勝手に   神奈川二十五名山 : 塔ノ岳   (1,491m )


大倉尾根・花立から見た塔ノ岳塔ノ岳からの富士山の眺め

蛭ヶ岳丹沢山塊の盟主であるならば、 さしずめ塔ノ岳 (とうのだけ) は山門に立つ仁王像 といったところではないだろうか。
丹沢主脈にしても、 丹沢主稜にしても、 また表尾根にしても、 丹沢三ツ峰にしても、 この塔ノ岳を通らねば先に進めない訳で、 従って関所のようだと言っても良いのだが、 それよりはむしろ 丹沢の最深部を守っている守護神というか 仁王像といった方がピッタリのような気がするのである。

そして仁王像といっても単なるお飾りではなく、運慶、快慶の作った傑作のように、その存在感は山門の奥にある "寺" に負けず劣らずで、 塔ノ岳はまさにその国宝級の仁王像なのである。
従って、 その存在感が大きいが故に 体力のない者はこの山で下山を余儀なくされるし、 またこの山自体が登山者の最終目的地となる場合も多いのである。

しかし、これはあくまで大倉から登ることを前提として言っているので、焼山や檜洞丸、ヤビツ峠から登って来る人たちには この山はどう映るのであろう。 ちょっと苦しいが、 やはり縦走のフィナーレを見届ける山門の仁王像 という風にこじつけることはできないであろうか。

さて、実際にこの塔ノ岳に登られた方はお分かりであろうが、 その展望たるやもう言うこと無しである。 丹沢随一と言っても良い。

この山に立つまで大倉側からは全く見ることのできなかった蛭ヶ岳や檜洞丸、大室山などの丹沢を代表する山々がいきなり目に飛び込んでくる訳で、 重畳する山々に丹沢の懐の深さを思い知ることになるのである。
そして、 これから主脈、主稜を進もうとする者にとっては、 今後の行程のハードさを思って身震いすることになるかもしれない。

しかし展望と言えば、何と言っても足下に多くの山々を従えている富士山の姿を忘れてはならない。 左側に優美に流れるすそ野の先に愛鷹山や箱根の山々を従え、 また富士の右手には 南アルプスの峰々が連なっており (小さく見えるが、 南アルプスの主要な山は全部見える) また塔ノ岳から富士山に至るまでの間には 権現山を初めとする多くの山が重なっていて、 全ての山は富士にひれ伏していることを実感せずにはいられないのである。
富士山はあまりに近くから見ては興ざめするところがあるし、 また遠すぎても絵になりにくい訳で、 これ位の距離から眺めるのが一番良いような気がする。 とにかく素晴らしい眺めである。

また、山の反対側には大山のピラミダルな姿を見ることもでき、この塔ノ岳は天候さえ良ければ山好きには堪えられない場所なのである。

ところで、この景色の良い塔ノ岳山頂には 尊仏山荘と日ノ出山荘の2つがあり、常時開いているのは尊仏山荘の方である。
この "尊仏" という名は、 昔 この塔ノ岳頂上に "尊仏岩" という大きな岩があったことからきており、 この岩は当時 雨乞いのためにこの山に登る農民の信仰の対象になっていたらしい。
ただ、 残念ながらこの尊仏岩は関東大震災 (だと思う) の際に山頂から谷へと転げ落ちたとされており、 今は頂上にその姿を見ることができない。
また、 尊仏岩は 「お塔」 とも言われていたようで、 この山の由来はこの岩から来ているということである。

現在の山頂は全くといって良い程 宗教的な臭いを感じさせないが、広い頂上をよく見ると信仰を示す祠や石碑があるのを見つけることができるし、 私の記憶が正しければ、 今のようにキチンとした公園のように整備され 立派な標柱が立つ以前には、 山頂にはもっと多くの石祠が見られた気がする (もしかしたら、勘違いかもしれないし、 また 今もあるのかもしれないが・・・)

