小川洋子作品のページ No.1


1962年岡山県岡山市生、早稲田大学第一文学部文芸科卒。88年「揚羽蝶が壊れる時」にて第7回海燕新人文学賞、91年「妊娠カレンダー」にて 第104回芥川賞、2004年「博士の愛した数式」にて第55回読売文学賞および第1回本屋大賞、04年「ブラフマンの埋葬」にて第32回泉鏡花文学賞、06年「ミーナの行進」にて第42回谷崎潤一郎賞、13年「ことり」にて第63回芸術選奨文部科学大臣賞、13年第4回早稲田大学坪内逍遙大賞・大賞を受賞。


1.
博士の愛した数式

2.ブラフマンの埋葬

3.ミーナの行進

4.

5.博士の本棚

6.科学の扉をノックする

7.猫を抱いて象と泳ぐ

8.原稿零枚日記

9.妄想気分

10.人質の朗読会


最果てアーケード、ことり、いつも彼らはどこかに、琥珀のまたたき、不時着する流星たち、口笛の上手な白雪姫

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1.

●「博士の愛した数式」● ★★★      読売文学賞・本屋大賞


博士の愛した数式画像
 
2003年08月
新潮社刊
(1500円+税)

2005年12月
新潮文庫化

 
2003/10/22

 
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何と言っても、本作品の中で醸し出される雰囲気の良さが魅力。端正な雰囲気の快さ、美しさ、と表現したら良いでしょうか。

主な登場人物は3人。交通事故の後遺症により80分しか記憶がもたない老「博士」と、通い家政婦である「私」、そして博士から「ルート(√)」と名付けられた私の10歳の息子です。
数学者であった博士の関心事は、世界に満ちている数字、そしてその数字(素数、友愛数、完全数 etc)および定理の美しさ。
博士との会話からは、数字のあらゆる話が飛び出してきます。と書くと、頭が痛くなりそうに思われるかもしれませんが、実際に読んでいると、その摩訶不思議さ、神秘さに魅せられ、楽しくなってしまいます。
そして、子供好きですが子供のいない博士、2人家族以外の家庭を味わうことのなかった私、父親をもたないルート、という3人の関係が、もう一つの素晴らしい魅力。深い信頼、愛情が3人をそれぞれに結び付けており、まるで正三角形のようです。
とくに数字すべての博士と、理屈抜きのタイガース・ファンである幼いルートの2人が好対照で、微笑ましい。

最後は、心の奥底から静かに感動が込み上げてくるのを感じました。是非お薦めしたい一冊。

※映画化 → 「博士の愛した数式

     

2.

●「ブラフマンの埋葬」● ★★☆       泉鏡花文学賞


ブラフマンの埋葬画像

2004年04月
講談社刊
(1300円+税)

2007年04月
講談社文庫化


2004/12/30


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夏の初めのある日、気付くと身体中引っかき傷だらけの小さな彼が勝手口の扉に鼻先をこすりつけていた、という出だしから始まるストーリィ。
主人公は、出版社の社長が別荘として使っていた農家を遺言で芸術家たちに提供した<創作者の家>で、住み込みの管理人をしている「僕」。そして彼は、主人公によって“ブラフマン”と名付けられますが、最後までどんな動物かはっきり示されることはありません。
とはいうものの、小さくて毛もひげもあって水かきもあるというのですから、おおよそ推測はつくというもの。
本書は、そのブラフマンと主人公の短く終わった同棲生活を描いた小説です。

このブラフマンと主人公の関係がなんとも快い。
ぬるま湯にゆったりとした気分でつかっているような温もり、快さがある、と言ったら良いでしょうか。
もちろん、犬のようなはっきりとした表情、反応がある訳ではないでしょう。しかし、主人公はブラフマンの動きから多くの感情、言葉を読み取ります。主人公を信頼しきった愛し子、心置きなく気持ちを通い合わせることのできる仲間、そんな楽しい関係が2人の間にはあるのです。
あっさりとした、割と短めの長編小説。博士の愛した数式を読了したあと、あの感動を忘れたくなくて他の小川作品に手を出す気持ちが起こらなかったのですが、愚かなことでした。
本書もまた、素敵な作品です。

   

3.

