地震が4年以内に70%の確率で起きる可能性があるとの計算結果を」東大地震研が公表したとの記事。

 地震研は、東日本大震災が起きてから昨年12月までに、東京都など首都圏で起きたM3以上の地震を気象庁の観測データから抽出した。震災前はM3以上の地震は5年間で約500回だったが、震災後は5.5倍の1日あた1.48回に増えた。
 地震はMが1大きくなると、発生頻度は10分の1になることが経験的に知られている。これを踏まえ、今回のデータから、M7クラスの地震の発生確率を計算したところ、4年以内に70%、30年以内では98%になった。
 政府の地震調査研究推進本部は大震災前、別の計算方法で南関東でM7程度の地震が30年以内に70%の確率で発生すると予測している。地震研の平田直教授は「東日本大震災が起き、大地震はしばらくないと考えてしまう人がいるが、他の地域での発生確率はむしろ高まっていると認識してほしい」と話している。

 「30年以内に70%」と言われると「もう、この歳だ、逃げ切れたかな」などと思ってしまう。それが愚かなところなのだろうが、さすがに「4年以内に70%」と言われると妙に恐くなる。恐くなるだけで、いまからすぐにでも、非常持ち出し品を準備しようとか、買ったままになっているタンスの固定具を取り付けるぞというところまでゆかないのが、度し難いところ。(1/24/2012)

 国立博物館で開催中の「北京故宮博物院200選」展を観た。昨年の平山郁夫展同様、休館日に行う朝日アスパラクラブ会員限定の展覧。これがうれしいのは、当日券1,500円のところが無料ということもあるが、混雑の中をせき立てられるようなこともなくゆっくり観られるというのが一番大きい。

 目玉は「清明上河図」。故宮でも常設展示されることはなく、国外はおろか中国国内でも上海、香港などで期間限定展示されたことがあるだけという中国の「逸品」。

 洛中洛外図のようなものを想像していたが少し違う。ある日、ある時刻を切り出し、人間の営為を描いているという点では同じなのだが、大きく違うのは動きがあること、そしてある種のストーリー性が強烈に感じられること。ブリューゲルの絵を巻物仕立てにし、観る者に時間の経過を意識させているといったらいいだろうか。巻物というスタイルからすると、「鳥獣戯画」に近いか。

 それにしても街の賑わいを写真に写し撮る以上に細かく、細部を積み上げることによって、描ききっていること、それにより開封の街の空気感までが感ぜられること、「神品」と称えられてきたことが十分にうなずける。

 展示には書跡もあった。**(家内)は黄庭堅の「草書諸上座帖巻」を観るなり声を上げた。そういえば結婚するまでは書道をやっていたのだ。こちらにはあまりに自由奔放でぴたりと来なかったが、見る目がある者には違うものらしい。あえてあげるとすれば、「楷書閏中秋月詩帖」(といったと思うが)のスリムで端正な書の方に魅力を覚えるが・・・。

 図録は予約制になっている(「清明上河図」の人気故、用意したものが売り切れてしまったのかもしれない)とかで、2,500円を支払って申し込んできた。来るのが楽しみだ。

 まことにみごとなものばかりで近ごろにない収穫。これほどの展示にも関わらず、主催が国立博物館、故宮博物院、朝日新聞、NHK、これに毎日新聞が特別協力というせいで、さほどマスコミを賑わせていないのは不思議。他社の関わる展覧会に冷淡なのはマスコミ特有の現象だが、いささか不思議、かつ、精神が狭量。これが「モナリザ」なり、「ミロのビーナス」ともなれば、そんなことはないのだろう。結局のところ、舶来に弱いといっても単に紅毛碧眼に弱いだけのこと。同じ東洋の隣人の精華についてはやっかみが先に立って眼が曇るとは情けない。

§

 朝刊ラテ欄の「フォーカス・オン」。ビキニ環礁での水爆実験による死の灰の被害について、高知の高校教諭だった山下正寿が長年にわたって行った調査活動を取り上げた番組が取り上げられている。南海放送の製作でローカル局のしかも深夜時間帯のオンエアということで、あまり注目されることはなかったが、福島の事故により地道に製作された番組が全国ネットに取り上げられることになったということ。

 日本テレビで29日深夜0時50分の放送の由。録画を忘れないよう、とりあえずメモ。ところで29日0時50分というのは28日24時50分なのか、それとも29日24時50分なのか、どちらだろう。(1/23/2012)

 おとといから、雪、みぞれ、雨。これで3日連続ステップボード。高さは20センチにセット。20分ほどでうっすら額に汗。単調な運動だが「相棒」を観ながらなので苦痛ではない。ちょうど2回の放送分くらいで約1万歩。終わるころにはウォーキング1万歩分以上のエネルギー消費。

 今月に入ってからBMIは20.9から21.4、体脂肪率も一週間の移動平均で12.4から13.5%を推移しているから、数日くらい歩かなくても問題はないのだが、一日1万歩以上のノルマを連続してクリアしていると、これが途切れるのが癪・・・と、ただそれだけ。単純な意地。一汗掻いて朝風呂というのが生活のリズムになりつつあるので、それを狂わせたくないというのもある。

 このていどでは運動の内には入らないのだろうが、これを続けているせいか、体調はベスト。ノーストレスということもあって免疫機能もフル稼働しているらしく、風邪もひかない。2時間ほど自動的にとられてしまうのはちょっと痛いが、終日、PCの前で読書というのでは不健康だろう。

§

 一週間前の日曜日の予測は半分あたり半分はずれた。上げるだろうと予測したニューヨークダウは上げ続けた。キング牧師メモリアルデーのため月曜日が休場、火曜日から4営業日連続で約300ドル(60.01、96.88、45.03、96.50)。これはあたり。しかし、ユーロから逃げたカネがアメリカに環流するからそうなるとみた理屈付けは外れた。

 スタンダード・アンド・プアーズは、フランス国債などの格下げに続けて、わざわざアメリカが休日の16日(日本時間の17日)を選んで、なおかつ、ご丁寧に欧州金融安定化基金(EFSF)の格付けまで下げた。「フランスとオーストリアの格付けを下げたから」という理屈だが、ならばアメリカが資金拠出を渋るIMFの格付けなどというものも考慮するつもりがあるのかと嗤いたくなる。念には念を入れた「ユーロ攻撃」。オオカミ少年とハゲタカヘッジファンドもここが戦いの正念場と考えている証拠かもしれぬ。現にギリシャ政府と欧州銀行グループの交渉はこのために一時的に中断した。

 ところがすぐそのあとに行われたスペイン国債の入札は意外なほど順調に進んでしまった。週明け、さらに下げると思われたユーロは、意に反して、上がった。先々週末の14日早朝97円47銭で終わったユーロ円は16日97円37銭で始まり、その後ジリジリと上げで17日夜には98円台に乗り、20日には100円台を回復(最終的には99円53銭でクローズ)した。

 市場関係者の説明は「スペイン、ギリシャの順調な入札結果を受け、欧州各国の資金調達懸念が後退するとともに、IBM、マイクロソフトなどのほか銀行の決算が好調、かつ経済指標数値が好感されたことによる」というもの。いい加減なものだ。たしかにバンク・オブ・アメリカは黒字に転換し、金融大手の銀行業務は堅調で不良債権処理費は減ったと伝えられるが、10~12月期決算はゴールドマン・サックス、JPモルガン・チェース、シティは減益だったし、モルガン・スタンレーは赤字だったはず。

 結局のところ、アングロ・サクソン格付け会社によるユーロ攻撃第一弾は休日返上の「努力」にもかかわらずPIIGSの国債のみならず、EFSFの資金調達にさしたる影響が出なかった「ショック」が、逆に妙な「安心感」を演出してしまったというところではないのか。・・・となれば、格付け会社・ヘッジファンドのタッグチームとしてはどうするのか、ムーディーズの出番はいつになるのだろう。(1/22/2012)

 きのうの朝刊に既に報じられていたが、コダックが経営破綻した。創業は1881年1月だから131歳だったことになる。

 正式の社名は「イーストマン・コダック」。イーストマンは創業者ジョージ・イーストマンから来ているが、コダックはこの会社が1888年6月、小型ボックス・カメラの第一号(有名なコマーシャル・コピー"You press the button. We do the rest."―ボタンを押して下さい。あとは私どもがいたします―で知られる)につけた名称から来ている。手もとの「世界企業時代」にはこんなことが書かれている。

 イーストマンは力強いKと言う字に魅力をもち、ことばの前とうしろにKを用いてひとつのことばをつくろうとした。そして世界どこへもっていっても、同じ発音になることばをさがした。こうして生まれたのが"コダック"であった。KODAKの商標は、現在それだけで20億ドルの価値があるといわれる。80年も前に、国際的な命名を考えていたその卓見には舌を巻くほかない。

 ジョージは典型的なセルフ・メイド・マン。8歳で父を失った後、母と2人の姉とともに貧苦の中で育った。20歳でロチェスターの銀行に安定した職を得ると写真乾板の研究を始め、1881年、27歳の時に貯金5,500ドルをはたいてイーストマン・コダックの前身になる会社をロチェスターに設立した。ほどなくロールフィルムの特許を取り、コダック・カメラ(フィルムつきで販売し、すべて撮影したらそのままコダック社に送れば、現像焼き付けをして新しいロールフィルムを入れたカメラとともにユーザーに送り返す仕組み。いまのレンズ付きフィルムの商売に似ているビジネスを19世紀末に始めていたわけ)を破格の25ドル(その7年後には「ポケット・コダック」を5ドル)で売り出した。生涯独身だったが、晩年は脊椎を痛め激痛に悩みピストル自殺した。最後まで強い意志の人だったようだ。

