猿丸大夫 さるまろのたいふ/さるまるだゆう 生没年不詳

伝不詳。古今集真名序に「大友黒主之哥、古猿丸大夫之次也」とあるのが初出記事。『猿丸大夫集』(以下『猿丸集』と略)の後書には「元慶以往人也」とある(元慶年間は西暦877〜884年)。これによれば陽成天皇代以前の人となる。『方丈記』によれば田上(たなかみ)川(今の大戸川)の辺に猿丸大夫の墓があったという。また京都府宇治田原町と滋賀県大津市の境、逢坂の関近くに猿丸神社がある。
藤原公任が撰んだ三十六歌仙の一人。小倉百人一首に「奥山の…」の歌が採られている。猿丸大夫としての勅撰入集歌は無い。
公任の『三十六人撰』には、
 1 をちこちのたづきも知らぬ山中におぼつかなくも呼子鳥かな
 2 ひぐらしの鳴きつるなへに日は暮れぬとみしは山のかげにざりける
 3 奧山のもみぢ踏みわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋はかなしき
の三首を猿丸の秀歌として載せる。いずれも『猿丸集』に載っているが(ただし3は初句「秋山の」、結句「物はかなしき」)、古今集ではすべて「よみ人しらず」歌である。
家集『猿丸集』は五十余首を載せるが、万葉集の異体歌と古今の読人不知歌を主体とした雑纂古歌集と見るのが通説である。成立時期については確証がなく、古今集以前とする説と、後撰・拾遺時代とする説が並立している。平安末期の『三十六人歌仙伝』の猿丸大夫の項に「臨延喜御宇被撰古今集之日、件大夫多載彼集(延喜の御宇、古今集を撰せらるの日に臨みて、(くだん)の大夫の歌多く()の集に載す)」とあり、また『袋草紙』には古今集につき「猿丸大夫集の歌多くもつてこれを入れ、読人知らずと称す」とし、古来猿丸大夫の歌は古今集に読人不知歌として撰入されたとの言い伝えがあったと知れる。当面この説を信じ、以下には、『猿丸集』の古今集との重出歌より十八首、および出典不明の二首、計二十首を猿丸大夫の作として抄出した。

関連ファイル:百人一首なぜこの人・なぜこの一首 第5番猿丸大夫

  4首  2首  5首  1首  7首  1首 計20首

題しらず

をちこちのたづきもしらぬ山中におぼつかなくも呼子鳥かな(古今29)

【通釈】どこがどことも見当のつかない山中で、心もとないさまで人を呼ぶ、呼子鳥であるよ。

【語釈】◇をちこち あそことここ。◇たづき 語源は《手付き》という。手段、手がかり。中世には「たつき」とも。◇おぼつかなくも 「おぼつかなし」は事態がはっきりせず、頼りない気持をあらわす。◇呼子鳥 鳴き声が「子」(人を親しんで呼ぶ称)を呼んでいるように聞える鳥。万葉集にも多く見え、古今伝授の三鳥の一つであるが、どの鳥を指すか不明。その声が「吾子(あこ)」とも聞こえるので、カッコウとする説があるが、カッコウは早春には鳴かないので、古今集の「呼子鳥」には適合しない。動詞「呼ぶ」と掛詞。

【補記】山中深く迷い込み恋しい人を呼ぶように鳴く呼子鳥の声に、不安な感じを覚えている。春の歌ではあるが、恋の趣がこもる。『猿丸集』は詞書なし。古今集ではよみ人しらず(以下同)。

【他出】猿丸集、古今和歌六帖、三十六人撰、奥義抄、和歌色葉、俊成三十六人歌合、色葉和難集、秘蔵抄

【主な派生歌】
いかにせんたつきもしらぬ山中に帰らんかたは霧たちにけり(河内)
をちこちのたつきもしらぬ明け暮れにいかで千鳥のうらづたふらん(藤原忠通)
よぶこ鳥うれしくもあるかをちこちのたつきにまよふ山の夕暮(慈円)
奥山のたつきもしらぬ君によりわが心からまよふべらなる(源実朝)
暮れゆけばたれをかわきて呼子鳥たつきもしらぬ山のをちかた(藤原為家)
春霞たつきもしらぬ山人の跡まどはせるよぶこ鳥かな(順徳院)
磯の松たつきもしらぬ夕潮におぼつかなくも鳴く千鳥かな(三条西公条)