●「ミーナの行進」● ★★     谷崎潤一郎賞


ミーナの行進画像

2006年04月
中央公論新社
(1600円+税)



2006/09/01



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時代は1972年。技術を身につけようと母親が東京の専門学校に通うことになったため、芦屋に住む母方の伯母の家に預けられた朋子、12歳と従妹ミーナの1年間を描いた物語です。

飲料水会社を代々営んでいる伯父の家は、要はお金持ち。家も大きなお屋敷で、その庭は一時期近所の子供たちに動物園として開放していたというのですから、庶民にはとても想像つきません。
そしてその庭には今も住んでいるのです、偶蹄目カバ科コビトカバ属のポチ子が。
最初は奇妙に感じたのですが、本書にあってはこのポチ子の存在が実に大きい。この家の温もりを心底から感じさせてくれる象徴的な存在ともなっています。
家族は、三代目社長の伯父、ドイツ人の母親、伯母、そして1歳年下の従妹ミーナ(美奈子)。他に家族同然の奉公人が2人。
朋子とミーナの家庭環境には大きな差がありますけれど、登場人物の誰もそんなことは気に留めない、当然のように朋子を家族の一員として受け入れています。その鷹揚で温かな雰囲気がとても快く、和ませられます。
それでもドイツ人の祖母や無口な伯母には、彼女らなりの悲しみがあり、鬱屈がありそうです。一方、ミーナにはミーナの密かな愉しみがあり、伯父には謎が。
和やかな家庭の中にも一人一人の生き方がある。外から加わった朋子という半ば第三者の目があってこそ、この一家を立体的に描き出すことができているのでしょう。その視点に立つ朋子という主人公像も、充分魅力的です。
この「ミーナの行進」という題名、どんな意味なのだろうと思いませんでしたか? 
その意味が判った時、愉快という以上に強く感じたことは、この家族が一貫として備えている堂々とした温かさでした。小学生のミーナが堂々としていられるのも、きっとそのおかげなのでしょう。
また、ミーナがマッチ箱の裏側に書いた物語、図書館から借出した本への寸評が味わえる部分のも、おまけとなる楽しさ。
主人公と一緒にこの伯父一家と過ごす心地良さを味わうこと、それが本作品を読んで抱ける喜びです。

※なお、本書中ミーナと朋子が男子バレーに夢中になる様子が描かれていますが、ミュンヘンオリンピックの男子バレー・ブルガリア戦、懐かしかった。私はあの実況放送を、2人と同様にTVにかじりついて応援していましたから。

 

4.

●「海」● ★☆


海画像

2006年10月
新潮社刊

(1300円+税)

2009年03月
新潮文庫化



2006/11/28



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自分がこれまで知っていたのとはちょっと異なる、時間、場所、空間に身を置いてみた、というような軽やかな気分を味わえる短篇集。
楽しいというより、いささか不気味な、苛立たしい思いを味わっても不思議ないストーリィもあるのですが、何となくふんわりとした気分に浸ってしまう。
どの篇もとくにどうこう言う程のストーリィがある訳ではないのですが、そんな雰囲気に触れる居心地の良さがある、というのが本短篇集の楽しさです。
総じて静かな印象を受けます。余計な音がこれらのストーリィに無い所為でしょうか。

夜の寝床に横たわりながら、遠く“鳴鱗琴”の奏でるであろう海の音に思いを馳せる表題作「海」は、ちょっと幻想的な気分に浸れる好篇。
また、アルバイト代をこつこつ貯めて漸く実現したウィーン旅行だというのに、同じツァーの中年女性に付き合って折角の観光をふいにしてしまう20歳の女性を描いた「風薫るウィーンの旅六日間」、離婚後観光ガイドで生計を支えてきた母親と息子の偶々の一日を描いた「ガイド」の2篇が、中でもことに私には快いものでした。
特に後者のストーリィに登場する「困ったことがあったら、遠慮せず言って下さい。解決方法をお探しします」という一言、良いですねぇ。

海/風薫るウィーンの旅六日間/バタフライ和文タイプ事務所/銀色のかぎ針/缶入りドロップ/ひよこトラック/ガイド

  

5.

●「博士の本棚」● ★★


博士の本棚画像

2007年07月
新潮社刊
(1500円+税)

2010年01月
新潮文庫化



2007/08/14



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好きな作家だったら、そのエッセイ、1冊は読んでおきたい、というのが私の考えです。
作品からでは判らない、作家のひととなり、創作に対する心の内等を知ることができる(たいていは)から。
本書は、そんなことを改めて思い出させられる一冊でした。
ただし小川さんとしては、本書から「本を読む生活の魅力」を感じ取ってもらえれば、というのが願いのようです。

バーネット作品をはじめ子供の頃親しんだ作品、ポール・オースター等の外国文学、数学に関する本、愛犬のこと、日々の生活のこと、いろいろなことが語られています。
そんな中で一貫して感じられるのは、小川さんの作家としての在り様、姿勢といったもの。
話題はいろいろ飛びますが、その根底において小川さんが作家活動を続けている拠り所が率直に語られています。
書くことに地道に向かい合い、一歩一歩それをつみ重ねていく、そんな小川さんの作家としての歩み方が感じられて、心に残ります。
また、小川さんが作家活動を続けていくうえで支えになっているという、ポール・オースターらの言葉も忘れ難い。