こうして展望も素晴らしく、歴史もある山なのであるが、残念なのは先にも述べたように 現在の山頂がかなり整地されていて、 完全に公園状態になっていることである。
従って、 山頂の自然岩に腰掛け昼飯を食べるなどということは叶うはずもなく、 人工物に頼らざるを得ない状況で、 これが必ずしも悪いという訳ではないのだが やや興ざめの感は免れないのである。 聞けば、昔の塔ノ岳頂上はブナに覆われていて、 木立の間からしか展望を得ることができなかったらしい。 それが今は丸坊主の上、 公園状態となれば、 少々悲しくなるではないか。

また、展望とともにこの山頂の特徴となるのが、 登山者が大勢いるにもかかわらず悠然と現れる鹿である。 これは蛭ヶ岳でも同様なのであるが、 特にこの塔ノ岳に現れる鹿は 完全に奈良公園の鹿のようになっているような気がする。

山頂には 「鹿に餌を与えないように」 との注意書きが掲げられているが、それでも餌を与える人は多いらしく、今や鹿は 完全に餌付けされ、 人を怖がらない状態なのである。

丹沢山塊では この塔ノ岳や蛭ヶ岳以外でも多くの鹿を見ることができ、事実、丹沢の鹿の数はかなり増えてきているらしい。そして、 その鹿たちが丹沢の草を食べ尽くすものだから、 排気ガスなどによるブナ枯れとともに、 丹沢ではこの鹿による食害問題もかなり深刻らしい。

そのため、近年の丹沢は鹿の行動を規制し、植生を保護することを目的とした柵が至る所に張り巡らされていて、少々驚かされる。
しかし、元はといえば、 人間が鹿を山に追いやり、 またその山も植林によって 鹿の餌にならない杉などに変えてしまったのが原因と言えるのである。 そして、 一方で鹿猟を規制していることで必然的に鹿の数が増えることになり、 食害が起こっているという悪循環になっているのである。 動物との共生の難しいところである。

さて 展望は抜群だと誉めた塔ノ岳であるが、 塔ノ岳自体の姿はなかなか捕らえ所がないような気がする。 これは私だけの感想なのかもしれないが、 どうもその展望とは裏腹に山容に大きな特徴があるとは思えないのである。

但し、これは大倉尾根から登った場合のことであり、蛭ヶ岳や蛭ヶ岳に至る途中の不動ノ峰などから見た塔ノ岳はピラミダルな姿を見せてくれていて、 その形にハッとさせられる。
しかしそれとても、 山全体が大きなピラミッド型をしている訳ではなく、 連なる尾根上に飛び出たピークという感じで、 今一つ迫力に欠ける気がするのである。

麓の方からはどうかと言えば、秦野市辺りからでも塔ノ岳は尾根上の突起にしか見えず、むしろ二ノ塔、三ノ塔の方が堂々としているように思える。
私の住む横浜市瀬谷区からも、 塔ノ岳は大山の後方にある 1ピークのようにしか見えず、 これ程の展望を持ち、 人気のある山としては些かお気の毒である。

この塔ノ岳へのアプローチであるが、 ヤビツ峠から表尾根を登っていくルートと、 大倉からバカ尾根と呼ばれる大倉尾根を登るルートが 最もポピュラーであろう。

この両ルートとも塔ノ岳を最終目的地とすることで十分満足できるのであるが、でき得れば、行程に往復 2時間を足して 丹沢山だけは行ってくるべきと思う。
丹沢山自体は展望も利かず、 丹沢という名を冠している割には地味で やや拍子抜けさせられるが、 そこに至るまでのブナを中心とした林の中の道は なかなか深山の趣を感じさせてくれ、 表尾根や大倉尾根を登って来られた方々にとっては、 それまでの登りとは違う雰囲気を楽しむことができるからである。

誉めたり貶したりしたが、 この塔ノ岳は丹沢の顔であり、 「勝手に神奈川25名山」 に相応しい山であるので、 是非一度は登られることをお勧めする。


『勝手に 神奈川二十五名山』に戻る      山のメインページに戻る      ホームページに戻る