題しらず

(いし)ばしる滝なくもがな桜花手折(たを)りても来む見ぬ人のため(古今54)

【通釈】石の上を激しく流れる急流がなかったならよいのに。対岸に咲く桜の花を手折っても来よう、ここで見られない人のために。

【語釈】◇石ばしる 石の上を激しく流れる。万葉集の「石走」(現在の定訓は「いはばしる」)から来た語。「滝」の枕詞とも。◇滝 激流。

【補記】美しい景に対する感動を、居合わせない人とも分かち合いたいとの思い。万葉集にも同じような詩情を詠んだ歌が少なくない。「題しらず」とあるが、題詠よりも即興の歌に相応しい詠みぶりである。『猿丸集』では「花見にまかりけるに、山川の石に花のせかれたるを見て」とあり、《石に堰かれた桜を取って来よう》といった意味になる。

【他出】家持集、猿丸集、古今和歌六帖、古来風躰抄

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十
ふるさとの初もみち葉を手折りもち今日ぞ我が来し見ぬ人のため
  内蔵縄麻呂「万葉集」巻十九
多祜の浦の底さへにほふ藤波をかざしてゆかむ見ぬ人のため

【主な派生歌】
よそに見る戸無瀬の菊の花盛り折らばや折らむ滝なくもがな(藤原為実)
道はあれど滝なくもがな梅が香にさだかにきかん窓の鶯(藤原家隆)
石ばしる滝こそ今日もいとはるれ散りてもしばし花は見ましを(藤原定家)
音になほたてぬも苦し思ひせく心のうちに滝なくもがな(*弁内侍[続古今])
ながれての名こそをしけれ思ひせく袖になみだの滝なくもがな(頓阿)
これも又滝なくもがなかへりこん山路はさこそ月もおくらめ(後水尾院)

題しらず(二首)

今もかも咲きにほふらむ橘のこじまの崎の山吹の花(古今121)

【通釈】今頃はまあ色美しく咲いていることだろうか。橘の小島の崎の山吹の花よ。

【語釈】◇今もかも 「今も」の「も」は、その事柄が不確実であることを示す。「かも」は詠嘆の籠る疑問。◇咲きにほふらむ この「にほふ」は花の色が美しく映えるさま。◇橘のこじまの崎 未詳。『八雲御抄』『歌枕名寄』などは山城国宇治とする。

【補記】『猿丸集』の詞書は「山吹の花を見て」。

【他出】家持集、猿丸集、古今和歌六帖、奥義抄、五代集歌枕、和歌初学抄、定家八代抄、色葉和難集、歌枕名寄、井蛙抄

【主な派生歌】
橘の小島が崎の旅衣ぬれてぞかをる山吹の花(藤原家隆)
咲きにほふ小島が崎の山吹ややそうぢ人のかざしなるらむ(藤原光俊[続古今])
船とめし小島が崎のこととへばなほ山吹の言はぬ色なる(宗良親王)

 

春雨ににほへる色もあかなくに香さへなつかし山吹の花(古今122)

山吹の花 鎌倉市二階堂にて
山吹の花

【通釈】春雨に濡れて美しく映えている色も賞美しきれないほど素晴らしいのに、立ちのぼる香気さえ心惹かれてならぬ山吹の花よ。

【語釈】◇にほへる色 微雨に濡れていっそう艶やかに映える色。

【補記】山吹の花の香はきわめてかすかであるが、雨による湿気が香をつよめたのである。「色と香とに分解して讃えている所に、この時代の風があるといえる」(窪田空穂『古今和歌集評釈』)。『猿丸集』では詞書「雨のふりける日、八重山吹を折りて人のがりやるとてよめる」とあり、「香さへなつかし」に恋人への思いがこもる。

