フリーマンの随想

その64. 「 米国の南部とは・・・ 」 私が翻訳した本


* 生きているうちに陽の目をみせてあげることにしました *

(Oct. 19. 2004)


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 在米中、後に訳者序言で述べるような経緯で、私は、THE SOUTH FOR NEW SOUTHERNERS という150ページ余の1冊の本を、 自分の米国生活に役立つ勉強にと、1年半かけて翻訳しました。 この翻訳を読んだ、当時在アトランタ日本国総領事で、 現在は中国大使の阿南惟成氏が 「 たいへん面白い内容だから出版しなさい。 私が知り合いの出版社に交渉してあげる 」 と勧めてくださったので、著者たちの属するノースカロライナ州立大学出版局に掛け合って日本での日本語での翻訳・出版権を、 好意的な$500という値段でで私は手に入れましたが、残念ながら出版は実現しないままに終りました。

 今急に思いついて、当時はワープロで打ち込んだフロッピーを探し出し、フォーマットを変換してこのホームページに載せようと 思いついたのには、わけがあります。 先日、いつもの仲間たちと一緒に横浜にウォーキングに出かけたとき、 歩きながら米国の現実の姿が話題に上りました。 そのとき驚いたのは、私にとって当たり前すぎるような多くの事実、知識が、 私と同年代の彼らにとっては 「 へ〜! 」 とう意外な話だったということです。

 太平洋戦争の当時、米国南部の田舎ではまだ電灯がつかない地域が結構あった ( 日本にはそんな地域は既にほとんどなかった ) のだとか、 戦後20年も経った、今からたった40年ほど前まで、米国南部諸州ではまだ黒白別学で、 その上、黒人たちは白人たちに比べ、はるかに低いレベルの教育しか受けられずにいたのだのだとか、 当時、彼らはレストランもバスも公衆トイレも、白人と同じところに入ることを禁じられ、選挙権も実質的には貰えなかったのだとか・・・ そういう話をするたびに、驚きの声が上がるのでした。 「 この翻訳をご一読くだされば・・・ 」 との思いを禁じえませんでした。

 無理もないことで、敗戦直後 「 米国は豊かで、民主的で、平等で・・・ 」 と私たちは教えこまれ、 当時のハリウッド映画に出てくるような豊かな暮らしを多くの人がしているものだと、多くの日本人は錯覚させられてしまっていた からです。  今からたった20年前の1985年、親子4人の収入を合せても年に1万4千ドル ( 約150万円 ) 以下でしかない 「 貧困家庭 」 が、 米国南部では13% ( 黒人に限ればなんと30% ) もいたという状況は、今でもたいして変わっていないと思いますが、 以上述べたような種々の現実を正しく認識している日本人は、まだまだ少ないようです。

 少し古い話にしても、たとえば、南北戦争の原因や目的のうち、奴隷解放はホンの一部にしか過ぎなかったというのが定説です。  リンカーン自身、少なくとも、戦争の前半ではそんなことは考えていなかったようです。  これは、大多数の日本人が抱かされている常識とはずいぶん違いますよね。

 今回もそうでしたが、米国の大統領選挙のたびに話題になる 「 キリスト教保守派 」 や 「 キリスト教原理主義者 」 などという強力な圧力団体とは、どういう人たちなのかということも、本書を読めばその全貌がよく理解できます。

 私は在米中、車のラジオを、この原理主義者たちが作った大学の一つから放送されている電波 ( 彼らは凄い経済力も持っているのです ) にあわせっぱなしにしていました。  「 天動説で、すべての天文現象は正しく計算できる 」、「 古い地層に在る化石ほど原始的である事実は、 神の天地創造でこのように説明でき、進化論が誤りと分かった 」 などという解説を、博士号を持つ学者が毎日次々に現れ、堂々とまじめに説明しているのが面白くて、 時々噴き出しながら運転していました。

