出張での滞在期間が長くなると、週末のたびに「どこかへ出かける」と言うのも億劫になる時がある。札幌へは仕事に来ているわけで、当然ながら午前中をゆっくり寝て過ごす日も欲しくなると言うわけだ。
それでも一緒に過ごす同僚がいる時は、夜になるとなんとなく「飲みにでも行くかぁ」ということになるのだが、一人で過ごさなければならない時だってある。それに平日は一日中顔を付き合わせているのだ。お互い休みの日くらいは、一人で過ごしたいと思うことだってある。
さて何処にも遠出をしたくなく、そして一人で過ごさなければならない週末をどうやって過ごすのかということが、目下の私の悩み(なんてことはないけどね)。
一人ホテルでゴロゴロしていてもすぐに飽きてしまう。市内の観光名所はほとんど行き尽くした。ホテルの部屋で昼から缶ビール片手に文庫本でも読んで過ごすのも悪くないが、根が貧乏性。いつもと同じ週末の過ごし方では、やはりもったいないという気がしてしまう。
こんな気分でいる時に初夏の札幌は、実は最高に良い季節だったりするのだ。
初夏の札幌は色々なイベントが目白押し。遠出をしなくとも、市内を歩くだけで十分楽しめるお手頃の季節というわけだ。
前置きが長くなった。今回はそんな札幌の初夏の雰囲気をあなたにも・・・。
ただし、いわゆる御輿や山車を繰り出すたぐいのお祭りではない。公園内に咲いたライラックの花を見ながら「まあ、綺麗ねえ」とか「なんとなく奥ゆかしい花だなぁ」などと言いながら楽しむお祭り(たぶん)なわけで、派手さはあまり感じられない。
公園内では、苗木のプレゼントや大道芸のパフォーマンスなどが繰り広げられたりもするのだが、この祭りだけで大勢の観光客を呼び寄せるのは少々厳しいという気がする。言ってみれば、観光シーズン幕開けの軽いジャブと言う感じだろうか。
札幌の5月と言えば、まだまだ寒い季節だ。他の旅日記でもこの季節が登場するが(何故かこの時期の出張が多いのですよ)、年によっては「コートが欲しい」と思うくらいだ。
フランス語でライラックのことを「リラ」と呼ぶ。このリラが咲く季節はまだまだ寒く、長袖のシャツの上にさらにセーターを着込んでいても、場合によってはまだ寒かったりする。そんなことから「リラ冷え」などという言葉もあるぐらいだ。
元々は、作家の渡辺淳一さんが小説の中で使った言葉らしい。この言葉は以前から知っていたが、言葉の由来は札幌に来てから知人に教えて貰った。その後、テレビの天気予報でもそんな説明を加えたりしていたので、地元でも知らない人がいるのかも知れない。
ライラックの花の前で写真を撮ろうとしていたら、観光途中と見える女の子のグループ(誰が見たって、そう見えるよなぁ。だって、片手に「るるぶ北海道」持ってるんだもん)に「すみません!写真撮ってもらえますかぁ〜」と声をかけられる。
女の子には特別に愛想の良い私なんぞは、「はいはい、いいですかぁ〜」などと、出来るだけ明るく爽やかな声で写真を撮ってあげたりするのだ。しかもサービスで3枚も(笑)。
女の子たちも写真の撮影を頼み慣れているのか、要求がなかなか厳しい。「すみません。今度はこっちの角度から。この花を写真の端に入れるようにして下さいね」などと、素人カメラマンの私に難しい要求を出してくる。
そのままそこにいると、まだまだ他のグループからも「待ってました!」とばかり声を掛けられそうなので、その場をすかさず離れることにした。
そのまましばらく公園をブラブラ歩く。
地元の10代、20代の若者たち(う〜ん、なんだかこの言い方悔しいなぁ。私も気持ちは十分若者だと思っているんだけど。30代じゃダメ?)は、Tシャツ1枚で平気な顔で公園を歩きながら、ソフトクリームなんぞを舐めている。私はと言えば「なんか暖かいもの食べたいぞ。よしラーメンだぁ〜」などと思ったりしているのだ。
この後、花が似合うはずもない私はそのまま公園を離れ、当然のように
ラーメンを食べに行ったのだった。まだまだ札幌の町に夏の気配は感じられない。
色々な団体がチームを作り、それぞれの趣向を凝らして、ソーラン節をテーマ曲として各通りを踊り歩く姿は壮観だ。
最初は参加団体、わずか10チームぐらいだったのが、第6回にして、北海道各地や本場高知からも参加を得て、なんと183チーム、観客動員100万人を越えるお祭りになったということだ。これはもう、札幌の祭りと言うよりも「北海道を代表する祭り」という感じだろう。
各チームの踊りとパフォーマンスは、各分野の専門家(だと思う。たぶん)が審査し、フィナーレでは大通公園に作られたステージ上で優勝チームが発表される。
今回宿泊しているホテルと向かい合わせに、もう一つ別のホテルがある。私がホテルを出ようとすると、その向かい側のホテルから祭りに参加すると思われる団体が出てきた。新得町(帯広の北西に位置する山間の町)からのチームだ。人数は30〜40人はいるのじゃないだろうか。若い人もお年寄りも混じった混成チームのようだ。
