一. 死の前後(上・下)
●死の前後 上
ここに引き続いて紹介することになりますのは、読者が既にお馴染みの無名陸軍士官から主として自動書記で送られた霊界通信であります。この人の閲歴の大要は上編の第四章「無名の陸軍士官」と題するところに述べてあります通り、生前死後とも思い切って悪事の有りたけをやり尽し、最後に地獄のドン底へまでも堕ちて来た人物で、叔父さんの生活の平静高雅なのに比べてこれは又惨絶毒絶、一読身の毛のよだつようなことばかり続いております。あらかじめその覚悟でお読みになられることを希望しておきます。

最初の通信は1914年2月7日に始まり、同年9月12日を以って一先ず完結致します。書中「吾輩」とあるのは皆この無名陸軍士官のことであると御承知を願います――

吾輩は劈頭(へきとう)肝要な二、三の事実につきて説明を下し、所謂地獄とはいかなる性質のものか、はっきり諸君の諒解を得て置いてもらいたいと思います。(と陸軍士官が語り出す。句調は軍人式で、いつもブッキラ棒です)

地獄に居住する霊魂の種類は大体左の三種類に分かれる。

(一)人間並びに動物の霊魂。
(二)一度も人体に宿ったことのない精霊。
(三)他の界から来ている霊魂。

右の三種類の中で第二は更に左の三つに小別することが出来そうに思う。

(イ)妖精――性質の善いもの、悪いもの、並びに善悪両面を有するもの。
(ロ)妖魔――悪徳の具象化せるもの。
(ハ)変化――人の想念その他より化生せるもの。

ところで右の妖精という奴が一番多く、なかんずく幽界にはそいつが大変跋扈(ばっこ)している。大抵は皆資質が良くないと相場を決めてかかれば間違いはない。外は化生の活神(いきがみ)とでも言うべきものが奥の方の高い所に居る。それが人間の霊魂などと合併してしばしば人事上の問題に興味を持って大活動をやる。彼等のある者は一国民の守護を務め、ある者はそれぞれの社会、それぞれの地方の守護を務める。

あなた方も幾らか気が付いておられることと思うが、例えば英国の一の国民として考えた時にそれは一種特別の風格を具えていて、これを組織するところの個人個人の性格とはまるきり相違していることを発見するでしょう。この一時を見ても、英国を守護するところの何者かが別に存在することは大抵想像し得られるではありませんか。

ざっとこれだけ述べておけば人間の霊魂以外の霊界の存在物につきて多少の観念を得られると思う。吾輩が現在置かれて居る半信仰の境涯などには格別珍しいものは見受けられないが、上の方へ行くと色々ある。天使だの、守護神だのの中には人間の霊魂の向上したのもあるが、そうでない別口も沢山いる。一口に霊魂などと云っても容易に分類の出来るものではない。

さてこれから約束通り吾輩の死の前後の物語から始めるとしましょう。吾輩がストランド街をぶらついている時のことであった。一台の自動車が背後からやって来て、人のことを突き飛ばしておいておまけに体の上を轢いて行った。中々念が入っている。吾輩自動車位にやられるような男ではないのだが、その時ちとウイスキイを飲み過ぎていたのでね。ところでヘンテコなのはそれからだ。轢かれた後で吾輩は直ぐむくむくと起き上がった。頭脳がちと変だ。その中盛んな人だかりがするので、急いでその場を立ち去って役場へ向かった。例の専売品の契約証書に調印する約束が出来ていたからです。

役場の玄関へ着くと同時に吾輩は扉を叩いて案内を求めた。驚いたことには手が扉を突き抜けて、さっぱり音がしない。無論何時まで待っても返答がない。仕方がないから委細構わず扉を打ち開けてやろうとすると、何時の間にやら自分の体がスーッと内部に入っている。

「オヤオヤオヤオヤ!」と思わず吾輩が叫んだ。「今日は案外酔いが回っている。こんな時には仕事を延ばす方がいいかも知れん」
が、直ぐ眼の前に階段があるので、構わずそれを登って、事務室の扉を叩いた。しかしここも矢張り同じ事で、体は内部へ突き抜けてしまった。

●死の前後 下
見れば係りの役人は卓(つくえ)に寄りかかって吾輩の来るのを待って居た。側の卓には書記も居た。仕方がないから吾輩は脱帽して首を下げたが、無作法な奴があればあったもので一向知らぬ顔の半兵衛である。

「私は契約書の調印をしに参りましたが・・・」
吾輩がそう言っているのに奴さん依然として返答をしない。次の瞬間に書記の方を向いてこんなことを言っている――
「モー十分待ってみてもあいつが来なかったら事務所を閉めてしまおう」

「このつんぼ野郎!俺はここに来ているじゃないが!」
吾輩は力一杯そう叫んだが、先方では矢張り済まし切っている。色々やってみたが、先方はとうとう立ち上がって、吾輩が約束を無視したことを口をきわめて罵りながら室を出てしまった。