 私自身にも、当時、恥ずかしい問題点が有りました。 マーチン・ルーサー・キング牧師とか、公民権運動とかの、 米国現代史にとり最も重要と考えられる史実について、私は当時、全く無知だったのでした。 これらを知らずして、 米国で黒人の従業員たちを使って仕事が出来るわけがないのでしたが、私の年代の日本人たちの多くが、あの頃、 私と同様だったと思います。 ともかく、私はこの本で実に多くの有益な知識を身につけることができました。

 これらのいろいろの思い出もあって、この翻訳に、私の生きているうちに陽の目を見せてあげようと思い立ちました。

*: The South for New Southerners
  edited by Paul D.Escott & David R.Goldfield
  The University of North Carolina Press (1991)

  ◎ 上記のように、この翻訳の法的な権利は私にあります。 たとえ一部でも無断で引用されないよう、お願いします。

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訳者序言

 私が米国深南部の一部サウスカロライナ州に移り住み、工場の経営に当たることになったのは1988年秋の事でした。  最初のうちは無我夢中で米国の社会について学ぶうちに、次第に米国とは実に広大な、そして変化に富む国、格差の大きな国で、 自分が知り始めた米国とは、実は米国南部のある一地方の事に過ぎないのだと分かって来ました。

 そんなある時、人事部長のホワイト ( M.Craig White ) 氏から誕生祝いに貰ったのがこの本です。  少しでも米国、ことに米国南部の事を知りたいと思っていた私は、毎日少しずつ読んで行くうちにすっかりこの本の虜になってしまい、 他の日本人たちにもこの内容を知らせたいと、逐語訳の作成にとりかかりました。

 しかし、いざ始めてみると、僅かな間違いもしないよう正確な翻訳をし、読みやすい日本語に移すという作業の難しさに気付きました。  また、米国の歴史や地理、政治や経済とその歴史的変遷、キリスト教や聖書の知識、南部の建築、音楽、文学、風習、方言、 諺などについての百科事典的な細かい知識がないと、幾ら語学的に正しい翻訳をしても内容が十分には理解できないことも分かりました。  僅かでも不安を感じた部分は、毎週英語を習っていたリチャーズ ( Debbie Richards ) 嬢に、納得の行くまで細かく質問して、 文法と意味を正しく理解した上で、何度も訳文を練り直しました#1。

 百科事典的な細かい知識の方は、自分が米国に来てから得た情報に加え、殆どは下記の参考書や米国地図などで調べ、 それでも不明の場合はホワイト氏やリチャーズさんに尋ね、また、調べても頂きました#1。  その結果が300以上にもおよぶ訳者注となり、この訳者注を作る過程で私は米国と南部についてさらに多くの新しい知識を得ました#2。

 しかし、夜や週末、自宅で少しづつ翻訳、推敲、調査をして行ったので、結局1年半もかかってしまいました。

 私がこの本から教えられた点は、

1)米国は広い。ほとんどの事象において、日本では考えられないような広い分布がある。 また、それは歴史的必然の結果である。  一地域の一断面だけを見て 「 米国はこう 」、「 米国人はこう 」 と論評、批判することは大変軽率である。

2)米国南部の社会や南部人の精神構造は、米国他地域の人とは異なり、むしろ、従来型の日本と日本人にきわめて近いようだ。  人種や文化の構成の単純さとそれから来る視野の狭さ、人の気持をおもんばかってズバリと物を言わず、 言外の意思を理解し合うウェットさ、地縁血縁などを大切にする気持など、日本人そっくりである。  もっとも、日本人のようにセカセカせず、ユッタリとしているが・・・。

3)冒頭にも書いたように、自分が理解し始めたと思っていた米国の人間、気風、文化とは、実は米国南部の人間、気風、 文化に過ぎなかったと言う事。 つまり、私が住み始めた社会は、実は米国ではなく、米国南部だったのだ。

