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   笈の小文・・・芭蕉/1  
  
 
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 トップページHot SpotMenu最新のアップロード                          執筆: 星野 支折

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 草臥(くたびれ)て宿かる比や藤の花  はせ越(芭蕉)

 2020年9月  

            上から・・・下 へ          
 1月  14日

岡田健吉‏@zu5kokd1      
                                                            1680年・・・松尾芭蕉が深川芭蕉庵に転居       (ネットより画像借用)

《笈の小文(おいのこぶみ)/・・・ 芭蕉》・・・(1)       

<プロローグ>・・・(1)


「お久しぶりです!

《文芸》 担当 星野支折です。

今回は、芭蕉 (おい/修験者などが、仏具・衣服・食器などを収めて背に負う箱)の小文 考察します。

更科紀行野ざらし紀行 に続く、芭蕉第3番目紀行文になります。

実は…

最初に、奥の細道 考察していて…

次に 更科紀行 を、そして 野ざらし紀行 を…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
                                                            1680年・・・松尾芭蕉が深川芭蕉庵に転居       (ネットより画像借用)

笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(2)

<プロローグ>・・・(2)


考察して来て来ました。今回/3番目が、笈の小文 となるわけですが、芭蕉がたどっ

人生とは、およそ逆巡り考察という事になります。

芭蕉が、生きた時代を追うと…

野ざらし紀行/…貞享( じょうきょう )2~4年(1685~1687年)芭蕉42歳44歳』 

 

岡田健吉‏@zu5kokd1
                                                            1680年・・・松尾芭蕉が深川芭蕉庵に転居       (ネットより画像借用)

笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(3)

<プロローグ>・・・(3)


(おい)の小文/…貞享4年~5年(1687~1688年)…芭蕉44歳〜45歳』 

更科(さらしな)紀行/貞享5年(1688年) 芭蕉45歳 (/『笈の小文』の旅の帰路、中仙道を通って更科

姨捨山(うばすてやま)の月を見て、長野/善光寺詣でをしてから、江戸/深川/芭蕉庵に戻った時の紀行文) 

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
                         
芭蕉庵                   (ネットより画像借用)

笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(4)

<プロローグ>・・・(4)


そして…

『奥の細道…元禄2年(1689年)春に、全行程約600里(2400km)、日数約150日間で、

東北・北陸を巡って、元禄4年(1691年)に、江戸に帰った。』…になるわけですね。

私/支折メ(メ・・・は接尾語。卑しめたりする時に用いる。)の…

“若気の至り(/…年が若くて、血気にはやったために、無分別な行いをしてしまうこと) で、<俳聖/芭蕉>

ならば、まず…



 1月  15日

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
                         
芭蕉庵                   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(5)

<プロローグ>・・・(5)


★ 古池や 蛙飛びこむ 水の音


…の名句、という事で飛びつき、そして芭蕉といえば、奥の細道 だと、ダイレクトに飛び

込んで来ました。

でも、芭蕉を知るうちに、<俳聖/・・・芭蕉歩み・・・> とは、逆を辿(たど)っている事に、

気がつきました。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(6)

<プロローグ>・・・(6)


でも、他に、賢明な道はあったかというと…

俳句文学がいるわけでもなく、<全身で・・・芭蕉の世界に飛び込んで行く!>

 、この方法しか、無かったろうと思います。そうした意味では、後悔はありませんが、まさ

に、逆回りです。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(7)

<プロローグ>・・・(7)


今後

機会があるのなら、もう一度奥の細道 考察したいとも、考えています。でも、他にも、

文学・文芸事跡は、山ほどある、という事ですよね、」


「ええと…」支折が、あらためてインターネット正面カメラを見上げた。「先日高杉・塾長

お会いした時に…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
     
           笈 (おい/修行する時に、仏像をはじめとして、お香やお供物、経文、お札など、修行に必要
                   なものを納め背負う箱。修験にはかかせない法具)
            (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(8)

<プロローグ>・・・(8)


笈の小文 考察を、手伝ってもらえないかと尋ねました。すると、快く快諾してください

ました。

芭蕉の場合は…

その <禅的な・・・境地(/ある段階に達した心の状態)・境涯(きょうがい/この世に生きていく上でおかれて

いる立場) などは、私/支折メには及ばないものがあります。高杉・塾長が居てくだされ

ば、より深く、考察できると思います。

ええ、よろしく、お願いします!」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
                              
           (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(9)

<プロローグ>・・・(9)


「まあ…」高杉が言った。「<俳聖/芭蕉> となると、になれるかどうかは、分かりませ

んねえ。

しかし、まあ、支折さんリードで、その都度(つど)考察してみたいと思います」

「よろしく、お願いします…」支折が言った。「ちなみに…

私も、《危機管理センター/企画/短歌・・・》/担当の、里中響子さんから…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1       
 
                         
                  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(10)

<プロローグ>・・・(10)


<禅の・・・手ほどき> を受けています。

そして、響子さんは、高杉・塾長師事し、<禅> 学んでいるわけですから、は、

高杉・塾長の・・・孫弟子に当たる!> 自負しています。

でも…

高杉・塾長は…

ボス(/岡田)から、薫陶(くんとう/・・・(香をたいて薫りを染み込ませ、土をこねて形を整えながら、陶器を作り上げ

る意)から・・・徳の力/人徳・品位などで、人を感化し、教育すること。) 受けているというのですが…

そのボスには…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                         
                               (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(11)

<プロローグ>・・・(11)


<禅> ばかりでなく…

およそ、全てに、<師と呼べる存在> が居ません。<禅についても・・・正法眼蔵(しょ

うぼうげんぞう/道元禅師の主著)・・・を独学> した、言っています。

うーん…

あ、ともかく…

ええ、今回は、その高杉・塾長とともに、考察して行きます。

高杉・塾長! あらためて、よろしくお願いします!」

「うーむ…」高杉が、を和ませた。「はっはっはっ…

いまひとつ…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1
                              国立感染研究所                      (/ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(12)

<プロローグ>・・・(12)


信用がない様ですねえ。まあ、せいぜい、ボス(おとし)ないように、頑張りまし

ょう」

「はい!」支折が、うなづいた。「あ、ええと…

響子さんも、すでにコメントを入れていますが…

<COVID‐19・パンデミック・・・コロナ禍 真っ只中ですので、

《 MyWeekly Journal ・・・激動2020/輻輳する危機の到来・・・秋/ 》 並行

て、進めて行きます」


 1月  16日

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                         
                (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(13)

<プロローグ>・・・(13)


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「ええ…」支折が、モニターを移した。「まず…

笈の小文とは…

ブリタニカ国際大百科事典/小項目事典 解説参考に…

砕いて説明ると、だいたい次の様なものです。

笈の小文 とは、<江戸時代中期の俳諧紀行で・・・松尾芭蕉・著>

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        
 
                         
                       (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(14)

<プロローグ>・・・(14)


<半紙本1冊・・・宝永6 年(1709年) に年刊>…されています。

別名で…

庚午 (こうご)紀行 大和紀行 卯辰(うたつ)紀行 とも、言われます。

内容としては…

芭蕉は、貞享(じょうきょう)4 年(1687年)10月に、江戸出発して…

鳴海勢田を巡り、保美村の…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        
 
               
愛知県田原市福江町/潮音寺の境内/・・・坪井杜国の墓    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(15)

<プロローグ>・・・(15)


門人/杜国 (とこく/坪井 杜国(つぼい・とこく)・・・生年不詳 ~ 元禄3年3月20日(1690年4月28日))は、尾

張国の俳人。庄兵衛・万菊丸・岩菊丸とも称しました。屋号は壺屋。俳号として野人。尾張国名古屋城下、御園町(現名古

屋市中区)において米屋を営む家に生まれました。坪井家は当町において町代を務める名家でした。しかし、後に、空米売

買の罪で追放されています。享年30余歳。)

…をたずねています。

そして…

野ざらし紀行 同様に…

<芭蕉の郷里・・・伊賀> 越年しています。

目的は、伊賀上野“亡父三十三回忌法要に参列” するための、帰郷の旅と言わ

れます。

これは、 野ざらし紀行 目的1つが、“郷里に眠る母の墓参” のため、という目的

似ていますね。

これは社交辞令(/世間づきあいを円滑にするために用いる、決まり文句の)のようなもので、要するに、

をしたかったわけですよね。人に聞かれたらその様に、言うのでしょうか。

それから…

伊勢神宮詣で門人/杜国同道して、吉野(/桜)を見ています。さらに、高野山

和歌浦奈良大坂須磨明石を…翌年4月まで…をしています。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        
 
                         
                       (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(16)

<プロローグ>・・・(16)


笈の小文 は、この旅紀行文・紀行文学(/旅行における見聞、感想を記した文章のうち、文学性のあ

るもの。)という事になります。

この紀行文で…

芭蕉は、<自己の・・・半生を回顧> し、<風雅観を述べた・・・ 一文> <紀行観を

述べた・・・ 一文> などもあり、<芭蕉俳諧・・・を考える上で、重要な作品> となって

いる、と言います。

それから…

一面で、との統一欠く面もあり…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                         
                                  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(17)

<プロローグ>・・・(17)


未定稿とのもあるという事です。

それから…

他の解説では…

芭蕉第3番目紀行で、旅中54句(/他に杜国の4句)載せる…とあります。

芭蕉紀行作品のなかで、本作が特に注目されるのは、冒頭中間2ヵ所挿入されて

いる文章による、と言われます。


 1月  17日

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
       
西行(さいぎょう/平安後期の歌人・・・西行法師 (菊池容斎画/江戸時代)   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(18)

<プロローグ>・・・(18)


冒頭風雅論では…

<西行(さいぎょう/平安時代後期の歌人)の和歌における・・・宗祇(そうぎ/室町時代の連歌師)の連歌

における・・・雪舟(せっしゅう/室町時代後期の画僧)の絵における・・・利休(りきゅう/安土桃山時代の

茶人。堺の人。)が茶における・・・其の貫道(かんどう/道を貫くこと)するものは一なり >

…とある様ですね。

ええ…

芭蕉の、他の紀行文でもそうでしたが、としては、この 笈の小文 も、今回初めて接

するものです。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                       
宗祇/室町時代の連歌師      (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(19)

<プロローグ>・・・(19)


塾長は、どうなのでしょうか?」

「むろん…」高杉が言った。「も…

日頃日経サイエンス などを愛読していますから、縁遠いものです。

しかし、そうではあっても、関心があるから、一緒考察する事を、引き受けたわけですが

ね、」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                       
雪舟自画像 (模本) 藤田美術館    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(20)

<プロローグ>・・・(20)


「はい…」支折が、うなづいた。「ありがとうございます…

では、笈の小文本文入って行きましょうか、」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                       
千利休像 (長谷川等伯画、春屋宗園賛 )  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(21)