 会社は彼の死後も順調に発展し、世界最大の写真メーカーになった。ハリウッド映画のエンドロールには必ず「Kodak」の名前があった・・・と思う。「世界企業時代」は朝日ジャーナルに連載された後1968年にまとめて刊行されたが、コダックの章には当時の巨人ぶりを示す様々の数字が示されている。あのデュポンがひそかに準備を進めたカラーフィルムの発売寸前に、コダックがぶつけてきた「コダクロームⅡ」との圧倒的な仕様ギャップに挑戦をあきらめたというエピソードも紹介されている。

 その章の末尾に「独走にさす三つの影」として、「競合の動き」、「反トラスト法の存在」などとともに、「映像産業としては必ずしも安泰ではないこと・・・アマチュア写真市場に重心がかかりすぎ」が上げられている。またポラロイド社(とっくに経営破綻して消えたが)の創業者がその特許を持ち込んだ際にこれを断ったこととあわせて「極めて控えめに紳士的に振る舞う会社である」とも指摘している。

 研究所でデジタルカメラを自ら開発しながら、フィルムビジネスにこだわりデジタル化の波に呑まれたことは、圧倒的な収益源がかえって「躓きの石」になることを示しているが、すばらしい高賃金故に労働組合すらなかったというところにほの見える保守性、おっとりした社風もまた破綻のもとになったのだろう。(1/21/2012)

 5時前に眼が覚めた。お手洗いに立って、ベッドに戻る前に屋上階段から外を見ると、**さんの庭が白くなっていた。35日連続、歴代3位のカラカラ天気の記録が止まった日は「雪」。

 ウォーキングタイムになっても降り止まない。これくらい降ってくれていると思い切りがついていい。録画してあった「相棒」を観ながら久々にステップボード。

 きのう、東京電力は福島第一原発2号機の内部を工業用内視鏡で調査した映像を公開した。格納容器の脇腹に穴をあけ、2メートルほど挿入した由。格納容器内の水蒸気のため映像は不鮮明、はっきり見えるのは放射線による白い点々のみ。見えていいはずの圧力容器も、冷却のために大量に注入した水のたまり具合も、解け落ちた燃料も、確認できない。東電は「温度計の値がおおむね正しかったことを確認できたのが成果」とコメントしたそうだ。言い換えれば、「見る」ために挿入した内視鏡による成果は、今のところ、期待したレベルに達していないということ。

 夕刊に連載されている「原発とメディア」にスリーマイル島事故直後の報道状況に関するくだりがあった。

 事故の評価は、原発に対する考え方で分かれた。朝日記者の間でも同様だった。
 科学部出身のニューヨーク支局員、石弘之(71)は「技術が一方的に肥大化、装置が巨大化して、人間の手に余り出した」「事故発生時の情報伝達、住民への広報体制も(略)機能しなかった」と述べて事故に学べ、と訴えた(科学朝日6月号)。
 一方、科学部の大熊由紀子は「装置の故障や(略)操作員の未熟な判断」が重なったのが原因だとして改善を求めるとともに、炉心溶融からは「ほど遠い」状態だったと指摘(6月13日付)。米原子力規制委員会などの速記録を引用して、発電所周辺の放射線量は低く、住民が避難する必要はなかったと強調した(8月22日付夕刊)。
 しかし、実際には、深刻な炉心溶融が起きていたことがその後、次第に判明していった。85年4月12日付「炉心20%が溶融」▽88年11月1日付夕刊「炉心の45%溶けていた」▽89年6月1日付夕刊「炉心溶融は52%」――と朝日新聞は報じた。
 日本新聞協会の調べによると、事故発生から1カ月間に、全国の新聞に計96の関連社説が載った。多くが安全対策の強化を求めた。しかし、原発廃止を論ずる社説はなかった(新聞研究79年6月号)。
 事故は、従来の日本の原子力政策を根本から問い返すことにはつながらなかった。
 日本エネルギー経済研究所長(元科学技術庁原子力局長)の生田豊朗は、事故報道を評して次のように述べた。
 「実態も分からないままに、原子力反対の立場が明らかな学者にコメントを求め、『重大な事故が起こるべくして起きた』などといわせるのはいかがなものだろうか」
 「(その後、虚像がしぼみ)『かなり大きな故障と操作ミスの複合』と表現した方がよいようなことになってしまった」(新聞研究79年7月号)

 スリーマイル島事故の詳細が判明したのは事故から6年経ってからのことだった。圧力容器は外見上保たれていたため、当初、原子力関係者は口をそろえるようにして「ちょっとした機器の不具合と運転員の操作ミスが重なっただけのこと。メルトダウンなどと大げさに騒ぐようなものではない」と主張した。まさに「実態も分からないままに」、「炉心溶融(メルトダウン)からはほど遠い」と書き、言ったわけだが、その姿勢こそ、大熊由紀子や生田豊朗が原発反対論者に浴びせた「非科学的」で「いかがなものか」というべき姿勢そのものだったわけだ。なんとまあ、皮肉なことだろう。

 今回、東電が小出しにする情報に、どんな人たちが、どんなコメントをし、どんな主張をするか、注目し、記録し、記憶しておけば、なかなか面白い「聞きもの、見もの」になるだろう。楽しみなことだ。

 閑話休題。

 生田は既に亡くなっているようだが、大熊由紀子はまだ生きている。

 彼女には「核燃料-探査から廃棄物処理まで-」という著書がある。いまAmazonで検索してみると、表紙の写真は石川迪夫の「原子炉の暴走-第2版-」の裏表紙に使われている写真と同じ(チェレンコフ光。原子力推進論者は、石川同様、この青い光が大好きらしい)ようだ。

 当時は必ずしも「反原発」ではなかったから、「このていどのことなら知っているよ」という内容だったか、あるいは「なんだ、お決まりのアメリカでは・・・というだけの本か」と反発したか、いずれにしても、書棚に置くほどの本とは思わなかったのだろう、手もとにはない。結婚する前のことだから、カネがなかったわけではないと思う。要するに知的好奇心を刺激するような本ではなかったのだ。

 しかし・・・と書くべきか、だから・・・と書くべきか、この本はけっこう「売れた」らしい。「原発とメディア」には、「朝日の福井支局員だった大垣源治(66)は、県庁記者クラブで電力会社が朝日の科学部記者、大熊由紀子の著書『核燃料』を報道各社に配布したと証言する。大垣の手元に残るのは77年3月10日発行の第4刷。ほかに福島県や愛媛県で取材した朝日OBも、電力会社が『核燃料』をまとめ買いしていた、と語っている」とある。大熊は電力会社や原子力村のマスコットガールだった。

 彼女は、その後、介護・福祉の方へ「逃亡」したらしいが、不器用な頭の固いタイプらしく、「原発とメディア」の連載にあたって、編集委員上丸が行ったインタビューなどでは、こんなことを言っている。

 エネルギーがあるから人工呼吸器も動く。エネルギーが乏しければ必ず弱者にしわ寄せがいきます。
 薬害は問題ですが薬をなくせとはなりません。原発をなくせという方を批判したのはそのような理由からです。

 たしかに平均寿命と社会が消費するエネルギー量とのあいだには密接な関連がある。そのことは、フクシマ事故以後、売れっ子になった感のある小出裕章が事故以前に出版した「隠される原子力・核の真実」の最終章にも、原発に代わる発電方法について一番真っ当な主張をしている石井彰の「エネルギー論争の盲点」の冒頭の章にもきちんと書かれている。しかし原子力で発電した電気でなくては動かない人工呼吸器など作りようもないし、原子力でなくては潤沢なエネルギーが確保できないわけでもない。

 また、薬害の影響はその薬を飲んだ者に現れるが、その子孫に及ぶ確率は低いし、その薬を飲まない者には及ばない。だが、一朝、原発で事故が起きれば、事故現場にいた者だけではなく、相当遠くにいた者にまで影響が及ぶし、最悪は、そのときまだこの世に生を受けていない者にも遺伝的な災禍が及ぶ。しかも、その影響する範囲は薬害などとは比べることができないほど広範になる。どのように考えても同列に並ぶわけがない。疑うのなら福島あたりの街頭に立って百人にでも千人にでも尋ねてみるがよい。

 大熊が何歳かは知らぬが、よほどに耄碌したのか、それとも最初から、視野の狭いバカだったということか、どちらかであろう。

 気違いに刃物、バカ記者(いまはバカ教員らしいが)にペン。疾く、一線を退くべし。(なにより腹が立つのは弱者を「人間の盾」にしようというその腐り果てた根性、まさに人非人のレベルだ)(1/20/2012)

 君が代について、きょうは別の角度から。

 君が代は挽歌であるとする説がある。wikipediaにはこのように書かれている。

 藤田友治を中心として唱えられている、およそ以下のような説。古田説の亜流であり、「古田の助手のような青年」と言われる古賀達也も支持している。

 一顧だにする価値のない説のような書きようだが、「古田武彦の助手のような青年」が支持している説であることが取るに足らない論説である根拠にはなるまい。逆に、この項目の執筆者として批判する有力な根拠を示せないために、このような紹介しかできないのではないかと思わせるところが妙に可笑しい。

 「君が代挽歌説」を知ったのは藤田友治からではない。溝口貞彦の「和漢詩歌源流考」からだ。藤田がこの説を述べた「君が代の起源」は2005年の刊行だが、溝口の本は2004年3月の刊行だ。もちろん、だからといって溝口がオリジナルで藤田が「亜流」だということにはならない。ただ、溝口は古田の「君が代九州王朝賛歌説」もかなり厳しく批判している。少なくとも粗雑な「批判」とはレベルの違う読み応えのある「批判」である。wikipediaの「君が代」の項を書いた人も見習うべき「批判」である。「挽歌説」が古田説の範疇に入るものという「理解」は過っている。

 溝口は君が代の「さざれ石の巌となりて」についての疑問から始めている。小石が成長して岩になるはずがない(wikipediaはストロマライトまで持ち出しているが、そのような知見が王朝時代にあったわけはない。現在だってストロマライトに関する知識がある人がどれほどいることか、そのくらいのことは誰でも想像がつくはずだ)以上、「比喩と解されなければならない」ことは明らかで、素直に「微少なものを多数集め、積み重ねて、巨大なものをつくるという思想を表現したものである」という溝口の主張は変にイデオロギーにとらわれることのない人にはうなずける話だろう。