【他出】家持集、猿丸集、新撰和歌、古今和歌六帖

【主な派生歌】
見れどあかぬとほさと小野の萩が花袖にうつれる香さへなつかし(藤原顕季)
折りつれば香さへなつかし我がやどのまがきの内の山吹の花(花山院師継)

題しらず

五月待つ山時鳥うちはぶき今も鳴かなむ去年(こぞ)のふる声(古今137)

【通釈】五月を待って鳴く山時鳥よ、翼を打ち振って今すぐにも鳴いてほしい、去年と同じ懐かしい声で。

【語釈】◇五月(さつき)待つ 五月を待って鳴く。ほととぎすは陰暦五月頃から鳴くものとされた。◇山時鳥 時鳥は通常山に住むのでこうも呼ばれた。◇うちはぶき 羽を打ち振って。時鳥は空を翔けながら鳴くのでこう言う。◇今も鳴かなむ (まだ五月ではない)今すぐにでも鳴いてほしい。

【補記】時鳥の声を待望する心を素直に詠んでいる。「うちはぶき」は時鳥の生態を的確に捉え、「去年のふる声」そのままを再び聴きたいと言うことで、この鳥の声の素晴らしさを讃美する心が感じられる。『猿丸集』の詞書は「卯月のつごもりに郭公を待つとてよめる」。

【他出】猿丸集、古今和歌六帖、奥義抄、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集

【主な派生歌】
山里は谷の鶯うちはぶき雪より出づる去年のふる声(藤原定家[続千載])
忘られぬ去年のふる声恋ひ恋ひてなほめづらしき時鳥かな(〃[風雅])
時鳥しのびもあへずもらすなり五月待つ間の去年のふる声(後鳥羽院[新千載])
時鳥待つ夜かさなる雲路より初音にかへる去年のふる声(藤原家隆)

題しらず

時鳥なが鳴く里のあまたあればなほ(うと)まれぬ思ふものから(古今147)

【通釈】ほととぎすよ、おまえが鳴く里はあちこちにたくさんあるので、やはり疎ましい思いがしてしまうのだ。心は寄せているのだけれども。

【補記】時鳥の声を独り占めにしたいとの心。この鳥に対する片恋にも似た思いである。『猿丸集』の詞書は「あだなりける女に物をいひそめて、たのもしげなき事をいふほどに、ほととぎすのなきければ」。

【他出】猿丸集、業平集、伊勢物語、綺語抄、和歌童蒙抄、和歌色葉、定家八代抄、僻案抄

【主な派生歌】
思ふからなほ疎まれぬ藤の花咲くより春の暮るるならひに(藤原定家)
桜花思ふものから疎まれぬ慰めはてぬ春の契りに(藤原定家)
時鳥なほ疎まれぬ心かな汝が鳴く里のよその夕暮(*西園寺公経[新古今])
かきくらす憂き身もおなじ時鳥なが鳴く里の五月雨の頃(藤原忠信[続後撰])
聞かせばや見せばや人にほととぎす汝が鳴く里の有明の月(宗尊親王)

題しらず

ひぐらしの鳴きつるなへに日は暮れぬと思ふは山のかげにぞありける(古今204)

【通釈】蜩が鳴きはじめたのと同時に日は暮れてしまった――そう思ったのは、実は山の陰だったからなのだ。

【語釈】◇ひぐらし 蝉の一種。晩夏から初秋にかけ、山陰などで「かなかなかな…」と鳴く。その名の由来は「日暮らし」、すなわち「日を暮れさせるもの」。この蝉が鳴き出すとやがて日が暮れるからである。◇鳴きつるなへに 鳴いたのと共に。「つる」は完了の助動詞。「なへ」は「〜と共に、と同時に」といった意味の助詞。