「これだけの人数があちこちから集まって来るんだから、きっと札幌市内のホテルはどこも満杯なんだろうな」などと思う。
そのまま地下鉄の駅まで行くと、彼等も地下鉄の駅へ。これから会場で踊るらしい。みんな揃いの衣装を着て、顔には様々な化粧を施している(化粧って言うのかな?鼻には白い縦の筋を入れたり、目の回りに赤い筋を入れたり・・・正式な呼び方をご存じの方教えてください)。
ホームに居合わせた人が声を掛ける。
「どちらから来たんですか?」
「新得ですぅ」
「へえ、新得からぁ・・・これからですか?」
「はい!応援してくださいねぇ!!」
「ええ、頑張ってね!」
みんな、そんな調子で声を掛けて、答える方も元気良く答えるのを見ていると、何だか私にもその気持ちの盛り上がりが伝染する。
私は応援するチームも特に無いので、「隣のホテルに泊まったのも何かの縁」というわけで、とりあえずこのチームを応援することにした。もっとも、結局2日に渡って祭りを見物したのに、彼らの踊りは見逃してしまったのだが。
歩道にはすごい人の数。それほど背が低い方でもない私が背伸びしても、なかなか見ることが出来ない。たまたま1カ所、人が切れているところがあってそこへ割り込んで見ていると、そこだけ空いているのは当たり前で、ほとんどのチームがその辺りで踊りを終える場所だった。
やっぱり一番踊りが派手に見えるのは、通りの中間地点ほどに作られた審査員席。当然踊る方も一番力を入れるのがこの辺りなわけで、一番見応えがある。
だが頭越しに見ているだけでは、なかなか踊りがよく見えない。脚立持参で来ている人たちがいたが、この場で脚立の販売やレンタルをしたら儲かるんじゃないか・・・そんなことを思わず思ってしまった。
それでもなんとか人の頭越しではあるが、よく見える位置を押さえて踊りを見続ける。
装飾を施したトラックに積み込んだスピーカーからは大音響でソーラン節が流れている。チームによっては生のバンドをトラックに乗せていたり、思い切りロック風にアレンジしたソーラン節だったりするので、曲を聴いているだけでも面白い。
見ている内に、段々こっちもリズムに乗って体が動いてくる。この感覚は・・・そう、10年ほど前に見に行った「青森・ねぶた祭り」の感覚に近い。はねとが踊るあの祭りも、見ている方がじっとしていられなくなる勢いがあった。
こちらの踊りはチーム毎に統一された踊りだし、チーム毎に「型」があるわけで、そう意味ではちょっと違うのだが、祭りのエネルギーと言う意味では同じように感じられた。
そんな状態で2時間も背伸びを繰り返し、顎を持ち上げた姿勢で見ていたら、さすがに足と首が疲れてきた。
そこで、今度は大通り会場へ移動することにする。
ここでもステージ上で順番に踊りを繰り広げている。ステージ上で踊るから、こちらの方が踊りを見る分には見やすい。
だが、こちらもすごい人だ。結局、かなりの距離を空けて遠くから見ることになってしまった。
大通公園には、踊り終わった各チームが疲れ切った、でも満足した表情で座り込んでいたりする。
中には、抱き合って泣いているチームもある。リーダーと思われる人が涙声で、「このチームは最高でした!みんな、ありがとう!!」と叫んで、その言葉を聞いている方も「おお〜っ!」と言いながら、こちらも涙声で答えていたりする。
みんな初夏の札幌で燃焼しきった満足感でいっぱいなのだろうと思うと、ちょっぴり羨ましくなる。そんな気分は久しく味わっていないような気がするのだ。
参加チームの中には、下は小学生から上は60代なんていうチームも数多くある。そんな年代の差なんか関係のない一体感がそこにはある。
やがて予定の夜7時を過ぎたのだが、なかなか表彰式が始まらない。他の会場で踊っていたチームや見物していた人たちがみんなこの会場に集まって来た。ものすごい勢いで人が増えて行く。
参加チームの総人数だけでも軽く1万人を越えているのだ。その参加者を取り巻くように、見物していた人も続々と集まってくる。
この時、少々肌寒さ(この時、長袖シャツにスウェットパーカーを着ていたのだけど)を感じていた。「最後まで見ていたい」と言う気分もあってしばらく迷っていたのだが、人の勢いにも何だか疲れを感じて、結局ホテルに戻ることにした。
祭りが終わりに近づくに連れ、また気温が下がって初夏が遠ざかったような気がしたのは私だけだろうか?
このお祭りの時は学校が短縮授業になったり、会社でも午後からお休みになるほど、生活に密着したお祭りでもあるらしい。
今回出張中に風邪を引いて病院に行ったところ、「○○日は北海道大神宮祭のため休診します」なんて張り紙が貼ってあった。「どうして、お祭りが関係あんだぁ?」と思ったのだが、地元の人に聞いたところ「札幌じゃ当たり前のことですよ」ということだった。
このお祭りは、札幌の西、円山の隣にある北海道神宮のお祭りで、市内の数キロを山車行列が出たりもする。
初夏を告げる祭りの時・・・あなたも一度、この季節の札幌を訪れてみては?