 その上で、溝口は、平安貴族の教養であった白氏文集、老子、荘子などの中国思想および仏教思想の影響を一つずつ指摘し、結論における「蓬莱山思想」への展開の準備としている。さらに続けて、いくつかの万葉歌を引き、かつ、語源をたどるなどしながら、「巌」が墓地、死の象徴であったこと、「さざれ石」は「神聖な石」、「霊石」、「死者の魂」を表わすものとの解釈を示している。さらに、万葉集巻7-1334(溝口本に「巻6」とあるのは間違いないしは誤植)「奥山の岩に蘿(苔)生し畏けれど思ふ心を如何にかもせむ」などを例にとり、「苔」に「死からの再生」の意味を読み取っている。

 つまり、君が代は、一人一人の死(さざれ石)後の霊魂が集積する(巌)ことにより、生成される蓬莱山に生命の再生(苔むす)を願う歌、つまり「挽歌」であるというわけだ。

 以下は溝口が説いていることではなく、我が想像。古今集のころには万葉集的な「挽歌」は廃れ、死者を悼むあるいはそれに類する歌は巻16「哀傷歌」に収められた。巻16を一覧すれば分かることだが、古今集の哀傷歌は、良く言えば我々には分かりやすいが、悪く言えば奥行きのないまさにセンチメンタルそのものの、まるで「塗り絵」のような歌のオンパレードで万葉の「挽歌」とは質的に大きく違い、心に響くものではなくなっている。正岡子規が紀貫之そして古今集を酷評した理由はいくつもあるのだろうが、このあたりも大きいのではないか。

 君が代の元歌「我が君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔の生すまで」は古今集の巻7「賀歌」に収められているが、万葉集巻2-228には類縁を指摘される「妹が名は千代に流れむ姫嶋の子松が末に蘿(苔)生すまでに」という挽歌がある。読み人知らずとされる古今集の「我が君は・・・」がいつ詠まれたものかは分からないが、もしこの万葉集の「妹が名は・・・」が本歌だとすると、紀貫之の編集は歌の襞に隠されたものを見落とした誤りであることになる。そして古今集の部立を盲目的に信じ、君が代をお祝い事の歌だとしてきた明治以来の「伝統」も「アキメクラ」故の迷妄ということになる。

 溝口はこんな風に書いている。

 先に述べたように、「我君は」の歌は本来挽歌である。もしそれが「哀傷歌」のうちに含まれていれば、明治初年薩摩の人たちは、「君が代」を明治政府にすすめることはしなかったであろう。近年「君が代」を国歌として法制化する運動をした人たちは、それが挽歌の系列に属することを知っていたのだろうか。
 いかに貫之にはじまる誤った伝統によるとはいえ、祝賀の儀式で一斉に挽歌を歌う国民は、視宴の会場で弔辞を読む客と同じく、悲喜劇といわなければならないであろう。

 まあ、明治以来おびただしい国民を戦火の中で失ってきた事実を想起すれば、「葬式ソング」を国歌にして、ことあるごとに歌うというのも悪いことではない。ただし、歌っている歌詞の意味を意識しながら歌うのでなければ、悼んでもらう死者もあまりうれしくはなかろう。

 以下、蛇足の記事。「賀歌と挽歌は性格は逆のものであるが、しばしば取り違えられる」として、溝口は万葉集巻6-1043、大伴家持の歌を上げている。これを読むと「目の中の梁」とはこのようなものをいうのかという感慨を新たにする。(1/19/2012)

 毎朝、7時前後に起き出し、早朝にクローズしたニューヨークダウの終値、ニューヨークタイムでの為替レートを記録してから居間に下り、30分から始まる朝ドラを見ながら朝食をとるのが、最近の・・・いや、リタイア後のパターンになった。

 いまの朝ドラは「カーネーション」、コシノ三姉妹の母、小篠綾子をモデルにしたもの。上期は井上真央が演ずる「おひさま」だった。上・下とも戦前から戦後への「一代記」スタイルが並ぶのは久しぶり。去年上期の「ゲゲゲの女房」もそうだったが、どこか戦前と対比させ戦後のある時期を「いい時代」として描いているところがある。これは老境に入りつつある年代には心地よいが、世代によっては軽い違和感を覚えるかもしれない・・・などと思っていた。

 けさ、朝刊のオピニオン欄を読んでいたら、こんな一節が眼に入って来た。

 だから、大きな幸福感を得るときというのは、大変残念ながら日本も経験したように、すべてを破壊する戦争などのあとだ。とても大きな苦しみの後、30年にわたって幸せを感じることができる

 フランスの経済学者、ダニエル・コーエンへのインタビュー。見出しは「経済成長という麻薬」。「だから」という言葉の前には、こんなやり取りがなされている。

――経済成長は歴史的には欧州で創り出されたのですか。
 産業革命とともに欧州で発明された。17世紀の科学革命の成果でもある。それは自然と人間の新しい関係を切り開き、物質的な社会を築いた。われわれは、今そこに暮らしている。
 けれども一人一人の幸福は増えていない。かつては、社会が豊かになれば人口が増えるが、一人一人は相変わらず貧しかった。今、同じような言い方をすれば、経済が成長すれば一人一人もより多くの財を手にできるが、より幸福にはならない、ということだ。
――経済成長の結果、豊かになることは、幸せになったということにならないのでしょうか?
 ならない。快感は成長が加速するときに得られるだけだ。新しいカメラを買った初日みたいなものだ。1年は続くかもしれないが、そのうち飽きてしまう。人を幸せな気分にするのは成長であって、豊かさそのものではない。到達点がどこかは重要ではない。重要なのは「もっと、もっと」という感覚だ。

 「もっと、もっと」という飢餓感は臨床心理学者のポール・ワクテルが「『豊かさ』の貧困」(もうずいぶん前の本だ)で指摘したことでもある。ワクテルは「『より多く』飢えることが現代の道徳規範である」と書いていた。

――欧州は経済成長のない時代に入りそうです。
 欧州は90年代の日本のような『失われた10年』に向かって出発したのだ。当分、成長をあきらめなければならない。そうなると、社会のもろさが見えてくるだろう。経済がどんどん成長することで幸福を感じてきた社会だから。停滞とうまくやっていくことができない。
――どんなもろさでしょうか。
 たとえば極端な主張をする勢力があちこちで台頭して、民主主義も危機を経験している。何もかもがやっかいな空気を醸成している。不寛容で不幸な社会。
 欧州の危機は米国と少し違う。それは欧州統合というプロジェクトの危機だ。これは、欧州を利己的な各国家を超えた共同体として統合しようという理念に基づいている。それなのに、繁栄している国々が、困難を抱えた国を助けずに見捨てようとする動きが出たときに、それを欧州統合の理念が押し返せない。
 債務危機の議論とともに、ギリシャ対ドイツだの、イタリア対ドイツだのとステレオタイプもまたぞろ登場してきている。欧州建設が始まって半世紀にもなろうというのに、だ。愚かしい。
 文明が進むということは、人類はだれもが兄弟だと考えることができるようになるということでもある。欧州統合もその一つだ。だが、文明の進歩がこれほどもろいとは、信じがたいほどだ。

 理性というのはそのていどのもので、感情論に対しては徹底して無力なのだ。なぜか。多勢に無勢だからだ。コーエンは「民主主義も危機を経験している」と言っているが、多くの人々が民主主義と思っている制度そのものが理性的な声を圧殺するのだ。

――経済成長、それ無しで済まそうと思っても手放せない。中毒症状を起こす麻薬のようですね。
 中毒症状から抜け出すには、自分たちの欲望を操っている法則を理解し、行動しなければならない。ただ残念ながら、人間がそうした法則を理解するのはいつも時代が次に移ってからだ。
 ただし今度は、地球環境にのしかかっている負荷を考えれば、われわれを操っている法則をリアルタイムで把握しなければならない。われわれの快楽が『もっと、もっと』から来ることを理解し、それを制御しなければ、何の利益にもならない競争が結局、エコロジー上の大災害につながるだろう。
――もはや経済成長がもたらす幸福感を無邪気に求め続ける余裕はもうないと?
 人間が成長のない世界に向かうとは考えにくい。しかし、今までとは本質の異なる、理にかなった成長を目指さざるをえない。たとえば知識の成長だったり、医療の成長だったり・・・。いずれにしても物質的ではない成長だ。だが、人々は生きにくい時代から抜け出すには、より早く、より遠くへ進むしかないと考える。

 経済成長は必須である、減価しないばかりではなく、複利という仕組み故に、ガン細胞なみの自己増殖力マネーが野放しになっている限りは。そのような意味では、イスラム教が利子を取ることを禁じているのは、絶対に正しいことなのだが・・・)

 少なくとも、マネーゲームの如き金融取引に必要にして十分な課税制度を設けるていどのことをしなければ、「経済成長」という病から人間が解放されることはないだろう。(1/18/2012)

 俗に言う「君が代不起立」処分の正当性について、きのう、最高裁で判決があった・・・といっても大法廷ではない、第一小法廷。故に、判決に関わった裁判官は5人。裁判長は金築誠志、以下、宮川光治、櫻井龍子、横田尤孝、白木勇。

 判決内容は基本的に判決内容は、思想・良心による不服従については認めないことを基本に設定した上で、行政による処分は妥当とし、減給や停職などの大きな不利益を発生する処分については慎重な配慮が必要とするものだった。多数意見は金築、櫻井、横田、白木の4裁判官、反対意見は宮川裁判官だった。歴史的には、ほとんどの場合、いわゆる「反対意見」の方に「価値」があるものだ。この決定についても判決文末尾にある「反対意見」から、目についたところを書き写しておく。