【補記】急にあたりが暗くなったのは、自分が山陰に入ったからだった。それを日が暮れたのと思い違いしたのである。勘違いの原因は、何よりもひぐらしの鳴き声であった。「日暮らし」という名に騙されたのである。
第三句「日は暮れぬ」で小休止し「と思ふは…」とつづく。「日は暮れぬと/思ふは山の」と切れるのではない(そう切ってしまうと、この歌の面白みがなくなる)。

【補記2】『猿丸集』の詞書は「物へ行きける道に、ひぐらしの鳴きけるを聞きて」。

【他出】猿丸集、三十六人撰、俊成三十六人歌合、定家八代抄
(三十六人撰と俊成三十六人歌合は猿丸大夫の歌として採る)

【参考歌】紀貫之「後撰集」
ひぐらしの声きく山のちかけれや鳴きつるなへに入日さすらむ

【主な派生歌】
秋の月西にあるかと見えつるは更けゆく夜はの影にぞありける(源景明[拾遺])
いつとなくをぐらの山のかげを見て暮れぬと人のいそぐなるかな(道命[新古])
ひく駒の数よりほかに見えつるは関の清水の影にぞありける(藤原隆経[金葉])
山のかげおぼめく里にひぐらしの声たのまるる夕顔の花(藤原定家)
日は暮れぬと思ふは山のかげ野よりまづ鳴きそむる松虫の声(宗良親王)

題しらず

わが(かど)にいなおほせ鳥の鳴くなへに今朝吹く風に雁は来にけり(古今208)

【通釈】我が家の門で稲負鳥が鳴くようになり、あたかも今朝吹く風に乗って雁は飛来したのだった。

【語釈】◇いなおほせ鳥 『新撰万葉集』は稲負鳥の字を当てる。稲刈を負わす(課する)鳥の意か。古今伝授の三鳥の一つ。秋になると田に現われる鳥という以外不明であるが、『俊頼髄脳』『僻案抄』などに庭叩(セキレイ)とする説が見える。『僻案抄』によれば、安藝国では庭叩が来て啼く頃、田から稲を負って家々に運ぶのでこの鳥を「稲負鳥」と呼ぶのだという。

【補記】『猿丸集』は詞書なし。

【他出】猿丸集、古今和歌六帖、俊頼髄脳、綺語抄、奥義抄、袖中抄、定家八代抄、僻案抄、色葉和難集、歌林良材
(『猿丸集』をはじめ初句「わがやどに」とする本もある。)

【主な派生歌】
わすれじな人をうらみてなくなへにいなとなつげそいなおほせ鳥(藤原保季)

是貞親王(これさだのみこ)の家の歌合の歌

奥山にもみぢ踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋はかなしき(古今215)

【通釈】奥山で、萩の黄葉を踏み分けて鳴く鹿――その声を聞く時だ、秋は切ない季節だと感じるのは。

【語釈】◇奧山 人がめったに足を踏み入れないような、奥深くの山。◇もみぢ 古今集の排列ではこの歌のあとに鹿と萩の花を取り合わせた歌が続くので、この「もみぢ」を萩の黄葉と解する説がある。古今集の一首として読む場合、正当な解釈であろう。◇踏み分け 黄葉した萩の下枝を分けつつ踏み歩く。主語は人か鹿か、説が分かれるが、「踏み分け鳴く鹿の」と続くのが自然。◇鳴く鹿の 鹿はふつう妻を恋うて鳴くと考えられた。◇秋はかなしき この「かなしき」には、季節への心情と恋にまつわる感情とが融け合っている。

【補記】寛平四年(892)頃の成立と推定される「是貞親王家歌合」に出詠されたという歌(是貞親王は光孝天皇の第二皇子で、宇多天皇の兄)。但し現在伝存する歌合本文には見えず、誤記か。「題しらず」とする古写本が正しいか。この歌は同年の『寛平御時后宮歌合』(紙上の撰歌合)に作者名不明記で載り、同五年菅原道真撰『新撰万葉集』でも作者名不明記で載っている。古今集も「よみ人知らず」とするが、『猿丸集』に載り、藤原公任撰『三十六人撰』も猿丸大夫の歌とした。ただし『猿丸集』は初句を「秋山の」、結句を「物はかなしき」とする。

