***
あなたは南部に引っ越してきた。 或いは異動させられた。 或いは目下転居を考慮中である。 そしてあなたは今、
この南部と言う土地は一体何なのだ、どこが違うのだろう。 本当に違うのだろうか、などと思いを巡らせている。
当然出るべき、また昔からよく出た疑問だ。 何十年も人々はそれを問い続けてきた。
我々著者たちの中のある者などはそれを問い掛けることで生計を立てている位だが、未だにその答えに最終的合意は得られていない。
まず、簡単そうに思える質問から始めてみよう。南部とはどこを指すのか?と。
とても易しい質問だと思わないだろうか? 米国のどの部分が南部であり、どこが南部でないかについて、
人々の間に多かれ少なかれ意見の一致がある。 もし筆者があなたに州のリストを渡し、
色々な点を考慮してどれとどれが 「 南部 」 であるか、と尋ねたら、第1図に示した筆者の教室の学生たちの答と合致する可能性は十分ある。
筆者はケンタッキー州とアーカンソー州を南部だと答える事に彼等ほどには躊躇しないし、
ミズーリ州を南部だとする人が多すぎるとも思うが、ここで取り立てて論じるほどの違いではない。
この結果は我々にある事を教えてくれる。つまり、南部とはまず第一に、或る概念であるということ、
しかも共有される概念であるという事である。 人々がそれについて話し合い、考え合うことができ、
自分と他者を一定の方向に集中させる為に用いることが出来る或る概念である。 人々は自分がその中にいるかいないかを知っている。
地理学者だったら、南部とは 「 独特の方言を使う 」 地域の事であると言うかも知れない。
第1図 その州が 「 全く 」 南部であると言った人の割合
出典:チャペルヒルに在るノスカロライナ州立大学の68人の学生についての調査
ここで一寸立ち止まってこの点を考えてみよう。 なぜそうなのだろう。 「 南部 」 と書いたとき、
リッチモンド*28 は考えに入れているがフェニックス*29 は考えに入れてないと読者がきっと考えてくれると、
筆者が相当の自信を持っているのは何故だろう? 南部の境界線の内側にはどこが入るのだろう?
さて先ず手初めに、南部は、経済的・人口統計学的に他とはっきり違う場所であったし、
貧しい田舎で、プランテーション体系*4が歴史上支配的だったため二つの人種*30
しか住んでいない地域であると言う事くらいはご存じの事だろう。 このような歴史から派生した一連の際だった諸問題が、
南部の境界線の内側でははっきり示されている。 これら諸問題は次第にはっきりしなくなってきているとは言え、
その多くはまだある程度は存在しているし、それらを用いて南部とはどこかを突き止める事も出来る。
しかし、南部は前述の芳しくない統計的な諸点を集めただけでは見えてこない。 南部は幾つかの住民の故郷でもあったし、
これら黒人白人の文化が絡まりあって、黒人と白人を互いに引き離したのと同様、彼等を他の米国人からも引き離してしまった。
実際、筆者らの内には、南部人とはイタリア系米国人とかポーランド系米国人とかと同じように米国内の一つの人種学上のグループと見なすべきだと言う者もいるくらいだ。
南部人だと決めるためのはっきりした文化的属性というものを我々が把握出来るなら、南部とはそういう人たちが住んでいる所だ、
と言うことが出来よう。 南部人たちは、かつて同じ歴史を分かち合い、
今また同じ文化的特殊性を保有しているということから来るグループ的一体感を持っているという点で、
特定人種の移民集団のメンバーとも似ている。 もし我々がそれを特定する事が出来るとしたら、南部の境界線として最も良いものは、
ハミルトン・ホートン ( Hamilton Horton ) が 「 ヘル・イェス ( Hell, yes ! ) 線 」と名付けたものだろう。
これは、そこの住民にあなたは南部人ですかと尋ねたとき、答えを Hell, yes ! という言葉で始める地域の事である。
最後に、南部が存在するという意識を人々が抱く事に対しては、南部の特殊性、南部の境界線、
種々の地域公共団体などが大いに寄与していると言っておこう。 南部の企業、南部の雑誌、南部の奉仕団体、南部の大学などの多くは、
南部全域のために役立とうと熱望してきたのだった。
これらの団体の影響がどこまで及んでいるかを見て南部を地図上で決めることが出来るのではないか。
南部とはどこを指すのかという質問に答える方法として、上述のすべてが妥当性を持っている。 ほとんどの場合、
これらが与える答えは皆、似かよっているし、相互に補強し合うものである。 しかし、南部とは何であったのか、
何になりつつあるのかという点について、我々に大事なことを何か教えてくれる可能性が最もありそうなのは、
上記の幾つもの方法が違う答えを与える場合 ( そういう事は時々ある ) である。
ミシシッピ州が南部でないと言う人は一人もいないだろうが、テキサス州は今や南部の州なのか?
