夢の島少女   NHK放送台本 
放送 昭和49年(1974年)10月15日(火) 22時15分〜23時30分
NHK総合テレビ
昭和49年度芸術祭参加・テレビ部門
テレビドラマの部
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本ページ作成者は池田博明。
この台本は2001年5月6日、初めて公開されるものです。
(佐々木昭一郎氏より藤田真男氏に贈られたものです)
『日曜日にはTVを消せ』ウェッブページ版特別・資料    『日曜日にはTVを消せ』プログラム へ戻る
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2001年5月13日(日)NHKアーカイブズで『夢の島少女』は再放送されました。


スタッフ
 岩崎  進
 太田 進溌
 岡本 忠士
 葛城 哲郎
 川口 孝夫
 鈴木志郎康
 長谷川忠昭
 松本 哲夫
 藤村   恵
 佐々木昭一郎
使用カメラ
 エクレール・シンクロナイズカメラ・アリフレックス

使用マイクロフォン
 NSE26F超小型ワイヤレスマイクロフォン
「夢の島少女」のための二つの音楽

 *ヨハン・パッヘルベルの“カノン”より
  オーケストレーション 池辺晋一郎
  オーケストラ 田中千香士とそのメンバー15人
  オルガン 広野 嗣雄
  12通りの変型及びモジュレーション 岩崎 進

 *アイルランド民謡“ロビン・アディア”
  アイリッシュ・ハープ ドロシー・ブリトン
  口笛  岩崎 進

 【実際の完成作品とは若干、異なっています。
 台本中に佐々木昭一郎自身の書き込みがあります。この書き込みは別色で示しました

<ねむりの中で>

 オルガンがきこえている。
 「永遠」を表す「カノン」のリフレイン。
 −黒い画面に白い字が現われる−

 「ある日、あるとき
  ある日曜日の朝、

  ひとびとは <私は>又は<少年は>
  深い眠りの中にいます。

  ひとびとは
  思い出そうとしています。

  ひとびとは
  遺失物の行方を
  探しています

  −失くしてしまった
  いちばん大切なものを−
    <いちばん手に入れたい
     人生の大切なものを・・・>

  ある、日曜日の朝、

  ひとびとは
  深い眠りに
  落ちこんでいます。」

 −音楽の中から、川の音。−

<失われた少女>

 少女を川から救出する少年。
 少女は気を失っている。  生命の川

 少女は、木の上に寝かされる。
 少女は真赤なワンピースを着ている。

 少女の頬をたたく少年。
 声をはりあげる。
 「・・・・大丈夫? ね!−」
 少女は気を失っている。

 少女を抱き起こし、背負う少年。
 少年は呟く。
 「−いま、うちにつれて行くから−」。

 少女を背負う少年。
 朝の街を走る。
 橋を渡る。
 少女を背負ったまま、
 走りつづける少年、
 荒い息使い。
 少年はよろける、よろけて物にぶつかる。

 少女の赤いワンピースから、
 少女の足から流れる
 赤い血。

 少年は、少女を背負い
 走りつづける。

 少年は「家」に辿り着く、
 川沿いの、安アパートの三畳間。

 少年は、少女のずぶ濡れの
 ワンピースをぬがす、
 髪の毛をふく、
 体をたたく、裸の背中をたたく、
 たたいて、回復させようとする。
 「大丈夫?・・・・」
 少女の白い肌、白い胸、
 少女は、一瞬、我に帰る。
 −寒かった朝の
  人々の深い眠りのなかの
  夢のような少女と少年との
  出会い−

<闇>

カノンの変型ヴァリエーション

 トンネルに入る。
 レールの移動、
 レールが続く、
 トンネルの闇、
 レールの移動、
 少年の声
 「ねむれ ねむれ ねむれ」
 少女の声
 「どこなの どこへ行くの、
  どこなの どこへ行くの、」
 トンネルに入る、
 レールが続く、
 トンネルの中から、少女が浮び上る。
 眠っている少女、
 呼吸する少女、少女の白い胸、
 少年のアパートで眠りつづける夢のような少女。

 鳥カゴの中で小鳥が羽ばたく、
 閉じ込められた小鳥が羽ばたく。

カノンの音楽が、不安な音響によって変型される。 

<遠い記憶>

 太陽。海。地平。
 異様な光景、
 海辺に人々が集まっている。
 人々は、泣いている。
 人々は、祈っている。
 少女は、人の死を見る。
 海で死んだ誰かの死体。
 死体は、運ばれて行く。
 少女は、泣いている。

 故郷の海の、異様な記憶。

 ある夕暮。
 少女は、崖の上に立っている。
 少女は、セーラー服を着ている。
 少女は、海の中に走りこむ。
 波が、少女の足を洗う。
 少女は、波をあびる。
 波が少女の足を洗う。
 海だけが少女を癒す。

 老婆の声がきこえる。
 「さよこ。さよこ、さよこ
 お前は可哀想な子だ。
 お父さんも、お母さんも、
 お前を捨てて、どっかへ行ってしまったものな・・・」

 少女は、一人である。
 少女には、誰もいない。
 老婆を除いて、誰もいない。

−孤独な少女の記憶の断面−

<旅へ>

 真夜中。
 時計が二時を打つ。
 老婆は語る。老婆は床の中。
 「さよこ、明日は出発、何時だ?」
 少女は、セーラー服を着たまま、
 眠っている。
 少女は、目を閉じて答える。
 「五時半・・・」
 「ばあちゃん、見送れない。
 一人で、気をつけて
 行けや」
 少女は、決意の顔を上げる。
 駅。
 八森の駅。
 汽車が、入って来る。
 少女は、ふり返る。
 少女は、汽車に乗り込む。
 少女は、誰も見送りがない。
 少女は、スーツケースを持っている。