【補記2】『猿丸集』は詞書「鹿の鳴くを聞きて」。

【他出】猿丸集、寛平御時后宮歌合、新撰万葉集、三十六人撰、俊成三十六人歌合、古来風躰抄定家八代抄近代秀歌(自筆本)詠歌大概百人一首、桐火桶、源平盛衰記

【参考歌】伝大伴家持「家持集」「新勅撰集」
秋萩のうつろふ惜しと鳴く鹿の声きく山はもみぢしにけり

【主な派生歌】
世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる(*藤原俊成[千載])
ながめわびぬ立田の里の神無月紅葉ふみわけとふ人はなし(慈円)
おのづから紅葉ふみ分けとふ人も道たえそむる庭の霜かな(藤原家隆)
我がやどの紅葉踏分けとふ人も都になれぬさを鹿の声(〃)
立田山もみぢ踏みわけたづぬればゆふつけ鳥の声のみぞする(藤原定家)
秋山は紅葉ふみわけとふ人も声きく鹿の音にぞなきぬる(〃)
さを鹿の紅葉ふみわけたつた山いく秋風にひとり鳴くらむ(藤原雅経)
ちりしける詠はこれも絶えぬべしもみぢふみ分けかへる山人(後鳥羽院)
たつた山あかつきさむき秋風に紅葉ふみわけ鹿のなくらむ(土御門院小宰相)
おく山は木の葉ふみわけ鹿ばかり我が道まよふ音こそなかるれ(藤原為家)
なく鹿の声聞くときの山ざとを紅葉ふみ分けとふ人もがな(宗尊親王)

題しらず

萩が花散るらむ小野の露霜にぬれてをゆかむ小夜(さよ)()くとも(古今224)

【通釈】萩の花が散っているであろう小野――その露に濡れてゆこう。夜は更けても。

萩の花
萩の花

【語釈】◇小野の露霜 野の露。「小野(をの)」の「を」は特に意味のない接頭語。「露霜」は葉に付いた水滴を大雑把にこう言ったもので、特に夜露の冷たさが強調される。

【補記】夜も更ける頃、萩の散る野を越えて、恋しい人のもとへ行こうと思い立った時の気持を詠む。萩の花の散る寂しさ、露に濡れる侘しさを思いつつ、秋の夜の野辺を美しく感じる心も動いている。『猿丸集』の詞書は「女のもとにやりける」。

【他出】家持集、猿丸集、綺語抄、和歌童蒙抄、定家八代抄、詠歌大概

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十
朝霧のたなびく小野の萩の花今か散るらむ未だ飽かなくに

【主な派生歌】
あやなしや露吹きむすぶ夕風に散るらむ小野の秋萩の花(飛鳥井雅経)
とまるべき陰しなければはるばると濡れてをゆかむ夕立の雨(藤原基氏[玉葉])
ぬれて行くや人もをかしき雨の萩(芭蕉)

題しらず

秋は()ぬ紅葉は宿に降りしきぬ道ふみわけてとふ人はなし(古今287)

【通釈】秋はやって来た。紅葉は我が家の庭にしきりに降り敷いた。道を踏み分けて訪れる人はいない。

【語釈】◇降りしきぬ 降り敷いた。「しき」を「頻(し)き」と見、頻りに降る意とする説もある。あるいは掛詞か。

【補記】秋の寂しい風物として庭に降り敷く紅葉を出し、それに絡めて訪れる人のないことを言って、寂しさを深めている。「秋は来ぬ。」と初句で切れるのは古今集には珍しいが、この句は結句「とふ人はなし」と対応する。念入りに構成された歌である。『猿丸集』は詞書なし。