またフロリダ州はどうか? ウエストヴァージニア州はどうだろう?という具合である。
ここで筆者に私ごとを少し言わせて頂きたい。 南部とは私のお気に入りのジーンズのようなものである。
少しばかり縮んでしまったし、少々色褪せたし、穴も少しあいている。縫い目の所で何時破れはしないかといつも心配である。
新品の頃のようにはとても見えないが、今とても穿き心地が良いし、今後も当分着られるほど丈夫である。
社会経済学的に見た南部
「 気候を論じることから始めようじゃないか 」 と1929年にU.B.フィリップス ( U.B.Phillips ) は書いている。
この著名な南部歴史家が主張した所を引用すると 『 気候が南部を独特のものにした主要な要素であった。
気候が主要商品作物*31 の栽培を 決め、それがプランテーション体系の発達を促し、黒人の輸入を引き起こし、
これが動産としての奴隷を作っただけでなく、永続的な人種問題を作ってしまった。
これらが論争の種を蒔き、権力を求める地域的対立を生じ・・・、ついには独立を求める一撃にまで高まった 』 のだ。
フィリップスおよび彼の見解に同調する人達は、
南部について興味のある殆どすべての事柄は、これらプランテーションや黒人住民や南北戦争やが複合したものから発生しており、
遡れば結局は南部の気候のために起ったのだと見なしている。
第2図 クズの生える地方
出典:John J.Winnberryと David M.Jones著 「 奇跡のツル植物の興亡:南部の風景の中のクズ 」
Southeastern Geographer 13 ( Nov 1973 ) 62
明らかに、南部の夏は暑くて湿度が高い。植物の中にはこれを好むものがある。
例えばクズ ( 葛 ) というあの茂り放題のうねった蔓は長い湿気の多い夏を必要とし、それが南部には在るのだ。
「 クズの生えているところ 」 ( 第2図 ) というのは、南部の定義として悪いものではない
( フロリダ州とテキサス州西部には生えない事に注目 )。
しかしもう一つの植物が南部には付き物である。それは言うまでもなく綿花である。 ディクシー ( Dixie )*32は 「 綿花の地 」 であった。
第3図に示すように、今世紀初頭には南部人達は植えられる所ほとんどすべてで綿花を栽培した。
年間200日以上霜の降りない日があり、年間降水量が58センチ以上であり、かつ砂地でなければ、どんな土地でも良かった。
確かに綿花の栽培は南部の人種構成に影響を与えたし、南部の都市の発展を遅らせた。
第3図 1909年における綿花の耕作
出典:米国農務省農業経済局。
訳注:地図には降水量と霜の降りない日数の変化度も示されているが、文字が小さくて読めない
第4図は、1920年にはこの地方が人口統計的にどんなだったかを示している。
田舎の地帯の間に都会がはさまっていることなど希だった。 ほとんどが黒人住民で占められる田舎の郡 ( 地図上では黒 ) が、
綿花栽培とプランテーションの地域をなぞるようにヴァージニア州南東部から南下しテキサス州東部まで長い円弧を描き、
途中ミシシッピ州では北と南に腕が生えた形になっている。
第4図 1920年の南部の人口統計
出典:Earl Blackと Merle Black著 南部の政治と社会 ( マサチューセッツ州ケンブリッジ ハーバード大学出版局、1987 ) 36ページ
訳者注:黒く塗られた地域が、特に黒人比率の高い、田舎の郡である
これが
深南部 ( Deep South ) であり、地理学者たちがその主要商品作物経済*31 により定義して 「 中核地帯 」 と呼ぶ地域である。
ここでは南部的特性、南部的現象を最も純粋で濃縮された形で見ることができる。 例えばリンチ*31Aの発生度数である(第5図)。
第5図 1900年から1930年にかけてのリンチ発生
出典:リンチ研究に関する南部調査団*31A
或いは第三政党の泡沫弱小候補や、大政党でも人気のない大統領候補などを支持してしまう事に見られるような、
例の特殊な( 或る政治家がかつて言ったニ・ガ・ー ( n-i-g-g-e-r ) と言う綴りの ) 問題しか争点のない政治*32A ( 第6図 ) などである。
何十年もの間、深南部が南部の文化と政治を形成してきた。 そしてさらには、
一体南部とは何であるのかという事について、人々が抱くイメ−ジを形成してきたと言える。
第6図 1928年から1968年にかけての大統領選挙での異常投票
@:異常投票とは下記の候補者たちのどれかへの投票と定義する。
Al Smith ( 民主党、1928 );Strom Thurmond ( 州権党、1948 );Adlai Stevenson ( 民主党、1952 );同 ( 民主党、1956 );
Barry Goldwater ( 共和党、1964 );George Wallace( 米国独立党、1968 )
