活用表 動詞についての留意点 助動詞の種類と機能 助詞の種類と機能 仮名遣
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過去・完了 推量 打消 自発・可能・受身・尊敬
使役・尊敬 その他(指定・比況・希求)
未然形 |
連用形 |
終止形 | 連体形 |
已然形 |
命令形 | 上にくる語の活用形 | |
つ | て | て | つ | つる | つれ | てよ | 連用形 |
行きつ 見つ 出でつ 来(き)つ 為(し)つ
悲しかりつ(悲しく―あり―つ)
見るべかりつ(見る―べく―あり―つ)
見ざりつ(見―ず―あり―つ)
鳴神の音のみ聞きし巻向の檜原の山を今日見つるかも(万葉集、人麻呂歌集歌)
折りつれば袖こそにほへ梅の花ありとやここに鶯の鳴く(古今集、読人不知)
今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな(古今集、素性法師)
枕よりまた知る人もなき恋を涙せきあへずもらしつるかな(古今集、平貞文)
信濃なる千曲の川のさざれ石も君し踏みてば玉と拾はむ(万葉集、信濃国歌)
梅が香を袖にうつしてとどめてば春はすぐとも形見ならまし(古今集、読人不知)
語源については、動詞「棄(う)つ」から転成したと推定されている。
口語文では用いられなくなり、動詞に完了の意を添えるためには、ふつう補助動詞「しまう」を用いるようになった。「つ」「ぬ」「り」「たり」などを使い分けた文語の豊かなニュアンスが失われたことは言うまでもない。
秋風の吹くにつけてもとはぬかな荻の葉ならば音はしてまし(後撰集、中務)
住みわびぬ今は限りと山里につま木こるべき宿もとめてむ(後撰集、在原業平)
花にそむ心のいかで残りけむ捨て果ててきと思ふわが身に(千載集、西行)
墨染のころも憂き世の花ざかりをり忘れても折りてけるかな(新古今集、藤原実方)
あはれにもみさをにもゆる蛍かな声たてつべきこの世と思へば(千載集、源俊頼)
行きつ戻りつ 泣きつ笑ひつ 追ひつ追はれつ上の用法からの類推か、継続反復の助詞「つつ」の代りに「つ」が用いられることがある。江戸時代の俳諧などにもよく見られる用法である。
未然形 |
連用形 |
終止形 | 連体形 |
已然形 |
命令形 | 上にくる語の活用形 | |
ぬ | な | に | ぬ | ぬる | ぬれ | ね | 連用形 |
咲きぬ 落ちぬ 消えぬ 来(き)ぬ
惜しかりぬ(惜しく―あり―ぬ)
ひむがしの野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(万葉集、柿本人麻呂)
春の野に若菜つまむと来しものを散りかふ花に道はまどひぬ(古今集、紀貫之)
いづくにか我は宿らむ高島の勝野の原にこの日暮れなば(万葉集、高市黒人)
いつまでか野辺に心のあくがれむ花し散らずは千世も経ぬべし(古今集、素性法師)
語源については、動詞「去(い)ぬ」から転成したものと推定されている。「つ」同様、口語文では用いられなくなり、補助動詞「しまう」または助動詞「た」に取って代わられた。
やすらはで寝なましものをさ夜更けてかたぶくまでの月を見しかな(後拾遺集、赤染衛門)
ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ(万葉集、大津皇子)
行きて負ふかなしみぞここ鳥髪 に雪降るさらば明日も降りなむ(みずかありなむ、山中智恵子)
希望をあらわす助詞「なむ」(〜してほしい、の意)と紛らわしいが、助詞「なむ」は未然形接続、複合助動詞「なむ」は連用形接続である。
あらなむ 「あってほしい」の意。「なむ」は希望の助詞。
ありなむ 「きっとあるだろう」の意。「なむ」は複合助動詞。
かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは世人さだめよ(古今集、在原業平)
などて君むなしき空に消えにけん淡雪だにもふればふるよに(和泉式部集)
雪のうちに春は来にけり鶯の氷れる涙いまやとくらむ(古今集、二条の后)
桜色にわが身は深くなりぬらむ心にしみて花を惜しめば(拾遺集、読人不知)
さ夜中と夜は更けぬらし雁が音の聞こゆる空を月渡る見ゆ(万葉集、人麻呂歌集歌)
いつまでか野辺に心のあくがれむ花し散らずは千世も経ぬべし(古今集、素性法師)
浮きぬ沈みぬ
未然形 |
連用形 |
終止形 | 連体形 |
已然形 |
命令形 | 上にくる語の活用形 | |
り | ら | り | り | る | れ | れ | 命令形(四段・サ変) |