吾輩も負けずに罵り返してみたものの、どうにもしようがないので、諦めて室を出た。
「あいつは俺よりももっと酔っていやがる・・・」
吾輩は心の中で固くそう信じた。

再び限界の扉を通り抜けたと思った瞬間に何やら薄気味の悪い笑い声が耳元に聞こえたので振り返って見ると、昔吾輩の悪友であったビリーが其処に立って居た。流石の吾輩もビックリした。

「何じゃビリーか! とうに汝は死んだ筈じゃないか!」
「当たり前さ!」と彼は答えた。「しかしお前もとうとう死んじゃったネ。容易にくたばりそうな奴ではなかったがナ・・・」

「この出鱈目野郎! 俺が何で死んでいるものか。俺は少しばかり酔っているだけだ」
「酔っている!」ビリーはキイキイ声で笑った。「酔っているだけで扉を突き抜けたり、姿が消えたりしてたまるものか! お前がただ酔っているだけならあの役人の眼にお前の姿が見える筈ではないか」

そう言われて吾輩も成る程と思った。同時に自分の死骸を捜したい気になった。

次の瞬間に我々はストランド街に行っていた。するとビリーは其処で一人の美人の姿を見つけた。

「どうだいあの女は?」
彼は無遠慮に大きな声でそう吾輩に言った。

「これこれ汝はそんな声を出して・・・」
「馬鹿! 先方の女にこの声が聞こえるもんか! 俺は彼女の後をつけて行くのだ」
「付けて行ってどうする気なのだ? あの女はそんな代物ではない」
「馬鹿だなお前は!」と彼は横目で睨みながら、「お前ももう少しこの世界のことが判って来ればそんな下らない心配はしなくなる。俺は兎も角も行って来る」

次の瞬間にビリーは居なくなってしまった。

吾輩もビリーに居なくなられて急に寂しく感じたが、やがて自分の死体が気になった。不思議なもので幽界へ来てみると、犬のような嗅覚が出来て来て、自分の死体の臭気がするのである。

臭気を頼りに足を運ぶと、間もなく傷病者の運搬車に突き当って、それに自分の死体が積まれてあることが直ぐ判った。車は病院に行くところなので、吾輩もその車の側について歩いて行った。

やがて医者が来て我輩の死体を検査した。

「こりぁもー駄目だ!」と医者が言った。「中々手際よくやりやがった。どうだい、この気楽な顔は!」

吾輩は若しも出来ることならこの藪医者の頭部をウンと殴りつけてやりたくて仕方がなかった。

「可哀相に・・・」と言ったのは看護婦であった。

すると付いて来た巡査が言った――

「ナニ別に可哀相な奴じゃない。轢かれた時にすっかり泥酔していたのじゃから責は全然本人にあるのじゃ。ワシはこやつをよう知っとるが、何とも手に負えぬ悪党じゃった。こやつが亡くなったのは却って社会の利益になる」

その瞬間にケタケタ気味の悪い笑い声がするので振り返って見ると、そこに居るのは世にも獰猛な面構えの化け物然たる奴であった。

「一体きさまは何者だい?」と吾輩が訊ねた。

「フフフフ俺の事をまだ知らんのか?」とそいつが答えた。「俺は何年間かお前に付き纏っている者だ!」

「な・・・何だと・・・?」

「俺はお前の親友だ! お前の気性に惚れ込んで蔭から大いに手伝ってやっている一つの霊魂だ。まァ俺の後に付いて来い。少し方々案内してやるから・・・」

その瞬間に病院は消え失せてしまった。

二. 酒亭(上・下)
●酒亭 上
これは陸軍士官から送られた第二回の通信で、死後幽界に於ける最初の経験が例の露骨な筆法で物語られております。心理学者が頭脳を悩ます憑霊現象の裏面の消息がいかにも突き込んで描き出されておりますので、何人もこれには少なからず驚かるると同時に又深く考えさせられるところがあろうかと存じます――

吾輩は案内されるままに無我夢中で右の怪物の後に付いて行ったが、四辺はイヤに真っ暗な所であった。やがて気が付いて見ると無数の霊魂がその辺にウジャウジャしている。

「ここは一体何処なのかい?」と吾輩は案内者に訊いてみた。

「それよりか、お前は何処へ行きたい?」と彼が言った。「望みの場所へ、何処へなりと連れて行ってあげる」

「吾輩は何より酒が飲みたいナ」
「それならこっちへ来るがいい。酒の好きな奴に誂(あつら)え向きの店がある」

忽ちにして四周に罵(ののし)り騒ぐ群衆の声が聞こえた。と、其処には一個の怪物が多数の配下を率いて控えて居たが、イヤその人相だけはとても形容の限りでない。世の中で一番それに近いものといえば、へべれけの泥酔漢位のところであろう。下品で、醜悪で、ふやけ切っていて、そして飽くまで汚らしい。