【 原文・・・ 1/1 】・・・(1)


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

<・・・ 序章 ・・・>


百骸九竅
(ひゃくがい・きゅうきょう/「百骸」は多数の骨、「九竅」は両眼・両耳・両鼻孔・口・前陰・後陰の九つの穴。人

体を構成しているもの。転じて、人体。)の中に物有。かりに名付て風羅坊(ふうらぼう/風羅は、風にひるが

える衣の意味で・・・芭蕉の別号に、桃青、風羅坊がある。)といふ。

誠にうすものゝかぜに破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句(きょうく/俳諧を卑下

したもの)を好むこと久し。終(つい)に生涯のはかりごとゝなす。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                       
松尾芭蕉像 (/葛飾北斎画 )   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(22)

【 原文・・・ 1/2 】・・・(2)


ある時は倦(けん/疲れてしまって、あきたり、なまけたりする。)で放擲(ほうてき/すべきことをしないで、放って置

くこと。)せん事をおもひ、ある時はすゝむで人にかたむ事をほこり、是非胸中にたゝか

ふて、是(これ)が為に身安からず。

しばらく身を立む事をねがへども、これが為にさへられ、暫(しばら)ク学(まなん)で愚を暁

(さとら)ン事をおもへども・・・



 1月  18日

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                         
                (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(23)

【 原文・・・ 1/3 】


・・・是が為に破られ、つゐに無能無芸にして唯此ただこれ一筋に繋つながる。

西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、

(その)貫道かんどう/道を貫くことする物は一なり。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                         
                                 (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(24)

【現代語訳・・・ 1/1 】


私の体全体の中に…

一つの抑えがたいものがある。仮にこれを、“風羅坊(ふうらぼう/風にゆれる衣の・・・坊主・・・) と名

づける。

実際、薄い衣が風に吹かれ、すぐに破れてしまう事を言っているのであろうか。かの男は、

俳諧を好んで久しい。終いには、生涯取り組むこととなった。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                         
                                 (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(25)

【現代語訳・・・ 1/2 】


ある時は、飽きて投げ出そうと思い、ある時は進んで人に勝って誇ろうとし、どちらとも気

持ちを決めかねて、このため心が休まることがない。

一度は、立身出世を願ったこともあったが、この俳諧というもののために遮られ、または、

学問をして自分の愚かさを…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
          
黒樂茶碗・・・ 銘/万代屋黒(もずやぐろ)  /初代 長次郎・・・桃山時代(十六世紀) 樂美術館蔵
利休が所持し、娘の手を経て娘婿、万代屋宗安所持となった<万代屋黒>。万代屋家に伝わった茶碗だから、いつしか人々
は <万代屋の黒茶碗> と呼ぶようになった。                                  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(26)

【現代語訳・・・ 1/3 】


…悟ろうともしたが、俳諧のために破られ、ついに無能無芸のまま、ただこの一筋をつらぬ

くこととなった。

西行の和歌における・・・宗祇の連歌における・・・雪舟の絵における・・・利休が茶におけ

る ・・・その道をつらぬく物は一つである。


☆☆☆☆☆


 1月  19日

岡田健吉‏@zu5kokd1   

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(27)

【支折の言葉・・・ 1/1】


「ええ、高杉・塾長…」支折が言った。「<・・・序章・・・> は、ここまでですが…」

「うーむ…」高杉が、ほくそ笑んだ。「<俳聖/芭蕉> は、こういう物言いをするのですか。

芭蕉<風羅坊(ふうらぼう)という別号も、<風羅・・・風にひるがえる衣・・・の坊・・・

というのも…

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                         
                                 (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(28)

【支折の言葉・・・ 1/2】


芭蕉気風というものを感じさせて、面白いですねえ。というのは、坊主/僧の事だ

と思うのですが、僧衣を着てをしていたからですか?」

「そうです…」支折が、うなづいた。「芭蕉は…

(いにしえ)の歌人/西行法師宗祇(そうぎ)憧れていたわけですが…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
 
浮世絵にみる、神戸ゆかりの・・・源平合戦/義経登場・・・/ 義経・一の谷奇襲攻撃の勝利   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(29)

【支折の言葉・・・ 1/3】


2人とも僧侶であり、僧形諸国彷徨(さまよ)いました。

<西行は・・・平安時代末期から鎌倉時代にかけての歌人> で、当時<源平の合

(げんぺいの・かっせん)があり、その合戦大活躍した義経が、実兄/源頼朝に追われ、

奥州/平泉逃亡した時期に、2度目訪問をしています。

1度目は…

確か、若い頃でしたが、2度目西行晩年のことだった様ですね。歌を友とし・・・各

地の歌枕を訪ね・・・悠々の1人旅・・・> だったわけですね。

宗祇芭蕉も、憧れるわけですよね。いえ、文化的/文学史的に、日本中人々ソレ

憧れ、唯一、ソレ実行できたのが、宗祇芭蕉だったとも言えますよね。

<芭蕉の 奥の細道 は・・・江戸時代初期/江戸・元禄文化の頃の・・・紀行文>

ですが、<江戸時代・中期の・・・与謝蕪村> も、<江戸時代・後期の・・・小林一茶

も、そうした <芭蕉の生き方に・・・焦燥的な憧れ> を持ちつつも、ついに芭蕉には

なれなかった、俳人の姿です。

あ、西行を戻します…

以前にも述べていまが、まさに西行の生きた時代は…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   
 
                       
源頼朝/鎌倉幕府の初代征夷大将軍    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(30)

【支折の言葉・・・ 1/4】


戦乱時代だったわけです。そうした時代に、諸国放浪できたのは、1つには、僧侶

/僧形だったからだと言われています」

「ふーむ…」高杉が、うなづいた。

その時代に…」支折が言った。「諸国彷徨(ほうこう/目的もなく歩き回ること)していて…

怪しまれなく、卑しめられなかったのは…

岡田健吉‏@zu5kokd1       
 
                         
古の年貢米の運搬             (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(31)

【支折の言葉・・・ 1/5】


唯一僧侶だけだった、と思われますわ。

もちろん…

当時でも、<都へ物資を運ぶ・・・物流> というものはありましたが、それには武装した

警護必要でした。また、盗賊流民(りゅうみん、るみん/居所を失って他郷をさすらう民・・・日本にもかつ

て存在したとされる、放浪民の集団)も居ましたが、そういう人々は、乞食(こつじき、こじき/食物や金銭を人

から恵んでもらって生活すること。また、その人。)同様で、卑しめられていました。

そうした中で…



 1月  20日

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                       
僧侶の旅姿                    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(32)

【支折の言葉・・・ 1/6】


<僧侶だけは・・・社会的地位もあり、仏罰のタタリも喧伝されていて・・・各地の寺社

を足場に、長旅も可能・・・> だったのでしょうか。

さらに、西行法師は…

<狭い貴族社会で・・・有名歌人>であり、 <北面武士 (ほくめんの・ぶし/…院御所の北

(北側の部屋) の下に、近衛として詰め、上皇の身辺を警衛、あるいは御幸に供奉した武士。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                         
芭蕉の旅姿          (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(33)

【支折の言葉・・・ 1/7】


11世紀末に白河法皇が創設。 院の直属軍として、主に寺社の強訴を防ぐために動員された。)でしたから…

鎌倉/鶴岡八幡宮境内で、偶然頼朝と出会い、鎌倉御所招待される、と言ったこ

ともあったわけですね。

この経緯も、以前に述べています」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                         
                  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(34)

【支折の言葉・・・ 1/8】


「それは…」高杉が、言った。「奥州/平泉へ、<大仏再建の・・・勧進(かんじん/寺社・仏像

の建立・修繕などのために、寄付を募ること。)に行く、途中ですね?」

「そうです…」支折が、コクリとうなづいた。「この頃

義経も、弁慶他と共に、日本海ルート奥州/平泉に向かっていました。<安宅の関(あ

たかの・せき/・・・

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                       
   歌舞伎/『勧進帳』                   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(35)

【支折の言葉・・・ 1/9】


…石川県小松市の、日本海側にある安宅に、守護/富樫氏が設けたと言われる関所)では…

歌舞伎有名勧進帳(かんじんちょう/如意の渡しでの出来事を基軸にした能の演目 『安宅』 を元に創られ

た歌舞伎の演目。歌舞伎十八番の一つで、松羽目物の先駆けとなった作品。) をくり広げ…

<奥州の・・・藤原3代の都/平泉・・・> へ、向かったわけですね。

義経・弁慶一行が…

平泉到着して間もなく奥州/藤原氏源頼朝軍勢に…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1       
 
        
  奥州/藤原3代 ・・・清衡 (きよひら)  基衡 (もとひら)  秀衡 (ひでひら)   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(36)

【支折の言葉・・・ 1/10】


…攻められ、滅亡しています。西行鎌倉頼朝と出会ったのは、まさに弓の弦ギリギ

と引かれた、<大軍勢の・・・押し出し前夜の・・・時期> だったわけですね。

西行は…

出発するからそれを知っていたし、勝敗も分かっていて、らの珍客として、奥州/

平泉を訪ねたわけですね。そして、大戦の濃厚空の下で、<歌人・・・西行> は、早々

平泉を辞したのでしょうか。

その動向は、往路・復路ともども、逐一、頼朝軍勢把握されたいたのでしょう。頼朝の、

奥州/平泉への手向け/はなむけ(/旅に出る人などに贈る、品物・金銭や詩歌など。餞別 (せんべつ )。)

だったのでしょうか。

源頼朝は…

<平家一族> 滅し<奥州/藤原氏の勢力> 滅し、それが完結して歴史が動き、

<武家政権/・・・鎌倉幕府の開闢(かいびゃく)・・・> となったわけですね。

<当時・・・義経と、西行法師は・・・平泉で会っていたのかどうか?>

この、ニアミスは…



 1月  21日

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
                       
西行像(MOA美術館蔵)          (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(37)

【支折の言葉・・・ 1/11】


古代(/日本史では・・・通常、古墳時代もしくは飛鳥時代から、平安時代中期または後期までの時期。)歴史ロ

マンとして、現在話題になっていますね。

うーん…

時代を告げています。平泉の側は、戦の準備でゆっくりとは歓待できず、西行もここ

戦場となれば、足手まといとなり、歌人のいるべき場所ではありませんでした。

それにしても…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
25歳で妻子を捨て、出家・遁世する西行 (俗名/佐藤義清)・・・自分に取りすがる幼い娘を、縁側から蹴落とす場面は有名  
                                                             (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(38)

【支折の言葉・・・ 1/12】


<滅亡直前の・・・奥州/平泉> には、から次々珍客が訪れていたわけですね。

<時の大戦略家/大戦術家の・・・義経主従> と、<有名歌人・・・親戚筋でもある

西行法師>訪問は、大きな喜びであり、慰めとなったと思われます。

ええと…

ともかく、西行は…

この時は、2度目奥州/平泉へのでした。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                          
佐藤入道西行                  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(39)