 故郷の海と街が遠のく。
 レールの音が響く。
 汽車は走りつづける。

 少女は。こぶしを
 握りしめる。
 少女は、まばたきもしない。
 期待と不安への少女の顔。
−東京へ。東京へ−

<目ざめ>

 少年のアパートの朝。
 洗われた赤いワンピースからしずくが落ちる。
 ヤカンの湯が沸騰している。
 水道の水が、落ちている。

 眠っていた少女は、
 目をさます。
 少女は鳥カゴに手をぶつける。
 「ゴメン」
 少女は、小鳥を見つめる。
 カゴの中の小鳥を見つめる。
 少女は、まだ、半分気を失っている。

<孤独の絶望の淵で>

 記憶。
 赤いワンピースの少女が、
 海に向って立ちすくんでいる。
 少女は、何も持っていない・
 雨と風が、
 少女の細い体をうつ。

 すりへった少女の白い靴底。
 スカートが風に吹かれ、
 少女は、眼下の荒波を
 見つめて立っている。
 眼下は、死の荒波。

<“何でもします”>

 少女のために、牛乳を盗む。
 少年。
 少年は、牛乳を飲む。
 少年は、牛乳びんを捨てる。
 白い牛乳がアスファルトを伝わる。

 少女の声がきこえている。
 少女は、歌をうたっている。
 アイリッシュハープがきこえている。

 少女は、牛乳を飲む。
 少年は米をとぐ。 白い水。白の水そのもの。
 少女は牛乳を飲む、 少女は白い水を飲む。
 朝の光が、少女の喉もとを
 金色に輝かす。

<水人形>

 水の中から突び出してくる。
 人形の鋳型。
 少年が働く、人形工場、
 量産される人形の首が無数、
 ベルトコンベアからころげ
 落ちる。
 少年は、水の中から人形の首を引き抜く。
 少年は、人形の頭を運搬する。
 −異様な工場で、労働する少年。

10
<近い追憶・・・目> <ヌエの目>

 音楽がきこえている  カノンの女性リフレイン。
 デンワの音がきこえている。

  アパートの少女は、
  まだ起き上がれない。
  少女は、何かにうなされている。
  うなされている少女は、
  目を開く。
  少女は、思い出す。

  レストランで働く少女。
  少年と同じ、水に触れる職業。
  少女は、コップを落す。
  誰かが見ている。
  少女は見つめられている。
  少女は、ガラスの破片を拾う。
  誰かが少女の傷口を見ている。

  少女は、恥らう。
  男が、見つめる。
  少女は、立ちつくす。
  少女の脳裏をかすめる赤い車。
  誰もいない少女の
  いつも何かを待っている少女の
  心のすき間を犯す、
  大人の男の目。
  大人は、目を離さない。

カノンが少女の心のうずきをくり返す。

11
<一人の生活>

 着替えをする少女。
 窓の下を見る。

カノンが続いている。

 少女は、白いワンピース。
 少女は、地下鉄に乗る。
 少女は、目を閉じる。
 少女は、しっかりと、吊り皮をにぎりしめている。
 少女は、ふり返る。
 少女は、影を感じる。
 少女は、ふり返る。
 −孤独な地下の、通勤風景。

12
<ふれ合い>

 少年のアパートの夜。
 二段ベッドの押し入れの上が、
 少年の寝床。
 少年は、やさしく、たずねる。
 「なぜ、川にいたの?
 落とされたの、それとも
 落ちたの?」
 畳の上の、布団の中の少女は答える・
 「何もわからない。
 おぼえていない。
 思い出せないの・・・・」
 −少女は、花柄の浴衣を着ている。
 少女のために、少年が手に入れたのだ−

13
<ヌエの手>

 止まっている赤い車。
 男の声がきこえてくる。
 男の声は、みにくくひきつっている。
 「東京の生活は、どう?
 馴れた?」

 赤い車は、うす暗い小路に止められてある。
 白いワンピースの少女が、助手席に乗っておびえている。
 少女は、男にたずねる。
 「あなたは、いつも、こんな暗い所に来るのですか?」
 男は、一見文化人風、一見ジャーナリスト風。
 男は少女に手をのばす。
 男は欲望にふるえている。
 「こわいの? うん?
  こわくもないくせに!」
 男は淋しい欲望をむき出しにする。
 
 少女は車の窓を開ける。
 少女は、空気を吸う。
 少女は、息を吐く。
 少女は、窓から首を出す。
 外へは出られない。
 近くの家からピアノがきこえている。
 ピアノは幸福そうにきこえている。
 ピアノの音。

14
<花ばな>

 ピアノの音が、大きくきこえてくる。
 故郷の中学。
 唄う生徒の中に、少女がいる。
 唄う生徒が消えて、
 少女がたった一人、
 唄っている。
 「旅路はるか、旅路はるか」

15
<一人ぼっち>

 一人、寮に帰って来る少女。
 鍵をあける少女。
 狭い寮のカーテンを開ける少女。
 どっと泣き出し、
 体ごと泣く少女。
 声がきこえてくる。
 少女の、記憶の声
   「What am I?」
 少女は泣き顔を上げる。

16
<空想少女>

 少女が海に話しかけている。
 海の音。空気の音。故郷の音。

   What am I ?