 第1審原告らは,地方公務員ではあるが,教育公務員であり,一般行政とは異なり,教育の目標に照らし,特別の自由が保障されている。すなわち,教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,幅広い知識と教養を身に付けること,真理を求める態度を養うこと,個人の価値を尊重して,その能力を伸ばし,創造性を培い,自主及び自律の精神を養うこと等の目標を達成するよう行われるものであり(教育基本法2条),教育をつかさどる教員には,こうした目標を達成するために,教育の専門性を懸けた責任があるとともに,教育の自由が保障されているというべきである。もっとも,普通教育においては完全な教育の自由を認めることはできないが,公権力によって特別の意見のみを教授することを強制されることがあってはならないのであり,他方,教授の具体的内容及び方法についてある程度自由な裁量が認められることについては自明のことであると思われる(最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁参照)。上記のような目標を有する教育に携わる教員には,幅広い知識と教養,真理を求め,個人の価値を尊重する姿勢,創造性を希求する自律的精神の持ち主であること等が求められるのであり,上記のような教育の目標を考慮すると,教員における精神の自由は,取り分けて尊重されなければならないと考える。
・・・(略)・・・
 このように,私は,第1審原告らは,地方公務員であっても,教育をつかさどる教員であるからこそ,一般行政に携わる者とは異なって,自由が保障されなければならない側面があると考えるのである。

 けさの新聞各紙の社説は各紙の「イデオロギー」通りのものだった。頭の不自由なサンケイ新聞には「幅広い知識と教養、真理を求める」教師など眼も眩む存在でおよそ理解の外にあるであろうし、ご主人であるアメリカ様の受け売りを社是とするが如き読売新聞にも「個人の価値を尊重する姿勢、創造性を希求する自律的精神の持ち主である」教師などはいてもらっては困る存在なのだろうから、このような「反対意見」はもちろんのこと、今回の減給や停職などの重い処分に慎重さを求める「多数意見」ですら「言語道断」の判決らしい。

 しかし、そもそも法的な強制と行政処分をちらつかせないと敬意を払ってもらえない国旗と国歌、まあ、日の丸よりは君が代の方にアレルギーが強いのだと思うが、そんな惨めな国歌の方に問題がある。たとえば「ラ・マルセイエーズ」などは、死に絶えたであろう「王党派」を例外にすれば、右翼にも左翼にも支持がある。それがほんとうの国歌というものだろう。君が代は「一部の人間」による「一部の人間」に対する「嫌がらせソング」になっている。それを無理やり押しつけるところに問題の根がある。

 多数意見に同調しながらも、櫻井裁判官はこのような補足意見をつけたのは、一部の政治屋の個人的思想がかえって無用の混乱のみならず荒廃の因となっている事情を忖度してのことであろう。

 職員の中には,自らの信条に忠実であればあるほど心理的に追い込まれ,上記の不利益の増大を受忍するか,自らの信条を捨てるかの選択を迫られる状態に置かれる者がいることを容易に推測できる。不起立行為それ自体が,これまで見たとおり,学校内の秩序を大きく乱すものとはいえないことに鑑みると,このように過酷な結果を職員個人にもたらす前記2(1)のような懲戒処分の加重量定は,法が予定している懲戒制度の運用の許容範囲に入るとは到底考えられず,法の許容する懲戒権の範囲を逸脱するものといわざるを得ない。
 最後に,本件の紛争の特性に鑑みて付言するに,今後いたずらに不起立と懲戒処分の繰り返しが行われていく事態が教育の現場の在り方として容認されるものではないことを強調しておかなければならない。教育の現場においてこのような紛争が繰り返される状態を一日も早く解消し,これまでにも増して自由で闊達な教育が実施されていくことが切に望まれるところであり,全ての関係者によってそのための具体的な方策と努力が真摯かつ速やかに尽くされていく必要があるものというべきである。

 君が代強制が一部の政治屋の「自らの政治信条に反対する者に対する感情的なバッシング」であることは、宮川による「反対意見」の中のこんな指摘でもよく分かる。

 教職員の主な非行に対する標準的な処分量定(東京都教育長決定)に列挙されている非行の大半は,刑事罰の対象となる行為や性的非行であり,量定上それらに関しても戒告処分にとどまる例が少なくないと思われる。原審は,体罰,交通事故,セクハラ,会計事故等の服務事故について都教委の行った処分等の実績をみると,平成16年から18年度において,懲戒処分を受けた者が205人(うち戒告が74人)であるのに対し,文書訓告又は口頭注意といった事実上の措置を受けた者が397人,指導等を受けた者が279人となっており,服務事故(非違行為)と認められた者のうち懲戒処分を受けたのは4分の1にも満たないとし,これによれば,戒告処分であっても,一般的には,非違行為の中でもかなり情状の悪い場合にのみ行われるものということができるとしている。

 はっきり書けばこういうことだ。いまや、教育に政治を持ち込んで混乱させているのは、誰でもない東京都知事やその予備軍たる大阪市長、サンケイ、ウケウリなどのイデオロギーマスコミの方なのだ。(1/17/2012)

 損失隠し問題に関する責任を検証するためにオリンパスが社内に設置した委員会は、1999年6月以降の監査役と執行役員、会計監査を行った監査法人を対象に調査・検討を行った。その結果、執行役員と監査法人は法的責任を問いにくいが、監査役の現職および元職5人については法的な義務違反があったという結果をまとめた。既に、現職と元職の取締役19人に対して36億1千万の損害賠償を提訴することが決まっていることを考え合わせると、これに準ずる扱いになるのだろう。

 「監査」が看板の監査法人を別にして、「役員」とはいいながら経営の意思決定に関わることのない執行役員の責任を問うことはできないという理屈はよく分かる。もっとも、監査法人にしてみても、巧妙に「粉飾文書」を作成されれば、情けない話ではあるが「お手上げ」なのかもしれない。かつて三菱自動車のISO9000を認証した「認証屋」さんのようなものか、呵々。監査役というのは、下々のサラリーマンのイメージとしては「取締役退任後にまだ会社に居座るポスト」、あるいは「取締役になり損ねた事務屋が就くポスト」というもの。要はあまり仕事をしている人とは思われていないし、実際、監査役の「活躍」など見たことがない。

 オリンパスの不祥事は端的に言えば、こんなことだ。

 いわゆるグローバル化なるものがはやり始めてから、堅実経営で余力を持つ会社が現金を遊ばせていることは罪悪視されるようになった。お調子者の長谷川慶太郎などが「余裕資金を運用せず、競争相手の財テクにより遅れをとるような経営者は失格だ」などと囃し立てていた。資金余裕があるのに堅実経営をしている会社の中にはアメリカのハゲタカファンドなどに株を買い進まれて経営権が脅かされる会社もあった。マスコミには「物言う株主」面した怪しげな人物が入れ代わり立ち代わり登場し、「何もしない経営者」を罵倒したものだった。

 オリンパスの経営陣が「投機の時代」(長谷川慶太郎が著した本のタイトル)の流れに乗ったのも、ある意味、無理のないところだったのかもしれない。しかし「投機」はあくまで「投機」だ。思惑が外れることもある。オリンパスの問題は、余裕資金の有効活用というアメリカ的経営マインドに転換しながら、バクチですってしまったときに「バクチで元も子もなくしました」とオープンにできない日本的経営のマインドによる「損失処理」をしたことに、まそにそこにあったということだ。

 この国が近代へと離陸するときには「和魂洋才」と言った。人間の心根というのは簡単には変わるものではない。日本的メンタリティー(和魂:竹)にアメリカ的マネジメント(洋才:木)を接いでみた悲劇と言えば、そういうことなのだろう。身につかないことはしないというのが陋巷の民の知恵だが、知恵よりは知識ばかりがはやる当節、いくらでもこういうことは起きるだろう。

 そう考えると、日本的経営センスで役職に就いていた監査役さんに「責任をとりなさい」という今回の話は、混乱した時代に漫然と生きてゆくことの恐ろしさを教えてくれている。(1/16/2012)

 スタンダード・アンド・プアーズがフランスをはじめとするユーロ使用国17カ国中9カ国の格付けを下げた。AAAだったフランスとオーストリアを一段階下のAA+に、AA-だったスペインを二段階下のAに、AだったイタリアもBBB-と二段階、ギリギリ投資適格のBBB-だったポルトガルはついに投資不適格のBBになった。その他のスロベニアはA+、スロバキアはA、マルタはA-と各一段階、キプロスはBB+と二段階の引き下げになった。

 マスコミはフランス国債の格付けが「下げられた」と騒いでいるが、AA+というのはアメリカ国債の格付けに「並んだ」だけだという見方もできる。なにより、長期低落傾向のみならず財政赤字のGDP比ではギリシャ級(十数%に達する由、対外債務に至ってはGDP比の数倍というレポートもある)と言われるイギリス国債の格付けをAAAに据え置いたままなのだから、いったいS&Pという「格付け会社」はどんな頭脳構造をしているのか疑いたくなる。

 そしてそれについては何もふれようとせずに、「ご託宣」を垂れ流すだけのマスコミのセンスも・・・。

 もっとも国債残高のみを取り上げれば、イギリスにとってこのていどのことは過去に何度でもあった。そもそも国債の信用度というのは心理的要素の方が大きい。国債を個人の借金のように考えて「大変な借金だ、返してもらえないかもしれない」という話が横行すればするほど、その心配は現実化の度合いを高める。「まあ、これ以上に固い債券を探してもキリがないよ」と泰然とする空気が行き渡れば行き渡るほど、その楽観論の実現は確実になる。逆に言えば、「格下げ攻撃」は敵を潰すためにのみ有効だということだ。ではS&P、そしていずれ「波状攻撃」に参加するはずのムーディーズ(この2社はあまり同時には動かない。同じネタでマスコミを騒がせ、心理的刷り込みをするというのが彼らの「手口」だからだろう)の狙いはどこにあるのだろうか。