【支折の言葉・・・ 1/13】


<僧侶/僧形> でしたから、朝廷からの、<大仏再建の・・・勧進依頼の大役>

き受けい、この <2度目の・・・奥州/平泉への・・・大遠征の旅> が出来たわけです

ね。さすがに、<鳥羽院/鳥羽法皇(法皇: 仏門に入った上皇)の、元・北面武士ですよね。


次に…

<宗祇(そうぎ/姓は、飯尾(いのお/ いいお)というが定かではく、生国も、紀伊とも近江とも、言われている)の方

は…

<室町時代の・・・僧/連歌師(/連歌の宗匠(そうしょう)ですが…

若い頃京都相国寺(/京都市上京区にある臨済宗相国寺派大本山の寺院)に入り、30歳の頃連歌

志した…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                          
ボストン美術館 飯尾宗祇像 狩野派   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(40)

【支折の言葉・・・ 1/14】


…と言われています。

宗砌(そうぜい/山名時熙・持豊 (宗全) 父子の家臣で、俗名を高山民部少輔時重と称した)専順(せんじゅん/京都

六角堂 (頂法寺) の僧)心敬(しんけい/室町時代中期の天台宗の僧)に、連歌を学び…

東常縁(とう・つねより/室町時代中期から戦国時代初期の武将、歌人。美濃篠脇城主。)に、古今伝授(こきん・で

んじゅ/・・・勅撰和歌集である古今和歌集の解釈を、秘伝として師から弟子に伝えたもの。狭義では東常縁から宗祇に伝え

られ、以降相伝されたものを指す。)授けられたと言います。

また、東常縁である正宗龍統(しょうじゅう・りゅうとう/室町時代後期の臨済宗黄龍派の禅僧)から、

を学んだ、とも言います。

ええと…

文明5年(1473年)以後

公家将軍管領(かんれい/室町幕府において、将軍に次ぐ最高の役職。また、「関東管領」の略で、関東地方の

取締りに任じた者。)居住する上京(かみきょう)<種玉庵(しゅぎょく・あん)を…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                          
ボストン美術館 飯尾宗祇像 狩野派    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(41)

【支折の言葉・・・ 1/15】


…結び、近衛尚通(このえ・ひさみち/太政大臣・近衛政家の子。官位は従一位・関白、太政大臣、准三宮。近衛家

15代当主。)三条西実隆(さんじょうにし・さねたか/内大臣・三条西公保の次男。官位は正二位・内大臣。)といっ

公家や、細川政元など室町幕府上級武士と、交わっています。

また…

畿内有力国人(こくじん/室町時代・・・その地方(=国)土着の武士)や、周防大内氏若狭

田氏能登畠山氏越後上杉氏ら、各地の大名をたずね歩いています。

長享2年(1488年)3月には…



 1月  22日

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                       
猪苗代兼載/肖像画 (/会津若松市の自在院所蔵)  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(42)

【支折の言葉・・・ 1/16】


<北野連歌所・宗匠(/北野天満宮に設けられた、連歌活動を統轄する幕府機関の、宗匠) となり、

名実ともに・・・連歌界の第一人者> となっています。

ええ、この職はまもなく <兼載(けんさい/宗祇の師の心敬に師事し、宗祇と共に、連歌の黄金時代を築いた)

に譲り…

明応4年(1495年)6月に、兼載らと、新撰菟玖波集(しんせん・つくばしゅう) を…

岡田健吉‏@zu5kokd1       
 
                          
宗祇の墓 (/静岡県裾野市・・・定輪寺)   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(43)

【支折の言葉・・・ 1/17】


撰集しています。

宗祇は…

生涯を通じ、たびたび各地していますが…

文亀2年(1502年)に…

弟子宗長(そうちょう)宗碩(そうせき)らに伴われて越後から美濃に向かう旅の途中箱根湯

旅館没し駿河桃園(現:静岡県裾野市)/定輪寺(じょうりんじ/箱根湯本で客死した、連歌師宗祗

の墓や句碑があり、直筆の写経も伝わっています。)葬られた、という事ですね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                          
応仁の乱                         (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(44)

【支折の言葉・・・ 1/18】


ええ…

<応仁の乱> (おうにんのらん/・・・室町時代の応仁元年(1467年)に発生し、文明9年(1478年)までの約11

年間にわたって継続した内乱。室町幕府管領家の畠山氏、斯波氏の家督争いから、細川勝元と山名宗全の勢力争いに発

展し、室町幕府8代将軍足利義政の継嗣争いも加わって、ほぼ全国に争いが拡大した。)

以後…

<古典復興・・・の気運が高まり・・・

地方豪族、特に、国人領主層に・・・京都文化への関心と・・・連歌の大流行!>

…が見られた、という事ですね。

宗祇は…

連歌本来の伝統である・・・技巧的な句風> に、

新古今和歌集 以来の <中世の美意識である・・・

 

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                          
ボストン美術館 飯尾宗祇像 狩野派    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(45)

【支折の言葉・・・ 1/19】


・・・長(たけ)高く・・・幽玄(ゆうげん)にして・・・有心(うしん)なる心・・・> 表現した、と言わ

れます。

全国的連歌流行とともに、宗祇やその一門活動もあり、この時代は、まさに、<連

歌の黄金期> であった、と言われています、」

「うーむ…」高杉が、うなった。「そう言われても…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   
 
                          
水無瀬三吟百韻                     (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(46)

【支折の言葉・・・ 1/20】


連歌の会をやった事のない我々には、その良さが、分からないという事ですねえ、」

「そうですね…」支折が、小さくうなづいた。「ええと…

まず、連歌作品としては…

水無瀬三吟百韻 (みなせ・さんぎん・ひゃくいん/・・・宗祇とその高弟,肖柏,宗長の3人が水無瀬の後鳥羽院

御影(みえい)堂(水無瀬神宮)に奉納した連歌。作者は当代の代表的連歌師たちで,後世百韻連歌の模範とされた。)

湯山三吟百韻 (ゆのやま・さんぎん・ひゃくいん/摂津湯山(現神戸市有馬(ありま)温泉)で、肖柏(しょうはく)、宗長

(そうちょう)、宗祇(そうぎ)の3人でつくった。池田に住んでいた肖柏が2人を招いて催した会とされる。)

葉守千句 (はもり・せんく) があり、句集萱草(わすれぐさ)


 1月  23日

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                          
ボストン美術館 飯尾宗祇像 狩野派   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(47)

【支折の言葉・・・ 1/21】


老葉 (わくらば)下草 (したくさ)紀行文白河紀行筑紫道記 (つくしみちのき)

連歌論吾妻問答浅茅 (あさじ)などがあります。

宗祇には…

源氏物語注釈書/種玉編次抄 (しゅぎょくへん・じしょう/・・・連歌師の宗祇が著した 『源氏物語』

の源氏物語年立についての、注釈書。全1巻。) など、古典注釈書も多い様ですね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                          
ボストン美術館 飯尾宗祇像 狩野派    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(48)

【支折の言葉・・・ 1/22】


<和歌の・・・西行> <連歌の・・・宗祇><俳諧の・・・芭蕉>は、<3人とも・・・

漂泊の詩人> という事ですね、」

「ふーむ…」高杉が、アゴを当てた。「そもそも、連歌というのは、どういうものなのです

か? 短歌のような、和歌一種という事は…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(49)

【支折の言葉・・・ 1/23】


…何となく分かっていますが、」

「うーん…」支折が言った。「そうですね…

<連歌(れんが)というのは・・・

2人以上の人が・・・和歌の上の句と、下の句とを・・・

互いに詠み合って・・・続けて行く形式の・・・歌 >

…なのですが、最近は、あまり行われていない様ですね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1         

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(50)

【支折の言葉・・・ 1/24】


それで、連歌そのものが、馴染みのないものになっています。

でも…

<芭蕉は・・・

俳諧師/当時のスーパースターであり・・・各地に蕉門の門人を持ち・・・連歌の会を

催していた・・・>

…わけですよね。その発句が、俳句という事ですから。

でも…

連歌というのは…

現在は、あまり知られていないこともあり…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(51)

【支折の言葉・・・ 1/25】


正直、にとっても、弱点となっていて、よく分からない所があります。つまり、全く経験が

無いわけです、」

「ふーむ…」高杉が、首を傾げた。「確かに、今は…

<短歌の・・・五・七・五・七・七> と、<俳句の・・・五・七・五> だけに、なっている様

で.すねえ。



 1月  24日

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
                         
和歌(わか)とは・・・短歌型式の古典詩       (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(52)

【支折の言葉・・・ 1/26】


ま、は、そのことに関しても、詳しいことを、知っているわけではありませんがね、」

「ええと…」支折が言った。「インターネット辞典/Wikipedia』 によると、こういう説明

なっています。


★★

<連歌(れんが)は・・・

日本の古来に普及した・・・伝統的な詩形の一種。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
                           
連歌                          (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(53)

【支折の言葉・・・ 1/27】


5・7・5の発句と、7・7の脇句の・・・

長短句を、交互に複数人で連ねて詠んで・・・一つの歌にしていく。

奈良時代に、原型ができ・・・

平安時代半ばに、長短2句を唱和する ★ 短連歌 が流行して・・・

やがて、連ねて長く読まれる、★ 長連歌 になり・・・

鎌倉時代・初期に・・・

 

岡田健吉‏@zu5kokd1       
 
                         
14世紀頃の連歌会の様子       (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(54)

【支折の言葉・・・ 1/28】


50、100、120句と連ね・・・

鎌倉時代・後期に・・・

100句を基本型とする形式の、★ 百韻(ひゃくいん)が主流となる・・・

南北朝時代から・・・

室町時代にかけて、大成されたが・・・戦国時代末に衰えた。

多人数による、連作形式を取りつつも・・・

厳密なルール(/式目)を基にして・・・全体的な構造を持つ・・・

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                            
『絵本太閤記』 光秀連歌の図           (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(55)

【支折の言葉・・・ 1/29】


百韻(ひゃくいん/発句から挙句(あげく/最後の句) までの1巻が、100句から成る形式。)を単位として・・・

千句、万句形式や・・・

五十韻、歌仙(かせん/36句)形式もある。

和歌の、つよい影響のもとに成立し・・・

後に、★ 俳諧の連歌や・・・★ 発句(俳句)が、ここから派生している。>


…という事です、」

「ふーむ…」高杉が、うなった。「相当に…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
 
     湯築城跡 (/松山市道後公園) の武家屋敷 (復元) 内に再現されている連歌の催し。上座には指導者の宗匠、
               手前右には句を書きとめる執筆
(しゅひつ) 役の武士が坐っている。     (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(56)