 What am I ?・・・・
  I'm a girl・・・・
  What am I ?
 I want to fly overseas・・・
 I ・・・am・・・ the・・・ sea
  a seagull・・・ seagull

 少女は英語の本を閉じる。
 少女は一人の唄を唄う。
 「マイボニー」

  My Bony Lies 《池田註:isと言っている》
  Over the Ocean

 少女は、唄をやめる。
 少女は、自分に問う。

  What do I think ?・・・
  What do I think ?・・・

 少女は何かを待っている。
 少女は、何かを待っていた。
 少女は、海を見つめていた。
 −空想少女の、一人の言葉、一人の唄。

17
<ふれ合い・・・二階から目薬> 

 追憶の中で目ざめ、唖然として目を開け、寝ている少女。
 
 押し入れの、上段の寝床から、寝ている少女に手を差し出す少年。
 「二階から、目薬、はい、
  あー、入った?」
 目薬と、少女の目、川の水で
 汚れた少女の目と涙。

18
<友だち>

 「ケン、いるか」
 アパートの戸を開けて
 友だちが入ってくる。
 友だちは声をはりあげる。
 「ケン、いるか!」
 友だちは、ケンより少し年をとっていて、ケンの兄貴のよう。

 「出て行ってよ、
 もう来ないでくれよ」
 少年ケンは、友だちを玄関ばらいする。
 少女が驚いて顔を上げる。
 少女はすっかり元気になっている。
 「もう来るなよ。」
 友だちは、いやな顔をする。
 「ダメじゃないか、
 閉じこめちゃ。
 人形じゃないんだぞ、人間なんだ。
 外へ出してやれよ」
 友だちは叩き出される。
 少年はクツ下のまま、外へ出る。
 友だちは、少年をつき飛ばす。
 少年は、道路にシリモチをつく。
 少女は、複雑ないらだちを表す。

 川の向こうから、友だちが叫ぶ。
 「ケン、もう俺、来ないぞ。
 その子を医者につれていってやれよ!
 人形じゃないんだ!
 閉じ込めちゃだめだ!
 ニヤニヤするなバカヤロ!!」

 友だちは、下を向いて、
 去って行く。

19
<花ばな、花屋>

 花屋に転職した少年、
 店頭でもの思いにふける。
 少年は道行く女性に視線を送る。

 アパートで、浴衣を着て
 壁によりかかる少女、元気をとりもどしている。
 白い花々、そして水にふれる少年。
 少女は微笑む。少女はずっと年上に見える。
 バラの花束を客に差し出す少年。
 少女は、人形を抱いて、窓辺に腰をおろしている。
 少女は幸福そう。
 鏡に水する少年、
 少女は人形を抱いて微笑む。
 鏡の水しぶき、
 波のしぶき、
 一隻の小船が、波の間に間に浮んでは沈む。
 海の青。

20
<追憶>

 「おばあちゃん!」
 海の青と同じワンピースを着た少女は、
 みやげ物を両手にかかえて立っている。
 少女の記憶の中の、
 初めての帰郷。
 老婆は、体ごと喜びを表す。
 「さよこ、さよこ、
 よう帰って来た、
 きれいになって・・・・」
 二人は田舎道を歩く。
 「さよこ・・・てがみもよこさねえで、心配してたよ・・・・
 きれいになって・・・・あー、涙が出てきた」

 少女は、犬小屋にかけ寄る。
 「クン犬!」
 小犬が少女にとびついてくる。

 少女は井戸水を飲む。
 井戸をくみながら水を飲む。
 少女は水を飲む。

 「おばあちゃん!」
 お風呂の中の少女は指を差し出す。
 真赤なマニュキアの指。
 「きれいだね・・・
 さよこは東京で苦労してるな・・・
 さよこ、東京の話っこきかせれ!」
 老婆は、話題をそらす。
 「いつも、客が昼に集中して忙しいよ・・・
 つかれるよ」
 少女は悲しい声を出す。
 少女は話題を変える。
 「ばあちゃん、西洋の唄を教えてあげようか・・・ 
    ドシラシファミレド
    ドシラソファミレド
 これをくり返して唄うの」

カノンの音楽がきこえてくる。

21
<ヌエの手>

 眠っている少女、
 うなされている。
 デンワのベルが鳴る。
 デンワ口で、誰かを拒絶する
 少女の顔。
 立ちつくす少女。
 下を向く少女、
 男が見つめている。
 働く少女に、迫るヌエの手。
 男は少女を引き寄せる。
 「手をはなして下さい!」
 拒絶する少女、
 しかし、男は少女の心のすき間に食い入って離れない。

22
<赤い車>

 ピアノがきこえている。
 ピアノは同じ音をくり返している。
 同じ場所の同じ音。

 赤い車の中の
 白い服の少女。
 男の手が延びる。
 男はリクライニングシートを倒す。
 少女は、息を吐く。
 少女は、男を見る。
 男は眠っている。
 少女は、身を起こす。
 身を起こして、
 乱れた髪に、手を触れる。
 少女は、放心したよう。

 ピアノは同じ音をくり返している。
 白い建物。

23
<私のカノン>

 少女は、男のマンションに入って行く。
 吸い込まれるように入って行く。
 すべてが、白くまばゆい。
 白く光る部屋、
 白く光る窓、
 白く光る男の妻の写真パネル。
 少女はたずねる。
 「これ、奥さんの写真?」
 男は答えられない。
 白く光る造花。
 白く光るグランドピアノ。
 すべてが、まばゆい夢の空間。