 田中宇の見方があたっていると思う。

 新年に入り、ユーロ危機が再燃しているように見えるが、ユーロ圏のサミットは1月30日まで開かれない予定で、独仏伊の首脳会議も1月23日まで行われない。独仏首脳は週明けに会うことになっているが、議題は昨年末に決まったEU財政統合案の一部で、独仏が合意し切れていない金融取引課税(トービン税)についてだ。トービン税が導入できれば、投機筋を撃退する力となる。独仏政府は、昨年末に決めたことを予定どおり議論している感じだ。
 マスコミや、米英主導の国際金融界は、今にもユーロが崩壊しそうなイメージを誇張して世界の人々の頭に定着させ、ユーロからの資金逃避を長期化させて、ユーロ崩壊とドル防衛を目指しているようだ。危機のユーロ圏から逃避した資金が米英の国債市場に流入し、米英は未曾有の財政赤字なのに、国債が堅調に売れている。
 金融はイメージ(信用)が大事なので、誇張策がうまくいけば、ユーロ圏の金融界を経営難に陥らせたり、周縁諸国のユーロ離脱を引き起こしたりして、ユーロ崩壊を誘発できる(ユーロ圏の金融界が崩壊すると、そこに巨額の投資をしている米英の金融界も連鎖して崩壊する可能性が大きいが)。ドルが自滅を免れ、米英覇権が延命するかどうかという、金融世界大戦が続いている。

 田中も書いているように、ユーロ諸国の国債の格下げはアメリカ国内の投資銀行にも深刻な影響を与える。去年の秋にはイタリア・スペインなどの国債を大量保有していたMFグローバル・ホールディングスが破綻している。その関係で書けば、今回、S&PがPIIGSの一角アイルランド国債の格下げをしなかった(もう格下げしようがないギリシャ以外はすべて引き下げて当然のはずなのに)のはイギリス政府やイギリスの銀行に破壊的な影響が出ることを恐れたからに相違ない。

 オオカミ少年もここが正念場だ。ヘッジファンドは売り浴びせる。格付け会社は格下げを連発する。すべて相次ぐ量的緩和(QE)で価値が剥落したドルを相対的によく見せかけるため・・・と思えば、一通りのつじつまは合う。

 まあ、週明けの為替相場は相当に動くだろう。それは当然として、ニューヨークダウはどう動くか。興味津々というところだが、16日はキング牧師のメモリアルデーで休場とか。もし、17日(日本時間の18日朝)、きのう朝、48ドル96セント下げて終わったダウが、それ以上に上げることになれば、アメリカ金融筋の作戦は一応成功したことになる。しかし、アメリカ経済の不動産バブル後遺症の傷は深い。なにより、もう何年も続けてきた金融経済市場主義のために、鉱工業などの真っ当な経済は死に絶えたアメリカ経済が「健康」を回復するチャンスはますます遠ざかりつつあると思う。(1/15/2012)

 電源ユニットの交換などをするうちに眠っていた虫がうずき始めた。そろそろwindows7へ乗り換えた方がいいのではないか、あるていどマシンパワーが欲しいから新規マシンを検討するときではないか、とは思いつつもカネのかかる話。蔵王ツアーの不参加は「小遣い財政の再建の年にするから」という理由だったはず・・・。いまのところのシステムの懸念はデータ保存用のE/Fドライブ。起動時にカラカラと派手な音をたてる。ことしに限っての話ではなく冬場にはよくあることだが、あまり気分はよくないのも事実。でも格別の不具合があるわけではない、まずは我慢。

 週間ニュースサマリ。パソコントラブルに気をとられているうちに世間ではいろいろのことがあった。台湾から留学中の女学生2人が殺された事件で殺人容疑により指名手配されていた容疑者(同じ台湾人)が名古屋で拘束、連行中に隠し持ったナイフで自殺した。警察の言い訳は任意同行中だったので本人同意でボディチェックを行ったがそれが甘かったというもの。指名手配犯を確保し外人登録証で本人確認しながら「任意同行」だったというのが嗤える。任意同行では「人権への配慮」から強制的身体検査ができないのだと主張するのは問題のすり替えそのもの。たぶん「人権」嫌いのサンケイ新聞だとか一部の頭の不自由な右翼マインドさんたちを煙に巻いて味方につけたいのかもしれない。

 ふつうこういうニュースは一週間にひとつもあるかないかという頻度のはずだが、おとといは広島刑務所から殺人未遂で服役中の囚人が脱走した。補修工事のために設けられた仮設の足場を利用した由。乗り越えを防止するための電線は工事のために通電を止めていたのだそうだ。工事も通電停止もやむを得ない話だが、それならそれなりの監視体制をとるべきものをさしたる体制はとっていなかったようで、運動後の点呼で不明が確認されても「外には逃げていない」として、脱走した中国人が屏から飛び降りるのを目撃した人の通報で「脱走」とわかったというから間が抜けている。「脱獄囚」は、まる二日以上、シャバの空気を吸い、やっときのう夕方に逮捕された。脱走当日、刑務所が行った記者会見に登場したのは総務部長だった。「おや、この刑務所には所長さんはいないのか」、そう思っていたら、逮捕された後の記者会見は刑務所長さんが行った。格好の悪い会見は部下にやらせ、格好のつく会見はオレがやるというわけ、なるほど、たるんでいる組織とはこういうものと、誰しも合点がいったことだろう。刑務所長の名前を記録しておく。「嶋田博」と朝刊は報じている。

 それにしても、オウムの平田の出頭に対する対応といい、任意同行中の容疑者の自殺といい、この脱走事件といい、劣化しつつあるこの社会の「いま」をよく表している。

 17年間も逃走し続けている男が「まさか」出頭するわけはないよね、素直に任意同行に応じたんだから「まさか」自殺するわけはないよね、工事の足場があったって「まさか」脱走するわけはないよね、・・・全部、「想定外」なのだ。その「想定外」が起きても、そこでの最高責任者は出てこないというのも共通している。
・・・と、最近、劣化したように書いたが、違っているかもしれない。

 もう忘れられつつある戦争も似たような経緯をたどった。起きて困ることを想定することはない。それでも起きたときは「想定外」と釈明する。最高責任者が説明することも、責任をとることもない。これが明治以来の「この国のかたち」なのだろう。(1/14/2012)

 システムは快調だ。一通り、再接続したUSB機器の作動をチェックしてから、"timecardlog"をチェックした。以前に比べると起動時刻のみ記録され、停止時刻がブランクになっている行の頻度が増えている。すべて電源に起因するものとは限らないものの、グラフィックボードからは、時折、補助電源が未接続のアラームが出ていたから、どうもこれまでの電源ユニットには安定性に欠けるところがあったのかもしれない。

 ファイルを編集、システムの稼働時間をexcelに吸い上げ総稼働時間を出してみた。14,352時間6分。ログを取り始めてからおとといまでで1,276日、日平均稼働時間はおおよそ11時間15分。在宅時はほとんどオンのまま。パソコン依存症、膏肓に入るというところか。

 購入した電源ユニットは、25℃環境で冷却ファンを除外してMTBF100,000時間と外箱に書いてあった。ところが取説には一切データが書かれていない。電気的諸元についても外箱に印刷してあるのみで取説には記述がない。外箱を解体してスキャンした。ユニットは見端のいい布袋に入っていて、まるでブランデーか何かのようだったが、そんなところにカネをかけるくらいなら取説を充実させて欲しい。

 昇天した電源ユニットを開けてみた。4カ所のプラスネジの1カ所に"Warranty Void If Removed"と書いたシールが貼ってある。このシールが破れていたら、「勝手に分解、修理しようとしたでしょ」と主張するためだろう。修理してもらうとしても有償修理になることははっきりしているし、そんなカネをかけるつもりはない。かまわず開けてみた。

 電解コンのあたりが黄色くなっているが、トロイダルコイルまわりにも同じような色のものが付着しているから振動防止のペイントロックなのかもしれない。少し焦げ臭い匂いがするが、ざっと見では変色しているところはない。目視では何も分からなかった。

 編集中だったファイルのいくつかはなくなっていた。こういう時には三世代保存が生きる。致命的なことはなかった。(1/13/2012)

 きのう、夕食を終わって書斎に戻ると、パソコンがダウンしていた。フリーズではない。ファンの音がしない。電源喪失。スイッチを押すが入らない。背面にある電源ユニットのスイッチを数回入り切りしてみたが、なんの反応もない。

 すべてのケーブルを取り外し、置き台から降ろし、ケースカバーを開ける。マザーボードの電源メインコネクタわきの通常なら点灯しているLEDも消えている。可能性の第一は電源ユニットの昇天、第二はマザーボードの障害。

 電源ユニットが壊れていることを確かめたいが、引越し後、テスターが行方不明のまま。ケース・ファンも回っていない。電源ユニットの可能性が高い。一日あたりの動作時間は長い方だろうが、まだ3年半ほどだ。早過ぎる。先日来、ブルースクリーンになったり、グラフィックボードの電源アラームが出たりしていた。"timecardlog"を見れば、頻度がわかるのだが、パソコンがダウンしていては見られない。

 株価、投信の基準価格などはモバイルノートでチェック。excelファイルはNASに入っているので記録できたが、wordファイルの最新版は入力レスポンスが悪くなるのでパソコン側に置いている。更新中だったホームページデータなどはやり直しになるかもしれない。どうしようもない。

 朝のウォーキングもそこそこに池袋へ。一昔前ならば秋葉原をすみからすみまで歩いて100円でも安いところで買おうとしたものだが、その気にならない。歳のせいだろう、秋葉原まで行く気力もなく、ビックカメラで、またまたSeasonicの760ワットタイプを買った。80PLUSプラチナランクのものにするかどうか、少し悩んだがゴールドランクながら「5年間新品交換保証」というところにつられた。

 電源の交換など、ものの30分もあればと思ったのは大間違い。マザーボードの取説が見つからない。最近、取説はメーカーサイトで閲覧できると思って整理していない。パソコンが使えないというのは、思わぬ陥穽。ケーブルの選択から接続コネクターの場所、方向、すっかり視力の落ちた身にはこれがなかなか根気のいる仕事。ケースカバーを取り外したときに外したファンコネクターの接続も楽ではない。なんやかんやで2時間近くの格闘を強いられた。