【他出】猿丸集、古来風躰抄、定家八代抄、詠歌大概、西行談抄、秀歌大躰、桐火桶

【主な派生歌】
秋は来ぬ行方もしらぬ歎きかなたのめしことは木の葉降りつつ(式子内親王)
秋は来ぬ鹿はをのへに声たてつ夜はの寝覚をとふ人はなし(藤原有家[玉葉])
秋の来て風のみ立ちし空をだにとふ人はなき宿の夕霧(藤原定家)
秋は来ぬとふ人はなしふるさとの荻吹く風は音まさりゆく(飛鳥井雅有)
山里の花もかすみのながめより道ふみ分けて来る人はなし(中院通勝)

題しらず

夕月夜(ゆふづくよ)さすや岡べの松の葉のいつともわかぬ恋もするかな(古今490)

【通釈】夕月が射している岡辺の松の葉が、いつとも季節をわかず緑であるように、私はずっと思い続け、いつも変わらぬ恋をすることであるよ。

【語釈】◇夕月夜 夕月の意で用いる。◇さすや岡べの 射す岡辺の。「や」は調子を整えるために投入された間投助詞

【補記】松の葉は常緑なので、「松の葉の」までが下の「いつともわかぬ」を導く序のはたらきをするが、それだけでなく、上句は夕暮に男を待つ女が眼前に眺める景色とも考えられ、微妙な効果をもつ喩となっている。「松」には「待つ」を掛ける。『猿丸集』は詞書なし。

【他出】猿丸集、古今和歌六帖、綺語抄、定家八代抄、近代秀歌
(初句「夕づくひ」とする本もある。)

【主な派生歌】
山びこもこたへぞあへぬ夕づく日さすや岡べの蝉のもろ声(俊恵[新拾遺])
朝づく日さすや岡べの草の葉にすがれる露をよそにやはみる(慈円)
夕日影さすや岡べの玉篠を一夜のやどりたのみてぞかる(藤原定家)
松の葉のいつともわかぬ影にしもいかなる色とかはる秋風(〃)
夕づく日さすや岡辺の桃の花空もうつろふ色に見えつつ(順徳院)
夕づく日さすや岡べのこがらしに松をのこして散る紅葉かな(花山院師継[続古今])
夕月夜さすや岡辺の秋風に霧はれてなくさを鹿の声(宗良親王)
秋をなほ消えてもしたへ冬の日のさすや岡べの松の初霜(正徹)
逢ふことはいつともわかぬ松の色の夕べはなどか風もかなしき(豊原統秋)
松の葉のいつともわかぬ岡のべに今一しほの下もみぢかな(細川幽斎)
松の葉のいつともわかぬこのまより雪もときはの富士をみるかな(本居宣長)

名たちける女のもとに

しながどり猪名(ゐな)のふし原青山にならむ時にを色はかはらむ(猿丸集)

【通釈】万一、猪名の柴原が青々とした山になるような時には、私のあなたに対する思いも変わるだろうけれど。

【語釈】◇しながどり 「猪名」の枕詞。「息の長い鳥」の意で、カイツブリの類かという。雌雄が居並ぶことから「ゐ」と同音の地名「ゐな」に掛かるとする説がある。◇猪名のふし原 「猪名」は今の兵庫県伊丹市から尼崎市あたりの平野を言った。荒涼とした原野のイメージで詠まれることの多い歌枕。「ふし原」は柴原。雑草のはびこる野原。◇青山にならむ時にを 柴原が美しい緑の山になる時には。あり得ないこととして言う。◇色はかはらむ 「色」は心の有様。恋情。

【補記】世間に評判を立てられた恋人の女に宛てた歌。柴原が青山に変わったりでもしない限り、私の貴女に対する心は変わらない、ということ。

【参考歌】作者未詳「拾遺集」(神楽歌)
しながどり猪名のふし原とびわたる鴫が羽音おもしろきかな

相知れりける人の、さすがにわざとしもなくて年頃になりにけるに詠める

をととしも去年(こぞ)も今年もはふ(くず)の下(ゆた)ひつつありわたる頃(猿丸集)