 少女は、ピアノに触れる。
 少女はたずねる。
 「ピアノ弾いてもいい?」
 「ああ、いいよ」
 男は少女を観察する。
 男は少女を観察する、目で犯す。

 少女の白い指がピアノの白鍵に触れる。
 音が出る。
    ドシラソファミレド
    ドシラソファミレド

 少女はくり返す。
 少女は。和音を附加する。

    ドシラソファミレド
    ミレドシラソラシ

 少女が見つけた少女のカノン。
 終わりのない、宇宙の円のようにいつまでも続く永遠のカノン−

 少女は語る。
 「これ、私が見つけたの、
  私が・・・・」

 記憶。
 故郷の庭、干し物をする少女。
 故郷の中学、走る少女。
 中学の廊下、走る少女。
 中学の体育館、バレーボール。
 中学の水飲み場、息する少女。
 中学の友だち、笑い合う少女。
 中学の廊下、一人歩く少女。
 −遠い記憶の子守唄−

 少女は目を閉じている。
 目を閉じてピアノを弾いている。
 眠りの中の少女のカノン、終わらない。
 男の手が白い少女の肩に触れる。
 少女は目を開く。
 少女は目を閉じる。
 少女はうなだれる。

カノンが遠去かる。

24
<少女は夢見る>

 うなだれる少女は、夢見る。
 タイプライターがきこえてくる。

 男の事務室で、手伝う少女。
 少女は紺のワンピース。
 紺のワンピースは少女を大人っぽくしている。
 少女は、男の肩に手をふれる。
 男はタイプをたたきつづける。
 少女は男に聞く。
 話は噛み合わない。
 少女は一生懸命話しかける。
 「明日、晴れそうもないよ」
 「何が?」
 「天気が」
 「ああ」
 少女を物のようにあしらう男。
 男は少女に聞く
 「たいくつ、たいくつかい?」
 少女は、さめた顔つきをする。
 夢見る少女の、悲しい夢。

25
<さすらい>

カノンがきこえている。

 雨の中。
 誰もいない早朝の街を、
 少女は歩く、歩きつづける。
 少女は紺のワンピース。
 雨にうたれて、さすらう、
 悲しみの少女、濡れている。
 東京をさすらう少女の絶望。

カノンが高まる。
はじめてオーケストラによるカノンがきこえてくる− 

26
<・・・希望>

 雨の海、故郷の庭、記憶の中の少女。
 希望に輝く顔。
 少女は、雨の中、
 一人で遊ぶ。
 少女はスキップする。
 少女はおじぎをする、
 と、もう一人の自分がおじぎをする。
 誰も坐っていない椅子に話しかける少女、
 微笑する少女、
 ひざを折り、礼する少女
 スチュワーデスの真似ごと。
 レィディーの真似ごと。
 雨の中、海に向って、
 両手のツバサを開ろげる、
 悲しい少女の希望、少女の夢。

カノンが高まる。

27
<悪夢> 

 鳥カゴの小鳥が羽ばたく。
 閉じ込められた小鳥が羽ばたく。

 少年のアパート。
 眠っている少女は、
 うなされている。

 正座して、うなされる少女を
 見つめる少年。
 「どうしたの?
 どうしたの?」
 少女は、目をさます。
 少女は、とび起きる。
 少女は、おびえている。
 「こわいです。
 こわいです。
 こわい、こわい、こわい」

 少女の手をにぎりしめる少年。
 少年は、少女に語りかける。
 「ぼくの顔を見な、
 ぼくの顔を見な」
 悪夢にうなされていた少女。
 手をとられ、寝かされる少女。
 手をとったまま、正座して、
 ひれ伏す少年ケン。
 
 少女は、泣く。泣き続ける。
 体ごと泣き続ける。
 少年は、願する。
 「ここにいてください。
 なんでもします。
 ここにいてください、
 ずっと・・・・」

 正座して、少女の足元に、
 ひざまずいて願する少年ケンの愛の告白。
 少女は苦悩にいらだつ。
 いらだつ少女は、目を閉じて、顔をそむける。
−少女を離したくない、閉じ込めておきたい少年の世界−

28
<二人の川>

 鳥カゴの小鳥が羽ばたく。
 閉じ込められた小鳥が羽ばたく。

 浴衣をきちんと着て、
 タタミの上で、目を閉じている少女。
 大きく息をする少女。

 押し入れの上、少年のベッドで、
 目を閉じている少年。

 夜の川が光る。
 二人の間を流れる夜の川。 

29
<愛>

 川の音がきこえている。
 少年は目を閉じている。

 少女は胸元からクシを取り出す。
 少年は起き上がる。

 少年の髪をとく少女。
 少年の肩を抱く少女、
 髪をとかしつづける。
 少年の額に顔を寄せる少女。
 少年は目を閉じる。
 少年は、深い眠りにさそわれる。

30
<別れ>

アイリッシュハープがきこえている。
アイルランド民謡の
「ロビン・アディア」。

 それは、捨てられた女性を唄う悲しみの唄
 「ロビンのいない川の町は死んだふうに空虚・・・
 過ぎ去ったあの日を、遠去かった人の心を、呼び戻すことはできない」
 それは少女の唄、少女から少年への唄。

 朝の川。
 窓辺の少女は、
 川を見る。
 少女は川を見つめる。
 
 赤いバラの花が浮いている。
 赤いバラが一輪、流れて行く。
 少女の花が流れて行く。

 少女は、コップの水に
 口唇をふれる
 少女は川を見ている。

 メッキ工場の中、
 水にふれ、汗する少年ケン、
 働いている。
 少女のための働いている。

 川を見ている少女は、
 じっと目を閉じる。
 少女は、窓辺の白い花に触れる。
 少女の白い指先が花を触わる。
 花に触った少女。
 真白な二人の食器皿。
 止め忘れた水道の水が、
 真白な皿に流れている。
 少女は、水道を止める。