 やっと組み込みを終わり、この機会でないと行き届かないところに掃除機をかけ、モニターやら、USB機器の接続を終えて、本体のスイッチを押した。ところがウンとスンとも言わない。力が抜けた。一抹の不安が的中したかと思った。原因はマザーボードの方だったのか・・・、21,800円の投資は見当外れだったのか・・・。そこで気がついた。電源ユニットのスイッチ。工場出荷のまま、当然オフになっている。オンにして、本体スイッチを押す、起動した。思わず拍手した。(1/12/2012)

 注目の二つの裁判が始まった。ひとつは小沢一郎の政治資金規正法違反事件、もうひとつは09年の冬から夏にかけて結婚サイトあるいは介護サービスサイトで知り合った男性3人が不審死を遂げた件で、詐欺と殺人の容疑をかけられている木嶋佳苗に対するもの。

 小沢の方はきょう午前中が弁護側による、きょうの午後とあしたが検察官役の指定弁護士による被告人質問の予定。こちらの方は、所詮、東京地検特捜部の「想像」(「妄想」とは書かない、事実として胡散臭さあるのだから)が作り上げた事件だ。したがって、小沢が有罪かどうかなどということは些末な問題であって、この時代のこの国の司法官僚がどのていどいい加減で恐ろしいものかが記録に残るということだけが最大の問題である裁判。中世、キリスト教圏で繰り広げられた「魔女裁判」のようなものだ。件の裁判で「有罪」になった「魔女」がほんとうに「有罪」(つまり被告はほんとうに魔女だった)であったと断ずる人は、その時代を除けば、誰もいない。

 興味深いという点では、木嶋事件(マスコミの呼称は「首都圏連続不審死事件」)も負けてはいない。被告は否認を貫いたし、殺害の明確な証拠はない。公判を伝える夕刊の記事にはこんなくだりがある。

 検察側は、3事件の共通点を浮かび上がらせるため、事件ごとに裁判員を入れ替える「区分審理」ではなく、市民にとっては負担の重い「一括審理」をあえて求めた。物証は少ないが、被告と3人の男性がやりとりしたメールの内容を示し、遺体を調べた医師にも証言してもらうなどして「不自然な死」が3回続いたことを強調する方針。裁判員に「被告以外に犯行の可能性はない」と理解してもらえるかがカギだ。

 公安事件などでは検察は「区分審理」や「分割審理」が大好きだ。被告・弁護側に人的・経済的負担をかけることにより裁判を有利に運ぶためだ。しかし、最近の刑事裁判では「一括審理」を選択し、ひとつひとつは灰色であっても足し算すれば「真っ黒だ」という一種の心理的「有罪」作戦をとることが多いような気がするのは気のせいか。

 「これほど一人の人間に疑惑が集まるということは普通には考えにくいことです」と言われれば、「そうかな」と思い、「その条件を満たすのは被告なのです」と言われれば、「そうに違いない」と思う。

 誕生日のパラドックスというのがある。複数の人が集まったとき、同じ誕生日の人がいる確率はどれくらいなのかという問題。なんの本で読んだのか忘れてしまったので、ウィキペディアから。

 誕生日のパラドックスとは「何人集まればその中に同じ誕生日の人がいる確率が50%を超えるか?」という問題から生じるパラドックスである。直感的に考えれば365日の半分、だいたい180人前後と考えるが、答えは23人である。 誕生日のパラドックスは論理的な矛盾に基づいているという意味でのパラドックスではなく、結果が一般的な直感と反しているという意味でのパラドックスである。

 むろん、結婚願望があったり介護を必要とする孤独な男たちが半年足らずの間に3人不審死を遂げ、百万単位のカネを貢いだ相手が同一人だったということと、たかだか誕生日が同じペアがいるかいないかということでは、天と地ほどの相違があることは事実。

 だが、小沢一郎を起訴相当とする議決を、半年のあいだに二回行った東京第五検察審査会のメンバーの平均年齢はメンバーの入れ替えを行う前も後も34.3歳でぴったり一致するという恐ろしいような偶然も起きた(大嗤い)のだから、「灰色+灰色+灰色は確率的にクロでしょ」というだけの理屈で木嶋を有罪にするわけにはいかないだろう。

 見開いた夕刊の次頁には、「手続きミス敗訴確定/イレッサ訴訟弁護団」という記事が載っている。上告に際し支払う印紙代の納付期限が過ぎてしまったため上告そのものが却下されたというニュース。手続きミスなのだから救済されてもいい、冷たいじゃないかと思うのは素人。法の運用はこれほどに厳格。とすれば、どれほど「確率的に疑わしい」としても「疑わしい+疑わしい+疑わしいは有罪」という法の運用も退けられなければなるまい。(1/10/2012)

 「ハッピー・マンデー」という制度に対する違和感は消えない。とくにかつて1月15日と定められていた成人の日は、新暦で行う小正月でもあり、どんど焼きの日でもあり、お年玉付き年賀ハガキの抽選日でもあった。

 年賀ハガキの抽選は別にして、15日を成人の日としたのも、どんど焼きを行ったのも、小正月だからのことだったわけだが、そのつながり(はやり言葉でいう「絆」かな?)は「ハッピー・マンデー思想」によりもののみごとに断ち切られてしまった。

 こんなことにいちいち口を尖らせるのは歳をとった証拠といわれればその通りなのだが、なんだかすべてを「経済活動」(連休にすることにより消費を刺激するのだそうだ)なるものにあわせて、お手軽に「調整」してしまういい加減さはどこか精神の貧困を現わしている。

 それにしても「伝統派」を名乗るネット右翼の方々が元服に由来する日を粗略に扱われてなんの批判もしないのはどういうことか。

 仮に、それに比べれば薄っぺらな歴史しか持たぬ建国記念の日をハッピー・マンデーの対象にしたら、上を下への大騒ぎを繰り広げて、テレビ局前に押しかけるなり、製品のボイコットを叫ぶなり、バカバカしいほどに盛り上がって騒ぎ立てるだろうに。

 それは、結局のところ、彼らの「保守感覚」が根無し草のようなものだからに相違ない。

 「絆」といい、「伝統」といい、「保守」といい、何から何まで口ばかりなのは、いまのこの国の・・・もはや、これが「伝統」なのかもしれぬ、呵々。(1/9/2012)

 随時掲載という予告で始まった朝刊の「再生/日本政治」。前回の半藤一利に続き、きょうは内橋克人。その危機感を語る言葉は「いま」を鋭く指摘している。

 非正規雇用が増えて中間層が崩壊する社会の到来は危険な時代への予兆
 国民皆年金など基礎的な社会保障からさえも排除された人たちが多数派となる「貧困マジョリティー」は、生活に追われて政治的な難題に真正面から対峙するゆとりがない
 彼らは精神のバランスを維持するために「うっぷん晴らし政治」を渇望し、政治の混乱を面白がり、自虐的、反射的、表面的に評価して、選挙権を行使する
 橋下徹市長の「ハシズム現象」はそうした貧困マジョリティーの心情的瞬発力に支えられたものだ
 「政治のリーダーシップ不足」と言われるが、民主政治を基盤とする国でのヒーロー待望論は異常なものだ
 異議を唱える者を排除する「熱狂的等質化現象」が「うっぷん晴らし政治」の渇望を満たすものになっており、グローバリズムが生み出した「貧困ファシズム」の培地ともなっている
 市場原理主義のもとで貧困マジョリティーを生み出す「貧困の装置化」が進んでいる
 消費増税により零細企業や地域経済を支えてきた地場産業は価格転嫁できずにコスト引き下げを迫られる、所得税なら稼いだ人がたくさん納めるが、日本型消費税は貧困マジョリティーを増幅させる「貧困の装置化」の手段になる
 米シンクタンクは一貫して「投資の絶対的自由の保障」を求めてきた
 日本がTPPに入れば、外資は日本政府を米国の経済法廷に訴えることができる
 米企業はオーストラリアでの医薬品への公的補助でさえ「自由市場に反する」と問題視した、同時に、豊かな人も貧しい人もひとたび体を害せば医師にかかることができるという日本の国民皆保険制度も目の敵にしている
 医療を一部企業のビジネスチャンスにすることより儲けの少ない経済弱者を見捨てて、投資効果を高めることを目論んでいるからだ
 「うっぷん晴らし政治」ではなく、世界のモデルに目を向け、食糧、介護、エネルギーの自給圏を志向すべきだ、グローバル化に対抗できる「新たな経済」を作ることが本当の政治の役割だ

 99%の人々の稼ぎをまきあげても利益を手もとに集中させたいという1%の人非人の強欲がアメリカ発のグローバル化の本質だということだ。そのトリクルダウンにすがろうというのが、小利口な政治屋(たとえばコイズミ)と大多数のマスコミ人士(たとえばナベツネ)、および曲学阿世の学者(たとえばタケナカ)どもということ。まあ、いささか図式的といえば図式的だが、要約すればこんなところ。

 まあ、それでも「うっぷん晴らし」ていどで満足する頭の不自由な「民(諸橋轍次風に書けば針で刺し盲目にした奴隷、白川静風に書けば神への犠牲)」がそれでよいというなら、それにつけ込んでも・・・いいかなと思いはじめた、今日この頃。(1/8/2012)

 筋弛緩剤事件の守大助受刑者が近く再審請求する方針とのこと。けさの朝刊で読んだ後、記事検索をかけてみた。読売新聞と河北新報の記事がヒットした。地元紙ということもあるのだろう、河北の記事が詳しいので書き写しておく。