【支折の言葉・・・ 1/30】


複雑な様ですねえ、」

「はい…」支折が、うなづいた。「ええ…

芭蕉は、<雪舟の・・・絵> と、<利久の・・・茶> にも言及していますが、それはまた、

後で考察することにしましょう。

まず、笈の小文 <・・・序章・・・> ら、次に進みましょうか、」


 1月  25日

岡田健吉‏@zu5kokd1    

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(57)

【支折の言葉・・・ 1/31】


「あ、ええと…」支折が言った。「申し訳ありません…


<・・・序章・・・> は、もう少し残っていますね。続けます。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                         
 松尾芭蕉像 (/葛飾北斎画 )   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(58)

【 原文・・・2/1 】


しかも風雅におけるもの、造化
(ぞうか/天地万物)にしたがひて四時(しいじ/四季)を友とす。

見る処花にあらずといふ事なし。おもふ所月にあらずといふ事なし。

(ぞう)花にあらざる時は夷狄(いてき/野蛮人)にひとし。心(こころ)花にあらざる時は鳥獣

に類(るい)ス。夷狄を出(いで)、鳥獣を離れて、造化にしたがひ、造化にかへれとなり。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                          
芭蕉の旅姿        (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(59)

【 現代語訳・・・2/1 】


しかも、俳諧というこの風雅の道は、天地万物にしたがって、四季折々の移り変わりを友と

することである。

見るものすべてが花であり、思う所すべてが月のように美しい、というようでなければなら

ない。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
                                                            1680年・・・松尾芭蕉が深川芭蕉庵に転居       (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(60)

【 現代語訳・・・2/2 】


見るものに花を感じないなら野蛮人であり、心に花を思わないなら鳥や獣と同類だ。野蛮

人や鳥獣の境地を離れて、天然自然に従い、天然自然に帰れというのだ。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1       
『百人一首/86番・西行法師』 ★ なげけとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(61)

【支折の言葉・・・ 2/1】


「ええ…」支折が言った。「<・・・序章・・・> 登場する…

<歌人・・・西行> や、<連歌師・・・宗祇> について、少し長く説明して来ましたが、こ

こでは、<・・・序章・・・> 内容について考察して置きましょう。

全体意味については、【 現代語訳 】説明しているので…



 1月  26日

岡田健吉‏@zu5kokd1       
    俳聖芭蕉は伊賀上野の人。通称松尾忠右衛門平宗房といい、祖先は平宗清。藤堂家の臣、松尾与左衛門の次男で、
               正保元年の生、母は桃地氏、四国宇和島出身と言われています。      (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(62)

【支折の言葉・・・ 2/2】


必要ないとおもますが、<この時・・・芭蕉の置かれていた、心境・・・> について、そ

概略というものを、考察して置きたいと思います。これは芭蕉考察するうえで、その

となるものです。

ええ、塾長

<西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶におけ

る、其(その)貫道する物は一なり・・・> と…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1       
  雪舟/・・・慧可断臂図 (えかだんぴず)・・・禅宗の初祖/ダルマと、2祖/慧可の図 ・・・(国宝)   (ネットより画像借用)   

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(63)

【支折の言葉・・・ 2/3】


<見る処花にあらずといふ事なし・・・おもふ所月にあらずといふ事なし・・・>

これらの1節は、どう思われますか?」

「うーむ…」高杉が、を止めた。「そうですねえ…

<西行の和歌における・・・宗祇の連歌における・・・雪舟の絵における・・・利休が茶

における・・・

 

岡田健吉‏@zu5kokd1       
 千利休/安土桃山時代/天正18年(1590) 竹一重切花入(たけいちじゅうぎりはないれ) 銘 園城寺(めい おんじょうじ)
                                                              (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(64)

【支折の言葉・・・ 2/4】


・・・其貫道する物は一なり・・・>

これを、一言説明しろというのは、困難でしょう。あえて、一言で言えというなら、芭蕉

言う様に…

<・・・其(その)、貫道する物は一なり・・・>

…という事でしょう。

しかし、これを理解するには…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1       
 『泪の茶杓』・・・天正19年(1591年)2月、豊臣秀吉に切腹を命ぜられた千利休が、自ら削り、最後の茶会に用いた茶杓                                                                                                                                               (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(65)

【支折の言葉・・・ 2/5】


…まさに、<芭蕉の心境・・・芭蕉の境地>…に、到達する必要があるし、歌人はともか

く、<雪舟の・・・絵> や、<利休の・・・茶> 境地に、到達しなければならないでしょ

うねえ。まあ、<一芸に達する者は・・・諸芸に達する> と、言いますがね。

さて…

あらためて…

その <芭蕉の心境・・・芭蕉の境地> というのは…

<見る処・・・花にあらずといふ事なし。おもふ所、月にあらずと・・・

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                       
千利休像 (長谷川等伯画、春屋宗園賛 )  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(66)

【支折の言葉・・・ 2/6】


・・・いふ事なし。>

…の1節に見ることができます。これは、知る限り<禅的な・・・悟りの境地> を示

しています。

<像、花にあらざる時は、夷狄にひとし・・・心、花にあらざる時は、鳥獣に類ス・・・>

…とあるのは、その説明です。

ただ…

<夷狄(いてき/野蛮人) は、その全てが…



 1月  27日

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                       
                  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(67)

【支折の言葉・・・ 2/7】


…見るものにを感じないかというと、それは言い過ぎですし…

鳥獣は、を思わないかというと、それも思慮に欠けるというものです。鳥獣にも、

仲間を思う優しい心は有るのです。

しかし…

ここは、<削り落とされた・・・芭蕉の鋭い表現力・・・> であり…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                         
 松尾芭蕉像 (/葛飾北斎画 )   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(68)

【支折の言葉・・・ 2/8】


…その言わんとしている所は…

<それを対極に置き・・・禅的な悟りの境地を表現・・・> しているわけです。

そして…

<芭蕉の・・・風雅・風狂(ふうきょう/風雅に徹し他を顧みないこと)の求道(ぐどう/仏の正しい道を求めるこ

と。転じて、人の世の道理を求めること。)・・・> とは、その <禅的な・・・悟りの境地> から、さら

横道1歩踏み出し<風雅・風狂の妄執(もうしゅう/妄執とは、妄想がこうじて、ある特定の考えに

囚われてしまう事、またはその状態を指す)へと・・・その深い、文学的魔境の・・・

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                         
僧侶の旅姿                  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(69)

【支折の言葉・・・ 2/9】


・・・探求者/求道者・・・> となった、という事でしょう。

仏教者/禅僧ならば…

<禅的覚醒/悟りは・・・1つの完成形> であり…

そこから、<僧侶本来の…衆生救済という大テーマに・・・取り掛かる> ことになりま

す。しかし、芭蕉僧侶ではなく、<衆生(しゅうじょう/生きているもの全て)救済という・・・宗教

的義務も、人生的テーマ> も…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   
                           芭蕉庵                   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(70)

【支折の言葉・・・ 2/10】


…ありません。

この <・・・序章・・・> を読めば、芭蕉は、天職俳諧師であると、芭蕉自身が気づき、

僧侶になる事も、出世する事も、断念した様ですねえ。

芭蕉は…

あくまでも、<風雅風狂の・・・求道者たらんとした・・・> という事です。他の道も求めて

みたが、俳諧にとりつかれ…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        
                                                            1680年・・・松尾芭蕉が深川芭蕉庵に転居       (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(71)

【支折の言葉・・・ 2/11】


…その <妄執のために・・・他の道を断たれた・・・> と言うことでしょうか。

が…

細々聞く所によれば…

<芭蕉の求道の道は・・・妄執であり・・・非常に苦しいもの・・・>だった様ですねえ、」

「はい…」支折が、うなづいた。「芭蕉には、<風雅への・・・妄執・・・> があった様です

ね。



 1月  28日

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
                       
                  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(72)

【支折の言葉・・・ 2/12】


例えば、“黄昏(たそがれ)て行く空” を見つめて…

<いいなあ・・・

と思うだけでなく・・・

死ぬほど・・・このまま死んでしまいたいほど・・・

いいなあ・・・と思う所が・・・

求道者/芭蕉の異常性であり・・・苦しいほどの・・・妄執(もうしゅう) ・・・>

…なのだ、と言われます」

支折が、傍(かたわ)らのススキの穂を、ジッ見つめた。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1       
                                                            1680年・・・松尾芭蕉が深川芭蕉庵に転居       (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(73)

【支折の言葉・・・ 2/13】


芭蕉は…」支折が言った。「この、ススキを見て…

<この、存在感を・・・

死ぬほど・・・狂おしいほどに・・・いいなあと思う・・・

こうした万物や・・・人の営みの中で・・・

芭蕉は・・・超越的な・・・苦しい芸術的感性の旅・・・>

…をしていたのでしょうか?それは、苦しい恋をしているのと、似ているとも、言われます。

凡人は…

多少、ソレを、思いつつも、<そこに・・・飛び込み・・・没入・・・> して行く…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
                                                            1680年・・・松尾芭蕉が深川芭蕉庵に転居       (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(74)

【支折の言葉・・・ 2/14】


勇気は、とてもありません。

一方…

<禅者は・・・それを “空(くう/仏教用語: すべての存在は、直接原因、間接原因によって成立したもので、存

在にはその本質となるべきものがないと説き、これを <空> という。空は仏教全般に通じる基本的な教理)” として・・・

受容して行く・・・> のでしょうか?」

「そうですねえ…」高杉が、を傾げた。「芭蕉の…

<事物の・・・全存在感の・・・積極的な肯定は・・・禅的な覚醒/悟り・・・> から来る

ものでしょう。しかし、芭蕉は、それを、<空として悟らずに・・・あえて、人間性的感性

への・・・求道の道を・・・突き進んでいる・・・> という事でしょうか。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   
                           芭蕉庵                   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(75)

【支折の言葉・・・ 2/15】


芭蕉は…

<そうした、存在感の・・・芸術的感性に・・・人生の全てを捨てて・・・勇敢に・・・飛び

込んで行った・・・> わけですねえ。

は、芭蕉について、それほど詳しいわけではありませんが、今回、それについて、学ん

で行きたいと思っています」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    
                                                              1680年・・・松尾芭蕉が深川芭蕉庵に転居     (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(76)

【支折の言葉・・・ 2/16】


「はい…」支折が、コクリとうなづいた。「塾長がいると、心強いですわ。

くり返しますが…

芭蕉は、江戸時代・初期/元禄文化の頃の俳人です。奥の細道 は、元禄2年(1689年)

3月末に、門人/河合曾良を伴って、江戸出発し、奥州北陸道を巡ったですね。

江戸五街道(/江戸時代の江戸・日本橋を起点に伸びる東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の五つを指

した陸上の幹線道。1601年(慶長6年)に徳川家康が全国支配のために、江戸と各地を結ぶ五街道の整備し始め、2代将

軍秀忠の代になって基幹街道に定められた。)が、整備されて来た頃の事です。

江戸時代・中期の与謝蕪村や、江戸時代・後期の小林一茶も…

芭蕉に、強く憧れながら、<芭蕉の様に・・・全てを・・・捨て切ること・・・> は、ついに、

出来なかったわけです。そこに、“芭蕉との・・・格の違い・・・がある”…のでしょうか?

