町田市相原町の七国峠古道
鎌倉街道上道(埼玉編)から始めた当サイトは、その枠を広げて行き、多摩丘陵編、国宝正福寺地蔵堂、東山道武蔵路と埼玉県以外の鎌倉街道上道や鎌倉街道上道と深く拘わりのあるテーマを取り上げてきました。当サイトの作者である私自身は制作を重ねて行き、益々鎌倉街道の虜になってしまいました。もともと山登りや自然に親しむのが好きな私としては市街化で舗装されコンクリートで周りを固められた鎌倉街道は、たとへその道筋が紛れもない鎌倉街道であったとしても、その光景から歴史の深みを感じるのは正直言って何かもの足りない感がありました。私が鎌倉街道に魅せられたのも山林の中に残された街道跡と称せられる廃道の堀割状遺構というものとの出会いがその切っ掛けでした。何と説明したら良いものか、そこには異様な霊気というようなものが漂っているように感じたものでした。その霊気を求めて私の鎌倉街道の旅が始まったのです。

ここまで来て、各地の鎌倉街道を訪ね歩いていると、まだ以外と多く、昔ながらの風景の中に残されている鎌倉街道があるんだなと感じるようになりました。それらは鎌倉街道の本道ではないかも知れませんが、部分的に残る遺構に近い街道跡は、あの霊気を感じることができるのです。

ここでは新シリーズとして「昔のままの道が残る鎌倉街道」というのを紹介して行きたいと思います。(えっ、こんなの鎌倉街道じゃないよ)と思われるところもあるかも知れません。中には全く鎌倉道の伝承のないところも紹介するかもしれませんが、しかし以外とそのような道の中にも本物の鎌倉街道があるかも知れないのです。実際に鎌倉街道といっても鎌倉時代まで遡れる「道」はそう多くはありまん。また、鎌倉街道の記録の無いところから、鎌倉街道の遺構が発見された例もないわけではありません。

これは作者の偏見かも知れませんが、鎌倉街道探索の極意はガイドブックには載っていない街道跡を見つける探検にあると思っているものです。
まあ、あまり鎌倉街道の定義とか難しいことにはこだわらず、長ったらしい説明も省略しつつ、昔のままの鎌倉街道の写真を楽しんで頂ければと作者は思っております。

そしてもう一つ、ここで紹介させて頂く鎌倉街道も何時、土地開発により消滅してしまうかもわからないのです。明日にでもブルドーザーが入ってこないとも言えないのです。一度壊された自然は二度と元には戻らないのです。

●加治丘陵に残る滝山古街道
●多摩丘陵に残る町田市相原の七国峠古道
●多摩丘陵に残る町田市相原の御殿峠古道
●箱根路西坂に残る三島市の平安鎌倉古道
●海上技術安全研究所構内に残る鎌倉街道
●上信国境の入山峠に残る古道跡
●旧中山道沿い碓氷峠への尾根に残る古道跡
●逗子市披露山公園の七曲坂古東海道跡


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