見出し:守受刑者側再審請求へ 「有罪根拠の鑑定誤り」

 仙台市泉区の旧北陵クリニックで起きた筋弛緩剤点滴事件で、元准看護師守大助受刑者(40)=無期懲役確定=の弁護団が近く、仙台地裁に再審請求することが5日、関係者への取材で分かった。事件性を否定する新たな証拠として意見書を提出し、確定判決が有罪認定の根拠の一つとした大阪府警科学捜査研究所(科捜研)による鑑定の誤りを指摘するという。
 大阪府警科捜研は宮城県警の委託を受け、患者5人の血清や点滴溶液などの資料に筋弛緩剤成分が含まれているかを鑑定。化合物を構成する物質の原子や分子をイオン化し、電場や磁場で物質それぞれのイオンを質量電荷比などに応じて区別、検出する質量分析法を用いた。
 科捜研の鑑定は、資料と筋弛緩剤成分「ベクロニウム」のサンプルを分析した結果、ともに質量電荷比258のイオンが検出されたことなどを理由として「資料にはベクロニウムが含まれている」と結論づけた。
 関係者によると、弁護側が提出する意見書は、東京薬科大の専門家が2008~11年にベクロニウムのサンプルを質量分析して作成した。どんな方法でベクロニウムを質量分析しても、質量電荷比258のイオンは検出されないと断定しているという。
 弁護団は「ベクロニウムの質量分析に関する国内外の文献でも質量電荷比258のイオンが検出されるとの報告はない。科捜研の鑑定は有罪の証拠にはならない」と主張。有罪認定された全5事件について無罪を訴える。
 仙台地裁は科捜研の鑑定結果を事件性認定の柱に据え、「筋弛緩剤が犯罪行為として投与された」と認定。仙台高裁は「鑑定の手法や結果は合理的」と判断し、最高裁も鑑定結果の信用性を認めた。
 再審請求では、他の新証拠として、事件当時11歳の女児の容体が急変した原因は筋弛緩剤の投与ではなく、神経内科疾患の「ミトコンドリア病」だとする長崎大の内科医の意見書も提出する。

 [筋弛緩剤点滴事件]仙台市泉区の旧北陵クリニック(2002年3月廃院)で1999年以降、患者の原因不明の容体急変が相次いだ。宮城県警は01年1~3月、患者の点滴に筋弛緩剤を混入して1人を殺害、4人を殺そうとしたとして、計5件の殺人と殺人未遂の疑いで守大助受刑者を逮捕。守受刑者は逮捕直後、容疑を認めたが、逮捕4日目に否認に転じ、公判でも無罪を主張した。仙台地裁は04年3月、5件すべてを有罪認定し、求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。守受刑者は控訴したが、仙台高裁は06年3月に控訴を棄却。最高裁で08年3月、判決が確定した。

 有罪の根拠となった鑑定を行ったのは大阪府警科捜研の西川眞弓と土橋均だ。もし、「どんな方法でベクロニウムを質量分析しても、質量電荷比258のイオンは検出されないと断定している」ということが確認できれば、西川・土橋両名の「犯罪」が「立証」される。

 彼らの鑑定は「筋弛緩剤ベクロニウムを静脈注射した場合の文献値とぴったり符合」する値であったり、「被害者が一週間後に排泄した尿からもベクロニウムが検出」されたとするもので、多くの専門家から疑問が投げかけられるものだった。なぜなら、検察のシナリオによれば、守は点滴で「犯行」を行ったことになっているのだが、ベクロニウムは代謝による排泄が早いため、こんな「ユルい」方法では静脈注射のように一気に体内に注入した場合の値よりはるかに低くなること、一週間後の尿から検出されることはあり得ないと考えられたからだ。

 本来なら再鑑定されるところだが、彼らは被害者の血液も尿のみならず、点滴ボトルの残液までもすべて「全量使い切ってしまった」と公判で証言した。フォロワーに対する配慮をしない実験科学者は科学者の名に値しない。

 彼らは「完全犯罪」を狙ったのだろうが、「不可能な分析を行った」ということであれば最初からありもしない「事実」を報告したことになり、確実に存在した「犯罪」は皮肉なことに西村眞弓と土橋均によるものだけであったということになる。彼らこそが犯罪者なのだ。

 彼らは間違った鑑定をしたのではなく、意図して虚偽の鑑定を行ったのだ、その罪は重い。(1/7/2012)

 朝刊の国内経済のページに「企業トップ今年の経済を占う」という見出しで12人のトップに聞いた「今年のキーワード」、「為替相場(ドル円だけ)」、「日経平均」、そして、「消費増税」と「原発再稼働」についての賛否が表にまとめられている。

 為替と株価については根拠があっての話ができる人はいるはずがない。単なる座興に過ぎないから何も言わない。しかし、「消費増税」と「原発再稼働」についての答えはあまりに凡庸で溜息が出た。

 消費増税について賛成しなかったのは、セブン&アイの鈴木敏文が「時期尚早」と答えたのみ。表にはないが、記事によると、キッコーマンの茂木友三郎は「やむを得ない。早く財政再建しないと経済成長の足を引っ張る」と答えたそうだ。

 そもそも国債が国内でクローズしている限り国債は税金のバリエーションであり、郵便貯金のようなものだ。つまり現在の状況は消費に向かうはずのカネが貯金に向かっているだけのこと。だから増税によりせっせと国債の償還に励んだところで、償還されたカネは民間部門の消費にまわるだけのことで将来世代の生活が楽になることを保証などしない。それでもまだ消費にまわるというならまだいいが、当節の状勢では再び貯蓄に向かうことは想像に難くない。「経済成長の足を引っ張っている」のは「財政逼迫」などではなく「デフレによる経済逼塞」のはずだが、所詮、醤油屋の大将にはわからない話なのかもしれぬ。それでも「経済人」扱いなのだから嗤わせる。

 償還されたカネが貯蓄にリサイクルされるのを見て、国債残高が減ってよかったと思うのは単なる心理的錯覚に過ぎない。こんな経済情勢だから民間部門の金利は超低空飛行。資金需要がないために窮した銀行は国債を買いたくなる。その日本国債がダメとなれば、怪しげな国の国債(たとえば米国債だ、呵々)に手を出して焦げ付かせるリスクをよりいっそう高めるのではないか、呵々。

 財界のトップが、鈴木以外、そろいもそろってフロー課税によって経済の流れを押さえ込もうとするとはいったいどういうことだろう。経済を学んだ者が皆無だということだろうか。

 原発再稼働については新日鉄・宗岡正二、東芝・佐々木則夫、みずほ・佐藤康博、東京海上・隅修三、大和証券・日比野隆司の5人が賛成としたが、トヨタ自動車・豊田章男は「再生可能エネルギーを含め安定供給を」と逃げ、鈴木敏文、三菱商事・小島順彦、西武・後藤高志、NTT三浦惺は無回答・・・と思ったら、なんと「鈴木氏、小島氏、三浦氏、後藤氏には質問していない」と欄外に注記されていた。なんだ、これは、記者がチョンボしたのか?

 バカ新聞のいい加減なプロパガンダに乗せられている陋巷の民と似たり寄ったり、まさに生活感覚レベルの見識(!)で企業のトップとはいささか情けない。彼らはいったいどのていどの知的蓄えを持っているのだろう。自らの経営の視点をどこにおいて、自分に託された年限の経営を発想しているのだろう。まさか、ほんの一、二年後の地点に立って、グラフを書いているわけではあるまいが、なんだかそのように見えてしまう言葉が並んでいる。

 去年、のみならず、ここ数年というもの、語られ続けた「想定外」に対する「反省」や「備え」につながる言葉も姿勢も見えないのも寂しい。かつて「されど我らが日々」という題名の小説があったが、「されば我らがこの時代」というところかもしれぬ。(1/6/2012)

 **さんからの年賀状。彼は原子力工学専攻、京大の修士だったはず。

 いつもの年賀状ではない。「初春」のひとことの下はハガキそのままの長文。書き写しておく。

 2011年は、3.11東日本大震災に加えて原発フクシマの事故が勃発し、日本社会の問題点があぶり出されました。フクシマ原発の処理に当たっている方々は大変なご苦労だと思いますが、エネルギー源としての原発を今後も選択していくのはかなり困難であることが示されました。たとえ地震列島でなくても、今後はテロの標的となることや、人間の誤操作による複合ミスの危険性はありうることです。私は大学院時代に放射性廃棄物の研究をいささかしましたが、最終的な非選択の理由は、今も高レベル核廃棄物の処理管理の解決がついてないことです。誰が1万年以上もの管理を出来ますでしょうか。わずか50年そこそこの核消費者のゴミのために未来の人が超長期の迷惑を被るのは、あり得べきことではないでしたしょう。結局、原発はフェードアウトするしかないと思います。
 それよりも有り余るエネルギー源、世界の消費量の1万倍も時々刻々と降り注いでいる太陽光、太陽熱、海洋、風力などの再生可能エネルギーをもっともっと開発研究すべきです。電力系統も強化し、日本列島の太平洋側と日本海側の2系統の超高圧電力線(lOO万ボルト級HVDC)を縦断建設しバックボーンを多重強化すべきでしょう。将来の大陸とのネットワークも視野に入れて。
 技術者はやるべきことが今年もいっぱいあります。

 まっとうに原子力工学を修め、詐欺師ギルド(または犯罪的秘密結社というべきか)に加わらなければ、技術者として出す結論はおおむねこのようなものになるのだ。

 以上は印刷部分。余白には手書きで、「新型プリウスを2年乗り、プラグインPHVを契約しました。3月に来ます。楽しみです」とある。みんないい生活をしてるなぁ。(1/5/2012)

 31日の夜、出頭したオウムの平田信は「逮捕してもらう」のにずいぶん苦労したらしい。

 まず、最初、手配容疑の公証役場事務長殺害事件の捜査本部がある大崎署に赴いたが入り口がわからなかった由。入り口がわからないというのは不思議に思うが、年末の休みに入っていて通用口が閉まってでもいたのだろうか。御用納め後になると警察も玄関を閉じるとしたら太平楽な話だ。

