宜秋門院丹後 ぎしゅうもんいんのたんご 生没年不詳 別称:摂政家丹後

清和源氏。仲正の孫。蔵人大夫源頼行(保元の乱に連座して自殺)の娘。母は不詳。武将・歌人として名高い頼政は伯父、源仲綱は従弟、二条院讃岐は従妹にあたる。
はじめ摂政九条兼実に仕え、摂政家丹後と呼ばれた。のち兼実の息女で後鳥羽院の中宮任子(宜秋門院)に仕えた。建仁元年(1201)、出家。安元元年(1175)七月の「兼実家百首」、建久元年(1190)の「花月百首」、正治二年(1200)の「後鳥羽院初度百首」、建仁元年(1201)頃の「千五百番歌合」、建仁元年(1201)八月の「撰歌合」、元久元年(1204)十一月の「春日社歌合」、建永元年(1206)七月の「卿相侍臣歌合」など、九条家・後鳥羽院主催の歌合の多くに出詠。「後鳥羽院御口伝」に「女房歌詠みには、丹後、やさしき歌あまた詠めりき」とある。承元二年(1208)の「住吉社歌合」に参加したことが知れ(新続古今集)、以後の消息は不明。
千載集初出。勅撰入集計四十二首。女房三十六歌仙。後鳥羽院の「時代不同歌合」にも歌仙として撰入されている。

丹後は新古今歌風の確立を準備した歌人の一人として高い評価を得ている。歌風は上の後鳥羽院の一語「やさしき」に尽きるが、幽玄な情景に、おのれの心を染み込ませるように反映させている。そこには、自己の孤独や命のはかなさへの謙虚な凝視とともに、花鳥風月への暖かい共感が籠もる。

  3首  2首  1首  2首 羇旅 2首  4首  8首 計22首

後京極摂政家の歌合に、暁霞を読侍りける

春の夜のおぼろ月夜やこれならむ霞にくもる有明の空(新勅撰1-47)

【通釈】「春の夜の朧月夜にまさるものはない」と言うのは、これのことでしょう。たなびく霞にぼんやりと見える、有明の月の空。

【語釈】◇有明の空 有明の月の出ている、暁の空。有明の月とは、夜遅く出て、明け方まで空に残っている月。

【本歌】大江千里「千里集」「新古今集」
照りもせず曇りもはてぬ春の夜のおぼろ月夜にしくものぞなき

正治二年たてまつりける百首に

かすみつつ花ちる峯の朝ぼらけのちにや風のうさもしられむ(続古今2-149)

【通釈】空を霞ませながら桜の花が散る、朝ぼらけ。なんて美しいこと。でも散り切ってしまったあとでは、風の無情さを知ることになるのだろう。

【語釈】◇朝ぼらけ 空が白みかけ、物がぼんやりと見える頃。

【補記】正治二年(1200)の後鳥羽院初度百首。

千五百番歌合に

春風にしられぬ花やのこるらむなほ雲かかる小初瀬の山(続古今2-145)

【通釈】春風に気づかれなかった花が、散らずに残っているのだろうか。今も雲がかかって見える、初瀬の山は。

【語釈】◇雲かかる 山桜を白雲に喩(たと)える。◇小初瀬(をはつせ)の山 初瀬は奈良県桜井市初瀬。桜の名所であった。

【補記】「千五百番歌合」二百四十七番右勝。俊成の判は「猶雲かかるをはつせの山、心姿宜しくも侍るかな」。

千五百番歌合に

ほととぎすなれも心やなぐさまぬ姨捨山の月になく夜は(新後撰3-191)

【通釈】ほととぎすよ、おまえも悲しみに胸を傷めていて、いくら鳴いても、心は癒されないのか。姨捨山の月に向かって哭く夜は。

【語釈】◇姨捨山(をばすてやま) 信濃国更級の歌枕。今の冠着(かむりき)山という。月の名所。

【補記】「千五百番歌合」四百三十番右、無判。

【参考歌】よみ人しらず「古今集」
我が心なぐさめかねつ更科や姨捨山に照る月を見て

千五百番歌合に

時鳥すぎつる方の雲間よりなほ眺めよと出づる月かげ(玉葉3-330)

【通釈】ほととぎすが鳴いて過ぎていった――去った方角を見やると、夜空に雲が出ているばかり。しばらく名残惜しく眺めていると、その雲の間から、もっと眺めていてくれとでも言うように、月があらわれた。