ええと、ともかく…

次章の、<・・・旅立ち・・・> へ、進みましょうか、」



 1月  29日

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                       
                                (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(77)

【 原文・・・3/1 】

<・・・旅立ち・・・>

 

神無月(かんなづき/陰暦10月)の初、空定めなきけしき、身は風葉(ふうよう/風に吹き散らされる木

の葉)の行末なき心地して、


★ 旅人と我名よばれん初しぐれ


     又山茶花を宿ゝ
(しゅくじゅく)にして


岩城(いわき/磐城国・・・福島県いわき市)の住、長太郎と伝もの、此脇を付て其角(きかく/宝井其

角・・・蕉門十哲の1人)亭におゐて関送りせんともてなす。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                       
松尾芭蕉像 (/葛飾北斎画 )   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(78)

【 現代語訳・・・3/1 】


神無月のはじめ(/貞享4年10月)、空模様は晴れるとも雨ともつかない様子な中、わが身は

風に吹かれる木の葉のように、行先がわからない気持ちがして…


★ 旅人と 我名よばれん 初しぐれ


      初しぐれが近づく時期に・・・

         私は旅に出立する・・・

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                       
                  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(79)

【 現代語訳・・・3/2 】


           行く先々で・・・

               私は、旅人と呼ばれることになろう・・・


    又山茶花を宿ゝ(しゅくじゅく)にして

         そして、山茶花の咲く各地の宿に、泊まりを重ねよう


岩城(いわき/磐城国・・・福島県いわき市)の住人、長太郎というものがこのような脇句をつけて、其

(きかく/宝井其角・・・蕉門十哲の1人)亭で見送りの宴を開いてくれた。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                          
芭蕉の旅姿        (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(80)

【 支折の言葉・・・3/1 】


「ええ…」支折が、を当てた。「笈の小文 <・・・旅立ち・・・> ですね…

芭蕉が、44歳の時・・・貞享4年(1687年)10月の事でした。

この、3年前

貞享元年(1684年) 8月に…

芭蕉は、同じこの深川/<芭蕉庵>から、野ざらし紀行出立しています。いずれも

同じ、故郷/伊賀上野で、越年(えつねん/年越し)しています。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
野ざらしを 心に風の しむ身かな・・・と刻まれています  三重県伊賀市/芭蕉の森・常住寺  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(81)

【 支折の言葉・・・3/2 】


野ざらし紀行 では、門人/苗村千里を伴っての旅立ちで、その時の旅立ちの句が…


★ 野ざらしを 心に風の しむ身かな

道中に行き倒れ・・・

    髑髏(しゃれこうべ、どくろ)を野辺に晒(さら)そうとも・・・

        覚悟の風流の旅であるが・・・

            風の冷たさが・・・

                やたらこたえる、我が身であることだ・・・


…と、文字どおり、(しかばね)(さらす)すのも覚悟の、決死の旅立ちであり…それま

蓄積して来た、俳人としての実力を確かめ、俳句新風確立するための旅立ちでした

が…



 1月  30日

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                          
芭蕉の旅姿        (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(82)

【 支折の言葉・・・3/3 】


この、<旅立ちの句/・・・最初の句> に見る様に、まさに、”強い決意とは・・・裏腹に

・・・心もとない・・・芭蕉の旅立ち・・・” でした。私達も、共感しますよね。

それから…

3年が経ち

笈の小文 の、<旅立ちの句/・・・最初の句> は…


★ 旅人と 我名よばれん 初しぐれ


…は、まさに、<和歌の・・・西行> <連歌の・・・宗祇(そうぎ) <絵の・・・雪舟>

<茶の・・・利休> に…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
                          
芭蕉の旅姿        (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(83)

【 支折の言葉・・・3/4 】


比肩し得る、<俳句の・・・芭蕉> を、自認しています。

<・・・其(その)、貫道する物は一なり・・・> とは、俳句 “その1つであり・・・私が、そう

だ” と、言っているわけです。

そして…

まさに <芭蕉は・・・彼等と比肩して劣らない・・・文学史的評価・・・> を、この3年間

得ているわけですね。もちろん芭蕉は、今日のような評価になる事までは…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                          
山茶花(さざんか/・・・冬の季語    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(84)

【 支折の言葉・・・3/5 】


予想していなかったと思いますが。

ええと…

この <旅立ちの句/・・・最初の句> の、 <脇句(わきく) について、簡単説明して

置きましょうか。

つまり…

岩城(いわき/磐城国・・・福島県いわき市)住人長太郎という者の脇句


★ 又(また)山茶花(さざんか/・・・冬の季語)を宿ゝ(しゅくじゅく)にして


…ですね、」

「ああ…」高杉が、うなづいた。「はい…それが、少し気になっていました、」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                          
芭蕉の旅姿        (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(85)

【 支折の言葉・・・3/6 】


「はい…」支折が、うなづいた。「連歌、俳諧において…

巻頭発句(ほっく)に続く、第2句を言う様ですね。句形は、発句5・7・5 に対し、脇句

7・7です。

そして…

<発句が・・・客の役> であるのに対し、<脇句は・・・古来、亭主の役>とされます。

に対する挨拶の心をもって、発句の言い残した言外余情を、継ぐように

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
                          
芭蕉の旅姿        (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(86)

【 支折の言葉・・・3/7 】


付けるもの、と言います。つまり、其角亭(きかくてい/芭蕉の1番弟子と言われる、宝井其角の住居)

見送りの宴を開いてくれたのは、この岩城(いわき/磐城国・・・福島県いわき市)住人長太郎

という者で、亭主に当たります。

そして…

止まりは、韻字(いんじ/連歌・俳諧で、句末を結ぶ言葉。漢詩文で、句末で韻を踏んでいる字。)止めが、普通

とか。うーん…<脇句は・・・韻字止め>…ですかあ。

『インターネット辞書』 を引いて見ると…

<韻字(いんじ)止め/韻字留> とは…

<俳諧の連句で・・・ 一句の終わりを、名詞などの、漢字で書き表わせる語で、結ぶ

こと・・・>…だそうです。

うーん…

 10月  1日

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                          
山茶花(さざんか/・・・冬の季語    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(87)

【 支折の言葉・・・3/8 】


これも、徘徊連歌の流れの中で、実際にやってみないと、イメージが湧かないですよね。

ともかく…

ここでは <脇句(わきく)というものを、小耳は挟んでおきましょうか、」

「うーむ…」高杉が、うなづいた。「つまり、こういう事ですか…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                        
     蕉門の高弟/宝井其角(たからい・きかく)  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(88)

【 支折の言葉・・・3/9 】


★ 又(また)山茶花(さざんか)を宿ゝ(しゅくじゅく)にして/

        そして・・・

             山茶花の咲く各地の宿に・・・・

                   泊まりを重ねましょう・・・


…という <脇句> になる、という事ですかね?」

「そうですね…」支折が、ゆっくりとうなづいた。「今度は…

旅の先々で、蕉門(しょうもん)門人達が、今か今かと、芭蕉到着を待ちわびています。そ

こへ乗り込んでいく、余裕ですよね、」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
                          
『奥の細道』 ・・・蕉門十哲の、河合曾良を同行
   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(89)

【原文・・・4/1 】


★ 時は冬 よし野をこめん 旅のつと


此句(このく)露沾公(ろせんこう/内藤露沾(ないとう・ろせん)・・・江戸時代中期の俳人。磐城平藩主内藤義泰

 (内藤風虎 ) の次男)より下し給(たま)はらせ侍(はべ)りけるを、はなむけの初として、旧友、

親疎(しんそ/関係が親しいか、疎(うと)いかということ)、門人等、あるは詩歌文章をもて訪ひ、或は

草鞋(わらじ)の料を包みて志を見す。かの三月の糧を集に力を入ず。紙布・綿小など

いふもの、帽子・したうづやうのもの・・・

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(90)

【原文・・・4/2 】


・・・ 心ゝに送りつどひて、霜雪の寒苦をいとふに心なし。あるは小舟をうかべ、別墅

(べっしょ/しもやしき、別荘)にまうけし、草庵に酒肴携来(さけさかな・たずさえきた)りて行衛(ゆくえ/

行くべき目当ての所)を祝し、名残をおしみなどするこそ、ゆへある人の首途するにも似たり

と、いと物めかしく覚えられけれ。



 10月  2日

岡田健吉‏@zu5kokd1   
                              磐城平藩/維新後に設置された仮藩庁    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(91)

【現代語訳・・・4/1 】


★ 時は冬 よし野をこめん 旅のつと (/つと・・・は、土産のこと)


今は冬ですが・・・

     吉野につく頃には・・・

          すっかり、花/桜の季節でしょう・・・

     吉野で、すばらしい花の句を詠んで・・・

          是非、お土産に持って帰ってください・・・


この句は…

岩城の城主/内藤家の次男/露沾公(ろせんこう)からたまわったものだが…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
                    
荘子             (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(92)

【現代語訳・・・4/2 】


…これを餞別(せんべつ/・・・句選別)のはじめとして、旧友、親類、門人らが集まり、ある者は

詩歌や文章をもってきて訪ねてくれ、あるいは道中の草鞋代(わらじだい)を包んで志(こころざし)

をあらわしてくれる。

荘子(そうし、そうじ/紀元前369年頃~紀元前286年頃の、中国戦国時代の思想家/道教の始祖の1人)  には…

千里先に旅立つには、三カ月かかって食料を用意せよとあるが、私は周りの人々の…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
                          紙衣(かみころも、かみこ、しえ/和紙を材料とした着物、) (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(93)

【現代語訳・・・4/3 】


…おかげで、そこまで力を入れることもいらなかった。

紙衣(かみころも、かみこ、しえ/和紙を材料とした着物、)・綿子(わたこ/真綿をそのまま縫って作った、防寒衣や、か

ぶり物)などというもの、帽子、足袋(たび)といったものが心ゝ(/心心・・・こころごころの贈り物とし

て集まり、霜や雪の寒さに震える心配も無い。

ある者は…

隅田川に小舟を浮かべ、別荘で送別の宴会を開き、私の草の庵に酒と肴(さかな)を…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(94)

【現代語訳・・・4/4 】


…持ってきて道中を祝してくれ、名残を惜しんだりするのは、それなりに立派な人が出発

するようでもあると、たいそう物々しく思われたことだなあ。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   
                              吉野の千本桜             (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(95)

【支折の言葉・・・4/1 】 


「うーん…」支折が、首を傾げた。「ええと…


★ 時は冬 よし野をこめん 旅のつと (/つと・・・は、土産のこと)