詩聖ミルトンは堕落した天使の退廃的な壮麗さを「失楽園」の中に描いているが、そんな趣はこの怪物には微塵もない。そいつが眼球をグリグリさせると他の奴共が声を揃えて怒鳴り立てる――

「酒!酒を飲ませてくれい!」

「俺の後に付いて来い!」と右の怪物が言った。「酒なら幾らでも飲ませてやるが、しかし、きさま達はソノ前に一働きしなければいけねえ」

忽ち我々は大きな、しかし下等な一つの酒亭に入っていた。その場所は確かにロンドンの東端の何処かであるらしい。内部には下等社会の男も女も、又子供さえも居た。

イヤその室に漲(みなぎ)るジンやウイスキイの何とも言えぬ嬉しい香! ちと安ビールの香だけは感心も出来なかったが、勿論そんな事には頓着していられはしなかった。

吾輩は早速酒場に置いてあるビールの大杯にしがみついた。が、いくら掴んでも掴んでもドーしてもコップが掌(てのひら)に入らない。そうなると飲みたい念慮は一層強まるばかり、体中が燃え出しそうに感じられた。それにしても親分は一体どうしているのかと思って背後を振り返ると、彼は大口開いて吾輩を嘲り笑っていた。

彼は漸(ようや)く笑いを抑えて言った――

「ちと仕事をせんかい、このなまくら野郎が・・・」

「仕事をせいだって、一体どうすればいいのだ?」

「他の奴等のやっているところを見い!」

そう言われて初めて気をつけて見ると、他の連中は頻(しき)りに酒を飲んでいる男や女の体に絡み付いている。どうしてそれをやるのかは正確に判らないが、兎に角何らかの方法で、彼等の肉体の中にねじ込んでいるらしいのである。

するとベロベロに酔っ払った男の首玉にしがみついていた一人の霊魂が、この時忽ちスーッとその肉の中に吸い込まれるように消え去った。オヤッ! と思う間もなく右の泥酔漢はよろよろと立ち上がって叫んだ――

「こらッ! 早くビールを持って来んか! ビールだビールだ!」

仕方がないと言った風で一人の給仕女がビールを持って行ってやった。が、よくよく見るとかの泥酔漢の両眼から爛々(らんらん)と光っているのは本人のではなくして、確かに先刻入った霊魂の眼光であった。彼は盛んにビールを呷(あお)ると共にますます猛り狂った。とうとう酒場の監督が来て、その男の肩を掴まえて戸外に突き出そうとすると、泥酔漢はイキナリ大瓶を振りかざしてゴツンと一つ監督の頭を食らわしたから堪らない。監督の脳天は微塵に砕けた。

●酒亭 下
見る見る一大修羅場が現出した。

「人殺しーッ!」

酒客の大半は悲鳴を上げて戸外に跳び出した。霊魂の中には人間の首玉に捲き付いたまま一緒に出掛けたのもあったが、中には又それッきり人間を突っ放してしまったのもあった。

その時吾輩は初めてこれらの霊魂が二種類に分かれていることに気がついた。即ち明らかに人間であるのと、人間でないのとである。人間でない奴は種々雑多で、何れも多少動物じみていた。とても吾輩にそれを形容する力量がない。醜悪で、奇怪で、人間ともつかず、動物ともつかず、時とすれば頭部が動物で体が人間の化け物もある。中には単に頭部ばかりの奴もいるかと思えば、又何ら定形のない目茶目茶のヌーボーもいる。

そうする中にも、例の監督をやっつけた酔っ払いは相変わらずビール瓶を振り回している。と、吾輩の直ぐ傍で耳を劈(つんざ)くようなキャーキャー声で高笑いをする者がある。見るとそれは例の親分の霊魂が嬉しがって鬨(とき)の声を張り上げているのであった。

我々仲間もこれに連れて一緒になって喝采したが、無論何故喝采したのかは判らない。すると酔っ払いに憑いていた悪霊がこの時しきりにその体から脱け出しにかかった。すっかり脱け切ったと思った瞬間、酔っ払いはペチャペチャと地面に潰れた。

「あいつは死んだらしい」
と吾輩はビリーに言った。ビリーはいつの間にやら戻って来ていたのである。

「中々死ぬものか。ただ酔い潰れているだけじゃ。が、あいつは追っ付け断頭台の代物だネ」

「しかし監督を殺したのはあいつの仕業ではない・・・」

「無論あいつの仕業でないに決まっている。しかし裁判官にそんなことが判るものか。裁判官などというものは外面を見て裁判するものだ。日頃監督を怨むことがあったとか何だとか、理屈は何とでも付けられる。それとも貴公証人として法廷にまかり出てあいつの冤罪を解いてやったらドーだい?」