【補記】「千五百番歌合」四百十六番右、無判。第二句は「すぎぬるのちの」。

【本歌】藤原実定「千載集」
ほととぎす鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞ残れる

八月十五夜、和歌所歌合に、海辺秋月といふことを

忘れじな難波の秋のよはの空こと浦にすむ月は見るとも(新古4-400)

【通釈】忘れはしないよ。難波の秋の、今夜の空を。いつか、こことは別の浦で、こんなふうに美しく澄んだ月を眺めることがあっても。

【語釈】◇こと浦 異浦。此処(難波)以外の浦。後拾遺集の道命法師の歌「しほたるる我が身のかたはつれなくてこと浦にこそけぶりたちけれ」に由る。

【補記】建仁元年(1201)八月十五日、後鳥羽院主催の撰歌合。判者は俊成。二十番左持。判は「こと浦にすむ、めづらしくをかし」。この歌は評判になり、作者は「こと浦の丹後」という異名を得た。

【主な派生歌】
月もなほわが身のかたやかすめるとこと浦にすむあまにとはばや(平親清四女)
よしあしと人に語るな難波潟こと浦にすむあまのしわざを(玄円[新千載])
秋の月ここをあかしとおもへどもこと浦にすむ人もみるらむ(中園公賢)
明石がた猶やたづねむ秋の夜のこと浦にすむ月もかくやと(後宇多院)
押し照るや難波の葦は枯れぬればこと浦よりも寂しかりけり(賀茂真淵)

題しらず

吹きはらふ嵐ののちの高嶺より木の葉くもらで月や出づらむ(新古6-593)

【通釈】激しい風が吹き、木々を揺すって葉を残らず散らした。この嵐の後にあって、あの高嶺から木の葉に遮られることなく月が昇ることだろうか。

【語釈】◇木の葉くもらで 木の葉で月の光が霞むことなく。

【補記】正治二年(1200)の後鳥羽院初度百首。

【他出】定家十体(長高様・見様)、三十六人歌合(元暦)、三五記、三百六十首和歌、六華集、題林愚抄

【主な派生歌】
ふけゆけば木の葉くもらで出でにけりたかつの山の秋の夜の月(覚助法親王)
月ぞ猶木の葉くもらで残りける秋のかたみはとめぬ嵐に(頓阿)

千五百番歌合に

冬の夜はあまぎる雪に空さえて雲の波路にこほる月かげ(新勅撰6-402)

【通釈】冬の今宵の夜――いちめんを霞ませて降る雪に、空はつめたく冴えて、雲が白波のように立っているところに、月の光が凍りついている。

【語釈】◇あまぎる 天霧る。空一面を曇らせる。◇雲の波路 雲が出ている空を、白い波しぶきが立っている航路に見なしてこう言う。

【補記】「千五百番歌合」九百七十八番右勝。

【主な派生歌】
立ちかへり又きさらぎの空さえてあまぎる雪にかすむ山の端(為兼[新拾遺])

羇旅

百首歌たてまつりし時

しらざりし八十瀬の浪を分け過ぎてかたしくものは伊勢の浜荻(新古10-944)

【通釈】鈴鹿川は渡り瀬が多いことは聞いてたけれど、あんなにたくさんの瀬を渡るとは、知らなかった。瀬ごとに寄せる波を踏み分け、鈴鹿川を越えて、伊勢の海辺に出た。そうして今夜は、水辺の葦を折り敷いて旅寝するのだ。

【語釈】◇しらざりし 知らなかった。シは過去の助動詞キの連体形で、「八十瀬」に掛かる。◇八十瀬(やそせ)の浪 たくさんの瀬の波。「鈴鹿川八十瀬」の用例が万葉集以来あり、「八十瀬」と「伊勢」によってこの歌に詠まれた川が鈴鹿川であることは明瞭となる。鈴鹿川には幾つもの小川が合流し、また曲がりくねっているので、何度も川の瀬を渡ることになるのである。◇伊勢の浜荻(はまをぎ) 伊勢の浜辺に生えている葦。「伊勢国には、葦を浜荻と云ふなり」(仙覚抄)。『八雲御抄』等にも同様の記事があり、当時「伊勢の浜荻」は葦の別称とされていた。