 メッキ工場で
 白い泡水の中で働く少年。

 少女は、鳥カゴに触れる。
 小鳥は、少女を見ている。

 少女は、赤いワンピースを着る。
 少女は、浴衣をたたむ。
 少女は、帯をたたむ。
 少女は、置手紙を添える。

    さよこ、
    さようなら

 真赤バラの花。
 アパートの外の思い出の風景。

 二人のヤカンが沸騰している。
 ケンのために、さよこが沸かしたヤカンの湯気。

 少女のために、さよこのために、
 買物袋を持って帰ってくる少年ケン。
 何も知らず、微笑んで帰ってくるケン。
 少女がいない。さよこがいない。

 少年は、置手紙を蹴とばす。
 少年は、浴衣を抱きしめる。
 少年は、浴衣を抱きしめて、
 ひれ伏し涙する。

口笛が、少年をなぐさめる。

 暗闇。
 闇の中から、赤いワンピースの少女が浮ぶ。
 少女は、じっと立っている。
 しかし、少女はいない。
 さよこは、いない。

ハープの音が高まる。
口笛が高まる。  

31
<旅>


 列車の中の少年。
 レールの移動。
 レールの音、くり返す。
 汽笛が人を呼ぶ。
 汽笛は少女を呼んでいる。
 レールは前進する、
 どこ迄も前進する、
 しかし、少年の意識は
 止っている。
 それは少女への「愛」、
 くり返し変わらぬ「愛」。
 少年はレールの前方を見る、
 誰もいない、
 少年は、下を見る、海を見る、
 誰もいない。

 トンネルに入る、
 少女が浮ぶ。
 トンネルを出る、
 少女が浮ぶ。
 少女はピンクのワンピース。

カノンがきこえてくる−

 少年は少女を想い続ける。
 少年の眼差しが少女を追う、
 少女は駅に立ち、太陽の中に
 溶明して行く。

32
<太陽、海、地平>

 少女はピンクのワンピース、
 同じ色のスーツケース、
 駅を下り、故郷の街を行く。
 故郷の海に立つ。
 少女は、海の青を見る。
 少女は、海に入る。
 海の水が、少女の足を洗う。
 少女は、海に入る。
 記憶がよみがえる。
 セーラ服の少女が、海辺を走って行く。
 誰かが追っている。
 少女は、倒れる、が走り続ける。
 少女は小指にケガをする。
 少女は、小屋に駆け込む。
 少女は逃げる。

 少女の指の血液。
 手が伸びる、男の手が伸びる。
 手は少女に触れる。
 手は少女の手を握りしめる。

 少女の口唇の血。
 少女は、クツ下を正す。
 白のクツ下に、草の緑。
 少女の新しい黒の短靴。
 ピンクのワンピースの少女は、
 小指の血を唾液で癒す。
 少女は太陽を浴びる。
 太陽、海、地平線。
 少女は太陽を浴びる、
 海の青さ、大気の色彩、
 そのリフレイン。
 カノンのリフレイン。

33
<記憶の世界>

 少女を探す少年、
 少女の記憶の中へ、
 少女の故郷の海へ。

 少年は少女を垣間見る。
 少女は墓参りをする。
 少女は墓石にうなだれる。
 老婆はいない。老婆の死。
 海の地平線、空。

 少年は、黒い松葉杖の老人に
 少女を聞く。
 カラスが舞上がる。
 人々が走ってくる。黒い松葉杖の
 老人と少年は、人の死を見る。
 死体は運ばれて行く。
 少女を求める少年、
 少女を見る、
 少女は岩影に消える。
 少年は海に立つ、
 少女は海の波を浴びている。
 少年は少女を探しつづける。
 小屋に入る。
 小屋に寝そべる少女。
 炎が立つ。
 火は小屋を燃えつくす。
 火の中の少女、
 火を見る少年、
 異様な世界の中で、
 少女の記憶の中へ、
 少年の空想の中へ、
 「愛」と「妄想」の少年の世界。

34
<妄想の世界へ>

 少年のアパート。
 夜の川。
 黒い松葉杖を白く塗る少年。
 少女を想う少年の、
 少女への愛、
 少女の「ヌエ」への殺意。

35
<殺意>

 白い松葉杖、黒のサングラス、
 変装して歩く少年。
 赤い車が走ってくる。
 少年は白い杖をふり上げて、
 道いっぱいにはばかる。
 赤い車が止る。
 男が乗っている。
 男は声をかける。
 「どうしたの?」
 男は、同情的に聞く。
 「駅まで行きたいんです」
 同情をひいた少年は、赤い車の後部に乗せてもらう。
 「駅・・・・どこの駅?」
 「夢の島」
 男は首をかしげる。

 赤い車が走る。
 シャベルをひきずる少年、
 夢の島の誰もいない風景。

36
<幻想殺人>

 男の事務室、タイプライターのひびき、
 少女がいた部屋。
 男は同じ事を聞く、
 「どうしたの」と。
 少年は男におそいかかる。
 少年は絶叫する、はじめて
 体ごと大声をはりあげる。
 「お前に、
 人間の
 扱い方を
 教えてやる!!」

 少年はナイフを隠し持つ。
 少年は、男を刺し殺す。

37
<埋葬>

 埋められるために横たわる男。
 穴を掘る少年。
 死体に駆け寄る少年。
 男の顔をはうハエ。
 少年は、男の体をひきずる。

38
<情念>

 赤い車が走ってくる。
 少女が、ガラス窓を閉じる。
 運転席の男は見えない。

 雨の中、
 松葉杖をかざす少年。
 赤い車は止まらない。
 車は何回も少年の
 近くを通りすぎる。
 
 車が止まる。
 少女が立っている。
 少女は、雨に濡れている。
 少女は赤いワンピース。
 少年は近寄ろうとする。
 少女は、じっと目を閉じる。
 少年は近寄ろうとする。
 少女は消える。
 車のライトがパっと灯く。
 少女を追う少年。
 松葉杖でなぐりかかる少年。
 口笛がきこえている。
 少年の悲しい妄想。