 そして、私はこの本を読んだことで 「 南部 」 が更に好きになったし、毎日の公私の生活にとって、 非常に有益な知識を得る事も出来ました。 上記のお二人に心から感謝します。

 なお、本書には、白人が黒人を呼称するときの差別語の変遷についての記述などもあります。 学術的な書物ですから、 差別語は出来る限り差別語らしく訳しましたので、その点はご了解下さい。

参考文献


平凡社大百科事典
有賀 貞・大下尚一編 新版概説アメリカ史 ニューワールドの夢と現実 有斐閣選書
本田 創造著 アメリカ黒人の歴史 新版 岩波新書165
Webster's Encyclopedic Unabridged Dictionary of the English Language
Webster's Ninth New Collegiate Dictionary

  1993年2月      アメリカ合衆国サウスカロライナ州グリーンウッドにて

                熊井 章

#1:当然の事ですが 「 この私の理解と訳は絶対に間違いないのか 」 という点で、微かな不安を感じる箇所が、 1ページに平均2つほどは出てきました。 たまたま、私は当時、毎週1時間 「 外国人に英語を教える資格 」 を大学で取ったリチャーズ嬢に、1対1で英語を習っていました。  そこで、彼女に頼んで毎週30分をこの翻訳上の疑問を解消するために使う事にしました。  私の疑問に対して、彼女がすっかり考え込んでしまい 「 来週までに考えてくる 」 と言うような事も何度かありました。 原著者 ( 複数の専門の学者 ) の中には、 一流の学者のくせに 『 専門家仲間にとっては自明の論旨かもしれないが、 初学者に対しては誤解を与えかねない、不完全とも言える構文や表現 』 の英文を、時々書いてしまう人もいるのだという事を知り、 驚きました。 彼女が原著者に電話で質問して、著者の真意を確かめてくれた事も何度かありました。

#2:それらの中には、たとえば当時黒人社会から発生してきていた音楽 「 ラップ 」 など、  今なら、注をつけて説明するまでもない言葉もあります。 でも当時は説明が必要でした。 こういう注も、そのまま残してあります。
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ホームページに掲載するにあたっての訳者序言の追加

 1990年当時の米国人にしか興味がもてないような、当時の時事挿絵もいくつかあります( たとえば第1章の最後の部分 )。  これらは、ましてや現在の日本人には理解もできず、興味もないとも思えるので、丁寧な訳者注はつけてみましたが、 遠慮なく飛ばして読んでください。 本文も、興味のない部分はドンドン飛ばして読んでいっても、所々に、 驚くような興味ある発見が出てくると思います。

 なお、スキャナーによる図や表の複製に時間がかかるので、第7章の最後までの掲載が終るのは、年末近くになることと思います

  2004年10月19日
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南部とは・・・新しく南部に住もうとする人たちのために


 ( この本の書名を、あえて上のように訳しました。何度ととなく訳し変えた末に、 内容と出版意図にもっとも合う言葉がこれだと考えました )

目次
序 章  南部とお近付きになろう
  ポール・D・エスコット、デイヴィド・R・ゴールドフィールド

第一章  歴史的に特別な地域
  ポール・D・エスコット

第二章  南部とは何か? どこに在るのか?
  ジョン・シェルトン・リード

第三章  「南部」と「黒ん坊」 人種関係の言い回しと実生活での言い回し
  ネル・アーヴィン・ペインター

第四章  田舎の文化の中で起った都市化 郊外的都会と田舎風国際都市
  デイヴィド・R・ゴールドフィールド

第五章  淑女と南部女と働く婦人と公民権
  ジュリア・カ−ク・ブラックウェルダー

第六章  南部の政治 ショウタイムからビッグタイムへ
  デイヴィド・R・ゴールドフィールド

第七章  米国の中の異国 南部経済の変貌
  デイヴィド・R・ゴールドフィールド、トーマス・E・テリル

      筆者紹介(省略)

      索引(省略)



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