【本歌】碁檀越の妻「万葉集」巻四
神風の伊勢の浜荻折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜辺に
(「人丸集」「新古今集」などにも見える)

和歌所歌合に、羇中暮といふことを

都をば天つ空とも聞かざりき何ながむらん雲のはたてを(新古10-959)

【通釈】都が空の上にあるとは聞かなかった。なのにどうして私は眺めているのだろう、雲の果てを。

【語釈】◇羇中暮 旅の道中における夕暮。

【補記】建永元年(1206)七月、卿相侍臣歌合。二十七番右勝。

【本歌】よみ人しらず「古今集」
夕暮は雲のはたてに物ぞ思ふ天つ空なる人を恋ふとて

正治二年百首歌奉りける時、旅歌

夜はの月われのみおくる山路ぞとなれし都の友につげこせ(玉葉8-1136)

【通釈】夜半の月よ、「ひとりぽっちで旅をしているあの人は、私だけが山路を送ってあげたよ」と、親しんだ都の友達に、告げ知らせておくれ。

【語釈】◇われのみおくる山路ぞ この部分は、月が言っていると想定した言葉。この「われ」は月がおのれ自身を指して言う。◇つげこせ 月自身の言葉で、都の友達に告げ知らせてほしい、ということ。「こせ」は、動詞「乞(こ)す」の命令形が終助詞化したもの。「…してほしい」意。

【補記】「月の光だけが旅人を見送る」は当時よくあった趣向。「木の間もる有明の月のおくらずは独りや山の峰を出でまし」(覚性法親王[千載])、「ふるさとを独り別るる夕べにもおくるは月のかげとこそきけ」(式子内親王[千載])など。

摂政右大臣の時、家の歌合に、恋の心をよめる

思ひ寝の夢になぐさむ恋なれば逢はねど暮の空ぞまたるる(千載14-898)

【通釈】恋しい人を思いながら寝入って見る夢に、気持ちをまぎらわす我が恋。だから、実際にあの人に逢えなくても、夕暮の空が待たれるのだ。

【語釈】◇家の歌合 治承三年(1179)の右大臣九条兼実家での歌合。

百首の歌よみ侍りけるに

袖のうへの涙ぞ今はつらからぬ人に知らるる始めと思へば(新勅撰11-668)

【通釈】袖の上に溜まった涙は、今はもう辛くは感じない。これが、あの人に私の思いを知ってもらう最初のきっかけとなるのだと思えば。

【語釈】◇百首の歌 不詳。

【本歌】紀貫之「拾遺集」
荻の葉のそよぐ音こそ秋風の人にしらるる始めなりけれ

建仁元年三月歌合に、逢不遇恋の心を

忘れじの言の葉いかになりにけむ頼めし暮は秋風ぞふく(新古14-1303)

【通釈】「忘れない」との言葉は、どうなってしまったのだろう。期待していた今日の夕暮は、秋風が吹いているばかり。あの人の心にも「飽き風」が吹いて、約束の言葉を散らしてしまったのか。

【語釈】◇逢不遇恋の心 逢ひて遇はざる恋の心。「かつて情を交わしたが、その後なかなか逢えなくなってしまった」という状況設定における恋の心。◇言の葉 手紙や歌など、書いたものについて言うのが普通。「葉」は秋風の縁語。

【補記】建仁元年(1201)三月の新宮撰歌合。三十二番右持。

はかなくぞこむ世までともたのみけるけふ目の前にかはる心を(正治初度百首)

【通釈】はかないことに「来世まで」なんて頼みにしたものだ。今日、目の前で変わる心なのに。

和歌所歌合に、湖上月明といふことを

夜もすがら浦こぐ舟は跡もなし月ぞのこれる志賀の辛崎(新古16-1507)

【通釈】夜通し浦を漕いできた船は、もはや航跡も留めない。湖水のおもてには、ただ有明の月だけが残っている、志賀の辛崎のあけぼの。

【語釈】◇。◇志賀の辛崎(からさき) 滋賀県大津市唐崎。琵琶湖の西岸。月と松の名所。歌枕紀行近江国参照。

【補記】建仁元年(1201)八月十五日、後鳥羽院主催の撰歌合、題は「湖上月明」(湖上の月、明らかなり)、二十三番左勝。

【他出】定家十体(見様)、定家八代抄、続歌仙落書、歌枕名寄、題林愚抄

【本歌】沙彌満誓「万葉集」
世の中を何にたとへむ朝びらき榜ぎにし船の跡なきごとし

百首歌の中に、述懐歌とてよめる

憂しとてもいとひもはてぬ世の中をなかなか何におもひしりけむ(千載12-1114)