この句は…

露沾公(ろせんこう)岩城平(いわきだいら/・・・磐城平藩は、現在の福島県の浜通り南部を治めた藩)の城主

/内藤義泰(俳号; 風虎)次男/義英の、<句餞別(くせんべつ) ですね。

露沾は、天和2年(1682年)に、若くして隠棲し…



 10月  3日

岡田健吉‏@zu5kokd1      
                                                            1680年・・・松尾芭蕉が深川芭蕉庵に転居       (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(96)

【支折の言葉・・・4/2 】 


俳諧に親しんだ様です。は、西山宗因・派(にしやま・そういん・は/・・・西山宗因は、本名は西山豊

一。父は加藤清正の家臣/西山次郎左衛門。通称次郎作。)と言われますが、<蕉門(しょうもん/芭蕉の門人、

およびその門流) とも交流があった様です。<蕉風(しょうふう/芭蕉、およびその門流の俳風)/蕉門

に、相当傾倒していた様ですね。

<蕉門/蕉風> については、別途考察します。

それから…

岩城の住人/長太郎が、<其角亭での・・・送別会の亭主> という事ですが、

城平の城主/内藤家家臣の様ですね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
                     江戸/深川木場の風景                (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(97)

【支折の言葉・・・4/3 】 


従って、露沾公(ろせんこう)立場も、<句餞別> 納得できます。

それから…

<其角亭> 場所ですが、<芭蕉庵> と同じ、江戸/深川木場にあった様ですね。今

でも、東京都/江東区町名に、深川木場、がありますが、ここにあったのは、宝井其角

別邸という事になるのでしょうか?

 

深川・木場は江戸のウォーターフロント! 絵をよく見ると、張り巡らされた水路に沢山の材木が浮かんでいるのがわかりま
すね。独特の雰囲気です。
                                  (ネットより画像借用) 


岡田健吉‏@zu5kokd1     
                
  其角の住居跡/日本橋茅場町1-6-10 (日幸茅場町ビル)  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(98)

【支折の言葉・・・4/4 】 


其角は…

<蕉門十哲の中でも・・・第1の門弟> とされていますが…

うーん…

其角は、江戸堀江町(/現町名: 中央区日本橋小舟町、日本橋小網町)で、近江国・膳所藩(おうみこく・ぜ

ぜはん/近江国・滋賀郡・膳所の膳所城(現在の滋賀県大津市)に藩庁を置いた藩。本多家/7万石/譜代大名。近江国

では彦根藩(井伊家)に次ぐ規模)/御殿医(ごてんい/幕府や大名に召しかかえられた医者)/竹下東順長男

として、生まれています。

そして…

其角住居跡は、東京都/中央区/日本橋茅場町に、石碑がある様ですから、深川

木場の…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
                              宝井其角                  宝井其角   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(99)

【支折の言葉・・・4/5 】 


<其角亭> は、別邸ではなかったかと、推測したわけです。どうなのでしょうか?」

「さあ…」高杉が、苦笑した。「は…

芭蕉について、支折さんほどと知識はありません。多少、分かるのは、その禅的風景

けです、」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
                          
芭蕉庵                 (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(100)

【支折の言葉・・・4/6 】 


「はい…」支折も、苦笑した。「ええ、を進めます…

ここは、<・・・旅立ち・・・> と言っても、まだまだ、江戸出発しているわけではありませ

んね、」



 10月  4日

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
           
小倉百人一首・・・35番/紀貫之 ・・・/古今集・・・巻1/春上   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(101)

【 原文・・・5/1 】


<・・・道の日記・鳴海・吉田・保美・・・>


(ぎょう ?)、道の日記(/紀行文)といふものは、紀氏(/紀貫之)・長明(/鴨長明)・阿仏の尼

(あぶつのあま・・・阿仏尼/鎌倉時代中期の女流歌人。『十六夜日記(いざよいにっき) の作者。京都から鎌倉までの道

中をつづる )の、文をふるひ情を尽してより、余は皆(みな)(おもかげ)似かよひて、其(その)

糟粕(そうはく/酒のかす)を改る事あたはず。まして浅智短才(せんち・たんさい/知恵や才能が無いこ

と)の筆に及べくもあらず。其日(そのひ)は雨降(あめふり)、昼より晴て、そこに松有(まつあ

り)・・・

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                          
方丈記 (ほうじょうき)・・・鴨長明 』        (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(102)

【 原文・・・5/2 】


…かしこに何と伝(いう)川流れたりなどいふ事、たれゝもいふべく覚侍(おぼえはべ)れども、

黄奇蘇新(こうきそしん/中国宋代の詩人黄庭堅 (こうていけん/号は山谷道人) の詩の奇警さと、蘇軾 (そしょく/東

坡)の詩の斬新さをいう。)のたぐひにあらずは伝事(いうこと)なかれ。

されども其(その)所ゝ(/所々)の風景心に残り、山館野亭(さんかん・やてい/山に泊まり野に伏す旅寝

のこと)のくるしき愁(うれい)も且(しばらく)ははなしの種となり、風雲の便りともおもひなして、

わすれぬ所ゝ(/所々)後や先やと書集(かきあつめ)(はべ)るぞ・・・

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
                          
  方丈記 (ほうじょうき)・・・鴨長明 』      (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(103)

【 原文・・・5/3 】


・・・猶酔ル者の 【リッシンベン+「孟」】 語にひとしく、いねる人の譫言(・・・うわごと/酔っ払

いの、分けのわからない言い草)するたぐひに見なして人又亡聴(ぼうちょう/聞き流す)せよ。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                    
十六夜日記 (いざよいにっき) ・・・阿仏尼 (あぶつに)    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(104)

【 現代語訳・・・5/1 】


(仰)そもそも、紀行文というものは、紀貫之・鴨長明・阿仏尼が文筆をふるい心を尽くして

からというもの、その他はみな内容は似たもので、それらの粕をばかり嘗(な)めて新しいこ

とは何も無い。まして知恵や才能が無いものの筆で何か新しいことが描き出せるわけでも

ない。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
        
阿仏尼 (あぶつに)/・・・後高倉院の皇女・安嘉門院に仕え、四条と名乗った女房   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(105)

【 現代語訳・・・5/2 】


「その日は雨がふり、昼から晴れて、そこに松があり、あっちに何という川が流れてい

る」

などという事は、誰も誰も言いたくなるものだが、表現の新しさ・奇抜さを以って知られた黄

庭堅や蘇東坡の類ででもなければ、言うものではない。



 10月  5日

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
       
阿仏尼 (あぶつに)/・・・後高倉院の皇女・安嘉門院に仕え、四条と名乗った女房   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(106)

【 現代語訳・・・5/3 】


しかしその所々の風景が心に残り、山や野で旅寝することの苦しい愁いもまた話の種とな

り、自然に親しみ句を詠むよすがともなると考えて、忘れられない所々のことを前後も整え

ず書き集めてみたのだが…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
                                                            1680年・・・松尾芭蕉が深川芭蕉庵に転居       (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(107)

【 現代語訳・・・5/4 】


…なんとまあ酔っ払いのざれ言に等しく、寝ている人のうわ言のたぐいと考えて、読者もま

た、いい加減に聞き流してほしい。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
     
                                             (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(108)

【 支折の言葉・・・5/1 】


「ええ…」支折が言った。「いよいよ、江戸出発していますが…

この、<・・・道の日記・鳴海・吉田・保美・・・> の章に入っても…

<仰、道の日記といふものは・・・/=そもそも、紀行文というものは…>

…という、紀行文<蘊蓄(うんちく/ 十分研究して、たくわえた深い知識)から始まっています。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                          
山茶花(さざんか/・・・冬の季語    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(109)

【 支折の言葉・・・5/2 】


笈の小文原文が、そうなっているのですから、退屈でも、私達もそれに従います。

まず、<原文/・・・現代語訳> では…

<・・・紀氏・長明・阿仏の尼の、文をふるひ情を尽してより、余は皆俤似かよひて、其

糟粕を改る事あたはず。まして浅智短才の筆に及べくもあらず。>



 10月  6日

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                         
                (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(110)

【 支折の言葉・・・5/3 】


</=

紀貫之・鴨長明・阿仏尼が文筆をふるい心を尽くしてからというもの、その他はみな内容は

似たもので、それらの粕をばかり嘗めて新しいことは何も無い。まして知恵や才能が無い

ものの筆で何か新しいことが描き出せるわけでもない。>

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        
 
                         
                       (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(111)

【 支折の言葉・・・5/4 】


…とあるわけですね。

この文意については、<原文・・・現代語訳> があるので、あらためて説明する必要

ないですね。

そこで…

まず、<紀貫之 ・ 鴨長明 ・ 阿仏尼> について、いずれも有名文筆家であり歌人です

が、あらためて、簡単説明して置きましょうか。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   紀貫之  

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(112)

【 支折の言葉・・・5/5 】


<紀貫之> は…

当/《HomePage/人間原理空間》 で、土佐日記/・・・ジャンプ・・・考察している

ので、その人物像については、かなり詳しく説明されていると思います。従って、ここで

は、概略だけを説明して置きます。

ええ、改めて…

<紀 貫之> は…

平安時代・前期~中期にかけての…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    
            『古今和歌集・・・巻2/春歌下』
・・・ 『小倉百人一首・・・9番/小野小町』   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(113)

【 支折の言葉・・・5/6 】


貴族であり、歌人です。<官位は・・・従五位上・木工権頭(むくの・ごんのかみ/木工寮(もくり

ょう)は律令制において、宮内省に属する機関。 主に造営、および材木採集をつかさどり、各職工を支配する役所。) 、贈

(ぞう/死後に朝廷から官位をおくること)従二位> です。

つまり、中堅クラス貴族で、ひと財産をつくるには、地方国司として赴任しなければな

りません。土佐日記 は、その土佐国からの、海路での帰路日記ですね。

ええと、それからは…

古今和歌集選者の1人ですね。また、<三十六歌仙(/藤原公任(きんとう) 『三十六人撰』

に載っている平安時代の和歌の名人36人の総称)・・・の1人> です。

 

あ…

古今和歌集(/平安時代前期の勅撰和歌集。全二十巻。勅撰和歌集として最初に編纂された。) は…

延喜5年(905年)

第60代/醍醐天皇(だいご・てんのう)による…

の、<勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう/天皇や上皇の命により編纂された歌集) で、<紀友則(き

の・とものり) ・紀貫之(きの・つらゆき) ・凡河内躬恒(おおし・こうちの・みつね)・壬生忠岑(みぶの・ただ

みね) の…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 ★
久方の ひかりのどけき 春の日に しづ心なく 花のちるらむ   古今和歌集    小倉百人一首・・・33番/
                                                       紀友則       (ネットより画像借用)   

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(114)