そう言ってケタケタと笑うと他の奴共奴共一緒になって笑った。

丁度その瞬間に警察官が出張して一同から事情を聴き取り、やがて酔漢はつまみ上げて運び去られてしまった。

「大出来大出来!」我々の親分が囃(はや)し立てた。「他の奴共もこれに劣らず大いに勲功を立てい!」

我々はそれから又大いに飲み始めた。そうする中に吾輩も見よう見真似で、ドーやら人間の体に絡み付いて酒を飲む方法を覚えてしまった。正当に言うと、それは酒を飲むのとは少し訳が違う。むしろアルコールの香を嗅いで歓ぶだけの仕事に過ぎない。が、とにかく豪儀である。豪儀であると同時に何やら物足りない。聖書にある死海の林檎そっくりで、手に取ると直ちに煙になる。が、そんな次第で幾日となく右の酒亭に入り浸った。そして終いには吾輩も本式の憑依法まで覚え込んでしまった。

吾輩は今憑依の方法を説明することは出来ない。よしや出来てもそうしようとは思わない。が、大体に於いてそれは現在吾輩がワード氏の体を借りて自動書記をやりつつあるのと同種類のものだと思えばよい――心配したまうな諸君、現在の吾輩はあんな悪い真似はモーしません。たとえしようと思っても、ワード氏の身辺にはちゃんと立派な守護神様が控えて御座る。その上叔父さんもついていなさる。

これで予定通り暫く休憩といたします。幽界の悪魔の酒の飲みっぷりは大抵こんなところでお判りでしょう。三十分程休んだ上で先へ進むことにしましょう。

三. 幽界の居住者
今度のは前回のとは少々趣が違って、ワード氏の口が動いて喋り出したのでした。無論口を使っているのは陸軍士官であります――

吾輩はこの辺で一つあの酒の親分の正体を説明しておきたいと思います。彼は所謂妖精ではない。又人間の想念が凝り固まって出来上がった変化(へんげ)でもない。彼は極度に飲酒を渇望する全ての人々の煩悩から創り出された一の妖魔であります。故に一旦世界中から飲酒欲が消え去った暁には、あんなものは次第に存在を失います。但し直ぐに消えはしません。何となれば人間界に飲酒欲が消滅しても幽界には暫時彼を供給するに足るだけの材料があるからであります。けれども人間が全然飲酒の習慣を廃した上は、我々幽界の者も結局酒の匂いさえ嗅げないことになりますから、自然かの妖魔とても栄養不良に陥ります。但しこれはひとり飲酒ばかりでなく一切の煩悩が皆その通りなのであります。

人間の想像で創り上げた悪魔は、それを創った人が右の想像を棄てると共に消滅しますが、困ったことには他の人が又後から後からそれを復活せしめて行きます。僧侶などの中には、どんなに悪魔を製造して地獄に供給した者があるか知れません。そんな悪魔はしきりに地獄の居住者を悩まします。しかし悪魔の存在を知らない者の眼には決してその姿が見えないのが不思議であります。

妖精というものは、それとは全然性質が違います。彼等は我々と同じく独立して存在します。ドーして妖精が最初発生したのかは吾輩には判りません。又妖精と云ったところで決してその全体が悪性のものばかりではない。中には快活で、気楽で、渓谷や森林に出入しているものもあります。そして無邪気な小児達の眼に時々その姿を見せるものでありますが、そんな事を白状すると子供達は笑われたり、叱られたりするので、段々黙っている癖がつき、その中妖精に対する信仰が失われて交通が途絶してしまったのです。

妖精には色々の種類がある。風の精、木の精、花の精・・・、その他数限りもない。吾輩は当分彼等の中で悪性のものだけについて述べることにします。が、悪性と云ってもそれには程度があります。又妖精とて進歩もするらしいのですが、その詳しいことは判りません。

時とすれば死者の霊魂は自分の遺族に未練を残してそれを護ろうとします。彼等にも偶(たま)につまらない注意や警告を与える位の力はありますが、しかし死の警告などをやるのは、実は皆人の死を嗅ぎつけて接近する妖精の仕業であります。彼等は死者の体からある物質を抽(ぬ)き出そうという魂胆があるのです。

あの吸血鬼の伝説・・・。夜間死霊が墓場から脱け出して寝ている人の血を吸い取るという話は稀には見受けますが、しかし幸い滅多に起こらないことです。又伝説に言っているような、あんな馬鹿げたことでもない・・・。

以上述べたところで、大体我々がこちらで邂逅(かいこう)す代物の見当は取れたと存じます。諸君の御親切に対しては感謝の言葉がありません。次回には又何か御報告致しましょう。吾輩のは皆乱暴極まる話ばかりで、Kさんの奥様はさぞお聴苦しくお思いでしょう。しかし吾輩としては申し上げるだけの事は皆申し上げてしまわねばなりません――では今回はこれで失礼致します・・・。

右の陸軍士官の物語が済むと、直ぐに叔父さんが入れ代わって右に関する批評めいたものを語りました。それはこうです――

Kさんの御夫婦には私からもお礼を申し上げます。しかし私の考えますところでは、陸軍士官のお述べになるところは大変大切で、恐らく我々の送る霊界通信中の白眉(はくび)だろうと存じます・・・