【通釈】つらいと思っても、棄てきれない世の中なのに。どうして生半可に悟ってしまったのだろう。

【語釈】◇百首歌 未詳。◇いとひもはてぬ この「いとひ」は「世を厭ふ」という時の「いとひ」、つまり出家遁世する意。◇なかなか 中途半端に。なまじっか。◇何におもひしりけむ 何によって世を捨てようなどと思い決めてしまったのだろうか。

【補記】中途半端な悟りによって現世を棄て、結局今も捨てきれないでいるという反省。

鳥羽にて歌合し侍りしに、山家嵐といふことを

山里は世の憂きよりも住み侘びぬことの外なる峯の嵐に(新古17-1623)

【通釈】山里は、現世が辛いのに比べれば住みよいと聞くけれど、実際住んでみると、もっと住みづらく思える。峰を吹き渡る嵐は、思いもしなかったほど侘びしくて。

【語釈】◇鳥羽 鳥羽離宮。京都市南区上鳥羽から伏見区下鳥羽にかけてのあたり。

【他出】定家十体(有心様)、続歌仙落書、三五記、題林愚抄

【本歌】よみ人しらず「古今集」
山里は物のわびしき事こそあれ世の憂きよりは住みよかりけり

正治百首歌に、山家

ひととせの都の人のそら頼め思ひはてぬる冬の山里(玉葉16-2218)

【通釈】都の人から「遊びに行くよ」と言ってくれた空約束を一年も待ち続けて、結局来てくれはしないのだと諦めた――そうして独り寂しく過ごしている、冬の山里の暮らし。

【補記】正治二年(1200)の後鳥羽院初度百首。第四句「思ひたえぬる」。

春日の社の歌合に、松風といふことを

なにとなく聞けば涙ぞこぼれぬる苔の袂にかよふ松風(新古18-1795)

【通釈】なんという理由もなく、聞くと涙がこぼれる。出家して山住みしている私の衣のたもとにまで届く、松風の音は。

【語釈】◇苔の袂 僧衣を「苔の衣」と言う。その袖の部分。

【補記】元久元年(1204)十一月十日、後鳥羽院和歌所で開催された「春日社歌合」。三日後、春日神社に奉納された。衆議判、執筆は定家。上の歌は三番右勝。判は「苔の袂にかよふ松風、優に聞こゆ」。

【他出】定家十体(長高様)、源家長日記、時代不同歌合、三五記、題林愚抄

夜はの床しぐれて過ぐるあとにまた鴫たつ庵のあかつきの夢(正治初度百首)

【通釈】夜の床に時雨の音が過ぎていって、目が醒めた。そのあと、こんどは鴫(しぎ)が飛び立つ羽音に夢を破られた――暁、庵で寝ていた私の夢を。

【語釈】◇鴫(しぎ)たつ庵(いほ) シギは田や沢などに棲む水鳥。西行の「心なき身にもあはれはしられけり鴫たつ沢の秋の夕ぐれ」を連想させる。

後法性寺入道前関白、右大臣の時よませ侍りける百首歌の中に

何とかく置きどころなく歎くらむあり果つまじき露の命を(玉葉18-2515)

【通釈】どうしてこう、身の置き場所もないように歎くのだろう。このまま生き続けることなどできるわけのない、露のようにはかない命であるのに。

【語釈】◇置きどころなく 「置き」は「露」の縁語。

同じ百首の時、色即是空々即是色の心をよめる

むなしきも色なるものと悟れとや春のみ空のみどりなるらむ(千載19-1229)

【通釈】現世の空しいことは、色にあると悟れということで、春の空はこんなにはかなくも美しい青色なのだろうか。

【語釈】◇同じ百首 九条兼実家での百首。◇色即是空々即是色 現象界の物質的存在には固定的実体がなく、かつまた固定的実体がないことによってこそ現象界が成り立っている。般若経の一節。◇みどり 青空の色。

【補記】承安〜治承頃の兼実家百首歌。

【参考歌】皇嘉門院別当「続後撰集」
雲もなく凪ぎたる空のあさみどりむなしき色も今ぞしりぬる


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成15年03月21日