39
<予感>

 少女が走っている、
 少女は逃げるように走っている。
 クラクションの音が響きわたる。
 少女は紺のワンピース。

 少女は裸足で、
 誰もいない街を歩く。 
 少女は、問いかけてくる。
 「どうすればいいの、
 どうしたらいいの・・・」

 寝返りをうつ少年。
 少女が眠っていた枕を抱く少年。
 少女の声がきこえている。
 「どうすればいいの・・・」と。
 訴えかけるように目を閉じ開く少女。

 少女を探す少年、
 自転車をひいている。
 少女の声がきこえる、
 「ケン、ただいま」
 少年は幻聴をきく。
 人形を抱いた少女が笑っている。
 
 少年は夢見る。
 少女の手をとって、少女の全快の日に、二人で散歩する夢を。
 アパートの戸を開ける。
 アパートの戸が閉まる。
 が、少女はいない。
 川のほとりで、
 少女を想う少年。
 少女は眠ったまま息をする。  

40
<再会>

 エレベータが開く。
 サングラスの少年、
 ホテルの廊下を歩いて行く。
 ドアをノックする少年。
 「誰?」
 少女の声をきく。
 部屋の扉を開ける少年。

 少女は立っている。
 少女は泣いている。
 少女は傷ついている。
 少女は汚れている。
 少女は化粧もしていない、変わらない。
 少女は髪型も変わっていない。
 少女は聞く、変わらぬ透明の声で。
 「だれなの?」
 「だれ?」
 少年は少女に近づく。
 少年の背中には殺気がある。
 少年は少女にどんどん近づく。
 少女は少年を呼ぶ。
 「ケン!!」
 少年は嬉しさを隠す。叫ぶ。
 「待っていたんだ、待っていたんだ」
 少年は少女に接近する。
 少女は、停立する。
 少年は倒れかかる、
 少女の足元に、体ごと倒れかかる、
 少年は少女の足にすがりつく−
 少女は叫ぶ、少女は窓を開ける。
 夜の光、夜の河、東京。
 「この中で私は生きてきた。」

 少女は泣く、泣き続ける、体ごと泣く。
 少女は最后の言葉を発する。
 「泣きたくない」と。
 少年は訴える、
 「帰って来て、
 帰ってきて!
 帰ってきて!」
 二人は静止する。
 「生きながら」の「死」を生きる
 少女、そして少年の情念 − 

41
<どこへ・・・>

 誰もいない、川沿いのアパート。
 誰も触れない花々。
 水。水道のしづく −
 川。
 二輪のバラが流れて行く
 赤いバラが二輪。
 少女の足に流れる血。
 少女の血 −
 少年は少女を背負う、
 少年は背負い続ける
 どこまでも背負い続ける。

オルガン、響きわたる。

42
<昇華>

 山を登る少年。海。少女。
 焼跡
 焼け落ちた木々と花々。

 停立し、涙する少年。
 オフェリアのような、花をつむ少女 −
 オフェリアの少女そのもの。
 少女は、白い花をつむ、
 少女は、海と太陽の中に居る、
 少女は白い服、
 少女は海と太陽の中にいる、
 少女は花をつむ。
 少年は、ひれ伏し、涙す。
 少年は、祈る。
 白い馬が走ってくる。
 白い棺が運ばれてくる。
 白い馬が走ってくる。
 少年は祈り続ける。
 純白の馬車、
 白い花嫁が乗っている
 花嫁は目を伏せる、
 花嫁は、微笑む。
 少女が微笑む、
 少女は、花を持っている。
 人々の長い列
 白い馬車が海に向っている、
 それは少女の葬列、
 少女たちが、祈っている、
 少女たちが、涙している。

43
<夢の島>

 死んでいる少女、
 花が咲いている、
 死んでいる少年、
 死んでいる少女、
 太陽が溶明する、
 少女は、太陽の中に消えて行く。

44
<死の国 −再生>

 少女は水に濡れている。
 少女の頬に流れる水しづく。
 少女は、遠くを見る、遠くを見続ける。
 少女の再生、少女の永遠。
 少女は、かすかに微笑む。

カノンが聞こえてくる。
終わりのない永遠のカノンがきこえている。
それは少女そのもの
永遠の少女を流しだす永遠のカノン。

 ナワトビをして遊ぶ二人、
 二人は、はじめて遊ぶ、
 ナワトビを廻す二人、
 が、誰も飛んでいない。
 ナワトビを廻す二人、廻しつづける。
 二人はナワトビを廻しつづける−

カノンが高まる。

 カメラがナワトビの中に入る。
 カメラが飛ぶ。アクション。
 アクション、そのリフレイン、

カノンのリフレイン。

 少女は体ごと、
 少年は体ごと、ナワトビを廻す。
 二人は微笑む。
 二人は白の溶明。

カノンが続く。

 二人はナワトビを続ける。
 白の溶明、太陽の中。

 二人は、空中にいる −
 二人は、遠くを見つづける
 二人の、人生の顔、悲しげに、
 しかし幸福な、二人のための全ての表現。
 海の中を行く二人、
 海の中に消えて行く。