咲けり 行けり 恋せり 死せりなお、平安時代には、四段・サ変動詞にも「たり」が使われることが多くなり、「り」の使用例は減少する。流れり(○流れたり)
恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ妹を見まく欲りすれ(万葉集、大伴百代)
白妙の我が下衣失はず持てれ我が背子ただに逢ふまでに(万葉集、狭野茅上娘子)
我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後(万葉集、天武天皇)
奧山の岩がき沼に木の葉落ちて沈める心人しるらめや(金槐和歌集、源実朝)
天武天皇詠の「大雪降れり」は、既に大量の降雪が成立し、大雪の降り積もった状態がなお継続していることを示す。「降りぬ」「降りき」などではこうした意味を明示できない。源実朝詠の「沈める」は、木の葉が(そして心が)沈んで最低辺に至るという動きは既に終わって、現在もその状態を保っていることを示している。
元来は、四段動詞・サ変動詞の連用形に、存在を意味する動詞「あり」が付いて「咲き-あり」「行き-あり」「為(し)-あり」のようになったもの(複合動詞)であったが、それが縮まって「咲けり」「行けり」「せり」のように変化し、語尾の「り」を助動詞として用いるようになった。
秋の野のみ草刈り葺き宿れりし宇治の宮処の仮廬し思ほゆ(万葉集、額田王)
未然形 |
連用形 |
終止形 | 連体形 |
已然形 |
命令形 | 上にくる語の活用形 | |
たり | たら | たり | たり | たる | たれ | たれ | 連用形 |
咲きたり 見たり 出でたり 来(き)たり 為(し)たり
吾はもや安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり(万葉集、中臣鎌足)
別れては昨日今日こそへだてつれ千世しも経たる心ちのみする(新古今集、藤原伊尹)
春過ぎて夏来るらし白たへの衣乾したり天の香具山(万葉集、持統天皇)
山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり(古今集、春道列樹)
あしひきの山桜花日並べてかく咲きたらばいと恋ひめやも(万葉集、山部赤人)
白妙に葺き替へたらむあづまやの軒の垂氷を行き見てしかな(相模集、相模)
たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花紅く散りゐたりけり(赤光、斎藤茂吉)
さす竹の大宮人は今もかも人なぶりのみ好みたるらむ(万葉集、中臣宅守)
元来は、接続助詞「て」と存在をあらわす動詞「あり」との結合したもの。「咲きたり」はすなわち「咲き-て-あり」であり、「咲いている」の意味。のち、「たり」は現代口語の過去の助動詞「た」となった。
未然形 |
連用形 |
終止形 | 連体形 |
已然形 |
命令形 | 上にくる語の活用形 | |
き | せ | ― | き | し | しか | ― | 連用形(カ変・サ変動詞は例外) |
咲きき/咲きし花/咲きしかば 見き/見し時/見しかば
恋ひき/恋ひし人/恋ひしかば 出でき/出でし日/出でしかば
来(こ)し人/来(こ)しかば 来(き)し人/来(き)しかば
「来(こ)き」、あるいは「来(き)き」とは用いない。
為(し)き/為(せ)し時/為(せ)しかば 愛しき/愛せし人/愛せしかば
悲しかりき(悲しく―あり―き)
見るべかりき(見る―べく―あり―き)
見ざりき(見―ず―あり―き)
香具山は 畝傍ををしと 耳成と 相争ひき…(万葉集、天智天皇)
あしひきの山行きしかば山人の我に得しめし山苞ぞこれ(万葉集、元正天皇)
天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも(古今集、安倍仲麿)
みかの原わきて流るる泉川いつ見きとてか恋しかるらむ(新古今集、藤原兼輔)
三首目、話し手が月を見ているのは唐においてであるが、その月によって、昔奈良で見た月を回想している。それゆえ「出でし月かも」と言っているのである。
志賀の浦や荒れし都の月ひとりすむとは知るや唐崎の松(草根集、正徹)
ひと夜来て旅寝うれしき故郷の荒れし垣根にもゆる若草(藤簍冊子、上田秋成)
上の例の「荒れし」は古典文法に則れば「荒れにし」あるいは「荒れたる」と言うべきところ。なぜなら、話し手が眼前にしている状景と取らないと、これらの歌の情趣は成り立たないからである。このように「き」を「にき」や「たり」あるいは「た」の代りに用いるのは、近現代の短歌でもごく普通に見られる用法である。
うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物はたのみそめてき(古今集、小野小町)
色をめで折れるばかりぞ女郎花われ落ちにきと人にかたるな(古今集、遍昭)
さざなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな(千載集、平忠度)
ふふめりし花の初めに来し我や散りなむのちに都へゆかむ(万葉集、大伴家持)
語源は不明。
世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(古今集、在原業平)
思ひつつぬればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを(古今集、小野小町)
(注:この「せ」を動詞「す」の未然形とする説もある)
未然形 |
連用形 |
終止形 | 連体形 |
已然形 |
命令形 | 上にくる語の活用形 | |
けり | けら | ― | けり | ける | けれ | ― | 連用形 |
咲きけり 見けり 出でけり 来(き)けり 為(し)けり
悲しかりけり(悲しく―あり―けり)
見るべかりけり(見る―べく―あり―けり)
咲かずけり(咲か―ず―けり)
咲かざりけり(咲か―ず―あり―けり)
(1)逢ひみてののちの心にくらぶれば昔は物を思はざりけり(拾遺集、藤原敦忠)
うれしさを昔は袖につつみけり今宵は身にもあまりぬるかな(新勅撰集、読人不知)
(2)田子の浦ゆ打ち出でて見れば真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りける(万葉集、山部赤人)例えば、完了あるいは完了存続の助動詞を用いて「花咲きぬ」「花咲けり」「花咲きたり」などと言えば、単に花が咲いた、あるいは咲いている事実を確認していることになるが、「花咲きけり」と言えば、花が咲いていたことに気づいた驚きや感動などが伴う。「けり」には、事態がそうなったと認識するにまで至った経緯が含蓄されるからである。「けり」を詠嘆の助動詞とも言う所以である。
古里となりにし奈良の都にも色は変はらず花は咲きけり(古今集、平城天皇)
語源については、過去の助動詞「き」と存在をしめす動詞「あり」が結合したとする説、動詞「来(き)」と「あり」が結合したとする説がある。
口語では用いられなくなったが、「そんなこともあったっけ」などと言う時の「け」は「けり」の転であり、現在の話し言葉にもわずかに命脈を保っている。
(1)桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟しほひにけらし鶴鳴き渡る(万葉集、高市黒人)
(2)夕されば小倉の山に鳴く鹿は今宵は鳴かず寝ねにけらしも(万葉集、舒明天皇)
(3)何もせで若きたのみに経しほどに身はいたづらに老いにけらしも(好忠集、曾禰好忠)
見わたせば波のしがらみかけてけり卯の花咲ける玉川の里(後拾遺集、相模)
花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに(古今集、小野小町)
待ちかてに我がする月は妹が着る三笠の山にこもりたりけり(万葉集、藤原八束)
ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり(続後撰集、順徳院)
花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり(新勅撰集、西園寺公経)
いはばしる垂水の上の早蕨の萌え出づる春になりにけるかも(万葉集、志貴皇子)
色かはる萩の下葉をながめつつひとりある身となりにけるかも(賀茂翁家集、賀茂真淵)
最上川逆白波 のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも(白き山、斎藤茂吉)
世の中にあらましかばと思ふ人亡きが多くもなりにけるかな(拾遺集、藤原為頼)
今日といへば唐土 までも行く春を都にのみと思ひけるかな(新古今集、藤原俊成)
大空にたはるる蝶 の一つがひ目にもとまらずなりにけるかな(桂園一枝拾遺、香川景樹)
妻もあらば摘みてたげまし沙弥の山野の上のうはぎ過ぎにけらずや(万葉集、柿本人麻呂)
葬り道すかんぼの華ほほけつつ葬り道べに散りにけらずや(赤光、斎藤茂吉)
公開日:平成19年2月25日
最終更新日:平成23年5月31日