四. 交霊会の裏面(上・下)
●交霊会の裏面 上
続いて現れた陸軍士官からの霊界通信――

諸君は吾輩の手元から当分余り気持のよい通信に接しようと期待されると宛が外れます。諸君は事実を要求される。故に吾輩は事実を供給する。一体世間の人達が赤裸々の事実に接せられることは甚だ望ましいことで、ただ光明の一面ばかりを見るのみでは不足であります。是非とも暗黒面をも知っておかれる必要があります。

吾輩は既に飲んだくれの集まる魔窟のことを紹介しました。それから吾輩が何をやったか? ――今ここで一々それを書いてお目にかける必要はない。無論吾輩は酒亭に出掛けたと同様に娼家にも出掛けた。

酒の化け物があると同じく色欲の化け物もある。それは女の姿をした妖魔であるが、しかしその醜さと云ったら天下無比、どの点から見てもたまったものではない。いかに吾輩でもこの方面の状況を一々書き立てる勇気はない。兎に角酒亭で死海の林檎式の一種の満足を買い得る如く、殆どいなる欲情に対しても同様の満足を買い得る――イヤ満足ではない。何処まで行っても不満足である。それが我々に加えらるる天の刑罰で、真に渇望を充たし得る方法は絶対にないのである。

不満足な満足――流石の吾輩も酒亭や娼家の享楽が少々鼻について来ました。すると、いつも吾輩の案内を務める悪霊が吾輩に向かってこう言うのです――

「どうだい、一つ交霊会を冷やかしてみようではないか?」

吾輩は不審のあまり訊ねた――

「何の為にそんな場所へ行くのかね?」
「イヤ中々面白いよ、交霊会という奴も・・・」

「ただ面白いだけの事かね?」
「イヤ他にも理由がある。汝が現在有している体は半物質的のものだが、気を付けてちょいちょい手入れをしないと体が終いには亡くなって地獄へぶち込まれてしまうぞ」

「俺はまだ地獄へ堕ちてはしないのかね?」
「堕ちているものか。ここはまだ地上だ。本物の地獄に堕ちたとなると、まるで勝手が違って来る」

「そうかナ。それなら体の手入れを怠らないことにしようかナ」と吾輩が叫んだ。「しかしも少し詳しく説明して聞かせてくれ。吾輩も生きている時分にかつて交霊会というものに行ったことがあるが、見るもの聞くもの頓と合点の行かぬことばかり、てッきりただの詐術としか思えなかった」

「イヤ交霊会というものは大別して三種類に分かれるよ」と案内者が説明した。「もっとも互いに重なり合ったところがあるので、余りはっきり区別する訳にも行かないがネ。即ち

(一)善霊の憑る交霊会
(二)悪霊の憑る交霊会
(三)詐術
の三つだね。

その中で第一のは我々に歯ぶしが立たない。第三のは役に立たない。ただ眼の付け所は第二のヤツだ。これがこちとらの畠(はたけ)のものだ。正しい霊媒でも上手く行けば騙くらかして俺達の仲間に引き摺り込むことも出来る・・・」

「どうしてそんなことが出来るのかい?」

「その霊媒に欲が出て、霊術を利用して金子でも儲けようとした場合にその体を占領するのだ」

「そうすると霊媒は謝礼を取ってはいけないのかね?」

「そんなことはないさ! 霊媒だって牧師だって食わずに生きてはおられない。牧師が年俸四百ポンドを貰って妻子を養うからと云って誰も何とも言いはしない。平牧師から出世して監督にでもなれば年俸三千ポンド位は貰われる。しかしそれでも別に牧師の沽券が下がる訳でもない――ただ仮初めにも牧師ともあろうものが、同胞救済の為に力を用いず、朝から晩まで自分の位置や財産ばかりを目標にしていた日には直ぐに評判が悪くなる。霊媒だってその通りだ。何事も動機が肝腎だ。動機ばかりは誤魔化せない。一旦動機が悪くなったと見ると、その時こそ我々の付け込むところだ」

「けれども、そんなことをして何ぞ俺達の利益になるのかね?」

彼は横目で睨みながら、

「そりァなるとも! 先ず第一に我々はそうして自分の幽体を養う為の材料を手に入れるのだ。第二には権力だ。権力! お前の耳にはこの言葉がピーンと気持ちよく響いて来ないかい? 多勢の人間を思うままに引き摺り回すのは素敵じゃないか! なかんずく――」そう言って彼は一層毒々しく眼球を動かしながら「我々はこれを利用して昔の怨恨を晴らすことが出来る。それからもう一つ、たとえ一時の間でも人間の体に宿るということはありがたいじゃないか。こう考えた時に交霊会というヤツも満更(まんざら)ではなかろう。イヤまだあるある! 幽界で散々修業を積んだ者が、モ一度人間の世界に出しゃ張って大手を振って歩き回れる・・・。何と面黒い話じゃないか!」