45
<夢の島の少女>

 誰もいない夢の島、
 誰もいない夢の島の、
 地面を見続けるカメラ
 二人を見つける。豆粒大の二人。
 少女は少年の背に、背負われている。
 少女は赤いワンピース。
 少女は少年に背負われて行く。
 少年は少女を背負いつづけて行く。
 少年は、どこまでも背負い続けて行く −
 − 暗 −

カノンの、終わりのないくり返しがつづいている

 日曜日の朝、ひとびとは深い眠りに
 おちこんでいます、深い眠りに−

 永遠のカノン。
 
 ドシラソファミレドと唄って下さい。
 ドシラソファミレドに和音を附加して下さい。

   ドシラソファミレド
   ミレドシラソラシ

 「カノン」はエンドレスです。宇宙に終りがないように、
 カノンに終りはないのです。
 私が見つけた、私のカノン・・・・・「夢の島少女」。

                    佐々木昭一郎


     放送台本について      池田博明

 この台本は実際の完成作品とはほんの少し異なっています。
 ただし、ここでは逐一指摘はしませんでした。
 1974年当時は、家庭にビデオ受像機もなく、一度しか放送されずに、そのまま埋もれてしまうかと思われた『夢の島少女』でしたが、その後、1997年にBSの『佐々木昭一郎の世界』で放送されました。
 さらに2001年5月の総合テレビのNHKアーカイブズで放送され、ビデオで録画して見られるようになったからです。
 台本には、映像の意味や意図がかなり言葉で書かれています。しかし、それは決して完成作品から受ける印象を限定するものではありません。
 この放送台本は佐々木昭一郎の以後の作品の台本とは成立の事情がかなり異なっていました。『四季・ユートピアノ』や川シリーズなど、『シナリオ』誌上に発表された台本は、完成作品と違っているところがほとんどありません。それらの作品の台本は、完成作品が出来てから、じゅうぶん時間をかけて作成されているからでしょう。
 しかし、この『夢の島少女』の台本はかなり無理な状況のもとで、仕上げられたもののように聞いております。
 芸術祭審査員用に、「私を抑えて」、編集完成後、一夜づけで書かれたと。
 つまり、分かりやすくなっている分だけ、本当に書きたいことは書かれていないと考えるべきでしょう。
 もともと、『夢の島少女』は、イタリア賞参加の予定で撮影を開始した作品で、たった二週間という最悪の撮影期間で撮り上げ、不眠不休で編集したものでしたのに、突然、「外国向けでない」という理由で、参加中止となってしまったそうです。
 それ以降、内容の改変の要求と闘いながらも、四回も直しを重ね、ようやく芸術祭参加作品となって、放送にこぎつけた難産の作品だったので、台本作成の頃の、佐々木さんの体力と気力はおそらく限界に近い状態だったと推測されます。
 さらに、放送されてからの批判と悪評は、おそらくそれ以上に佐々木さんを苦しめたのではないでしょうか。
 作品を見て、「素晴らしい」と騒いでいた私たちには、信じられないことですが、「素人がうろつき回るだけの汚い作品」などという評価をした人もあったようです。
 真の傑作は、多くの人に認められるとは限らないと思います。

2001年11月25日

           『夢の島少女』は超傑作だった   池田博明

 多摩シネマ・フォーラム(2001年11月25日)「RESPECT佐々木昭一郎」(企画/黒川由美子)で,『夢の島少女』と『四季・ユートピアノ』の二本が上映された。
 縦4mもある大画面で『夢の島少女』を見るのは初めての体験だったが、そのフィルムの質感と色彩感覚は抜群だった。
 私が『夢の島少女』を見るのは七度目くらいだろう。
 今回は大画面で見て、台本の31以降、サヨコがケンのもとを去ってからが、『夢の島少女』の真骨頂だと思った。この後半で『夢の島少女』は《途方も無い》傑作となったのだ。この後半の展開はデモーニッシュとも言えるものである。天才の技である。佐々木さん自身は「『夢の島少女』は、ビッグバンのようなもの」だったと表現している。『川』シリーズはビッグバンのかけらが育ったもののひとつである。
 後半の音響効果も素晴らしい。佐々木さんによると、岩崎進さんの仕事だそうである。
 『夢の島少女』の後半の展開は、私たちの予想を次々に裏切るものである。最初に見た私たちがここから後を正確に思い出せなかったのも無理はない(『日曜日にはTVを消せ!』第1号参照)。わけがわからないのだ。言葉で物語をとらえようとすること自体が無理なのだ。
 高まる音楽、解体するイメージ、切れ切れのメッセージ。それらが渾然一体となって最後のクライマックスの数場面になだれこむ。
 少年と少女がふと空を見上げる。夢の島を歩く二人が最初は小さく捉えられる。次第に接近し、また遠ざかっていくカメラ。そして突然終わる。

 普通、作品は物語であり、私たちは作者の物語を理解しようとする。私たちはまず、あらすじがわかることが理解することだと思い込んでしまっている。
 作者は物語を語る。「語る」とはつまり、「騙る(かたる)」ことである。見るひと、聴くひとを「騙る」=「だまそうとする」ことである。
  しかし、佐々木さんの作品はそういった物語ではない。断片の物語である。
  断片をつないだトータルな世界は、見る人の心のなかに出きる。作品は、見た人ひとりひとりの心にできていく、共感の物語になる。『夢の島少女』では、主人公のナレーションがないだけ、少女と少年を私たちは第三者として見る。主人公のナラティヴがないので、かえって私たちは自分自身で物語を探るのである、自分の心のなかに。