※なお、小川さんが読んで印象に残っているという本の数々、私が読んだことのない本ばかり、なんですよねぇ。
わずかにミリオンズ」「針が飛ぶ」「クリスマスの木」「ニューヨーカーとわたし」「雪沼とその周辺くらいでした。

図書室の本棚(子供の本と外国文学)/博士の本棚(数式と数学の魅力)/ちょっと散歩へ(犬と野球と古い家)/書斎の本棚(物語と小説)

   

6.

●「科学の扉をノックする」● ★★


科学の扉をノックする画像

2008年04月
集英社刊
(1400円+税)

2011年03月
集英社文庫化



2008/05/22



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「子供の頃から、新聞で一番好きなのは科学の記事でした」という小川洋子さんによる楽しい科学への案内書。
小説家である小川さんが好奇心のままに7分野にわたる研究者を訪ね歩き、科学の面白さ、奥行きの深さについて判り易く教えを請う、という趣向のエッセイ集。

小説家が書いているから素人にも判り易く、面白い、というだけではありません。
小川さんという作家の目で見ると、広大な宇宙から鉱物、さらには微細な細胞性粘菌に至るまで、まるで小説の主人公であるかのように輝き出すのです。
それは、小川さんの感嘆の思いが常にそこにあるからに他なりません。
いつも小説ばかりなので、たまには科学分野の本も読んでみようと思うところに、案内人が小川さんであればきっと入り込み易い筈と思って手を伸ばしたのが本書。
そんな私ですが、高校生の頃には講談社ブルーバックスなどの本も結構読んでいたものです。
その頃読んだ内容と比べると、変わらないようでいて、科学は着実に進化しているのだなぁと感じました。

科学が苦手という方でも、きっと興味深く読める筈の一冊。
冒頭、広大な宇宙の起源話から始まるので、すんなり本書の中に引き込まれます。
最後はくだけて、阪神タイガースのトレーニングコーチが登場。そこはしっかり博士の愛した数式の延長でした。

宇宙を知ることは自分を知ること/鉱物は大地の芸術家/命の源“サムシング・グレート”/微小な世界を映し出す巨大な目/人間味あふれる愛すべき生物、粘菌/平等に生命をいとおしむ学問“遺体科学”/肉体と感覚、この矛盾に挑む

    

7.

●「猫を抱いて象と泳ぐ」● ★★★


猫を抱いて象と泳ぐ画像

2009年01月
文芸春秋刊
(1695円+税)

2011年07月
文春文庫化



2009/01/29



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伝説のチェスプレーヤー=リトル・アリョーヒンを描いた、詩のように美しい物語。
ずっとチェスだけの話ですが、チェスに関心のない私ですら、この物語には心を強く惹き付けられます。
そこには詩のように美しい棋譜、そしてチェスの広く深い海、静かな世界が待ち受けているのですから。

ちょうどそれは博士の愛した数式の世界に似ています。
ただし、「博士」が日本の家族的な物語であったのに対し、本作品は外国を舞台にし孤高の少年が主人公になっている点で雰囲気に違いはありますが、本質的に本作品は「博士」の延長線上、先にある物語と言って間違いありません。
「博士」においてその美しさが謳われる数式は、人間が発見するものでしたが、本作品における棋譜の美しさは人間、チェスプレーヤーたちが生み出すものです。
だからこそ小柄な少年リトル・アリョーヒンは、孤高の道を歩むことが相応しい。生まれた時のちょっとした障害も、彼をそうした棋手にするための必要条件だったのかもしれないと納得がいきます。
少年を静かに支えた人たち、彼を素朴に愛し慈しんだ祖父母、少年をチェスの広大な海に導いた「マスター」、少年に新しい居場所への道を開いた「老婆令嬢」、そしてただ一人の彼の心からの友となった少女「ミイラ」。彼らはストーリィの中で決して多くを占める存在ではありませんが、その存在は鮮やかで忘れ難いものがあります。

深く広いチェスの海にたゆたい、美しい棋譜を奏でた彼の人生はまるで詩のようです。
そこから生まれる静謐な感動は、およそ神秘的ですらあります。
「博士が愛した数式」を超えるとも言える名品、お薦めです。

  

8.

