夏目漱石 なつめ・そうせき(1867—1916)


 

本名=夏目金之助(なつめ・きんのすけ)
慶応3年1月5日(新暦2月9日)—大正5年12月9日 
享年49歳(文献院古道漱石居士)❖漱石忌 
東京都豊島区南池袋4丁目25–1 雑司ヶ谷霊園1種14号1側


 
小説家・英文学者。江戸(東京都)生。東京帝国大学卒。明治38年『ホトトギス』に『吾輩は猫である』を連載、小説家としての活動をはじめ、『倫敦塔』『坊っちゃん』など次々に発表。40年朝日新聞社に入社。職業作家となって『虞美人草』『夢十夜』『三四郎』『それから』『門』などを発表。ほかに『行人』『こころ』『道草』『明暗』などがある。







  貴方は現代の思想問題に就いて、よく私に議論を向けた事を記憶してゐるでせう。私のそれに対する態度もよく解ってゐるでせう。私はあなたの意見を軽蔑迄しなかったけれども、決して尊敬を払ひ得る程度にはなれなかった。あなたの考へには何等の背景もなかったし、あなたは自分の過去を有つには余りにも若過ぎたからです。私は時々笑った。あなたは物足りなさうな顔をちょいちょい私に見せた。其極あなたは私の過去を絵物語のやうに、あなたの前に展開して呉れと逼つた。私は其時心のうちで、始めて貴方を尊敬した。あなたが無遠慮に私の腹の中から、或生きたものを捕まへやうといふ決心を見せたからです。私の心臓を立ち割って、温かく流れる血潮を啜らうとしたからです。其時私はまだ生きてゐた。死ぬのが厭であった。それで他日を約して、あなたの要求を斥ぞけてしまった。私は今自分で自分の心臓を破って、其血をあなたの顔に浴せかけやうとしてゐるのです。私の鼓動が停った時、あなたの胸に新らしい命が宿る事が出来るなら満足です。
                                                                  
(こゝろ)



 

 三部作『三四郎』、『それから』につづく『門』の執筆を始めた明治43年6月に胃潰瘍で入院した。療養のため転地した伊豆修善寺での大吐血はのちに「修善寺の大患」と呼ばれることになる。その後も胃潰瘍には幾度となく悩まされてきた。
 入院前日に第188回まで書き上げた『明暗』の原稿をのこし、最後の胃潰瘍を発病したのは大正5年11月22日のことであったが、その後10日あまりの闘病の末、親族と門下生に見守られながら12月9日午後6時45分、近代文学の支柱たる文豪夏目漱石は息をひきとった。
 死後漱石の遺体は、東京大学医学部解剖室において長与又郎医師の執刀によって解剖が行われ、その時摘出された脳はいまでも東京大学医学部に保存されているという。



 

 漱石は新宿の落合火葬場で荼毘に付され、12月28日に雑司ヶ谷の地に埋骨された。
 鏡子夫人は漱石の死の翌年、一周忌に間に合うようにと妹婿の建築家鈴木禎次にまかせて墓を作らせた。安楽椅子をデザインしたといわれるその墓に漱石と鏡子夫人の戒名がしっかりと彫られている。漱石の作品に心惹かれていた私には、あまりにも大仰で、作品から読み取れる漱石のイメージとはかなりかけ離れているその容姿に、少なからずの衝撃を受けたのだった。
 芥川龍之介が自殺の数日前にひとりで墓参りをしたというこの墓を、『こころ』の主人公である「先生」が、墓参りの途中に目にしたらどんな感想を抱いたであろうかと想像すると、なんとも奇妙な気がしてくるのだった。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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