●交霊会の裏面 下
吾輩もこの説法を聞かされてすっかり交霊会行きに賛成してしまった。そして間もなく他の一群の霊魂達と連れ立ちて交霊会の催されている一室に出掛けて行ったが、其処には一人の婦人が約十人ばかりの男や女に取り巻かれて座って居た。婦人の側には光り輝く一人の偉大なる天使が立って居たが、その天使は雲霞の如き悪霊共に包囲され、多勢に無勢、遂にみすみす霊媒の体を一人の悪霊の占領に委せてしまった。悪霊共はこれを見ると、どッとばかりに歓呼の声を上げ婦人の身辺に押し寄せて、前後、左右、上下からひしひしと包囲し尽して霊魂の垣根を作った。

「一体こりァ何をしているのかしら・・・」と吾輩が自分の案内者に訊ねた。

「ナニ我々はこうして天使の勢力を遮断しているのだ。いかに偉い天使でも悪霊の垣根は容易に突破し得ない。丁度我々が優れた霊媒を包囲する天使の垣根を突破し得ないのと同様じゃ。さァこれから憑依霊が仕事を始めるところだから気をつけて見物するがいい」

そういう中にも霊媒は言葉を切り始め、その席に居た一人の中年の婦人に向かってこんなことを言い出した――

「私はお前の妹のサリーです。私はどんなに姉さんに会いたかったでしょう」

これをきっかけに二つ三つ当人に心当たりのありそうなことを喋った。それを聞いて吾輩はすッかり感心してしまった。

「どうしてこんな事実を知っているのかしら・・・実に恐れ入ったものだネ」

「そりァ訳はないさ。あいつは何年となくこの霊媒に付き纏っていて、色々役に立ちそうな材料を平生から仕入れておいてあるのだ――さァ又始まった・・・」

見れば今度はその室に居た一人の男が霊媒に向かって質問を始めたところであった――

「私は何ぞ有益になる事を伺いたいのです。詰まりソノ実用向きの御注意を・・・」

「それではあなたの兄さんのジョージさんに訊いてみましょう」と霊媒が答えた。そして直ちにジョージという人物の態度をして言った。「ヘンリー、私は財政上の問題に関して一つお前に有益な注意を与えようと思うが、モちとこちらへ寄って耳を貸しておくれ。他言を憚(はばか)ることだから・・・」

そう言った彼は右の男の持っている、ある株券のことにつきてボソボソと低い声で注意するところがあった。男はそれを聞いて大変嬉しそうな顔をした。

「お前はそれで大成金になれる・・・」そう憑霊が付け加えた。

「あんなこと言いやがって本当かしら?」と吾輩が案内役に訊いた。

「本当だよ、今のは・・・。我々の仲間は時々嘘を言ってムク鳥をひっかけて歓ぶこともあるが、又時々は本当のことを教えてやって、どうしても我々を離れることの出来ないように仕向けて行くのだ。又人間というものは成るべく色々の欲望を満足させて堕落させておかないと、段々有意義な心霊上の問題などに熱中して来やがって、俺達の邪魔をするようになるものだ――ソレ又始まった」

今度は霊媒が一人の若い女に近付いた――

「今あなたが心に思っていることはよく私に判っています。先方の申し込みには早速応じなさい。受け合ってあなた方の結婚生活は幸福です。あの人について色々面白からぬ陰口を聞かされるかも知れませんが、皆嘘ですからそれに騙されてはいけません」

吾輩は再び質問を発した――

「ありァ一体何を言っているのかね・・・」

「あの若い女に目下結婚問題が起こっているのだネ。候補者の男というのは酔っぱらいの悪漢で、箸にも棒にもかからぬ代物だ。お陰であの女は今に散々苦労をさせられた挙句の果が堕落するに決まっている。そこで結局こちとらの食い物になる――さァ又始まり始まり! 今度霊媒の体に憑った奴はひょうきん者の悪戯霊だからきっと面白いことをやらかすに相違ない」

成る程今度は霊媒に新規の霊魂が憑って様々の悪戯をやり始めたのであった。中には毒にも薬にもならぬ仕打ちも混じっていたが、又中には性質の良くない悪戯もあった。しかし概して他の霊魂のように余り悪ズルいところがなかった。先ず手始めに室内の品物を動かしたり、投げつけたりする。次に室内の人達の頭をピシャピシャ叩く。次に物品を隠し、人々の懐中物さえ巧みに抽(ぬ)き取る。それが皆人間の方から見ればちっとも手を触れないでやることになる。最後に彼は其処に置いてあったテーブルを引っ繰り返し、座客の過半にとんぼ返りを打たせた。

やるだけやって我々は交霊会場を引き上げた。

道々吾輩の案内者はこう説明した――

「心霊現象といえば大抵あんなところが一番多いが、物質的な頭脳の所有者に霊魂の存在を承認させる為には、この種の方法以外には絶対に何物もない。その為に優れた霊媒や霊魂までも止むことを得ずこんな子供じみた曲芸をやって見せるのだが、見物人は大喜びで、初めて成る程ということになり、その勢いで嘘だらけの霊界通信までも感心して受け容れる。お陰で霊媒の体は目茶目茶になり、交霊会の評判はめっきり下落する。我々悪霊にとりての大禁物は純潔で且つ真面目な霊媒と心霊研究とである。そんなものはこっちの秘密を矢鱈に素っ破抜き過ぎて、人間を用心深くさせて困ってしまう・・・」