【通釈】一昨年も昨年も今年も、地を這う葛のように、心に秘めた恋情がゆるんだまま過ごす月日が続いているよ。

【語釈】◇はふ葛の 地を這う葛のように。「下弛ひ」を導く序。◇下弛ひ 下の方が緩み。恋人と思うように逢えないために、心にひめた恋情が弛緩する。◇ありわたる ずっとその状態で過ごす。

【補記】関係を持った或る人と、意図的というわけでなく数年没交渉になった時に詠んだという歌。

【参考歌】作者不明記「古今和歌六帖」
をととしも去年も今年もをととひも昨日も今日もわが恋ふる君

題しらず

来む世にも早なりななむ目のまへにつれなき人を昔と思はむ(古今520)

【通釈】来世に早くなってほしい。そうしていま目の前でつれない態度を取る人を、過去の世の人と思おう。

【語釈】◇来(こ)む世 来世。後世。仏教の輪廻説に基づく。◇昔と思はむ 前世のこととして、無縁の人と思おう。輪廻説では、人は生まれ変わると前世の記憶を失うと言われる。

【補記】早く生まれ変わって今の恋人を忘れ去ってしまいたい。仏教の輪廻説にからめ、恋の苦しさから逃れたいとの願望を突き詰めて詠む。『猿丸集』は詞書なし。

【他出】猿丸集、古今和歌六帖、定家八代抄

【主な派生歌】
目のまへに変はりぬめりと見るものをまた忘れずやありし世のこと(和泉式部) つらしとも誰にか言はむ目のまへにつれなき人の昔がたりを(藤原秀能)

題しらず

いで人は(こと)のみぞよき月草のうつし心は色ことにして(古今711)

【通釈】いやもう、あの人といったら、良いのは口先だけ。月草のように移り気な心は、もう色が変わってしまっていて。

【語釈】◇月草 露草。初夏から秋にかけて、鮮やかな青紫色の小花を咲かせる。染色に用いられたが、色が褪せやすいので、変わりやすい心の暗喩に用いられた。「月草の」で「うつし心」の枕詞とも見られる。◇色ことにして 「こと」を「異」と解したが、「殊」と解し、「うわべだけは格別によくて」とする解釈もある。

【補記】心変わりした恋人を恨む。当時の常識からすると女の立場で詠んだ歌となる。『猿丸集』の詞書は「あだなりける人の、さすがにたのめつつつれなくのみありければ、うらみてよめる」。

【他出】猿丸集、定家八代抄、歌林良材

【主な派生歌】
折りてみむことのみぞよき桜花うつし心は散りもこそすれ(弁内侍)
憂しとても身をやは捨つるいで人はことのみぞよき秋の夕暮(宗尊親王)
世の中はことのみぞよきさしも草みぬ面影はしたはずもがな(三条西実隆)

題しらず

逢ひ見ねば恋こそまされ水無瀬川なににふかめて思ひそめけむ(古今760)

【通釈】逢わずにいるので、恋しい思いが増さるばかりだよ。水無瀬川のように浅い心の人に、どうして思いを深めて恋し始めたのだろう。

【語釈】◇水無瀬川 川底の下を水が流れ、表面には水が見えない川。心無い恋人、あるいは浅い契りを暗喩する。

【補記】「まされ」「ふかめ」と川の縁語を用いて、逢ってくれない男に思いを寄せることを悔いる心情を巧みに歌い上げた。『猿丸集』では「かたらひける人の、とほく行きたりけるがもとに」の詞書にまとめた三首のうちの一首としているようである。

【他出】猿丸集、五代集歌枕、歌枕名寄

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十一
磯の上に立てる室の木ねもころに何しか深め思ひそめけむ

【主な派生歌】
あすか川ふちせもしらぬ秋の霧なににふかめて人へだつらん(藤原定家)
山もとは海とみえても水無瀬川何にふかめて霧の立つらん(望月長孝)