【 支折の言葉・・・5/7 】


4人撰集(せんじゅう)し、天皇に奉(たてまつ)っています。

また

<仮名による序文である・・・仮名序(かなじょ/・・・『古今和歌集仮名序』 は、『古今和歌集』 に添えられ

た2篇の序文のうち、仮名で書かれているものの方の名称。通常は単に 『仮名序』 という。執筆者は紀貫之。初めて本格

的に和歌を論じた歌論として知られ、歌学のさきがけとして位置づけられている。)執筆しています。


「やまとうたは人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」


…で始まる <仮名序> は、後代日本文学に大きな影響を与えました。


 10月  7日

岡田健吉‏@zu5kokd1   紀貫之  

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(115)

【 支折の言葉・・・5/8 】


それから、土佐日記著者であることはよく知られていますし、小倉百人一首 にも

収録されています。

従って、日本文学史上において、超有名人ですよね。

次に…

<鴨長明(かもの・ちょうめい) ですが…

高杉・塾長は、鴨長明については、何か特別な思い、と言うものは…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
                          
徒然草絵巻  作者/海北友雪(1598~1677年)  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(116)

【 支折の言葉・・・5/9 】


…あるのでしょうか。方丈記有名ですが、」

「いや…」高杉が、を傾げた。「方丈記冒頭ぐらいは、読んだことがありますが、そ

の程度です」

「実は…」支折が、微笑した。「も、その程度知識しかありません。

でも…

方丈記徒然草 は…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                          
方丈記 (ほうじょうき)・・・鴨長明 』        (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(117)

【 支折の言葉・・・5/10 】


…この芭蕉笈の小文 の次に、考察しようと考えています。

そういうわけで、<鴨長明> についても、ここでは概略だけを述べて置くことにます。

ええ…

あらためて…

<鴨 長明(かもの・ちょうめい/かもの・ながあきら)は、平安時代・末期 ~ 鎌倉時代・前期にか

けての…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                         
方丈記 (ほうじょうき)・・・鴨長明 』   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(118)

【 支折の言葉・・・5/11 】


歌人であり、随筆家です。

俗名(ぞくみょう/仏門に入る前の名。反対は、戒名(かいみょう)も、鴨長明同じですが、読み方が、“か

かもの・ながあきら” になります。

禰宜(ねぎ/神職の職称(/職名)の1つ。今日では、一般神社では宮司の下位、権禰宜の上位に置かれ、宮司を補佐す

る者)・鴨長継次男で、<位階は・・・従五位下> ですから、<紀貫之・・・従五位上>

よりは、やや下ですね。法名蓮胤(れんいん)です。」



 10月  8日

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                       
   下鴨神社              (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(119)

【 支折の言葉・・・5/12 】


鴨長明と言うと…」高杉が言った。「<加茂神社(かも・じんじゃ)関係があるのですか

?」

「はい…」支折が、うなづいた。「まさに…

<加茂御祖神社(かも・みおや・じんじゃ)/下鴨神社(しもがも・じんじゃ/<上賀茂神社は・・・賀茂別雷神社

> 。両社は賀茂神社(賀茂社)と総称される。 両社で催す賀茂祭 <通称・・・葵祭/あおいまつり> は有名です。)

<神事を統率する・・・禰宜(ねぎ)/鴨長継・・・の次男> として、京都で生まれています。

高松院(たかまついん/平安時代後期の・・・第78代/二条天皇の中宮(ちゅうぐう)。鳥羽天皇の皇女。母は美福門院。

36歳で死去しています。)愛護(あいご/可愛がって庇護すること)を受け…

応保元年(1161年)

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
   葵祭 (あおいまつり) 京都市の下鴨神社と上賀茂神社で、5月15日に行なわれる例祭。    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(120)

【 支折の言葉・・・5/13 】


<従五位下に・・・叙爵(じょしゃく/貴族または華族の爵位に叙せられること。 古代・ 中世の日本においては、

貴族として下限の位階であった、従五位下に叙位されること。) されましたが、承安2年(1172年)父・

長継が没した後は、後ろ盾を失っ様です。

安元元年(1175年)

鴨長継の後を継いだ禰宜/鴨祐季と、比叡山/延暦寺との間で土地争いが発生して、

失脚したことから、長明鴨祐兼とその後任を…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
   葵祭 (あおいまつり) 京都市の下鴨神社と上賀茂神社で、5月15日に行なわれる例祭。    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(121)

【 支折の言葉・・・5/14 】


…争いましたが、これに敗北してしまいます。

<鴨長明> は…

和歌俊恵(しゅんえ/俊恵法師・・・平安時代末期の僧・歌人/『小倉百人一首・・・85番/俊恵法師』 ★ よもすがら 

もの思ふころは 明けやらぬ 閨(ねや)のひまさへ つれなかりけり ) 門下として…

そして琵琶を、楽所預(がくしょの・あずかり/唐楽、三韓 (高麗・百済・新羅) 楽を調習する所)中原有安(な

かはらの・ありやす/平安後期~鎌倉時代の雅楽家・歌人)学びました。

<鴨長明> は、歌人として活躍したようで…

歌林苑(かりんえん/ 俊恵(しゅんえ)が自らの白川の僧坊に開いた歌会グループの称。民間の和歌所として <和歌政所

/わか・まんどころ> と呼ばれたこともあった。)会衆として、賀茂重保撰 月詣和歌集(つきもうで・わ

かしゅう)入撰し、千載和歌集(せんざいわかしゅう/平安時代末期に編纂された <勅撰和歌集>。全二十

巻。『詞花和歌集』 の後、『新古今和歌集』 の前に撰集され、勅撰和歌集の第七番目に当たる)にも、<詠み人知

らず>、として入集されています。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                         
鴨長明 (菊池容斎画、明治時代)   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(122)

【 支折の言葉・・・5/15 】


以降…

石清水宮若宮社歌合正治後度百首新宮撰歌合和歌所撰歌合三体和歌俊成卿

九十賀宴元久詩歌合などに出詠し…

建仁元年(1201年)8月<和歌所寄人(わかどころ・よりゅうど)任命されました」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                         
  鴨長明                         (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(123)

【 支折の言葉・・・5/16 】


「うむ…」高杉が、アゴを当てた。「<和歌所寄人(わかどころ・よりゅうど)というのは、

にした事が有りますねえ、」

「あ、はい…」支折が、うなづいた。「<和歌所寄人> というのは…

平安時代以後朝廷 <和歌所・・・に置かれた職員> のことです。和歌選定にあ

ずかり、召人(めしうど)と呼ばれました。

<寄人(よりゅうど)は、記録所・御書所などに置かれた職員ですね。この人達は、庶務・

執筆などのことをつかさどりましたが、<和歌所寄人> は、特別に、召人(めしうど)と呼ば

れた様です。

ええと…

鴨長明概略だけを…



 10月  9日

岡田健吉‏@zu5kokd1   

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(124)

【 支折の言葉・・・5/17 】


説明しようと思いましたが、結局、もう少し説明して置きましょうか。方丈記 を書くこと

になった、経緯ですね、」

「うむ、」高杉が、うなづいた。

「ええ…」支折が、モニターを覗いた。「その経緯ですが…

元久元年(1204年)

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                       
京都/河合神社(ただすの・やしろ)・・・下鴨神社摂社  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(125)

【 支折の言葉・・・5/18 】


かねてより望んでいた…

河合社(ただすの・やしろ/

・・・下鴨神社の摂社(せっしゃ/本社に付属し、その祭神と縁故の深い神を祭った神社。本社と末社との間に位し、本社の

境内にあるものを境内摂社、境外にあるものを境外摂社という。) として古くより祀られ、女性守護としての信仰を集めるお

社。ご祭神には神武天皇の母、玉依姫命(タマヨリヒメ)をお祀りし、玉依姫命は玉の様に美しい事から美麗の神としての信

仰も深い。)の…

禰宜欠員が生じたことから、長明就任を望み、後鳥羽院から推挙内意も得て

いました。

うーん、ところが…

賀茂御祖神社・禰宜/鴨祐兼が、長男祐頼を推して強硬反対したことから、長明

希望はかなわず…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
         
大岡寺(だいこうじ)   滋賀県/甲賀市/水口町京町にある、天台宗の単立寺院   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(126)

【 支折の言葉・・・5/19 】


神職としての出世を断たれました。

そのため、後鳥羽院“とりなし” にも関わらず、長明近江国甲賀郡/大岡寺(だいこうじ)

出家し、京都東山大原、後に日野に、閑居生活をした、という事ですね。

晩年/長明は…

その、京の郊外/日野山(/日野岳とも表記、京都市伏見区日野)

 

岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                           
枕草子 (/清少納言)         (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(127)

【 支折の言葉・・・5/20 】


…に、<一丈四方・・・方丈・・・> 小庵をむすび、隠棲しました。

方丈記 は…

そこで当時世間観察し、書き記した記録であり、自ら 方丈記名づけました。

丈記 は、日本中世文学代表的随筆であり、徒然草枕草子 と並ぶ、 <古典日

本・三大随筆> に、数えられています。



 10月 10日

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                    
 十六夜日記(いざよいにっき)・・・阿仏尼 (あぶつに)  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(128)

【 支折の言葉・・・5/21 】


ええ、次に…

<阿仏尼(あぶつに) ですが…

<鴨長明>方丈記 と、同程度考察して置きましょうか。元々は、笈の小文

考察をしているわけですが、芭蕉彼等名前を出して来ているので、それに従っている

という事ですね、」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
       
                       芭蕉         (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(129)

【 支折の言葉・・・5/22 】


「まあ…」高杉が言った。「芭蕉は、彼等のことを詳しく知っていた、という事ですからねえ」

はい…」支折が、うなづいた。「<コロナ禍> や、<地球温暖化> 知らなかったでしょ

うが、漢籍(かんせき/中国の書物)日本古典文学には、相当詳しかったわけですね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
       
阿仏尼 (あぶつに)/・・・後高倉院の皇女・安嘉門院に仕え、四条と名乗った女房   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(130)

【 支折の言葉・・・5/23 】


さあ…

ええと…

<阿仏尼(あぶつに) は…

鎌倉時代中期女流歌人です。

女房名(にょうぼうな/主に平安時代から鎌倉時代にかけて、貴人に出仕する女房が仕える主人や同輩への、便宜のた

めに名乗った通称)は、安嘉門院四条(あんか・もんいんの・しじょう)、または、右衛門佐(うえもんの・すけ)

です。

実父母不明で、奥山度繁(おやま・のりしげ)養女となっています。ただし…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 十六夜日記写本挿絵 (月影の谷)』   鎌倉下向380年後の江戸前期・万治2年(1659年)刊行  (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(131)