 しかたなしにオウム特別手配専用フリーダイアルにかけるもつながらず、110番にかけ担当を尋ねると警視庁だとの返事で桜田門へ。ところが入り口の機動隊員に出頭した旨を伝えると「正月で忙しい。近くの交番か警察署にでも行け」との「ご指示」だったとか。

 平田がここで「バカバカしい」あるいは「この面体ならばプロが見ても特別手配の人物とは思われないのだな」と思えば、そのまま逃亡を続けることもできたということになりそうだ。

 しかし17年の逃亡生活に疲れたのか、それとも何か逮捕されないと困る切迫した事情でもあったのか、彼は指示に従い丸の内署に赴き、やっとの事で逮捕してもらったというのだそうだ。桜田門からお堀端をとぼとぼと歩きながら平田は何を考えていたのだろう。そんな想像をしたくなる。

 逃亡を続けやっとこのいまになって出頭することも不自然だが、所持金がありながら大晦のうちに逮捕されることにこだわったこともどこか不自然に思える。

 それにしても、悪質ないたずらと思い込んで、確認措置さえとらずに門前払いをくらわせる警察官、機動隊員というのはそれなりに優秀と見込まれた人材のはずだが、ずいぶんお粗末ではないのか。まあ、犯人と思い込めば、証拠の捏造から証言の強要まで思い込んだ現実のためには何でもやってのかけるという体質が我が警察の習い性であるなら、眼前に犯人がいようともシロと思い込めば、厄介払いをするのも不思議ではないのかもしれぬ。たいしたものだよ、呵々。

 暮れに公約違反を異として民主党を離党した9名が結成した新党の名前は「きづな(最初は新仮名遣いで『きずな』としたが、昨日になって『きづな』にしたそうだ)」。「みんなの党」というアホらしい党名にも大嗤いしたが、「きづな」というのもイカにもタコにもの党名。

 震災以来、「絆」は大はやりだ。バカでもチョンでも「絆」。そもそも、絆というのは家畜ないしはペットをつなぎ止めるロープのことだ。それほど広い範囲のつながりをさすものではない。つまり眼に見える範囲の人間関係は気にとめられるが、それ以上の大きさの人間関係には眼が届かないといういまの日本人の心理をじつによく表した「流行語」。

 個人レベルはそれでもよかろう。社会など気にしたくともできないレベルの人々を悪し様に言うつもりはない。しかし公党の名称を「きづな」にする神経はいささかいただけない。いっそのこと「くびき」とでもしたらどうだ。その方が政党助成金目当ての実態によほど即していると思うが。(1/4/2012)

 箱根駅伝は東洋大学が完全優勝。9区の区間賞を駒沢に奪われたのみで、復路は5区間中4区間でトップをとったのだからすごい。復路順位は東洋、駒沢、明治、早稲田、順天堂、中央、青山学院、帝京、拓殖、城西。総合では、東洋、駒沢、明治、早稲田、青山学院、城西、順天堂、中央、山梨学院、国学院となった。去年、早稲田が初めて総合で11時間を切る記録を出したが、それを8分以上縮め10時間51分36秒、2位の駒沢との差は9分2秒もあった。

 山登りの柏原はついに4年連続で区間トップ(ことしは1時間16分39秒の区間新記録)をとった。圧倒的な強さを誇った彼が卒業して東洋の強さにどのていどの影響が現れるか、それは来年にならないとわからないが、すべて4年で固めたチームではないようだから、去年・今年と続いた高速化の流れが続くあいだ、東洋は強豪チームでいられるかもしれない。(1/3/2012)

 きのう配信された田中宇のメルマガの書き出しは「サモア」だった。2012年を世界中で一番早く迎えた国の話。

 すでに各所で報じられているが、南太平洋の島国サモアでは、2011年12月30日が存在しなかった。12月29日の次の日は、12月31日だった。サモアは、日付変更線の近くにある。従来、日付変更線が自国の西側を通るように設定し、日付が変わるのが世界で最も遅い国だったが、12月31日から日付変更線が東側を通るように変更し、日付が変わるのが世界で最も早い国となった。
 サモアは、米英独が支配権を争う中、米国がしだいに優勢になる1892年、日付変更線の西側から東側に鞍替えした。今回、120年ぶりに日付変更線の西側に戻る。19世紀末は、米国が台頭して太平洋地域の支配的な勢力になり、英国の覇権衰退が始まった時期だ。サモアの前回の鞍替えは、米国の台頭に合わせて米国の時間帯に近づけ、対米関係を強化するのが有利と判断した。対照的に今回の鞍替えは、サモアと、中国、オーストラリア、ニュージーランドといったアジア太平洋諸国との関係が深くなり、米国よりアジアを重視する必要が生じ、アジアの時間帯に近づけることにした。米国の衰退と中国の台頭が、サモアの120年ぶりの鞍替えにつながった。
 米国の衰退と、中国(などBRIC)の台頭が、今後も長期的な傾向として続きそうである以上、サモアのような鞍替えは、日本を含む世界の多くの国々にとって自然な動きだ。日本にとって今後、この手の鞍替えの象徴になっていくかもしれない事象の一つが、今回のテーマである「米国とのTPPより、中国韓国との日中韓FTAの方が、日本にとって重要になりそうだ」という件だ。

 多くのマスコミは「世界で最も遅く日付が変わる国」から「世界で最も早く日付が変わる国」になったことを伝えていた。その理由をきのうの朝刊は、あっさり、

 サモアは約120年前、米国や欧州との経済関係が強かったため、日付変更線の東側の時間帯を採用。ところが近年、主要貿易相手国が豪州やニュージーランドなどになった。これらの国との間で丸1日近い時差が生じ、ビジネスなどに支障が生じていた。

と書いた。

 サモアはアメリカにとっての「西洋(occident)」から「東洋(orient)」に移行することを宣言したわけだ。それが新しいミレニアムを迎える象徴的な年ではなく、10年以上経ったいま、行われたことに注目した方がいい。このディケードに何がより明確になったか。それはアメリカ合衆国という国の没落の徴候がいっそう顕著になったということだろう。

 「occident」はラテン語の「日の没する所」、「orient」は「日の昇る所」を意味する由。隋書に見えるという有名な「日出處天子、致書日沒處天子、無恙」の文言(聖徳太子の手になるものと教わった人は多かろう。こんなことからして勝手な解釈を歴史教育に持ち込むのがこの国のやり方だ)はまさにこの発想法だ。それが当時の世界の中でどのていどの現実性を持った言葉であったかどうかは別にして、サモアはまさにその精神で今回の「変更」を行ったのだろう。

 いまだにアメリカを日の昇る国と信じ込み、TPPなどに参加して没落の「帝国」と心中しようとしているこの迷妄はどのようにしたら啓かれるのだろう。

 箱根駅伝往路、結果のみ。東洋、早稲田、明治、駒沢、城西、山梨学院、青山学院、東海、国学院、学連選抜。今年の東洋は5区の柏原だけではなかった。1区だけは早稲田に譲ったが、2区では早くも逆転、4区、5区は区間賞、箱根での5分7秒。強い。

 うちの正月はあまりいいことはない。**(長男)が少しやり過ぎて、**(家内)は出かけてしまった。ウォーキングから帰ると、**(長男)も名古屋に帰っていた。(1/2/2012)

 眼が覚めたのは4時半だった。いつもならば、布団のぬくもりを楽しむうちに浅い眠りに入るところだが、初日の出中継を観るのも悪くないと思って起き出した。

 PCを立ち上げ、2012年版の株価、為替、金価格の記録フォーマットを作る。一段落して、新聞各紙のサイトを見ると・・・「オウム平田容疑者逮捕」。なにが端緒になり逮捕に結びついたのか、そう思いつつ5時18分のタイムスタンプのある記事を読む。なんと自ら丸の内署に出頭した由。17年も逃亡を続け、大晦日の夜に出頭とは。マスコミ各社の事件記者にしてみれば、「おいおい、せめて三が日が過ぎてからにしてくれよ」というところだろう。

 なぜ、「いま」なのだというのは誰しも思うところ。夜のニュースはこんな説明をつけていた。一連のオウム裁判は、昨年暮れ、遠藤誠一の最高裁判決に対する訂正申し立てを棄却した時点で終結したと見なされ、今後の焦点は松本智津夫以下13名の死刑執行に移ったとされていた。しかし、今回の逮捕により、平田に対する裁判が終結するまでは、死刑の執行が見送られる可能性が出て来たことになる。平田の出頭はそういう「効果」を狙ったものではないかというのだ。

 遠藤誠一の訂正申し立てを棄却したニュースを報じた際、毎日はその記事の末尾にこう書いていた。

 刑事訴訟法は、死刑執行は判決確定から6カ月以内に命令しなければならないと定めるが、共犯者の判決確定までの期間は算入しないとしている。元死刑囚に対し1953年に言い渡された大阪高裁判決は「未逮捕の共犯者がいることを理由に、漫然と死刑囚の執行を遅らせることは当を得ない」として「共犯者の逮捕前の死刑執行命令は適法」という先例的判断を示している。

 平田の出頭により、この大阪高裁の判断の「未逮捕の共犯者がいることを理由に」という前提条件は崩れた。平田にどれほどの法律的な知識があったのかは分からない。しかし、この「先例的判断」について意識があったのか、どうか。どうもオウム真理教の事件には表に現れない伏流のようなものが感ぜられてならない。

 昼過ぎに家族4人で水天宮へ。「初」詣とはいうものの、この一年の「初」で「末」というのが我ながら可笑しい。神社嫌いとしては大圓寺の方がいいのだが**(次男)がどうしてもお神籤を引きたいという。しかたがない、混雑を覚悟で出かけた。予想通りの混雑。30分ほど並んでからパンパン。

 そのお神籤、3人はすべて大吉。オレのみ末吉。こちらが好かぬことをテキも承知しているのだろう。おそらく確率の低いクジを引き当てたのだから、かえって強運と思うことにしよう。(1/1/2012)

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