題しらず

あらを田をあら()きかへしかへしても人の心を見てこそやまめ(古今817)

【通釈】新しく開墾した田を、新たに何度も掘り返すように、何度も繰り返してでも、あの人の本心を見てからこの恋をやめにしよう。

【語釈】◇あらを田 新小田。新しく開墾した田。荒小田の意とする説もある。◇あらすきかへし 新たに鋤き返し。「あら」は「粗」の意かともいう。ここまでは同音の繰り返しにより「かへし」を持ち出す序。◇かへしても 繰り返してでも。

【補記】第四・五句は類型であったようで(参考歌)、上句の序に創意のあった歌と見える。同音の繰り返しによる力強いリズムがあり、「人の心を見てこそやまめ」という決意に迫真性を与えている。『猿丸集』の詞書は「ふみやりける女のいとつれなかりけるもとに、春頃」。

【他出】猿丸集、古今和歌六帖、定家八代抄

【参考歌】平中興「古今集」
雲はれぬ浅間の山のあさましや人の心を見てこそやまめ
  作者未詳「古今和歌六帖」
伊勢の海の千ひろたくなは繰り返し見てこそやまめ人の心を

【主な派生歌】
春にのみ年はあらなむあらを田をかへすがへすも花を見るべく(公忠[新古今])
古へのあらすき返せ言の葉の道は狭くもなりにけるかな(戸田茂睡)
敷島の歌のあらす田あれにけりあらすきかへせ歌の荒す田(*香川景樹)

題しらず

()がみそぎ木綿(ゆふ)つけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへて鳴く(古今995)

【通釈】誰の禊(みそぎ)のための木綿を付けた鶏なのか。唐衣をたつという名の、龍田山で長く続けて鳴いている。

【語釈】◇みそぎ 身の穢れを清めること。御祓い。◇木綿 楮(こうぞ)の樹皮をはぎ、その繊維を裂いて糸状にした物。神への捧げ物とする。◇木綿つけ鳥 鶏の異称、または木綿をつけた鶏。都の四境で御祓いに用いるため関に置かれたという。◇唐衣(からころも) 衣を「裁つ」と言うことから、地名「たつた」に冠した枕詞。◇たつたの山 龍田山。奈良県生駒郡三郷町の龍田神社背後の山。大和国と河内国の境にあたる。◇をりはへて 折り延へて。何度も重ね、延ばして。長く続けて。

【補記】古今集では前歌「風吹けば沖つ白波たつた山」と共に龍田越えの歌として排列したものらしい。龍田山を越える旅人が、鶏の長鳴く声を聞いて、誰の御祓いをしているのかと神妙に思い遣った歌であろう。『猿丸集』では詞書「あひしれりける女の、人をかたらひて思ふさまにやあらざりけむ、常に嘆きけるけしきを見ていひける」。

【他出】猿丸集、古今和歌六帖、大和物語、俊頼髄脳、五代集歌枕、袖中抄、六百番陳状、俊成三十六人歌合、定家八代抄、近代秀歌、八代集秀逸、別本八代集秀逸(後鳥羽院・定家撰)、時代不同歌合、色葉和難集、心敬私語
(『俊成三十六人歌合』『時代不同歌合』では在原業平の作として採っている。)

【主な派生歌】
誰がみそぎ同じ浅茅のゆふかけてまづうちなびく賀茂の川風(藤原定家)
たつた山夕つけ鳥のおりはへて我が衣でに時雨ふるころ(藤原定家)
たがみそぎゆふかへる波のたつた山麻の葉ながるこの川の瀬に(飛鳥井雅経)
たがみそぎゆふかげ草の下露にをりはへて鳴くきりぎりすかな(後鳥羽院)
聞きもらす人やはあらむ木綿つけの鳥は寝ざめのをりはへて鳴く(三条西公条)
白妙の梢の雪はたがみそぎゆふかけ渡す杜の下陰(武者小路実陰)


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成22年02月13日