 『夢の島少女』は、暗く、痛々しい、パセティックな世界を持っている。それは私たちの心のなかにあるものである。
 佐々木作品、あるいは『夢の島少女』を見ても、感動しないひともいるし、理解しないひともいる。なぜだろう。最初のうちは、それが理解できなかった。
 しかし、今は理解できる。見るひとの方に夢の島を理解する世界があるかないかが問題だったのだ。
 佐々木さんはこのあたりのことを「一億人のうちの十分の一くらいのひと」、つまり一千万人くらいの人は理解してくれると思うと言っている。
 見る人の方に深い心の傷があるかないか、孤独や世界から切り離されたという感覚があるかないか、都会と田舎の断絶、他者とのコミュニケーションの断絶、焦り、いらだち。

 ところで、ジョナス・メカスの映画日記に印象的な言葉がたくさんある。私はメカスの映画を見ないまま、メカスの映画を佐々木さんの作品と同じだと思い込んでいた。実際にメカスの『リトアニアへの旅の追憶』がビデオになり、発売元のイメージ・フォーラムに注文して入手し、さっそく見てみた。
 そうしたら、メカスの世界は佐々木作品とは「違った」。あまりにも違っていた。それはメカスのプライヴェート・フィルムだった。メカスの映画の登場人物はメカス自身も含めて「なま」の生活者だった。佐々木さんは「なま」のその人を撮っても、それでは芸術にはならないとよく言っている。佐々木作品はプライヴェート・フィルムではないのである。もっともっとパブリックなもの、シンパセティックなものである。
 個人の共感の原点、共和音のようなものといってもいいかもしれない。

 たとえば、『四季・ユートピアノ』は「音」の物語である。榮子は音を聞く人、音を観察するひとであり、音は人生を語るものである。そして“川”シリーズにつながる音。イタリアの音、スペインの音、チェコの音。川の流れ。   [ここまで2001年11月記]

 音への感性は、2014年公開の劇場映画『ミンヨン 倍音の法則』につながっていく。

             デジタル・リマスターで放映 『夢の島少女』    池田博明

 2014年11月6日,NHK・BSプレミアム・アーカイブで,<伝説の映像作家・佐々木昭一郎の世界>と題して,佐々木さんのテレビドラマ作品が5本放映され,『夢の島少女』も放映された。無冠の『夢の島少女』が放映されるのは,ようやく作品の真価が認められてきた証拠だろう。

 デジタル・リマスター版で蘇った『夢の島少女』の鮮烈さはゆるぎなかった。

 いま『夢の島少女』を見る若いひとに、伝わるだろうかと危惧する想いが私にはある。2010年7月に渋谷のユーロスペースで,佐々木さんの作品が上映され,ミニコミ誌『日曜日にはTVを消せ』の製作者として招かれたときにも鈴木卓爾監督との対話のなかで発言したのだが,『夢の島少女』には70年代アイテムがたくさん登場していて,その価値や雰囲気が現代も普遍的なものかどうか,私には自信がなくなってしまったのだった。
 もっとも重いアイテムは少女を助ける少年ケンの生活ぶりである。川沿いのボロ・アパートにひとりで棲み,玩具工場や花屋のアルバイトで暮らす少年。洗いざらしのジーンズ。着古したシャツに長髪。いかにも貧しい感じに見える。2014年11月の放送の際に見直したという佐藤忠男さんは,70年代一億総中流化のなかで,そこからはじき出された青年たちが描かれている,現代の格差社会の先取り的な表現を見たと解説していた。しかし,私にはそれは佐藤さんの年代のひとの見方ではないかと感じる。
 70年代には若者の「貧乏」生活はプラスの価値を持っていたのだ。弱腰になった四畳半フォークのテーマを思い出してみよう。『神田川』だの,『赤ちょうちん』だのの若者は,たった二人で裸電球1個の部屋で暮らしていたではないか。『花嫁』は夜汽車に乗って,たったひとつの荷物だけを持参金代りに嫁いでいったではないか。
 つまり,少年ケンの生活は気の毒な底辺生活者の暮らしぶりではなく,70年代の青年にとっては自分と同じ地平の生活者だったのである。したがって,彼の大切な夢,少女の記憶は私たちにも切実なものとして強く映ったのである。いまは若者の貧乏は流行らない。男子も朝シャンプーして,オーデコロンを付けて学校へ行くような時代である。
 しかし、鈴木卓爾さんもそのようなアイテムとは関係なく、想いは伝わるのではないかと言って下さっていた。描かれているのは少年の、少女の心の軌跡だからである。外面的なアイテムや意匠は本質ではないのだ。
 中学生のサヨコは廃屋で英語をつぶやいているが,その英語は,「What's am I ? I am a seagull. What's do I think?」だった(台本のシーン16<空想少女>)。訳すと「わたしはなにもの? 私はカモメ。 私は何を考えればいいの」である。根源的な問いと言えよう。

                                                [2014年11月6日記]



  『日曜日にはTVを消せ』ホームページ版
   『夢の島少女』関連リンク

1974年11月17日(日) No.1 夢の島少女  (藤田真男編集)

1974年12月15日(日) No.2 夢の島少女  (藤田真男編集)

    藤田真男のTVに関するエッセイ OFF&ON 第2回

    藤田真男  「紅い花」がTVドラマになった?! 「夢の島少女」 (「ガロ」読者サロン)

*******資料篇 佐々木昭一郎 関係 ********

佐々木昭一郎  <さすらい>の世界  第2号に紹介

佐々木昭一郎 夢の島の少女

佐々木昭一郎 深い川  (第7号に紹介)

葛城哲郎 フィクション・テレビ・フィルム (第8号に紹介)

織田晃之祐  佐々木昭一郎 小論 (第10号に紹介)

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