【 支折の言葉・・・5/24 】


養女ではなく、実の娘であるとする見解もあります。

彼女略伝では…

桓武平氏・大掾氏流(だいじょうし・りゅう)平維茂(たいらの・これもち)長男である、平繁貞(たいら

の・しげさだ)子孫である、奥山度繁(または養女)

 安嘉門院(あんかもんいん/高倉天皇の皇子・守貞親王(後高倉院) の王女。)に仕え、出仕中10代で、

失恋失意から出家決意となりました。



 10月 11日

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                   
 藤原為家(ふじわらの・ためいえ)・・・/藤原定家の三男   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(132)

【 支折の言葉・・・5/25 】


でもその後も、世俗との関わりを持ち続けました。

30歳頃<藤原為家(ふじわらの・ためいえ/藤原北家御子左流(ふじわら・きたけ・みこひだりりゅう/藤原道

の6男/藤原長家を祖とする、藤原氏の流。<歌道の家> として、4代/藤原俊成5代/藤原定家をはじめとする、歌

壇の中心人物を輩出。また、6代為家を流祖とする、蹴鞠(けまり)の流派。)藤原定家の三男・・・であり、官位は正二位

・権大納言)

側室となり…

<冷泉為相(れいぜい・ためすけ/冷泉家の祖・・・藤原為家の晩年の子。母は十六夜日記 作者として知られる

阿仏尼) らを、産んでいます。

為家没後

播磨国細川荘(/現兵庫県三木市)相続をめぐり、正妻の子/二条為氏と争い、弘安2年

1279年)幕府に訴えるため、鎌倉へ下りました。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
              藤原俊成(ふじわらの・としなり 、しゅんぜい/・・・藤原定家の父       (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(133)

【 支折の言葉・・・5/26 】


この時紀行と、鎌倉滞在を記したのが、十六夜日記(いざよいにっき)  という事です」

「うーむ…」高杉が言った。「意外でしたねえ…

は、天皇行幸にでも加わった際の、日記ていどに考えていました。<幕府に提訴す

るための・・・鎌倉下り・・・> ですか。

うーむ、インテリ活動的な…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                   
 藤原定家小倉百人一首 を編集 ・・・藤原為家の父     (ネットより画像借用) 

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(134)

【 支折の言葉・・・5/27 】


女性だった様ですねえ。

俄然(がぜん) 十六夜日記 にも、興味が湧いてきました。芭蕉が、秀逸(しゅういつ/他のもの

よりぬきんでて優れていること) <紀行文> として褒めているわけですから、是非、読んでみた

いですねえ、」

「はい…」支折が、深くうなづいた。「《 文芸 》考察する事を、検討してみます。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
   
<弘安百首> 弘安・・・<2度目の蒙古襲来/・・・弘安の役> のあった頃です。   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(135)

【 支折の言葉・・・5/28 】


ええと、その後…

<阿仏尼>は…

訴訟結果が分かる前に、鎌倉没したというと、京都へ帰った後に没したとのが、

ある様です。

<弘安百首> などに参加し…

関東にある10社(/・・・寺社)に、勝訴を祈願して奉納した、<安嘉門院四条五百首> や、

<安嘉門院四条百首> などもありますね。



 10月 12日

岡田健吉‏@zu5kokd1  
   
アラ還女性が 「いざ鎌倉!」  息子への愛情と遺産相続の執念を詠み綴った 十六夜日記  (ネットより画像借用)  

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(136)

【 支折の言葉・・・5/29 】


それから、歌論書夜の鶴 があります。また若い頃に書いた うたたね は、例の10

代の失恋顛末(てんまつ)を記した日記という事です。

<阿仏尼> は…

続・古今和歌集(しょく・こきんわかしゅう/鎌倉時代の勅撰集で、二十一代集の第十一番目。全20巻。) 以下

<勅撰和歌集> に、計48首入集しています。

でも、阿仏尼である冷泉為秀(れいぜい・ためひで/冷泉家2代当主参画した…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
                
藤原定家子孫・冷泉貴実子さん・・・「パリで実家の価値に気付いた」      (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(137)

【 支折の言葉・・・5/30 】


風雅和歌集(/南北朝時代の勅撰和歌集。勅撰集としては第 17番目の集。 20巻。) や、阿仏尼と親し

かった京極為兼(きょうごく・ためかね/別名・冷泉為兼)選者を務めた、玉葉和歌集(/ぎょくようわ

かしゅう/鎌倉時代後期の勅撰和歌集である。和歌数約2800首と勅撰和歌集中最大。中世和歌に新風を吹き込んだ京極

派和歌を中核とした和歌集として知られる。) では、入集数多いのですが…

<冷泉家> と対立した <二条家(にじょうけ/五摂家のひとつで公家)選者を務めた時は、

入集数極端少なくなっている、という事です。これは当時の、歌壇政治的対立状況

反映している…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
             
               鎌倉・・・ 阿仏尼の墓 浄光明寺   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(138)

【 支折の言葉・・・5/31 】


…と考えられています」

「うーむ…」高杉が、を引いた。「いつの世にも…

下らない様々な対立はあるものですねえ。まあ、それが、<豊かな波動を生み出し・・・

構造化・進化の糧・・・> になるわけですがね、」

「はい…」支折が、うなづいた。「考察を、進めましょう…」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                       
 松尾芭蕉像 (/葛飾北斎画 )   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(139)

【原文・・・6/1 】


鳴海(なるみ/名古屋士緑区鳴海町・・・歌枕。千鳥の名所。東海道の宿があった。)にとまりて


★ 星崎の闇を見よとや啼(なく)千鳥


飛鳥井雅章公(あすかい・まさあき・こう/蹴鞠・書にすぐれていた)の此宿にとまらせ給ひて、

「都も遠くなるみがたはるけき海を中にへだて々」

と詠じ給ひけるを、自らかゝせたまひてたまはりけるよしをかたるに、


★ 京まではまだ半空や雪の雲


 10月 13日

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                         
   鳴海潟                        (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(140)

【現代語訳・・・6/1】


鳴海に泊まって


★ 星崎の 闇を見よとや 啼(なく)千鳥

         星崎・・・

             という地名からも・・・

                  闇はぴったりである・・・

               星崎の闇を・・・

                    さあ、見ろと言はんばかりに・・・

                         千鳥が啼いている・・・


飛鳥井戸雅章公 (あすかい・まさあき・こう/・・・蹴鞠(けまり)・書に、すぐれていた) が、この宿にお泊りに

なって…


「この鳴海潟まできて、いよいよ都も遠くなった。


岡田健吉‏@zu5kokd1     
 
                         
 千鳥科/ハジロコチドリ    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(141)

【現代語訳・・・6/2】


もう都とははるかな海を間にへだてているのだ。はるばる旅をしてきたわが身を実感

することよ」


と詠じられたのを、自ら書にお書きになってこの宿に賜わられたことなどを聞かせてくれた

ので

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  
 
                         
 松尾芭蕉像 (/葛飾北斎画 )   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(142)

【現代語訳・・・6/3】


★ 京までは まだ半空や 雪の雲


     京までは・・・

          半分の道のりを来たばかりだ・・・

               空を見上げると遠く・・・

             はるかな旅を暗示するように・・・

                   雪を降らせそうな雲がただよっている・・・


岡田健吉‏@zu5kokd1      
 
       
                       芭蕉         (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(143)

【支折の言葉・・・6/1 】


「うーん…」支折が、うなづきながら、微笑んだ。「ようやく…

笈の小文 の、が始まりましたよね。

ここは…

<歌枕(うたまくら/和歌に多く詠み込まれる、名所・旧跡。)の地・・・鳴海> ですか…

<鳴海宿(/・・・愛知県名古屋市緑区)・・・東海道の40番目の宿場> には、<蕉門の俳人

・・・下里知足(しもざと・ちそく/・・・尾張国鳴海村の庄屋。井原西鶴や松尾芭蕉ら多くの俳人・文人と交流。<鳴海

六俳仙の一人>。 現存する井原西鶴の書翰7通のうちの4通は、知足に宛てたもの)がいました。



 10月 14日

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
       
                       井原西鶴             (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(144)

【支折の言葉・・・6/2 】


この 笈の小文 では…

東海道の、尾張国/鳴海村庄屋(りしょうや

・・・庄屋名主(なぬし)肝煎(きもいり)は、江戸時代の村役人である地方3役の1つ。郡代・代官のもとで村政を担当した

村の首長。いずれも中世からの伝統を引く語で、庄屋は 「荘(庄)園の屋敷」 、名主は 「中世の名主 (みょうしゅ)」 からきた

語とされています。)

/下里知足(しもざと・ちそく)宿にしています。知足は、松尾芭蕉井原西鶴とも、親し

かった様ですね。

こうした、世話好き有力者/文化人は…

全国的にいて、様々な旅人宿提供していた様です。その代わりに、人の交流から各地

情報収集していました。また、その時代における、文化伝播中継地ともってたわけ

ですね、」

「うーむ…」高杉が、うなづいた。「今風の、インターネットスマホの様なものは、皆無だっ

たわけですねえ、」

「はい…」支折が、うなづいた。「そうですね…

版木で刷った <芭蕉の句集> などは、不定期のものですが、文化情報伝播としては、

もっとも早かった方でしょうか…?

文化の多くは…

各大名江戸への参勤交代によって伝播したと思われますが、それは非常に緩やか

でした。それよりも、格段に速かったのが、旅人を呼び込んで、逗留させることでした。で

も、そうした話は人によってマチマチでした。

その代わりに、印刷物新しい浮世絵などを持ち込めば、高く買い上げてくれたのかも知

れませんね。江戸時代・初期東海道でも、まだそんな状況だったでしょうか…?

話を戻しますが…

井原西鶴は、そもそも俳諧師ですよね。そして、好色一代男好色五人女日本

永代蔵世間胸算用 などを書き、上方における元禄文化の…


岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
       
                       芭蕉         (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(145)

【支折の言葉・・・6/3 】


大輪の花ですね。当然、芭蕉は、西鶴とも昵懇(じっこん/親しく打ち解けて、つきあうこと)だったの

でしょうか?」

「うーむ…」高杉が、をやった。「双方が…

江戸時代・初期/元禄文化俳人であり、スーパースターですから、ニアミスで終わった、

ということはあり得ないでしょうねえ。まあ、どんな顔接触していた…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1    
 
       
                                    (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(146)

【支折の言葉・・・6/4 】


…のかを考えて見るのも、想像をかき立てますね。なにしろ、まだ、写真無い時代ですか

ら、」

「うーん…」支折が、を傾げた。「でも…

芭蕉が、いわゆる <・・・ 芭蕉 ・・・> になったのは…


★ 古池や 蛙飛び込む 水の音    (芭蕉)


…のだったと言われます。

この初出は、貞享3年(1686年)

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 
 
       
                                                   (ネットより画像借用)

《笈の小文/・・・ 芭蕉》・・・(147)

【支折の言葉・・・6/5 】


/閏3月刊行