こんな記事を御覧になれば諸君は吾輩の趣旨が那辺(なへん=どのあたり)にあるかをお察ししてくださるでしょう。諸君のお気の付かないところに、別に隠れたる理由もありますが、それは次第に判ってまいりますから辛抱して最後まで読んで頂きます。

何しろ吾輩は我の強い人間で、段々堕落してとうとう地獄のドン底までも堕ちて行った者であります。人間というのは生前に悪事をすれば、その堕落せる人格は死後までも依然として継承され、堕ちるところまで堕ちてしまわねば決して承知が出来ないようであります。

が、諺(ことわざ)にもある通り、「一切を知るは一切を大目に見ることである」――一旦地獄のドン底へ堕ちた者がやがて又頂上まで登ることがありとすれば、その間に獲たる知識は自分自身にとりても、又一般世間にとりてもきっと大いに役に立ちます。格別の悪事もせぬ代わりに又格別の善事もせぬ弱虫霊よりも、この方が却って有効かも知れません。兎も角も吾輩はそのつもりで大いに活動します・・・。

五. 憑霊と犯罪(上・下)
●憑霊と犯罪 上
これは三月七日の午後九時五十分に出た通信で、憑霊と犯罪との面白い関係につきて例の陸軍士官が自己の体験を大胆率直に告白したものであります。法律上では単に故殺だの、謀殺だの、未遂だのと外面から頗る簡単に取り扱っておりますが、一歩その裏面に立ち入りて霊界の消息を窺いますと実に恐ろしい落とし穴やら術策やらが仕組まれてあるようであります。本通信の如きは特に心ある人士の精読に値するものと思考いたされます――

さてある日のこと、吾輩は一つの交霊会へと出掛けて行った。するとその場に居合わしたのが生前吾輩の内幕を素っ破抜くことばかりやっていた不倶戴天の仇敵であった。

「こいつ是非仇をとってやれ!」

吾輩は即座にそう決心した。モーその時分には吾輩も霊媒の体を占領して所謂神懸現象を起させる位のところまで腕が磨けていた。

吾輩の仲間には、相当腕利きの悪霊が沢山揃っていたので、そいつ達が色々と復讐手段を吾輩に提案した。命知らずのナラズ者に憑依し、相手を殺害させるのが面白かろうというのもあれば、それよりはむしろ相手を騙くらかして破産させるのが一番近道だと主張する者もあった。その外まだ色々の提案があったが、しかしそれ等の何れよりも遙かに巧みな方法がふと吾輩の胸に浮かんだ。吾輩のつけ狙っている男は、よせばいいのに近頃下拙の横好きで霊術弄(いじ)りを始めていた。勿論深いことは少しも判っていない。大体ただ好奇心という程度のものであった。吾輩のつけ込みどころはその点にあった。

夜となく昼となく吾輩は彼に付き纏い、その一挙一動をも見逃すまいとした。吾輩は機会さえあれば彼に損害を与えた。彼が博打をやれば、吾輩がその持ち札を相手に内通してやる。彼が事業をやれば、吾輩が仲間の胸に不安の念を起こさせる。手を変え品を変えて酷い目にばかり遭わせてやった――が、そんなことは吾輩のホンの序幕戦で、最終の目的は決してそんな生易しいものではなかった。

とうとう吾輩の待ちに待ちたる好機会が到着した。彼は自分の霊魂をその肉体から遊離させる修業を開始していたが、その頃漸くそれが出来かけて来た。これは吾輩に取りて真に乗ずべき好機会であった。吾輩は彼の霊魂が肉体から脱出した隙を見澄まして、空き巣狙いの格でその空ッぽの肉体へイキなり飛び込んでしまった。

「ハハハ」と吾輩はほくそ笑んだ。「借り物ではあるが、これですッかり元の通りの人間様だ!」

が、いよいよやってみると他人の体の居候も中々楽な職業ではなかった。体の方では大人しくこちらの言うことを聞こうとせず、ややともすれば追い出しにかかる。それを無理に強い意思の力で抑えつけるのだから一瞬間も油断が出来ない。幸い吾輩意思の強いことにかけては先方の比ではないので、ドーやら城を持ち堪えることが出来た。

イヤしかし気の毒であったのは先方の霊魂であった。外面から見れば元の通りの当人に相違ないが、豈(あ)に図らんや中身は吾輩で、当人の霊魂は気の利かない顔をして、始終体の外にぶら下がっていた。幽体と肉体とが生命の紐で連結されているので、離れてしまうことも出来ないが、さりとて体内に入ることも出来ないのである。イヤ吾輩随分思い切って彼の女房を虐めてやったものだ。蹴る、罵る、殴る、夜中に叩き起こす、無理難題を吹っかける・・・。とうとう女房は愛想を尽かして子供を連れて家出をしてしまった。その間にこちらは無理酒を飲む、道楽をやる、賭博をやる・・・。他人の体だから惜しくも何ともない。お陰でそいつの名誉も健康も滅茶苦茶に毀損させてやった。