今日、南部人の3人の内2人までは非都会人であり、その大部分が何等かの産業で働いているが、
貧しい田舎の南部黒人がここに集中している点に、この旧い南部が化石のように残存しているという事実を見て取れる
( 第7図を第4図と比べ合わせよ )。 この地帯が、田舎の南部貧困白人の集中している南部山岳地帯と相まって、
ほとんどの南部諸州を一人当たりの収入において未だに米国の中でも最低の所に置いているのである ( ヴァージニア、テキサス、
フロリダのような、プランテーション農業がわずかしかなく、山岳住民が殆どあるいはまったくいない州は別である )。
この事は、貧しい人々や貧しい州に関わる殆どどんな問題でも、南部を地図上で定義する為に使えると言うことを意味している。
屋外便所 ( 第8図 ) から、文盲率 ( 第9図 )、虫歯率( 第10図 )、に至るまで、ちゃんとするには金が掛かる事すべてを、
多くの南部人や南部諸州はまだ十分には持っていないのである。
第7図 1980年の南部の人口統計
出典:Earl Blackと Merle Black著 南部の政治と社会 (マサチューセッツ州ケンブリッジ ハーバード大学出版局、1987 ) 38ページ
訳者注:黒く塗られた部分が、とくに黒人比率の高い、田舎の郡である
第8図 1980年における、きちんとした水道配管の無い住居
出典:データは1982−83年の米国統計アブストラクト755ページ
@:きちんとした配管の無い住居とは、水洗便所がなく、浴槽或いはシャワーが無く、
湯と水の蛇口両方が備わっていない住居と定義し、これが3.2%超の州を斜線で示す
第9図 1970年の文盲率
出典:データは1981年の米国統計アブストラクト143ページ
白:1.4%以下 粗い斜線:1.4〜2.0% 細かい斜線:2%以上
第10図 1982年における住民千人当たりの現役歯科医
出典:データは1986年の米国統計アブストラクト104ページ
白:42人未満 粗い斜線:43〜48人 細かい斜線:48人超
貧乏というのは一般に悪いことであり、我々がそれに対し郷愁を感じるなどということを私は決して言っているのではないが、
貧乏にも一つや二つは良い面も有るのである。 例えば夜盗の発生率はその州の平均収入と驚くほど相関性があり、
これは金持ちが盗みをするからではなく、金持ちが盗まれるものを持っているためである。
第11図は、南部の内では最も豊かな州以外では夜盗は比較的少ない事を示している
( ある警官が、ある時私にもう一つの説明をしてくれた。 他人の家の窓から入って行くのは南部では危険な商売だ、と彼は言い張る。
「 そんなことをしたら、直ぐに鉄砲の弾が飛び出してくるぞ 」 と )*33
いずれにせよ、いまやプランテーションの暗い影はサンベルト*133という明るい光に道を譲りつつある。
南部はまだ社会経済的蓄積の点でビリの方だが、トップとビリの間隔は以前より小さくなっている
( 二三の点では、南部と非南部の立場が逆転した。 例えば南部の出生率は歴史的に高かったが今や全国平均より低い )。
従って、南部を先ず経済の視点で捕らえる人は南部は消え去りつつあると考えがちである。
南部が貧乏であることを単に示すだけの 「 南部的特性 」、
たとえば田舎的な地域はその南部の中でも貧困地域にだけに限られるようになって来たし、もっと正確に言うと、とくにテキサス州、
フロリダ州、及び各地の二三の主要都市ならどこでも、エアコン付きの裕福な地域の存在を統計が益々はっきりと反映してきている。
50年も前にすでに人々が使っていたのと同じ基準を用いて今南部を地図上に描いてみたら、
ベッタリ一様に塗られた地域ではなくスイスチーズ*34 のような模様を得ることになるであろう。
第11図 1984年において夜盗発生率の高い地域
出典:データは1986年の米国統計アブストラクト167ページ
住民10万人あたり1250件超の州を斜線で示す
訳者注
*28 中東部ヴァージニア州の州都
*29 南西部アリゾナ州の州都
*30 主として英国系のプロテスタント白人と奴隷の末裔の黒人
*31 staple crops すなわち、プランテーション*4で市場向けに生産された綿花、タバコ等の特定作物
*31A リンチとは殆どは白人の黒人に対する私刑で、勿論違法だが州によっては黙認されていた。1900年には106件を数えた
*32 米国南部諸州の俗称でディクシーランド(Dixieland) とも言う
*32A このニガ−と言う言葉は黒人に対する最大の軽蔑語なので、こんな回りくどい表現をしている。
南部では政治とは結局はすべて一つの論点、
つまり黒人とその権利について候補者がどういう意見を持つかだけで投票を決める白人達が住む土地だったという事
*33 南部人は狩猟好きで圧倒的多数の人が銃を所有している
*34 中にスの入った空洞だらけのチーズを指す