●「原稿零枚日記」● 


原稿零枚日記画像

2010年08月
集英社刊

(1300円+税)

2013年08月
集英社文庫化


2010/08/23


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原稿書きがまるで進まない女性作家が、9月のある日から翌年8月のある日まで、時折書き綴った日記という形式の小説。

温泉での苔料理から、知り合いがいるでもない運動会への参加、あらすじ係の経験を活かしてのあらすじ教室の講師、子泣き相撲から現代アート祭典観光と、現実と非現実が入り混じったような奇妙な雰囲気で綴られるストーリィ。
とらえどころのないようなこの感覚、川上弘美さんの作品を読んむ時にも、よくこんな感覚にとらわれます。

時に原稿が数枚進むことはあっても、上手くいかないようで再び原稿枚数は0に戻る、ということがしばしば。
作家にとって原稿0ということは、何も生み出していない日々を送るということか。では、作家でないとしたらどうなのか。
何か生み出さなければ生きる意味がないのか、何も生み出さなくても生きていていいのか。
何も生み出さなくたっていいじゃないですか、と思わず言いたくなります。

出版社の紹介文には、「ある作家の奇想天外な日々を通じ、人間の営みの美しさと面白さが浮かび上がる新境地長編」とありますが、奇妙な面白さは感じるものの、人間の営みの美しさは、感じることなかったなぁ・・・。

         

9.

●「妄想気分」● ★★


妄想気分画像

2011年01月
集英社刊
(1300円+税)



2011/02/19



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作家であると同時に、ごく平凡な日常生活を送る普通人であり、妻、母親であるという印象のエッセイ集。
あちらこちらの新聞、雑誌に書き散らされたエッセイをまとめたものなので、エッセイの中身はかなり幅広いです。
それでも、内容ごとに4つのグループに分けられていますので、テーマと内容がはっきりしていて読み易い。
そしてまた、楽しい気分になれるエッセイ集です。

冒頭「思い出の地から」の各篇には青春の息吹が感じられ、冒頭の章としては格好です。なお、ザルツブルクへの想いについては同感だなぁ。
「創作の小部屋」は、作家である小川さんへの親しみを感じるエッセイがあれこれ。作家であっても決して縁遠い人ばかりではなく、小川さんのように近しい存在と感じる人もいるんですよね。
「出会いの人、出会いの先に」では、ご主人に対する思いもちらり。ちょっとすまなさが入り混じっていると感じる文章に、味わいあり。
博士の愛した数式では、阪神タイガースファンである登場人物2人の様子が描かれていますが、小川さん、本当にタイガースファンなのですね。

なお、「書かれたもの、書かれなかったもの」は、小川さんの各作品にまつわるエピソードが書き綴られています。ファンとしては見逃せない章です。

思い出の地から/創作の小部屋/出会いの人、出会いの先に/日々のなかで/(自著へのつぶやき)書かれたもの、書かれなかったもの

          

10.

●「人質の朗読会」● ★☆


人質の朗読会画像

2011年02月
中央公論新社
(1400円+税)

2014年02月
中公文庫化



2011/03/20



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遺跡観光の帰路、マイクロバスが反政府ゲリラの襲撃を受け、添乗員とツアー参加者の計8人が人質になる。身代金が払われ人質は解放される筈と誰もが信じていたにもかかわらず、百日経過後軍と警察の特殊部隊が強行突入、人質8名は全員死亡という結末に至ります。
2年後、盗聴テープに録音された人質たちの声が公開されます。それは、人質たちが退屈な時間を紛らわすため、思い出を一つ書いて朗読し合おうと始めた朗読会。
それは
「人質の朗読会」と題され、毎晩夜十時、8回にわたってラジオ放送された、という趣向の元に描かれた9篇の物語。

一つ一つ、何ということもない物語が、何の繋がりも共通性もないまま、しみじみと綴られていきます。
何処に本作品の面白みが?と思いながら読み進むうち、ハッと気が付きます。
これらは、一人一人の人質にとって、自らの人生で忘れ難く記憶に残っている物語だった筈。
そしてそれは、逆に人質となった人々一人一人の人生を浮かび上がらせることにも繋がっている、ということに。
それは寂しいものかもしれませんし、悔いの残るものかもしれません。
本短篇集の妙味は、その部分にあります。

さて、もし自分が人質だったら、果たしてどんな物語を朗読したことか。
また、そのことによって自分の人生が浮かび上がるのだとしたら、興味深いというかちょっと恐いというべきか。

1.杖/2.やまびこビスケット/3.B談話室/4.冬眠中のヤマネ/5.コンソメスープ名人/6.槍投げの青年/7.死んだおばあさん/8.花束/9.ハキリアリ

       

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