●憑霊と犯罪 下
が、いつまでこんな事ばかりもしていられないので、とうとう最後の荒療治を施すことになった――他でもない、吾輩がその男の体を使ってある宝石商の店に入って幾粒かの宝石を盗んだ上にその主人を殺害し、そして首尾よく発覚して官憲の手に捕まるように仕向けたのである。吾輩は彼が謀殺罪として正規の手続きを以って刑務所に収容されるまで体内に留まって居たが、ここまで行けばモー用事はないので監房内で体から飛び出してしまった。それまで指をくわえてブラブラ腰巾着になっていた彼の霊魂は初めて自分の体内に戻ることが出来たが、随分気の利かない話で、その際吾輩は散々先方を嘲笑してやったものだ。

いよいよ裁判が開始された時に吾輩は人知れず傍聴席に出掛けて行っていた。当人はしきりに一切の罪状につきて何らの意識が無かったことを主張した。

無論それはその通りに相違ないので、彼の霊魂としては一切を承知していても、彼の物質的脳髄には何らの印象も残ってはしなかったのである。弁護士も又被告が一時的に発狂したのであると熱心に弁論した。が、裁判官は次の如く論告した――

「ある一部の人士は一切の犯罪を以って発狂の結果なりと主張する。しかしながら本職はこれを承認することが出来ない。本件被告の行動はそれを発狂と見做すには余りに工夫術策があり過ぎる。本件関係の証人等の供述に基づきて推断を下せば、被告は平生から憎むべき行為を重ね、最後にこの謀殺罪を犯したものである・・・」

そしてかかる場合にいつも来る判決――死刑の宣告を下したのである。

こうなっては吾輩の得意は以って想うべしである。が、その中予想外の小故障が起こらないではなかった。依然として無罪を主張する被告の宣言――こいつは左まで役にも立たなかったが、彼の女房が夫に対して同情ある陳述をなし、彼の平生の行動から推定してかの犯罪は確かに一時性の発狂の結果に相違ないと申し立てたことは中々有力なる弁護であった。

無論それが為に死刑の宣告が破棄されはしなかったが、しかしこの同情ある陳述が、今までただ反抗心とヤケ糞気分に充ち充ちていた夫の精神に善心の芽を吹き出させるのには充分であった。監獄の教誨師が又彼を信じて、百方慰藉(いしゃ)の途を講じたので、いよいよ彼は本心に立ち返り、生前の罪を悔い改めて神にお縋(すが)りする気分になった。結局彼の肉体だけは予定通りに殺し得たが、彼の霊魂はこちらの自由にならず、死刑が実施された瞬間に一団の天使達がそれを取り巻き、我々悪霊を追い散らして何処とも知れず連れ去ってしまった。言わば九仞(きゅうじん=高さが非常に高いこと)の功を一簣(いっき=一つのもっこ。また、もっこに1杯の分量。わずかな量のたとえ)に欠いた訳で、復讐の最終の目的は達せられずに終わったのである。

それだけならまだ我慢が出来るが、今度はあべこべに吾輩自身が危なくなって来た。丁度その時分から吾輩の体の加減が急にヘンテコになり、何やら奥の方からズルズル崩れるような気がして仕方がない。いかに気張ってみてもドーしてもそれを食い止めることが出来ない。流石の吾輩も驚いて自分に付き纏う悪霊に訊いてみた――

「近頃ドーも身体に異状があるが、一体どうしたのだろう?」

「ナニ地獄に落ちるンだネ」と彼は平然として答えた。「汝もモーそろそろ年貢の納め時が来たのだ」

吾輩びッくりして叫んだ――

「それでは約束が違うじゃないか! こんなことをしないと幽体が養われないというから吾輩は精出して人間の体に憑依していたのだ」

「それをやれば勿論一時は養われるさ。けれども無論長続きのするものじゃない。モー汝もいよいよ近い内に幽体とお分かれじゃ」

吾輩はがっかりして訊ねた――

「そうすると今度はどんな体を貰うのかね?」

「今度は霊体という代物だね。真の苦痛はそれから始まるのさ・・・」

こう言われて吾輩は初めてこの悪霊がいかに悪意を以って吾輩を呪いつめていたかに気がついた。その時の忌々しさ! 憎らしさ! とても筆紙には尽くせません。それからいよいよ吾輩の地獄堕ちとなるのですが、今晩の話はこれで止めておきます。

諸君、吾輩の通信中には至る所に大なる警告が籠もっているつもりであります。それ故何卒これを厄介物視せず、充分の注意を以って研究して頂きたいと存じます。今晩はこれでお分かれいたします・・・。